14 仲間②
「アエリエール・ラヴィオリです……」
アエリエールと名乗る少女が姿を現す。
彼女は魔法使いの象徴たるとんがり帽子を被り、背中には真っ黒なマントを羽織っている。
そしてその手には先端に球体が取り付けられたロッド――と、いかにも魔法使いですといった格好をした少女だった。
「さ、先程は壁越しから失礼しました……」
そう言ったあと彼女は恥ずかしそうに俯く。
それと同時に彼女の、薄紫色の柔らかそうな長い髪が揺れる。
やはり歳は俺たちと同じくらいだろうか、大きな瞳にかけられたメガネが印象的な少女だった。
しかし、俺は何よりも彼女のとある“一部分”が気になっていた。
(バカなっ、イレーネさんや、ベネディアさんよりも大きいだとっ!?)
そう、その“一部分”とは、彼女の豊満すぎる胸のことであった。
身長は和葉よりも少し高め目といった程度だが、その一部分だけはサイズが段違いだ。
彼女は、アエリエールというかアリエナーイ胸囲の持ち主だった。
それはまさに驚異的な胸囲であった。
「……ナルセ様」
「え? あ、ああ……すみません」
ベネディアさんが、ジト目でこちらを睨んでくる。
しまった、これはラヴィオリさんの胸に目を奪われていたのが完全にバレている感じだ。
でも、仕方ないじゃん? こちとら健全な思春期男子だよ?
こんなご立派なものが目の前にあったら、そりゃ見るに決まってる。
だって、それが男という悲しい性を背負った生き物の宿命なのだから……。
「えっと、これから面談を行えばいいんですかね?」
「そうなりますが、本日タチバナ様は御不在ですか?」
「ええ、少し体調が優れないそうで……」
「まあ、そうなのですか。では、面談は明日以降、カズハ様の体調が快復されてからに致しますか?」
俺は少し思案する。
これから行う面談は今後のパーティーの行く末に関わってくるものとなるだろう。
ベネディアさんの言うとおり、通常であれば和葉の快復を待って、二人で面談を行うのが筋というものだ。
しかし、今の精神状態の和葉を人前に出すのは少し躊躇われる。
もし、この少女が悪意を持って俺たちに近づいて来ていたとしたら……。
目の前の少女を見る限り、とてもそんなことをする風には見えないが、人の見た目なんて何の参考にもならないことを俺は転移初日に学んでいた。
何より、この出来すぎのタイミングで応募にきたことがどうにも引っ掛かる。
「――いえ、面談は俺だけで行います」
結局、和葉には悪いが万が一の時のことを考え、面談は俺だけで行うことにした。
「そうですか、承りました。では、そのままこちらの部屋をお使いください」
そう言って、先ほどまでベネディアさんたちが使っていた部屋に入るよう促してくる。
「――ですが、その前に」
「なんですか?」
「私はナルセ様を信頼し、この部屋に案内させていただいております。決してこの信頼を裏切ってくださいませぬよう切にお願い申し上げます」
俺の目を真っ直ぐ見据え、ベネディアさんはそう言う。
つまり彼女は暗にこう言っているのだ。
『密室で巨乳メガネ美少女と二人きりだからって手ぇ出すんじゃねぇぞ、ワレェ?』と。
「や、やだなぁ、俺がベネディアさんの信頼を裏切るはずがないじゃないですかー」
「そうですか。その言葉が聞けて安心しました」
『では、失礼します』とベネディアさんはうやうやしく頭を下げ、立ち去っていった。
なお、ラヴィオリさんは俺たちのやりとりの意味が分からなかったのか、キョトンとした顔をしていた。
「えーと、アエリエール・ラヴィオリさん。レベル1のウィザードで、得意魔法は雷魔法ですか」
「は、はいっ」
とりあえず面談を始めた俺だったが、何を聞けばいいのか分からず当たり障りのないことを聞いていた。
(……失敗した。まずは面談とはどういった風に行うものなのか確認しておくべきだった)
そんなことを思いながら、ベネディアさんから貰ったラヴィオリさんのプロフィール用紙を眺めていた時、ある記述が俺の目に留まる。
そこには『※ユニークスキル保持者』と記載されていた。
「あの、ラヴィオリさん。この“ユニークスキル”という記述ですが――」
「――ごめんなさい! 私なんかがユニークスキル持っててごめんなさいぃぃぃっ!!」
ユニークスキルという言葉に過敏に反応したラヴィオリさんは何度も頭を下げる。
その度に彼女の胸が上下に揺れる様はなかなかに壮観であった。
「落ち着いてください! 俺はユニークスキルというのが普通のスキルとどう違うのか知りたかっただけです!」
「……え? そ、そうでしたか。取り乱してすみません……」
いえいえ、こちらもお陰様でなかなか良いものを見させていただきました――とは口が裂けても言えない。
「えっと、ユニークスキルというのは、≪魔力強化≫なんかの汎用的じゃなくて個人個人が持つ特殊なスキルのことです、はい……」
やはり想像通りか。
ということは、もしかすると俺の≪スキル創造≫や≪スキル付与≫もユニークスキルの一種なのかもしれない。
「そうなんですか。じゃあそんなスキル持ってる人って結構レアだったりするんですか?」
そうじゃないと、わざわざ注釈を付ける意味がないことから、おそらく間違いないだろう。
「えっ、あのっ……はい、そうみたいです……」
「へぇ、じゃあそんなスキルを持ってるラヴィオリさんは凄い人なんですね」
「ちがっ、違います! 私のはホント何の役にも立たないスキルでして! 私も困ってるんですっ!」
「困ってる? えっと、どんなスキルか聞いてもいいですか?」
「あぅ……あの、私のユニークスキルは≪魔力暴走≫というスキルでして、その……魔法威力が五倍になります……」
「威力が五倍っ!?」
五倍って、超強化スキルじゃないか!
ラヴィオリさんがいれば強敵が出現した際の切り札になりうる。
そんなスキルを持っていて何が困るというのか。
威力が強すぎてザコに使うのが勿体ないとかそんな感じなのだろうか。
「あの、でも……魔力消費も五倍になるんです……」
「消費も五倍っ!?」
おっと、これは暗雲が立ちこめてきたぞ。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが、魔力が全快の状態で撃てる魔法は何発ほどで?」
「えっと……二発ほどです……」
「おおぅ……」
「ごめんなさい! 役に立たないユニークスキルでごめんなさいぃぃぃっ!!」
これはちょっと予想外過ぎる……。
いくら威力が強くても二発しか撃てないのでは、それは確かに『困る』。
(もしかしてこの子、このスキルのせいでどのパーティーにも入れてもらえず、最後の手段として俺たちのパーティーに応募してきたのか?)
十二分にありえる話だ。
確かに攻撃魔法が二発しか撃てないウィザードなど、どのパーティーも持て余してしまうだろう。
(――ただし、俺たちのパーティーだけは別だがな!)
俺は早速≪スキル創造≫を使用し、彼女に“最適”だと思われるスキルを二つほど創造する。
「ラヴィオリさんのユニークスキルについては分かりました。消費が重いのがネックですが、いざという時に頼りになりそうなスキルですね」
「――っ」
「では、次に聞いておきたいことが――」
「え?」
「ん、どうかしましたか?」
「あ、あの……いつもユニークスキルの話をすると、加入を断られるので……今回もそうかと……」
「ああ、うちのパーティーはそんなことで加入を断ったりしません。ただ、あと二つほど質問しますが、その返答次第ではやはりお断りさせていただくことになります」
「が、頑張ります……っ」
「では、応募要項の備考欄に『ともにレベル10を目指せる人』との記載があったと思いますが、この件に関してはどのようにお考えですか?」
さて、ここの返答は重要だぞ。
やる気のない答えが返ってくるようでは、勿体ないがお断りする可能性だって出てくる。
「あ、あのっ、私、魔法使いの家系の生まれでしてっ、私はこんなですけど、お母さんや特にお婆ちゃんが凄くてっ、その、私もお婆ちゃんみたいな凄い魔法使いになりたいと……思って……えっと、そんな感じです……」
ふむ、いまいち質問の答えになっていない気がするが、まあいいだろう。
言葉は辿々しいが熱意は伝わってきた。
「なるほど、だから少しでもお婆様に追いつけるようにレベル10を目指す、と」
「すみませんっ、正直レベル10を目指すとかそこまでは考えてませんでしたっ!」
正直な子だった。
ここは嘘でも『はい』と言っておけばいいものを。
「分かりました。では、最後の質問になりますが……既にご存じかもしれませんが、現在俺にはある悪い噂が付いて回っています」
「はい、知ってます……」
「勿論その噂は事実ではないと否定させていただきますが、俺たちと行動を共にすることによって、ラヴィオリさんもその風評被害に巻き込まれる可能性が充分に考えられます。そんなリスクを背負ってまで、何故ラヴィオリさんは俺たちのパーティーに加入しようと思ったのですか?」
この質問に最初ラヴィオリさんは戸惑っていたようだったが、やがて決心したのか今までにない真剣な顔つきになりポツリと喋り出す。
「あの、その噂がウソだってことは知ってました。一度ダンジョンでナルセさんたちを見かけたことがあるんですが、ちゃんと周囲に気を配ってましたし、前衛の人に指示だって出していたのを見てましたから……」
俺は少し気恥ずかしくなる。
そうか、俺もキチンと仕事をしているんだってことを分かってくれている人もいたのか。
「二人だけでダンジョンを探索できるような凄い人たちなら、魔法を二発しか撃てないような私でもパーティーに入れてくれるかもしれない……そんなことも考えてたんですけど、やっぱり周りの人たちに色々と言われるかもしれないと思うと怖くて……」
確かに、俺たちのパーティーか、それとも他の冒険者全員か、どちらかを優先しろと言われれば後者を選ぶのは当然の話だ。
「でも、今日の朝、食堂でホントに困ってるって話を偶然聞いちゃって……」
「ああ、あの場に居たんですか」
「はい」
「しかし、あの場面を見ていたのなら、なおさら俺たちのパーティーに加入するのが怖くなったんじゃないですか?」
「最初はそうでした。でも友達を探してるって聞いて……私も友達がいないから、私が友達になれたらなって……そこで私思ったんです。ナルセさんたちのパーティーとそれ以外の人たちでは、私はナルセさんたちのパーティーを選択することができませんでした。でも、友達とそれ以外の人たちだったらと考えた場合、私は友達の方を選択するなって……」
「ラヴィオリさん……」
「今まで色々と言いましたが、結局のところ私は友達を作りにきただけなのかもしれません」
その言葉を最後に、ラヴィオリさんは再び俯いてしまう。
そして俺は――
「合格っ!!」
「え?」
「ラヴィオリさん――いや、アエリエールの熱い想いは伝わった! 今から俺たちは友達で、そしてパーティーメンバーだっ!!」
「ほ、本当ですか!?」
――こうして、俺たちのパーティーに、第三のメンバー“アエリエール・ラヴィオリ”が加入することになったのであった。