13 仲間①
その男の名は“ザール”というらしかった。
金髪でタレ目。
軽薄そうにヘラヘラと笑うその様が人を不快にさせる。
厄介そうなのに絡まれたぞと思っていたら、さらに厄介な事が俺のすぐ隣で発生していた。
「…………」
和葉が無言で立ち上がる。
猛烈に嫌な予感がした俺は、すぐさま和葉の方に振り向く。
はたして予感は的中し、和葉は今まさに剣を鞘から抜こうとしていたところだった。
「ちょっと待て、和葉! それはダメだ! それだけはダメだっ!」
「……あいつ、そーちゃんに酷いこと言った」
ゾッと背筋が凍るような目つきで和葉が呟く。
初めて見る和葉の冷酷な怒りに触れ、俺は一瞬たじろいでしまった。
しかし、どんなに恐ろしかろうが俺は何としても和葉をとめなければならない。
素手での喧嘩ならともかく、武器を使用しての私闘となれば冒険者の資格を剥奪されるどころか、重い刑罰が科せされることになってしまう。
「俺は大丈夫だ! こんなやつに何を言われてもまったく気にならない! だから暴力沙汰だけはやめてくれ! 頼む!」
「ハッ、さすが“寄生”で飯食ってるだけあって、口だけは達者じゃねーか」
このザールという男は状況が分かっていない。
和葉がその気になれば、自分がただでは済まないことをまったく理解できていないのだ。
それほどまでに和葉とこの男との間には埋めがたい戦闘能力の差がある。
理由は分からないが、何故か俺はそのことを感じ取れてしまっていた。
「まったく、羨ましい話だぜ。俺もお前にみたいに女に養われて生きてみたいもんだ!」
「――っ!」
ザールが和葉の怒りにさらに油を注ぐ。
こうなったら俺が体を張ってでも止めるしかない、そう決断した時だった。
「――カズハさん。こんな男、貴方が手を下すまでもありませんよ」
静かな、しかしよく通る声でクレインさんが言う。
「実はこの男、イレーネに惚れていましてね」
「なっ、てめ――っ!?」
「最近イレーネが同志ソーイチローばかりを構っているのが気に食わないのでしょう。それでちょっかいをかけにきた……そんな小さな男なんですよ」
……あれ?
なんか話が予想外の方向に転がっていったぞ?
「え、なにそれ。初耳なんだけど。ちょっとザール、こいつの言ってることホントなの?」
イレーネさんがそう尋ねると、ザールの顔は急に真っ赤になる。
「だ、誰がお前みたいな女に惚れるかよ! ちょっと顔が良くて胸がでかいからって調子乗ってんじゃねーよ、バーカ、バーカ!」
最終的に耳まで真っ赤にしたザールは、そんな捨て台詞を残して足早に退散していった。
(小学生か……)
ともあれ、当面の厄介事は去った。
あとは――
「大丈夫か、和葉?」
「…………」
剣こそ鞘に収めていたものの、和葉は俯いたまま何も答えない。
「あー、あれだ。今日は天気も良いしダンジョン探索はやめて、大広場に買い物にでも行こうか!」
「……ごめん、宿に帰って頭冷やしてくる」
和葉は今にも消え入りそうな声でそう言うと、俯いたままの状態で立ち去っていった。
「あ、おい!?」
「私が付き添うわ。キミはクレインと今後の対策でも考えときなさい」
「すみません、お願いします!」
そうして、その場には俺とクレインさんだけが取り残される形となった。
「……申し訳ありません。やはり先ほどの話はカズハさんに聞かせるべきではありませんでした」
「いえ、聞かせてほしいと頼んだのは俺です。クレインさんたちに責任はありませんよ」
「そう言っていただけると助かります。しかし、カズハさんの精神状態は少し不安定なようですね」
「そう、ですね……」
考えてみれば、いきなり異世界に飛ばされるなんて非常識なことに巻き込まれたんだ。
見知らぬ街に見知らぬ人々。
そして毎日のように行われる魔物との戦いの日々。
常に明るく振る舞ってはいたが、こんなことが続いてストレスが溜まらないわけがなかったのだ。
そして、そのストレスが和葉の精神を、本人も気付かない内に徐々に蝕んでいっていたに違いない。
「俺と和葉は長い付き合いになります。あいつに関する大抵のことは理解しているつもりでした。でも、それは単なる思い込みで、実のところ俺はあいつのことを何も理解していなかったのかもしれません……」
「それが理解できただけでも上等ですよ。覚えておきなさい、他人を完全に理解するなんてことは誰にだって出来はしません」
「はい……」
クレインさんの言葉が胸に突き刺さる。
つまり俺は今まで和葉に甘えてしまっていたのだ。
和葉なら大丈夫、和葉なら問題ないと勝手に思い込み、今実際に和葉がどんな状態にあるかなんてことを考えもしていなかった。
「まあ、後悔や反省など色々とあるでしょうが、一旦それは置いておきなさい。まずはこれからのことを考えましょう」
「これからのこと、ですか……?」
「私はそちらの方面に明るいわけではないですが、見たところ今のカズハさんに必要なのは心の休息ですよ。いわゆるリフレッシュというやつですね」
リフレッシュか、一般的にはバカンスに行ったり、スポーツで体を動かすことなどがそれに当てはまるが……。
「妥当なのはやはり買い物でしょうか。それも同世代の女性と一緒に行うのが望ましい。カズハさんにそのような友人はいますか?」
「いえ、いないはずです……」
考えてみれば、この街での俺たちの知り合いなんて、クレインさんとイレーネさんくらいのものだ。
同性で、かつ同世代の友人がいない。
このことも和葉のストレスの原因の一つになっていたのかもしれない。
「そうですか。今現在いないのは仕方ありませんが、近い内に数人くらいは友人と呼べる人物を作っておいた方がいいですよ。打算的ではありますが、人脈を広げるためにもね」
「しかし、俺たちと同世代の友人なんてすぐに見つかるでしょうか」
その時、背後からガタッ――と大きな物音がする。
何事かと振り返るが、特に変わった様子は見当たらなかった。
「フッ、それは貴方たちの努力次第でしょうが、私は意外とすぐ見つかるのではないかと思っていますよ」
「はあ……」
クレインさんは意味ありげにニヤリ笑う。
結局、その後すぐにクレインさんがダンジョンに向かう時間が迫ってきたとのことだったで俺たちは解散することになった。
宿に帰った俺だったが、和葉が一人になりたいと言うので、今は自分の部屋で一人、やることもなく呆けていた。
(『友人と呼べる人物を作っておいた方がいいですよ』か……)
俺は先ほどのクレインさんの言葉を思い出す。
確かにクレインさんの言う事ももっともだ。
俺はいつかは元の世界に戻るのだからと、他人と極力関わり合いを持とうとしなかったふしがある。
そのことが余計に俺の悪い噂を広める形になってしまったのだろう。
最初からもっと他の冒険者たちと交流を深めていれば、また違った結果になっていたのかもしれない。
「――決めた!」
俺は寝転がっていたベットから飛び起きる。
起きてしまったことを悔やんでも仕方ない。
どうせ今日はもうダンジョンへ行けないんだ。
なら、今日一日は人脈作りに勤しむことにしよう。
時刻はお昼過ぎ、俺はギルドに顔を出していた。
いつも朝にギルドに来ていた時は大量の冒険者でごった返しており辟易していたものだが、さすがにこの時間帯だと閑散としている。
それでもポツポツと数人の冒険者たちを散見することができた。
(よし、俺と和葉の“友達百人できるかな?”計画の発動だ!)
なんてバカなことを考えていた時、近くの部屋の扉がガチャリと開き、中からベネディアさんが出てくる。
「これはナルセ様。丁度良いところに」
「おっと、こんにちは、ベネディアさん。俺に何か用ですか?」
「ええ、それはもう。ナルセ様が熱望しておりました、パーティーへの応募者がついに来てくださいましたよ」
「ほ、本当ですか!? どんな人ですか!? クラスは!? 年齢は!?」
なんてタイミングだ。
パーティーメンバーを募集するため、和葉の友人を探すために行動しようとした矢先にパーティーへの加入応募者が来てしまった。
少々出来すぎな気がしないでもないが、これでパーティーメンバーが三人になるのであれば、少なくとも和葉の負担は減るに違いない。
「落ち着いてください。どんな人かは実際に会って確かめた方が早いでしょう。ラヴィオリ様、恥ずかしがっておらずに顔をみせてあげたらどうですか?」
そう言ってベネディアさんは誰もいないはずの室内に声をかける。
しかし――
「ま、まだ心の準備が……」
外からは見えない位置に隠れているのか、室内から若い女性の声が聞こえてきた。
「ラヴィオリ様、冒険者がそんなことでどうするのですか」
「うぅ……」
やがて観念のしたのか、ラヴィオリと呼ばれた少女(?)は、ひょこっと顔の半分だけを覗かせる。
「は、初めまして……アエリエール・ラヴィオリです……」
「初めまして、ソーイチロー・ナルセです」
顔の半分だけしか見えないが、頭にかぶっている特徴的な帽子、とんがり帽子からクラスはウィザードだろうか。
そして肝心の年齢は、はっきりとは分からないが丁度俺たちと同世代くらいのように感じる。
これは当たりかもしれない。
この子が俺たちのパーティーに加入してくれて、さらに和葉の友人になってくれれば殆どの問題が解決するではないか。
「ラヴィオリ様、そんな状態で挨拶するなんて失礼ですよ、ちゃんと姿を見せてください」
「いえ、俺は別に気にしていませんから」
「ナルセ様、そういうわけには参りません。これからパーティーと組もうかという人間同士が、まともに挨拶もできなくてどうしますか」
「それはそうですが、嫌がってるところを無理やりするわけにも……」
「あ、あのっ、ごめんなさい! 嫌がってるわけじゃありません、ちゃんと姿見せますからっ」
ラヴィオリさんは『少しだけ待ってください』と言ったあと、再び顔を引っ込めた。
何やら室内から『大丈夫、平気、怖くない』などという言葉がブツブツと聞こえてくる。
そして、それから十数秒経ったあと、ようやくラヴィオリさんは室内から姿を現した。
「アエリエール・ラヴィオリです……」
(でか――っ!?)
俺はその少女の姿を見て驚愕する。
アエリエール・ラヴィオリ、彼女はとても“大きな”女性だった。