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12 キセイ

「――というわけなんですが、どう思いますか?」


 翌日の朝、食堂で朝食中のイレーネさんとクレインさんの姿を発見した俺と和葉は、早速昨日の件について相談させてもらっていた。


「ベネディアめ、面倒事を私に丸投げしやがったわね」


 イレーネさんが小声で何かを呟く。


「え、何か言いました?」

「うんにゃ、こっちの話。で、メンバーが集まらない、ねぇ」

「どう思うイレ姉ぇ? 私的には備考欄のあれ、いらないと思うんだけどなー」

「何度も言うが、あの記述を消して、適当なやつが入ってきても困るんだ」

「でも、そのせいで誰も入って来ないんじゃ、募集の意味ないと思うんだー」


 和葉の言うことにも一理ある。

 それは分かっているのだが、将来のことを考えると、やはり俺はどうしても備考欄の記述を消す気にはなれなかった。

 そして、結局いつもこうして話が平行線で終わってしまっているのだ。


「あー、多分だけど、備考欄云々はあんまり関係ない、かな」

「え、どういうことですか?」

「うーん、なんて言ったらいいか……」


 珍しくイレーネさんの歯切れが悪い。

 備考欄の記述が関係ないのであれば、いったい何が原因だというのだろうか。


「まあ、嫉妬半分、やっかみ半分というか、今キミたち二人について悪い噂が流れているの気付いてた?」

「え? いえ、気付いていませんでしたけど……」

「私も……でも、私たちダンジョンを普通に探索してただけで、そんな噂が流れるようなことしてないと思うんだけどな」


 確かに和葉の言うとおりだ。

 俺たちは、ほぼ毎日のようにダンジョンに向かっており、キチンと魔石も納品している。

 むしろ模範的冒険者といってもいいくらいで、悪評をたてられるようなことをした覚えは一切ないはずだ。


「貴方たちは普通にしているつもりでも、周りにとってはそうではない、ということがあるのですよ」

「まあ、そういうことね」

「すみません、ちょっと意味が……」

「イレーネ、ここまで言ったのです。この際はっきりと伝えた方が彼らのためになると思いますよ」

「でも、ソーイチローがかわいそうだし……」


 ん? 小声で聞き取りづらかったが、今俺の名前を言ったか?

 俺がかわいそう?

 いったいどういう意味だ?


「貴方は過保護すぎるのです。もっと自分の教え子を信じてやったらどうですか」

「そんなこと言われても……」


 なんだが話の中心が俺になっているっぽいのが気になる。

 気にはなるのだが、なんだかこの二人の会話を聞いていると――


「なんだか今の二人って、子供の教育方針で揉める夫婦みたいだね」


 俺が思っても口に出さなかったことを、和葉がずばり口に出した。


「なっ、カズハ! アンタなに言って――っ!?」

「そうです。よりにもよってイレーネと夫婦などと……言って良い事と悪い事があるでしょう」

「…………」


 イレーネさんは無言でクレインさんを睨む。

 しかしクレインさんは意に介さない。

 ややあって――


「……なぜ殴るのです?」

「その出来の良いオツムで考えてみたら?」

「そーちゃん、やっぱり二人って仲良いよねー」

「和葉さんや、話進まなくなるからお前はもう黙ってて……」


 場を収めるため、コホンとイレーネさんが咳払いをする。


「で、その悪い噂ってやつなんだけど……二人、特にソーイチローにとって辛い事実を突きつけてしまうことになるわ。それでも聞きたい?」


 イレーネさんの言葉に、思わず俺と和葉は顔を見合わせる。


「そーちゃん、どうする……?」

「どうもこうもないだろ」


 俺はイレーネさんの方へと向き直り、彼女の目を真っ直ぐ見据え、答える。


「聞かせてください。パーティーメンバーが集まらない原因が俺たち、特に俺自身にあるのであれば俺はそれを直したい。そうしないと俺たちはいつまで経っても第二階層へ行けないんです」

「うん、良い覚悟ね。カズハもそれでいい?」

「う、うん……」

「じゃあ、まず二人は“キセイ”って言葉を知ってる?」

「キセイ? 何かに制限をかけたりする時に行うあの“キセイ”ですか?」

「そーちゃん、既成事実の“キセイ”かもしれないよ」

「言葉のチョイス!」

「……分かった。じゃあ、そこから説明していきましょうか」

「待ちなさい」


 突如、話の腰を折るようにクレインさんが口を挟む。


「急になによ?」

「今からする話は女性の身では話し難いこともあるでしょう。私の方から説明します」


 そう言うと、クレインさんはメガネの位置をクイッと直す。

 イレーネさんは複雑そうな表情をしていたが、暫くして『任せた』とクレインさんにバトンタッチした。


「さて、“キセイ”の説明を行うためには、まずこの街に住む女性の職業事情について説明する必要があります」

「女性の職業事情ですか……?」

「はい、貴方たちもこの街に訪れた際に感じたかもしれませんが、この街は外からやってきた、もしくは孤児などのいわゆる“食い詰め者”の女性が就ける職種というのは驚くほど少ないのです。大まかには二つ、冒険者か……娼婦。そのくらいしかありません」


 娼婦……確かに酒場の近くなどで何度か露出の激しい服を着た女性を見かけたことがある。

 冒険者の女性もわりと露出の多い服を好む人が多いので、その時は特に気に留めなかったが、あの時の彼女たちはそういった職業の女性たちだったのだろうか。


「しかし、自ら好んで娼婦になろうとする女性はそうはいません。かと言って冒険者なんて職業に就いて命を賭ける気もない。そうなった際、彼女たちには犯罪を犯す以外で、どんな道が残っていると思いますか?」


 娼婦か冒険者しか道がないのに、そのどっちも嫌。

 そんな彼女たちに残された、犯罪以外の道か。

 この問いに俺が頭を悩ませていると、意外にも和葉がすぐに答える。


「誰かのお嫁さんになって養ってもらう?」


 なるほど、確かにその道が残っていた。

 和葉がすぐにその答えを出したのは意外だったが、その発想は女性ならではのものなのかもしれない。


「そうです、それが出来れば理想ですね。しかし、よそ者や孤児など、何の後ろ盾も持たない者が結婚するには、余程優れた容姿か運が必要となるでしょう。誰にでも出来るものではありません。そこで彼女たちは折衷案を選ぶのです」


 ここで俺はようやく“キセイ”の言葉の意味を理解する。

 “キセイ”とは、規制でも、既成でもなく――


「つまり、冒険者の男たちに媚びを売って取り入り“寄生”させてもらうのですよ」


 この時、俺はネットゲームをプレイしていた際に耳にした“姫プレイ”という言葉を思い出していた。

 女性アバターを使用し、男たちに愛想を振りまき、媚びを売る。

 そうして“親衛隊”と呼ばれる彼女のシモベたちを作り上げ、自身は安全な後方に居ながらも彼らに経験値や金、アイテムを貢がせる、通称“姫プレイ”。


 娼婦も嫌、冒険者も嫌。

 そんな彼女たちが考え出した第三の道が、これに近しいものだったのだろう。

 そして――


「……話は分かりました。俺がそれの男版。つまり和葉に取り入って“寄生”していると他の冒険者たちに思われているんですね?」

「さすが同士ソーイチロー、理解が早い。残念ながらそういうことになります」


 さすがにこれはショックだ。

 まさか周りからそんな風に思われていたとは……。


「そーちゃんはそんなことしてませんっ!!」


 突如、和葉は立ち上がり、怒鳴り声を食堂中に響かせる。

 朝の喧噪に包まれていた食堂は一瞬でシンと静まりかえり、俺たちは何事かとこちらの様子を窺う視線に晒される。


「和葉、いいんだ。落ち着け」

「でも――っ!」

「クレインさんたちがそう言ってるわけじゃないんだ。だったらここで怒鳴っても仕方ないだろう?」

「それは……」


 和葉が“キレて”くれたお陰で幾分か冷静になれた俺は、なんとか和葉を宥めすかす。

 まったく納得のいっていない様子ではあったが、渋々ながらも席についてくれた。


「確かに、言われてみれば思い当たるふしがあります。後方にいながらも攻撃魔法を使うでもなく、かと言って支援行動をとるわけでもない。俺のスキルを知らない人間からしたら俺は“魔石拾い”しかしていないように見えるのも仕方ないのかもしれません」


 事実、最初はそれしか俺の役割はなかったのだ。


「それと間の悪いことに、キミたちは二人だけでダンジョンに挑んで帰ってきた期待のルーキーだって注目されちゃってたからね。それで余計にソーイチローの存在が目について、悪い噂が一気に広まったってわけ」

「なるほど、だからいくら待っても俺たちのパーティーには加入応募者が来なかったんですね。俺に“寄生”されるのはごめんだから」

「そーちゃんはそんなことしてないのに……」


 和葉が今にも泣きそうな顔でそう訴える。

 まったく、何故当事者である俺よりもこいつの方が悲しんでいるのやら。

 俺は『泣くな』と和葉の栗色の髪をわしゃわしゃと撫でてやった。


「となると、パーティーメンバーを募集するためには、まず俺に付いて回っている悪い噂を何とかしないといけないってことですね」

「そうなりますね。しかし、言うのは簡単ですが、そう易々と出来るようなものではありませんよ?」

「そうですよね……」


 さて、どうしたものか、と俺が頭を捻った時であった。


「――おいおい、どうしたよ、何か揉め事かぁ? “寄生虫”退治なら俺も手伝ってやるぜ?」


 『ヒャヒャヒャ』と癪に障る笑い声を上げながら、金髪で皮鎧を着込んだ戦士風の男が俺たちに声をかけてきたのであった。

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