うちのポンコツヤンデレ義妹について相談があるんだが
「なぁ親友、ちょっと良いか?」
放課後。
その日一日の授業が終わり、生徒達が解放される時間。
部活や遊びなど、それぞれが思い思いに放課後を満喫しようと解散する中、一人の男に話しかける。
「……今度は何だ? 装飾華美なバイク集団か? それともヤの付く自由業か? まさかこの前みたいなガチの魔術教団か?」
荷物を纏め、今まさに帰ろうとしていた男は嫌そうな顔をしながらも話を聞く体勢を取ってくれる。
新作ゲームや新刊の発売日は絶対に話を聞いてくれないが、それ以外であれば何だかんだで付き合ってくれる良い奴だ。
「いやなに、うちのポンコツヤンデレ義妹について相談があるんだが」
「ああ、お前の義妹か。言っておくが女の子について聞かれても答えられねーぞ。お前と違って彼女いない暦=実年齢だからな。あと、惚気だったら帰るからな」
態度はそっけないが近くの席に座り聞く体制をとってくれる。
「そっち方面については童貞の親友には端から期待はしてないから気にしなくていいぞ」
「ケンカ売ってんの? 買うよ? 買っちゃうよ?」
何故か怒りのボルテージが上がっているようだ。
解せぬ。
「まぁ落ち着け親友。それでだな、うちの妹兼恋人兼嫁の完璧義妹に最近悩みがあってな」
「人の家庭事情に口を出す気はないが、いつ聞いても頭おかしいよな。問題は戸籍だけでお前らが幸そうだから別にいいけど」
「そこで頭から否定しないで理解を示すお前が大好きだ」
「はいはい、で本題は? 何だ、ついにヤンデレらしく刃傷沙汰か? 刺されたのか?」
割と素直に出した好意をスルーされてしまった。
この男、冗談と思っているのか好意を悉くスルーしていくスタイルだ。
ついでに友人の間違いを正しておく。
「それは違う。ヤンデレは愛しい相手を護り尽くして手を出さず、周囲のお邪魔虫を排除する傾向にある。極まると自分自身すら相手の幸福の糧にしかねないがな」
我が身可愛さで愛する相手さえ傷つけるのとは天と地程違う。
「うちの義妹で例えると、モテにモテてしまう俺に近寄る女子の排除の仕方だな」
「お、おう、そうだな」
何だその引き気味の視線は。
「自慢になるが俺の顔はイケメンの部類でもトップクラスだ」
「そうだな、贔屓目に見てもお前の顔は……って自慢か! てかさっきから何だ、永遠不細工って言われた俺に対する嫌味かこの野郎!」
胸倉に掴みかかってくる怒り心頭の親友。
怒りを静めるためフォローをせねば。
「時に落ち着け親友。お前のその顔面偏差値を低空飛行どころか胴体着陸している顔面は、俺や義妹、家族からも愛嬌があって良いと評判で――っ」
腹に一発貰った。
何故だ。
「今の無礼、これで許してやる」
解せぬ。
「とっ……とりあえずだな。まず、義妹は俺にアピールを仕掛けようとする女子の情報を収集するわけだ。徹底的にな」
「ヤンデレの行動としてイメージ通りだな」
「そして情報を集めたら排除という行動に移す。ここからが人によって変わる。が、“結果として二度と近寄らなくなる”という点では一緒だな」
「まー愛しい相手に異性が近寄って欲しくないからそうなるな。何だ、相手の弱みを握って脅したりすんの?」
「ふっふっふ。その点に関しては義妹は一味違う……」
「えっ何? もっとエゲツナイことしてるの?」
そんな悪事をまともにできるならポンコツなんて言われないし呼びもしない。
だが、それはエゲツナイと言える程効果的で有用。
それは、
「彼氏を作らせるのさ!」
「は?」
余りの恐ろしさに理解が追いついていないようだ。
「あの完璧な才覚を用いることにより、学校の内外から相性が最良の男とくっ付かせるのさ!」
完璧すぎて、兄として夫として震えが止まらない。
「人間、感性の合う合わないというのは大きい。“友人ならともかく恋人にはできない”というのも、感性の合う幅が友人あたりが最適という意味もある」
本来なら、お互いの感性を摺り合わせて妥協点を探るのが大多数の付き合い方なのだろう。
しかし、お互いの趣味や感性をぶつけ合う事なく自然体で付き合えるというのは、現代のストレス社会において大事な事ではなかろうか。
立場等の外部的な干渉ならともかく、少なくとも気が合わないから分かれたという話は今のところ無い。
叩き潰すのではなく、矛先を少し逸らすだけ。
それだけで誰も損せず幸せになる一挙両得のこの手腕!
「親友、お前の交友関係からも結構な人数が選出されているんだが、気付いていなかったか?」
というか、特殊なのを除けば全員だが。
「はっ、まさか最近マサやんや桐島の兄貴、魔術師の峰真までもが彼女ができたっていうのは……」
「義妹からの世話になったお礼らしいぞ」
彼らの協力が無ければ、俺たちは今頃アスファルトの染みか海の底、悪魔の生贄になってただろうしな。
「そういえば、深口も近頃……。いや、早馬も結構前から様子が――」
記憶の海に潜っていて聞こえていなさそうだ。
自身の記憶からカップルと適合するであろう人物をぶつぶつと挙げる親友。
名前が挙がった連中は確実に義妹の仕業だ。
3分ほど経っただろうか。
呟いていた口を閉じてこちらを見つめる親友。
その瞳は漆黒に澄んでいた。
深遠を覗き込むというのはこういうことだろうか。
「……なぁ、何で俺にそういう話は無いの?」
深遠から覗き込まれるというのはこういうことか。
「よし、まずは落ち着こう。いいか? 落ち着いて深呼吸をするんだ」
これは不味い。
ここまで怒りが一回りした親友は、幼子を洗脳していたド外道司祭と戦り合った以来だ。
選択を誤ればヤられるだろう。
「良いか? 理由は幾つかある」
「何だ?」
よし、乗った。
「まず第一に、この学校内に親友と相性の良い相手が居ないってこと。無理矢理くっつけても親友の良さに気付く前に破局するのが目に見えているからだ」
「ぐっ」
親友も気付いているのだろう、自分の外見の悪さを。
だが、平時では気付きにくいが彼にはそれを補って余りある良い所がある。
少なくとも俺はそれを知っている。
とはいえ、落ち着いてもらうために正論をぶちかまさせてもらおうか。
「そして第二に、――彼女を作ろうと努力をしていない癖にくっ付けろなんて、その女の子が可哀相だろ」
「ぉ――!」
つい最近滅した悪魔の様な叫び声を上げ、地面に倒れこむ親友。
いや、昔にもの凄い努力していたことは知っているんだけど、……女子の品評って残酷だよね。
それにそこらの女子と無理矢理くっつけようとしたら、俺が義妹を含めた彼女達に何をされるか分からない。俺も命は惜しいのだ。
「……で、話が盛大に逸れたな、とりあえず義妹についてなんだが」
床で痙攣しながら呪詛を吐く親友を無視して話を続ける。
「先週の日曜に海岸沿いでデートをしてたんだがな」
「惚気なら帰るぞ」
芋虫のように出口に這い出す親友。
それを見てしまった近くに残っていたクラスメイトが、冒涜的なモノを見てしまったせいで一時的な狂気に陥ってしまったが。
「至極残念だが違う、デート中の岩場の影で見つけてな」
「見つけたって何を?」
体に付いた埃を落としながら席に戻る親友。
「腹を空かせたのがな……」
義妹が楽しそうに餌付けしていたのを覚えている。
「ペットか何かが捨てられたのか?」
「いや、迷子みたいでな。場所は分かっているんだが、俺たちじゃ送り届けるにも金が足りない」
「何だ外国か? 電話番号とか首輪か何かに書いてないのか?」
「いや、連絡は取れたみたいなんだけど、迎えに来るのに時間が掛かるみたいで」
「じゃあ、お前の家で迎えに来るまで預かっていればいいじゃん。一戸建てで動物アレルギー持ちも居ないだろ」
「確かに今は家に居るが……いやぁ、流石に両親に見つかるのは不味い。お前はともかく両親の理解は難しいだろう」
「ちょっと待て、何だかいつもの嫌な予感がしてきたんだが」
流石今まで色々巻き込まれただけある。
だが、もう逃がさん。
「今は義妹の部屋に隠れて貰っているんだが、それだと年頃の彼女も窮屈だろうしな」
「おい、その言い方って事は人なのか? 動物じゃなくて? おじさんやおばさんに言えないって事は普通じゃないんだな」
「そういうこと。おまけに、義妹が彼女を気に入ってな。迎えまで一緒に過ごしたいって言っててな」
親友は結構お高いマンションで一人暮らしをしている。
おかげて厄介ごとの度に義妹共々泊まらせてもらっている。
「という訳で迎えが来るまで、お前の部屋を貸してくれないか? 家だと義妹も彼女も自由にできなくてな。家賃も3人分払うから、すまんが頼む」
「お前ら兄妹用の部屋以外にも使ってない部屋があるし別に構わないぞ。でもあの義妹が気に入るなんて珍しいな。……そういえば金が足りないってどこから来たんだよ。地球一周できる金はあるだろ?」
もう言ってもいいだろう。
ここまで聞けば断るような男ではない。
俺は指で彼女の故郷を指差す。
「――? 天井に何かついてるのか?」
親友の答えに首を振る。
それだけで理解できたようだ。
「ま、まさか――」
「義妹と合わせても有人ロケットを作る金は無い」
「今度は宇宙人かよ……」
この後、何だかんだで宇宙を飛び回ってスペースオペラを繰り広げる事になるが、それは別のお話ということで。