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ビッグバン

作者: 穴沢喇叭

 今日は例年どおり強烈な寒さだった。


 スーツなんて纏ったところでもう使い物にならないから、ここ五年は着ていない。それに外を見る限り外部には出れないだろう。僕は研究室にずっと籠っている。最終的にこの場所も焦熱地獄になるのだから、外の寒さなんてもう関係ないだろう。


 人っ子一人いない。そりゃそうだなんて自分の孤独を実感して呆れ笑った。閑散とした暗闇のなか、見えるのは荒れた大地とごつごつした岩場、そしてわずかに残った枯れ枝の植物だ。あんなに吹き荒れていた嵐は昼間のうちに過ぎ去ってしまって、すっかりしーんとしていた。


 僕は隔壁の奥の「ゆりかご」をモニターで入念にチェックしたあと、水出しコーヒーの余韻に浸っていた。ひとつだけ残しておいて良かった。あのシェルターの耐久性は如何程かわからないが、あれはこうした楽しみも抽象的に記録しておいてくれているから、是非残っていてほしいものだと思う。まぁ先代が大丈夫だったようにまずあれは消し飛ぶことはないだろう。酷ではあるが、次の新たな文明たちの誰かが見つけてほしいものだ。我々がそうであったように。


 唇をひとなめして、席を立つ。もうひとつの機器の前に腰掛け、カバーを開く。操作盤をいじって装置を起動する。僕がガラス越しに見るのは黒々とした点にも満たない粒。我々の叡知と先人たちの知恵を結集して作られたそれは、どんな宝石よりも美しい。終演を、終焉を告げるにはふさわしい。素晴らしい。次世代への愛と希望で満たされている。


 さぁ、行き詰まった歴史をリセットしよう。


 目から鼻から、よくわからないものを垂れ流しつつ、僕は安全装置を解除する。カウントダウンが始まる。


 カウントダウンはごく普通に行われた。最期くらい楽しもうと、遠い昔に録音した懐かしい妻と娘の声がする。今の今まで忘れていた。不意打ちに、僕の顔は今ぐしゃぐしゃに歪んでいるだろう。首もとからペンダントを取りだし、ぎゅっとにぎった。怖くなったのかもしれない。だが、これが僕に与えられた最後の仕事だ。もうすぐ、そちらにいける。そう思うと余計に感極まって、決壊した。辺りいちめん、液体でびしょ濡れだった。


 これでよかったのだろう。僕の人生でもっとも誇るべきことは、この宇宙の終わりの最後の知的生命的概念、その最後の生き残りとして、この素晴らしいショーの終わりを見物できることだろう。配線とパイプだらけの体になって生きているとも言えない状態で、ここまでずるずると生き延びてきた甲斐があった。


 体をきつく抱き締める。直後、辺りは光に包まれた。


 この星が、惑星たちが、恒星たちが、銀河たちが、この宇宙が、新しい光に侵食されていく。幾億年の歴史はここで幕を下ろし、新たな宇宙が、新たな生命と、新たな物語で、新たな歴史を紡いでいく。


 僕はビッグバンを起こした張本人になれたことを先代の創造主たちに感謝しながら、優しい光にかき消された。

 次の宇宙は、いったいどんな宇宙かな。楽しみだ。

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