異世界でダンジョンマスターになった私は、ガチャを回させています。 04
ガチャ廃人アクトの朝は早い。
鐘の音が街に朝を告げるよりも早く起床し、身支度を整える。
そして朝食も食べずに安宿を飛び出す。
朝一番に彼が向かう先は冒険者ギルドだ。
全ては、ガチャを回すために。
「ア、アクトさん! おはようございます!」
冒険者ギルドの受付嬢が彼に声を掛ける。
短く挨拶を返したアクトは、掲示板から選別していた複数の依頼書を提示した。薬草採取、下級モンスターの討伐、荷物の配達。いずれも彼からすれば低ランク向けに発行された簡単なクエストに過ぎない。
以前なら見向きもせず、このような依頼に四苦八苦する連中を嘲笑っていた彼は、今は率先して引き受けていた。
クエストを達成した際に報酬としてもらえる、ガチャチケットを集めるためだ。5枚集めれば、1回1万Gという高級ガチャを引くことができるそのチケットの存在は、彼にとって希望そのものである。
「受付を頼む」
「は、はい! 少々お待ちください!」
少々不慣れな様子で手続きを行う受付嬢に、以前の彼なら悪態のひとつやふたつは吐いていただろう。
しかし今の彼は黙って待つ。何の益も生み出さない暴言を発するくらいならば、クエストを手早く済ませるための手順を考えている方が良いからだ。
(街を出る前に配達がふたつ。その合間に屋台で朝食。その後に街の外の木こり小屋への配達がひとつ。その小屋周辺で薬草採取とモンスター討伐を――)
手早く全てのクエストを完了すれば、他の依頼をこなす時間が増える。その分だけガチャチケットが集められる。
ガチャチケットの枚数は、幸運を掴み取るためにはどれだけ溜めても足りない。チケット5枚で1回。クエストを毎日そつなく達成して溜め続けても、仮に100回引くのならチケット500枚が必要だ。
1000回引いても目当てのウルトラレアを入手できずに嘆く冒険者も存在したという。下手をすれば5000枚ものチケットを使い果たしてもウルトラレアが入手できずに終わるかもしれない。
しかし、それだけの分の悪い賭けに挑む価値が、ウルトラレアの景品には確かにあることをアクトは確信していた。
以前ウルトラレアの魔剣『レーヴァテイン』を入手したロナウドという冒険者は、元々Aランク冒険者として有名だったが『レーヴァテイン』入手後の活躍はさらに目覚しい。
ロナウドは今では『炎剣』の異名で呼ばれるようになり、噂では冒険者の最上位であるSランクに昇格するのではないかと語られていた。
これまではソロで活動していたというロナウドの傍に最近付き添っている少女、エリメルもまた凄まじい活躍らしい。
エリメルもまたウルトラレアの装備品である魔杖『アスクレピオスの杖』を所有して、治癒術士として戦場に癒しをもたらしているそうだ。
Cランクのありふれた冒険者の一人だったはずの少女は、瞬く間にBランクへと駆け上がり、今や試験に合格すればAランクへと到達できる程のようだ。
ロナウドと共に様々な戦場を渡り歩き、モンスターの群れに襲われた人々を守り抜き、共に戦った者達に癒しを施す彼女は今では『戦場の聖女』という異名で語られている。
本人達の元からの素質も確かにあったのだろう。しかし、決め手となったのはやはりウルトラレアの装備の効力が大きいだろう。
一流の冒険者だけでなく、普通の少女さえも英雄に到達させるウルトラレアの装備品達。1回1万Gで手に入るかもしれないだけという、一か八かの運任せに身を投じる価値は、十分にある。
価値はある。しかし、当たらない。どれだけ引き続けても、アクトはこれまでの日々で一度もウルトラレアを引き当てたことはなかった。
(だが、今回こそ……あのウルトラレアこそは、手に入れてみせる!)
カジノに配置されているガチャは、残っている景品の種類やレアリティ、効力が明記されている。
どのような最新鋭の技術が使われているのか想像もできないが、残された景品の総数と共にレアリティ毎に区分されたアイテム名と概要が機械製の掲示板に提示されていくのだ。当然、目玉となるウルトラレアはその外観と効力が目立つように表示されている。
(今回のウルトラレア……双剣『風神・雷神』……あれは、俺がいただく……!)
その景品が掲示されているのを見た瞬間、アクトはガチャチケット集めに奔走した。二振りの剣にそれぞれ宿された加護――今までに類を見ない、二つの加護がセットになった装備品だ。
速度上昇の加護が二重に重なり、風と雷の刃によって遠距離攻撃すら可能となる、特上級の代物である。その分今回のウルトラレアの景品は普段より少なく、出現率も低いことが予想される。
だが、腕力がそれ程高くなく、魔法の適正もないアクトにとって、『風神・雷神』は喉から手が出る程に欲しい得物だ。
何よりも速度上昇の加護が見逃せない。あれがあれば――。
(ガチャの内容が更新されるのは今日の深夜……!
つまり、今日がラストチャンス……!)
ウルトラレアが全て排出されるか、一定期間が経過するとガチャの内容は更新される。その更新日は基本的に月末、つまり今日の深夜12時……日と月を跨ぐその瞬間だ。排出されないまま更新されたウルトラレアが再度登場する時期は不明。カジノオーナーの決定次第。
下手をすれば二度とガチャの景品に並ばないかもしれない。この機会を逃すことはできなかった。
(この日のため、溜めに溜めたチケット枚数……5000枚……!
掴んでみせる、俺の希望……! そして穿つんだ……!
否運の城壁を打ち破り……俺の人生に、未来を切り拓く風穴を……!)
地道にクエストをこなし、チケットを販売している冒険者がいれば買い集め、その費用のために食費も宿代も削ってきた。
鞄に詰め込まれたチケットは、今日まで続いた日々の結晶そのもの。
今日の夜までにもういくつかのクエストをこなせば、ガチャ何回か分のチケットは追加できる。
アクトはその全てを、今日の夜に注ぎ込む心積もりだった。
月末の景品更新直前の時間帯に『ガチャフェスタ』と称して、ウルトラレアの当選確率を普段の2倍に引き上げることは周知の事実。
他の客が『ガチャフェスタ』に釣られてガチャを回して、外れの景品が可能なかぎり排出された状態になるまで粘り、自分はまとめてガチャを引く。ここ一番での幸運を掴めない自分にはこれしかないと、アクトは半ば確信していた。
「お待たせしました、アクトさん! クエスト手続き、完了しました!」
「分かった、行ってくる」
受付嬢に短く頷き返して、配達物を受け取ったアクトは冒険者ギルドを発った。駆け出したい気持ちはあったが、配達時は荷物の取り扱いに気を配らなければならないために走るわけにはいかない。
早足で歩きながら、アクトは今日一日の流れを脳裏に描いて行動の効率化を図っていた。
〇
早朝から昼までにかけて、いくつかのクエストを完了したアクトは冒険者ギルドで昼食を取っていた。
食事の後に再びクエストに出向くために大急ぎで、安価なランチをかきこむ。
そのトレイの横には、食事とは別で買い足したエナジーポーションという飲み物が置かれていた。
カジノのオーナーが販売を始めたというエナジーポーションは、通常のポーションと違って傷を癒す効果は薄い。
その代わりに、消耗された活力がその一瓶で全快する程に、体力を回復する効能が既存のポーションとは段違いだった。
クエストの後にこの1本を飲むことが、最近のアクトの日課となっている。
「あ、あの……アクトさん! クエストお疲れ様でした!」
「……? おまえは……」
食事を終えてエナジーポーションで一服していたアクトに、一人の少女が声を掛けてくる。駆け出し冒険者らしい、安物の装備に身を包んだ少女にアクトは見覚えがなかった。
命を預けるには心許ない装備品でクエストに出向く冒険者の姿なんて、有り触れすぎていちいち印象に残ることもない。
しかし少女は、アクトの名前を知って声を掛けてきた。アクトは疑念を抱きながらも、静かに視線を返す。
以前なら「なんだてめえは、気安く話しかけてんじゃねえ!」と暴言の一つも吐いていただろう。しかしギルド内で揉め事を起こしたことが原因でチケットの収集に支障をきたしたくない現在のアクトは、無用な騒ぎを極力避けていた。
「その、以前討伐の最中に助けていただいて……。
あ、私の名前はルカって言います!」
「……ああ、そんなこともあったか」
言われてみれば、と。アクトは先日に新人のパーティがモンスターに追いかけられているところに遭遇したことを思い出す。
そのモンスターが自分の受けていたクエストの討伐対象だったから、獲物に夢中になって隙だらけのモンスターを背後から斬り捨てた。
それを何を勘違いしたのか、新人パーティの面々は助けてくれたとか騒ぎ始めて、面倒になったアクトはさっさと立ち去ったのだ。
他人の相手なんて面倒であったし、何よりその時間で次のクエストをこなした方がガチャチケットが集まるのだから。
「あれから、お礼を言いたくて探してたんです……えへへ」
「礼を言われる覚えはない。俺の獲物だったから仕留めたまでだ」
「か……かっこいい……!」
少女が頬を赤らめてアクトを見つめているが、彼はどうでもいいとばかりに視線を外して、エナジーポーションを呷った。
ルカと名乗った少女が自分に行為を抱いている、などとアクトは信じない。
ずっと、自分を好いてくれていると信じていた女性に見捨てられてからというもの、彼は女性を信用することがなくなっていた。
擦り寄ってくる女性がいても、何か裏があると疑え。そう自分に言い聞かせている。最も、商売女以外で自分に擦り寄る女など、アメリアを除いて存在した試しがないが。だからこそアメリアに惚れていたんだけどなあ、と。アクトは内心の嘆きをポーションと共に飲み下して、席を立った。
「クエストに行ってくる。せっかく良い武器を持ってるんだ、気をつけろよ」
「あ、ありがとうございます! ……ああ、そうだ! アクトさんにこれを……」
立ち去ろうとしたアクトを引きとめて、ルカは手を差し出してきた。
その掌には、一枚のガチャコインが握られている。
5枚のチケットと交換で得られるそのコインは、実質1万Gの価値がある貴重品だ。冒険者同士での売買は存在しても、譲渡など聞いたことがない。底値でも5000Gが相場となる高級品を他人に渡すなど本来なら有り得ない。
取引が可能である以上は譲渡も可能であるのだろうが、少しばかり人助けをしたからといってもらえるようなものではないのだ。
「その、この間のお礼……これくらいしか渡せるものがなくって……」
「……いいのか?」
アクトは本来なら、他人に気を遣うような人物ではない。
そうであるなら、幼い子供であるかつての仲間、レンを執拗にいじめたりしていない。遠慮しているように見せたのは、周囲の目を気にしてのことだった。
ギルド職員の目もある中で、子供からガチャコインを奪い取ったなどと誤解されてはたまったものではない。チケットを渡してきたのは少女の意思で、自分は一度は遠慮したとアピールするために問うただけだ。
「は、はい! ぜひ受け取ってください!」
そんなアクトの思惑を知ってかしらずか、少女は目をきらきらさせてアクトを見上げている。遠慮がちに受け取る素振りを演じてゆっくり手を差し出して、少女からガチャコインを受け取る。
少女は何やら感極まった様子で足早に走り去り、遠くのテーブルにいる仲間らしき者達の元へと駆けていった。
何やら楽しそうにはしゃぐ子供達を一瞥して、「まあ、もう関わることもないだろう」とアクトは心の中で呟いて、依頼書の張り出されている掲示板に向かった。いくつかのクエストを見繕い、依頼書を手に取って受付に向かう。
「受付を頼む」
「は、はい……それはもちろんよろしいのですが、その……。
アクトさん、早朝から何件もクエストをされてますし、そろそろ休まれた方が良いのでは……?」
「大丈夫だ、問題ない。夕方までには切り上げるしな」
無論、夕方にガチャを回しに行くためだ。
今日という日のために、日課となっていたガチャを我慢してチケットを溜め続けたのだから。
カジノは24時間営業しているが、肝心のガチャは景品入れ替えのタイミングで稼動を停止される。そのため、遅くとも夕方にはガチャの周辺に待機して、外れが減った頃合を見計らってまとめてガチャを回す。所詮は運任せのガチャに対して行える作戦なんて、せいぜいがそのくらいのものだった。
「で、ですがアクトさんはソロですし……。
今日、一体どれだけクエストを行ったか覚えてますか?」
「聞きたいか? 午前中の時点で30件だ」
「クエストって普通は1日に1回、多くても2、3回くらいなものですよ!?
明らかに働きすぎです! オーバーワークです!」
「問題ない。もっと仕事がほしいくらいだ」
そうすればもっとガチャを回せるからな、とアクトは内心で呟く。
性根が腐っていようが、ガチャの魔力に取り付かれていようが、彼はCクラスの冒険者だ。相手に格下を選べばモンスター討伐も然程苦労することもない。討伐そのものより狩場への移動に時間と手間がかかるくらいだ。
以前なら「そんな格下の仕事なんて、報酬が不味すぎて話にならねえ!」と断言していたが、今では下級クエストはひたすらにおいしい存在だ。
物によっては30分も掛からない短い仕事でガチャチケットが手に入る。移動経路で別のクエストを平行してこなせば、さらに短時間でガチャチケットが溜まるのだから、逃す手はない。
ガチャチケットの実装告知前は見向きもされなかった下級クエストは、今では奪い合いが行われるくらい割りの良い仕事となっている。
無茶をして、酒も煙草も止めて、休日返上で仕事に励む価値がある程に。
「俺みたいな奴は、こうでもしないと這い上がれないんだよ」
「だ、だからって……身体を壊したら、元も子もないですよ」
何故こんなに引き止めるのかと、アクトは疑問に思う。
冒険者ギルドは、冒険者にクエストを受けさせるのが仕事だ。
謂わば他人の命を鉄砲玉にして、その上前を仲介料という形ではねるのがギルドの業務。仮に受付嬢の言うように身体が壊れたところで、困るのは自分だけだ。ギルドには関係ない。
生きるも死ぬも自己責任。それが冒険者なのだから。
「そう簡単にくたばるかよ。ほら、もたもたしてると後がつかえてるぜ」
「えっ……ああ、すいません! すぐに手続きしますね!」
混雑を避けようと昼食の時間を早めに切り上げたのに、アクトの背後には受付の順番を待つ行列が出来始めていた。
慌ててクエスト発行の手続きを始める受付嬢を眺めながら、アクトの思考は既にこれから行うクエストの効率化のために動いて出していた。
(てめえを当てるのはこの俺だ……! 絶対に手に入れる……!
それまで当てられるんじゃねえぞ、『風神・雷神』――!)
全てはただ、ガチャに眠る秘宝を掴み取るために。
今のアクトを突き動かしているものは、果て無き欲望に他ならなかった。
〇
時間の許す限りクエストに励んだアクトは、手に入れたガチャチケットを鞄に詰めてカジノへと向かった。
ガチャチケットはそのままでは使えない。受付でガチャ専用のコインと引き換える必要がある。故にアクトは迷わず受付へと近づく。そこには今日も、一人の少女が待ち構えていた。
「あら、いらっしゃいませアクト様! お久しぶりですね!」
「……ああ。しばらくぶりだな」
少女は、このカジノのオーナーだ。
何故こんな少女がオーナーをしているのか、そしてオーナーの立場でありながらカウンターで仕事をしているのか。
疑問はあるものの、興味があるわけではない。そんなどうでもいいことより、賭博に勝つことこそが重要なのだから。
「ガチャチケットだ。交換を頼む」
「はい、承ります……すごい枚数ですね、苦労されたでしょう」
アクトが鞄から取り出したガチャチケットに、少女は一瞬たじろいだ様に見えた。多くの人々を手玉に取っている少女に一泡吹かせられたと思うと、思わずアクトの頬が緩んだ。
「ああ、溜め込んできたぜ……勝つためにな……!」
「……ふふ、それは素敵ですね。ぜひとも、幸運を掴んでください!」
少女の憎たらしい微笑みに「今日こそは吠え面かかせてやる……!」と胸中で誓ったアクトは、チケットと交換で得たコインをケースごと受け取る。
『ガチャフェスタ』を目当てにした客達が殺到する中、アクトはコインの枚数を確認しながら、ベンチに座ってじっと機を待つ。
行列に並び、1人1回で交代して回す。そんな正攻法では、自分にウルトラレアは引けないと半ば確信しているからだ。
いくら当選確率が2倍になっているからといって、元々の確率がほぼゼロに近いのならば、過信はできない。
当選確率が上げられた状態で、尚且つ外れの景品の多くが排出された夢のような状態。そうなるまで粘ってからでなければ、自分に勝機はないだろう。
そこまで頭で理解していて、自分自身で立てた作戦に納得していても、焦りはどうしても生まれる。どれほど理屈を捏ねたところで、目当ての景品を自分が引く前に他人に引き当てられたら、意味がなくなってしまうのだから。
(当てるんじゃねえぞ、てめえら……あれは俺のだ、俺が引き当てるんだ……!)
声に出すことはなく、心の中で「外れろ……おまえらだけは外れろ……!」と呪詛を念じながら、アクトは待ち続ける。
ガチャから眩い光が発せられて、野次馬達の歓声が上がる度にアクトは思わず身体をぴくりと震わせてしまう。
その抽選結果を確認して、まだ『風神・雷神』が排出されていないことに安堵しながら、心は真綿で絞められるようにじわじわと締め付けられていく。
(くそっ……もう行くべきなのか……? 徐々に列は減りつつある。景品もかなり減った……! それは、俺が当選する確率が上がると同時に、列に並んでる奴らの当選確率も上がるということ……!)
あらゆる賭博において、誰もが必勝法を追い求める。
この方法なら必ず勝てる「はず」だと、僅かでも信じられるものがあれば縋り付くほどに。
しかし、必勝法と名付けられていても、その戦法が実を結ぶかは分からない。
実を結ぶのか分からない不確かな戦法を妄信して、その間に好機を逃すのではないか――アクトの胸中で、賭博の魔性の灯火が燻り始める。
今を逃せば、チャンスを逃すかもしれない。この直感を信じるべきではないか。そうだ、きっとこの瞬間に挑まなければ幸運が逃げていく――。
(そうやって何度、絶望を味わった……! 思い出せ、今までの敗北を……!)
ぎりぎりのところで、アクトは踏み留まった。
思い返すのは、今日までの間に投げ捨ててきた数多の金と時間。無様な敗北の記憶。最初の方はトントン拍子に勝ちが重なり、そこで止めておけばいいのにもっと勝とうと勝負を続けて。
気がつけば最初の勝ち分なんてあっという間に溶け落ちている。
一度は手にした勝利を失ってしまったことに焦って、取り戻そうとさらに投資して……最後にはもう、僅かな金しか残らない。
ガチャから手に入れた装備品のほとんどは、生活費の足しにと売り出して……その利益もまた、ガチャに消えていく。
そんな不毛なことを、まったく止められずにいる。
止めたら、今までに投じてきた金と時間が無為になる。諦めた瞬間、自分が引くはずだったガチャで誰かが幸運を引き当てるかもしれない。そんな考えが頭から離れずに、アクトは既に数ヶ月の時をガチャに費やしてきた。
(負けた、負け続けた……みじめに、無様に、養分として! これじゃあ、あいつらを見返すことなんてただの夢想……!
だからこそ、今日は勝つ! この日を信じてひたすら貯蓄したガチャチケット、今日の稼ぎの分と合わせて5055枚……!)
回数にして、ガチャ1011回分。アクトにできる最大限の努力で稼ぎ続けた、血と汗と涙を引き換えに得た権利。
それを無為に浪費するわけにはいかない。常に変化していく景品内容を示す掲示板を睨みつけて、アクトは残りの景品数を確認した。
残された景品の総数は、2500。欲を言うならば1011回を下回るまで粘りたい。そうすれば確実に引き当てられるのだから。
しかしそれは望めそうになかった。既にガチャに並ぶ者は残り少ない。
ガチャを引き終えた者達は、各々が自分の手にした幸運に歓喜したり、不運に嘆いている。もう一度並ぼうとする者は見当たらなかった。
(残りの奴らが引くのを待ち……2000だ。
景品の総数が2000を切ったら、俺も引く……!)
アクトが鋭い目で睨む掲示板には、徐々に減っていく景品の数が表示されている。2400、2300、2200……徐々にカウントが進む速度は遅くなっている。
高額の料金を取られる高額ガチャに人が集まるようになったのは、ガチャチケットの存在があればこそだ。
そのチケットが尽きれば、現金1万Gを消費してでガチャを引くことをためらうものがほとんどだ。躊躇いなく1万Gを投じられるのは、一部の富豪層や高ランク冒険者くらいのものだろう。
現在ではガチャチケットは容易に手に入る。だからこそ、気軽に消化してしまう者が多く、アクトのように溜め込む者は限られている。
どうしてもガチャで手に入れたい装備品があるか、チケットを必要とする者に売りさばく為に貯蓄する者だ。
元より、冒険者は命の危険と隣り合わせの職業だ。こつこつ貯金して将来に備える、と将来設計が出来る者は少ない。『ガチャフェスタ』まで待てずにチケットを消費して、月末にはもう残っていない、なんていうのは珍しい話でもない。
また、自分ではガチャを引かずに他者に売り払うという者も少なくない。実際、アクトもそういった手合いから買い集めた。
(2100……2050……あと、少し……!)
ガチャに並んでいる人数は既に数人。それを見て、アクトは立ち上がった。
野次馬達の間をすり抜けて、ガチャの前に向かう。
しばらく列に並んでいたが、自分の背後に並ぶ者が現れないことを確かめたアクトは、めったにないだろう好機に震えた。
(いける……! これなら、俺が連続で残りの景品を引き続けて……そのまま『風神・雷神』を手に入れられる……!)
誰か一人でもアクトの後ろに並んでいたのなら、1回毎に交代しなければならない。しかし、アクトの前に挑んでいた挑戦者が最後のガチャコインを使い終えても、アクトの次に続く者が現れる様子はなかった。
(来た……! 俺の番……、祝福の時への秒読み……!)
内側から金槌で殴られているかのように激しく鼓動を打つ心臓の熱を感じながら、アクトはコイン投入口の前に立つ。
一月の間、酒も賭博もガチャも何もかもの欲望に抗って、蓄え続けてきたチケットと交換で得たガチャコイン。
総数にして1011枚。この1ヶ月の間に得た全てを投げ打つ賭博を前にして、アクトの呼吸は緊張によって乱れていた。
(いける……怯むな、怯えるな……!
1011回も引けば、必ず引き当てられる……!)
乱れる呼吸と脈動を抑え込んで、アクトはガチャコインを手に取る。
焦りと緊張から生まれる身体の震えを振り払い、投入口へと最初の一枚目を投じた。レバーを引けば、眩い光が魔法陣に灯り、抽選が始まる。
やがて収束した光の中からは……どこにでもありふれている普通のポーションが現れた。どう見繕っても1万Gの価値はない、外れだ。
(くそ、幸先が悪い……だが、突き進むしかない……撤退なんてありえねえ……!)
続けてコインを投じる。レバーを引く。その僅かな手順を行う度に、この一月の生活の全てを引き換えに得てきたコインが、消えてゆく。
景品の総数が減ったことにより、確かに普段より外れアイテムは少なくなっている。しかしそれは、同時にそこそこの当たりアイテム――スーパーレアや、ハイパーレアが減少しているということでもある。
当たりが皆無、ということはなくても、普段の半分程には失われていると思われる。だからハイパーレアが中々引き当てられなくてもおかしくはない。だが――10連続でノーマルが出現となれば、さすがにアクトも焦りが生じた。
(なんだこれ……!? ふざけるな、なんだこの不運……!
何故、こんなことが……!)
既に、10枚。今日1日で稼いできたコインは、30分と掛からずに露と消えた。
11枚目――ようやくガチャの光に変化が訪れる。しかし変化は緑までに終わり、排出されたのはレアのアイテム……エナジーポーションの詰め合わせセット、だった。
(ばかな……! 11回……本来なら11万Gの出費……それで、この惨敗……!?)
運には、流れがあるという誰かの言葉を思い出す。
普段ならどんな不運な奴でも、流れに乗っている時なら幸運を掴めることだってある。決して目に見えないその流れを感じ取れる奴こそが、ギャンブルに強い人間なのだ、と。
(来ていない……今の俺には、流れなんてまるで来ていない……!)
20回目にしてようやくスーパーレアを引き当てる。少々高級な防具だが、アクトはより高性能の防具を既に所持しているために無用なものだ。
売り払おうにも、ガチャにより大量に出回ることになったこの手の装備品は、かなり格安で買い叩かれることになる。
(けど、まだ分からない……逆に、この不運の荒波を越えれば、訪れるかもしれない……幸運のビックウェーブ……!)
次は当たるかもしれない――ギャンブルにおいて危険な思考だと理解しながらも逃れられない、多くの博徒を惑わせてきた幻想だ。
今止めたら、当たりを逃すかもしれない。この次に、運の流れに乗れるかもしれない。そうやってずぶずぶと深みに歩き続けて、気付けば抜け出せなくなるまで賭博の沼に沈み込んでいる。気付いたところで、その頃にはもう思考は賭博の熱風に炙られて、まともな判断が行えない。
冷静な判断力を失ったギャンブラーの末路は、決まっている。頭の天辺まで沈み込み、泥の中で溺死するその時まで、賭博の沼に飲まれ続けるのだ。
(起これよ……! 当たり前の確率、当然の結果……! 俺に、幸運を掴ませろ……!)
100回を越えた頃、ようやくハイパーレアが現れる。今身に着けているものより高性能な篭手だ。これで流れが変わる――アクトのそんな希望を打ち砕くかのように、低レアリティのアイテムが出現し続ける。
もう諦めた方がいいのではないか。残されたコインを別の冒険者に売りつけて、換金するべきではないのか。そんな考えが頭を過ぎる。
しかし、それでもガチャへとコインを投じる手は止まらない。
金に換えればかなりの金額になる。不運な時なら撤退も必要だ。そんな理屈は、賭博の熱の前にはあっという間に焼け落ちる。
(当てる……俺が当てるんだ……!
誰にも、あの最高のレア武器を渡してやるものか……!)
野次馬達の声を遠くに聞きながら、アクトはただひたすらに引き続けた。
200、300、400――500を越えた頃から、最早回数を数える余裕もなくなる。
ただ無心で、コインケースに手を伸ばして、ガチャコインを投じていく。
ガチャの魔法陣から発せられる光の色が期待したものでなければ、最早当選した景品が何かも確認せずに、次のコインへと手を伸ばしていた。
(当たらない……! まるで、砂……!
掴もうとしても掌から零れ落ちていく、砂の様……!)
600、700、800――金額にして既に800万G。換金したのならアクトにとって間違いなく未曾有の大金。
それがただ、どうでもいいような日用品や消耗品へと変わっていく。
後悔したところで、最早取り返しはつかない。当選品のいくつかを売りに出したところで、1011枚のガチャコインを換金した際の金額にはまるで届かない。
退路などないと己に言い聞かせて始めた賭博だった。全ては覚悟の上のはずだった。
しかし、初めからガチャを回さず換金していたなら、それだけで一財産になっていただろうことを思うと、アクトは自分の行いとその結果に対して眩暈がしてくる。それでも、もう止めることなんてできない。
(当たれ、当たれ、当たりやがれ……! これまでの労力が報われずに終わるなんて、そんなこと耐えられるか……!)
サンクコスト、という言葉がある。
既に使ってしまい、回収不可能となったコストを指す言葉だ。
金銭に限らず、費やした時間や労力も貴重なコストに他ならない。
この世界にはまだサンクコストという言葉は知られていないが、今のアクトの心理はまさにそのサンクコストに捕らわれていた。
(金も時間も労力も、可能な限り注ぎこんだ……!
なのに今更、やめられるか……!)
失ったコストに見合う対価を得たい。損をしたくない。報われたい。
その欲望に突き動かされて、己が身を焼かれながらも、やめることができなくなる―― それが、博打に潜む恐怖。
しかし、どれほど破滅へと誘われながらギャンブルに挑もうとするものでも、止めざるを得ない時がやってくる。
「……あ、あ?」
掛け金を使い果たした時、だ。
1011枚。アクトが『風神・雷神』を手にするためにと掻き集めてきた、この一ヶ月の努力の結晶であるガチャコイン。
その全てが――コインケースの中から、失われていた。
「お、おい……うそ、だろ? まだ、あるだろ……?」
アクトはコインケースを掴んで、ケースの底にまで目を凝らせる。
だが、コインが隠れるようなスペースなどない。
中身が盗まれた、ということも考えられない。ケースは常に自分の手元にあったのだから。
「……あ、ありえねえ……こんな……こんな不運……夢、夢だろ、これ……」
「申し訳ございませんが、これが現実でございます。アクト様」
何時の間に傍に来ていたのだろうか。アクトの傍には、カジノのオーナーである少女が立っていた。
周囲に視線を配れば、ひたすらに引き続けた景品の山を、バニーガールの衣装に身を包んだ従業員達が整理している。
「真に申し訳ございませんが、そろそろガチャの更新の時間でして……続けて引かれないのであれば、作業に取り掛からせてほしいのですが」
その言葉に、カジノに設置された大時計を見れば、既に時刻は深夜12時間近。
ガチャの更新がなされる、その瀬戸際だった。
「ま……待ってくれ……まだ、まだ俺は、勝ってないんだ……」
「アクト様の他にガチャをご利用されるお客様もおられませんし、少し更新時間が延びるくらいなら構いません。
ですが、いつまでも待つわけにはいきませんので……すみませんが、この場で続けるか否かを、お決めください」
アクトには確かにまだ、ガチャを引くための手段が残されている。
現金だ。ガチャチケットを集めるためにとクエストに明け暮れた日々で溜まった、現金で回せばいい。
だが、低ランククエストの報酬なんて程度が知れている。ガチャに費やせば、瞬く間に枯渇するだろう。
現金がなければ、明日からの生活に支障をきたす。これを使うわけにはいかない。しかし、金を使えば引けるのだ。残りの景品数が1000を切って、『ガチャフェスタ』によって当選確率が2倍となっている、目当ての景品が眠るガチャを。
これ以上は望めない、高確率でウルトラレアを引き当てられるだろうガチャが、目の前にある――当たりさえすれば全てが報われる、そんなガチャが。
「くそ……くそ、くそっ……! 当ててやる……!
金なら、また稼げばいいんだ……!」
手をつけまい、と鞄の奥底に眠らせていた財布へと、アクトは手を伸ばす。
破滅への引き金を引こうとしていたその手に、ふと小さな感触を感じた。
それは、先程まで飽きる程に触り慣れた硬質な感触。小さくて、薄くて、丸い形に整えられた――コインだ。
財布から手を離したアクトは、コインを掴み取る。鞄から抜き取ったそれは、確かにガチャコインだった。
ケースではなく、何故鞄に――記憶を巡らせたアクトは、思い出す。
「……昼間の、あの時の……!」
ルカと名乗る少女からもらった、ガチャコインだ。
無くさないようにと鞄に仕舞い込み、そのまま存在を忘れてしまっていた。
だが、その忘れ去っていた一枚のコインは今、希望の一枚としてアクトの掌で輝いていた。
「引く……! 引くぜ、オーナー……! 試合続行だ……!」
「うふふ……グッドラックです、アクト様」
意を決したアクトは、再び投入口へと向かう。
「頼むぜ……俺を祝福してくれ……神よ……!」
特に信仰があるわけでもない。しかし、名も姿も知らぬ神に祈りを込めて、コインを投じる。
ガチャン、とレバーを引く。今日だけで親の顔よりも多く見たガチャの光が、魔法陣から生まれて舞い踊る。
光はやがて、緑、赤と変化して――ハイパーレアを示す黄金の輝きへと到達した。
「き、来た……! もう一度……! あとひとつ、階段を越えてくれ……!
舞い降りろ、幸運! これまでの不運を蹴散らすような、神の祝福を……!」
ハイパーレアのひとつ上は、誰もが追い求めるウルトラレアだ。
あとひとつ、光の変化が起きて虹色に変われば、ウルトラレアの当選が約束される。たったあと一度、変化が起これば――必死な思いで、アクトはガチャの光を見守っていた。
「来い……! 俺はここにいる……! 俺の元に来い、宝剣『風神・雷神』よ……!」
しかし、光は既に収束を始めていた。
ハイパーレアだって十分な当たりだ。現金を使いさらに回すことだってできる。だが、アクトには予感があった。ここで当てなければ、残りも外し続けるだろうと。根拠はない。だが、ここしか好機はない。アクトの冒険者としての感が、そう告げていた。
「――きやがれええええええええ!!」
叫んだところで、確率が変わるわけがない。ガチャは無慈悲に、結果を示すだけだ。それが分かっていても、思わずアクトは吼えていた。
獣の如き慟哭が響いたところで、運命が変わることはない。
――だが、まるでアクトの叫びに共鳴するように、光に変化が訪れた。
魔法陣から発せられるのは、眩い虹色の光。待ち望み続けた、祝福を告げる灯火。
「お……うおおおおおおおお!!」
一瞬、目の前の出来事が信じられずに呆然としたアクトだったが、すぐに事態に気付いて歓喜の声を上げる。
虹色の光は、今度こそ収束していき、アイテムを形作っていく。
希望の閃光の中から生み出されたもの、それは――。
〇
ガチャ廃人アクトの朝は早い。
鐘の音が街に朝を告げるよりも早く起床し、身支度を整える。
そして朝食も食べずに安宿を飛び出す。
朝一番に彼が向かう先は冒険者ギルドだ。
全ては、ガチャを回すために。
―― その腰には、二振りの双剣『風神・雷神』が備え付けられていた。
「ア、アクトさん! おはようございます!」
受付嬢の挨拶を聞きながら、アクトは素早く依頼掲示板へと目を通す。
双剣『風神・雷神』の加護のおかげで戦闘能力が著しく向上した今の彼ならば、並みの魔物に遅れを取ることはない。
だからアクトは迷わず――討伐を10件、配達を5件。それぞれの依頼書を掲示板から剥がして、受付嬢へと手渡した。
Cランクから受けられる手強い魔物も、駆け出しでも苦戦はしないだろう格下の魔物も関係ない。狩場が近い依頼は片っ端から請け負っていた。
「受付を頼む」
「は、はい……あの、アクトさん? 一度に15件って……。
素晴らしい幸運を手にされたのですし、たまにはのんびりされても……」
「今月のガチャのウルトラレアのひとつは、移動速度向上の加護が備わった魔法の靴なんでな。これは逃せないんだよ」
もう止めても無駄だと思われたのだろうか。アクトの返答を聞いた受付嬢は、黙って手続きを始めた。しかし何かを思いついたのか、手続き完了を知らせる際に受付嬢は質問をしてきた。
「あの、アクトさんって移動速度が上がる加護がついた装備品を集めてるみたいですけど、何か目的が……?」
「もちろんあるぜ。移動速度が上がれば、何をするにも素早く行える。つまりその分依頼を素早くこなせる。だから移動速度が上がれば上がるほど……効率よくガチャチケットが集められるだろ?」
「ひ、ひええ……この人、ガチャに人生賭け過ぎだよお……。
ガチャ全振りライフだよお……」
受付嬢が困惑のあまり敬語を忘れて素の口調で話しているのにも気にかけず、アクトはカウンターを離れた。
今日も今日とてガチャチケットを稼ぐために、彼は歩き出す。
全ては、ガチャを回し続けるために――。
〇
「ね、ねえルカちゃん? あの人、色々と危なくない?」
冒険者ギルドの隅で、一組のパーティがひそひそと話していた。
ルカと呼ばれた少女と、パーティメンバーの少年と少女の3人組だ。
ギルドから駆け出していくアクトを見送っていたルカは、掛けられた声に振り返った。
「失礼だよミナちゃん。命の恩人に対して言うことじゃないよ?」
「う、うん。命を助けてもらったのは感謝してるよ? だけどさ……ギャンブルにのめり込んでるじゃない、あの人」
反論されたミナという少女はたじろいながらも言い返す。それが友人であり仲間のルカのためだと思えばこそだ。そのことはルカも感じているのか、ぶぅと頬を膨らませながらも怒った様子はない。自分の気になっている相手のことを悪く言われて拗ねている、といったところだ。
「仕事はしっかりやってるし、ギャンブルにだって勝ってるじゃない」
「確かにそうだけどさあ……あんな無茶を続けてたら、いつかは破滅しちゃうよ」
毎日のように複数のクエストをこなしていく様は、凄まじいものがある。
だがそれは、細い崖道を全力疾走しているようなものだ。
僅かにでも足を踏み外せば谷底へと身を投じることになる、破滅と隣り合わせの日々。そんな人物と深く関わっていたら、良くないことに巻き込まれるのではないかというのがミナの心配だった。
「うん、だから私が傍にいて支えてあげられたらなあ、って思うんだ」
「うわあ、まさかのダメンズ好きですか……」
駄目な人ほど好きになる。「この人は私がついていてあげなきゃ」と思ってしまう。友人がまさかそういう気質の人間だったとは予想外で、ミナはますますこれからの生活が心配になった。元々そういった気質だったのか、好きになった人がダメンズだったのかは分からないが、結果は変わらないだろう。
「まったく、ルカちゃんには私がついていてあげなきゃだめみたいですね」
「あ、あの……それ、ルカちゃんと変わらないんじゃあ……」
「何か言ったかしら? アイク君」
「い、いえ。なんでもないです……」
アイクと呼ばれた少年は気が弱いのか、視線を逸らして俯いてしまう。
幼い頃から共に育ったミナに好意を抱いているアイクとしては、なんとも複雑な気持ちだった。
(……ミナちゃんには、僕がついていてあげなくちゃ……)
ある意味似たもの同士でもあった。
「それにしても、冒険者って戦うために凌ぎを削ってるイメージだったんだけど、カジノがどうのクエスト達成効率がどうのって話ばっかりで、なんだか冒険者らしくない気がする」
「んー、そうかな? 私はそうは思わないけど」
ミナの意見に、ルカは自分の考えを言葉にする。
確かに、孤児院で自分達が伝え聞いていたような本来の冒険者の在り様とは違っているのかもしれない。
だけど多くの冒険者が、クエストをこなして稼いだお金と報酬で強い装備品を手に入れて、さらに上を目指していることに変わりはない。
「ダンジョンに潜るのとカジノに挑むのでは違いはあるかもしれないけどさ。
お宝を求めて頑張るのって、とっても冒険者らしくない?」
今日も冒険者達は、挑み続ける。
そこが戦地であろうとも、欲望の渦巻く賭博の沼地であろうとも。
誰かが裏でほくそ笑んでいたとしても、関係ない。
冒険者達は今日も目の前の現実と戦い続ける。