裏七話 レイア・エルレイオン
――アイシャ・ロット視点。
カナタからの情報により、学生時代の友達を見つけたので、今日は彼女の家にお邪魔してみる事にした。
場所は王都コロスの北地区。私の家とは王宮を挟んだ真逆だ。
さて身だしなみも整えたので、向かいますか。
「アイシャさーん、王宮のものでーす」
うわっ、タイミング悪っ!
「はい、なんのご用ですか?」
「すみません、王様がお呼びなのでご同行お願いします」
トムの奴……しかし勇者たるもの、呼ばれたら行かなければ。
――王宮、玉座。
「……それで、なんの用?」
「あはは、いつも以上に機嫌悪そうだね」
誰のせいだと思っているんだか。
「依頼だよ。東の開拓村に初級モンスターが数匹現れている。一応剣を扱える人はいるんだけど、風邪で動けないそうなんだよ。アイシャまだレベル1だよね? 少しでも経験値稼いだらどうだい?」
「余計なお世話。私にも用事があるんだからね? ……午前中で終わらせてやる!」
冷静に考えれば、友達に会いに行くのを一日ずらせば済む話だった。でもその時の私は、何よりも早く会いたい、それしか頭になかったのだ。焦ってしまっていたのだ。
――開拓村。
まずは目についた人に話を聞いてみよう。
「すみません、依頼でモンスターがいるって聞いたんですけど」
「あんだ? あー……村長呼んでくっから、ちっと待ってて」
ちっ、早くしろよ。……なんて言えないので、苛立ちを抑えつつ待つ。
数分後、やって来たのは杖をついた今にも死にそうなヨボヨボ爺さん。
「おーあーえーっと、なーんじゃったかーのー」
血管が浮き出そうになるのを抑えつつ、ギリギリの笑顔で応対。あくまで私は勇者だもの。
「この村にモン」「あー?」
イラッ! とするのをどうにか抑える。
「この村に! モンスターが! 出るって聞いて! 倒しに来たの!」
「……そんな大声出さんでも聞こえるぞい」
あー帰りたーい。
「ちなみにだけんど、このじさまは村長じゃないんだわ。村長は今山に入ってるから、村長が降りてくるまで待ってくれんか?」
じゃあ何なんだよこのジジイ! いい加減にしろよ!
「えっと、どれくらいで降りてきますか?」
「夜には帰ってくるはずだでよ」
最悪だ。
「じゃあモンスターのいる場所だけでも教えてくれませんか?」
「それも村長しか知らんのよ。モンスター見たっての村長だけだかんね」
最悪の二段重ねだ。早く帰りたい……。
らちが明かないので村長のいる場所の見当だけ教えてもらい、直接乗り込む事にした。
獣道を進む事三十分。ようやく山の畑に到着。
「すみませーん」
しーん……。
「だれかいますかー!」
「んあー」
遠くで返事。声の聞こえたほうを見やると、更に一段上にいる。もう登るのしんどい……帰りたい……カナタを巻き込むべきだった……。
「モンスター退治の依頼で来たんですけどー!」
「あーちょっくし待っててー」
――更に三十分後。
ちくしょうようやく降りてきやがった。どんだけ人待たせれば気が済むんだよっ!
「あーすまんね、今手が離せなくなっててさー。……んで何だっけ?」
「モンスター退治の依頼です!」
「あ、そうそうねー。えっとこの道一時間くらい行くと洞窟があってねー、その周りにゾンビっぽいのが二匹? 三匹? くらい居たんだわー。おらおっかなくなって急いで逃げて帰ってきたのよ」
空振り決定。そもそも洞窟近辺に弱いモンスターが出てくる事は日常茶飯事。人里まで降りてきて初めて危険と判断される事案。あー帰ろ。
説明をすると村長は謝ってくれた。依頼料も少額ながら払ってくれる様子。しかし拘束された時間に比べたらそんな額……。
――下山し村へ。
なにやら騒がしい。
「あーいたいた! 今ね、若いのが森ん中でゾンビっぽいの見たって!」
あら、当たりだったのか。それじゃあ気持ちを切り替えて、さっさと仕留めてさっさと帰ろう。
「そのモンスターを見たっていう方に道案内お願い出来ますか?」
「いやーそれがクワ持って自分が倒してやるーって息巻いちゃってー」
「はあ? 勝手に深入りしたら危ないっての!」
だから素人は! って私も素人同然だけど。とにかく急ごう。
森の中にも獣道が通っており、移動にそれほど不便はない。問題はいきなり襲撃される可能性だけ。気が抜けないな。
「ところであんたさ、そんなちっこくて大丈夫なんかい?」
「これでも歴とした十七歳ですから! っていうかなんでみんな付いて来てるの!?」
「おれたちの村だ、何かあったらおれたちも戦うんだー」
だめだこりゃ。頭痛がしてきた。帰りたい。
――森の奥へ。
誰かを発見。あれがモンスターを見たっていう人かな?
「すみませーん」
「ぬぇあっ!? ……あ、みんなどうしただ?」
おもいっきり驚いていた。先日のカナタ以上かも。
「お前さ勝手に森に入るから、心配して来たんだ。んでゾンビさどこにいる?」
「それが、対岸にいるっぽいんだわー。でも吊り橋一本しかないから、どーしよかなってー」
「あーはいはい。場所が分かれは後は私がやりますから、みなさんは村に帰ってください。みなさんに死なれたら依頼料もらえないんですから」
「それもそうだな。すまんねーみんな村に帰ってますー」
はあ……ようやく引いてくれた。これで魔法も使い放題。
さて、吊り橋を渡れば本当に戦場だ。気を引き締めよう。
「……って出待ちしてるし!」
木の陰に隠れてこちらの様子をうかがう……あれはゴブリンだ。でも見えているのは一匹のみ。二~三匹だという話があったし、あれはきっとはぐれたんだろう。とするならば、仲間と合流する前にさっさと倒すべき。
「……よし、一気に行く!」
一本の吊り橋を疾走。何よりも渡っている途中で橋を落とされるのだけは防がないと。ってやっぱりあいつナイフ持ってるし!
はぐれゴブリンがナイフを振り下ろす。縄が切られ橋の片側が崩壊。私は強引にもう片側の縄の上に乗りそのまま突っ走る!
「んぬああああっ!」
視界が傾くのを感じつつ尚も疾走。ゴブリンはもう片側の縄も切ろうと腕を振り下ろす。
「風よ!」
私は風魔法を足元に放ち反動で大きくジャンプ!
気付けば地面を滑っていた。届いた……けれど、帰り道がなくなった。ともかく今は目の前にいるゴブリンをぶっ倒す!
「キキキキ……」
「なに笑ってんだよ。こっちは散々振り回されて腹立ってんだよ!」
というと奥へと逃げていく。
「あ、待てこの野郎!」
頭に血が上っていて周りが見ていなかった私は、ここで大きな失態を犯してしまっていた。
――更に奥へ。
「あれ? あいつどこ行った?」
少し広い場所に出たと思ったら、さっきまで追いかけていたゴブリンがいなくなった。そこで初めて私は自分の置かれた状況を理解した。これは罠だ。
「村人に深入りするなって言っておいて、私がこれって……情けない」
敵はゴブリン五匹、退路はない。進めるのは前方だけか、と思ったら一匹増え、前方も塞がれた。……あ、こいつ上位種のブラッドゴブリンだ。そうか、こいつが率いているんだ。誰さ、レベル1でも稼げるって言ったの!
「……ああもうっ! きやがれ化け物!」
下位の五匹だけでも倒す事が出来れば逃げれる可能性が生まれる。どうにかならなければ死ぬだけ。やるしかない!
今のところ、私のやる事なす事全部が裏目に出てる。全部が罠だと疑うべきだ。ギリギリまで反応するのを堪える。
来た! 左っていう事は右が正解……やっぱりね!
私の振った剣は、自分で言うのもなんだけど、見事に一匹目のゴブリンを両断。そのまま体を捻らせおとり役も一撃。これで二匹減った。
前方ブラッドゴブリンが動く素振り。という事は後ろ! と振り向くとやはり正解。でもいっぺんに三匹は聞いていない!
「風よっ!」
私は風の魔法を選択。とにかく吹き飛ばしさえすれば時間は稼げる。しかし肝心な時に限って暴発。やっぱり裏目に出た。変な方向に向かって撃った上に、若木ならば根ごと吹き飛ばすほどの強風になってしまい、ゴブリン三匹はお空の星に。反動で私も吹き飛ばされてしまった。
「痛っ……?」
何かを尻で踏んづけている感覚。嫌な予感嫌な予感嫌な予感!!
「……キヒっ」
そこには人の尻に敷かれ、とても嬉しそうに微笑むブラッドゴブリン。
「きゃあああー! へんたいいいー!」
――そこからの事は、残念ながらあまり覚えていません。後で村人から聞いた話では、炎の柱が天まで登ったそうです。私、危な過ぎ……。
帰りは別の道から。幸い村まで出られたので、村長から報酬とは別に採ったばかりの野菜を一箱分もらい王都へ。
――どうにか一旦帰宅。
「づーがーれーだー」
魔法の暴発で魔力を一気に持っていかれたので疲労困ぱい状態。きっとレベルは上がってると思うけれど、まずはちょっと休もう……。
「……あっ! 寝てた!」
やっちゃった!? 時計……うわっ、もう四時じゃん!
「アイシャさん、王宮の者ですけどー」
またか! 居留守使おうかな。
「アイシャさーん……あ、いた」
覗かれた!
「ちょっと! 勝手に家の中覗くってどういう神経してるのさ!」
「あ、失礼致しました。それで、王様がまた呼んでいます」
「でしょうね! もう分かってたよ! 分かってたから居留守使おうとしてたんだよ!」
「ははは……えと、依頼ではないので、お疲れのところすみませんが、ご同行お願いします」
これ怒ってもいいよね? 訴えてもいいよね? 泣いてもいいよね!? ちくしょートムに文句言ってやる!!
――再び王宮、玉座。
「で? なに!」
「あはは、いやーごめんね。あの村、報酬を削ろうとして過小申告で依頼してたんだよ。だから今回の報酬はかなり上乗せさせてもらうね。それと……これ」
トムが依頼書を見せてきた。もう……ん?
「これ、本当?」
「うん。やるならば取っておくけれど、どうする?」
カナタと出会ったペロ村の依頼。あのはぐれオークの討伐だ。……報酬は正直安いけれど、あの村の規模と山賊からの被害を考えると、出せる限界の金額なんじゃないかな。
「……カナタは?」
「今日から一週間、漁村で臨時料理人だって」
「そうなんだ。じゃあ保留しておいて。コノサーに見てもらってから決める」
「分かったよ」
私はその足でコノサーの元へ。王宮内にもいるので、そこで見てもらった。
「うーんとね、レベル6だね」
「えっ? あの、私今朝までレベル1だったんですけど」
「伸びが早い人もいれば遅い人もいるよね。そういう事だね。ただ嬢ちゃんの場合は、能力上昇は遅いみたいだね。僕の経験上、大器晩成型なんだろうね」
「……オーク退治出来ると思いますか?」
「それは僕に聞かれてもね。 でも、レベル7で退治したって話は聞いた事があるね」
レベル7で退治……よし、やってやろうじゃない!
玉座に戻ったら、丁度撤収するところだった。
「トム、あの依頼、私に頂戴」
「大丈夫? 誰か付けようか?」
「ううん、一人で行く。私には強くなる義務があるから」
私のたった一度の敗北! カナタのせいで……カナタのおかげで。だからこそ、あいつは私が一人で倒すんだ。
――武器屋リコールへ。
依頼は後回し。かなり遅くなっちゃったけれど、今からでも武器屋リコールに向かう。何年ぶりだろう、あの子に会うの。
「……どこだっけ?」
まさか迷うとは! えーと……。
「あのーもしかして?」
「へっ? ……ああっ! レイア!」
「やっぱりアイシャだ! ひさしぶりー!」
思わず抱き合っちゃった。やっぱりあの黒ぶち丸メガネは健在。これこそレイアだ! 私の友達、レイア・エルレイオンだ!
「時間あるならさ、うち寄って行ってよ。すぐそこだから」
「元からそのつもり。昨日カナタってのが来たでしょ? あれ知り合いなんだよ。それでそのメガネの事聞いて、レイアだ! って!」
「あはは! そうなんだ!」
「先に言っておくけど、彼氏じゃないからね」
「あはは、読まれた」
それから私はレイアの実家、武器屋リコールへ。
「ただいまー」「おじゃましまーす」
「おかえりといらっしゃい。おっ、勇者ちゃんじゃないか」
「アイシャだよ。私たち学校で友達だったの!」
「あえっ!? あーそうなんだ! じゃあ遠慮せずお上がりください」
カナタはおじさんからレイアに話が行っていると予想していたけれど、外れてやんの。私たちは二階に上がり、早速おしゃべりを開始。
「何年ぶり?」
「私一年でやめちゃったから……四年ぶり」
「四年! うわーそんなにかぁ」
レイアは学校で唯一と言っていいほど、私とも分け隔てなく喋ってくれた。それは私だけでなく、いじめの対象になりやすい魔族の子に対してもだ。その事に文句を言ってくる差別主義者もいたが、その度にレイアは、こう言っていた。
「じゃあ次は私が差別してあげるから、あなたは今から私の視界に入らないでね」
「あはは! よく覚えているねー」
「成績上位だったレイアだからこそ言えた事だよね。私が言ったら逆効果だもん」
「私もやんちゃだったなー」
「あはは、お互いね」
当時レイアは同学年でも三本の指に入る秀才。一方の私は真ん中よりも下で、おしとやかとは正反対の性格だった。……未だに少し粗暴だけど。でもレイアと出会って変わった。私のあの性格は種族のコンプレックスを隠すためのものだったけれど、レイアはコンプレックスを武器に変える事を教えてくれた。自分の種族、ミスヒスをしっかり理解する事で、私は精神的に強くなれた。
「アイシャが勇者になっちゃうとは思わなかったなー。それを言うと自分もなんだけど。私今ね、鍛冶職人なんだ。うちで売っている商品の一部は私が打った武器」
「えーすごい! あ、修行に入るから一年で学校をやめたの?」
「うん。……まだまだ半人前ではあるけど、師匠には才能あるって言われたんだ。だからその一言を信じて真っ直ぐに日々努力してる」
勇者にさせられた私と違って、レイアは自分で道を決めた。それが少し羨ましくなった。
「アイシャ剣持てるよね? ちょっと来て」
レイアに言われるままに、お店の倉庫へ。
「今ってきっと一シルバーくらいの剣でしょ?」
「うん。まだ勇者なりたてだから高い武器は買えないもん」
「じゃあね……これ、あげる。今朝完成した、私が打った剣。自信作なんだ」
驚いた。レイアが出してきたのは、本当にしっかりとした真っ直ぐで綺麗な剣。まるでレイアの気持ちが見えるようで……嫉妬しそうになっちゃった。
「でも、もらうのはいくらなんでも。半額でもいいから出させて」
「じゃあ五シルバーいただきまーす」
「ご……」
思わず固まってしまった。五シルバーといえば、我が家の一ヶ月の家賃と同じ。思わずお財布の中身を確認してしまう私。
「あはは! だからあげるって言ったでしょ。でも一つ条件を付けるね。私の武器をアイシャが使っているって、宣伝させて」
「……あはは! それ私にすごいプレッシャーなんだけど! えー……いいよ。じゃあ私はこの剣に恥じないように活躍しなきゃだね」
「頑張れ勇者さん!」
その日はそのままお泊りした。それでも私とレイアの四年もの積もる話は、一晩では語りつくす事など到底不可能だった。
「また来るね。約束」
「うん。じゃあ今度はアイシャの専用の剣を打たせて。約束」
――翌日。
私はレイアからもらった剣を背負いペロ村へ飛び、例のはぐれオークの退治依頼を開始する事に。
「あっ、勇者様に来ていただけたんですね。これならば安心だ」
相変わらずレオ村長は元気そうにしっぽを振って迎えてくれた。
「被害は出ているんですか?」
「人的な被害は幸いまだです。しかし山賊がいなくなったおかげで来るようになった商人が、また……」
「そうですか。分かりました、お任せください」
「お願いします。それと、あの方は今?」
「カナタは元気ですよ。今は別行動で、確か臨時料理人の依頼を受けたそうです」
その後レオ村長の話では、山賊のねじろをオークが使っているという事だった。もうあの洞窟埋めるべきなんじゃないかな?
そしてもう一つ。この依頼、私は報酬を受け取らない事にした。この小さなペロ村は、ある意味で私を勇者にさせてくれた。そんな恩人からお金はもらえないよね。
――元山賊のねじろ。
いた。まるで私が来るのを待っていたかのように洞窟から現れた。
「よう化け物。あんたを倒しに来たよ」
私はゆっくりと鞘から剣を取り出し、構える。強敵を目の前にして、全神経を尖らせているからこそ分かる。レイアの剣は、すごくいい。私が保証する。
……これは絶対に勝たなきゃいけない。レイアのためにも、カナタのためにも、そして私が一歩前に進むためにも!
「……私、勇者やってるなぁ」
なーんて。