第七十七話 海底都市
――プロトシア視点。
私が復活してから三日が経った。
この三日間、我々は大人しくファーマスに滞在していた。理由は簡単。
「あーいたたたたっ……」
「大丈夫か?」
「あんたに心配されたくな痛ったあああい!」
アイシャが全身筋肉痛でベッドから動けなくなっていたのだ。ついでにフューラもリサさんもジリーも体調に問題があり、そしてその負担の一部を背負った私も体調がすぐれない。
なので、大事を取って休息日としたのだ。
体調が悪いとはいえ、皆とは違いまだ動ける状態であった私は、一般人として振る舞い町へと出かけ、様々な情報を得る事にした。
一番の収穫といえばやはり、今までの魔王は偽者であり、それを倒したのが大陸の勇者であるという、この話が端々まで行き渡る光景を目の当たりに出来た事。
一番の苦労といえばこの口調。横柄な態度と取られる事は承知しているので、なるべく普通に振舞ったつもりなのだが、「偉そうな女だな」と一触即発となってしまった事が一度……いや、二度……何度かあった。
(何度も!)
……幸いモーリスと一緒であり、さらにはここの貴族であるタイケが使用人を一人ボディガードとして付けてくれたおかげで、私がアイシャたちに迷惑を掛けるという事態にはならずに済んだ。
(うん)
そして私はどうやら、魔王として復活してもモーリスには勝てないらしい。
(うん!)
とんだ元奴隷だ。
そんなこんなで皆体調が回復。フューラも文字通りの人並みには回復したのだった。
――食堂で朝食中。
食事中、アイシャからフューラへと質問が飛んだ。
「そういえば前には聞けなかった事があるんだけど、あの偽魔王って、本当にフューラに影響を与えたりしないの? 横から操ったりとか」
「ないと断言します。詳しくは帰ってから改めて調査しますが、コア単体では何も出来ませんから。コアと素体とがしっかりと結び付き合って初めて一つの個体と認識され、リジェネレーターが稼動します。……あれ? あ、えーと……なので、リジェネレーターが停止した状態で体が消滅してしまえば、もう素体を生成する事が不可能になり、何の行動も取る事が出来なくなります」
魔法を詠唱と結び付けるようなものか。しかし途中で妙な表情をしたな。何だろうか?
「そうそう、コア単体でも僕たちの会話を聞いたり、なにかを考えたりは出来ます。だからこそ僕はこいつをこの状態で生かしているんです。僕なりの情操教育ですね」
「なるほど、文字通り手も足も出ない状態で、延々と我々の説教を聴かせ続けるのか。はっはっはっ、これはきついお仕置きだな」
「そういう事です」
皆本気を出したら怖い連中だが、エグいという言葉でソートするならば、一番はフューラであろう。私も餌食にならないようにしなければ。
(……――、――――!)
おいおいモーリスさすがにそれはやめてくれ!
(あはは)
「……なんですか?」
「あ、いえ、なんでもありません」
思わず敬語になってしまったではないか!
アイシャは、次にジリーへと質問。
「ジリー、そっちは?」
「いつでもオーケー。ミダルにも話は行ってるよ」
「うん。あとはリサさんと私が酔わなければいいよね」
二人は船酔いするのか。ジョージ・ヴァロ氏との航海中にはどちらとも平気そうだったのだが。……いや、私とモーリス、リサさんは揃って吐いていたな。という事は私も酔いには注意しなければ。
「シア、いつ帰る?」
「私に聞くのか? ……私はいつでも構わない。今日中でもいいぞ」
「分かった。じゃあシアのご要望で今日の……十時くらいに出航しようか」
私が決めた事にされてしまった……。
――ファーマス港。
私はジリーに連れられ、一足先に港へ。
昨日の時点で船員たちに私の事は話が行っているはず。だが実際に会うのは初めてだ。
「ミアいるかーい?」「はーい今行きまーす」
船上に手だけが見えた。さて大陸の人々は私を見てどのような顔をするのだろうか。
「よいしょ。あ、魔王さんやっほー」
……えっ!? そ、それでいいのか!?
「や、やっほー」
と返しはしたが、今の私は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。言うまでもないが100%確実に怖がられると思っていたのだ。
「十時を目処に出航だよ。準備は?」
「ほぼ完了。お土産も買ったし……あとね」
とミアさんが目線を我々の後方へ。いたのは……三毛猫娘。ティトナで見た娘だ。
「はいはーい、毎度おなじみマリさんでーす。うちも丁度帰るつもりだったんで、よろしければなーと」
船長ジリーは私に目線をくれて来た。
そうか。あのマリという娘、私の話を聞きたいがために――。
ならば一つ、仕掛けてやるか。
私はわざと眉間にしわを寄せつつ、三毛猫娘へとゆっくり歩み寄ってみた。
「あ……えーっと……えー……」
中々に困惑している様子。だが、充分に近づいたと思ったらやはり平伏した。
「えっと、その……それで、えーと……」
「……ぶっははは! まあそれが普通の反応であろうな」
「は、はいっ……」
あまりにも見事なしどろもどろ振りに、思わず吹き出してしまった。
その後問いただしたところ、やはり狙いは私から話を聞き出し、それを情報として売る事にあった。中々に商魂たくましい娘だ。
「私の意向を広める分には構わないが、間違いなく歪曲されて伝わるのであろうからして、あまりそのような行為は表立ってしてはほしくないところだ」
「はいっ」
釘を刺しておけば大丈夫であろう。
――出航。
貴族のタイケと、そしてどこから情報が漏れたのか、私を一目見ようと多くの民衆が集まってしまった。
「厚遇感謝している。すまないが今はもてなしに返すものがないのだ。いずれまた立ち寄るであろうから、その時には土産を考えておこう」
「魔王様にそのようなお言葉を頂けただけでも恐縮至極にございます。次は是非」「結婚式に呼んでくれ。はっはっはっ」
タイケは驚いた表情をしている。やはり私とカナタの読みは正しかったのだな。このタイケは使用人の青年と恋仲なのだ。
私のこの一押しが二人に幸福をもたらさん事を願う。
「出航するよ! 錨を上げろ! 帆を張れ!」
ジリーの指示が飛んだ。船は少しずつ動き始める。
「諸君、また会おう。では!」
私が手を振ると、民衆も振り返してくれる。……ははは、泣いている者もいる。
……復活して思う事は、私はとんでもない事を仕出かしてしまったのだな、という事だ。
戦争という過去はもちろんだが、六千年も経っているのに私を見ただけで泣く者がいる。これはとんでもない事だ。私は言わば生ける神と認識されてしまっているのだ。
……もちろんその事は私への重圧となっている。その証拠に「なに魔王の癖して黄昏てんのさ?」……横槍が入った。
「はあ。アイシャは人の不安の全てを台無しにしてくれるな。それはそれでありがたい事ではあるが」
私もアイシャの涙を止めたが、アイシャも私の不安を止めてくれた。もしかして気付かれていたのだろうか?
「あ、ねえねえそういえばさ、あんたの口調ってずっとそれ?」
「悪いか?」「うん」
即答とは……全く遠慮がないなこの勇者は。
「もっと柔らかい口調にはならないの? あんただって十五歳までは普通の口調だったんでしょ?」
「あのな、私は普通の口調よりも長くこの口調で生きているのだ。今更戻せと言われても不可能だ」
「そういうもの?」「そういうもの」
怪訝な表情のアイシャ。しかしため息を吐き折れてくれた。
「はあ……。まー分からない訳じゃないからね。フューラは敬語のままだしリサさんは王女様のままだしジリーは……ジリーはあのままがいいよね?」
「そうだな。女首領のようで決まっている」
……ふと、我々二人の会話を傍から見るとどう映るのかと思った。小さな勇者に大きな魔王、その二人が仲良く世間話をしているのだ。
「……何? 悪い事でも企んだ?」
「ははは。なぁーに、この光景を外部の人間はどう思うのかと疑問が浮かんだだけだ」
「あー、確かに変だよね」
すると私以上に何かを言いたげな表情になるアイシャ。
「シアってさ、大陸の差別の事、どれくらい知ってる?」
「忘れたか? 私はあの時貴様の実家にいたのだぞ?」
「あ、そうだった。何ていうか、鳥とあんたとが繋がらないんだよね。まー慣れだろうけど」
確かに、私自身若干の違和感があるので仕方あるまい。
「じゃあ遠慮なく言っちゃうけど、私とあんた、ろくな事にはならないよ。絶対に何かしら問題に巻き込まれる」
勇者のカンという奴か。しかし私が魔王である限り、私の命を奪おうと行動する勢力があってもおかしくはない。先ほどの重圧というものには、もちろんこれも含まれている。
「あんた前科があるから言っておくけど、私は勇者なんだからね」
そう一言、アイシャは私を睨んできた。私を叱るためか、はたまた鼓舞するためか。
「はあ……正直に言おう。私は自分から歩みを進める事が出来たアイシャが羨ましい。私は未だに”させられている”という感覚なのだ」
「だと思った」
即答、という事は全てに気付いていたのか。末恐ろしい勇者だ。
そしてそんな不安の塊となっている私を見やり、アイシャは笑った。
「一つアドバイスしてあげる。誰かの想いを手にしなさい。そうすれば必ず前に進めるから」
恐らくは実体談なのだろう。思えばアイシャは必ず誰かと手を取り前に進んでいる。私も誰かと手を取り歩いていければよいのか。……難しい。
――翌日。
リサさんは見事に船酔いをした。アイシャも酔いやすい体質になってしまったようで体調不良により船室待機。フューラとジリーは平気であり、モーリスも現在までは問題なし。私も今のところは大丈夫。しかし荒れてくれば恐らく。
アイシャの船室を覗き見。顔色は優れないが、まだ嘔吐するほどではない様子。
「随分と調子が悪そうだな」
「……っ!」
思いっきり睨まれた。
もう少し余裕のある表情ならば魔王の戯れに付き合わせたのだが、今それをすると問答無用で切り殺される自信がある。したがってここは大人しく退散し、甲板へと向かおう。
……アイシャたちには秘密にしているのだが、実は私には、虫以外にもうひとつ弱点がある。昔は大丈夫だったのだが、イリクスとの一戦ですっかりトラウマになってしまっているものがあるのだ。それが……丁度あの海から突き出ている白い鉄塔のような、先端の尖ったもの。いわゆる先端恐怖症という奴である。
……え? 何だあれは? 海から白い鉄塔が生えている??
いや……私は、あれをどこかで……ここは魔族領なのだから……いやそれはない。
となると残るは……。
「……ああっ!!」
思わず驚きが声に出てしまったが、今はそんな事はどうでもいい!
「ジリー! 船を止めてくれ!」
「突然どうした?」「いいから!」
「……わーったよ。帆をたため!」
私の叫びにも似た声に反応してか、モーリスもこちらへと来た。
「モ」(分かった!)
反応が早いのは助かるのだが、たった一文字だけで理解されてしまうと消化不良感が残る……。
数分で停船と集合が完了。リサさんはやはり顔が真っ青だ。酔いの緩和に効く魔法でもかけておくか。
「……あーここね。私があんたに見せたかったのがここなんだよね」
「そうか、それは好都合。……驚けよ。私はこの海底都市を知っている」
「そりゃー魔王なんだから」「そうではない」
思わず遮ってしまったが、しかし皆驚いた様子がないのは非常に残念。
「まず、私は魔王とはいえ現役時代にはあまり動かなかったし、それほど多くの知識を有していた訳でもなかったのだ。なのでこの海底都市の事は知らなかった。だがしかし、現在の私はこの海底都市の正体を知っている。何故だと思う?」
「もったいぶらないでよ」
考える間もなく催促してきた。
「つまらん奴だな。あっ、おいおいそれはやめてくれ!」
口を滑らせた途端、アイシャは剣を抜く仕草。カナタに対してでは見た事があったが、いざ自分へと向けられると中々に怖い。
「はあ。えーっと……六千年前のあんたは知らなくて今のあんたは知っている。って事は、鳥になってから見たんじゃないの? 魔術師と仲良くしてたって言ってたし、その人が船で渡る時に一緒にいた」
「残念ハズレだ。あの後私は幽閉される代わりに大陸で暮らしていたからな」
「だったら……まさか、カナタの世界で見たって言うんじゃないでしょうね?」
「大正解」
しかし当然ながら、皆一斉に訝しげな目線を送ってきた。
「この海底に沈んでいる都市こそが折地彼方の出身地、東京だ。そしてあの鉄塔はスカイツリーと呼ばれていた巨大な鉄塔。私は鳥であったので、このような高い位置からこの街を眺めた事もあるのだ。その私が断言する」
私には自信がある。いや、確信している。間違いなくこの海に沈んだ都市は、東京だ。
「……ちょーっと待ってね。あんたが言ってる事って、カナタの世界とこの世界が同じ世界だって事だよ? それってつまりは、フューラの世界もって事になる」
「そう言っている」
皆これでもかと疑っている。しかし私は引かない。
それよりも、私にはもうひとつの大きな可能性が見えてしまっているのだ。
「……それだけではない。恐らくはリサさん、そしてジリー。二人それぞれも、この世界と繋がっている」
「待って! それはさすがにありえないでしょ!」
「いいや。リサさんは謝肉祭での歌劇が共通点としてあるし、カナタの記憶では何かしらの確信を持っている。ジリーは……何かカナタが妙な反応を示した事は?」
「ニンジャソードだって言っ」「ニンジャ!?」「あ、ああ。ニンジャ」
まさかこんなピンポイントで合致するとは驚きだ。そして同時に私の中で全てが繋がり、思わず大笑いしてしまった。
「ふふっ……ははは……はーっはっはっはっはっ! 全てが繋がった! 私は確信したぞ! 皆は異世界人などではない! 時代の違うこの世界の住人だ!!」
なるほど、こんな真実を最終決戦前に知ってしまえば、カナタが動揺してしまっても何も不思議ではない。なにせ確信を持った現在の私自身、動揺を隠しきれていないのだから。
「……あんただけ盛り上がるのは気に入らない。みんな、なにか共通点ない? カナタと、みんなと、この世界との共通点!」
皆顔色が変わった。
カナタならばもっと上手くやるのであろうが、私はあくまでもこちらの世界……こちらの時代の存在であるし、カナタ自身ではない。そこが歯がゆいのだ。
最初はフューラであった。
「僕はまあ言わずもがなですけど……あ、あと鼻歌を指摘された事がありましたね」
「あれか。私も東京で同じ歌を聞いた事があるが、瓜二つだったぞ。フューラに関してはそれだけではない。ポール・テーラーで浴衣とやらを着た事があるだろう? あれはカナタの住んでいた国、日本にある伝統的な衣装の一つなのだ」
「……そういう事ですか」
何かに気付いた様子のフューラ。
「実はウィルスの影響か、僕にある制限がほぼ機能しなくなっているんです。その中には情報制限もあり、リジェネレーターの秘密も皆さんには話せないはずだったんです。そしてこの解除された情報の中には僕自身ですら知らなかった事実がありまして、それが僕の出身地なんです。……僕の出身地、ニッポンというんです。そして僕は何度かカナタさんに”ニホンジンみたいだ”と言われた事があります。これが同一なのかは分かりませんが、少なくともそこには共通点があると断言出来るでしょう」
「……確か、ニホンもニッポンも同じ意味だ。ただ読み方が少し違うだけであると記憶している」
大きく頷いたフューラ。
「なーるほど! という事は僕は、カナタさんと同じ国の出身なんですね。……ちょっと優越感に浸っています。あはは」
本当に嬉しそうなフューラ。今までならばこのような発言は考えられないものであるからして、フューラ自身も自分が人間であるという事実を受け入れ始めているのだろう。
「あたしは……さっきもだけど、ニンジャだろうね」
「ああそうだな。私もあまり深くは知らないのだが、ニンジャとはカナタの国に昔存在した、いわゆる隠密の事なのだ。黒い装束に身を包み、四方に刃を持つ特殊な投擲武器を用いる。暗殺を生業とする者もいたようだ」
「あはははは! あたしの知ってるニンジャと一緒だ! いやー……なんだか分からないけど、安心しちゃったよ。だってあたしだけ異世界人じゃなくて異星人だと思ってたからさ。あたしもみんなと同じだって思ったら……あはは」
ジリーもフューラと同じく心からその事実を喜んでいるようだ。カナタもまさかここでジリーが喜ぶとは思わなかったであろうな。
「後はわたくしですか。……やはり歌劇の事くらいしか思い当たる節がないのですが」
「うーん……正直私もカナタが何故確信を持ってたのかが分からないのだ」
すると静観していたモーリスに服を引っ張られた。そしていつものように光で文字を描いた。
「……これから分かる? どういう意味だ?」
(さあ?)
「カナタさんは、わたしくとこの世界との繋がりがこの先分かると、そう考えていたのですね?」
(うん)
リサさんと目を見合わせ、少々固まってしまった。
「……ならば、わたくしはカナタさんの言葉に期待いたします。ふふっ、とんだお土産を残していただきましたね」
そう一言、皆を見回すリサさん。皆もそれぞれ溜め息を吐き、そして笑顔になった。
私の目で一番表情が明るくなったのは、モーリスだ。それは皆が悲しみの底から脱し、前へと歩み始めた証拠であろう。
――一息ついて。
「ねえシア、カナタの家ってどこらへん? この街にあるんでしょ?」
「あるはずだが……確かもっと西なので、ここからでは見えないぞ」
と話していると、ミアと言ったか、小人族の航海士が話しかけてきた。
「ここから西は行けないよ。潮の流れが速くて複雑だから、漁師は誰も近付かないんだって。それともうひとつ。この海底都市だけど、結界が張られていて入れないらしい。拒まれるんだってさ」
「拒まれるって?」
小人族同士の会話だ。
「潜って近付いても、いつのまにか海面に出ちゃってるんだって。挑戦してもいいけど、でも安全は保証出来ないよ」
目線は一斉にフューラへ。
「……すみませんが、やめておきます。現状僕自身が僕を把握しきれていないんですよ。そんな状況で無理をすると、間違いなく皆さんにご迷惑をおかけする事になります」
一斉に溜め息が漏れた。しかし皆フューラの不安は理解出来ている。
「分かった。それにこれは無茶じゃなくて無理だもん。それは駄目だって、何度も何度も耳にタコが出来るくらい聞いた事。今回はみんながこの世界と繋がってるっていう事実が分かっただけでも大収穫」
笑顔でフューラの不安を飲み込んだアイシャ。しかし次の瞬間には至極真剣な表情をした。
「……もうこれ以上人数は減らせないんだ。だから、帰るよ」
「はい」「ええ」「りょーかい」(うん)「ああ」
私が”本物”であるのならば、アイシャもまた”本物”であると、そう確信を持って納得した。
「……何? その顔」
「ん? わ、私か?」
「あんた以外に誰がそんな顔すんのよ!」
「いやー……納得していたのだ。アイシャは確かに勇者なのだなと」
「……そう」
一瞬焦ったが、嬉しそうな表情をしたのでよかった。やはり魔王にとって勇者は怖い。それは英雄となったイリクスであろうと、発展途上のアイシャであろうと変わらない。
「勇者怖い、なんて思ってそうな顔してる」
「勇者怖い!」
「あはははは! いつまでも怖がらせてやるからね! あはははは!」
……これもアイシャなりの優しさ……なのか?
――それから数日後。ティトナ港。
入港して早々、問題が発生した。いや、正確には問題が発生していた。
港に入り接岸するとほぼ同時に、ここの州を統括する貴族のミダルが、私たちの元へとやってきた。
「あ、ミダルさんだ」
「歓迎……ではなさそうだな」
ミダルが我々へと銃口を向けてきたのだ。
「向けられたからには」「駄目だよ」
フューラが動こうとしたところでアイシャがすかさず止めた。当然だ。まずは話を聞かなければ始まらないのだから。
「全員待機。あたしが行く」
さすがは船長であるな。もちろん何かがあれば私も出る所存。
――ジリー視点。
ここは船長であるあたしの出番。
船から降りても銃口はあたしへと向いている。って事はあたしだと分かって向けてるんだね。
あたしはなるべく警戒されないように、冗談交じりに行く事にした。
「入港許可が必要だったかな?」
「……大人しくお帰りください」
ありゃ。
「残念だけどそうはいかない。食料も補給したいし、降ろす人もいるからね」
「ならば付いてきてください」
厳しい表情は変わらずか。
「あいつらは?」
「待機で」
「はいよ。待機してろってさー!」
「はぁーい!」
はあ……さてどういう拷問が待ち受けているんだろうね――。




