第七十四話 魔王決戦(中編)
――アイシャ視点。
「あはははははは! おにーちゃん死んじゃったぁー!!」
「へえぇー、あれを人間に打つと、石になるんだぁー。あはは!」
「勇者おねーちゃんも固まってるー。あれーこれってもしかしてー、あの時みたいに暴走するのかなー? わくわくするー! あはははは!」
「……誰が……」
「うん?」
「……誰が暴走なんてするか。……私をナメるなよ、クソガキ……」
あのうるさい声で、私は現実に引き戻された。私の目の前にあるのは、カナタの亡骸だ。石化し、もう二度と動かないカナタだ。
何で死んでんのさ。……何で笑ってんのさ。……何で……嬉しそうなのさ。
「カナタのくせにいぃーっ!!」
悔しさで一杯だ。それを思わず声に出して叫んでしまった。でも、もうこの叫びもカナタには届かないんだ。
私は石化したカナタの下から這い出し、改めて強く剣を握り直す。
「……ありがとう」
今はこれ以上の言葉を探している余裕がない。悲しんでいる余裕も、涙を流している余裕もない。あいつを倒す。それしかない。
胸の奥がヒリヒリする。頭がクラクラする。目が熱い。呼吸も荒い。
……だけど、私は冷静だ。壊れてなんかいない。絶対に壊れてなんてやるものか。
カナタの最後の言葉。……声は出ていなかったし、口の動きも不鮮明で、正直何を呟いたのか、分からなかった。
でも、何を伝えたかったのかは分かる。
カナタの事だもん。どうせ、折れるなとか壊れるなとか無理するなとか、心配したに決まってる。
……だから、私は折れない。壊れない。そしてもう、無理はしない。
「ヒューッ!」
シアが飛んで来た。そして私の頭……ではなくて、肩にとまった。そして私にほお擦り。
「……励ましてくれてるの?」
(うん)
「そう。……だけど今は離れてて。あんたを巻き込みたくないんだ」
(……うん)
ありがとう。ちょっとだけ元気出た。
「なーんかさーぁー? 普通勇者さんと魔王さんって仲悪いんじゃないのー?」
「あっははは! 安心しな、それは物語の中だけ。私とあいつとは、カナタで繋がっている。あいつだけじゃない。みんながカナタを介して繋がっているんだ」
……正直、もうほとんど力が入らない。最後の一撃に賭けて魔力を込め過ぎたんだ。
あの時私は焦ったんだ。それが全ての原因。だから、もう私は焦らない。私の判断で仲間が死ぬ。それがよく分かったから。
だからこそ、命を賭してまでも守ってくれたカナタのためにも、負けてなんていられない! 乗り越えなくちゃ!
私は二度三度と深呼吸。しっかりと涙を止め、ただ一点、偽魔王カプレルチカだけを見つめる。
「準備できたぁー?」
「……わざわざ待っててくれたんだ。本当に心の底から腹が立つよ」
「あははは! 褒められたぁー!」
そんな煽りには乗らない!
私はとにかく力を振り絞り、走り出した。右足、左足と、その重さを、自分の命の重さを嫌というほど味わいながら。
――リサさん視点。
カナタさんの事は残念ですが、しかしまずはフューラさんをどうにかしなければ。冷たいようですが、今はカナタさん一人の犠牲だけで済むようにするのが最優先事項なのです。
「……リサさん、僕はもう、大丈夫なので……ジリーさんを」
「どこが大丈夫なんですか。大体あなたは機械ではないのですよ? ……手首は結合出来ましたが、まだ動けるような状態ではありません」
回復魔法が効く、という事は、フューラさんは間違いなく機械ではありません。人間です。恐らくはカプレルチカの言っていた特殊なエネルギーというものが、わたくしたちで言うところの魔力だったのでしょう。そして手術により内蔵された機関に魔力を送り込む事で、人ならざる能力を手に入れた。そう考えれば不思議ではないのです。
「自己診断ですが、命の危機は脱しました。今はジリーさんを。じゃないと、アイシャさん一人では……」
確かに、アイシャさんもかなり疲労が蓄積している様子。魔力も底を尽きかけているようですし、心的負荷も察するに余りあります。
ジリーさんは現在、モーリスさんの沈静魔法により痛みは抑えられている様子ですが、しかしこの戦闘を目で追うのがやっとの状態。モーリスさんも回復魔法までは使えませんので、わたくしが看るしかありません。
(モーリスさん、交代です。わたくしがジリーさんを看ますので、モーリスさんは防壁の展開に集中を)
(うん)
モーリスさんがジリーさんの手を引き、こちらへと連れてきました。
「ジリーさん、少々手荒な方法ですが、あなたを急速治癒させ、アイシャさんが倒れる前に戦場へと戻します。いいですね?」
「さっさと頼むよ」
「はい」
どうやらずっと待たせてしまっていたようですね。……最速で治します!
「……リサさん、カナタのあれ、解けるのかな?」
「石化現象そのものは魔法にもあります。そして解く方法も。なので恐らくは」
しかし今すぐには不可能です。何日も付っきりで魔力を込め続ける必要がありますので。
「あははは! いーいこーときーぃちゃーったー!」
部屋の反対側で、しかも小声ですよ? なのにあの地獄耳め……。
「アイシャ! カナタを守れ!」
私が叫ぶよりも先にジリーさんが叫びました。アイシャさんにもしっかりと声が届き、アイシャさんはカナタさんの前へ。
――アイシャ視点。
カナタを? ……そうか、希望はまだ潰えていないんだ! ならば、この命に……無理をしない程度に!
「……ふうーん。本当にそのおにーちゃん、大切なんだー。……じゃあそれを壊したら、おねえちゃん喜ぶかなぁ? あはははは!」
やっぱりそう来るか。でも、ここはなんとしてでも死守する!
「シア!」
「ヒューッ!」
さすが魔王、私が言いたい事ちゃんと分かってる。シアはカナタに防壁を張り、万全の構え。
シアが守っているならば私も攻撃に集中出来る。私から行ってやる!
「うおおおあああっ!」
走り込み、剣を構える。飛べ! 飛べ!
「いよっ!」飛んだ! ずっとこのタイミングを待っていた!
私も呼応するように飛び上がり、空中で迎撃! 剣を振り上げ切りつける!
「当たれ!」
私の思い描いた軌道で剣は振られ、カプレルチカのわき腹を左から右へと、しっかりと剣が貫通し、確かにその感覚が手に伝わった。
ようやくカプレルチカの半身を二つに裂いた!
着地……したんだけど、自分でも驚くくらい限界だったみたいで、立っているだけで足が笑っちゃって仕方がない。でも、あいつを切り捨てられた。
攻撃範囲に入らないように近付く。さすがに腰から下を完全に切り落とされては、何も出来ないみたい。
「ずっと今のタイミングをうかがっていたんだよ。ようやくだ」
「……ねらって……たんだ……あ、はは……」
それでも笑うんだ。本当、嫌な奴。
「……とどめ、ささないの?」
「これ以上近付きたくない」
「あはは……そーだよねぇー……」
こいつの処分はフューラに任せよう。戦闘は出来なくても、処分するくらいは出来るだろうし。
「一つ聞いてもいい?」
「んー? なーにー?」
「……フューラがこの時代に来ちゃった事が、あんたが作られた原因なんでしょ? だったらさ、あんたがここで暴れたら、未来も変わっちゃうんじゃないの?」
「あはは、それも含めてだよー。……わたし、おねえちゃんを壊す事以外何もないから。欠陥品だから。……だからね、こんなわたしを作った奴らに、復讐しようかなって、そういうのもあるの」
手だけで必死にもがいてはいるけど、普通に喋ってる。それがすごく不気味で、そして……。
「哀れだね」
「……哀れでしょ」
例えばカナタみたいな人に作ってもらえていたら、こいつももっと別の解決方法を考えられたんだろう。でも、もう遅い。
私はカプレルチカの胴体に剣を刺し、身動きを封じた。
「はうっ……」
「動くな」
じたばたはするけど、これで本当に動けなくなった。それを確認した私は、カナタの元へ。シアも防壁を解除したから、終わったんだよね。
「……あはは、こんな格好で石にされなくてもいいのに。最後まで格好付かないんだから。……それもカナタらしいけど」
んんー……っと、さすがに重くて持ち上がらない。というか、私自身もう力が残ってないんだね。出し尽くしたんだ。
「ジリー、それが終わったら」「アイシャさん!」
フューラが叫んだ。
……私は油断したんだ。一瞬だった。上半身だけ、しかも胴体の真ん中に剣を刺していたはずのカプレルチカが、胴体が裂ける事すらもいとわず、私の横をすり抜け、カナタへと体当たり。
私が振り向いた時には既に……カナタは、砕け散った後だった。……粉々だった。
「な……そんな……」
「……んむふふふっ……んあははははははっ!! 砕けたぁー!! おにーちゃん、これでもうぜぇーーったいにー、復活出来なぁーい!」
こいつ! と殴りに行こうとしたけど、足が動かない。石化したんじゃなくて、本当に疲れきっていて、動かない。
上半身だけのカプレルチカは、地面に頬杖を突きながらニヤニヤと気味悪く笑っている。
「んにひひひっ、今おねえちゃんたちで動けるのってぇー……いないよねー? でもぉ、わたしは足のところまで転がれば復活するのー! わたしの勝ちぃー! いえーーい!」
私はこの時、こいつの話なんてどうでもよくて、話半分しか耳に入ってなくて、それよりも何よりもカナタの顔をとにかく必死に思い浮かべていた。
今までずっとそこにいて、振り返れば必ずあったその顔。それがもう見られない事、忘れてしまう事が、とてつもなく怖くなったのだ。
「……あれー? なんか反応薄くなぁーい? ねえ勇者おねーちゃん? ねーえってばぁー」
「うるさい!」
大声を出すと、カナタの顔が薄れてしまう。絶対に嫌だ。絶対に忘れたくない!
冗談みたいにごろごろと地面を転がり、下半身の元へと向かうカプレルチカ。私は、本当に動けない。体もだけど頭の中も手一杯。
「わたしぃー、これでも暇じゃないんだー。これからこの世界の人間、ぜーんぶ抹殺しなきゃだからねっ」
私の背後では、あいつが立ち上がる音が聞こえる。
「だぁーかぁーらぁー……勇者おねーちゃん。死ーんーでっ!」
走ってくる足音も聞こえている。でも、私はもう動けない。
……カナタが救ってくれた命なのに、終わりなんだね。
走馬灯は……見えないなぁ……。
「ヒューッ!」
「なっ、魔王さん邪魔しないでよ!」
正直、驚いた。私を守ってくれたのは、鳥のままの魔王プロトシアだった。そして、モーリスが走ってきて私に剣を渡し、軽く頷くとまた走ってリサさんたちの元へ。
この瞬間私は、自分は色んな人に守られてるんだって、そう思った。
そして、私はその恩をまだ返していない。
……そっか。カナタだったら……諦めるなって、言うかも。
心配するだけじゃないもんね。カナタはちゃんと必要な時には励ましてくれていた。
「……落ち込んでる場合じゃないよね」
体も剣も、まるで鉛みたいに重い。けれども、私に託された想いは、もっともっと、もーっと重いんだ。
「私は勇者だ。勇者はね、負けないんだよ!」
重い体を引きずるように、一歩ずつカプレルチカの元へ。握力も限界だけど、この剣は絶対に離さない。この剣にはレイアの想いと、そしてお父さんお母さんの想いがあるから。
「んあははは! さっすがにそれはすごぉい、って、素直に思うよー。だけどっ!」
カプレルチカが大きく拳を振りかぶり、シアが展開していた防壁を突き破った!
「捕まえたっ!」「シア!」
あいつがいないと!
……あれ? なんでそう思ったんだろう? ……カン? だよね。だったら、それはきっと正解!
「離せええええええっ!」
力を振り絞り走る。そんな私を見て、カプレルチカはシアを壁へとぶん投げた!
「わたしの狙いは変わってないよっ!」
「んならああああっ!」
もう止まれない。止まる力も残ってないんだ、だからこのまま突っ込む!
その時、私は何かの気配を感じた。多分シアの投げられたところ。……カナタのいた場所だ。でも今の私には、それを確認する余裕もない。
「あははは! 遅いよっ!」
それは私でも分かる。今の私は文字通りの満身創痍で、動くのもやっと。だから、あっさりと攻撃は避けられてしまった。
「ほいっ」「んあっ……」
そして、足を引っ掛けられて、情けなく転んじゃった。
……立ち上がる力、残ってない、かも。
「はい、勇者おねーちゃんこれで終わりっ!」
悔しい。
「ヒューッ!」
またシアの声。……何? 黒い霧が立ち込めてきた。あいつ、私を転送させる気じゃ……ない!?
黒い霧と、そして砂のように粉々になったカナタの亡骸が渦を巻いてシアを包んで、シアはそれを吸収して怪しく光を放って……これ、絶対にまずいよね!?
「シア……やめ……」
「なぁーにぃー? まーた面倒なのが来るの?」
面倒なのが来ると思う。すっごく面倒なのが!
「……んひひっ、時間かかるならぁー、先に勇者おねーちゃんぶっ殺すね!」
軽く飛び上がり、カプレルチカは私へと拳を向ける。間に合ってほしいけど、でもあれが復活するのはカンベンしてほしいし、でもどうにかしてほしいし……ああああっ! もうっ!!
「……ちっ」
舌打ちをしてカプレルチカは下がった。
「はぁーあ。……待たせて済まないな。勇者よ」
片手で防壁を張り、カプレルチカの一撃を防いだ人物がいる。
「……第一声が、溜め息って……なんなのさ……」
「あっははは! 確かにそうだな。しかし今は言い争いをしている場合ではないであろう? ……手を貸そうか?」
「言う暇が、あんなら……貸し……さいよ……」
「ははは」
私を助けた人物は、赤い髪をした、魔族の女性。
手を握り、立たせてもらった。その手はとても温かくて、その優しさが伝わってくる。
「……あんた、ちゃんと名乗りなさいよ」
「もちろんだとも」
私に笑顔を向けてきた。……性格は鳥の時のままだ。安心し……ちゃいけないんだけど、安心した。
「では自己紹介をしよう。私はプロトシア=アレス・マーレィ。六千年前、魔王軍を率いて人類と戦争を起こした張本人だ。本物の魔王、と名乗るべきかな? 偽者の魔王よ」
やっぱりそうだった。ってかそれしかないよね。はあ……悩みの種が増える……。
「……悩みの種が増えるーなどと思っている顔をしているぞ?」
「思ってる!」
横目で人の顔色を見てたと思ったらこれだもん。やっぱりすっごく面倒!
「……はっきり宣言して。あんたはどっち?」
「はっきり宣言しよう。私、プロトシア=アレス・マーレィは、勇者アイシャ・ロット、貴様の仲間だ」
リサさんとは違う、けれども間違いなくこいつは人の上に立っていた、そう思わせる威厳のある声。……私勇者なんだけど、こいつ魔王なんだけど、なんか頼ってもいいかなって、思えた。
「……よかった」
ぽろっと、心の声が漏れた。聞かれ……てはいないみたい。ふう、危ない危ない。
人の姿に戻ったプロトシア。その容姿だけど――。
まずは背が大きい。カナタよりもかな? 百八十センチくらい? 角も大きくて立派なのが左右に生えていて、あれで刺されたら死ぬと思う。年齢は……二十代後半から三十代かな? でも充分若いよね。
髪の色は本当に真っ赤な血の色。さすがは魔王って感じ。腰まで伸ばしていて、ちょっと先端はウェーブが掛かってる。さらさらってよりは、ちょっと固そう。後で触ってやる。
服装は……なんでかカナタの黒いスーツを着てる。もしかして最初からこうなる事を予想して、持って来ていたのかも。そしてそれが、悔しいくらいビシッと決まってる。
……あはは、その理由が分かった。魔王の奴貧乳まな板でやんの! これが終わったら弄り回してやるんだから!
「……な、なんだ?」
私のジトーっとした目線に気付いて、困ってる魔王。
「なんでもなーい。……っていうか、私になんかした? 立ち上がってから体が楽なんだけど」
「ああ。勇者に嫌がらせをと思ってな、勝手に私の魔力をお裾分けしておいた」
「えっ!?」
「ついでなのでお前の疲労を半分受け持ってやった。どうだこの恩着せがましさ。感謝したくなったであろう?」
「……死ねっ!」
何このお節介魔王! すっごく……偽者以上にムカつくんだけど!
「あたしも仲間に入れな」
後ろから声をかけられて少し驚いた。
「ジリー! 大丈夫なの?」
「アイシャよりはね。……間に合わなくてすまんかった。でも今はあいつが優先、だろ?」
ジリーは魔王に向かって片手の平を差し出した。その手を魔王は上から軽く叩いた。挨拶はそれで充分って事だね。
「……ってあんた、武器は?」
「これを使う」
カナタの銃だ! ……そうか今のこいつは、丸ごとカナタを模倣しているんだ。
「誤射しないでよ。行くよ!」
「あはははは! おもしろぉーい!」
どこが! 今すぐその馬鹿笑いが出来なくさせてやる!
私とジリーで近距離戦、あいつが……魔王がその隙を縫って狙撃。結構命中してる。
私は体力はちょっと心もとないけど、魔力の回復と疲労が抜けたおかげで元気に動けている。ジリーも腕の骨折が原因だったから、それがどうにかなった今、私たちの中でも一番元気に動いてくれている。
……希望が見えた。確実に。
「んあっ! っとー! あははは! すぐ直るもぉーん」
左腕を吹っ飛ばされてもこの程度のリアクションで済むカプレルチカ。やっぱりこれじゃあ終わりがない。何か方法は……。
――リサさん視点。
わたくしは再びフューラさんの治療中です。しかし回復魔法は魔力を多大に消費しますので、これからあの中に入って攻撃に参加という事は出来そうにありません。
(……あっ!)
ん? モーリスさんがなにか伝えたがっている様子。そして書かれた文字は……同じ動き? 偽魔王がですか?
(うん! ――――!)
……弱点、でしょうか。
奴に悟られないよう、わたくしも声ではなく光文字でフューラさんへと伝達。そしてフューラさんの考えをモーリスさんが中継する、という方法で、この三人の中で無言の意思疎通を図ります。
(必ず左腕で攻撃を受けている)
……なるほど。
(右腕を庇っていて、その理由がある)
……なるほど! 確かにそうです! 偽魔王は一度も右腕にダメージを食らっていない! となると、右腕が……そういえば右腕に注射器を仕込んでいて、ウィルスを……。
(右腕を切り落とす。それを偽魔王に注射)
それはフューラさんの作戦? と聞いたところ、モーリスさんは首を振り……。
(お兄ちゃんが考えていた)
という事は、カナタさんの作戦ですか。
(繋がった)
……考えは読めていたものの、それがどういう意味を示しているのか分からなかった。でも自分の中でその作戦の意味がしっかりと繋がった、という事でしょう。
恐らくはカナタさんも偽魔王の討伐方法に気付いてはいたのですが、情報伝達手段を持たず、そして気付いた時には既に、作戦を実行する余裕など微塵もなくなっていたのでしょう。……ならば、その遺志をわたくしたちが継ぎます!
「フューラさん」
目を合わせ、わたくしもフューラさんに文字で作戦を伝達。頷いてくれました。もちろんモーリスさんにも聞こえていますよね?
(うん)
わたくしたちの作戦は以下の通り。
まずはフューラさんが相手の気を逸らせ、わたくしとモーリスさんで防壁を張りながら突撃します。
幸いな事にわたくしも武器屋リコールで購入した護身用のナイフがありますので、それであやつの右腕を、少なくともアイシャさんたちの目印になる程度には損傷させます。
その際、アイシャさんたちに近付く事になりますので、一瞬を狙いこの作戦を伝達。
後はアイシャさんに右腕を切り落としてもらい、ジリーさんに投げつけてもらいます。
上手く行く確率は……考えても仕方がない程度でしょう。しかし拒否する選択肢などありません。
三人で目を合わせ頷き、いざ!
まずはフューラさんがあの黒いボールを数個取り出し、荒く射撃!
「んわっ! っとー。……おねえちゃん動けるようになったんだ。……へえー」
よし、行きますよ!
「え? 二人も来るの? あ、捨て身だぁー! あはははは!」
いいえ。これは捨て身などではなく、無事に帰るための作戦です!
わたくしは左手にナイフを握り、お三方の援護に期待しつつカプレルチカの右腕に照準を絞ります。
気付いてか否か、しっかりお三方ともにわたくしの動きやすいようにカプレルチカを誘導してくださいました。
「アイスアタッチ!」
大気中の水分を氷結させ、相手の動きを鈍化させる補助魔法です。……が、やはりカプレルチカをターゲットとしても、機械と同様に発動しませんでした。これで完全に確信いたしました。カプレルチカはフューラさんとは違い、正真正銘の機械です。
「はあっ!」
わたくしはその右腕にナイフを突き刺します!
……失敗しました。いいところまでは行ったのですが、やはり慣れない事はするものではありませんね。
「……狐のお姉ちゃん、それじゃあわたしは倒せないよー? あはははは!」
そもそも倒す事が目的ではありませんから。
もう一撃を!
「リサさん下がって!」
アイシャさんからの指示が来ました。どうやら作戦自体の伝達には成功したようです。これ以上は足手まといになりかねませんので、わたくしは指示通り引き上げます。
お三方は……ふふっ、魔王様はユーモラスなお方ですね。わたくしへ向けウインクをいたしました。後はお任せいたしますよ。
これでわたくしの戦闘行為は終わりでしょう。
……何も、ろくに何も出来ませんでした。カナタさんが散ったその時も、わたくしは見ているだけしか出来なかった。正直、悔やんでも悔やみ切れません。
(――――、――――――? ――――!)
モーリスさんがフューラさんを指差し、笑顔を見せてくださいました。
……そうですね。攻撃だけが戦闘ではありませんものね。わたくしは何も出来なかった訳ではありませんでした。少なくとも、フューラさんの命を救えました。そしてそのおかげで、この戦いを終わらせる事に、少しばかりは貢献出来たのです。
……前を向かなければ。




