第七話 リコール/最初の依頼
今日も今日とて職探し。南部は行き尽くしたので、今日は北を中心に回っていく。
見つけた大衆食堂に片っ端から突撃するが、俺がよそ者と知れば見事に手のひらを返される。アイシャは気にしない人もいるとは言ってくれたが、ここまで連戦連敗だとその言葉すら疑いたくなる。
――時刻はお昼。
適当な飯屋に入ってなるべく安いものを注文。一応王様からお小遣いはもらっているが、それも税金だ。無駄遣いなど王が許しても俺が許さん。
ここいらは魚料理がメインで、煮・焼き・蒸しと三種揃っている。刺身がないのはやはり文化なんだろうな。そして肉は鶏とウサギが中心であり、牛や豚はあまり見ないのだ。そもそも異世界なので、これらが俺の知る鶏やウサギである保証はない。
「えーっと……ウサギのリゾット一つ」
やはり米が食いたくなるのだよ。しかしさすがに日本米とは違い、細くてパサパサした米である。それもまたリゾットや焼き飯には合っているのだが。
腹ごしらえも済んだので、職探し再開。
「おや、兄さんどっかで見た顔だね」
そういう台詞は強盗が吐くものだ。そしてそこにいたのは四十代前後でスキンヘッドに口ひげの……あ、思い出した。
「えーと、確か南の広場で」
「そうそう。あの時は兄さん、勇者ちゃんと一緒にいて、ズーの子供手懐けていたよね。今日は一人かい? どこに行くんだい?」
俺が最初にここ王都コロスに来た際出会った武器屋の主人だ。完全に思い出した。
「今日は、というか最近は職を探しています。俺よそ者なんですよ。だから中々……」
「あーそうだろうね。……どういう職を探しているんだい?」
おっと、これは脈ありか?
「えーっと、包丁が握れるんで食堂を探していたんですけど、こだわりがあるわけではないんで」
「そうか。ならば試しにうちにおいで」
いやいや充分脈ありだ。
――武器屋へ。
おじさんの武器屋は、大通りではなく、そこから一本入った場所にあった。
「武器屋リコール……」
危なっかしい名前だ。
「リコールってのは俺の名前。家族三人で経営しているんだよ。イカすだろ?」
「あはは……えっと、俺のところではリコールというのは、不良品の無償交換っていう意味になっちゃいます」
「げっ」
苦笑いしかない。当然だな。
「帰ったぞー」「おじゃましまーす」
「おかえりーといらっしゃいませー」
店内は細長く、いわゆる長屋のような印象。壁は木組みと石壁が交互になっている、面白い構造だ。そして木組み部分に棚やフックを仕込んで、そこに武器を引っ掛けて展示している。整理整頓が行き届いており、既にお客も一人来ているので、それなりに儲けているのかも。
店のカウンターには俺と同じくらいの年齢の女の子。娘さんだな。黒ぶちの大きなまん丸メガネをかけており、背が低ければ「んちゃ」とか言い出しそうで面白可愛い。
「おかーちゃんいるか?」
「うん。おかーさーん!」
カウンターの後ろに階段があり、二階が住居なのだな。
降りてきたのは、いかにも肝っ玉かーちゃんな感じの恰幅のいい女性。
「なんだい今洗濯物を……あ、いらっしゃい」
「どうもー」
「んで、なんだい?」
「この兄さんを雇おうかと思ってさ」
途端に恰幅のいいおかーちゃんの表情が鬼の形相へと変化。
「あんたまたそれかい! 適当に声かけて雇おうかって言って、それで何度店の売り上げを盗まれた? 何度商品を盗まれた? あたしは反対だからね。大体人手に困っている訳でもないじゃないか! 全くもう!」
俺のかすかな希望が、おかーちゃんによって見事に粉砕されました。なるほど、このおじさんがいい人過ぎるのだな。お怒りのおかーちゃんはあっさりと洗濯物の続きへと戻っていった。
「いやー、何というか……」
「あはは、いいですよ。既に五十以上蹴られていますから。それによそ者に厳しくなるのも分かりますし」
と言いつつ溜め息。
「お兄さんってよそ者なの? だったらさ、王宮からの依頼を受けてみたら?」
「うーん、でも俺は武器持ってないからなー」
するとおじさんと娘さん、両方から同時に笑われた。
「あはは! お兄さん、ここを何だと思ってるの? 武器屋だよ。ぶ・き・や」
「あーそういえば。でも俺お金を持っていないから、仕事を探しているんだけど」
「大丈夫、依頼の中には武器を必要としないものもあるよ。それこそ数日限定で働くとか、引越しの手伝いとか。十五歳から依頼を受けられてね、お小遣い稼ぎに受ける子もいるんだよ。だからお兄さんでも大丈夫」
なるほど、これはいい情報を手に入れた。というかアイシャも依頼を受けて勇者業をしているものな。
――帰り道。
思いつきで南の広場まで来てみた。アイシャを見つけられたならば話を聞きたい。
「よう種無し」
「ひゃっ!? ってお前かよつめてぇな! あーあー服濡れたじゃねーか、どうすんだよ!!」
まさか突然後ろから背中に水を掛けられるとは、とんでもない声を出してしまったではないか。一方悪戯娘は大笑い。
「あっははは! いつかのお返しだよ! それで、なんでこんな所にいるの?」
「アイシャを探していた。王宮からの依頼って俺でも受けられるんだって?」
「あっ、そういう事。……こっち来て」
何だろう? とりあえず付いて行く。すると一軒のお宅へ。まさか?
「私の家。上がっていいよ」
いやいや、そんなあっさりと言われても。仮にも女の子の家だぞ「お邪魔します」。
中は台所などの水周りと八畳くらいのリビング。まさにマンションのワンルームサイズだ。踏み台の他にも、脚立もはしごもあるんだよ状態。さすがに小人族には普通の棚も大きいのだろうな。
「あんまりじろじろ見てると、また水かけるよ。それが嫌なら座って」
「はいはい」
椅子も俺には小さい。というか尻が入らないな。仕方ないので可愛いカーペットの敷いてある床に座る。
「ここに一人暮らしか?」
「うん。勇者認定受けてこっちに来てからはね。乾かすから上着脱いで」
「そう言われても女の子の前だぞ、俺にも羞恥心はある」
「あはは、あんたの裸見たって何とも思わないっての」
「それはそれで寂しいぞ」
と言うと更に笑われた。完全にペースを持っていかれている。まずいぞ俺、襲われたらどうしよう。
「それで、仕事探しを諦めて依頼を受けるんだって?」
「迷ってはいるけれどな。その判断のためにもアイシャの話を聞きたかった訳だ」
小さなベッドに腰掛けたアイシャ。ここでようやくアイシャと俺の目線が同じ高さになった。なんというか、ようやく気の置けない存在として認知された感じだ。ようやく仲間として認めてもらえたような、そんな嬉しい気分。
「はっきり言うけれど、依頼を受けるっていうのは、荒くれ賞金稼ぎと同列に見られる事を意味するよ。もちろんカナタがそうなるとは思えないけれど、そういう良くない扱いを受ける事もある。私から依頼を受けるなとは言えないけれど、真っ当な人間とは少し離れてしまう事を覚悟してね」
つまりは背中に気を付ける必要が出てくるという事か? 修羅の国だな。
「じゃあアイシャはどうなんだ?」
「私はちょっと違ってね、緊急性の高いと思われる案件を王様直々に私に持ってくるの。もちろん普通の依頼も受けるつもりだけど……小人族はどうしても子供扱いだから、ね」
アイシャ自身にも色々ある様子だな。
そういえば以前勇者認定された時の話をしたが、少し言葉に詰まってたな。元大臣に対しても私怨があると言っていた。
「一つ聞いていいか? 言いたくなければ構わないけれど、勇者に認定されてどう思ったんだ?」
するとアイシャの顔が強張った。そして大きく溜め息。
「はあ……まあ正直に言っちゃうとね、勇者にさせられたんだよ、私。イリクスの生まれ変わりだなんて嘘っぱち。王宮にとって都合のいい存在を作り出したかっただけ。そのいけにえに私が選ばれた。私はそう思ってる。もちろんこんな事は誰にも言えないけれどね。だからカナタも絶対に口外禁止。喋ったら本気で殺すよ」
ちゃっかり本気の目だ。しかしおかげで所々にあった、勇者としての義務感の理由が分かった。あれは強迫観念だったんだな。作られた勇者であるという自身の考えから、勇者として振舞わなければいけないという一種の自己暗示にかかっている。その結果が六千年前の真実を否定する事に繋がっている。
「アイシャ、一応言っておくけれど、俺の中身は本当に三十六歳だ。三十六歳として、相談を聞く事くらいは出来るからな」
どうせ笑い飛ばすだろうと思ったが、ところが違った。無言で少し頷いただけ。どうやら今の勇者さんに一番必要なのは、力でも武器でもなく、理解者のようだ。
「そうだ、カナタでも王宮の依頼を受けられる事、誰から聞いたの? フューラではないよね。トム?」
「いや、北の武器屋の娘さんだよ。武器屋リコールって店」
「リコール!?」
いきなり驚いたアイシャ。
「何だよ突然に素っ頓狂な声を出して」
「ご、ごめん。えっとその娘って、黒くてまん丸なメガネの?」
「正解。なんだ知り合いか?」
するとアイシャは少し嬉しそうに頷いた。
「私の、学校での友達だったんだ。一年くらいで家の仕事をするって言ってやめちゃったんだけどね。お店の名前しか聞けなくて、そのままだったんだ」
「そうか。でもきっと相手はアイシャの事を知っているぞ。南の広場で声をかけてきたスキンヘッドのおじさん覚えているか? あれがその子の父親だよ」
「ああ! あはは、場所教えて。明日にでも行ってみる!」
何とも嬉しそうなアイシャ。早速理解者が一人増えそうだ。
――王宮前の斡旋所へ。
日が傾いてきてはいるが、どういう内容があるのかだけでも確認しておく事にした。斡旋所は一見して他の一般家屋と同じで、白い外壁に赤いレンガ屋根。唯一入り口が大きく開かれているのが特徴だな。それこそ当店は誰でもウェルカムといいたげ。
中に入ると、やはり色々といるもんだ。どう見てもホームレスの爺さんから、見事に魔女服の女性、そして鎧を着込んだ喧嘩っ早そうなオッサンも。……聞いていた通り若いのもいる。これならばどうにかなりそうだ。
掲示板に依頼書が張り出されているので物色。
「えーと、スライムスープの材料集め、魔法で野焼きの手伝い……海賊団員募集って、それもいいのかよ」
色々と見ていくと、やはりモンスター退治の依頼が多い。そして目についたのが一つ。はぐれオーク討伐、依頼主はペロ村のレオ村長だ。アイシャが強くなっていれば教えたんだけどなー。
お、臨時料理人の依頼がある。住み込み一週間、三食付きで……あ、まずい。金額の価値が分からない。でもやってみるか。
他の人の動きを見てみると、依頼書を取ってカウンターに持って行けばいいみたいだな。
「すみません、これ受けられますか?」
「初めての方は先に登録をお願いします」
ですよねー。紙に書く形式だが、ほとんど文字の書けない俺はどうすればいいのかな?
「代筆しますよ」
「あー良かった」
出せる情報は出したつもりだが、やはりごまかしは効かない様子で、そのまま奥に引っ張り込まれてしまった。俗に言う事務所こいや! である。いや、違うか。
「カナタ・オリチさんですね? 王様から既に話はうかがっています」
「えーっと?」
「あなたが仕事を探しているのは王様もご存知でして、ここに来た時はよろしくと、そういう事です。あなたの特殊な事情も既に聞き及んでおりますので、ご安心ください」
王様グッジョブ!
「そして私があなたの専属……とまでは行きませんが、斡旋担当となりますユジーアと申します。以後お見知りおきを」
「こちらこそ」
ユジーアさんは、猫耳に猫しっぽの獣人族。ペロ村の人々とは違い、より人間に近い見た目。そして恐らくはキジトラ猫が源流。髪の色が黒と灰に分かれており、結構なお洒落さんである。……が、愛想がない。
「……それで、これですね。包丁を握った経験は?」
「学生時代に食堂でアルバイトをしていました。魚の三枚おろしも出来ます」
「なるほど。ならば問題なさそうですね。先方にはこちらから連絡を入れますので、明日の朝にこちらにいらしてください」
「分かりました。よろしくおねがいします」
あ、そうだ。今のうちに報酬金額でどれくらいのものが買えるのか確認しておこう。
「すみません。俺通貨の価値も知らないんですよ。えっと……あの羽根ペン一本でいくらなんですか?」
「通貨は三段階に分かれています。ブロンズ、シルバー、ゴールド。あの羽根ペン一本で十ブロンズですね。今回の報酬は十シルバー。あれが一万本の計算です。つまり一万ブロンズが一シルバーです。ちなみにですが……あそこに剣士がいますね? 彼の剣がおよそ一シルバーなので、今回の報酬であれが十本買えます。更に言うと、最安値で一ヶ月の家賃がおよそ五千ブロンズです。まあそこまで行くと廃屋同然ですけど。分かりましたでしょうか?」
「はい、分かりやすい説明で助かりました」
するとようやく少し微笑んでくれた。
よし、この仕事を終わらせれば、どうにか王宮からは脱出出来そうだ。
――その翌朝。
王様に礼を言いつつ、一週間シアを放置する訳にもいかないので一緒に行く事にした。シアには悪いが四次元ポケット的にも使えるし。
「来ましたね。これから先方のお店へあなたをテレポートします。以降は到着後に依頼主から説明を受けてください」
「……それだけ?」
「ええ。……あ、説明が不十分だったり省かれた場合、依頼主に罰則が発生する事もありますので、間違いなくしっかりと説明していただけますよ」
「なるほど。安心しました」
そして斡旋所の二階にいるテレポーターの手により、俺は見知らぬ土地へと飛ばされた。
――お店の前へ。
到着したら、見事に目の前にお店があった。店名は「魚のホネ焼き食堂」だ。確かにいわしくらいならば骨を油でカリカリに揚げれば酒のお供になる。
店はまだ閉まっているようだが、依頼で来たのだから大丈夫だろうな。
「すみませーん、依頼を受けたんですけど」
「はあーい。あら随分若い兄ちゃんだね」
出てきたのは頭に角のある壮年の女性。アイシャから事前に聞いていたが、魔族だ。しかし角が生えている以外、特徴らしい特徴は見られないな。もっと黒い肌で目が黄色くてとか想像していたが、本当に角が生えている以外は普通だ。
「朝ご飯食べた?」
「あ、えっと」「いいからまずは食べてみなって。おごりだからさ」
何を言う間もなく一食出てきた。魚と野菜を香りのいい大きな葉で包んで蒸し焼きにしたものだな。それじゃあ遠慮せずいただきます。
「……うまっ! 葉の香りが蒸し焼きにされた魚の旨みを倍増させて、魚からあふれ出た油が野菜にも染み込んで、これでもかと甘くしてくれてる。……しかもこれ、乾燥させた骨を別に焼いてあるから、そのまま全部食べられるのか」
「ふっふーん正解っ! 兄ちゃん結構舌が肥えてるね」
「ええ。これでも学生時代の三年間、一日も欠かさずに料理のバイトに励みましたから。……あ、だから魚のホネ焼き食堂なのか!」
「あはは、正解だよ」
美味しい料理に舌鼓。……シアの事を忘れていた。見ると案の定早く食わせろと言いたげに睨んできた。一口食べさせると人の肩の上でぴょんぴょん飛び跳ねており、シアも大変気に入ったようだ。
「その鳥さんは兄ちゃんの相棒かい?」
「あ、すみません。食事する所に鳥は駄目ですよね」
「いやいや、厨房に入ったりお客の頭上を飛んだりしなければ構わないよ。そもそもそこまで小奇麗な店じゃないからね。あたしは皆から船長って呼ばれてる。兄ちゃんもそれでいいよ」
「分かりました。それじゃあ俺の事はカナタで」
「カナタね。覚えたよ」
船長は俺の正面に座り、依頼内容を説明してくれた。
「ここは漁村で、この時期一週間だけ解禁される漁場があるんだよ。そこを狙って一気に船が増える。つまり客である漁師が増える。今まではギリギリで回せてはいたんだけど、あたし最近腰を痛めて、医者に無理は駄目だって言われちゃったのさ。だから今年からこの一週間だけの依頼を出す事にしたって訳。それでもあたしも厨房には立つから、そこまで大変にはならないはずだよ」
「分かりました。期間は今日から一週間でいいんですよね?」
「ああそうだよ。……外を見てごらん。あの船団が全員うちに来るんだ」
窓の外では早速漁が始まっており、一見して百隻以上はいる感じだ。あれが一斉に来るとなると、気合を入れなければいけないな。
……楽しそうだ!