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第六話    本は大切に

 フューラが新設の技術大臣に任命されたこの日、俺たちは王立図書館へと出向いた。シアに関しての書物を漁るためだ。しかし肝心のシアは図書館内には入れないので留守番。

 王立図書館は街から少し離れた森の中にあった。静かで風通しもよく、このまま住んでしまいたくなるほどの立地だ。図書館の外観は王宮と合わせてあるようで、白い壁に水色の屋根である。



 ――館内へ。

 「うおーすげー!」

 「館内ではお静かに、ですよ」

 思わず声が出て、フューラに一言いただいてしまった。

 中は物凄く広く、しかも一階部分は地下に埋まっており、入り口だと思ったのは二階であった。そして中央は丸ごと吹き抜けになっており、読書スペースが設けられている。蔵書百万冊以上といった規模だろうか。


 「フューラ、どれくらいいける?」

 「全部ですね」

 「すげーな……」

 なんて会話をしていると、アイシャが俺とフューラの間に割り込んできた。

 「なんか二人だけでずるい」

 妬いてるのか? 可愛いやつめ。

 「僕とカナタさんは異世界人ですからね。まあ僕は人じゃないですけど。今はここの蔵書をどれだけ僕が覚えられるかという話ですよ」

 笑顔のフューラだが、アイシャは余計に頬を膨らませる。

 「もう、いいから探すよ!」

 そう言い一人先に行ってしまった。まあ好かれているのだから悪い気はしない。


 司書さんがいたので場所を聞いてみると、結構近い場所にあった。

 「うーん、歴史書と言ってもここ千年位のがほとんどだね。さすがに六千年前の真実なんてないと思うよ」

 「そうかもしれないけれど、そうじゃないかもしれない」

 するとアイシャは大きく溜め息。

 「はあ……あのね、私だって学校で勉強したんだよ? 成績は……言いたくないけれど。でも、今更それがひっくり返るような話が出てくるとは思えないよ。言っちゃ悪いけどさ、カナタはシアに入れ込み過ぎなんじゃないの?」

 「ならばもしも、全てがひっくり返るような話が出てきたらどうする? それを嘘だと切り捨てるか?」

 「そんなの……だって私は勇者だよ?」

 「その発言は、勇者である事に胡坐をかいているように聞こえるぞ。アイシャ個人の考えはどうなんだと聞いている」

 すると無言になり、そのまま逃げるように何処かへ行ってしまった。


 気まずい空気と共に歴史書を読む。

 「そういやフューラは読めるのか?」

 「読めますよ。アイシャさんと出会うまでに三日ありまして、その間に言語はマスターしました」

 「やっぱりすげーな」

 「あはは、僕の言語とも遠からずでしたし、それに僕は機械ですから」

 なんとなくだが、フューラは自分が機械である事に固執している気がした。そもそも彼女に生物としての心が存在しているのかという部分から疑問は生まれてしまうが、その表情を見る限りでは、自らそれを否定したがっているように思えるのだ。



 ――数分後。

 「やっぱり別の記述は出てきませんね。それにここにあるのは全て最近、精々数百年前の書物です。もっと古い本を探さないとでしょうね」

 「……え、フューラもう読んだの? ってか本の古さも分かるのか?」

 「機械ですから」

 そう一言にっこり。……不自然で不愉快、いけ好かない笑顔だ。


 「はい」

 アイシャが戻ってきて本を一冊。

 「さっきの司書に聞いて、一番古い歴史書を倉庫から出してきてもらった」

 ぶっきらぼうな喋り方。頬も未だに膨れたまま。

 「フューラ」「分かってますよ」

 本をパラパラとめくるフューラ。本当に読めているのか? そして本を閉じて静かに机に置いた。

 「うーん、多少表記ゆれはあるにしても、大筋では変わりませんね」

 するとアイシャは人の顔を覗き込んで一言。

 「誰が胡坐をかいているって?」

 「あーはいはい分かりましたよ。勇者様のお考えは正しかったです」

 どうだと言わんばかりの表情になり、座っている俺の肩を叩いてきた。一々腹の立つ勇者だな。


 「ただし」

 おっと、注釈がついた。。

 「ただしですね、古いと言ってもこの本も精々一千年ほどです。六千年前の真実を語るには、新し過ぎます。現在の主流を真実として語るには早計です」

 「新し過ぎるって、じゃあその本の価値、言ってみてよ」

 引く気のないアイシャ。今度はフューラに食って掛かった。

 「そうですね、例えるならばアイシャさんの名前を聞くだけで腰を抜かす悪党の持ちうる知識程度の情報しか存在していません。この情報に価値はありますか?」

 頭に大きなハテナマークの出ているアイシャ。

 「ペロ村の山賊の事だよ。あいつらの持っていたアイシャに関する情報に価値なんてあったか? そういう事」

 「うーん……つまり情報としての価値はゼロって事? なんだ、やり直しじゃない」

 「でも考えは正しいですよ。司書さんの所にもう一度行きましょう」

 さっさと歩いていくフューラ。何か掴んだのか?


 「申し訳ありません、この図書館の中で、最も古い書物や、それを集めた一角はありませんでしょうか?」

 腰が低過ぎるぞフューラ。そして見つけたのが、一階の最深部だった。誰も来ない見事に一番奥の角。

 「……あれかな?」

 最初に見つけたのはアイシャ。そしてどう足掻いても取れない高さにある。何せ最深部の棚の更に最上段だ。俺が手を伸ばしても足りないし、俺よりも小さいフューラはいわずもがな。

 「……よし」

 強引な手だが、俺はアイシャを後ろから掴み肩車。

 「えっ! ちょ、ちょっとっ!」

 「じっとしてろよ。落とすぞ」

 「……可憐な乙女をぞんざいに扱って、後で覚えておきなさい」

 「どこの誰が可憐な乙女だって?」「中身三十六歳がうるさいなー」「何か言ったか? レベル1極悪勇者」「なっ! このレベル0種無し異世界人!」「んだと? このスパッツ勇者!」

 「す、すぱ……みぃーたぁーなぁー!!」

 と、力加減も考えずに思いっきり脳天を殴られた。おかげで俺は気を失いかける羽目に。フューラがいなければ倒れていたな。スパッツ履いた女の子を肩車したままぶっ倒れる中身三十六歳……嫌だ。絶対に嫌だ。

 その後俺とアイシャはフューラに怒られ冷静になり、すぐ横にある吊り下げ式で移動可能なはしごの存在を認識する。


 「さすがに年季が入ってるな」

 「およそ三千年前の書物ですね。僕が見た書物の中では四番目の古さです。一番古いのは十万年ものですから」

 よく紙が持ったな。さて読書スペースに移り、本を開く。見事に古ぼけているが、しかし三千年もの時間が経っている気がしない。もしかしたら魔法で寿命が延びているのかも。ここは国立図書館だし、そういう魔法が掛けられていてもおかしくはない。


 ――本の内容だが、要約するとこうだ。

 戦争開始の引き金になったのは、女性魔王プロトシアが人類に一部の土地を明け渡すように要求した事だ。しかし実際に引き金を引いたのは魔王ではなかった。魔族の要求を突っ撥ねた人類側から、半ば報復のように宣戦布告をし、魔族側へと侵攻を開始したのだった。

 それでも最初は魔力の強い魔族が圧倒的に勝っていたが、ある時人類側からとても強大な魔力を秘めた人物、後の英雄イリクスが現れた。それからは士気の高揚も手伝い、一気に人類が巻き返し、そして拮抗状態へと突入した。

 進退のない戦争は長く続き、イリクスは事態を打破するために十万の兵と共に魔王の元へと乗り込み、これを打ち倒す。

 その後魔王は自らに魔族の力を吸収し封印する事で戦争の終結及び清算とし、巨鳥ズーの子供へと姿を変え、大空へと消えた。

 戦後、力を失った魔族を率いたのは当の英雄イリクスだった。イリクスは魔族と人類とがいがみ合う事のないように魔族の町を人類側にも作り、そこを貿易拠点とする事で二勢力の再度の衝突を防いだ。結果的に女性魔王プロトシアの要求は叶えられた。

 しかし戦争終結から二千年ほど後、つまりこの本が書かれる一千年ほど前。ついに衝突が起こり、またも人類側からの侵攻が始まった。魔力をほとんど持たなくなった魔族は、最早戦闘の出来る状況にはなく、全てが終わる頃には最盛期の一割にも満たない数になってしまっていた――。


 「……私の知ってる話と全然違う」

 そう一言、頭を抱えるアイシャ。

 「私の知ってる話はね、一方的に魔王が攻めてきて、それを英雄イリクスが単身討ち取ったっていう話。シアが魔力を吸収したのも、イリクスを倒すためだって、そう習った。でも――」

 戦後の事はシア自身も知らないだろうな。……あいつが知ったらどう思うか。

 「現代の勇者さんはこれをどう見る? 真と見るか偽と見るか」

 そのままアイシャは数分、頭を抱えたままずっと考え込んでいた。

 「……ごめんなさい。この話は私に預からせて」

 「分かった」「はい」

 アイシャの様子からして、今までの自分の知識に疑問を持ったのは確かだ。だが、それがどのように変化するかは分からない。それでも兆しが見えた事は評価に値するだろう。

 そして、魔王プロトシアが一方的な侵略者であったと教え込まれている人類にとって、この本は見つかってはならない本なのだな。だからこそあんな場所に隠れていたのかもしれない。現代の勇者に真実を伝えるために――。


 日が傾き出したので帰る事に。

 「司書さんすみません、この本貸し出してもらえませんか?」

 「えっとごめんなさい。今はどの本も貸し出しを中止しているんですよ」

 あら? 三人で顔を見合わせてしまった。

 「あの、私はアイシャと言いまして……」

 アイシャが事情を説明するも、首を縦には振ってくれず仕舞い。

 聞き出した話では、王立図書館の次期館長をどうするかでもめている間に先代館長が亡くなってしまい、席が空いている限りは貸し出せないとの事だった。残念。

 「仕方がない。それじゃあこの本はなるべく厳重に保管してもらおう。紛失したら取り返しがつかない」

 「うん、賛成」



 ――翌日。

 今日から俺はこの王都で職探し。いつまでも税金を食い散らかす訳にもいかないのだ。

 とりあえずはバイト経験もある食堂を当たるかな?


 「……全滅だー」

 本日の分、見事に全滅。アポ無しというのもあったが、何よりも俺がよそ者と分かった途端に手のひらを返されるのだ。……何かあるな。

 凹みながら歩いていると、偶然にもアイシャさん発見。

 「よお極悪勇者」

 「ひゃっ!? ってカナタか。びっくりした」

 後ろから肩に手をやると、思いっきり驚いていた。愉快愉快。

 「どうした?」「こっちの台詞」

 あちらさんも機嫌が悪い様子。まずは俺からだな。

 「俺は、いつまでも王宮にはいられないから職探しだよ。全滅したけど」

 「あはは、ざまあ」

 それを華麗にスルーしてやる。

 「それで、そちらは?」

 「……せっかく近くの洞窟に行って強くなろうとしたのにさ、子供は入るなって追い返された」

 「あはは、ざまあ。痛っ!」

 足を踏まれた。


 「そうだな、今度行く時は俺も連れて行け。俺だってレベル0は嫌だ」

 「……ありがと」

 聞こえるか聞こえないかの小さな声だが、俺はしっかり聞いたぞ。

 「一つ聞いていいか? この街ってよそ者に風当たりが強いのか?」

 「うん。数百年前に、別の国から受け入れた難民が一斉に蜂起した事があってね、それ以来観光以外のよそ者には厳しいんだよ。もちろんそんな事気にしない人もいるから、腐らずに頑張ればきっとうまく行くよ」

 「……ありがと」

 聞こえるように言ってやった。



 ――更に数日後。

 毎日職探しをしてはいるが、やはりよそ者だと分かると苦い顔をされる。明日は北側を狙うか。

 そして本日、あの大臣に審判が下される。俺たちも当事者として呼ばれた。

 「仕事見つかった?」

 「まだ」

 「僕の工房は早ければあと二日で稼動ですよ」

 「いいなー」

 等と世間話をしていると、手錠を掛けられた元大臣登場。

 睨まれるかと思ったが、軽く会釈をしてきた。充分に反省している様子。


 「それでは元参謀大臣リビルによる、不当な監禁行為に対する処分を下す。まず先に、何か申し開きはあるか?」

 あいつリビルという名前なのか。初めて知った。そのリビルだが、少し考えた後、大きく息を吐いた。

 「いえ、何もございません。確かにわしは王に相談もなしに衛兵を動かし、かの者を捕らえ地下牢に監禁した。その上王に対しておざなりな発言もしております。弁明の余地はございません」

 すっかり憔悴しきっているな。


 「そちらから何か言う事は?」

 トム王は俺たちにも発言の機会をくれた。目を合わせた結果、まずはアイシャから。

 「正直、この二人とシアは捕まるの分かりますけど、何で私も? って、未だに思います。……私怨はあるけど、でもトムの側近だった事には変わりないし、長く国を支えてきたのも事実。そこは加味するべきだと思います。だから極刑だけは避けて」

 有情というよりは妥当かな。しかし私怨とは何だろう?

 次に一番長く捕まっていたフューラ。

 「僕は元大臣さんの考えにも一理あると思います。だっていきなり異世界から来たなんて言われたら、普通は警戒しますし、参謀の立場ならばスパイを疑って当然です。ただその方法が間違っていましたね。尋問もせずにいきなり牢に入れるというのは、さすがにやり過ぎですよね? しかし今の彼を見る限りでは、しっかりと反省している。僕から言えるのはここまでです」

 答えを出さないフューラ。また自分は機械だからと言うのであろうが、それは責任逃れに過ぎない事を分かっているのだろうか?

 さて、次は俺だな。

 「俺としては、自業自得としか言えない。裁量は王様に任せますが、命を代価にするほどではないですよね」

 すると最後にシアがリビル爺さんに近付き、その頭に直接乗っかり、そして頭を突付いた。痛そうだがリビル爺さんは不動。

 四回突付くと満足そうに戻ってきたので、シアとしては今のが自分からの制裁なのだろう。牢に入れられた四人分かな。


 トム王は一つ頷き、判決を下す。

 「それでは元参謀大臣リビルには、国外追放を……」「ちょっと待った」

 判決を止めたのは誰であろう、俺だ。

 「一つ聞き忘れていた事がありました。リビルさん、本は好きですか?」

 「……何故今?」

 王様からもリビル爺さんからも、そして横の二人からも訝しげな目線を送られた。

 「まあまあ」

 小さく笑って見せると、リビル爺さんは溜め息を吐きながらも答えてくれた。

 「本は好きじゃ」

 「どれくらい?」

 「……わしはあらゆる本を読む。小説、専門書、解剖白書に児童文学もな。もちろん参謀として知識を蓄えるという意味でも読んではいるが、一番は本そのものが好きなんじゃ。これでよろしいかな?」

 頷く俺。やはり思った通りだ。最初王宮に来た時に、このリビル爺さんの部屋に入った事がある。そこには本が山積みになっていたのだ。そして俺は、この爺さんに一番いい職場を知っている。

 「王様。現在、王立図書館の館長が不在なのは……ご存知のようですね」

 俺の話の途中でトム王の顔色が変わった。さすが若い人は気付くのが早い。さーて俺の役目は終わりだな。


 「それでは改めて、元参謀大臣リビルに判決を言い渡す。あなたには、王立図書館の館長として生涯身を粉にして働いてもらう。これは王の命令だ」

 静かに深々と、それこそ地面にこすり付けるかのように頭を下げる元参謀大臣リビル。これからはリビル館長だな。

 王直々の裁きも下りほっと一息。するとリビル爺さんが俺たちの元へ。

 「……申し訳なかった。何度謝っても足りんだろう。そして、ありがとう。この恩は生涯忘れん」

 輝くハゲ頭が目にしみる。そして笑顔の俺たち。

 「それじゃあ早速依頼を一つ。王立図書館の司書さんに、厳重に保管してもらっている本があります。その写本を作っていただきたい。なにせ三千年も前の本だ、紛失など絶対にあってはならない貴重で重要な本です。お願いしますね」

 「分かった! このリビルに任せてくれたまえ」

 こうして王立図書館の新館長となった元参謀大臣リビルは、その後しっかりと仕事をこなしてくれ、写本の一冊を王宮に寄贈してくれた。これで過去の真実が闇に葬られる心配はなくなった。


 「後はカナタの仕事探しだけだね」

 「うわー言わんでくれー」



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