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第五十六話  勇者の憂鬱

 ――二日目。

 灯台下で叫んだ後、役場に行ってみたらもう誰もおらず、勝手にソファで寝させてもらった。

 「えっ!?」

 なので最初に出勤してきた女性にそれはそれは驚かれてしまった。まー当然ですな。はっはっはっ。

 「おはようございます。部屋借りようと思ったらもう誰もいなくなってたんで、ここで勝手に寝させてもらいました」

 「あ……あー、おかまいなくー」

 それだけか。しかし見ず知らずの男と鳥が役場のソファで寝ていても通報されないとは、平和だ。……うん、そもそも警察ってのがないんだけど。


 ロット家に行く前に、パパさんの持つ畑に寄ってみる事にした。

 「シアはどうする?」

 と聞くと、自ら飛び立ち上空へ。向かう先は灯台方面だな。まあどうせ後で合流するだろう。

 この村は防風林によって住宅地と農地とが完全に分かれており、農地は村の共用と個人所有とで分かれているらしい。共用部分の収穫は村の収益と村人に分配、個人の畑は自給自足や個人売買で小銭稼ぎに使う。小さい村だからこそみんなが手を取り合っているという訳だな。

 畑に到着し、見回すと……分からん! とりあえず近くの人に聞いてみるか。

 「すみません、ギリアム・ロットさんの畑はどこですか?」

 「あーギリアムさんならもっと奥。黄色い旗が立ってるから、そこ」

 「ありがとうございます」

 黄色い旗ね。幸せなのは旗じゃなくてハンカチ。



 ――畑。

 見事に黄色い旗が立っていた。

 「えーっと……」

 道から見回せど見つからない。んー……まだ来てないのかな? と思っていたら、隣の畑の人が俺に気付き、指を差してくれ、おかげで発見。頭を下げておく。

 パパさんは背の高い作物の場所で作業をしていたので、道路から見ると隠れてしまっていたのだ。さすがは小人族。

 「ギリアムさーん」と声を出し手を振ると気付いてくれた。それでは畑にお邪魔。


 「中々立派に育っていますね」

 「三年前から植え始めたんだけど、ようやく成功しましたよ。といっても収穫まではまだかかるけど」

 何が成るのかと聞こうとしたが、よく見ると分かった。これはとうもろこしだ。

 何故分かるのか? 答えは簡単。孤児院に畑があったから。……しかし同じだと断言していいんだろうか?

 パパさんはカゴを持って右往左往。結構重そうなので、ここは一宿一飯の恩義と行きましょう。

 「手伝いますよ」

 「あはは、すみません」

 「いえいえ」

 とカゴを持ち上げると、それほど重くはない。この時点で身長差約三十センチ。なるほど、これが小人族の劣等感を煽るのか。


 「この村は本当静かですね」

 「そうですねー。なんたって灯台しか見るものがありませんから」

 「ははは」

 手伝っていると、収穫後のカゴが置いてある。中身はトマトにキュウリに……色々。

 「あーそれね、アイシャが帰ってきたからという事で周りからのおすそ分けです」

 「という事は、この村には差別や偏見がないと?」

 「うーん……正しくは、なくなった、かな。よし、それじゃあ帰りますか」

 「はーい」

 俺が到着してから三十分ほどで畑作業は終了。俺がカゴを持つ。



 ――帰り道。

 家へ向かって歩いているとシアが降りてきたので肩に乗せる。それを見てか、パパさんが全てを話してくれた。

 「――この村も十年前までは少なからず差別がありました。ある日、アイシャが魔族の息子さんと喧嘩したんです。両者ともに顔にあざを作るくらいの大喧嘩。その結果、どうなったと思いますか?」

 「んー……魔族にも差別があったはずだから……痛み分け?」

 「いいえ。村が取った行動は、小人族と魔族の優劣を付けるため、どちらをより下とみなし強く差別するかという話し合いでした」

 「……失礼ながら、下衆ですね」

 「ははは。でもそう言ってくれるのは、この世界ではあなたくらいですよ」

 よくもまあそれで世界が回るものだ。

 「話し合いには僕らと相手の家族は参加しませんでした。まあ当事者ですからね。なのでここからの話は他から聞いた話です」

 ここからが本番か。


 「話し合いには現国王のトム君も同席していました。そして話し合いが進み、6:4で僕らをより下とみなそうという決議が固まるところで、トム君がこう言ったそうです」

 「――大人は気持ち悪い。人をいじめるのが楽しいなんて、気持ち悪い」

 「一瞬で凍る会場。するとトム君が自ら壇上に上がり、「オレはみんなみたいにはならない」と宣言したそうです」

 あの王様……とんでもないガキだな。

 「たった六歳の子供から軽蔑されてしまった大人たちは何も反論が出来ず、逃げるように解散。以来僕たちや魔族に対する表立った差別行為は消滅。最初はお互いがお互いを監視するようにギクシャクしていたんですが、今では小人族にも魔族にも、普通に接してくれます」

 ……なるほど。何故トム王が側近の参謀大臣に、魔族であるカキアさんを選んだのかが分かった。トム王は小人族に対してだけではなく、魔族に対する差別や偏見すらも同時に払拭する気なんだ。

 だからこの戦争には消極的だし、シアやモーリスについては何も言わない。


 「トム君が王を目指すと言い始めたのは、実はそのすぐ後なんですよ。みんなその理由を察したものの、誰もそれに異を唱えませんでした。何よりも、心のどこかでそうなってほしいと望んでいたんでしょうね」

 ん? という事は……。

 「アイシャはそれを?」

 「知っています。――だからこそなんでしょうね。アイシャは小人族である事にコンプレックスを抱き、どんどん荒れて行きました。それが五年前に、本当に何の前振りもなく突然に学校に行くと言い出したんです」

 あいつの事だ、何かがあったに違いない。……直接聞くしかないか。

 「学校は……ほら、幼馴染の子たちと同じ学校なんですよ。なので寮生活。三年経って帰ってきたら、随分と変わっていましたね。コンプレックスだった小人族という部分を逆に武器にして、しかもミスヒスという力もしっかりと理解していた。後でレイアという子との出会いで変わったと聞かされましたが、本当に別人のようでした」

 「レイアさんは今、鍛冶職人してるんですよ」

 「ええアイシャから聞きました。今アイシャの使っている剣の作り手ですよね。正直頭が下がる思いです」

 やはり今のアイシャはレイアさんがいたからこそなんだな。だからこそ一時、本気で怒っていた。



 ――ロット家。

 パパさんにアイシャが勇者に選ばれた時の事を聞こうかと思ったのだが、その前に到着してしまった。

 「ただいまー」「お邪魔しまーす」

 「はーい」

 昨日泣き叫んだからだろうか、アイシャは少しすっきりした笑顔を見せてくれた。


 「あ、ねーカナタ、こっち」

 と引っ張られた先は……?

 「私の部屋」

 「いきなりかよ! っていうか、何もないな」

 アイシャの部屋は四畳半ほどの広さ。そこに小さなベッドがひとつと、中のほとんど入っていない棚がひとつ、机がひとつ。それだけ。おおよそ人の気配のない部屋だ。

 「王都に行く時にほとんど捨てちゃったからね」

 「教科書は?」

 「あるよ」

 さっきの棚に残っていた本が教科書だった。どれどれ? ……うん、えーと……ボロボロ。折れて破れて落書きだらけ。


 「……そういう事か」

 「そういう事」

 落書きの中に”小人族”という単語を見つけた。それが全てを物語っている。

 「……ふっふっふっ、俺の教科書も負けてなかったぞ! ビンボーだの親無しだの落書きされたからな!」

 「あはは、お互い様だね」

 「いやいや、お前に親のいない人の気持ちは分からんだろ」

 「あー……負けたー」

 「よし勝った!」

 まあ、こんな傷の舐め合いでもしないと水分が出て行きそうなのでね。


 「それで? お父さんと一緒っていう事は、色々聞いたんでしょ?」

 ベッドに腰掛けるアイシャ。俺は床に胡坐。目の高さがぴたりと合う。

 「ああ。この村から差別がなくなった理由、トム王が本気で王を目指した理由、お前が荒れた理由もな。十年前の事があって、お前は自分が小人族であり、差別の対象になっているという事を意識した」

 「正解。……だったら昨日私に聞こうとした内容も分かったよね?」

 意地悪な笑みを浮かべるアイシャ。

 「ははは、やっぱり気付いていたか。あの王様、お前とカキア大臣を利用してこの国から差別をなくすつもりだ」

 「うん。私がそれに気付いたのが五年前。トムが王様を目指してるのは知ってたけど、どうしてかは正直分かってなかった。でもね、いつもと違う行商さんが来た時、お父さんの時だけ値段を上げたんだ。そしてトムはお父さんがいなくなった後、行商さんを言い負かして差額を取り返し、私に渡した。その時に分かったんだ。あートムが王様を目指す理由ってこれなんだって。だったら私も出来る事をしよう、まずは学校に通おうと思った」

 「ギリアムさんは前振りがなかったと言っていたけど、しっかりあったんだな」

 「うん。それだけ私たち小人族にも差別される事への慣れが染み付いちゃってる」


 「……だからね、まさかそれが自分が自分に対して差別の目を向けている事だとは思わなかった。マイスナー商会でその事に気付いて、トムやレイアや、カナタたちみんなに対しても申し訳なくなった」

 「それを俺に言うという事は、この事については自分でどうにかすると」

 「というか、これについてはもう自分の中で整理がついたんだ。私はあくまでも小人族。一番下に見られているからこそ、この戦争を終わらせるっていう役目は私がやらなきゃいけない。それが私に出来る、小人族に対する唯一の事だから」

 軽く笑顔を作ってみせるアイシャ。

 「整理がついたのはいつ?」

 「えへへ、昨日の夜。海岸からの帰りにカナタと目線が合ったでしょ? そしてカナタが叫んで、それを見て、なんていうか……同じなんだなーって」

 同じ、か。


 「……正直に言おう。あの時俺は自分に腹が立った。あの時俺はお前にかける言葉を見失っていた。そしてアイシャと目が合った時、言葉が見つからなかった理由が見えた。自分が父親ではない事を思い知らされたんだよ」

 「うーん……それは違うかなー。多分私のお父さんでも何も言えなかったと思うよ。あの時は、横にいてくれるだけが正解。でもそう思ってくれているのは本当に嬉しいよ。それは私だけじゃなくて、みんなそうだと思う。だから自分を責めるのは駄目だからね」

 「そうだな。……って、立場逆転してんじゃねーか」

 「あはは」

 全くもう、だからこいつから目が離せないんだよ……。



 「ついでだ。他も聞くぞ」

 「……うん。私も一人で悩む事に限界を感じてるから。だからこそこうなったんだけどね」

 さて次は何が出てくるのやら。

 「次は……やっぱりドッボの事。私が初めて殺めた魔族。だけど、あの時の記憶が無いんだ。カナタは倒れていて見てないけど、私暴走してたらしいから」

 (うん)

 シアが頷いた。

 「あはは、やっぱり」

 と言いつつ大きく溜め息を吐くアイシャ。


 「はあ……なんか申し訳ないなって。命を背負うとは言ったけど、いざどうすればいいのかって考えると答えが出ないんだ」

 「今回のドッボ、あれの最後の言葉はお前聞こえていたんだろ?」

 静かに頷くアイシャ。

 「ありがとうって言ってた。私、憎まれはしても感謝されるような事してないのに。それで、着地して思わず逃げちゃったんだ。ドッボの顔が見れなかったんだ」

 「だから手前に引くんじゃなくて下を通って奥に走ったのか」

 「うん。……そうしたらもう、いきなり裏切っちゃったって気持ちになって、頭の中で謝ってたら気を失って……」

 なるほど、だから精神的な負担の限界を超えてぶっ倒れたのか。

 「人の命を背負うって、どうすればいいんだろ」

 「それは俺にもな。……ただ、もうドッボのような人は出さない。これに尽きるんじゃないか?」

 「……うん」

 難しい問題だな。


 と、シアが何か言いたいらしい。

 「紙と書くものあるか?」

 「うん。……はい」

 机の引き出しにあった。どうりで最初のアイシャの家には紙とペンがなかった訳だ。っていうか買えよ。

 さてシアは何と書くのでしょうか?

 「んー……シアが言うと重いな」

 そこには「忘れないのが大切」と。魔王プロトシアも色々と忘れていないのだろうな。

 「うん。シアの言うとおりだよね。ドッボには反面教師として色々教えてもらったから、それを忘れない。そしてもうドッボみたいな人は出させない。……それが命を背負っている事になるのかって言われちゃったら、ちょっと自信ない。けれど、そうする。だからこそ私からもありがとうって思わなきゃね」

 俺よりもシアのほうが上手だな。まあ、伊達に魔王をしてきた訳ではないんだろう。……シアもまた、選ばれた存在なのかもな。



 ――朝ごはん。

 丁度区切りの付いたところで呼ばれた。メニューは俺の出すのとほぼ変わらず。

 食事中、玄関ドアをノックする音。

 「はーい」とママさんが出て、アイシャが呼ばれ、そして俺も呼ばれた。いたのはワイロ村長。そこはかとなく嫌な予感。

 「朝からすみません。実は先日、ここから十キロほど南に行った海岸線に、洞窟らしきものが発見されたんです。王宮に依頼を出す前に、さわりだけでも確かめていただければと思いまして」

 やっぱりか。

 「判断はアイシャに任せるよ?」

 「んー……一時間程度の探索で引き上げます。それでもいいですよね?」

 「ええ構いません。依頼費用をどうするかの判断さえ出来ればいいので」

 この際だ、ストレス発散の材料になってもらおう。



 ――ロム村南の洞窟。

 スクーターなので十分少々で到着した。

 「距離的にはここらへんだけど、えーっと……どこだ?」

 「うーん……あった! あそこ!」

 岩陰に隠れていたが、確かに洞窟が口を開けている。サイズとしてはそのままスクーターで入って行ける程度。といってもさすがに降りるけど。

 「勇者様の判断は?」

 「とりあえず入ってみる。三体分戦って、それで強いと感じたらさっさと引き上げ。分かれ道があっても引き上げる。後は一時間以上掛かりそうならば引き上げる」

 「慎重第一か。まー二人と一羽だもんな。シアはサポートよろしく」

 (任せとけ)


 「なんだこれ……すげー……」

 一歩入ると、その美しさに目を奪われた。岩の隙間や割れ目が青白く発光しており、さながら満天の星空である。しかも天井だけではなく床まで光っているので、まるで宇宙に浮いている感覚。

 さらには大小さまざまなサイズの水晶があちらこちらに顔を出しており、中には俺よりも巨大な水晶もある。一本売るだけで数年は遊んで暮らせそう。

 「珍しい。この光ってるの全部がね、砂粒みたいに小さな虫なんだ。ここまで強く光ってるのは本当に希少。……これ、上手くいけば村の観光資源になるかも」

 「お前から観光資源なんて言葉が飛び出すとは驚きだよ。ならば頑張って進もう」

 「うん。……って、早速お出ましだよ。相手の強さが分からないんだから、普段以上に気を付けて」

 「あいよ」

 出てきたのはラミなんとかチックな、浮遊して移動する青く輝く水晶のようなモンスター。大きさはアイシャくらいはある。水晶の洞窟だから水晶のモンスターなのかな?


 アイシャは剣を構え、俺はトミーガンを握る。相手さんは静かに浮遊しながらのんびりうろうろしている。

 「動かないでね。……来るよ」

 アイシャは小声で警告を発した。その言葉どおり、モンスターは静かにこちらへと進んできた。……まるでこっちに敵意がないようにも感じるが、しかし油断大敵。

 「……」

 アイシャが動かないので俺も動けない。水晶モンスターは静かに俺たちの右側を素通りし、そして左側を通って戻って行った。

 ようやく剣を降ろし、ほっとした表情のアイシャ。

 「……ふう。緊張したー」

 「なんだあれ?」

 「あれね、動くものに反応するんだ。私たちが動かなかったから、あっちからしたら私たちは岩と同じにしか見えない」

 なーるほど。だからアイシャは動かなかった訳か。


 「はあ……まさかこんなところで見る事になるとは思わなかった」

 「珍しいのか?」

 「そこまで珍しいってほどでもないんだけど、普通はダンジョンの深層にいるモンスターで、こういう洞窟にはいないはず。カナタの銃って水を発射するんだよね? だったらあれには効かないよ」

 「水属性か」

 「そういう事」

 ならば俺は戦力外。いっそこの水晶を撃ち出せば、なんて言ったら怒られるか。

 「属性付きのあーいう奴は、決まって固いんだよな。んで特定の属性魔法でないとまともにダメージが通らない」

 「初めてなのに分かってるじゃん。そしてあれには雷か氷の属性魔法しか効かない。私どっちも持ってないんだよね」

 「……試しにやってみたらどうだ? 最初の頃も魔法は覚えてたけど使ってないだけだっただろ」

 難しい表情ながら頷き、実際に試してみるアイシャ。さて?


 「んーと……閃光よ我が剣となれ! かな?」

 閃光、つまり雷属性だが……おっ!

 「で、出来ちゃった……」

 剣が黄色く光り、パチパチと小さく音を立てながらショートしたように火花が散っており、中々に綺麗。

 「感電してないだろうな?」

 「う、うん。ちょっと怖いけど、でも私には影響ないよ。ねえ」「あぶなっ!?」「あっ! ごめん!」

 アイシャが剣を持ったままこっちに振り向いたので、危うく俺が感電するところだった。

 「おいおい気を付けろよ。それきっと生身で触ったら感電死するぞ」

 「うん。これはちょっと危ないよね。気を付ける。それでさ、さっきのとやり合ってみていい?」

 「……俺は構わないけど、別の意味で気を付けろよ」

 「あはは、分かった」

 笑い事じゃないんだけどなー。



 ――奥へ。

 少し進むと、やはりさっきのがこちらへと来た。まるでルートを巡回しているかのようだ。

 「もう一度。閃光よ我が剣となれ!」

 二度目も成功。やはり既に使えるようになっていた事に気が付いていなかっただけの様子。

 さて水晶モンスターだが、さすがにこちらに気付き、横倒しになり頭頂部をこちらへと向け、ミサイルのように突撃してきた。

 「っしゃあっ!」

 相変わらず男らしい気合の声を上げ、アイシャも突撃。俺は残念ながら見ているだけだ。

 アイシャは一切ぶれずに水平切り、そのまま水晶モンスターを綺麗に一刀両断してみせた。

 「おー! やるじゃねーの」

 「……ねえ、おかしい」

 なんだ? 一気に不安になり、駆け寄った。


 「どうした?」

 「あのね、なんていうか……私おかしい!」

 「もっと具体的に」

 その表情は不安というよりも驚き一色に見える。

 「私……強くなってる」

 「……いやいや、そりゃーあのドッボを一刀両断したんだから、その分強くもなるだろ」

 しかしアイシャは首を左右に振った。

 「ううん、そうじゃなくてね、私が思ってる以上に強くなってるの。……怖い、かも」

 自分の力に恐怖心が芽生えてしまったか。

 「……おっと、おかわりだぞ」

 「んもう……」

 さっさと帰りたいといった雰囲気のアイシャ。


 二匹目も先ほどと同じ青水晶のモンスター。こちらを捕捉すると、横倒しになり頭頂部から突撃。

 「さっき見たっての!」

 そりゃそうだ。アイシャはこれまた見事なほど綺麗に上から下まで一撃で半分こにしてしまった。

 「……なんか嫌だ。んー、もう一匹だけ倒したら帰ろう」

 「分かった。お前の言うとおりにするよ」

 ”怖い”から”嫌だ”になった。何となく強さは理解したけど、不明瞭な点が多過ぎてコノサーに鑑定してもらうまでは力を使いたくない、といったところだろう。


 三分ほど進むと、今回最後の三匹目を発見。見た目は前二匹と同じだが、色が違う。青ではなく白く、そして透明度が高い。向こうが透けて見えるほどだ。

 「あれは属性が違うんだろうな」

 「んー……正直分かんない。あんなの初めて見た」

 「ならば全力で行け。ぶっ倒れたら運んでやるよ」

 「あはは、分かった」

 笑った顔から一瞬で真剣な表情へと変わり、大きく深呼吸をしたアイシャ。

 「ふぅ……よし。白き光よ我が力と成せ!」

 「うおっ、まぶしっ!」

 例の光魔法の属性を付与したので、めっちゃ光っとります。周囲の光弾は今回は一個だけ。魔力の入れ具合で光弾の数が変わるのかな?

 そしてその光に反応して白い水晶のモンスターもこちらに気付きやってきた。

 「あの時みたいにはならないようにしないと」

 小さくぼそっと呟くアイシャ。しかし聞こえてます。


 白水晶さんはゆっくりとこちらへと向かってきた。それがまた恐怖心を煽る。

 睨みを利かせるアイシャ。ゆっくりと近付く白水晶。

 「……来る」

 アイシャの小さな言葉どおり、白水晶がその場で高速回転を始めた。

 「はあっ!」

 とアイシャの一撃……弾かれた! あの回転は攻守どちらにも使えるのか。

 「アイシャ、真上から行け!」

 「分かった!」

 扇風機でも横から指を入れると危険だけど、ど真ん中は触れたりする。ただし危険には変わりないのでよい子でなくても真似しちゃ駄目だぞ。


 アイシャは俺のアドバイスどおり大きく飛び上がり、そしてくるっと180度前転し、天井を蹴り飛ばし突撃!

 「んどりゃあっ!」

 相変わらず色気がないな。しかし見事に白水晶の頭頂部に一撃! っと弾かれ俺のところまで飛んで来た!

 「よっ……と。怪我ないか?」

 「うん。手が痺れたけど大丈夫。もう、あいつ何なんだよ全く!」

 「と言いつつダメージは入っているぞ。上よく見てみろ。ヒビ入ってるぞ」

 「んー、本当だ。って危ない!」

 白水晶がミニ水晶を飛ばしてきたので物陰に緊急避難。あいつの攻撃はこういうのか。てっきり魔法攻撃だと思ってたら、完全に物理攻撃じゃねーか。

 「カナタとシアでどうにかしてあいつの視線を逸らして!」

 「よし、任せろ」

 (うん)

 視線ったって目がないけどな。


 アイシャを置いて飛び出す俺とシア。

 「音か動きのあるもので気を逸らさせろ」

 (うん!)

 とシアが取り出したのは……ダンシングフラワーじゃねーか! ハワイアンなメロディーがソングオンしてイエローのフラワーがダンシングする奴だ。東京で捨てたはずなのに、こいついつの間に……。

 「ぷふっ」と後ろで思わずふき出す勇者様。そりゃーこんだけ緊迫した雰囲気の中、ダンシングフラワーなんて出てきたら笑うよな。

 白水晶もダンシングフラワーの妖艶な腰振りに見とれて……おいおい、一緒に踊り始めたぞ。緩やかに回転しながらダンシングフラワーに負けじと揺れている。

 「ぶふっ、あはは!」

 あーぁあ。しかしお構いなしに白水晶は踊って……ありゃ? ダンシングフラワーが止まっちゃった。そして白水晶も残念そうに止まった。

 「アイシャ!」

 「あ、そうだった!」

 と飛び出し空中で魔法を唱え眩い光と共に白水晶に一撃……したのかな? 眩しくて目を瞑ってしまい、瞬間を見損ねた。


 バリイイイン!!

 という、ガラスが盛大に割れたような大きな音がして、さらにはボトンという重たい物が落ちた音。

 眩んだ目が慣れてきたら、見事にアイシャは白水晶を倒していた。……あれ?

 「……うっ……うっ……」

 「おいおいここでは泣くな堪えろ」

 「うん……」

 なんともまあ、アイシャの剣が柄の部分を残し粉々に砕け散っていた。せっかくのレイアさんの渾身の一振りを粉々にしてしまった事で、アイシャはもう今にも泣きそうなのだ。

 そしてさっきの白水晶がそのまま……じゃないな。さっきの白水晶よりもさらに大きい、俺と同じくらいの大きさの水晶が落ちている。ただし何処かの水晶が折れたのではなくて、これは白水晶のドロップアイテムだ。その証拠に折れたような跡がなく、上下共に綺麗な形。

 ……あれ? でもモンスターがアイテムを落とすのはダンジョンだけじゃなかったっけ? もしかしてもしかするのかも。

 ともかく今は脱出優先。シアにダンシングフラワーと巨大水晶を回収させ、今にも泣き出しそうなアイシャの手を握り、俺たちは洞窟を脱出。



 ――帰宅途中。

 「んうわあああぁああん!」

 もうね、洞窟を出たらすぐにこれですよ。見事なほどに子供が大泣きしているそれ。

 「この水晶を売った金で新しいのを打ってもらおう? な?」

 「うあああん、折ったのは変わんないもー!」

 「……ぶふっ、あはははは!」

 思わず笑ってしまった。

 「うわああん、カナタに笑われたー、んああぁあん」

 それでも泣くのかよ。



 ――ロム村。

 泣いているアイシャは外で待たせて、先に役場へ。

 「――という感じなんで、制圧ではなくて調査で依頼を出すべきかと」

 「水晶の洞窟ですか。……確かに上手く使えば観光資源になりますし、ダンジョンならばこの村にも大きな恩恵をもたらすでしょうね。分かりました。これは熟慮すべき案件ですので、慎重に慎重を期す事にします」

 という事でこちらは完了。

 「報酬という訳ではないのですが」「あーいえいえ、丁重にお断りさせていただきます。それは村で使ってください」

 ワイロ村長がお金を持ってきたので即断った。その金額以上のお宝も手に入っているからね。


 その後はロット家へ。

 「ただいまでーす」「ただいまああぁあん」

 器用だな! そして泣き声を聞いてご両親がどちらも顔を出した。

 「お帰りなさい。えっと?」

 「剣折っちゃったんですよ。親友のレイアさんが打った渾身の剣だったもので、それを折っちゃったから、こんな状態」

 するとご両親も笑った。

 「あはは、そこは昔から変わらないなー。自分で買った物には執着がないのに、友達からの物は大切にする子なんですよ」

 なるほどねー。


 「あ、そうだ。シア水晶出して」

 と、あの巨大水晶をお披露目。

 「うわぁ……え、これを洞窟で?」

 「アイシャが剣を折った相手が落としたんですよ。倒したと同時に剣が折れちゃった感じなんで」

 するとパパさんが手を叩いた。

 「そうだ! これを剣に仕立ててもらいなさい。これだけのものならばきっといい剣に仕上がるよ」

 「おおっ! ナイスアイディア!」

 「……うんっ、そう、するっ」

 決定。こうして俺たちは一旦帰宅する事に――。



次回思いっきり遅れます。

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