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第五十一話  異形の悪夢

 「たいへんでーーす!!!」

 魔族領で魔貴族のワヅキ=サンサーク・エク・ミダルさんと会議中、真っ青な顔でメイドが一人、倒れ込むように飛び込んできた。

 「どうしたのですか?」

 「そそそ外を!!」

 腰が抜けたようになっているメイドさんは震えながら窓の外を指差している。緊急事態だな。俺たちも一斉に窓際へ。

 「……なんだありゃ? でかい……虫?」

 「違うよ。ドッボだ」

 「え!? い、いや待て待て! どうなったらあれがドッボになるんだよ!?」

 「私だって分かんない! けど、あれは間違いない!」

 俺たちの視線の先には、銀色をした背高の虫のような物体。距離が遠く俺からはよく分からないが、アイシャはあれを死んだはずのユチッダ=ドンク・ロー・ドッボだと確信を持って言った。


 何かが光り、ドッボのような物体から煙が上がった。

 「伏せて!」

 フューラが叫んだ。俺たちは一斉に床に伏せる。

 ドオオオオンッ!!

 というとてつもなく大きな音がして、屋敷が揺れた。いや、揺れたでは済まないな。砂煙が部屋に入ってきたので間違いなく砲弾が直撃したんだ。俺たちに被害は無いが、これはまずい。

 「行くよ! ミダルさんたちは逃げて!」

 言うが早いかアイシャが飛び出して行き、俺たちも続く。



 ――屋敷前。

 俺たちは屋敷正面から見て左手にいたのだが、右手側に砲弾が直撃した様子で、二階部分が丸ごと吹き飛んでいる。直撃していたら一気に全滅もあり得たほどだ。

 「あれを何発も撃たれるのはまずい。一気に接近戦に持ち込むよ!」

 俺はスクーターをペンダントのアーティファクトから取り出し跨る。

 「アイシャ乗れ!」

 「頼んだ!」

 アイシャは後ろに立ち乗りを決めた。中々に格好良い勇者様でないの。

 「モーリスはリサさんと一緒に来い。お前は子供なんだから絶対に前には出るな! 死ぬぞ!」

 (うん!)

 よし、戦闘開始だ!



 ――接近中。

 「カナタさん聞こえますか?」

 走行中になんとも冷静なフューラの声。場所はスクーターから聞こえたな。

 「聞こえるよ。無線機能なんて付けてたのか」

 「はい。僕・リサさん・カナタさんの三人での無線交信が可能です。リサさんも聞こえますか?」

 「ええ。カナタさんの声も聞こえていますよ」

 「こちらも確認。……そして奴も確認だ。確かにあれはドッボだな」

 しかしなんだあれは? 近付くほどに分かるその異様な存在。


 ドッボは左上半身と左腕と頭だけを残して、機械化されてしまっている。機械化とは言ってもどこぞのシュワちゃん映画のように機械が人の皮をかぶったようなものではなく、もっと禍々しい、半機械、半生物とでも言えばいいか、人が機械に食われているとでも表現すべきか、とにかく人と機械とが融合してしまっており、接続部分は血の跡と思われるどす黒い色をしている。

 足は長く鋭い爪を持つ六本足であり、間違いなく一撃食らえば死ねる。体の欠損部分も機械化してあるのだが、隙間がありそこから肉や内臓が丸見えで、微妙に動いているのが生々しい。さらに右腕は機械腕になっており、現在はチェインガンのようなものが装備されており、弾丸も大量にぶら下がっている。そして背後には大きな筒が見える。あれが屋敷を破壊した迫撃砲だろう。

 頭部には顎がなく、しかも右頬が少し削れている。アイシャが暴走して切り刻んだ痕も無数にあり、その目は視点が定まっていないように思える。


 悪夢。


 一言で言い表すのであれば、それが一番相応しいだろう。


 「そんな……」

 無線からフューラの声が小さく響いた。アイシャが肩越しに身を乗り出し叫ぶ。

 「知ってる事があんならさっさと教えろ!」

 「……分かりました。あれは僕の世界に存在した負の遺産、Dプロジェクトと同種の技術であると推測されます。Dプロジェクトとは、死亡して間もない、まだ脳へのダメージが少ない死体を使い、機械と融合させる事で不死の兵を作り出そうという狂気の計画です」

 ヤバい臭いがプンプンする。

 「技術としては成功したものの、死者が自我を取り戻すという事例が相次ぎ、そして倫理的にも人の尊厳を著しく損なうものであるとされ、計画は早期に破棄されました。そして……以上です」

 尻切れトンボだな。だがその理由は分かる。その先はオーナー権限の範疇を越えて、開発者権限でないと答えられないのだろう。……とはいえ、そこまで言ってしまえばその先は予想出来てしまう。その狂気の技術を応用して作られたのがフューラなのだろう。言わばあれはフューラの先祖だ。



 ――接触。

 近付けばその大きさに驚く。元のドッボは身長百七十センチ少々だったが、こいつは三メートル近くある。その大半を六本の足で占めており、さながらアシナガグモである。

 「ンヒャハハハハ!! ミダるのやツヲコろしにきたラ、まさカノえモのだ! オレはカエってきタぞ、ユウしゃ!」

 声帯がないのか、首元にスピーカーがあり、そこから声が発せられている。その声はドッボのものであり、機械音声でもある。ハウリングのようなキンキンした高音が混じっており、非常に不愉快だ。そして何よりも口調が違う。こいつ本当にドッボか? と疑うものの、顔も声もやはりドッボだ。

 「ドッボ、どうしてそんな……」

 「どうしテダぁ? ソンナもんキまってルダろ! きさまをぶっこロすたメニ、マオうさまカらアラたなからダヲいたダいたのだ!」

 つまり偽魔王は、少なくとも俺らが今まで考えていた以上の技術力を有しているという事になる。あと一歩で戦闘アンドロイドを生み出せるほどには高度な技術だ。


 「あーん? ……キサま! こノオれをウらぎリヤガったな!」

 ドッボは右腕のチェインガンをモーリスへと向けた。距離的には遠いが、あの口径ならば射程圏内だ。これはまずい。

 「モーリス逃げろ!」

 「わたくしが!」

 リサさんが掻っ攫うようにモーリスを拾い上空へ。しかしドッボはついに発砲を開始。

 「リサさん!」

 「こっちは任せて!」

 かなりの急旋回を繰り返し、巧みに銃弾を避けるリサさん。モーリスが防壁を展開しており、ジリーから聞いた話から数発は耐えられるだろう。しかし数発だ。

 「こりゃー長くは持たないな。さっさと終わらせないと」

 「分かった。カナタ、あいつの後ろに回りこんで!」

 「あいよ!」

 俺たちも移動。


 しかし背後に回り込んでみると、しっかりカメラ付きの銃座がこちらを向いている。しかもあの迫撃砲、下半分が弾薬庫になってやがる!

 「やっべ!」

 スロットルを回し急加速。しかしこちらの走った後を見事に狙撃されており、止まる事が出来ない。こういう時にこそフューラだ。

 「フューラ!」

 「……」

 「おい!」

 「……すみません」

 明らかに沈んだ声。

 「理由は不明ですが、ドッボへの攻撃権を剥奪されてしまいました」

 「なら攻撃以外の行動をしろ! 棒立ちじゃ石ころと変わらんぞ!」

 「はい! ならばせめて盾と……くそっ!」

 珍しく明らかに感情のある声を出したフューラ。つまりただ事ではない。

 「すみません! この戦闘への参加権すらも剥奪されました!」

 「はあ!?」

 どうして一番大切な場面でそんな事になるんだか。


 「どうすんの? このままじゃ私も近づけない!」

 「待て、考える!」

 とは言うが時間がない。武器の破壊に長けたフューラが使えないんじゃ、遠距離狙撃のドッボを無力化する事も出来ないし、リサさんもいつまで持つか分からない。

 「もういい!」と一言、アイシャが飛び降り突っ込んでいく。

 ……なんだ? この物凄く嫌な予感。俺は何かを見逃している。ドッボの左腕は空いており右腕にはチェインガン。背後には自動追尾の銃座がある。迫撃砲だと思ったのはその半分が弾薬庫で……弾薬庫? 弾薬?

 「ドッボおおあ!」

 雄叫びを上げて突っ込んでいくアイシャに、ドッボも右腕を使い照準を合わせてきた。アイシャは普段走る時は剣を横に持つが、今は正面に構えている。……あ!


 俺はその事実に気付き、急ぎアイシャの元へ。

 「間に合えええええっ!!」

 ドッボの右腕は確実にアイシャへと狙いを定めており、アイシャもそれに呼応するように剣を防壁のようにして銃弾を跳ね返すつもりでいる。そう、これが俺の嫌な予感の正体だ。

 俺は左腕を出しアイシャを掻っ攫おうとする。ドッボのチェインガンが回り始めるのが見える。間に合うか? 集中し過ぎて光景がスローモーションのように感じる。あと少し!


 ドドドドド!

 と低い音を立て、大量の弾丸が俺の後方を掠め飛ぶ。ギリギリだ。

 「カナタ!?」

 「喋るな舌噛むぞ!」

 一旦近くの岩の裏へ。しかしアイシャが軽くて助かった。これがリサさんやジリーだったら片腕で掻っ攫うなんて不可能だった。

 「どういう事?」

 「やっぱりお前分かってないんだな。ドッボは実弾を使ってる。レーザーじゃねーんだよ。あれをその剣でまともに受けたら、間違いなく一瞬で折られてお前もろとも蜂の巣だ」

 「……あの弾は剣では防げないって事?」

 「そういう事。だからこそあいつは実弾を装填してるんだろう。技術に疎いお前やこの世界の住人が、レーザー以外でも銃弾は剣で防げると勘違いしている事を見越してな。一瞬遅れてたらお前マジで死んでたぞ!」

 青ざめているアイシャ。


 しかし、どう足掻いてもフューラが動けないのでは進展がない。弾切れを待つという手もあるが、もしもチェスト魔法で弾薬を無数に用意していたら押し負けてしまう。と、岩に銃弾が当たる音。ドッボが嗅ぎ付けたか。

 「フューラ、お前がいないとやっぱり不利だ。攻撃権の剥奪って、システムの故障じゃないのか?」

 「……分かりません」

 「分かりませんじゃねーだろ。んじゃーもしも故障じゃないとしたら……」

 「あっ!」「あっ!」

 フューラと同時に声が出た。

 「ジャミングされてんだな! フューラ、そこからジャマー見えるか?」

 「すみません。装置の捜索自体も戦闘行為の一つでして……」

 「ったくしゃーねーな。アイシャ、えーと……ノッポの機械がないか探してくれ。それを壊せばフューラも戦闘に参加出来る」

 「分かった」

 俺は再度アイシャを後ろに乗せ、銃弾の音が止んだ瞬間を狙い飛び出した。


 ドッボのターゲットが上空のリサさんではなくこちらに向いている。やはりジャマー発見の邪魔をするつもりだな。親父ギャグじゃないぞ?

 とにかく捕捉されてはまずいので、なるべく速く、なるべくランダムに逃げる。それでもギリギリで弾が飛び抜けており、一発当たれば即アウトだ。

 「アイシャ早くしろよ。こっちも長くは持たない」

 「分かってる! ……あった! 白いでっかいキノコ!」

 キノコ? 白くてでっかいキノコ……。

 「モーリス!」

 と無線でリサさんが叫んだ。

 「モーリスさんが勝手にそのキノコへ向かいました!」

 「僕が付きます! 付き添いは戦闘ではないですよね!」

 無理矢理な解釈だな。だが何か出来るのであればそれもよし!


 モーリスとフューラの行動を察知し、ドッボがターゲットを変更した。次は……シアだ!

 「おまエがプロトシアサまのなをカタったとリだな? オまえをテミやげにシテヤる!」

 つまりシアだけでも殺し、成果を持ち帰るつもりか。

 ……これはもしや、ドッボはシアが本物である事に気付いているのかもしれない。いや、ドッボではなくその裏にいる偽魔王が、か。今までの言動と終始視点の合わない目から、このドッボは意識を持たず誰かに操られているだけの可能性がある。それが偽魔王本人であれば、一番に排除したいのは本物の魔王、シアのはずだ。

 「リサさんはシアを抱いて離脱!」

 「はい!」

 俺が言うよりも早くアイシャからの指示が飛び、リサさんは臆する事なくシアへと向けられた対空砲火の中へ突っ込む。そして巧みな身のこなしで銃弾の雨の中シアを捕まえると、猛スピードで海へと向け飛び去った。

 「さすがロデオのリサさん!」

 「ロデオ? あー謝肉祭のか。……嫌な事思い出した」

 「あ、あはは……」


 「ヤってクれたなユウしゃ!」

 「知るか! あんたこそ大人しく尻尾巻いて帰りなさいよ!」

 この中で尻尾があるのはリサさんだけだぞ、というツッコミは無粋か。

 「あっ! せ……」

 「せ? リサさん!?」

 いいところで通信が切れた。もしかして洋上にも敵がいたか?

 「通信圏外に出たんですよ。無線の有効範囲はあまり広くないので」

 「なんだよ驚かせるなよ」

 「おレヲむシスるな!」

 おっと、ドッボさんお怒りである。


 「痛っ……」

 いきなり針で刺されたような痛みが手首に走った。

 「え? カナタ大丈夫?」

 「ああ。ずっと振り回す運転してたから手首をな。これ以上長引くと俺の手首を切り落とす羽目になるぞ」

 もちろん冗談だが、アイシャとフューラにはこれ以上なく効いた様子。

 「カナタは離脱して!」

 「焦るな冗談だよ。でもマジで持たないぞ」

 「うん」

 唐突に静かな返事。恐らくは責任を感じてしまったのだろう。


 「待たせたな!」

 と無線から聞き覚えのある声がしたと思ったら、フューラのライフルと思われるレーザーが飛んできてドッボの背中にある銃座を一撃で破壊し小さな爆発が起こった。

 「うおるああああぁああっ!!」

 男らしい唸り声と共に、なんと白くてでっかいキノコが飛んできてドッボに直撃! ガアアアン! と物凄くいい音がした。そしてこんな事が出来る怪力娘は一人しかない。

 「ジリー!」

 「よっ! なんだい面白い事になってんじゃねーの。あたしも混ぜな!」

 「船は?」

 「シアを庇って停船中だよ」

 そうか、到着したんだな。リサさんの”せ”はセプテンブリオスの事だったか。そして間髪いれずフューラが飛んで来た。その表情は阿修羅の如くだ。

 「よくも僕をこけにしてくれましたね。僕にも僕なりのプライドというものがあります。ここからは本気で行かせていただきますよ」

 うっわーこわっ!



 ――形勢逆転。

 俺はアイシャを降ろし一旦退避。スクーターを仕舞いリサさんに手首の治療をしてもらう事に。モーリスはジャマーを自力で破壊出来なかった事に凹んでいる。

 「モーリス、お前は補助が本業だ。あいつらが何を欲しているのかを読み取り、的確にサポートする。それは俺にもリサさんにも、ましてジリーにすらも出来ない、心が読めるお前だけが出来る事だ。自分の役割をしっかりと把握し、それを完遂しろ」

 (……うん!)

 女の子に見間違えそうなほど可愛い顔のくせに、気合が入ればとても凛々しい表情を見せてくれる。モーリスはやっぱり強いな。それは単純な力ではなく、精神力と運命を掴み取る力がだ。

 「……はい。これで痛みはなくなったはずです。ですがこれは応急処置。この戦闘が終わったら改めて治癒をしますね」

 「ありがとさん」と頭をナデナデしておいた。リサさんの表情? 見てない。だって俺が恥ずかしいもん。


 ドッボ対アイシャ・ジリー・フューラだが、やはりフューラが強い。というかフューラとドッボとの撃ち合いの様相を呈している。先ほどまではあまり動く事のなかったドッボだが、現在は六本の足を使いかなりアクティブに動いており、その暴れ重戦車っぷりにアイシャとジリーは中々手が出せないでいる。

 「リサさん質問。雷の魔法ってないの?」

 「あります。火と風の属性を混ぜると雷になるのですよ。しかし複合魔法は難易度が高く、特に雷はターゲットに狙って直撃させるのが難しいのです。現状を鑑みるに、ここで雷撃魔法を使うとアイシャさんたちまで被弾する可能性があります」

 「なるほど、だから機械相手には一番有効なはずの雷を使わないのか。……じゃあリサさん、水をドッボにぶちまけて。全身ずぶ濡れになるくらいまでやっちゃって」

 「確かに機械は水にも弱いですが……」

 あー、雷の性質までは理解してないのか。

 「水は電気をよく通すんですよ。だから濡らしてやれば雷はそこに落ちる」

 「んー……よく分かりませんけど、分かりました」


 「皆さん離れて! ウォーターポンプ!」

 ドッボの真下から水が吹き上がった。人ならば軽く吹き飛ばされるほどだろうが、さすが大きい機械は重いんだな、ドッボ自体はびくともしない。……というか、これじゃあまるでウォシュレットだ。それでも噴水なので頭も濡れている。

 「行きますよー! サンダーストライク!」

 またそのまんまの名前だ。リサさんの詠唱魔法は捻りのない分かりやすい名前ばかりだな。

 そしてリサさんの手から放たれた雷撃は空気を切り裂き、悲鳴のような轟音と眩い閃光を残し濡れたドッボへと直撃。

 ここまでは予想通りだ。さあドッボにはどれほど効いているのかな? ……大当たりのようだ。ドッボは痺れたように動きを止め震えている。湯気が立ち上っており、間違いなく大ダメージを与えた。

 「フューラ!」「はい!」

 こちらが指示するまでもなくフューラはライフルを構え、引き金を引いた。黒い矢のような銃弾は見事にドッボの右腕を貫き小爆発。

 「……右腕無力化を確認しました!」

 よし、あとは殴るのみ!


 「な!? あんたなにやってんの!」

 驚いた事に、ドッボは自ら左腕を破棄。どす黒い液体が垂れており、正直言って目を覆いたくなる。

 「マだまだ! おレハこんナことデはヤられない! ンオオオオオッ!」

 雄叫びを上げるドッボ。それはハウリングのせいもあり、まるで悲鳴だ。すると左肩から血にまみれたロボットアームが生えた。こいつこんな隠し玉を持ってたのか。

 そしてドッボはそのロボットアームを使い、先ほどジリーが投げ飛ばしてきた白くてでかいキノコのようなジャマーを掴み、振り回し始めた。人で言うところの手首は360度回るようで、軽々とぐるぐるぶん回しており、一撃の威力は相当なものだと推測出来る。

 「ちょっ!? なんでもありなの!?」

 「ナんでもあリだよ! おレはオマえをころセるのナラば、コのいのチ、オしくはなイ!」

 取り方次第では自爆装置の存在も示唆している発言。これは早急に決めるべきだ。


 「足だ! 足の付け根狙え!」

 俺もトミーガン片手に再度参戦。力任せの攻撃とそれに負けない六本足の踏ん張りの強さは特筆に価する。下手すれば銃撃戦よりも強いんじゃねーか? となればとにかくバランスを失わせる事こそが重要。

 さあ俺も引き金を引く! ……ははは、全く効いちゃいねーや。もういっそフューラにアンチマテリアルライフルでも作ってもらおうかな。

 「カナタあれ出して!」

 アイシャからご要望。あれってのはスクーターだな。ならばとことん騎馬として走り回ってやろうじゃないの!

 ネックレスから再度スクーターを取り出し飛び乗り、アイシャを後ろに乗せる。

 「あいつの下通って!」

 「いきなりそれかよ!」

 高さ的には頭を下げればギリギリだが、物凄く危険だな。だがやる!


 走り出して隙をうかがっている最中、ふとかっこいい事をやってみたくなった。

 「アイシャ、通過中思いっきり左に倒して後ろ滑らせるから、頭に入れておけ」

 「そういう事するの……いいねえ!」

 笑っていやがる。これならば俺も大胆に行けるってもんだ!

 「フューラにリサさん」

 「分かってます」「分かってます」

 ほー、声が見事シンクロした。家族一つ屋根の下で暮らした甲斐があったかな? とジリーの体が淡く光った。モーリスが何か補助魔法をかけた様子。

 「タイミングは任せるぞ!」

 「任された!」

 一旦停車、手元のダイヤルを滑りやすいオフロードモードに変更し、一度やってみたかったバーンナウトを決める。……ホバイクだから迫力ねーなおい!

 ドッボは他の三人に気を取られておりこちらへはおざなり。背中のカメラを破壊出来たのが効果的なようだ。


 「……今!」「っしゃ!」

 アイシャの号令でスタート! 運転感覚の違いに一瞬戸惑ったが許容範囲内。一気に近付きアイシャは下げた剣先で地面をこする。黒い雨でも降らせるつもりか。

 「行くぞ!」「うん!」

 もぐり込む寸前ドッボが気付き横を向いたがもう遅い! 俺は車体を一気に左に倒し、後輪をロックさせ滑らせる。ホバーだからどう動くかと不安だったが、これが驚くほど素直に動く。フューラグッジョブ!

 「んならあっ!」

 なんともな雄叫びを上げ、左右中央の足二本を一気に切り倒して見せたアイシャ。こちらはそのまま十メートル近くも滑り無事脱出。

 「すげー格好良いぞアイシャ」

 「終わるまで気を抜いちゃ駄目!」

 と怒られたが、この機に乗じてジリーも左前足へ一撃、思いっきり足が吹っ飛びこれでドッボは移動出来なく……いやいやなんという執念か、三本足で立ちやがった!


 「おレハまだシナん!」

 ここまで来れば最早アッパレだ。

 「うっさい死ね!」

 そしてこの勇者様である。アイシャはスクーターから飛び降りそのままドッボへと一直線。軽々とその眼前へと飛び上がり一撃! ……じゃねー!

 一瞬アイシャの動きが止まり、キノコ型ジャマーの一撃を受けて俺のところまで吹っ飛んできた!

 「っとっとっと! ナイスキャッチ俺。……どうしたよ?」

 その表情は痛みもあるだろうが、別の感情を抱いているように見える。


 「……私最悪だ」

 「なんか分からんが、悔やむのは後にしろ」

 「分かってる! 分かってるけど……だって……」

 唇を噛み、目には涙が滲んでいる。

 「お前が出来ないならフューラに最後の命令を出すまでだ」

 「駄目! だって、あいつ泣いてたんだよ!」

 ……それを見てしまったから手が止まったのか。そういえば先ほどからドッボの唸りが泣き声のようにも聞こえる。機械化されたドッボが、フューラが言っていたDプロジェクトと同一のものであるのならば――。

 「もしかしたらリサさんの雷撃で、自我を取り戻してしまった可能性がある」

 「可能性じゃない。あれは間違いない。私が……私があんな姿にさせちゃったんだ……私のせいだ……」

 俺がアイシャに殺された後、アイシャは暴走してドッボを殺した。それを悔いている訳か。

 「ならば俺にもその責任の一端はある」

 「……違う。違うんだよ!」

 感情的になり袖で涙を拭うアイシャ。違うとは言うが、しかし間違いなく俺にも責任はある。あの作戦を実行せず素直に助け出されていれば、あるいはドッボは生還していたかもしれない。

 ……ならば、今俺が取れる行動はひとつだけだ。

 「アイシャ、よく聞け。ドッボをあの姿のままにはさせておくな。今度こそしっかりと眠らせてやるんだ。それが、お前があいつの命に責任を持つって事だ」

 アイシャはなおも袖を濡らしながらも頷いた。

 死者を蘇らせてはならない。どこかで聞いた言葉だが、それは静かに眠らせておくべきだという意味でもある。あのドッボに自我があり、そして泣いているのであれば、しっかりと安らかに眠らせてやる事こそが勇者としての使命だ。そして俺の取るべき責任の姿は、アイシャにそれを決意させる事。


 アイシャはしっかりと剣を握り、静かに歩いてドッボの正面へ。そして――。

 「ドッボ!」

 アイシャの言葉に応じ、ドッボもアイシャを睨む。

 「……ごめんなさいっ!」

 思いっきり頭を下げて謝った。勢いが良過ぎて鞘が浮くほどだ。それだけ本気で謝罪しているんだな。

 「私、あなたに悪い事をした。……あなたの命を背負ってなかった! あなたをそんな姿にしたのは私なんだ。だから……だから、せめて……」


 次に放たれたドッボの言葉は、俺の言葉以上に、アイシャに決意をさせるには充分なものだった。その言葉は小さく微かなものだったが、間違いなくドッボの自我から発せられた言葉だ。

 「……分かった。私は勇者として、あなたの願いを聞き届けます」

 アイシャは改めて正面に剣を向け、握り直す。

 「白き光よ、我が力と成せ」

 静かなアイシャの言葉に応じ、剣が白く淡く光り、周囲には小さな光の玉が舞い踊っている。綺麗だ。

 「これね、初めて使うんだ。なにせ今覚えた魔法だから」

 戦闘中に魔法を覚えたという事か? それをいきなり使えるとは、さすが。

 「ドッボ! 私はあなたを忘れない。あなたの命、今度こそしっかり背負います! だから……、だから私に殺されろ!!」

 なんとも暴力的で、なんともアイシャらしい優しい台詞。その表情は俺が今まで見てきたどの瞬間よりも精悍で凛々しく、そして本気だ。


 「うおおおおあああっ!!」

 雄叫びを上げ一直線にドッボへと走り込むアイシャ。そして大きく飛び上がり、垂直に剣を振り下ろした。

 決着は、一撃だった。

 あれだけ固かったドッボが、まるで一枚の紙を切ったかのように、見事に頭から地面まで真っ二つ。更には周囲を舞っていた光が鋭い槍となって突き刺さる。アイシャはそのままドッボの下を走り抜け反対側へ。

 ……俺の目線では一撃の寸前、最後にドッボが何かを呟いたように見えた。


 ドッボは天を仰ぎ、そして大きな爆発と共に消えた。文字通り、肉片の一つも残さずに消滅した。これでもうドッボの肉体が悪用される事はない。

 ――奴の最後の表情は、笑顔だった。



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