第四十八話 セプテンブリオス
――帰宅。
夕食後、船を手に入れる条件は満たしたので、この先の事について会議をする事に。
まずはアイシャが軽く手を挙げた。
「最初に、ずっと気になっている事があるんだ。それがこの静寂さ。ドッボの件からもう一ヶ月近くだよ? 何も動きがないってのは逆におかしい」
「確かにそうですね。わたくしが魔族側の立場ならば、ドッボの死を口実に大陸への本格的な侵攻を開始します。なのに実際には大陸内でのいざこざのほうが大きい」
さすがリサさんは本物の王女として国を動かしていた人物だけあって、そっち方面の話にはとことん強い。
うーん、と唸ってしまったところで、動いたのはシアとモーリスのコンビ。ノートに何かを書き、こちらへと見せた。
「けんか……仲間割れって事か。二人は歴とした魔族だけど、魔族同士の仲はどうなんだ?」
(ううん)(うん)
おっと、別の答えが出た。モーリスは仲が悪いと首を横に振り、シアは縦に首を振った。
「ここは……現代魔族のモーリスの意見を取ろう。シアが現役だった頃から六千年も経っているんだから、魔族内での勢力図も変わっているんだろう」
(……うん)
シアも渋々だが納得。というか、呆れてるのかな? これは。
「という事は三つのパターンが考えられる。権力争いをしているか、作戦がまとまらないか、戦争から離反する者がいるか。確か魔族には上位四人の魔貴族がいて、その下に複数の貴族がいるんだったな」
「セ・リーン陛下の話だと、戦争反対派もいるって話だったよね。だったら貴族の中にも離反者がいて、魔族領内でごたついてるって考えるのが自然かな」
「だとしたら、なんとも皮肉だな。大陸七勢力を喧嘩させる作戦が、自分たちが喧嘩する事になっているんだから」
因果応報。往々にして悪意は悪意で返ってくるものだ。しかし善意が善意で返ってくるかと言えば、中々そうは行かないものだったりする。
「次に船を手に入れた後、西回り航路の確立だけど、俺たち全員で行く訳にはいかない。それは分かるな?」
「うん。どれくらい時間が掛かるかも分からない船旅の間、私たちが留守になるのはまずいよね。その間に王都が襲撃されたりしたら打つ手なしだもん」
みんなも頷いた。
「そういう事。つまり俺たちは最小限の人数で船を動かし、かつ留守組は襲撃の際には少ない人数で対処しなければならない。いつだったかアイシャが洞窟内の二又では分かれないほうがいいと言っていたけど、その状況が今回当てはまってしまう訳だ」
「ん? ちょっと待て、あたしらみんな揃ってようやく船を動かしたんだぞ? これ以上人は減らせないって」
不安そうな声を出すジリー。
「それについてのアテはある。魚のホネ焼き食堂と港町マロードだ。食堂の船長ならば漁師にも顔が利くだろうから、そこから人を集められる可能性がある。マロードは素行の荒いのもいるだろうけど、より早く人が集まるはず」
「あ、だったら運送屋さんの伝で海運業の人がいるかもしれませんよ」
「そっちはどうだろうな? なにせ向かう先は魔族領だ。ミイラ取りがミイラになる可能性だってあるこの航海では、企業の社員という立場の人たちを使うのは難しい」
しかしフューラの提案も一理ある。まずは話をしてみるべきか。
次はリサさんが小さく手を挙げた。
「それで、誰が船に乗るのですか? 船員をまとめあげて、しかも魔族に対する侵略者とならないようにしなければいけません。文字通り繊細な舵取りを要求されますよ?」
さてここからが本題だな。
「私はジリーに頼みたい」
「えっ!? ちょ、ちょっと待て! あたしは元死刑囚だぞ? 服役囚なんだぞ!」
そりゃー狼狽もしますわな。俺だって驚いたもん。
「だからこそだよ。ジリーには悪いんだけど、船員を脅すというか、捻じ伏せる役割を担ってほしいんだ。もちろん実際に暴力を働けとは言わないし、そんな事したら私がただでは済まさない。だから……なんていうのかな」
「姉御ですか?」
「あ、そうそう。そんな感じ」
意外だ。リサさんが姉御なんて言葉を知っているとは。
「だって船酔いしなかったのって結局カナタとジリーだけでしょ? カナタは船長って感じじゃないし、それに家にいてもらうほうが私たちも安心すると思うんだ。そうすると力も強くて五十人とやり合ったって言ってたジリーのほうが適任でしょ」
「……アイシャよ、それなんかひどくないか? 俺に対しても、ジリーに対しても」
一瞬考え、あっ! という表情をしたアイシャ。こいつのブラックなところは天然だ。
「それでも、誰かはやらなきゃいけない事だよ」
「……ならアイシャが行けばいいじゃん」
「私は! ……悪いとは思ってるよ。でももしかしたら何ヶ月もかかるかもしれないのに、私が留守にする訳にはいかないもん」
「じゃーあたしならいいって言うのかよ? あたしだって一人は……ともかく、あたしは嫌だ!」
珍しくジリーが感情を露にして、一足先に部屋へと戻っていった。
「私、嫌われたなー」
と一言、溜め息を漏らすアイシャ。するとモーリスがノートに何か。
そこには、かぞく・さようなら・こわいの三つの単語。
「……そうだよね。あーどうしよ」
刑務所では出られる日数が決まっていたが、未知への船旅ではいつまでかかるか分からない。もしかしたら永遠の別れになるかもしれない。それはジリーからしたら、ようやく手に入れた家族を手放してまた一人になってしまう事を意味する。ならば恐怖を感じて嫌がるのも当然だ。
これからの事、船旅の事、そしてジリーを怒らせてしまった事。アイシャの双肩にかかる荷の重さは相当なものだ。
しかしアイシャや俺とは対照的に、最もジリーに近いはずなのに、何故か平然としているのが一人。
「モーリスはジリーと離れる事に抵抗はないのか?」
(――――? ううん)
「会えなくなる訳ではないと確信していると」
(うん)
即答で返した。その確信はどこから来てるんだろうかな。
「……うん、分かった。私はモーリスを信じる。信じてジリーを説得する。……今日はもうお開きね」
言うが早いか、アイシャも自室に駆け上がっていった。さて、どうなる事か。
――夜中。
物音がして起きた。夜襲か? とりあえず銃は持っておこう。
居間を慎重に覗き込む。……誰かいる。月の光に照らされた金髪の女性……?
「ってお前かよ」
「あはは、起こしちまったか。……あ、それもあるもんな」
俺の右手に握られた銃を見て、俺の先ほどまでの心中を察したジリー。
「喉渇いちゃってね。んで明かりをつけるのも悪いかなって思って暗いところで手探りしてた訳。……はあ」
溜め息を吐いているし、あの事もある。
ランタンに明かりを灯し、ソファに座って話を聞いてやろう。
「アイシャに……」
「うん」
「……謝られたぁー」
溶けるようにソファから滑り落ち、へたーっとテーブルに突っ伏したジリー。その滑らかな動きに笑いそうになったが、堪えなければ。
「あたしさー、謝られるような事してないじゃん? むしろわがまま言ったのあたしじゃん。なのに謝らせちゃったんだよー」
たったこれだけで全て分かった。俺の中では以下蛇足である。
「あたしもさー、今回の事の重要性ってのは分かってる訳よ。でもなんていうか……怖いのかなー。散々一人だったのに、また一人になるのがこんな怖いとは思わなくてさー、思わず強く言っちゃったって感じでー」
ここに来て俺の視界にはある物が映し出されている。そしてジリーは這い上がり人に顔を近付けてきた。ってか結構、かなーり近いぞおい。
「なーカナタ聞いてるー?」
「聞いてる聞いてる」
「んもーさーあたしどうしたらいいんだろー」
……間違いない。今近付いた事で俺の嗅覚でも確認した。こいつ暗がりで間違ってワイン飲みやがったな! 誰だこんなところに酒類を置きっぱなしにしたのは! って一人しかないけど!
「あーもう分かったから。朝もう一度アイシャと話せ。な?」
「んーあー……」
駄目だこりゃ。とりあえず部屋に戻るように……遅かった。もう既に寝息が聞こえる。
「全く仕方ないな。お前がこんない酒に弱いとは思わなかっ……っておい」
「んーいーじゃーんよー……んあー……」
うん、えーと、端的に今の状況を説明しよう。俺、膝枕しています。これはあれか、振り向かれたら非常にまずい事になる奴か! いやいや待て待てこのまま朝が来るのも非常にまずい! ここは是が非でもジリーを起こさなければ。
「いいから起きて部屋に戻りなさい」
「うっせ! んー……」
ならば実力行使。……えっと、どうすればいいんだろ? とりあえず体を起させるか。
腕を回しどっこらしょっと起こそうとしたら暴れられてソファから落下。うん、前にもこんな事があったね。そしてジリーのおっぱいは筋肉質です。……なんて場合じゃねーな。
「何やってんのさ?」
「へっ!?」
はい、起き上がるよりも先にミスヒスの勇者様に見つかりました。
「あ、い、いや、こ、これ……は、だな、えと」
「カーナータぁ、あたしアイシャにどーあやまーんにゃー……」
固まるしかない俺と、寝言で的確に心の内をアイシャに伝えるジリー。
「……そういう事。早くそこどけろよ」
「あ、は、はいっ!」
直立不動であります。
「はあ、全くもう。……それで?」
「あ、はい。偶然ですがおっぱい揉みました」
もちろん顔なんて見られない。
「そうじゃなくて。ジリーには何て?」
「いやー、朝にアイシャともう一度話せとだけ」
「そう。……後は私が預かる。ほらー目ぇ覚まして部屋戻るぞー。さもないとガイコツぶつけんぞ?」
「んーがいこつやだー」
と、あっさりとジリーを引っ張っていくアイシャ。すっかりジリーの操縦を心得ているんだな。俺も大人の男性としてジリーの背中を押しつつ部屋まで付き添い。それじゃあ俺も戻ろう。……と思ったらアイシャが顔だけ出して一言。
「揉んだんだー。暗がりで見えなかったのになー」
「……こいつ! いいからさっさと寝ろ!」
「あははは!」
朝が怖いとです……。
――そして朝。
ここが俺の死地だ。
「おはよ……うっ」
女性陣全員の冷たい視線が一斉に降り注ぐ。しかしモーリスはまだ寝ていてここにはいない。唯一の救いである。……いや、孤立無援なのか?
「おはよーさん。あたしのおっぱい揉みしだいたんだって?」
「しだいてはない! ……んーと、事故とは言え、そのー……すまん」
素直に頭を下げるのだが、針のむしろである。
「……ふふっ、あっはっはっはっ! あー話はみんなから聞いて分かってるよ。リサさんが片付け忘れたワインをあたしが間違って飲んで酔っ払ったんだろ?」
「ああ。それで人の膝枕で寝ようとしたものだから、起こそうと思ったら暴れてソファから落ちて、それで……」
非常に気まずい。
「それならば不問にしてやんよ。あたしの父親耐性も随分付いたって事だからね」
首の皮一枚で繋がった気分だ。……ん? 父親耐性? っていう事はジリーから見たら俺は父親ポジションなのか。恋愛対象にはなり得ないのね。ははは……。
「それで? あたしのおっぱいどうだったよ?」
「あー、えー……女性からそういうの聞くか?」
思わず真顔になってしまった。
「あはは! いやね、カナタに揉まれたのってあたしとフューラだけなんだろ? どっちが良かったんだろうって話になってね」
くすくすと隠すように笑う女子連中。なんという勝負をしているんだこいつらは……。
「はあ……前にもこういう事して俺に怒られてなかったか? まー今回は俺が原因だから状況は違うけど……」
「いいじゃん。カナタはどっちが良かったの?」
アイシャまで乗ってくるか。困った連中だな。
……よし、復讐と行こう。俺は一切恥ずかしがらず真顔で語ってやる事にしたぞ。
「フューラはサイズは四人の中でも一番慎ましいが、柔らかさは中々のものだったな。俺としてはフューラほどのカップサイズでも構わないが、男としてはもう少し欲しいだろう。それに比べてジリーは若干筋肉質で固めだったな。サイズは勝っているが、柔らかさでは負けている。総合的に見ればジリーだが、胸だけで見れば、俺はフューラに軍配を上げる」
固まる女性陣と顔が真っ赤になるフューラ&ジリー。ふっふっふっ、してやったり。
「あー……えーと、ごめん」「僕もごめんなさい」
「な、なんか私も、なんか、ごめんなさい」「えと、すみませんでした」(ごめんなさい)
揉んだな。じゃなくて勝ったな。あ、そうだ。
「ついでだからここでひとつはっきりさせておこう。お前らにとって俺はどういうポジションにあるんだよ?」
聞いた後で傷口を広げるだけな事に気付いた。
「うーん、私は……ごめん、仲間以上はない」
「僕にとってはオーナーで、それ以上の感情は求められない限りは持ちません」
「わたくしにとっては兄のような存在でしょうか。恋人という感じではありません」
「あたしにとっては、異性ではあるけど父親だね。恋人じゃーない」
(うーん?)
救いは首をかしげたシアだけか。何ともな結果。
「……飯食ったら船取りに行くぞ」
「う、うん。なんか」「謝るなよ。俺の傷口これ以上広げるなっ」
心では泣いております。
――海賊のアジト。
「ジョージ船長ー……あれ?」
アジトに来たはいいが、見当たらない。
「すぐ来ますよ」
とフューラが一言。すると数秒後にアジトの扉が開き、丁度ジョージ船長登場。
「お、来たか。昨日はすまんかったのー」
「あーいえいえ。お気になさらずに」
船長の目が少しだけ赤いのは、この際見なかった事にしよう。
船長はアジトにある机から一枚の紙を取り出した。
「こういう事をするのは苦手なんじゃが、この通り契約書を用意しておいたぞ。船と島の譲渡契約書じゃ。船名はセプテンブリオス。こやつはヌーメーニア海賊団九代目の船でな、そのまま九月を船名にしたんじゃ。わしらは月に凝る海賊じゃったからのー」
「九代目って、随分と乗り換えたんですね」
「最初はもっと小さい貨物船で始めての、奪った船に次々と乗り換えたんじゃよ。目指せ十二代だったんじゃが、七代目の船がとても扱いやすくてのー、結局あやつは二十年以上も使った。最後は同業者との殴り合いで船体に穴が開いて浸水し航行不能になり、相手の船を奪いその場で火葬した。あれが無ければおぬしらに渡す船は七代目じゃったろうな」
笑顔でガラス越しの船を見上げるジョージ船長。
「あー、だから船を奪う海賊って言われてたんだ。私ずっと疑問だったんだ。海賊ならもう船を持ってるでしょ? なのになんで船まで奪うんだろうって。そういう事だったんだー」
「ご納得いただけましたかな? 勇者殿」
「はい。えへへ」
はにかんだ笑顔を見せるアイシャ。その表情を見ればヌーメーニア海賊団がグラティア近海でどれほど有名だったのかが計り知れる。
契約書にサインするのはアイシャの役目だ。
「……本当にいいのかな」
「今更なんじゃい? お前さんたちにはこいつを使って成すべき事があるんじゃろ? ならばわしに遠慮などいらん。それにこいつもそのほうが喜ぶ」
じっと契約書を睨むアイシャ。その心情は察して余りある。もちろんジョージ船長の心情もだ。
じっくり時間を取った後、アイシャは無言で契約書にサインし、拇印を押した。
厳しい表情のまま契約書を手に取り、ジョージ船長へと提示。
「これで海賊船セプテンブリオスは私たちの所有になりました。もうジョージさんは船長ではないし、私たちに許可なく舵を握る事は出来ません」
言葉が厳しい。でもそれは、船長ではなくなったジョージさんに残る、海賊団や船への未練を断ち切るためなのだろう。
「よし、よくやったな。これでわしも安心してあいつらの元へと行ける」
「それはまだ早いですよ。少なくとも世界が平和になるのを見届けてからにしてください」
「ははは、そうじゃな。後輩の活躍を土産話にせねば、あいつらも寂しがるじゃろう」
アイシャの厳しい表情が晴れた。陸に上がった仲間は次々といなくなった。そういう話を元船長から聞いていたので、アイシャも元気付けたかったのだろう。
「おっと、これも見せておこう。おぬしらは読んではおらんのだろ?」
ジョージさんは十四番目の宝箱に入っていた手紙も持ってきた。
「でもいいんですか?」
「構わんよ。それにおぬしらに関する事も少し書いてあったからの」
どうしようかと目で合図。手を伸ばしたのはアイシャ。
「……それじゃあ拝読させていただきます」
――手紙の内容だが、ジョージ元船長への感謝と文句、そして元船長自身がいつかこの宝箱を回収しに来るだろうという予想が書かれており、その理由すらも言い当てていた。別の紙には十四人の署名もあり、この副船長は見事に全てを予想し尽くしていたのだ。
いや、ただひとつだけ予想が外れていた。俺たちの存在だ。その手紙には、元船長は新たな海賊団を作り、そしてこの宝箱を開けるとあった。残念、俺たちは海賊ではなく勇者とその仲間だ。
これだけが、俺たちがこの副船長に対して「ざまぁ」と指差して笑ってあげられる事だな。
負け惜しみ? 結構な事じゃないか。
――アイシャ所有船舶、セプテンブリオス。
改めて乗船。しかしジョージさんは乗るのを拒んだ。もうこの船セプテンブリオスには乗らないという決意をしたんだな。元船長という肩書きも失礼に当たるか。今後はジョージさんで一貫しよう。
「あんまり中までは見てなかったから、改めて調査だね」
という事で船体調査開始。いつも通りの二人一組だ。
「おっ、船長室めっけた」
という事でお邪魔します。
「私たちだとジリーが船長だよね」
「そういえばジリーはどう返事したんだ?」
「まだ迷ってるみたい。その気持ちは分かるから、もう少し待つつもりだよ」
「そうか」
船長室はベッドと机、そして洋服箪笥など。六畳はないくらいの広さかな? アジトは汚かったがこちらは既に整理された後だ。
さて机には?
「……お? アイシャこれ!」
「ん? ……へえー! そうなんだ!」
俺たちが見つけたのは、この船が海賊船になる以前の資料。この船は元々、フィノス帝国所有の軍艦であり、以前の船名はイデナロックであった。戦歴は無く、この船は先進技術のテストモデルとして造船されたという記述がある。軍艦としての最終航海日は三十三年前だから……ジョージさんが五十七歳で手に入れた船だな。
「こっちには日誌があるよ」
「中には死が一杯書いてあったりしてな。んで読んだら呪われるの。まさに航海日死」
「あはは、どこの幽霊船?」
さてどこのでしょうか? クラスチェンジした後のセーブは禁止な。
日誌にはこの船を入手した経緯も書いてある。
「フィノス近海を航行中、帆を張らずに漂っている一隻の船を発見した。フィノス海軍の旗を発見し戦闘態勢に入ったが、白旗を掲げてきたので一旦手を止める。しばらく様子をうかがっていると、発光信号で救助要請が来た」
なるほど、この船は遭難したのか。
「警戒のためこちらが海賊船である旨を伝えるも、再度の救助要請。放置する訳にもいかず、ついでに武器の強奪も視野に入れて接近。船員を一人こちらに移動させ話を聞くに、どうやら舵の故障が原因で身動きが取れなくなり、既に一ヶ月近くも漂っていたとの事。船内に残るはたった三人で皆今にも死にそうだ。仕方がないので曳航する事にしたが、走り出すとまさか追い抜かれてしまった」
遭難して一ヶ月も漂えば、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。そしてこの船はかなり速い足を持っている様子。
「近くの島に停船し舵を応急修理し、こちらの食料も分ける。しかしこれが失敗だった。相手は軍人、こちらは爺さん。夜の闇に乗じてこちらを屈服させようとしたのだろう。しかしこちらは月の名を冠する海賊団であり、闇夜はむしろ大得意。あっさり返り討ちにしてやり、そのまま小船に乗せて放流。八代目はかなり古い船だったので火葬してやり、この軍艦を九代目の船として使う事にした」
そりゃー、助けてくれた海賊を裏切ればそうなるわな。自業自得というか因果応報というか。
船を手に入れてからはあまり走らせてはいない様子。海賊業には合わない船だったらしいし、歳のせいもあり、この船を手に入れた頃には随分と大人しくなっていたようだ。
「という事は、それほど痛んでいる訳じゃないんだね。いい船を手に入れられたみたい」
「海賊船ではあるけどな」
「元、海賊船ね。今はこの私がオーナーなんだから!」
ドヤ顔いただきました。
甲板に出て他とも合流。
「……あれ? リサさんどこ行った?」
「あそこですよ」
フューラが指差した先は……本当この王女様どうにかならんのか? 帆の上にある見張り台で高いのを楽しんでいる。ナントカと煙は高いところが好きってな。
「おいそこの馬鹿王女!」
「――?」
笑顔を振りまいている。……よし。
「水玉パンツが見えてるぞー!」
「見ないでくださーい!」
スカートを押さえながら飛び降りてきた。もちろん魔法で軟着地。
「次そういう事したら耳で遊びますからね」
「み、耳はやめてください。……ごめんなさい」
周りも失笑だよ全く。
それぞれの調査結果を総合すると、やはりこの船は速度に特化した設計であり、そしてかなり綺麗な状態である事が分かった。車に例えれば走行距離数千キロ程度のスポーツカーという感じ。
――アジトへ。
「それじゃあ改めて、ジョージさん。お疲れ様でした」
「……やめんかー、わしこういうの苦手なんじゃよー」
アイシャが頭を下げ、俺たちも続く。恥ずかしがりつつまた目が潤んでいるジョージさん。
「ところでひとつ聞いてもいいかの? おぬしらの次の依頼とは何なんじゃ?」
「グラティアから西回りでの、魔族領への航路確立です。ここから魔族領まで何日掛かるか分からないから、私たちも不安なんですよ。一ヶ月掛かるか、半年掛かるか……」
「一週間じゃよ」
「……えっ!?」
あっさりとしたジョージさんの一言に、思わず全員固まってしまった。
「この船ならば一週間で魔族領に渡れる。最速だと六日じゃったな」
「え、え、ちょっと待って! え、っていう事はジョージさんはこの船で魔族領に渡った事があるの?」
「何度もあるぞ。わしはこの通り魔族じゃからな、魔族領に別荘も持っておる。現在は主にそちらで悠々自適の隠居生活なんじゃよ」
驚きをはじめとした様々な感情が沸きあがってきて、最終的には怒りが込み上げてきた。もちろんこの怒りはどうでもいい怒りであり、ジョージさんに向けるのはお門違いである。
「な……ぁーんだよーもうっ!」
と怒りつつ力が抜けて座り込んでしまったジリー。散々一人になる恐怖と戦い、覚悟を決める段階に来てこれだ。そりゃーそういう反応になって当然。……ん?
「あっ、そういう事か! モーリス! お前これ知ってただろ!」
(えへへ。うん)
「だからあの時、ジリーが船長になり俺たちと離れるという話になっても、身動ぎもせず無事を確信してたのか」
(うん)
モーリスはノートに”おじいさんのかんがえ”と書いた。
「……ジョージさん、あんたも最初から知ってたんだな?」
「んわっはっはっ! 気付くのが随分と遅かったのー。おぬしらが来た時点でその目的は読めたからのー。じゃから、安心して船旅を楽しむといいぞ」
こうして俺たちは、最後の最後に強烈な脱力感に見舞われたのだった。
持病の問題もあり、また執筆速度が落ちております。
なるべく一週間以内に一話をと思って書いていますが、それ以上掛かる場合もあります。




