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第四十二話  豪腕健脚、特急ジリー

 ――ラフリエ、とある屋敷。ジリー視点。

 ネリデスールから飛んだら目の前に屋敷。分かりやすくて助かるね。

 「すみませーん。カジノのオーナーからあっと!?」

 いきなりドア開けるんだもん、びっくりだよ。

 「入れ」

 身なりのいい仏頂面のオッサンが出てきて案内された。

 中に入ると、あーこれはとんでもない相手だと一発で分かる厳戒態勢。これならば追徴金を支払ってでも信用を確保したいってのが分かるね。

 通されたのは応接間かな。

 「少し待て」

 「はいはい」

 偉そうな態度が鼻にかかるけど、まー大物の警護ったらこんなもんだろうね。ほら、カジノの門番もこんなんだろ?


 しばらく待つと扉が開いた。出てきたのは……アイシャよりも少し小さい女の子。耳が横に長いから、エルフ族かな? 身なりは一見して普通。カムフラージュか?

 「初めまして。わたしが荷物です」

 「あ、これはどうも。あたしは」「名乗らなくていいです」

 ……笑顔のない、なんというか氷のような奴だ。

 「内容ですが、わたしをルーディシュまで単身で届けてください。ただし道中転送屋は使わないで」

 「なんでかは、聞いたら駄目なんだろうね。再確認だけど、あたしと荷物さんだけでここからルーディシュまでだね?」

 「はい」

 「……あたし、これだけどいいのかい?」

 念のために服役囚の文字を見せる。

 「わたしを無事に届けてくれるのであれば、誰であっても構いません。人類でも魔族でも、例え殺人鬼であっても構いません」

 こりゃー、とんでもない大物かもしれないね。



 ――出発。

 手を繋ぐか迷ったけれど、どうも信用されていない雰囲気があるからやめておいた。

 「あのー、あたし現在地とか全然知らないんだけど。グラティアから出た事ないし、他の国がどうこうってのは全く知らないんだ」

 「……」

 無言かよ。はあ……仕方がないね。

 「……ここからメセルスタンまでは十数キロ。メセルスタン入国前に一泊して、メセルスタン領内で多分もう一泊。そのあとルーディシュまで抜ける。……ます」

 「……なるほど、二泊三日の行程なんだね」

 「うん。……はい」

 言い直した。中身は歳相応の子供か。


 しっかし暑い。あたしらは川沿いの街道を歩いているんだけど、横を見れば見事な砂漠。確かにあたしは遺伝子操作で異常な身体能力を持ってるけど、暑さ寒さへの耐性は普通だ。

 「疲れたら休むぞ? 遠慮すんなよ」

 「分かってます」

 荷物さんは平気な顔してる。もしかして暑いのには慣れてんのかな?

 ……まあなんだ、無理しないようにあたしも注意して見てやろう。



 ――それから。

 日が落ちてきた。そして一気に冷えてきた。砂漠ってずっと暑い訳じゃねーのか。

 「っくしゅん」

 「ん? 寒いのは苦手かい?」

 「……」

 無言。と思ったらほんの少しだけ頷いた。

 「次の街まではどれくらいかな? そこで一晩明かそう」

 「……ん」

 と指を差した。見ると明かりが灯っているから、あれが今晩泊まる街だね。


 街に着く手前で荷物さんが止まった。

 「やっぱり帰るかい?」

 「……いえ」

 そして歩き出した。なんだろうね?


 しかし街に入るとその疑問がすぐ解けた。

 「よーねーちゃん、その子渡してくんねーかな?」

 いかにもな連中が三人。武器はナイフか。

 「なるほど、こういう事かい。……あたしの後ろに隠れてな」

 「へっへっへっ、素直に渡さねーと」「うっせー!」

 こういうのは先手必勝! と言っても本気で殴る訳にもいかねーもんだから、衝撃波で一人吹っ飛ばしてやった。

 「な……てめーなにもんだ!」

 「山頂監獄の服役囚だよ。元だけどね。それ以上の情報がほしいなら、あたしに勝ってみな」


 さあ、あたしは構えてすらいねーぞ? この馬鹿二人はどう来るかね?

 「……どうせ風魔法だろ。おい!」

 「分かってる。アンティマジック!」

 へー、相手の一人は魔法が使えるか。つー事はあいつからぶっ飛ばすべきだね。

 「くくく、これでお前は魔法を」「使ってねーよ!」

 はい、二人目。


 「なっ!? お、お前本当に何なんだよ!?」

 「だから言っただろ? 勝ったら教えるって。ほら、来いよ。そのナイフは飾りか? それとも元服役囚がそんなに怖いか?」

 「……んのクソアマあー!」

 はいはい、一直線にしか出さないナイフなんざ目を瞑ってても避けられるっての。……っても、そろそろ切り上げるか。

 「んしょっ!」

 とナイフを蹴り上げてやった……つもりが、ナイフ折れてやんの。どんだけ弱いナイフだよ。


 「こぁ……こんな……っ!」「おっと逃げるなよ。一つ聞いておきたい事があるんでね」

 振り向き逃げようとした奴の首を捕まえた。

 「た、助けてくれ……」

 「依頼者は?」

 「言ったら殺される!」

 「言わなくても殺すかもしれねーよ?」

 「ひいいいっ!」

 といったところで荷物さんに服を引っ張られた。

 「離して。依頼者は分かってるから」

 「……わーったよ。十秒で消えな」

 「ひやあああああー」

 いーち、にーぃ、さーん、しーぃ……まーいっか。



 ――翌日。

 宿代は荷物さんが出してくれた。この嬢ちゃん結構金持ちだね。宿の中でも警戒はしていたけれど、何もなかった。短時間だけど寝られたし、二日目も張り切って行きますか。

 「んで、この後の行程は?」

 「この街はメセルスタンとの国境。この後メセルスタンに入って、横切る。……本当は今日中に横切りたいんだけど、多分無理」

 「そっか。……メセルスタンって確かシャックリとかいうのが治めてる国だよな?」

 「はい。……だから、今日中の突破は無理」

 なるほど、この荷物を横取りしようとしているのが、シャックリって訳か。


 さて国境を越える。国境は頑強な城壁で分断されていて、密入国は無理そうだね。……という事は、昨日の三人はラフリエ側の人間か?

 「身分証と宗教証明書を」

 げ、あたしどっちも持ってないよ?

 「わたしが出します。こっちはわたしの奴隷。奴隷ならば名前も宗教もなくてもいいでしょう?」

 「……待ってろ」

 門兵はすぐ隣の小屋に入った。さてどうなるかなーっと思ったらまた服を引っ張られた。

 「ん?」

 と聞き返すと手招きされた。耳を寄越せとさ。そしてひそひそ。

 「……強行突破」

 「マジかよ?」

 「マジ」

 マジかー……違法性ないんじゃねーのかよ……。

 「もみ消すから」

 「そういう問題じゃ……しゃーねーなぁ」

 覚悟を決めよう。捕まらなけりゃ犯罪じゃないっ!


 「行くぞ」「うん」

 荷物さんの手を取りダッシュ!

 「あ! こら! 密入国者だ! 捕まえろ!」

 ……と、門は突破したものの、この荷物さん足遅っ! 文字通りのお荷物じゃねーか!

 「こういう時は!」「ひゃっ!?」

 子供の扱いはアイシャで慣れてるからね。荷物さんを小脇に抱えて速度を上げる!

 「あ、ちょっ!」「喋るな舌噛むぞ!」



 ――逃走中。

 「馬来た!」「マジか!」

 来るとは思ってたけど! でも今の体勢じゃこれ以上速度を上げられねーな。……よし、一旦屋根に登ろう。

 距離や周囲を確認し、姿を消せそうな場所を探る。次の十字路を折れたら行けるかな?

 「よしっ」

 角を曲がってすぐに屋根に飛び乗り、煙突の陰に隠れ姿勢を低くして警戒。荷物さんの口は押さえておく。


 …………。


 数分後、ようやく兵の警戒が解かれた様子。

 「……ふう。お前なー」「ごめんなさい」

 いの一番に謝ってきた。という事は全て織り込み済みって事か。

 「……騙してました。元から強行突破するつもりでした。兵士に渡したのは偽造証明書で、わたし本当はここを通過出来ません」

 まー用意周到です事。

 「あーだから届けてくれさえすれば殺人鬼でも構わないって言ったのか。それって元から失敗する覚悟だって事だよね?」

 「はい」

 はめられた訳か。……待て、アイシャたちもカジノのオーナーのところにいたよな? って事は、早々にこいつに真相を吐き出してもらわねーとまずいじゃん。


 「よし、ここから先は本当の事を言え。さもないと敵と判断して、お前をここから落とす。二階の屋根から落ちるんだ、ただでは済まねーぞ」

 「……分かりました」

 と一言、荷物さんは自分から落ちようとしやがった。仕方がないから首根っこをひっ捕まえて引きずり戻した。

 「待ーて。お前さ、人の命を何だと思ってんの? お前が人類側だろうが魔族側だろうがどうでもいいけどよ、あたしの前で自分から命を捨てる事だけは許さないからね」

 「……あなたは……なんなんですか」

 荷物さんはすごく不機嫌に聞いてきた。

 「あたしかい? あたしはジリー・エイス。第三勢力である勇者側の人間。アイシャの友達だよ」

 まるで全てを諦めているような表情だったこいつだけど、あたしの正体を知って一瞬表情が驚きに変わった。

 つまりあたしは勘違いをしていた訳だね。この荷物さんはあたしを罠にはめるための餌なんかじゃなく、本当に深い事情を持っているんだ。


 「……わたしは」「やめた!」

 これ以上は聞いても得をしない。いや、損するだけ。だったらもう話はお仕舞い。逃げるが勝ちってね。

 「なーにそんな顔してんだよ」

 荷物さんは、またさっきの諦め顔だ。

 「んで、ここからどっちに行くんだ?」

 「……どう……いう?」

 「依頼受けたんだから終わらせないと金もらえねーだろーが。最初に言っただろ、あたしはここいらの地理には疎いんだ」

 あたしの意図を全く分かっていないね。仕方がない。有無を言わさず肩車して、適当にこの道を真っ直ぐ走っていくか。



 ――再出発。

 「あ、あの……」

 「なんだい?」

 「……この道、真っ直ぐです」

 「りょーかい」

 肩車してるとはいっても、バランス取れてるから結構速度出してるよ。さすがに馬が来られちゃ困るけどね。

 「いたぞ! あいつだ!」

 なんて思っていたら早速か。

 「もっと強くしがみつきな。あたしの目は隠すなよ」

 「は、はいっ!」

 んー他に方法ないものかね。いっそ荷車引くほうが速いかも。って言ってもそうそういい具合に荷車が捨ててあるなんて事はないからね。現実は非情なんだよ。


 「馬!」「マジか!」

 またか。……仕方がない。

 「全力で走るから、振り落とされないように自分で工夫しな!」

 「は、はいっ!」

 あたしが勝つには、馬より速く、そして長く走る事。まー無理難題だ事。しかし、やるっきゃねーよな!

 荷物さんは肩車からおぶった状態に位置を変えた。やっぱり肩車じゃ安定性がないし、位置が高いからね。

 「馬六頭!」

 「りょーかいっ!」



 ――山道。

 いくら走っただろうか。気付けば兵は追うのを諦めていた。そしてここからは山道。

 「ここからは自分で歩きます。よっ、うわっ」

 「ん? あはは、揺られっぱなしだったから感覚が狂ったんだね。ほら」

 振り向いたら荷物さんが転んでいた。手を差し伸べて立たせる。

 「……あの……あ、ありがとう……ございます」

 「なんの。あたしはただ、あたし自身が捕まらないように逃げただけだからね」

 笑ってやると、向こうも安心した様子。

 「……ぷふっ」

 「えーなんだい、いきなりふき出すって失礼じゃないか」

 「あはは、ごめんなさい。なんていうか、安心したというか、そうしたら、笑えてきちゃって。あはは」

 こいつも子供らしい笑顔出来るんじゃん。おかげでこっちも安心した。

 さて山登り開始。


 「わたしの名前、シュンヒ・レクァといいます」

 「へえ」

 「……驚かないんですか?」

 「なんで?」

 不思議そうな顔でこっちを見る荷物さん。つまりはこいつ、有名人なんだな。

 「わたし、ラフリエの大統領の孫娘なんです。二代前のなんですけど。……本当に知らないんですか?」

 「知らないね。……ってか、あたしの事知らないの?」

 「え?」

 あーなるほど。お互いがお互いを知らないんだね。

 「あたしはこの世界の人間じゃないんだよ。だからあんたの事は何も知らない。聞かなければそれで終わると思ってたんだけど、あっさり名乗ってくれちゃうんだもんなー」

 「あー……ごめんなさい」

 「謝る事じゃないからいいよ」

 そうか、それだけ有名ならば国境を越えるのも楽じゃないのか。

 「あ、言っておくけどそれ以上は何も喋るなよ? あたしを巻き込むな」

 「はい」


 山道はそれほど急坂でもなく、一応は整備されている。たまにすれ違う人もいるし、よく使われる道のひとつなんだろうね。

 「残りはどれくらいだい?」

 「あ、えーと……この山を越えて川を渡ると国境です。でも山の頂上で一泊する予定です」

 まだ昼にもなってないのにそんなところまで来たのかい。……こりゃー、今日中に着く選択肢もあるね。


 進んでると、馬に荷車を引かせているジイさんに声をかけられた。

 「もし、どこまで行くのかね?」

 「あー……山頂まで」

 「ならば乗っていくといい。私も山頂に行くからね」

 「いやー」「遠慮はいらないよ。さあどうぞ」

 荷物さんと顔を見合わせる。

 「……お姉ちゃん、わたし疲れた」

 「お、おねえ……分かったよ。それじゃあお言葉に甘えます」



 ――山頂へ。

 荷馬車にのんびり揺られるあたしと荷物さん。

 「何でお姉ちゃんなんだよ?」

 一応ひそひそ声で聞いてみた。

 「もしものためです。疑われたくない」

 「なるほどね」

 まあ……姉妹には見えないけどね。せいぜい髪の色くらいか?


 しっかし荷馬車は楽でいいねー。あたしもカナタのスクーターみたいにフューラに何か乗り物を作ってもらおうかな?

 と思っていると、ガタン! といい音がして荷馬車が停車。

 ジイさんが降りて何か車輪を見ている。

 「あーこれはまずいね。すまんが手伝ってはくれんか?」

 「はいはい。どうした?」

 見ると車輪が窪みにはまって抜け出せなくなってる。

 「荷台に角材があるから、それを」

 「はいよ」

 少しでも軽くするために荷物さんを降ろし、荷台に乗り角材を探す。……あった。ついでに隠れるようにナイフもあった。


 「これでいいかい?」

 「ああ、それでいい。そしてお前さんにはここで降りてもらおう」

 荷台から顔を出すと、ジイさんが荷物さんの口を押さえて羽交い絞め。もう片方の手にはナイフが握られてる。こいつ、やってくれたね。

 「おっと動くなよ。私たちにとってはお前なぞどうでもいい。ただこいつが死んで、お前が口を閉じればそれでいいのだよ。分かったらお前は去れ」

 ……こいつ馬鹿か? 答えをまざまざと教えてくれてんじゃねーよ。

 さてどうする? 既にあたしの中には荷物を捨てるという選択肢はない。でもこの距離と位置じゃ、あたしが動くより前に荷物にナイフが刺さる。アイシャならば速いから間に合いそうだが、あたしには無理だ。


 荷物さんは暴れる事もなく、むしろ早く殺せとでも言いたそうなほど静かにしている。……腹立ってきた。

 「……ふんっ、仕方がないね」

 「聞き訳がいいな」

 「なあーに、あたしはそいつとは違うからね」

 あたしの予想以上に驚いた表情をしたジイさん。荷台から飛び降りたあたしはニヤリと悪どく笑い、こう言い放ってやった。

 「あんたが何故狙われてんのかは知らねーけど、あっさり命を投げ捨てられる度量があんなら、まずは死に物狂いで進んでみな。例えそれが失敗だとしても、死ぬよりはマシな光を見れるぜ?」

 「何を言ってるんだ?」

 ジイさんは訝しげだが、あたしの言葉の矛先はお前じゃねーよ。

 「あたしは進んだ。父親を殺し、何人もを傷つけた。それが失敗かどうかは分かんねーけど、少なくとも今は光を見ている。だからあたしは更に先へと進む。もっと綺麗な光を見たいからね。荷物さんはどうだい? 周りの大人の意見ではなく、自分の意思で最初の一歩を踏み出した事があるかい?」

 目線が下がった。それが答え。


 ――と思ったが、この荷物さんはやっぱり大物だった。あたしの予想を超えた大物だ。

 唐突に大暴れし、口を押さえているジイさんの腕を強引に振り切り、叫んだ。

 「わたしに自由なんてない! 踏み出さないんじゃない! 踏み出せないんだよ! そんな事もわかんないのかボケえええええっ!!」

 ……わお。抵抗する間に隙が生まれるのを狙ったつもりが、まさかボケと叫ばれるとは思わなかったよ。でもおかげで馬は逃げるしジイさんは固まってる。今だね。

 あたしは素早く駆け寄り、ジイさんのナイフを蹴り上げた、……不思議な事に、このナイフもあっさりと折れた。脆弱過ぎねーか? あとはジイさんの腕を掴み、力任せに振り回すだけ。これであっさりと荷物の奪還成功。

 「さてジイさん、あたしらは命を取る気はないから、大人しく回れ右でお帰り願おうか」


 「……ふふっ、こうなる事も織り込み済みなのだよ! ウォーターポンプ!」

 荷物さんの腕を引き緊急回避。

 水柱が上がったから水圧で吹き飛ばす魔法なんだろうね。さあ相手は魔法使い、あたしとは相性最悪だ。しかも距離が開いたから余計に不利と来た。

 「ねえ!」

 荷物さんの指差すほうを見ると……囲まれてる。こりゃーマジでヤバい。何かないか? 何か……ん? そうか、これがあった。

 「絶対にあたしから離れるな。腰に手を回して強く張り付きな」

 「う、うん」

 あたしが取り出したのは、フューラが作ってくれた……なんつったっけ? パイなんとか。着けるのは簡単で、数秒で済む。

 「これね、今回初めて使うんだ。こっからはあたし自身どうなるか知らねーんだよ。……あはは、なに不安そうな顔してんだよ。大丈夫、依頼は完遂するよ」

 頷き腰に張り付いた荷物さん。さて、本当にどうなるかな? まずは……出し惜しみはよくないね、いきなり100%だ!

 「うおるあああっ!」

 と一発地面へ拳を振った。驚いたね。あたしらは十人近くに囲まれていたのに、衝撃波で全員吹っ飛んで地面もえぐれた。フューラがあんだけ焦ったのも頷ける。これは本気で危険だ。人に向けては絶対に使えない。


 衝撃であたしらも軽く飛ばされたけど、無事着地。飛ばされた連中? ボトボト落ちてきたけど死んでないみたいだから無視するよ。

 「よし、一気に国境を越えるよ。ほら」

 「うん」

 また荷物さんをおぶって走る。

 十分ほどで山頂に辿り着いた。時刻はまだ昼の一時。数軒の家がある本当に小さな集落があった。全て商売関係で民家じゃないね。

 「腹も減ったし、なんか食べるかい?」

 「……あの、ごめんなさい。ボケって言っちゃって」

 「あっはっはっ! 今かよ!」

 なんて言っていると、兵士がいた。こちらにも気付いた様子で歩いてきた。

 「まずいね。昼食抜きで一気に国境を越えるよ」

 「あ、うん」

 いつの間にか、「はい」でなくて「うん」になったね。それはともかく、一気に駆け下りるよ!



 ――ダウンヒル。

 こっちは結構な急坂で、道が九十九折になってる。

 「しっかり掴まれ。真っ直ぐ降りるぞ!」

 坂は急だけど木がないからほぼ直線的にショートカット出来る。もちろん安全優先だけどね。

 ほとんど飛び降りるような速さで坂を下っていると、所々で明らかにあたしらを狙っていた兵士がいて、一様に驚きの表情をしている。この数、普通の奴じゃ一人での突破は不可能だ。それを考えると、この荷物さんはそもそもこれを突破出来ないようになっていたんだろう。捕まるのが正解と言えばいいか。

 「なあ」

 「は、はいっ!」

 「お前さんは捕まるのが正解なのか?」

 「……だと思います」

 やっぱりね。こいつも自分の命を大人の道具にされている事を知っている。ならばあたしは、最後に答えを聞いてみる事にした。答えを聞くまでは動かない事にした。

 「よっと。なあ、選んでくれないかな? このまま国境を越えるか、ここで捕まるか。もう分かってんだろ? ラフリエからもメセルスタンからも、そしてルーディシュからも歓迎されてないって事」

 「……分かってます」

 「だったら選べ。自分の意思でね。大人の道具になるか、それとも大人の鼻をあかすか」


 「……わたし、ルーディシュの次期王妃になりに行くんです。ラフリエからルーディシュに嫁げば他の国は二国の仲に文句を言えなくなる。それを嫌ってメセルスタンはわたしを捕まえて追い返す気。そしてラフリエとルーディシュは、メセルスタンに内緒でわたしを殺すつもり。そうすればラフリエはメセルスタンを攻撃する口実が出来るし、次期王妃が殺されたとなればルーディシュも参戦出来る。だから、そもそもこの依頼は失敗する事しか計画されていません。成功したらどうなるかは分かりません」

 「へえ。……って事はラフリエにいた奴はメセルスタンの人間で、さっきいたジイさんはラフリエの人間か。そしてあたしらを囲んでいる兵士は、ルーディシュの手先」

 話している最中にもその兵の人数は増えている。既に二十人くらいはいるだろうかな?

 「……わたし、死にたくない! おじいさんが有名だからってだけでわたしまでこんな事を押し付けられるなんて、本当はすごく……すっごくすっごく! イヤ!!」

 本音を出したね。

 「ならば選びな。あんたの選んだ道まで、あたしが送ってやんよ」


 じっと考えている様子の荷物さんが、ふいにあたしに抱きつく力を強くした。

 「決めました。目的地はルーディシュ。わたしは王妃じゃなくて、女王になってやる。そして復讐してやる。わたしを道具にした大人に復讐するんだ。私の選んだ道、面白いでしょ?」

 「あっはっはっ! 最高にファンキーだよ! それじゃー行くぜ? しっかり掴まれ、次期女王陛下!」

 「うん!」


 こうしてあたしは依頼を完遂、もとい失敗してやった。包囲網を突破しルーディシュ入国後、すぐさま転送で直接王宮に乗り込み、セ・リーン女王陛下に謁見。

 あのババア、数分固まって動かなかったんだぜ? 全く楽しい終局だったよ。

 「今度は友達として、お姉ちゃんの名前を聞かせてください」

 「ジリー・エイスだよ。荷物さん」

 「あはは、わたしはシュンヒ・レクァ。わたしは一歩を踏み出せました。このまま進んで、いつかジリーさんに追いつきます」

 「ああ。期待してるよ」

 まさかあたしに、こんな友達が出来るとはね。



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