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第三話    勇者レベル1

 「グァオオオオッ!」

 「な、何だ?」

 ペロ村を後にし次の町へと移動中、突然何者かの咆哮が轟いた。


 「隠れて!」

 アイシャに突き飛ばされるように木の陰へと逃げ込む俺たち。

 「何なんだよ、説明してくれ」

 「静かに! ……まずいなー」

 慎重に道の先を睨むアイシャ。俺も慎重に見てみよう。

 すると体長三メートル以上はあるか、緑色の皮膚にブヨブヨに太った体。いわゆるオークだな。それが一体、地響きと共に登場。さすが異世界。

 「勇者ならばぶっ倒せるんじゃないのか? 山賊は思いっきり吹っ飛ばしただろ?」

 「それは、そうなんだけど……」

 なにやら躊躇しているアイシャ。

 「俺を気にしてるのか? それとも怖気づいてるのか?」

 冗談めかして言うと、アイシャの気にさわった様子。

 「……何その言い方。いいよ、勇者らしい所見せてやろうじゃないの!」

 きっと俺の安全性を考えて、戦わずに済むならばそれがいいという判断だったのだろう。悪い事を言っちゃったな。


 アイシャは一人森から出て剣を構えた。相変わらず様になっており、格好いい。

 そして初めてまじまじと後姿を見たので、鞘の構造が分かった。あの体のサイズなので上からは抜けないのだろう。刃はガードされているが刀身は丸見え。機械的にロックされており、剣を引くとロックが解除され、上からではなく手前側に持ち出せる構造になっている。

 近い構造といえば……額縁の裏側だな。カバーが剣であり、裏側の止め具が機械的に連動して動く事で鞘の役割を果たしている。あれならば小さなアイシャでも簡単に剣を取り出せる訳だ。


 さて肝心の戦闘に目を移す。

 オークはアイシャを視界に入れると、ゆっくりと向かってきた。こん棒などの武器は一切持っていないが、アイシャとの対比で物凄く強そうに見える。

 ……よく見ればアイシャは何かぶつぶつと独り言。あれか、呪文か! 目の前で魔法が見られるのか!

 「うおあああああぁぁぁー!」

 可愛くも立派な雄叫びを上げ突撃するアイシャ。これが本物の勇者というものか!


 カァーーン……。

 「ええええっ!?」

 虚しく響く金属音。アイシャさん、剣を振り下ろす間もなくオークに殴り飛ばされました。もしやアイシャって弱い? それともオークが強いだけ?

 しかし混乱する間もなくオークはアイシャに近付いていく。これはいわゆる平和なエルフの村にオークが云々……以前にアイシャ、気を失ってるんじゃないか? まずい、死ぬぞ!

 さてどうする俺……と迷っているとシアが翼を広げ臨戦態勢。さすが魔王だな。それで俺の作戦も決まった。

 「シア! オークを森に向かわせろ! 俺はアイシャを拾って逃げる!」

 指示が終わる瞬間にシアは低空飛行でオークへと向かった。そしてオークの目の前で急上昇。これのおかげでオークはアイシャからシアへとターゲットを変えた。


 ……よし今だ!

 オークが森に姿を消すタイミングを狙い全速力。剣を拾いアイシャを小脇に抱えそのまま走り続ける。



 ――十数分後。

 「はあ……はあ……さすがに……いきなりは……きつい……」

 体は十八歳でも、やはり準備運動もなく重い荷物を二つ抱えながらの全力疾走は厳しい。

 俺は息を切らしつつも、広い場所へと出た。酸素不足で脳味噌の回転が鈍ってはいるが、とりあえずは安全そうだ。

 アイシャを木陰に寝かせた所でシアも来た。腕を差し出すと、止まり木のように着地。

 「どうだ? 撒いたか?」

 (うん)

 「そっか。……ありがとな。俺とアイシャ、二人の命の恩人だな」

 (うん!)

 元魔王とは思えないほどに嬉しそうに頷くシア。


 さて、次はアイシャだ。軽く頬を叩いてみる。

 「おーい、アイシャー」

 「……」

 「勇者エシャロットさーん」

 「……んー」

 反応あり。しかも不機嫌そうな顔になった。本当にエシャロットと呼ばれるのが嫌な様子だ。


 「シア、一応周りに危険がないか上から確認してくれ」

 (うん)

 と素直にまた空へと上がるシア。

 この先何度も命を救われる気がする。……頼ってばかりではいかんな。

 「……んー……んあー……ここ……あっ! モンスターは!?」

 狼狽しこれでもかと辺りをきょろきょろ見回すアイシャ。

 「起きたな。オークはシアが森に誘導してくれた。今は上空から監視中だ。……立てるかい?」

 するとアイシャは一気に瞳に涙を浮かべた。

 「ごめん、なさい。私っ……」

 「あーはいはい。詳しくは安全が確保されてから聞くよ。ほら、今は町まで移動する事が先だ」

 「うん……」

 とりあえずは移動優先。手を握り立たせ、少し早足気味に出発。道中シアは上空から監視し続け、一方アイシャはうつむき気味だった。



 ――町に到着。

 「どうにか着いたな」

 安全を確認しシアも降りてきた。この町の名前はシエレだな。周辺地図を見つけたので確認してみると、ここはそれなりの大きさの町で、周囲にはペロ村のような末端の村が点在している様子。

 「まずは私の用事を終わらせてもらうね。ついでだから一緒に来て」

 はいはい、金魚のフンのようについて行きますとも。


 向かった先は一軒のお店。

 「コノサーにちょっと用事ね」

 コノサー? 看板には鑑定屋とあるが、まさか山賊のお宝を拝借した訳じゃないだろうな? RPGの勇者ならば絶対にやってるだろうが……。

 中に入ると質屋というよりは占い屋だった。

 「レベル鑑定お願いします」

 「あい、いらっしゃい。どれどれー……」

 いかにもなおばあさんはアイシャに手をかざす。するとおばあさんの手とアイシャ自身が白く淡く光った。おーこれが本場の魔法か!

 「……はい、終わり。レベル1だね」

 「えー!? せっかく山賊討伐したのにー」

 「人とモンスターとじゃ違うからね」

 うん、とんでもない言葉を聞いた。勇者アイシャさん、レベル1でした。あはは……。


 「お兄さんは?」

 「あー……持ち合わせが……」

 するとおばあさんに笑われた。

 「はっはっはっ、お兄さんよそ者かい? この国では鑑定にお金は取らないよ」

 「そうなんですか。……それじゃあ」

 怖いもの見たさだな。体が淡く光る感覚を知りたくもある。

 おばあさんの手がやはり白く淡く光り、俺自身も少し光っている。しかし感覚的には何も感じないな。少し残念。

 「……んー? うーん……こんな事は初めてだ。レベル0だよ。お譲ちゃんもう一度いいかい?」

 再度アイシャが鑑定された。結果は同じ。

 「魔法がおかしくなった訳ではないね。お兄さんどこから来たんだい?」

 「あーえっと、東にある島国です。といっても知らないと思いますけど」

 「ふーん……まーともかく、お兄さんの事は鑑定不能も同じ、という事だね」

 おばあさん匙を投げました。異世界から来たからなのかな?


 「ちなみに鳥の鑑定は?」

 「鳥? んー……試しにやってみるかい」

 という事でシアを鑑定してみてもらう事に。本人も嫌がらないのでいいだろう。

 「……その子本当に鳥なのかい? レベル測定不能。お兄さんとは違ってあたしの魔力では測定出来ないほど高いという意味だ。全く面白いお客さんが来たもんだね」

 苦笑いを浮かべつつ、お礼を言ってその場を後に。



 ――数分後、町を散歩中。

 「……それで、どうするの?」

 「どうするのと聞かれてもなー。正直に言って俺はこっちの通貨は一銭も持っていないんだよ。王都まで空を飛んでも数日ならば、少し資金調達しないと」

 すると改めて訝しげに人の顔を覗いてくるアイシャ。

 「ねえ、これからの私の質問に嘘は言わないって約束して。さもないと……」

 「はいはい。どうせ信じないだろうけど、嘘は言わないよ」

 一回一回剣を取ろうとするアイシャ。そういう事をするからまた勘違いされて……なんかオカンっぽいな俺。


 質問の波が来る前に、お昼なので何か食べる事にした。今回はアイシャのおごりだが、稼げた時に倍にして返すつもりだ。中身三十六歳は伊達ではないのだ。

 「安いので構わないよ」

 「分かってるって」

 アイシャが買ってくれたのは、様々な具材をクレープっぽい生地で包んだ手持ちの出来る食べ物。確か……。

 「はい、ブリトー。安いしお腹も一杯になるよ」

 「……でもこれってメキシコ料理じゃなかったか?」

 「めきしこ?」

 「あーこっちの話」

 本当に異世界なのかと疑いたくなる一致だが、しかし周囲の人を見る限りはここが地球である可能性はない。ペロ村の犬の人しかり、ミスヒスのアイシャしかり、そして魔法を使える鳥のシアしかり。そして歩いている人の中には、ゲームでよく見るエルフのような人もいるし、より人に近い猫耳の人もいる。……角が生えてる人もいる。


 広場のベンチに座り、ブリトー片手にアイシャからの質問が始まった。

 「まずね、カナタとその鳥、シアだっけ。本当はどこから来たの? 私の事を知らないのは遠くから来たっていうならば分かるけど、ロステレポ以前にポストキーも知らないしお金も持っていないってのは、どう考えてもおかしい。旅人だなんて嘘だよね?」

 「……念を押しておくけれど、嘘は一切言わないよ」

 静かに頷くアイシャ。ついでにシアも。

 「俺は異世界から来た。このシアに案内されてね。だからこの世界の事は何も知らないんだよ」

 さすがに突拍子もない話だ、信じないだろうな。

 「あはは、なーんだ、そんな事か」

 「そうそう、そんな事……って、え!?」

 「ん?」

 笑い飛ばしたアイシャ。まるでおかしいのはこちらの反応であるかのような表情をしている。


 「いやね、俺異世界から来たのよ? なんでそんなあっさりした反応なのさ?」

 「あはは、そうだよね。普通はそうだ。でもね私、もう一人異世界から来た人を知ってるんだよ。名前は……ふぇ? ふゅ? ふゅーてー……忘れた」

 なんだそれ! ってか俺以外にも誰か来てるってか! しかも話を聞く限り俺よりも先に来てるっぽいな。……なんか夢が壊れた。

 「あれ? そんなにがっかりする?」

 「だってよ、世界で一人だけの異世界人のはずが、とっくに一人先着していたとか、残念過ぎるだろ」

 「あー、あはは。確かにそうかもだね」


 「それじゃー次の質問だけど、その鳥は何?」

 「あー……どうする?」

 (……うん)

 シアは隠し切れないと悟っているようだった。

 「じゃあ先に一つだけ約束してくれ。剣は持たない事」

 「いいけど……何かあるんだ」

 一気に疑いの目になった。仕方がないか。

 「……六千年前の事は知ってるか?」

 「うん。人類軍対魔王軍でしょ? 有名過ぎて誰でも知ってるよ」

 「ならば魔王は最終的にどうなったかは知っているか?」

 「確か魔族の力を全て吸収しても英雄イリクスには勝てなくて、力を封印された後に鳥の姿になって消え……鳥!?」

 素っ頓狂な声を出し、飛び上がるように立ち上がると、ゆっくりと後ずさりシアとの距離を開けたアイシャ。やはりこうなるか。そしてシアもすっかり小さくなっている。


 「こいつの本名はプロトシア。六千年前の女魔王本人だよ。紆余曲折あって異世界で俺と出会い、不運が重なって一日で仕事も家も失って、自棄で自殺するかっていうほど落ちていた俺に、シアは異世界でやり直す機会をくれた訳だ」

 「……分かってる、よね? 私、仮にもさ、勇者なんだよ?」

 おっかなびっくりのアイシャ。

 「分かってるよ。でも俺としては、もうこいつにはその気はないと見ているよ」

 ゆっくりと剣に手が伸びるアイシャ。

 「言っておくけれどな、オークにぶん殴られたアイシャの命を救ったのは、このシアだ。こいつがオークの注意を引き付けてくれたおかげで、俺はアイシャを拾えたんだ」

 それでも剣を握り、鞘から取り出そうとするアイシャ。

 「その剣、構えてみろ。怒るぞ」

 言葉とは裏腹にやさしく諭すように言ってみた。するとアイシャも手を止めてくれた。

 「……信じられない。魔王だって事も、魔王をやめたって事も。けれど……今は助けてくれた事、感謝しておく」

 賢明な判断だ。


 「じゃあ次に、こっちからも幾つか質問していいかい?」

 「……うん、いいよ。私も切り替えたいし」

 溜め息を吐きつつ、元の位置に座るアイシャ。

 「ロステレポって何だ? ポストキーって何だ? 王都までどれくらいかかる?」

 「一気に三つ? えーと……まずポストキーね。それを持っているとテレポーターがポストキーを手に入れた場所まで飛ばしてくれる。ロステレポは、ポストキーとは違う場所に誤って転送されてしまう、転送事故の事。王都まではテレポーター使えば一瞬だよ」

 三つとも繋がっていた訳か。そういえばロステレポってロストとテレポートを合わせた言葉だし、ポストキーも自分を投函する場所を示す鍵と考えれば合点がいく。……本当にここ異世界か?

 「ちなみにテレポーターってのは国に従属している転送専門の魔術師の事。さっきのコノサーもテレポーターと同じで、国に雇われている鑑定専門の魔術師。だからどちらも無料で使えるんだよ」

 なるほど、一種の公務員なのか。


 「それじゃあもう一つ。あのオークはレベル1の駆け出し勇者には荷が重かったっていう事でいいのかい?」

 「……うん」

 一気に意気消沈したアイシャ。やっぱりあの時、悪い事を言っちゃったな。

 「ごめんなさい。私が頼りないばっかりに、カナタまで危険な目にあわせた。……でもね……えっと、これは言い訳じゃない。それを念頭に置いてほしいんだけど――」

 「いいよ」

 目を合わせてきたアイシャ。こちらが返事をすると、安心したように少し頷いた。

 「あのね、地上にモンスターが出てくる事なんて滅多にないんだ。洞窟には居ても、外に出てくる事は稀。出てきてもスライムとかゴブリンとか、一般人が棒で倒せるようなのばっかり。だからオークなんて私も見た事がなくて、余計に実力が分からなかった。なのにカナタが焚き付けるんだもん。……乗った私が一番悪いけど」

 「うーん、そういう事か。ならば俺も謝るよ。こっちの世界を知らなかったとは言っても、けしかけるような事を言ったのは事実だからね。だから、ごめん」

 静かに頷くアイシャ。



 ――しばらく後。

 腹ごしらえも終えてテレポーターへ。看板には転送屋とあった。テレポートさせる人でテレポーターか。中は簡素な作り。テレポーターは六十代くらいの初老のおじさんであった。

 「俺は王都へのポストキー持ってないけど?」

 「ははは、大丈夫、私が鍵を持っているから。王都まで飛ばせばいいんだよな? よし、それじゃあ行くぞ」

 そよ風と共に白いもやが掛かり、そのもやが晴れると転送が完了していた。


 「ようこそ、王都コロスへ」

 ……マジか。



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