第三十三話 昨日の友は今日の敵
多国間連携協議から三日、カナタがいなくなってからは六日。私たちは今出来る事をしていた。
私はダンジョンに潜りレベル上げ、フューラは頼まれものを製作、リサさんはアーティファクトの強化、そしてジリーは地道にお仕事探し。
私は覚悟を決めたからなのかレベルが上がったからなのか、ちょっとした特殊能力? に目覚めた。フューラに見てもらったら「自分自身の重力を制御出来る」って言われたけど、言葉の意味はよく分からない。
ただそれが何なのかは分かる。ネリデスールでジリーとやりあった時、私はよく分からない動きをして驚くほど飛び上がった。あれが自在に出来るようになったんだ。……ひとつ見栄を張っちゃった。自在に出来るまではまだまだ練習が必要です。
――王宮、玉座。
夜、急遽トムに呼ばれた。呼ばれたのは全員。という事は緊急事態だね。
「こんな時間に悪いね。実は今朝、ナーシリコとルーディシュの国境にある村が襲撃された。武器は例のレーザーガン。幸い村人に被害はなく、適当に荒らして帰ったらしいんだけど……」
と、カキア大臣が便箋をひとつ持ってきた。差出人は書いていないけど、宛先は私だ。
「開けて」
と言われたので開ける。中には手紙が一枚と、ポストキーが一枚。
「明日、正午」
手紙にはこの二言だけ。ポストキーは……魔族領じゃないかな、これ。
「これどうしたのさ?」
「襲撃した連中が置いていったそうだ。どうするかはアイシャに任せるけど、残念ながらフィノスとナーシリコが話を聞きつけて、既に部隊の展開を開始している。半日以上連絡出来なかったのはそういう理由からなんだ。ごめん」
「トムにはトムのやるべき事があるんでしょ? ならば仕方がないよ」
妨害が入る事はもうとっくに分かってたもん。
「――罠、だよね。これ」
「でしょうね。僕だけ飛んで制圧してもいいですけど」
「それは駄目。フューラは今後、緊急でない限りは私たちの目がないところでの戦闘行為は禁止」
「あはは、分かりました」
フューラは一人でこの責務を担う気だ。それは許さない。きっとカナタもそれを許さない。
「ん? 何か落ちたぞ」
ジリーが拾い上げたのはピンク色の……あっ!
「それ、カナタの髪の毛だ!」
「なるほど、カナタさんは魔族領に捕らわれていたのですね。そして第三勢力である事を宣言したアイシャさんを誘い出すために、その髪の毛を同封した」
リサさんの推測は私と同じ。となれば、罠であっても行くしかないよね。
「行こう。何があるか分からないけど、少しでも可能性があるならば行くべきだ」
私の決定にみんなも頷いてくれた。
「一応警告しておくけれど、魔族領は滅多に人類の行かない土地だ。どうなっているのかは全くの未知数だよ」
「任せなさいって。必ずカナタを連れ帰るから」
絶対にね。
――翌日、織物市場。
呼び出し当日。この日は朝から忙しくなった。まずはリサさんの服が仕上がったので取りに行く。
「どうなってるんだろうね?」
「可愛く仕上がっていると思いますよ」
期待が膨らんでいるんだろうな。リサさんは終始しっぽを振り振り。
お店に着くなり品物を受け取り、早速お着替え。
「どう?」
「んー……ちょっと……見ていただいてよろしいですか?」
という事で私も試着室に潜入。
「んー? ああ、それはこうやって」
「なるほどー」
「あはは、しっぽくすぐったい」
「ほれほれーなんちゃって」
「あはは、もうリサさんったらー」
とやっているうちにお着替え完了。
「じゃじゃーん」
なんて言いつつくるっと一回転。
「うん、可愛い! 羨ましいなー」
リサさんの服装は魔女の衣装を基本としてる。
三角帽子は黄色。つばが広くて垂れ気味で、そこに黒いリボンが巻かれている。ローブは温かそうな白いファーの付いたマント型。服は胸の谷間が見える大胆なデザイン。そして広めのベルトが巻かれて、膝丈までのスカートといった感じ。
全体的に黄色を基調とした、それでいて落ち着きを感じさせるデザイン。耳としっぽはスリットが入っていて外に出せるようになっている。さっきはしっぽ側のストッパーがはまらなくて困ってたんだ。
「サイズはいかがですかな?」
「少し余裕を持って作っていただいたので、問題ございません」
「それは良かった」
店主さんもニコニコ。リサさんもしっぽ振り振りでご機嫌。
――フューラの工房。
「来たよー」
「どうぞー」
カナタが入る時に声をかけていたのがあって、私もそういう癖が付いた。
「あっ!」「おー」
「えへへー。いかがですか?」
またくるっと一回転したリサさん。スカートがふわっと舞うのはきれい。
「うん、いい感じだね。三角帽子から耳が出てるの、個人的に好きだよ」
「可愛いですね。いやー……なんというか、すごく羨ましいです。色んな意味で」
二人からの評判も上々。フューラが羨ましいのは多分、豊満な胸と可愛い服装の両方。フューラはおとなしめの胸に地味な服装だからね。まー戦闘になれば誰よりも露出度が高いんだけど。
「それじゃあこちらも。まずはジリーさんのグローブ」
もうしっかり着けて笑顔だけどね。
「革のグローブに鉄のスパイクを付けて攻撃力を向上、そして拳の保護にもなっています。実はもうひとつギミックを作るつもりだったんですけど、今回は間に合いませんでした」
「重量も全然感じないし、着け心地もいいね。もう少し簡単なのになるかと思ってたから、これだけでも大満足さ」
褒められてフューラも嬉しそう。
「次にリサさんのですね」
「待ってましたあー」
本当に嬉しそうなリサさん。さてどんなものが出てくるのかな……とフューラが持ってきたのは、私の背丈以上ある、いかにも機械って感じの円柱の棒。掴む部分が少し細くなっていて掴みやすくなっていたり、乗る部分がクッションぽいのはフューラの気遣いだね。最後尾には……大きく穴? が開いている。どう見てもほうきには見えないね。
「僕の飛行装置を基準にしているのでこんなデザインになりました。重量も持ち運びに苦にならない程度には軽くて、ジリーさんに持たせて巨大カニを殴った程度ではびくともしない固さを持っています。……どうでしょうか?」
すごく不安そうなフューラ。
「そうですね……ちょっと飛んできますね」
「あっ! ……と説明する間もありませんでしたね。リサさんの性格を失念していました。あはは……」
苦笑いのフューラ。
「仕方ないなー。シア悪いけどリサさんの監視をお願い」
(うん)
リサさんはそれから五分ほどで帰ってきました。肩にはシアも一緒。
「絶好調ですね」
「いいえ。まずは説明を聞いてから試してください!」
珍しく不満を露にするフューラ。調子に乗った事を反省してか、リサさんのしっぽが下がりました。
「はあ……えーとですね、これには機械的に姿勢を安定させる装置が入ってます。なのでかなり無理な動きをしても追従出来るはずです。もう試したと思いますけどね」
「ええ。垂直上昇や背面飛行、縦回転も出来ました」
「……いきなりやり過ぎです。カナタさんがいたら何て言いますかね?」
「うっ……ごめんなさい」
また怒られたリサさん。
「それから現在は切ってありますけど、他にも幾つか機能はあります」
「出し惜しみ?」
「今全てを出したら、リサさんの事ですから絶対に時間には終わらないでしょう? それにまずは使い勝手に慣れてもらわないといけません」
「なーるほど。分かりましたか? リサさん」
「はい……」
すっかり意気消沈。一旦冷静になってもらいさえすれば、いいんだけどね。
「一番の問題点はこれがアーティファクトとして使えるかどうかなんです。これは機械ですからね」
やっぱりフューラはそこが気がかりなんだね。
「……それについてはご心配なく。優秀な器ですよ。ジリーさんのそのグローブもアーティファクトの器です。機械と言えども魔法が効かないだけで魔力は宿るのですよ。懐中時計をアーティファクトとして持っている方もいますから」
「そうですか。それならば安心しました」
「でも今は時間がないので魔力を込められませんけど」
それは仕方ないね。
「あ、そうだ。それの名前は? ただのほうき?」
「うーん……リサさんにお任せします」
「そうですねー……カミエータ。チェリノスの古い言葉でほうき星を意味します。うふふっ、ほうきの名前がほうき星。機械っぽい響きでもありますよね」
機械っぽいって何? ともかく、決まったね。
「今十一時だから、そろそろ心の準備をしよう」
――出陣。
私たちは王宮から飛ぶ事にした。
「よし、みんな行くよ。ここから先は何があるか分からない。何があっても冷静に、そして臨機応変に対処しよう。今回の目標はカナタの奪還と全員無事の帰還だよ。私たちは全員揃って、笑顔で帰ってくるんだ」
「はい」「ええ」「おう」(うん)
王宮の鐘が正午を知らせた。私たちは、本物の戦地へと赴く――。
――魔族領、とある平原。
ロステレポもなく無事全員到着。
「……一見して普通の平原だね」
ジリーの一言に私たちも周囲を見回す。本当に普通の平原に……何か見える。
「フューラ」
「もう監視していますよ。そしてやはり罠でしたね。前方に約三千、後方に約五千」
「分かった。みんな、戦闘態勢ね」
「はい」
私たちの初陣は四対八千という絶望的な数値だ。でも私たちならばやれる。
「あ、待ってください。後方五千は人類軍です」
「……もしかして、この機に乗じて魔族軍の武器を奪うつもりかもしれませんね。そしてその武器で人類側でも内戦が勃発」
リサさんのこの予想はきっと当たり。愚かしい。
「武器ならば僕が全て破壊しますよ」
「待って。なるべくならば穏便に済ませたい」
……無理だろうけど、でもやらなきゃ分かんない。覚悟は決めた。でもなるべくならば私たちの手で人は殺したくない。
「あーすみませんが、良いニュースと悪いニュースがあります」
「結局どっちも変わらないと思う」
フューラに苦笑いをされたけど、その視線は魔族軍の後方一点を見つめたまま。
「良いニュースから。魔族軍の後方にカナタさんの反応を検知」
「生きてる!?」
「ええ」
よかった。謝る機会が失われた訳じゃない。
「次に悪いニュースを。カナタさんは敵将の横にいて、こちらを睨んでいます。つまり、魔族側の手に落ちたと思われます。……待ってください。手招きしてますよ」
手招き……どう取ればいいんだろう?
「わたくしが行きます」
リサさんが声をあげた。
「白い布はありませんか? それを掲げれば攻撃はされないはず」
(はい)
と、シアが取り出したのは……カナタのシャツだこれ。でも丁度いいかも。
――リサさん視点。
たった一人で敵陣の中央を飛び抜けるのですから、これほど緊張する事はありません。
やはり道中、銃口をこちらに向けてくる方も大勢いますね。しかし引き金に指が掛かっていないところを見ると、事前に話が行った上での……つまり、これ自体も罠という事ですか。
「リサさん、聞こえますか?」
「へっ!? フューラさん?」
「あー聞こえるみたいですね。カミエータに無線機能を付けておいてよかった、姿勢を低くしてグリップを強く握ってください。それでブースターが働き一気に加速出来ます。帽子を落とさないようにしてくださいね」
……ぶうすたあって? ともかくやってみましょう。
「姿勢を低くして、グリップを強く握……え?」
後方からなにやら嫌な予感のする甲高い音が。そして本当に一気に加速! 振り落とされないようにするので手一杯です!
「んんんやあああああ!!」
「姿勢を上げるか手の力を少しでも抜けば止まります」
そ、そんな事言われましても、ここで力を抜いたら落ちますよ!
「あ……」
一瞬体がふわりと浮き上がりました。これで振り落とされて終わり……と命の覚悟をした瞬間です。
しかし姿勢が変わったからでしょうか、速度が落ちて問題なくまた跨れました。
「フューラさん! これを本番でいきなり使わせるのは危険過ぎます!」
「あはは……すみません」
全くもう。……おかげで敵将の上空を少しだけ行き過ぎました。
魔族側陣地に着地。やはりどう見てもカナタさんです。横には魔族の男性と、白い子供。
「よう。随分と楽しいものを作ってもらったみたいだな。その服は謝肉祭で買った奴か? 可愛いじゃん」
「ええ」
慎重に、一挙手一投足に警戒を。
「ご説明を、いただけますか?」
「簡単だよ。謝肉祭最終日、俺は捕まった。そして――」
カナタさんは懐からいつもの銃を取り出し、わたくしへと銃口を向けました。
「こうなった」
放たれた一発の銃弾は、わたくしの頬をかすめ飛びました。そして、気付けば全速力で離脱していました。わたくしの胸中にあるのは恐怖。わたくしの頬を伝うのは後悔。
――再びアイシャ視点。
リサさんが物凄い勢いで戻ってきた。
頬に傷を作り、泣いている。
「どうしたの?」
「……っ……カナタ、さん……撃たれ……」
「え、カナタが撃たれた!?」
と思ったらリサさんは頭を振って否定。
「僕からもカナタさんが健在なのは確認出来ています。……そして、トミーガンの銃口をこちらに向けています」
「そうか、カナタに撃たれたんだ。……あいつ、どういうつもりなんだよ!」
「冷静になりな。こういう時取り乱すのが一番まずい。あんたが言ったんだろ? 何があっても冷静に、臨機応変に対処するって。そして」
「カナタを連れ帰る。分かってる。ごめん、感情に流された。……一旦空に上がろう。リサさん大丈夫?」
「……ええ。ごめんなさい。泣いている場合ではありませんものね」
涙を拭い、凛とした表情へと変わったリサさん。そうでなくちゃ困る。
私はリサさんのカミエータに同乗。ジリーはフューラの飛行装置を貸してもらい上空へ。
「上から見るとよく分かるね。……そして両陣営ともこっちの事は無視してる」
「無視というか、魔族側はこうなる事も踏まえての布陣に感じます。つまり、わたくしたちを罠にかけるように見せかけてその実ただの囮。本命は人類軍と戦闘し、相手から攻め入ってきたという口実を作る事」
「……罠にかかったのは人類軍って訳か」
さあどうする私。ここでの選択肢が、私たちの今後を左右する。
「勇者ども! 貴様らの手出しは不要だ! 魔族どもは我々が根絶やしにしてくれる!」
唐突に響いた野太い声。
「何?」
「コロシアムの放送魔法と同じですね。人類軍の大将からのようです」
つまりもう時間がない。いざ戦場に立ってどちらもをいさめるとなると、どうしていいのかが分からない。私はやっぱり半人前だ。
「あー、あー、こちら魔族軍。てめーらに用はねーんだっつーの。さっさとケツまくってママのおっぱいしゃぶりに帰りな」
あはは、カナタの声だ。元気そうでよかった。
「わたくしたちはどうしますか? 放送魔法はわたくしも使えますので、参加は可能ですよ」
「……ごめん、待って。どうするか考えてる」
どうしよう、こんな時カナタならばどうする……。
「戦場は待ってはくれませんよ」「分かってる!」
フューラの言葉に、思わず大きい声を出しちゃった。私は焦ってる。自分の学のなさにも、思慮の浅さにも。
私の判断が遅く、先鋒部隊の衝突が始まった。やっぱりあのレーザーガンで人類側が押される。そして血が見える。冷静に、壊れないようにしなきゃ。
「アイシャさん。僕はオーナーに指示は出来ませんが、ヒントは出せます」
フューラの表情は真剣そのもの。三百年間の戦争の記憶を持つフューラが私に付いてきてくれたんだ。ならば私はフューラを信じる。
「教えて」
「はい。ではまず、目的のない大規模な戦闘の事をなんと言いますか?」
「質問形式!? えっと……殺し合い?」
「正解です。では目的のある戦闘は?」
「……そうか。戦争だ。戦争には目的が必要」
顔を上げた私に、頷くフューラ。
「つまり目的を失わせれば戦争は止まります。しかし僕にはそれが出来ませんでした。僕はあくまで局所停戦用。戦闘を止める事は出来ても、戦争を止める事は出来ませんでした。それは、僕には目的を失わせる力がなかったからです」
この戦争の目的、それさえ失えば……!
いや、でも待って。この戦争は偽魔王と六千年前からの遺恨で出来てる。人類側にも武器と土地の略奪って目的がある。そんなのどうやって……。
「アイシャさん、今アイシャさんは、この戦争自体の目的を失わせようと考えましたでしょ?」
「あ、うん。だって」「違いますよ」
リサさんに言葉を止められた。
「アイシャさんのその目標は、わたくしたちの最後の目標です。しかし今はこの戦場を止める事を優先すべきです。この戦場での両軍の目的は何ですか?」
「ここでの目的? 人類軍は武器の奪取。魔族軍は……脅威を示す事」
「それ以外にも、もうひとつありますよ。名声です。人は名声のためならば人を殺せるのですよ。そしてその名声を得るのは、いつだって兵ではなく大将です」
つまり、武器の奪取を失敗させ、脅威を示せないようにして、名声を潰せばいい。
「よし、決めた。シアは情報収集とサポート。フューラは魔族軍の武器だけを破壊して、リサさんは人類軍の足止めをして。私は魔族軍、ジリーは人類軍の大将を潰す!」
「あはは、また大雑把な作戦だなー。っしゃ! 盛大に暴れてやんよ! アイシャはカナタの馬鹿に蹴り入れてきな」
ジリーは了承。
「わたくしも、ローザクローフィとあだ名された実力、見せて差し上げます!」
リサさんも本気モードだね。
「僕は……すみませんが、命令でお願いします。それから、制限解除と」
少し悲しそうなフューラ。
「ごめん。命令します。フューラは制限を解除して、魔族軍の武器を破壊して無力化」
「はい、ご命令の通りに」
「よし、それじゃあ全員戦闘開始!」
私が背負うべき罪はまだまだ増える。こんな所で凹んでたまるか!




