第二話 極悪勇者登場?
現在は犬の村。見張り役の山賊が声を荒げたので、皆大集合したところ。
「あの、依頼を受けたんですけど……」
さてどんな屈強な兵士が派遣されたのか、と期待してみると……あれ?
「子供じゃねーか!」
「失礼な! 私子供じゃないから!」
おもいっきり声に出して驚いてしまった。どう見ても子供、しかも女の子なのだ。
見た目は小学生の中頃で村人とは違いちゃんとした人間。暗めの銀色に輝く真っ直ぐの髪で、長さは肩にかかるくらい。服装は……まるでどっかの学校の制服。そこに鉄板のような胸当てなど、いわゆるライトアーマーを着ている。そしてスカートひらひら。これ、激しい動きをしたら……。背中には剣を背負っており、背が小さいからなのか、この子自身よりも剣の方が大きい。つまり俺の第一印象は、すげー不安。
「ってか、誰を倒せばいいんですか?」
「あーえっと、そこの服の汚い奴が見張り役の山賊なんだ」
「あっ! お前裏切ったな!」
今更気付いても遅いわ! という事でおもいっきり悪どい笑顔を見せてやった。
援軍と思わしき子供も状況を飲み込んだようで、一つ頷き、自身よりも大きな剣を構えた。おー、様になってるー!
「えっと、最終確認ですけど、そいつが山賊なんですよね?」
「そうだよ」
援軍の子供は改めて剣を握り直し、山賊を睨み付けた。山賊も呼応するようにナイフを構えた。
「へへっ、ガキなんぞに負けてたまるかよ!」
「……私の名前はガキじゃない。アイシャだ!」
強い言葉が出た。そして名前も分かった。
さて名前が分かった所で、周囲がなにやらざわつき始めた。山賊もどうやらこの子を知っている様子。
「……ま、待て。お前ミスヒスのアイシャか!?」
「そうだけど?」
つんけんとした返事。すると俺とシア以外の全員が一斉にうろたえ不安そうな声をあげ、次の瞬間村人たちがまるでクモの子を散らすように逃げ始めた。一部の村人は閉められたドアを叩き中に入れろと叫んでおり、山賊に至っては腰を抜かした。何だこの阿鼻叫喚? どうなってる?
「ちょ、ちょっと待て! 話せば分かる! 話せば、な? な?」
この山賊の狼狽ぶりからして、このアイシャという子供、実は相当な手だれなのかも。いっそ、のん気に訊ねてみるか。
「なんでみんなそんなに怖がってるんだ?」
「え? ……お兄さん、私の事知らないの?」
「すまん、知らん」
「そ、そうなんだ……」
何故だろう、そっけない俺とは対照的に、この子供は少し嬉しそうな顔をした。自分を知らないのが嬉しいという事は、必然的に過去に知られたくないような事をやらかしているという事だな。
「ミスヒスの勇者アイシャと言やぁ、魔法一発で町ひとつ吹っ飛ばしたって噂の、極悪勇者だぞ! お前なんでしらねーんだよ!」
「……誰が極悪だっての! お前マジでぶち殺すぞ!」
なるほど、そういう事か。納得納得。
「はーい、ちょっといいかな?」
空気を読まずに手を挙げた俺に対し、勇者アイシャさんも山賊も一斉に振り向いた。
「俺たちはこの村から出たい。この村は山賊に襲われなければいい。つまり山賊が降伏すればいいだけなんだが、いっその事、そいつを使者とするのはどうだろうか?」
「……無血開城を迫るって事?」
頷く俺。しかしあちらは少し思惑が違う様子。
「私の依頼は少し違う。悪いけど邪魔しないで」
おっと、これはどうやら本当に山賊皆殺しコースだな。それともこのアイシャという子、結構頑固なのかな?
俺は念の為に近くの家の軒先まで避難。ちらちらと女の子が見てきており、俺が大丈夫な範囲まで逃げた事を確認している様子。
「ったくツキが無ぇ、何で俺の時にこんなのが来るんだぁ?」
「……るっさいなー」
山賊はもう涙目。一方アイシャさんはそんな山賊にイライラを募らせているご様子。
「ええい、もう自棄だ!」
先に動いたのは山賊。そして呼応するように女の子も動いた。
山賊はともかく、女の子は背丈と剣の重量を考えると、驚くほどしっかりと動いている。そして決着は一撃。山賊がナイフを突き出したが、女の子は剣の一振りでナイフごと山賊を吹き飛ばしたのだ。
山賊はそのまま吹っ飛び、近くの井戸を壊し、後ろの家の壁に衝突して停止。
「あぅ、またやり過ぎちゃった」
不安になる一言いただきました。そして中々に可愛かった。これはきっと、このアイシャという子は気を張っているんだろうな。
ナメられないためか、それとも命のやり取りだからなのか。
「死んだか?」
「死んでないから! 気を失っているだけだよ。……多分」
多分って何だ。というかあれで死んでいないとか、この世界の人間は頑丈なのかも。
あ、もしかして俺もこっちの世界基準の体になっているのかも。いくらシアが手を貸したからって、あれだけ落下して気を失う程度で済んでいるんだから、可能性ありだ。
「……ってかお兄さんは誰なのさ? あいつ裏切ったって言ってたけど、それってお兄さんも山賊って事だよね?」
そう言いつつこちらにも剣を向けてきた。この子結構怖い。
さてどう弁解しようか、と思っていると、小さな子供の犬が一匹俺の前へ。……確かプリムとかいう子だ。
「お兄ちゃん旅の人で、わたしの代わりに山賊に捕まってくれたの!」
これでもかと簡単でかつ的を射た答えに、ゆっくり剣を降ろした極悪勇者さん。
「そう。……紛らわしい事しないでよ」
何故だ? 何故俺が怒られた!?
気を失い伸びている山賊は村人がこれでもかと縛り上げてくれた。これで暴れる事はないな。
「それで、山賊の本体はどこですか? 山賊の鎮圧と憲兵団への引渡しが私への依頼なんですよ。場所さえ分かればいいんですけど」
「あ、それなら俺が案内するよ。捕まってたとは言っても、結構自由に動けていたから場所は分かるよ」
すると怪訝な顔をされた。こりゃ信用されてないな。
「……村人さんたちは?」
みんな首を振った。その度に耳としっぽが揺れて可愛い。
「分かりました。お兄さん悪いけど案内役お願い。でも少しでも妙な動きをしたらぶっ飛ばしますから」
「あーはいはい」
こういう高圧的な部分が極悪勇者だなんて言われる要因なんじゃなかろうか。もちろんそんな事を言えば俺の命がヤバイ。
道中、極悪非道の勇者アイシャは、俺の背中に剣を突き立て続けた。いつでも殺せるぞとでも言いたげ。
「そこまで言われたくない……」
「冗談冗談。……さて見えるかな? あそこが見張り小屋で、その奥に洞窟があり、連中はそこをねぐらとしている。人数はさっきのを入れて総数二十二人。つまりここには二十一人いるはずだ」
「うん、分かった。……脅すような事してごめんなさい。あとは一人でやれるから、安全な場所まで下がっていて」
意外と素直だな。俺も素直に言われたとおり後退。
――たった数分後。
ドゴォーン! という爆発音が響き渡り、地面が揺れ、森から鳥が飛び逃げた。一方同じく鳥のはずのシアは知らん顔。中身は魔王だから仕方ないか?
数秒でねぐらの洞窟から土煙と、そして焦げたような臭い。これ本気で皆殺しにしたんじゃないか? だとしたらあの勇者、本当に極悪じゃねーか!
一応は数日面倒を見た連中。中身三十六歳としては、救助活動も視野に入れて現場へと向かう。
現場に着くと、勇者さん以外全員が洞窟の外にぶっ倒れており、勇者さんは丁寧に一人ずつ手足を縛っている最中だった。
「あー来た来た。ちょっと手伝って」
と言われたので仕方がなく山賊を縛り上げる。
「あの爆発何なんだよ? それに君無傷じゃないか。どうなってるんだ?」
「えーっと……ま、いいじゃん!」
おもいっきりはぐらかされた。
「それで、こいつらどうするんだ? さすがに二人で担いで村までは無理だぞ?」
「大丈夫、このまま放置するよ。憲兵団やテレポーターも明日には来るし、そうしたら私は王様に報告して、報酬もらって、それで終わり」
「勇者っていうよりは賞金稼ぎだな」
「うーん……確かにそうかも」
あっさりとした反応。やはり手馴れているのだろう。
村に下りてきてレオ村長に報告。
「そ、それじゃあ山賊は全員?」
「はい、私が掃討しました。これでもう村の外に出ても大丈夫ですよ」
するともう千切れんばかりにしっぽをぶんぶん振るレオ村長。それを見て俺も女の子も笑顔だ。
「それでなんですけど、今日は私も村で一泊させてください。お願いします」
「どうぞどうぞ! 大歓迎ですよ!」
さっきは村長も全力で逃げていたんだがな。……まあ言わないけれど。
――その夜。
俺とシア、勇者アイシャ、そして村人たち。皆で満天の星空を眺めながらの食事と相成った。
「そうだ、お兄さんの名前聞いていなかったよね。旅の人って言うけど、どこから来て、どこに行くつもりだったの?」
「あーそういやこっちに来てから一度も名前を名乗っていないな。俺は折地彼方。目的地は……」
すると勇者さんが盛大に吹いた。
「ぶふーっ! ……ご、ごめんなさい。それ本名?」
「そうだけど?」
笑いを堪えるように声が震えている。何だすげー失礼だな。
「……ふふっ、あっははは! オリチカナタ? えーマジですか! あっははは!」
結局大爆笑されました。
「気分悪いな。どういう事か説明してもらおうか?」
「あはは、あーごめんごめん。お兄さんの名前ね、こっちの方言で”種無し”って意味なんだよね。タ・ネ・ナ・シ」
と、勇者さんは俺の大事な部分を指差した。そして俺も理解した。
「……それは笑うわな。しかし勇者さんも失礼だぞ。せめてもっと抑えて笑えよ」
「あはは、ごめんごめん」
と言いながらも、人の股間を指差してまだ笑っている。失礼というか下品というか……。
結局数分ずーっと笑われていた。ようやく笑いが収まったところで次の話。
「そうだ。私の事は知らないんだよね? 名乗っておくね。私はアイシャ・ロット。ミスヒスの十七歳で、王都に住んでいるんだ」
「アイシャ・ロット……エシャロット?」と冗談で言った瞬間殴られた。
「名前で遊ばれるの一番嫌い!」
頬を膨らませるアイシャさん。
「それは謝る。でもそれ、人の股間を指差して大笑いしていた奴の言える台詞じゃないよ?」
「……それもそうだった。ごめん」
ちゃんと謝れる子なのは高評価。しかし女の子なのに平手打ちでなく殴るってどうなんだ。
「しかし勇者でロット家か」
「……何か知ってるの?」
頬に食べ物を詰め込みつつ人の顔を覗き込んできた。何だこの可愛い生物。
「知っているというか何というか……まあこっちの世界には関係ないよ」
気付けばアイシャさんだけでなく、シアまで話をじっと聞いている。これはどうあっても話せという事か。
「俺のいた所ではそれなりに知られた創作話だよ。ロトの伝説ってね。でも俺は詳しくはないから、それ以上は聞かれても困る」
「えー、簡単にでもいいから聞かせてー」
「うーん……確か、魔王を倒した勇者がいて、その一族や子孫がまた協力し合って魔物を倒す話。本当にそれくらいしか知らんぞ」
するとアイシャさんは何か深く考え始めた。聞いた事を後悔しているようにも見える。
「……出会って一日も経ってない人に話す事じゃないけれど、私ね、六千年前の英雄の生まれ変わりだって、王宮仕官の占い師に言われたんだよ。だから勇者をして……いる」
「英雄の生まれ変わりねー。俺はそういうの信じない派だから何とも言えないな」
と言ったところでシアが動き、まるで人を盾にするかのようにアイシャさんと距離を置いた。
「お前が怖がる事じゃないだろうに」
(……うん)
とは言うものの怖がったまま。
まー当然か。方や英雄の生まれ変わりの勇者、方やその英雄に倒された魔王だもんな。
その後聞いた所によると、ミスヒスというのは種族の名前で、いわゆる小人族、その中でも常人と同じかそれ以上に力の強い、言ってしまえばドワーフのような種族だった。何故村人や山賊に怖がられたのかの詳細は聞けずじまい。どうしても口を割らなかったのだ。
そして俺たちは東から来て、今後の予定は無いと伝えると、ならば王都までくればいいじゃないかと誘ってくれた。次の目的地決定だな。
食事を終え就寝。俺とシアはレオ村長の家へ、勇者さんは空き家を使用。宿屋もない村だから当然か。
――翌日。
朝食を終えると出発準備。
「あの、一々お兄さんって呼ぶのも変だよね。おり……ぶふっ」
いきなり噴出しやがった。
「いい加減にしろよ勇者さん」
「あはは、ごめんごめん。そうだ、私の事はアイシャでいいよ」
「じゃあ俺の事はカナタで。これなら笑わないだろ」
「うん、それじゃあカナタで」
呼び名も決まったところで、そろそろ行くか。
村の入り口に行くと、村人が集まってくれていた。
「それじゃ、お世話になりました」
「こちらこそ村の危機を救っていただき、心から感謝しています。ありがとうございました」
と子犬が一匹。あのプリムという子だ。
「お兄ちゃん、これあげる!」
手渡されたのはハガキのような厚紙。片面にはこの村の絵が描いてあり、もう片面にはなにやら文字が。読めない……はずなのに、何故か読める。村の名前とその位置を記してある。
「ありがとう。記念になるよ」
「うん!」
そして出発。皆が手を振ってくれており、嬉しい。
「なんというか、名残惜しい。もう滅多には来れないんだろうな」
すっかりペロ村好きになってしまったようだ。すると勇者さんは訝しげ。
「滅多に来れないって、だってさっきのポストキーでしょ? いつでも来れるじゃん」
「ポストキーって何だ?」
「……ええっ!?」
すんごく驚かれた。
「ちょっとカナタ、それでどうやって旅をしてきたのさ? っていうか手持ちは? あんたまさか泥棒して回ってるんじゃないでしょうね?」
「あー……うーん……」
どう言おうか迷ってしまう。すると小走りで前に出たアイシャが立ち塞がり、剣を構える素振り。
「全部言わないと通さないよ」
「あはは、こりゃ参った」
しかし剣を向けようとするアイシャ以上に参った事態が迫っていた。
ロトの伝説:ドラゴンクエスト1~3までの三作品の事。
今後もこんな感じで知ってる人には分かるネタが入る……かも知れません。