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裏十八話   悪巧みは誰にも気付かれずに

 ――ネリデスール滞在五日目の夜。

 「お前も同罪だ!!」

 俺は激怒した。当然だ。

 禁止事項を無視して、四人でコソコソとカジノに行き財布を空にし、俺の財布から金を盗み、挙句に売春行為をしていた。そしてこれら全てを勇者と魔王と王女とアンドロイドが容認していた。

 冗談じゃない。こんなもの誰が笑って済ませられるものか。


 アイシャを放置し店を後にした俺。我ながらこの怒りは当分収まりそうにない。夜風に当たりながら休憩場所を探すか。

 元世界ならば駅やバスの待合室を利用して寝るところなんだが、異世界の犯罪都市ともなると、夜にはほとんど行ける場所がなくなっている。幸い財布は持っていないので金を盗まれる事はないが、代わりに服や命を取られるかもな。

 そんなこんなで適当にぶらぶら歩いていると、後ろから声をかけられた。

 「そこのお兄さん、ちょっといいかい?」

 「はい?」



 ――。

 気が付くと真っ暗。頭が痛い。手足が縛られている。なんだこれ?

 訳も分からず混乱中。だがこうしていてもらちが明かない。えーっと……。

 「確かアイシャを怒鳴り散らして、休憩場所を探していて、誰かに声をかけられて……あ、そういう事ね」

 意外とあっさり理解した。俺は例の監禁暴行犯に捕まったんだな。なーんだ、探す手間が省けたじゃないか。

 「って能天気に考えてる場合じゃねー!」

 俺、次のターゲットにされてます。


 「おーい、誰かいるかー?」

 ……返事なし。とりあえず倒れ込むように床に顔をつけてみると、目隠しされている訳ではない事が分かった。つまり俺が監禁されているのは地下室のような明かりが入ってこない場所だという事だ。

 「あ、やべっ。立てないや」

 手足を縛られるだけでこんなにも不自由になるのね。


 それからどれくらいの時間が経っただろうか。物音がして、明かりが差し込んだ。天井が開いたのだ。つまり地下室で正解だ。

 「お、もう起きてたか」

 若い女性の声だ。顔や姿は逆光なので分からないが、金髪に赤い帽子は確認。

 「あんたが連続監禁暴行犯か?」

 「まずはあたしから質問だよ。無駄口叩いたら殺すからね」

 うん、それ答えを言っていますよ。

 犯人は近くの椅子を持ってきて、背もたれを手前にして座った。……しかし結構遠い。


 「年齢は?」

 「いきなり難しい質問だな。訳あって年齢は二つある。外見は十八歳だが中身は三十六歳だ」

 「何それ? 無駄口叩いたら……」「そんな事言ったってしょうがないじゃないか!」

 「お、おう」

 ここは引かずに押すべきだろう。

 「……あの子供との関係は?」

 「アイシャの事か? あいつは見た目は子供だが、中身は十七歳だ。そういう種族なんだってよ」

 「え? じゃああんたの子供って訳じゃ?」「違う。残念ながら俺は独身だ」

 「――やべっ」

 微妙に聞こえる大きさで一言。つまり狙う相手を間違えたんだな。そして思い出した。この声、昼間に声をかけた金髪ねーちゃんだ。アイシャにからかわれて有耶無耶になったが、まさか正解だったとは。


 「身の上の説明してもいいか?」

 「え? あー……手短に」

 なんか連続監禁暴行犯のわりには言動が可愛いんだが。それは置いといて、今のうちに俺に対する警戒心を解かなければ。

 「えーと、俺たちは王様からの命令により、お前さんを捕まえて保護するのが目的で来た。お前さんな、警備隊に見つかったら殺されるぞ。それを防ぐのが目的だな」

 「あっはっはっ! 警備隊なんかに見つかる訳ないじゃん」

 「じゃあ俺が囮だとしたら?」

 「あ……」

 なんというか、中身が子供なんだなと思ってしまった。だからこういう行為にも何も感じないのか?

 「安心しろ、それはないから。実はな、俺は異世界から来た。あんた昼間の人だろ? 俺の近くに居た青い髪のと黒い狐は覚えているか? あの二人も異世界人だ。小さいのだけがこっちの住人だな」

 「……そういう事。だからあたしを保護しようとしたのか。正解だよ。あたしはここの人間じゃない」

 吐いてくれたという事は、一段進めたな。


 「……あんたに興味が沸いた」

 「ならば起こしてくれないか? いい加減床が冷たいんだが」

 すると犯人、横に置いてあった長い棒を差し出し「ん!」と一言。触りたくないと申すか。まあいいや、おかげで座れた。

 「あたしこの街しか知らないんだよ。まず、ここはどこなんだ?」

 「地下室、という回答ではないよな。俺もこっちの事は詳しくは知らんが、グラティア王国の第三の都市ネリデスール。観光とカジノが主産業の、犯罪の多い街だな」

 「ま、待って。えっと……しゅさんぎょうって……」

 あ、こいつ残念な子だ。

 「主産業ってのはその街の一番の収入源の事だよ」

 「しゅ……しゅーにゅーげん……」

 そこもなのかっ!?

 「ちょっと不勉強過ぎやしないか?」

 「……悪かったな! あたしはそもそも勉強なんてした事ないんだよ!」

 「お、おう」

 そういえば犯罪者だものな、スラム暮らしでまともに学校に通えなかったとかの過去があってもおかしくはない。


 「あー、本当失敗した! なーあんた、自由にする代わりに見逃してくれないか?」

 「そうは行かない。それに今あいつらと喧嘩中で、宿には帰れないんだよ」

 「喧嘩? 何したのさ?」

 初対面の犯罪者にあの事を言うべきか? いやあー……。

 「言わないと殴る」

 「あーはいはい。仕方ねーな」

 我ながらすぐ折れた。そして状況を全て話した。

 「――という訳だ」

 「あはは! いいねー勇者様のくせに体を売らせたとか、すげーいいよ!」

 笑われてるぞ勇者様。

 「あー……分かった。足の縄は解いてやるよ。目を瞑ってろ」

 相変わらず手は縛られているが、これで動けるようにはなった。何で目を瞑る必要があったのかは、後々に明らかになった。


 「改めて聞くけど、あんたの名前は?」

 「折地彼方」

 「……ぶふっ! えー!? マジかよ! あっはっはっ!」

 またか! もう……いいや。名前で弄られるのは諦めよう。

 「こっちの世界や別の世界でも俺の名前は変な意味に聞こえるらしいんだが、そっちではどういう意味に聞こえるんだ?」

 「あはは、あー……価値なし」

 価値なし? ……いままでで一番ひどいな。あいつが居なくてよかった。

 「じゃーあたしもね。あたしはジリー。ジリー・ワト……エイスってんだ。ジリー・エイス。よろしく、価値なしさん」

 ワトって言って訂正した。という事は偽名を使ったのかな。

 「よろしくジリー。だがその言い方はやめてくれよ。あいつらにはカナタって呼ばれてるから、それで」

 「えー? 価値なしのほうがいいじゃん。笑える」

 「人の名前で笑うなって親に教わらなかったか?」

 「親なんてしらねーよ!!」

 唐突に声を荒げ、近くの壁を殴った。

 そうか、最初幸せな子供に対する妬み僻みが犯行動機かと思ったが、違う。親に対するコンプレックスが動機だ。しかも被害者は全員父親。これ以上詮索して刺激するのは愚策だ。ここで話は終わる事にする。



 ――しばしの沈黙。

 「……何だよ、いきなり黙って」

 「特に話す事がなくなったからな」

 実際には警戒しているだけだが。

 「あんた、頭はいいほうか?」

 また唐突だ。

 「そうだな……平均。たださっきも言ったが、中身は三十六歳の社会人だよ」

 「そうか」

 その一言を残し、犯罪者ジリー・エイスは去った。


 ……と思ったら十分ほどでまた来た。

 「ほら、食え」

 朝食かな? 夕食って事はないだろう。

 「残念だが後ろ手に縛られていて食えないんだよ」

 「あ……えーと……」

 「暴れないよ。だから解いてくれ」

 「……わーったよ」

 とりあえず後ろを向いて目を瞑っておいた。今までの事から考えて、このジリー・エイスは男性、特に父親恐怖症の可能性が高い。逆を言えば危害を加える気がない事を分からせれば、俺の身の安全は確保出来る。

 「いいって言うまで振り向くんじゃねーぞ!」

 「分かってるよ」

 それからいいと言われるまで五分ほど。

 「いいぞー」

 振り向くと思いっきりファイティングポーズを決めていらっしゃる。よし、無視しよう。


 「俺は食堂でのバイト経験あるから料理出来るけど、そちらは?」

 「いいから食えよ」

 はいはい。それではいただきます。

 「……ふふっ、あっはっはっ! 美味い、美味いぞおっ!」

 若干……いや、かなりオーバーリアクションをしてしまった。さすがに車椅子で走り回ったり目からビーム出したり大阪城を破壊したりする事はないが、しかし本当に美味い。

 「えっ!? マジ?」

 「マジ。ちょっと大袈裟に言ったのは認めるけどな。お前さ、犯罪者やらないで普通に料理人として包丁持て。これなら腕を磨けば店持てるぞ」

 はい。俺、負けました。


 「……あんがと」

 「ん?」

 「初めて、褒められた。だから、あんがと」

 少ない明かりでも分かる。この子は今本当に喜んでいる。声はそれを表に出さないようにと押し殺しているが、それがまた違和感を生んでおり、その嬉しさがよく分かる。

 「……あんた、いい奴だな」

 「うるせえ俺を褒めるんじゃねーよ」

 「本当だ。……あっはっはっはっ!」

 大笑い。どうやら警戒心は解けたようだ。



 ――それから幾許か。

 あのジリーという女性は家から出て行った。俺の手に再度縄をかけてから。

 そして俺はじーっと地下室で静かに過ごしていた。考えていた事は、どうやってあいつらを反省させるか。フューラはとっくに反省モードだろうが、アイシャとリサさんはどうかな?

 アイシャに関してはあれだけ強く怒鳴りつけたんだ。あいつはあれでも優秀だ。きっと自分の愚かしさに気付いてくれているはず。

 リサさんはどうだろうな? なまじ王女という俺たちとは違う身分の人間だ。言った傍からやらかすトラブルメーカーな所もある。今回の事でしっかりと反省してくれればいいのだが。

 シアに関しては鳥という性質上、抵抗出来なかった可能性もあるが、しかし俺を起こす事は出来たはずだ。それをしなかったという事は、あいつも容認したと同じ。


 ドアの開く音がした。帰ってきたか?

 「ただいま」

 「おかえり。ってなんか違わないか?」

 「あはは、確かに」

 何か一々気が抜ける。

 「あんたの連れを見かけたよ。小さいのと狐。青いのはいなかった。少し尾行してみたけど、ずっと必死に何かを探してたよ。多分あんたの事だね」

 全く、そんな必死に俺を探すくらいならば素直にジリーを探せっての。


 「……ねえ、本当にあたしを保護してくれるのか?」

 また朝のように椅子の背もたれを手前にして座るジリー。距離は……変らず遠い。

 「ああ約束するよ。ただしこの街の警備隊からだけどな。罪を犯したのには変わりはない。保護と言ってもしっかり牢には入ってもらうだろうさ」

 「はあ、だよなー……」

 溜め息ひとつ、肩を落とすジリー。

 「よし、決めた。あたしは罰を受ける。一緒にその王様のところに行くよ」

 「やけにあっさり決めたな?」

 「……あたしこっちに来てから三ヶ月近くなんだけどさ、そろそろ生活を変えたかったんだよ。なんていうかな、普通の生活がしたくなったの。これが本音」

 なるほど。あ、もしかして人生をやり直したいがために世界を渡ったのかもしれないな。もしそうだとしたら俺ともかぶる。俺もひとつ間違えばこうなっていたのかもしれないのか。つまり俺は恵まれているんだな。連中にも一応は感謝しておかなければ。


 「だからこれからあんたの宿に行こうと思うんだ。出頭って奴」

 それを聞いて、俺の頭の中にこのまま帰るとあの四人はしっかりとした反省をしてくれないのではないか、という不安が過ぎった。ただ俺がかんしゃくを起こして出て行っただけだと軽く見られるのではないかと。

 「お前……あーっと、ジリーは武器を扱えるか?」

 「武器? あー……喧嘩なら負けないよ。これでも警官五十人を張り倒した事もあるからね。刑務所でもウザい大男をぶっ飛ばした事もある」

 つまり格闘型か。……悪い考えが浮かんだ。

 「保護する前に、ひとつゲームに付き合ってくれないか?」

 「あん? なんだよ?」



 ――説明後。

 「ちょ、ちょーっと待て! あたしがその勇者様だの王女様だのをぶちのめせってのか!? 冗談じゃない!」

 「だが、双方にとってうまい話だぞ? 俺はあいつらに物理的に反省を促せる。ジリーは本気で暴れられる。あいつらはあいつらで何か変化があるかもしれない」

 俺の提案に、じーっと考えているジリー。

 「……あたし、嫌われないかな?」

 「あっはっはっ! 俺を拉致しておいて何を言うんだか! もう手遅れだよ。でも、だからこそぶつかってみるのもいいんじゃないか? 本気の喧嘩で友情が芽生えるかもよ?」

 「友情……かあ」

 嬉しそうな声を出した。決まったな。


 その後は俺から四人の特徴や戦術を教え込んだ。

 小さな勇者、アイシャは意外と頭が切れて優秀だが、挑発したり動揺させるとすぐ崩れる脆さがある。

 青髪のフューラは武器を壊すしか出来ず、そもそも人への攻撃は出来ないから、格闘型のジリーにとっては無害も同然。

 狐のリサさんも過去のトラウマがあるので人への攻撃魔法は出来ないだろう。

 分からないのはシアだ。とにかく自分のペースを乱されないようにする事。


 「もうひとつ、あいつらを本気にさせる言葉を教えておく。”俺を殺してもあいつらは殺すな”と、そう言われたと告げるんだ。呼び出しに応じるならば、俺が殺される事を一番に嫌うはずだ。それにあれだけの事をしてもまだ俺があいつらを庇っていると知れば、さすがに猛省せざるを得ないだろう」

 「分かった。けれど、そこまであたしに教えちゃっていいのかよ? もしもあたしが勝ったらどうするんだ?」

 「あっはっはっ。それはない。アイシャは追い込まれるほど強い奴だ。あいつが本気出せば地面に大穴が開くよ」

 「マジか……でも分かった。乗るよ」

 これで反省を促すという名の俺の復讐劇が始まるな。


 その後俺はジリーに便箋を購入してもらい、表にはアイシャの名前だけ、中にはより危うさを演出するために日本語で自分の無事と呼び出しを書き、ジリーに近くで戦えそうな場所の地図を書いてもらい、そして宿に直接その便箋を放り込んでもらった。



 ――翌日。

 「もう縄は解くよ。だけどあたしには触るなよ。触ったらその腕へし折ってやる」

 「はいはい」

 仮にも気絶した大人の男性を担いで隠れ家の地下室まで運べる奴だぞ? 抵抗は無駄だ。それくらい誰だって分かるさ。

 「一応忠告しておくけど、無理はしないようにな。特に青いのと狐、もしも俺の予想に反してこの二人が動いたら、さっさと負けを認める事」

 「そんなに強いのか?」

 「青いのはたった一人で数万人とやりあう。狐は魔法の天才だ。そしてどちらも遠距離攻撃型。格闘型のジリーに勝ち目はないよ」

 「へえ。分かったよ。それじゃーちょっくらお仕置きしてくるぜ!」

 死ぬなよ、と心の中でジリーを応援してしまった。犯人に情が移ったかな? なんてな。


 それから三十分ほどで外が騒がしくなった。後は俺は待つだけだ。

 あ、階段の後ろに隠れて驚かせてやろう。

 ふっふっふっ……。


 ――こうして俺は、ジリーの取り込みに成功、あいつらも無事ジリーを負かして俺を救出に来たという訳だ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 身体を売る展開とか、他の男と関わるのも避けさせる事の多いなろう小説には珍しい展開で、主人公の許容度の低さで潔癖中学生のごとくわめき散らすのも含めて面白かったです!
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