第十七話 三百年目の気まぐれ
事故でフューラのおっぱいをモミモミしてしまった。状況は理解してくれたようで不問にはなったが、非常にやりづらい。
「っていうかお前、何であんな事になってたんだ?」
「あー……なんででしょう? あははー」
作り笑いを浮かべている。これは何が裏にあるな。とはいってもやはり女性陣の視線が突き刺さっており、それを追及するのは気が引けてしまう。
朝食中もその視線は変らず。そもそもあまり美味いとは言えない朝食にこの視線。どうしろというのだ?
――五日目。とりあえず聞き込み開始。
被害者はいずれも子持ちの父親だ。そして一人でいたところを襲撃されているらしい。つまり俺は対象外。そこだけは安心だな。
「今日は一気に街の反対側に行くか」
「結局カナタが決めるんだねー。そうやってフューラの上に乗ったのー?」
「……」
「あれー? 何で黙っちゃのー?」
もうこいつ無視してやろう。
三日目四日目とは反対側にある住宅街に到着。聞き込み開始。とりあえずそこいらにいる人に聞いてみる。
「すみません、ちょっとお話伺ってもよろしいですか?」
「え? あ、はい」
そんな感じで聞き回っていたのだが、道中金髪の若い女性を発見。これで言葉が通じなければ、あるいは……。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
「あん? ナンパならお断り。あたしは忙しいんだ」
あら残念。取り付く島もなかった。
「カナタに警戒したんじゃないの?」
「何がよ?」
「上に乗られちゃうかもーって。あはは」
嘲笑するアイシャ。これもうキレていいよね。キレますね。
「……お前、いい加減にしろよマジで。俺が手を出さないからって調子乗りやがって。お前もういらねーわ。帰れ」
「え、あ、いや……」
「帰れよ! ほらさっさと帰れ!」
軽くではあるがアイシャを突き飛ばす。さすがにアイシャも泣きそうになっているが、頭に血の上った俺は周りが見えていない。
「あ、あのカナタさん、人が見ていますから。ね? ここはこれくらいで」
リサさんに言われ目線を動かすと、先ほどの金髪娘に見られていた。
「もういい。お前らがそれなら俺はひとりで探す。フューラ命令だ。レーダー使って監視なんてするんじゃねーぞ。全く、胸糞悪い」
――単独行動開始。
「お前も付いてくるんじゃねーよ」
(……ううん)
監視のつもりか何なのか知らんが、ひとりにさせろっての。
しかし頭に血の上った状態で人にものを尋ねる訳にもいかない。井戸があったので、失礼して物理的に頭を冷やさせてもらった。
気を取り直して聞き込み再開。井戸端会議や洗濯物を干しに出ている主婦の皆さんに営業スマイルを叩き込みつつ話を聞いた。
「噂は聞いた事あるよ。でもどこに住んでいるかまでは、ねえ」
「そうそう。それに何でわざわざあんたが探す必要があるんだい? 警備隊に任せておけばいいじゃないか」
「その警備隊から強い恨みを買っていて、捕まると問答無用で殺されるだろうから、そうなる前に保護しようと探しているんですよ」
井戸端会議の主婦の方々も意味を理解していただけた様子。
「……だとしてもあたしらは知らないんだ。本当にね」
結局は空振りか。まああまり期待はしていなかったが。
聞き込みの最中、偶然連中に遭遇。ここは無視して通り過ぎるか。
「あ……」
反応はしたが、見向きもせず目も合わせない俺に何も言えないでいる三人。
「おっ、昨日のねーちゃんじゃねーの。なんだその子もなのか?」
通り過ぎようかという所で、フューラに若いあんちゃんが声をかけた。弱みを握るために聞き耳を立ててやろうか。
「えっと、あー……どうもです」
「何だ楽しそうだねーオレっちも入れてよー」
「いえ、用事の最中というか……」
あからさまにこちらに救難信号を送る三人。……仕方がないな。
「あーすみません、この三人俺の連れなんですよ。なんか急用でもありましたか?」
「え……あーいや。じゃーまた楽しもうねー」
あっさりと退散するあんちゃん。
「……ごめんなさい」
「謝ったならば、あれが何なのか説明してもらえるよな?」
「あー……」
全く人の目を見れないでいるフューラ。するとリサさんがフォローに入った。
「フューラさんが夜に始めたお仕事のお客さんです。なので決して怪しい方ではありませんよ」
「じゃあその仕事は何なんだ? ああいう連中相手の仕事なのか?」
「それは……」
フューラもリサさんも答えられないか。
「あれだよ、マッサージ。だからやましい事じゃないよ。私を信じて」
アイシャまでフォローに回るか。そしてフューラは一言も発さずうつむいたまま。
「……自分を信じろという言葉の重みを、理解して言ってるんだろうな?」
「う、うん……」
アイシャとリサさんだけじゃ埒が明かないな。全く、溜め息が出る。
「はあ、こういう事はやりたくはないがな、強攻策を取らせてもらうぞ。フューラ、命令だ。何があったか話せ」
「だからさっきも言ったでしょ、私を信じなさいよ!」
「信じられないから俺だって嫌々こういう手段を取るんじゃねーか!」
「あのっ!」
さすがに言い争いに責任を感じてか、そして命令という言葉を聞いてか、ようやくフューラが口を開いた。
「……えっと……夜、の……えっと……ま、マッサージ、で、合って……ます」
狼狽し目が泳ぎまくっている。しかし俺の命令で出したフューラの答えがこれなのだから、俺はそれを受け入れるしかない。
「分かったよ。……やる気がなくなった。今日はもう宿に戻るぞ」
連れてくるんじゃなかった。これならば一人で依頼を受けていたほうがマシだった。
――宿。
とりあえずは戻ってきて各々部屋へ。
「……」
俺の部屋はフューラと同室。気まずい。フューラはまるですっかり意気消沈といった感じで、窓際に正座して固まっている。
「……っ……んすんっ……」
泣き始めた。さすがにこれは気まずいどころの話ではない。
「少し出てくる」
一旦ひとりにして落ち着かせよう。俺も。
宿の小さなロビーで、備え付けの固い椅子に座り、ただ空を眺める。
思えば遠くへ来たもんだ。我が家の前でぶっ倒れているシアを保護したあの日から、既に半年以上が経過している。帰る場所を失い死ぬ気で飛び込んだこの世界。確かに危険はあるが、いざ死にそうになった事など数えるほどしかない。しかも今は帰る場所がある。なんともな皮肉だ。
「カナタさん……」
「ん? リサさんか。どうしましたか?」
「……フューラさんがお呼びです」
時計を見るとあれから三十分ほどが経過していた。いい加減頭も冷めただろう。
部屋に戻ると、フューラの他にアイシャとシアもいた。つまり全員集合である。
「何だ?」
「……申し訳、ございません。僕は、オーナーを騙す真似をしました。その信頼を失墜させるに足る事を犯しました。僕は……不良品です」
罪悪感に押し潰されたか、うつむき泣き声のフューラ。これではまるで人間じゃないか。そんな事を思えば溜め息だって出るもんだ。
「はあ……順序立てて説明しろ。いきなり結論だけを言われても困るぞ」
無言で小さく頷くフューラ。俺はベッドに腰掛け、話を聞く。
「初日の夜、カナタさんだけ僕たちよりも先に就寝しましたよね? 実はあの後、僕たちは禁止事項を破り、カジノへと向かいました」
「機械のお前が禁止事項を破ったと?」
頷くフューラ。そうか、命令違反を起こしたと判断し、耐え切れなくなったのか。
「最初にカジノへ行こうと誘ったのはわたくしです。責任の大きな一端はわたくしにあります」
リサさん、やっぱりやらかしてくれたか。
「私も悪いんだ。私もサブオーナーだから、フューラにカジノへの同行を命令した。だから私にも責任がある」
アイシャも絡んでいたか。
そしてシアも頷いている。こいつまで一緒だったのか。
「つまり、リサさんがフューラを誘い、アイシャが命令を出し、三人と一羽でカジノに行ったと」
頷く女性陣。
しかし禁止事項を破った事を秘密にしたくらいならば、軽く叱る程度で済ませるか。
「勝手な行動を起したのは確かに問題だ。でもそれくらいならば許容範囲内だ。命令違反ではあるが、反省しているならばそれ以上はない」
「……いえ、その……僕たちみんな、カジノで財布を空にしてしまったんです」
「はあ!? 四人いて四人とも全財産スるとか、馬鹿じゃねーの!? 勇者と魔王と王女とアンドロイドだぞ? 何考えてるんだよ!」
軽く叱る程度で済ませるつもりだったが、撤回だ。
「あ、だから二日目の朝に、お前部屋にいなかったのか」
「いえ、それにはまた別の……」
もう早速頭が痛くなってきた。
「……シアさんに、カナタさんには気付かれないように、カナタさんの財布を……」
「盗んだのか」
「はい」(うん)「ごめんなさい」「申し訳ありません」
全員が返事をした。そして呆れた。
「はーなるほどなるほどね。つまり俺が一緒にいた連中は全員盗人だった訳か。何考えてるんだよお前らは。本当に最悪だな。あー俺もう宿変えるわ。じゃあな」
「あっ……の、話はまだ……すみません」
まだあるってか。
「その、盗んだお金の補完のために僕は夜間の仕事を……なんですけど、その仕事というのが……」
「マッサージというのも嘘だった訳か」
「はい。……あの、僕は機械なので、その……えっと、戦闘用ではあるんですけど、軍に帯同して任務を遂行するために、そこに必要な機能も盛り込まれていまして……なんというか……」
歯切れが悪い。それだけ隠している事が大きい訳か。
「命令だ。諦めてさっさと吐け」
「……はい。僕は帯同の時に必要な全ての機能が詰め込まれています。その中には男性兵士の性的処理能力も含まれます。つまり、夜にお金を稼いでいたというのは、体を売っていたという事です」
思わず頭を抱えてしまった。そうか、今朝こいつが人の上に乗っていたのは、その熱が抜けていなかったせいか。最低最悪だ。
「待て、つまりこの金は、そういう売春行為で稼いだ金か? そんなものを俺に握らせたのか?」
「はい」
嫌悪する。こいつは俺にこんな汚い金を握らせた。こんなもの、一秒たりとも触りたくない。
俺は金を、財布ごとフューラに投げつけた。散らばる汚らしい硬貨。俺ははらわたが煮え繰り返りながらも、こいつらに冷めた。
「もう、顔も見たくない。視界にも入れたくない」
「あ、カナタ!」「カナタさん!」
アイシャとリサさんが止めようとはしたが、それを振り切り、そのまま宿の外へ。
周囲は暗くなってきているが、もうどうにでもなれだ。
「カナタ!」
「付いてくるんじゃねーよ!」
「……ごめん。でも、夜にひとりは本当に危ないから。ね?」
アイシャは嫌と言っても付いてくるつもりだろう。俺としてはそんな事はどうでもいい。とにかくあれから離れたい。その一心だ。
――しばらくして。
「とりあえず、ご飯食べて落ち着こう?」
「汚い金で食う飯か? 吐き気がする」
「ううん、私が持ってるのは……その……カナタからのお金」
「馬鹿馬鹿しい! 結局俺の金で飯食うんじゃねーか!」
開いた口が塞がらない。呆れてものも言えない。しかしそんな中でも腹は減るのが人間だ。それにまた呆れる。
適当な店に入って食事。いわゆるオープンカフェだな。普段ならばいい雰囲気にでもなるんだろうが、今の俺ははらわたが煮え繰り返っていて、それどころではない。
食事はしたが味など覚えていない。宿に戻る気もないし、今日はどこかの施設内で夜を明かすか。何、徹夜サビ残に比べれば軽い。
「……言った通りだ」
食事を終えたところで、ずっと無言だったアイシャが、ポツリと一言。
「何がだ?」
「フューラが言ってたんだよね。気付かれたらきっと関係が壊れるから、絶対にカナタには内緒にしてって」
当たり前だろう。誰だって仲間が体を売るのを容認などするはずが……いた。目の前にいた。
「お前、それをいつ知った?」
「……最初から。全財産スって、その帰りにフューラが」
「待て、最初から知っていて止めなかったのか!?」
「だって……自分は機械だからって。それに過去にも同じような体験してるし、今はこの方法しかないって」
飯を食って一旦冷め始めた俺のはらわたが、再度煮え繰り返る。
「お前いい加減にしろよ! 人に信じろと言っておいて何だよそれ! お前のそれはあいつに体を売れと言ってるのと同じだ! お前も同罪だ!!」
強く怒鳴り、その声以上に強くテーブルを叩いた。そのままあいつの事は放置。もう何も考えたくない。当分はあいつらの顔は見たくない。
何が気付かれたら関係が崩れるだ。全てあいつらの自業自得じゃねーか。馬鹿馬鹿しい!
――カナタを追えずにいるアイシャ視点。
怒られた。ひどく怒られた。当然だ。何も言い返せない。
会計を終えてお店を出ると、もうカナタの姿はどこにもない。……帰ろう。
宿に帰り部屋に入ると、フューラもリサさんも、そしてシアも沈んでいた。もちろん私も。床には硬貨が散らばったまま、フューラは微動だにしていない。
「カナタさんは?」
「食事を終えてから、分からなくなった。フューラを止めなかった私も同罪だって、すごい剣幕で怒られた。何も言い返せないよ……」
「今回は全面的にわたくしたちに非があります。カナタさんからの忠告をないがしろにした挙句にこの始末ですから。帰ってきたら、改めて誠心誠意謝罪しましょう」
「うん」
しかしその日、カナタが帰ってくる事はなく――。
――滞在六日目。
フューラは一切微動だにせず、あの格好のままでいた。部屋もそのまま。
「フューラ……」
「触らないで! ……ください」
肩に手をかけようとしたらこの反応。
「僕は、汚らしい不良品です。僕に触ればアイシャさんにも汚れが移る」
「そんな事は……」
「お願いですから、出ていってください」
そっとしておくしかないかな。
「分かった。でも一人で抱え込まないで。昨日も言ったけれど、今回の事は私たちみんなが悪い。フューラだけの責任じゃないよ」
その後は言葉もなく、散らばった硬貨を集めて、別の袋に移しておいた。もうカナタが触る事がないように。
私達の部屋に戻ると、リサさんが座りもせずに待っていた。
「フューラさんは?」
「駄目。完全に心が折れてる」
「そうですか。……自殺など考えなければよいのですが」
そうか、リサさんはあの事を知らないんだ。
「リサさん。フューラはね、不死身なんだよ。もう三百年も生きていて、どんなダメージもすぐに回復する。一ヶ月以上飲まず食わずでも死なないんだ」
「……死ねない、という事ですか?」
「うん。だからフューラにとって、カナタを裏切った事は生き地獄なんだと思う。死ぬより辛いと思う。私たちはフューラにそんな苦痛を与えてしまった」
自分の中でも整理するように、リサさんに説明した。リサさんは途中から顔を手で覆い絶句していた。
そして私とリサさんは、犯罪者を見つけるつもりで、ずっとカナタを探していた。でもこの日も、カナタは帰ってこなかった。
――滞在七日目。
朝ロビーへ下りると、宿のご主人から声をかけられた。
「アイシャ様、こちらをお預かりしています」
「誰から?」
「さあ? 朝にはフロントに投げ込まれていまして、便箋にはアイシャ様の名前以外は何も」
白い普通の便箋。危険なものではなさそう。中は……? 何だろう、読めない文字で何か書いてある。
「……あっ!」
私は急いで部屋へ。そしてリサさんとシアを捕まえフューラの元へ。
「フューラ、これ読める?」
「……」
全く何の反応も示さないフューラ。
「……いい加減にしなさい!」
私はフューラの胸倉を掴み、平手打ちをしていた。私は焦っていた。
「これ! 私には読めない手紙だけど、きっとこれはカナタからのもので、緊急に助けを求めている! 私の、勇者としてのカンがそう言ってるんだ。あんたが動かなくてどうする!」
「……僕に、その資格は……」
フューラの愚図な姿勢に、私の隠し持つ、過去の粗暴な部分が火を噴くように飛び出した。
「あークッソうぜーなあ! てめーの主人が助け求めてんだろーが! 機械なら機械らしく言われた事を実行しろ! 従者なら従者らしく盾になりやがれ!」
この私の豹変にはみんな驚いていたけど、それだけ切羽詰った状況なのだと理解してくれた。
「といっても僕は読めません。シアさんなら読めるんじゃ?」
(……うん!)
さすが元魔王!
……と言いたいところだけど、喋れないんじゃなあ。とりあえず書くものを咥えさせてみた。
「んーと”監禁中だが命に別状なし。今晩ここに来い”か。あんた文字読み書き出来るようになってたんだね」
(うん)
便箋には手書きの小さな地図も入っていた。ならば私たちのやるべき事はひとつ!
「行くよ。カナタを助け出して、そして……謝らなくちゃ!」
「はい」「ええ」(うん)




