第一話 おいでませ異世界。おいでませ犬の村
「ぬおおおおおおっ!!」
今俺は雲よりも高い高度から落下中。まさか自殺をやめて異世界に殴り込みに来たら、自殺するよりも早くに死ぬとは思わなかったぞ。
雲をつき抜けフォールダウン。見事に地面が近付いているのを確認しております。
――それから幾許か。
「んんー……」
どうやら気を失っていた様子。あれだな、全て夢だ。夢オチって奴だ。
しかし目を開けると、やはり知らない天井。マジか。……いやいや俺死んだんじゃ? 仮にも雲よりも上から落下したんだぞ?
「手……あるな。体……起せた。痛みはあるけど、死んではいない。足は……若干痛いけれど問題なし」
思わず言葉で確認してしまった。鉄道員は指と声で二重確認するというが、きっとそれだな。……俺は鉄オタではないぞ。
しかしどうなっているんだ? 何故俺は生きている? ……あ、シアどこ行った? というかここどこよ?
もう見事なパニックである。
……こういう時はとりあえず冷静に。えーと、出社して一番にやるラジオ体操でもしようか。いや、そう考えている時点で冷静じゃないな。だがする!
「……ふう」
ラジオ体操第一終わり。おかげで冷静になった。冷静に、これを異世界の住人に見られていたらと考えると恥ずかしくなった。よし、俺は正気に戻った。
さてこの家だが、改めて見回すと、どうやら木組みでレンガと土壁の、いわゆる西欧ファンタジーな家である。中は一間であり、大きさ的には十畳くらいかな。……そして至るところに肉球柄がありファンシーな雰囲気。女の子ならばキャーキャー言って喜びそうだ。
お、玄関前に鏡発見。どれどれ俺の体は大丈夫かな?
「……な、なんじゃこりゃ!?」
思わずどこぞのジーパン履いた刑事のような声を出してしまった。
それもそのはず、俺はすっかり若返っていたのだ。年齢的には十八歳くらいかな? そして何よりもの変化が髪の色。まさかのピンクである。ピンクは淫乱である。従って俺は淫乱で……はないぞ。
なってしまったものは仕方がないな。……服装はそのままか。つまり体が若返って髪がピンク色になっただけか。いや待てよ、下の毛は……お、おう。
ふと不審な目線に気付いた。見ると玄関ドアが微妙に開いており、そしてなにやらよく分からないものが逃げていった。
……下の毛確認現場を見られたっ!? 最悪だ!
しかしここがどこなのか、シアはどこに行ったのか、色々と確認する必要がある。まずはこの家を出て、町の様子を確認するか。
玄関ドアを開け外に出た一瞬で、ここが俺のいた世界ではない事を思い知った。空気がものすんごく美味いのだ。思いっきり深呼吸してしまうほどだ。それとも東京の空気が悪いだけか?
ともかく状況の確認をしよう。
――散歩中。
ここは町というよりも村だな。舗装はされておらず、家はほとんどが一間の小ささ。言ってしまえば昔話の爺さんの家サイズだ。畑もあったが、さて何が植わっているのやら。周囲はうっそうとした森であり、迷い込んだら出られなさそう。
しかし一番の問題は、誰にも会わないのだ。先ほど下の毛確認を見られたアレ以外、せいぜい虫程度しか見ていない。シアの奴、魔王的行為を働いたんじゃないだろうな?
街の外周と思われる部分をぐるり一周すると、広場に出た。そして住人を発見。どうやら集会中であるので、誰も見かけなかったようだ。
一安心……とも行かなかった。村人の様子がおかしいのだ。いや正確には、村人の容姿がおかしいのだ。
「あ、本当だ!」
その村人たちが寄ってきたのだが、その容姿はどう見ても犬である。いわゆる人に耳を付けただけの擬人化とは次元が違い、服を着せた犬をそのまま二足歩行させたら出来上がり。そういうレベルの犬である。いや人……やっぱり犬である。
「お体大丈夫ですか?」
「あ、っと。ええ、まあ、大丈夫みたいです」
普通に日本語を喋るのか? それとも勝手に翻訳されているのか? 真相は謎のまま。そして一番不安なのが、この世界全員こんな容姿なのだろうか? いっそ聞いてみるか。
「すみません、俺ちょっと事情があって、ここいらの事を全然知らないんですよ」
すると奥から一人……一匹。見た目はビーグル犬がやってきた。
「えーっと、僕がここの村長の、レオといいます。お話は全て僕がうかがいますね」
「あーこれはどうも、お手数おかけします」
犬なのにレオなのか。言うまでもないが、レオとはライオンの事であり、ライオンは猫科だ。
そうだ、シアの事を忘れていた。
「すみません、俺と一緒に鳥も来ませんでしたか? 黒っぽくてくちばしが金色の。相棒なので食べられると困るんですけど」
「あーやっぱり。大丈夫、鳥小屋で保護していますよ。案内します」
という事でシアの元へ。鳥小屋の中に他の鳥と一緒にしれっと混ざっていた。
「おいそこの黒いの。出てこい」
(あ! うん!)
凄く嬉しそうにしやがった。可愛いだなんて思ってやらないぞ。絶対だからな!
腕を伸ばしたら飛び乗ってきて、そのまま肩へ。シアもこれが楽な様子だ。
シアを回収したら、村長さんに連れられてとある家の中へ。……どう見ても最初の家です、本当にありがとうございました。
「ここら辺の地理には詳しくないとの事ですよね? えっと、以前はどちらに?」
「東京でサラリーマンを」
「とーきょー?」
おっと、思わず面接のように答えてしまった。
「東のほうで、裏方のような仕事をしていました」
うん、間違っていないな。
「へえ、いいなー。でもそうするとロステレポしたっていう事ですよね? とんでもない所に出なくて良かったですね」
よく分からん言葉が出たが、ここは笑顔で聞き流しておこう。
それからも色々と話を聞くと、ここは大陸の西にあって周囲には何もない末端の村で、名前はペロ村だそうな。犬だけにペロペロなのかな?
俺とシアだが、俺は落下して気を失っている所を村人に発見、保護された。そしてシアはずっと近くに寄り添い、村人が追い払っても静かについて来たので、鳥小屋に収監されたとの事。
「無駄に義理堅いな」
(うん)
「もしかして俺が死んでいないのはお前のおかげか?」
(うん)
とまあ、相変わらず聞き分けのいい子だ。
そして俺はシア、つまり魔王プロトシアについて聞いてみる事にした。もちろんシアが魔王本人である事は内緒。
「僕たちは大した教育を受けていませんし、僕自身も歴史はあんまり。なのでそういうのは王立図書館で調べるべきだと思います。……でも、僕の知っている限りでいいのであればお話しますよ」
「構いませんよ。こっちも興味本位なので」
頷くレオ村長。一挙手一投足に耳としっぽが動くので、可愛い。撫でたい。
「――今から六千年ほど前の話です。魔族を束ねた女魔王プロトシアは、その強大な力を以って人類へと宣戦布告しました。しかし人類の中からも強大な力を持つ者、英雄イリクスが現れ、魔王討伐に成功しました。……僕が知っているのはこれだけです」
あっさりとしたよくある話だが、まず一つ分かった事がある。この世界はシアがいた世界から六千年も経っている。これだけでも大きな収穫だな。
「実はですね、僕たちの種族は元々魔族だったんです。その頃は狂犬だったみたいなんですけど、今は魔力なんて一滴も残っていません。……そのおかげで今ちょっと大変なんですけどね。あはは」
空笑い。ちょっとどころではないのだろうな。
「助けていただいた恩もあります。話くらいは聞かせてください」
「あー……えっと、今この村は山賊に狙われています。村の立地から考えても脱走は出来ず、しかも外部にこの事を知らせる手段もありません。あなたのように入る事は出来ても、出る事は出来ないという事です。なので僕たちは今、ただただ山賊に飼い殺しにされているような状況なんです」
「うーん、つまりは山賊をどうにかしないと俺たちは出られないという事か。参ったな」
するとただでさえ垂れ耳のレオ村長の耳が、更にペタンとなってしまった。尻尾も垂れ下がっている。
「……ごめんなさい。旅の方を突然に巻き込んでしまいました」
といっても、ここで文句を言っても先に進まないのは当たり前。
この日はとりあえず空き家をそのまま貸してもらえる事になった。
「食事は僕が用意させてもらいます。時間になったらお呼びしますので、僕の家で食べましょう。……といっても粗末なものしか出せませんけど。すみません」
「いえいえ、こちらこそ貴重な食料を分けてもらってすみません」
食事だが、ふかし芋と野菜のクリームスープ、そして焼き魚。粗末なものとは言われたが、ところがこれが美味しい。さすがに味は薄いが、それも気にならないほどに野菜本来の味が生かされているのだ。もしやこの世界、食べ物は大当たりなのかも。
シアも食事を終え。レオ村長宅で一人と一羽と一匹で作戦会議。
「まず最初にやらなきゃいけないのは、外部への通報。しかしこれは既に解決済みです。シアに手紙を持たせ、しかるべき所まで運んでもらえばいい。出来るな?」
(うん。うん)
二度返事をしたので完璧だな。
「後はどこの誰宛にするか。昼にも言ったとおり、こちらは地理には詳しくありません。地図でもあればいいんだけど」
「……ごめんなさい。この村は末端で、道なりに歩けば半日で次の町に着くんですよ。なので地図と言えるようなものがありません。……それでも空からならば、南東に進めば大きな街には出ます。王都はもっともっと先なので、飛んで行っても数日かかると思います」
残念な村だ、なんて本音は言えないな。
「よし、そうしたら……」
といった所でドアがバタンと開き、ブルドックが顔を出した。
「レオまずい事になった! プリムが山賊に捕まった!」
「えっ!?」
と一言、駆け出すレオ村長。こちらも追おう。
レオ村長を追って村の入り口へ。犬だからなのか、かなり足が速い。
すると山賊一味と思われる汚い服装の男が二人と、それに捕まって泣いている子犬が一匹。
「へっへっへっ、こいつぁ村を出ようとしたんで捕まえた。返してほしければ相応の代価を用意するんだな」
見事な悪役の台詞である。しかし代価か。
「プリム! なんで外に出ようとした!」
「だって……旅のお兄ちゃん、困ってて……それで……」
旅のお兄ちゃんといえば俺たちの事だろうな。
……何だろう、自分が妙に冷静でいる事に気が付いた。それはきっと俺たちが村の人間ではないからだ。あの子犬がどうなろうとも知った事ではないからだ。
「……納得しないな」
小さく口に出ていた。納得しない。納得出来ない。妙に冷静な自分にも、あの山賊の態度にも。
考えれば俺には引き下がる理由がないのだ。そもそも三十六歳の自分は捨てた。もういない。もう戻れないとするならば、選択肢は一つ。前進あるのみ!
「おいオッサン。その子供の代わりに俺を連れて行け。俺が代価だ」
「あん?」
うまのふんを両足で踏み潰したような顔しやがって。余計に腹が立つ。
「そもそも、その子供が村を出ようとしたのは俺が原因だ。ならば一々代価を要求するまでもない、俺を捕まえればいいだけだろう? 俺が村からいなくなれば、誰も出ようとはしないぞ」
「……あ?」
分かってないな。つまり、かなり脳味噌は残念だ。
「その子供を放して、俺を代わりに捕まえれば、お前の所の親分に褒められるって事だよ。分かったか?」
「……へへへ」
薄ら笑いを浮かべ、子犬を突き飛ばした山賊。
「よく分からんが、こいつよりお前のほうが価値があるって事だろう? よし、来い!」
これだけ言ってそれしか分からんとは、やはり残念脳味噌だな。
こうして俺は、子犬のプリムの代価として山賊の根城へ。
――登山中。
「何でお前まで来た?」
(うーん?)
聞かれないように小声の俺。そして首をかしげるシア。
「村に戻って手紙運べよ」
(あっ!)
気付くの遅過ぎ。だめだこりゃ。
「おいうるさいぞ」
「あーはいはい。しかしもう少しのんびり進んでくれないか? 山歩きなんて慣れていないから、お前のペース速いんだが」
「つべこべ言わずに歩け!」
こいつもだめだこりゃ。しかし仕事はきっちりやっており、結局シアを逃がすタイミングがなく、そのまま奥へ。
ふと、盗賊ならば覆面にパンツ一丁で斧を持っていそうなものだが、こいつらはボロいながらも上を着ており、露出度は低め。山だと枝が多いからかな?
なんて思っていると、木で作った簡素な見張り小屋と、洞窟を発見。これが山賊の根城か。
洞窟の中は一応程度には採掘されており、二十人程度までならば生活が出来そうだ。そして俺はそのまま牢へ。
しかしこの牢、ひどく簡素な作りだ。何せ鍵も扉もなく、地面の穴に刺した木の棒を引っこ抜いて、その隙間から出入りするという残念ぶり。しかも木の棒とは言ってもちょっと太めの枝をそのまま利用しているので曲がりまくっており、隙間から普通に出られそうなのだ。というか蹴れば折れそう。これはこの山賊一味、全員残念な脳味噌なのかも。
見張りすらいなくなった所でシアに指示を出しておこう。
「シア、お前一人で脱出して村に向かえ。あの村長ならばお前が来れば理解して手紙を渡してくれるはずだ」
(うん!)
という事でシアは一人歩いて普通に脱出。大丈夫か? この山賊どもは。
――それから四日後。
俺は何故か山賊の親分に気に入られ、逃げない限りは自由行動を許されていた。というか、厨房を任せられていた。高校からはずっと一人暮らしであり、ついでにバイトで食堂の厨房にいた事もあるので、普通に料理が出来てしまっていたのだ。
「あんちゃんこっちおかわり!」「俺も!「俺も俺も!」
「ちっ、うっせーな! 捕虜に何させてんだよ! まずく味付けするぞ!」
と、こんな具合である。
しかし一見可愛い連中も一皮向けば山賊。近くを通りかかった商人を脅し、時には殺して金品を奪い生計を立てていたのだ。結果、村には物資が行かず、情報も流れなかったという訳。
そしてこの日、ついに事態が動いた。俺宛に親分直々の命令が来たのだ。
「村に下りろ」
「いいのかよ、俺逃げるかもしれないぞ?」
「監視はしているぞ。逃げようとすれば村は火の海だ」
さすが親分、一応はしっかりしているのだ。
「お前には村から食料を調達してもらう」
なるほど、厨房を仕切っている俺だからこそ直々に行けという訳か。料理スキルも案外と命を助けるものだな。
村までの道中はお目付け役が一人同行。まー当然か。
「戻ってくるから少し時間くれないか?」
村の入り口でこいつと離れられないかと仕掛けてみる。
「そもそもオレは村の入り口まで送るだけだ。……だから人参減らしてくれない?」
おい、とツッコミを入れたくなった。親分よ、お前の子分は残念なのばかりだぞ。
「分かったよ。でもしっかり食べないと駄目だぞ」
「へへ……」
照れ顔を見せつつ、あっさりと帰っていくお目付け役。
そして俺はまず村長宅へ。
「あ! 大丈夫だったんですか!?」
まるで幽霊を見たような驚きよう。まあ仕方がないか。
「ええおかげさまで。というか馴染みました。シア……俺の鳥は?」
「手紙は渡しましたが、それからは分かりません。一応村人にも帰ってきたら報告するようにと話はしてあるのですが、やはり誰からも……」
うーん、という事は最悪、シアは逃げた可能性も……ないな。自分でも何故かは分からないが、シアの事は信用、信頼している。これが魔王の人心掌握術ならば見事なものだが。
ふと不安そうなレオ村長の顔が目に入った。いくら見た目が犬そのままでも、表情は分かるものだな。
「とりあえず直接的に手を出される事はないんで、そこはご安心を。親分とも話が出来るようになって、俺が戻れば村は無事だと約束してくれているんで」
「そう、ですか」
少し表情が緩んだ。
さて山賊と合流しようとした所で、何やら声が上がった。
「誰だお前!」
何だ? その声を聞いて村人も顔を出して集まってきた。ワンワン大集合である。そして黒い鳥も俺を目掛けて降りてきた。
「シア! という事は、やったか?」
(うん!)
よし、形勢はこちらに傾いた。