最終話C 価値
――三万年後。
時間転移は一瞬でした。
先ほどまで目の前にいた皆さんが、今は三万年もの遠き彼方です。
「――着いちゃったね」
僕よりも先にチカが寂しそうな声を出しました……。
「着いた。だけど……ここはどこだろう?」
空が暗いので恐らくは夜中に到着してしまった様子。細かい時間までは指定出来なかったようです。
僕が到着したのは、星のアルバムとチカのコアから逆算した、僕の生まれる十五年前になります。これは同一人物が同一時間軸上に存在している場合の危険性をなるべく排除し、その上で歴史に負荷をかけず改変するためです。
さて周囲には……。
「フェムティフューラとカプレルチカだな?」
突然声が響いたかと思ったら、暗闇から黒いプロテクトアーマーに身を包み、サブマシンガンと思われる銃をこちらに向ける人。それが……七人。
「そちらは?」
「抵抗すれば今ここでコアを破壊する」
……未来は、この空のように暗く閉ざされてしまっているようです。
あちらの武器がどのようなスペックを持っているのかが不明であり、かつ僕の事を知っているという事は、対策が取られているという事。抵抗は無意味でしょう。
「……分かりました」と僕は手を上げ、抵抗の意思がない事を示します。
「これより研究所まで警護する」
……警護? 逮捕拘束や護送ではなく、警護?? しかも研究所??
ともかく今は命令に従うしかありませんね。僕の前方に二名、左右に一名ずつ、後方に三名。まさに重要人物の警護ですね。
少し歩くと車が用意されていました。黒いバスタイプ。……偶然か必然か、僕の記憶にあるものと同一です。
――研究所。
まさかという他ありませんでした。この研究所こそが、僕がアンドロイドとして生まれ変わった場所だからです。
この研究所は、入り口は地上部に一ヶ所のみであり、一見して普通の工場です。それ以外は全て地下に埋まっていまして、僕の場合ではその規模は広大なものでした。
奥へと進み、エレベーターで下層へ。
「どこに行くんですか?」
「………………」
なるほど。
到着し、また誘導されて扉をくぐります。
「……ここは……」
巨大な球状の空間。そこには大型のモニタが幾つも浮いており、二十名ほどが働いています。そして通路がその空間の中央まで伸びていて、その中央に立つのが、お目当ての人物でしょう。
警護してくれた方を見やると、アゴで行けと指示を受けました。
空中回廊を進み、中央で僕たちに背を向ける”彼”と接触。
「やあ、おかえり。局所停戦用戦闘アンドロイド、ナンバー54」
こちらを見ずに、嫌味な声だけ。
そして振り返り僕を見た”彼”。年齢は五十代ほどでしょうか。銀色の髪に白衣です。
「……僕を知るという事は、全て知っていると考えても?」
「ああ。この通り」
彼が差し出したのは、あの星のアルバム。相当な厚みになっていますよ。
「どうぞ、中身を確認してくれたまえ」
「……失礼します」
……驚きました。
三万年もの間に様々な事案が発生しており、しかし僕の知る歴史とは異なり、この時代における度重なる戦争は、消滅したと言って差し支えないでしょう。
「君に問いたい。その記述は事実かね?」
「お答え出来ません。僕の知る歴史とは、あまり気も大きくかけ離れてしまっていますから」
「その答えが聞きたかった」
そう一言、彼は一人笑顔で軽く拍手。
……ふと、僕はどこかで彼を知っているんじゃないかと、そう思ってしまいました。しかし僕の記憶には、確かに彼はいない。
「おっと、申し訳ない。女性に名乗るのを忘れてしまっていた。私の名はクラウス。クラウス・ロット」
「……ロット……まさかっ……」
驚き声の詰まる僕。一方彼は大きく笑うのみ。
「はっはっはっ。さあて、どうだろう? 三万年前に存在した古の国家、グラティア王国。そこで勇者となった小さな種族の女性、アイシャ・ロット。彼女が結婚した相手は国王、トム=ヴァン・デー・ボンハルト。……私は証拠がない限りはそれを信じないという性格なので、ただの偶然だと思っている」
「――わたしいい? わたし作った人の中にもロットっていたよ」
「そうだった。……騙されるところだった」
チカのおかげで冷静になれました。
「騙すとは人聞きが悪い。ロットは確かに私の名字だよ。私はただその事実を申し上げたまで」
もしも本当にアイシャさんの子孫だとしても、僕は彼を好きにはなれそうにありません。
唐突にモニタが赤く点滅。
「クラウス様! 記述が書き換わりました!」
オペレーターの一人が声をあげ、変更された記述が画面へと映し出されました。
「皇暦6093年、フューラとリサ、同日に帰宅。……君はこれをどう……ははは、そうか」
彼から初めて優しい声が聞こえました。
それもそうでしょう。今の僕は、満面の笑顔ですから。
彼の態度が急変し、僕に対してへつらうような姿勢になりました。
「今までの非礼、お詫び申し上げます。では改めて全てを明かしましょう」
すると僕のコアに直接情報が流れ込んできました。これは、この時代がどういうものなのかという、つまりはこの時代における教科書ですね。
――現在の暦は、宇宙連邦暦20160年。
人々は夜空に浮かぶ星々に手を伸ばし、外銀河の星にすらも入植を行っています。
……この星”地球”は、既に宇宙開発の中心ではなくなっていますね。全人類種においての故郷として、聖地という扱いのようです。
つまり、僕の持つ技術など、とうに追い抜いてしまっている訳ですね。あはは……。
「……ここまで未来は変わったんですね……」
あまりの変貌振りに、落胆の声が出てしまいました。
「驚きでしょう。しかしこちらも驚いたのですよ」
「……というと?」
するとモニタがひとつ追加され、そこに僕の知る光景が映し出されました。僕の知る、この時代の光景です。
「失礼ながら、ここに来るまでの間に、君の記憶をスキャンさせていただきました。そして正直に申し上げる。まさか君の知るこの時代が、あのような事態に陥っているとは。そして過去へと飛んだ君が、どのように世界を変えたのか。筆舌に尽くしがたい」
「そうでしょうね。現在の人々はどうやらとても平和に暮らしているようですから」
……そんな彼らには、僕の過去など……。
「僕の過去など、価値はないでしょう……」
「いいえ。フューラ君、君の持つ過去は、大いなる価値を持っています」
「……大いなる価値?」
すると彼は胸に手を当て、頭を下げました。
「非常に失礼な物言いになる事をご了承願いたいのですが、我々にとってこの記憶は、誰一人として知る事のない、唯一無二の、本物の終末なのです」
「……つまり、資料的価値があると」
「はい。しかしそれは一方の面。もう一方においては、これが大きな抑止力となるのです。先ほども申し上げましたとおり、現在を生きる我々はこの凄惨な光景を知らない。だからこそ、知るべきなのです。未来をより平和なものへと書き換えるために……」
……そんな事、考えた事もありませんでした。
機械であり続ける事で、過去が価値を持つ事を否定し続けた僕。なのに、その過去が未来のために価値を持つ。未来のために役に立つ。僕の過去が、未来を変える……。
「……人を、救う……」
考えにふけっていましたが、ふと意識を戻すと周囲がおおわらわになっています。モニタが何度も赤く点滅しては、オペレーターさんたちが泣きそうな声を上げていますよ。
「どうした!? なんなのだこれは!?」
「分かりません! ……またです!」
「……あのー?」
「ああ! 今は手が離せないっ!」
「何が起こっているのかだけでも……」と、これまた僕に直接情報が流れてきました。
――ほほう。この時代においては、星のアルバムは全世界に公開されているようです。そしてこの研究所……正式名称はテラメモリアと言うそうですが、ここが星のアルバムを管理しているようです。全ての改変は記録され、それらも全て自由に観覧が可能との事。
ちなみにアルバムが書き換わる事は数年に一度程度であり、一度でも書き換われば世界中がひっくり返るほどの大ニュースになるとの事。
……だからなんですね。
モニタが赤く点滅するのはアルバムが書き換わったサインなんでしょう。
それが、僕が帰還した途端に何度も何度も点滅するせいで、とんでもない事になってしまっていると。
うーん……罪悪感を持つべきでしょうか?
しばらく静観していると、ようやく落ち着いてきた様子。とはいえやはり赤く点滅しますけど。
「……あ、そうだ」今は僕がアルバムを持っているんでした。
さて書き換わった箇所を見ていくと……過去も未来も書き換わっています。
「――おねえちゃん」
「ん?」
「わたし、何が起こってるのかよく分かってない」
……それもそうでした。
「すみませんけど、こっちに話を戻してもらっていいですか?」
「あ、ああ……。こちらこそ申し訳ない」
彼、顔面蒼白ですよ。
「僕は状況を把握しました。そちらも既に自分たちのすべき事は分かっていますよね?」
「……未来がこれほど変わってしまっては……」「僕の質問に対する答えじゃありませんよ、それ」
アイシャさんやカナタさんならば、ここは絶対に強く出るはずです。
「――おねえちゃん……」「分かった分かった」
さすがにチカも痺れを切らしてきていますから、一気に本題へと移ります。
「僕からの要求を伝えます。まず僕自身は人間に戻りたい。この世界の技術ならば、恐らくは可能でしょう。そしてもうひとつ。僕は、アルバムに記載されたとおり、過去へと帰ります」
「し、しかし……」
「それから、このカプレルチカについて。彼女に素体を与え、ここからはるか先まで、この星のアルバムを見守る者としての使命を与えてください。これは、勇者アイシャ・ロットの望んだ事です」
気付けばオペレーターさんも含め、全員がこちらに注目しています。
「……だが」「あなたがロットの姓を名乗るのであれば、覚悟を決めてください! でなければ、僕はもう一度この星を滅ぼすまでです」
もちろんこれは単なる脅し。そんな事するはずがありませんよ。
「く……クラウス様……」
赤く点滅したモニタを確認してみると、”20160年、フューラにより人類滅亡”とありました。
「あはは。さぁーて、未来予知されちゃいましたね」
僕には分かっています。これはこの星からのメッセージ。未来を書き換えるという事の意味と方法を問うているんです。
「……私たち自身で、未来を書き換えろと……」
「どうしますか?」
赤く点滅したままのモニタを呆然と眺めていた彼は、力なく膝から崩れ落ちました。
「そんな……そんな……未来を……」
「既に僕たちは未来を書き換えたんです。書き換えたからこそ、この世界があるんです」
「……だからといって……」
……僕にも、堪忍袋の緒というものがあります。
「いい加減にしてくださいね。あなたは今、僕の仲間を……アイシャさんを、カナタさんを、シアさんを、リサさんを、ジリーさんを、モーリスさんを……そして、過去にいる全ての人を否定したに等しい。……そしてそれは、これから先の未来を否定したにも等しい」
ただうつむいたままの彼。
「未来を書き換えるのが、そんなに怖いですか?」
「……当たり前だ……」
「あなたにとって未来とは、既に存在している過去と同等なんでしょう。でもそれは大きな間違いです」
全員が固唾を呑み、僕の一言を聞き漏らすまいとしています。
「未来は、書き換えるものじゃない。未来は、作り出すものです」
これが、僕の出した答え。
生まれてからずっと散々な目に遭い、僕自身の手で世界を壊してしまった。そして過去を改変し未来を救う。
……そんな大それた事に本気で挑んだ僕の出した、本当の回答。
「僕は全く怖くなんてありませんよ。だって、その未来はまだ存在していないのだから。この星のアルバムは、未来予知の道具でも、過去改変の道具でもない、あくまでもこの星からのメッセージに過ぎません。未来はこれから作り出せるという、ただこのひとつのメッセージを僕たちに伝えるためにあるんです。……この赤く光るモニタの数々は、今まさに未来が作られているという、その証明なんですよ」
「未来を……作り出す……」
「はい」
あはは、さっきまで僕が人類を滅亡させると書いてあったモニタが書き換わりました。
――20160年。フューラ、人間への再生手術に成功。同年。カプレルチカ、星の守人を襲名。
「だって。良かったね、チカ」
「――これ、どれくらいの出世かなぁ? 勇者に並んだ? 魔王に並んだ?」
「それはお前の頑張り次第」
「あはは、言われちゃったー」
すぐ調子に乗るのがチカの悪癖ですね。
「――おねえちゃん。未来のジリーは私がしっかりと見つける。約束するから、おねえちゃんはその事を過去のジリーに伝えてあげてね」
「約束するよ。……姉として」「うぉっ! マジ!? わたし超嬉しい!!」
あーぁあ。あはは。
――それから十年後。
「おねえちゃん、あっちでタイムマシン作ったらさ、みんなとおいでよ」
「あはは。さすがにそれはないよ。何たって今の僕にはこいつの設計図が入っていない。一方通行。これで本当に今生のお別れだよ」
「……だったらさ、過去から未来を見守っていて。……だって……わたしだって……寂しいんだもん……」
「こらこら、泣くのは無しって約束したじゃないか」
「うん……」
完成したタイムマシンに入り、転送ボタンはカプレルチカが押します。
「おねえちゃあぁあん……また会おぉうねぇえぇー!」
チカの奴、もう涙を隠す事すらしなくなっていますよ。
「……仕方がない。その時になったらアルバムを通じて教えてあげるよ」
「おおぉおねええぇえぢゃああぁあん」
「あはは、全くお前は。お姉ちゃんを心配にさせるんじゃない! ほら、頑張れ!」
号泣するチカをなだめ、僕は皇暦6093年へと時間旅行を行いました。
――皇暦6093年。グラティア王国、王都コロス。
僕はこの十年間、ずっとこの一言が言いたくて、言いたくて言いたくて仕方がありませんでした。
それが、ようやく言えるんです。
あの頃と変わらない景色。
あの頃と変わらない空気。
あの頃と変わら「ガシャアアン!!」「あっ! こら!! シアそいつ捕まえろ!!」「待てっ! って角がああっ!!」「あっははは!!」「相変わらず何やってんだか」「そっち行ったよー」
……どうやらあの頃以上に騒がしくなった我が家。
「あのー?」
と、そんな喧騒に足を止めていると、後ろから声を掛けられました。
「はい? ……あああっ!!!」
「ふふっ、十年ぶりですね。さあ、皆様と感動のご対面をいたしましょう」
「あはは、そうですね。では一緒に」
「ええ、一緒に」
「ただいま!」「ただいま!」
完。




