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第百七十五話  いつもの晩御飯

 ――東京からしばらく。

 「えっ!? 帰るって、もう!?」

 あれから俺たちは、星の願いを広める事に注力した。

 最初はトム王ですらも半信半疑だったのだが、俺たちの”お土産”を見た途端、血相を変えてあの話を信用した。

 その”お土産”は、現在アイシャが所有している。


 そんな中で発せられた言葉が、最初の一文だ。

 「はい。僕もリサさんも、充分納得した上での決断です。僕たちは自分の時代へと帰還します」

 「……いつ?」

 「明日」「ええええっ!?」

 この申し出を朝食製作中に聞いた俺は、焦って手が滑りフライパンに触ってしまった。

 「あっちいぃっ!!」

 「ああ!」「あぶなっ!」

 とフライパンの中の目玉焼きが宙を舞ったが、アイシャが皿でナイスキャッチしたので大事には至らず。この時代の玉子は、一個三十二ブロンズと結構お高いのだ。


 「あれから魔族領にある地下工場は全て停止させられましたし、大陸の地下工場も順次停止しています。帰ってからのお土産話も沢山積みましたし、それに……」

 フューラの視線は、東京からの”お土産”である、あの星のアルバムへと向いた。

 「だからって、そんな急がなくてもいいじゃん」

 アイシャが若干ふくれ顔でそう引き止めると、次はリサさんが口を開いた。

 「わたくしもフューラさんも、もう居ても立ってもいられないのですよ。早くあの書き換えられた未来に到達し、自らが書き換えたくて仕方がないのです」

 「……だからって、明日って……」

 「善は急げって事だろ」

 「はい」

 俺の結論に二人とも笑顔で返事。


 俺たちが帰宅して数日後、トム王経由で魔族領のオムケルヒトさんから、魔族領内にある全地下工場の停止が完了したと知らせを受けた。その直後、星のアルバムが書き換わった。

 そこには現在からリサさんの時代まで、つまり約千四百年分が一気に書き加えられ、その未来が明るいものだと示された。しかしリサさんの起こしたローザクローフィは変わらず、そしてリサさんがこちらに飛ばされてから三年後、つまり年齢の経過を計算に入れ時代を戻る場合、すぐに新たな戦争が起こると予言されていた。

 リサさんはこの戦争を止めたいのだ。

 「わたくしが留守にしたこの三年間で、少なからずわたくしの立場にも変化が起こるはずです。そして恐らく、民衆はわたくしを必要としている。なれば君主たるもの、民の声に答えなくて、どうしますか」

 「だからって」「アイシャさん。アイシャさんはトム王様に認定され勇者となりましたよね。しかし本来勇者というものは、その人の心の持ち様だと、わたくしは思うのです」

 真剣なリサさん。これは絶対に譲らないぞ。


 「……はぁ。そう言われたら断れないよ。だって、私たちは全員が勇者だもん」

 と諦め声で言ったアイシャの目線は、シアへと向いた。

 「え? 私もなのか?」

 「あんたねぇ……」「冗談冗談。ははは」

 いい雰囲気をぶち壊す。さすがは魔王様だ。

 「んんっ。元魔王の私が現役勇者の前でこんな事を言うのも何だが、私としては勇者という称号は他人から与えられる物ではなく、自身がどう思うのか、だと考える。自分で自分を勇者だと称える事が出来たのならば、それは正しく勇者なのだと思うのだ」

 「……チッ!」「なぁっ……」

 ははは。どうやらアイシャもこの意見には賛同のようだ。

 「んー分かった! いきなりだったから、寂しがる間もないのは惜しいけど、だったら私たちも悔いなく送り出さないと」

 「覚悟を決めたな」

 「決めないと先に進めないからね。私たちも、二人も」

 みんなが笑顔でそれに頷ける。これが俺たちだ。



 まずはアイシャが指示を出す。

 「私はトムに報告してから、それぞれ会いたい人に連絡取るね。誰かいる?」

 「僕は……レイアさんですかね。一番お世話になりましたから」

 「あはは、それは当然。他には?」

 しかしまあ、あのフューラがまさかここまで更正するとは。やっぱり初代を失くしたのがかなり大きかったんだろうな。

 「――分かった。リサさんは?」

 「わたくしは、まずはレオニート様ですね。それとアクビ教皇様も」

 「さ、さすがは王女様……」

 「ふふっ、誰のせいでここまで交友が広がったと思っているのですか?」

 間違いなくアイシャのせいだな。そのアイシャは苦笑いで返している。


 「あはは……。要望どおりに全員集まれるかは分からないけど、トムにはしっかりと伝えておく。カナタは私に付き合って」

 「はいはい。あーその前に。フューラ、こっちにあるお前の私物はどうする? さすがに残してはおけないだろ?」

 「指示書は用意しておきますのでご安心を」

 「了解。さすがに分かっていたか」

 笑って頷くフューラだが、俺には分かる。言われて気付いたのを隠した笑顔だこれ。

 「あたしとモーリスは?」

 「二人にはグラティアの中で動いてもらおうかな。シアは魔族領」とのアイシャの指示。

 「おっけー」「はーい」「まあ、そうなるであろうな」

 この三人は言わなくても動いただろうけど。



 ――王宮、玉座。

 最早おなじみ、グラティア王宮の玉座。

 俺が最初にここを見た時は、この世界がゲームの中なんじゃないかと疑った。結果的には予想外の着地点だった訳だが、それはそれで楽しめているから正解だと言える。

 「トム、今暇?」

 「暇な王様なんていないよ。それで?」

 「うん。明日ね、フューラとリサさんが元の時代に帰る事になった」

 ほんわかした笑顔のまま固まって数秒。

 「………………えっ!?」

 「マジだよ」「マジです」


 その後幾つか説明して、ようやく理解してもらえた。

 「……本当に急だね」

 「ねー。でもいつかは来るだろうなって思ってたから、私としてはそこまでのダメージじゃないかな」と、将来の旦那の前で強がる勇者様。

 「その割りに三度も”だからって”って言って引き止めようとしていたけどな」

 「だって、それは……」

 一方将来の旦那は笑っている。

 「あはは。アイシャ、気持ちは分かるけどさ、ここはしっかりと送り出してあげるのが仲間ってものだよ」

 「だからっ……んもー」

 はい、嫁の負け。


 「諸外国へはこちらから連絡を入れます。でも、いつどこからどうやって帰るんですか?」

 「あ」「あ」

 アイシャと顔を見合わせ、さてどうしようかとお互い考える。

 「……工房だろうから、頼める?」

 「だと思った」

 こういう時に携帯電話があればなぁ。

 「ああそうだ。工房だけでは狭いと思いますから……コロシアムを使えるようにしちゃいます」

 「さすがは王様、太っ腹。それじゃあまた後で」



 ――フューラの工房。

 「おーい」「はーいどうぞー」

 という事で入ると……おや、随分とすっきりしてる。ごちゃごちゃと置いてあった工具類も片付けられ、一角に機材がまとめられている。

 「もう片付け始めていたか」

 「はい。東京から帰ってきてすぐに、開発環境だけは残して、他は順次分解と廃棄をしていました」

 「という事はとっくに決めていたのか……」

 こう見ると、改めてその時が来たのだと実感させられる。


 「寂しいですか?」

 と、そんな言葉を無表情のまま俺にぶつけるフューラ。

 「そりゃーな。はっきり言ってお前が一番扱いづらかった。その分情も移ってる」

 「あはは。僕は……僕は、機械でしたからね」

 ジロリと冗談で睨むと、花が咲いたような、ここ一番の笑顔を見せてきた。

 「はぁ、全く。お前がいなくなると静かに……は、ならねーな。だけど当分は違和感が残りそうだ」

 「ならば僕としては大満足です。戻ってからも頑張れます」

 「本当に頑張れよ。頑張って」「帰ってきます。僕の家はこの時代にありますから」

 笑顔一転、真剣な表情。真っ直ぐに、覚悟を決めて突き進む。こいつにはそれが出来る。

 ……ああ、オーナーたる俺の確信だ。


 俺は無言でフューラを手招き。何事かと近付いてきたフューラのその頭を、ナデナデ。

 「……はい。ご命令の通りに。えへへ」

 仕方がないなー、俺も笑顔になってやるかー。


 「フューラさーん、よろしいですかー?」っと、この声はリサさんだ。

 「はいどうぞー」と俺が答えると、笑いながらリサさんが入ってきた。

 「ふふっ、来ていたのですね」

 「ちょっと前にですけどね。リサさんも部屋の片付け……全部持って帰るつもりでしょ?」

 「バレてしまいましたかーふふっ」

 やっぱり。ジトーっとした目線を送ると、こちらもニコニコと笑顔でしっぽを揺らす。


 「それでフューラさん、カミエータはいかがいたしましょう? 持って行ってもいいものなのでしょうかね?」

 「うーん……一応回収させてもらいます。あ、それとカナタさんの銃と乗り物類一式も全てですね」

 「丸腰に逆戻りか。歴史を無闇に改変しないためとはいえ、不便になるなぁ」

 と、フューラが耳打ちしてきた。

 「実は、設計図だけは敷地内のどこかに隠してあります」

 「……だからレイアさんか」

 「そういう事です。あはは」

 悪い事を考える奴だ。


 「あ、本題を忘れてた。人を大勢呼ぶ事になればここだけでは狭いだろ? だからトム王がコロシアムを使えるようにするってさ。んで、何時にどこでどうやって転移するのかを、確認してほしいって話だったんだよ」

 「随分と遠回りですね」「あ?」「いえいえあはは」

 フューラもすっかり辛辣になったもんだ。いや、これが本来のこいつの性格なんだろうけど。

 「タイムマシンは……あれです」

 とフューラが指差したのは、ツードア冷蔵庫くらいのサイズの機械と、円柱状でガラス張りの機械。SFで出てくる円柱状の転送ポットそのままのデザインだ。

 「持ち出せるのか?」と聞いたら、答えたのはリサさん。

 「これくらいのサイズならば仕舞えますよ」

 「という事です。それと帰還予定は正午を考えていましたけど、多少の前後は構いませんよ」

 了承した俺は軽く手を振り王宮へ。



 ――王宮、玉座。

 「――という事です」

 「分かりました。その間にこちらも各国に話を通しに行っています」

 「だから小さいのがいないと」

 「ご明察」

 アイシャの事だから、寂しさを紛らわしたかったんだろう。

 「兵を出せば済むと言ったんですけど、どうやら動いていないと気が気でない様子でした」

 「ははは、そりゃそうですよ。一番離れたくないのはあいつですからね。……あ、そうだ。晩飯は家で普通に食べるので、変な気は起こさないようにしてくださいね」

 「……バレました?」

 「やっぱり」

 俺が工房から戻ってきてから、兵士の動きに違和感があった。盛大に何かを始めようとしている、その予兆に思えたのだ。

 であるならば、答えはひとつだけ。そういう事だ。


 「気持ちは分かりますけど、俺としては二人がまた帰ってくると信じています。信じているからこそ、最後の晩餐だなんて縁起の悪い事はしたくない」

 「……分かりました。あーだけどひとつお願いがあります。オレも混ぜてください」

 「ははは。食費は自腹ですからね?」

 「厳しいっ! ははは」

 一国の王が一般人の家で普通のご飯を共にする。グラティアだからこそ出来る事だ。



 ――その晩。

 「お邪魔しまーす」

 「はいどーぞー」

 本当に来たよ、この王様。

 「あれっ!?」とみんな驚き顔。そういえば言っていなかった。


 「寂しい反応だなー。これでもオレだって仲間のつもりなんだよ?」

 「あはは。んー、うん。トムとしては私たちの仲間だと思う。だけどグラティア王としては違うよ?」

 「アイシャも厳しいね。でも」「分かってるって。王様は王様として国民全員を見なきゃいけないんでしょ? こっちにだって魔王様と王女様が揃ってるんだからね?」

 「ははは、そうだね。お二方ともオレよりも先輩でした」

 俺自身としては、トム王がアイシャの幼馴染”トム”としても、みんなの”グラティア国王”としても、俺たちに手を差し伸べ、目をかけてくれ、そして心配してくれていた事は知っている。なので仲間というか、戦友の類だと認識していたりする。


 俺の作った食事は、本当に”いつもの晩御飯”にした。

 「安心しますね」

 「ええ。……今のうちにしっかりと味を覚えておかないと」

 と、二人とも真剣に食べている。

 「明日の送別会ですが、王宮から声をかけた方々は全員参加という返事をいただきました。十時を目安にコロシアムに集合としてあります」

 「魔族領からもミダルとオムケルヒトが参加だ。タイケは残念ながら所用があるとの事で、明日ミダルに手紙を託すそうだ」

 「あたしらのところは全員二つ返事だったよ。まあ近いからね」

 国内で二人が選んだのは、レイアさんに魚のホネ焼き食堂の船長にカジノのオーナー、そしてポール・テーラーのロベルト社長だ。

 この人選になった理由としては、フューラは技術大臣として働いているので、外部に知り合いが少ない事。リサさんも斡旋所経由で仕事をしてはいるが、その規模が小さい事。この二つがある。


 「アイシャさん、あれからアルバムに変化は?」

 「んーちょっと待ってね」

 やはりフューラはそれが不安なんだな。

 アイシャがアルバムを持ってきて、年表を確認。

 「……あれからは変わってないね」

 「そうですか。……約三万年後、今起こったこの変化が、どうなっているのか……」

 「私はね、少なくとも悪化はしていないと思ってるよ。このアルバムを後世に伝えていけたのならば、滅亡する運命を選ぶ人なんていないはずだもん」

 そう励ましたアイシャに続き、トム王も。

 「このアルバムはグラティア王国が責任を持って、千四百年後のチェリノス連合王国へと繋げます。そこからはより長い時間が開きますが、恐らくはリサさんの帰還により変化があるでしょう。その変化を未来に生きる”彼ら”が受け取ってくれたのならば、フューラさんの時代までも繋がりますよ」

 不安を隠さないまま頷くフューラ。


 「ふふっ、大丈夫ですよ」とリサさん。次に人差し指を立たせ、とても偉そうな態度で語り始めた。

 「これはわたくしのカンなのですが、この星のアルバムは、わたくしたちに未来を見せる事で、その未来を考えさせ、変えようと働きかけるのだと思うのです。つまり未だにフューラさんの項に変化がないのは、まだその時ではない、という意味なのですよ」

 そんな事を言われたフューラの目線は俺へ。

 「まあ、なるようになれだよ。それと、これは全員に言っておくけどな、もしも星が滅ぶとしても、それはお前らのせいじゃない。お前ら一人でこの星が救えるだなんて、思い上がりも甚だしい。まずは自分の出来る事をよく見定め、そして人と手を取り合って進め。そして、無理はするんじゃないぞ?」

 「あはは、それじゃあ今と変わらないじゃないですか」

 「手段を変える必要はないよ。目的を変える必要もない。何故ならば、とっくにお前ら一人一人が未来を変えているんだ。後はそれを継続すればいい。……カプレルチカ。分かったな?」

 「――あはは。うん。おっけー」


 俺がチカを指名したのには一つ理由がある。

 「あっ、書き換わった!」

 これを狙っていたからだ。

 「0360年ごろ、カプレルチカに素体が与えられる。……だけ」

 「――そっか。わたし壊されるんじゃないんだ。……わたしの運命、変更になった」

 静かに、だけど少しだけ明るい声。やっぱりこいつも何だかんだで選ばれている。

 「お前は過去を改変したフューラを壊すために、余計に過去を改変してしまった。逆に考えれば、お前が一番未来を変えたって事なんだよ」

 「――その考えはなかった! あはは! それじゃー勇者の仲間として、一肌脱ぎまっしょい!」

 本当に嬉しそうなチカの声。こいつもこれで先に進める。



 ――食事終了。

 トム王はこの後も公務があるとの事で、アイシャが護衛に付き王宮へ。

 帰ってくるなり大あくびのアイシャだが、俺たちも同じくあくびが出たのでベッドへ。

 「と言いつつ俺は未だにソファだが」

 「僕とリサさんがいなくなったら、アイシャさんとシアさんを二階に移して一階の部屋を使えば良いじゃないですか」

 「そうしたらお前、帰ってきたら部屋がないぞ?」

 「あっ……」

 と、帰ってくる気満々なフューラ。

 「フューラは普通の人として帰ってこられるけど、リサさんは王女だから厳しいかな?」

 「実は奥の手を考えています。ふふっ、その時まで内緒ですけどね」

 一番危ない。


 「それじゃあおやすみなさい」「おやすみなさい」

 「ああ、おやすみ」

 次にこの言葉を二人にかけられるのは、いつになるのだろうか。



体調的にこの話が一番書いていて厳しかったです。十分も座ってたら一日ぶっ倒れていましたから。


そして次回、最終回三話連続投稿で〆ます。

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