第百六十九話 最終決戦
――オーバー100クラス決勝戦。
空には満天の星々と、黄色く輝くまん丸お月様。コロシアムにある灯篭には全て火が灯り、幻想的な光景を生み出している。
勇者対魔王。
あの二人が本気で剣を交えるのは、これが初めてであり、恐らくは二度とない。
それを知ってか知らずか、この一戦のために客席はさらに混雑しており、今年一番の盛り上がりを見せている。
一方の俺は、少し感傷的な気分に浸っている。俺たち七人が揃っての祭りは、これが最初で最後だからだ。
……七人揃う事が出来た。
未だに俺が生み出された事に不満はあるが、しかし感謝もしている。
この感謝の気持ちは、初代の物であり、そして二代目の俺の物でもある。
何故そういう心境になったかだが、俺が生まれてから今日で六日目、一秒たりとも暇を持て余した事がないという事実。そしてあいつらが、作られたこの俺を”折地彼方”として見てくれているからだ。
「カナタさん」とトム王に声をかけられた。
「王様なのに夜遊びですか? なんちゃって」
「ははは。……オレはアイシャが勝つと信じています。勝ってもらわないと困ります。カナタさんはどう見ていますか?」
「………………さぁ?」
じっくり考えたが、答えが出なかった。いや、答えを出したくなかったのかもしれない。心から楽しむために、一瞬一瞬に一喜一憂するために。
コロシアムの中央にバジートフさん登場。
「皆様お待たせいたしました。グラティア王国謝肉祭、武器屋対抗武術大会の最終試合、オーバー100クラス決勝戦の開始です!」
少しの休憩を挟んだせいで、観客はまたもや元気一杯。そしてその歓声に迎えられ、アイシャとシアの登場だ。
対角にある入り口から、片やニヤニヤと楽しそうに、片や胸を張り堂々と、そして両者ともゆっくりと中央へ。
「ではお二方に今の心境をお聞きします。まずはアイシャ選手」
「んにひひ。ぶっ殺す」「やれるものならばやってみろ」
まずはお互いじゃれ合う。
「えーっと、予定調和って言ったらまずいかな? あはは。でも、ここまで来たからにはキッチリ勝ちます。勇者として、魔王には負けられないもん」
口笛指笛が響くコロシアム。
「次にシア選手」
「……来たんだな、私は……」
星空を見上げ感慨深げに放たれたこの一言は、俺の涙腺を緩め、笑顔にさせる。……来たんだな、俺は。
「魔王というのは勇者に敗北するのが常だ。しかし私は元魔王だ。元であるのならば、勇者に勝利しても悪くはなかろう?」
自信満々のシアの表情に、観客も笑いと拍手を送る。
「……英雄になれ。アイシャ」
「願い下げ。大体ね、私にとってはここからが本番なんだよ。あんたを倒して、勇者のチュートリアルを終わらせてやる」
少し驚いた表情を見せたシアに、アイシャはイタズラ笑顔。
アイシャの目指す真の勇者とは、かくも果てなく気高いのだ。
アイシャはフューラが素材を作り、レイアさんが打った剣を握り、シアは初代から受け継いだスフィアという名の銃を握る。
開始前だというのに、既に二人には一分の隙も見当たらず、観衆もその雰囲気に飲まれ、言葉なく静かにその時を待つ。
そして魔法が放たれ、はじけて試合が始まった。
――アイシャ視点。
向かい合った時から既に楽しい。
「一発でも当たると思ってんの?」
「一撃でも当たると思っているのか?」
お互い楽しくてニヤニヤしっぱなしだよ。
まずはお先! とはいってもいきなりは狙わない。私だってあいつのやる事は分かってるんだから。
牽制しつつ特に手は出さずフラフラと走っていると、ようやく撃ってきた。とはいっても当たらない当たらない。あいつもまだ牽制で本気で当てには来てないし。
と、銃撃が停止。……あいつ、アレをするつもりだ。
「バレットイフリート!」「赤き炎よ宿れ!」
あはは、やっぱり。同時に詠唱したからシアも笑ってる。
「ははは、つくづく気が合うな」
「嫌?」
って聞いたら意外そうな表情をした。
「それは私の台詞だぞ?」
「だったらそれが答え。ほら、さっさと続けるよ」
全く嬉しそうに笑っちゃって。私もだけどっ。
シアの銃、スフィアから放たれた赤い光跡が綺麗。だけどこっちも剣が赤く燃えて綺麗だよ。周囲が暗いから余計なのかな?
そんな事を考えつつ、シアへと切り込む。まずは普通に一発! はい、避けられました。だけどここはちょっと押そうかな。
「うるぁっ!」と剣を振って、少しの違和感に気がついた。そしてその違和感の原因には一瞬で気がついた。
シアの奴、普通では分からないくらいに、魔法でほんの少しだけ重力を変えたんだ。魔法陣が出てないところを見ると私にだけかけるタイプかな。だけど私には効かないよ。なんたって私の特殊能力が自分自身の重力制御だもん。
……あ、すぐに対抗するんじゃなくて、少し放っておいてシアが騙されるのを待とうっと。
シアの弾幕が薄くなったタイミングで切り込む!
んー、けどビミョーに、踏み込みがあと一センチくらい足りない。ほんの少しの違和感がここまで影響するんだから、キッチリ合わせてきたレイアの技術には改めて脱帽。終わったら感謝言わないと。
それを確認したシアは、余計に口元が緩んでる。もう表情から裏工作してるのバレバレ。
でもって裏工作には裏工作で、もうちょっとだけ騙されたふりをします。
「どうしたどうした? はっはっはっ!」
あ、こいつ本当に気付いてない。
普段だったら柄が当たっちゃうくらい、わざと余分に踏み込んでみる。多分……。
「おりゃっ!」と予想通り! いきなり体が軽くなって、剣に振り回された。予想通りっていうのは、軽くしてくるだろうなって所。
「はっはっはっ! 勇者の力とはそんな物か?」
んー……よし。攻勢に出ましょう。
重力を重くされた分、自分の特殊能力で軽くする。ただそれだけ。
「うるぁっ!」「おあっ!?」
ああ惜しい。さすがにいきなりはうまく行かなくて、ギリギリで避けられちゃった。
その後も二度三度振ると、もう体が覚えてきた。さっすが私ぃー!
「アイシャ……貴様……」
「あはは! あんたのやってる事なんてとっくにまるっとお見通し!」
と言いつつしっかりタイミングを合わせ一撃ぃぃっと!? タイミングが外れた!
「くっくっくっ! 私とてそれくらいは読んでいる! さあ一瞬の重力変化に踊らされるがいい!」
はっはーん、最初からそっちが狙いだったって訳か。悔しいけど乗せられちゃった。
だけど、理解したんだから後はどうにでもなる!
っと思ったらシアが乱射開始!
きっと逃げるこっちの重量を上下させて感覚を狂わせるつもり。ならばまずは充分距離を取る。転んでもただでは起きないための時間稼ぎね。
んー、とはいえ簡単には距離を稼がせてはくれないか。シアも足で追ってきた。
「あんたそんなに撃って残りは大丈夫なの?」
「事前に補給済みだ! バレットセラフ!」
あいつ、光属性に変えやがった! それ自体は痛くないけど、眩しくて邪魔くさい!
……だったらこっちも一歩進む。
「閃光よ我が剣となれ!」
雷属性だからすっごい派手。剣から火花がバチバチ飛んで、一層歓声も大きくなった。そしてこれを選んだ理由だけど、とにかく近寄ったら一番危ないのがこれだから。しかもシアは角が立派だから、そこに落雷する可能性アリ。
あとは剣を振って雷撃を出しつつ距離を離す!
バリバリといい音を出して青色の閃光がジグザグに飛んでいく。魔力は最小限だから当たっても痺れる程度だし、観客席には影響ない。……はず。
んー……よしよし。シアが怖がって止まった。
「アイシャ! さすがにそれは危ないぞ!」
「うっさい! あんたこそ飛び道具連射で危ないったらありゃしないっての!」
わーいわーい今のうちに逃げてやるー。
充分離して振り返ると、シアは動いてなかった。そこまで怖がらなくてもーっと思ったら一発飛んできた。けれど私の足元に着弾。外れたってよりも、外したんだと思う。
……ははーん。全弾避けてみろと、そう言いたいのかな? よろしい。一旦魔法を切って待機。
来た来た! 乱射してきた! ならば小人族の本領発揮!
右へ左へ飛んで跳ねて避けまくる! 観客からも「おー」って声をもらって、ちょっと乗ってきた!
けど、それだけじゃ面白くない。
「黒き風よ我が剣となれ!」っと風属性付与して、距離は保ちながらも私からも攻撃だよ!
自分でも驚くほど避けまくれてる。……あ、そうなんだ。私って、今の今でも成長してるんだね。なんか俄然面白くなってきた!
「おりゃっ!」と風を飛ばしつつヒョイヒョイ避けていると、ピタリと銃撃が止んだ。……っていうかシアが焦っていて、銃を上下左右に振ってる。
「もしかして壊した?」
「言うな!」
あー壊したんだー。あーぁあー、あれカナタのなのにー後で怒られるんだー。
――ちなみに試合後カナタに聞いたら、ジャムったって言ってた。パンに塗る? って聞いたら違うって。簡単に言うと、私の風で飛んだゴミが銃に挟まったらしい。さすが私、持ってるね。あはは。
シアは仕方なく銃を仕舞って、魔法に切り替えるみたい。
「あんた攻撃魔法ってあんまり使った事ないんじゃない?」
「詠唱魔法ではな。だが動作魔法は攻撃系が大半だぞ」
へぇ、やっぱりシアは魔族の王だ。っといきなり手を振って火の玉飛ばしてきた! 距離があるから余裕で避けられたけど、危ないなぁ。
「くっくっくっ、私の魔力は無尽蔵だ。さあ勇者よ、どこまで耐えられるか見せてもらおうか!」
「あっははは! あんたには似合わない台詞!」
だったら私も魔法を……と思ったけど、私が普通に使える攻撃魔法って四つしかないんだった。リサさんに教えてもらえば覚えられるみたいだけど、剣のほうが私には合ってる。
シアからの攻撃が始まった。もうね、熾烈っ!
準決勝のリサさんがやった暴発みたいな攻撃よりもさらに激しくて、かつ私をキッチリ狙ってくる! ひとつ回避したらもう次が来てる感じで、足を止められないのは当然として、攻撃位置にもつけない。あいつここで決めるつもりだ!
「あっ」足が……重力変えやがった! 避けろ私ッ!
……被弾した。
左手で庇ったからちょっと火傷した程度で済んだけど、何発も食らうとまずい。これは本気出さないと。
シアの作戦は分かったから転ぶような事はなくなったけど、それでもかなり厳しい。とにかく手を考えないとジリ貧だ。
……こういう時は、私の外に答えがある。みんなだったらどうするか……。
「んあああっ! 考える暇がほしいっ!」とも言っていられないけど。まずはカナタだったら……カナタって基本囮役だから逃げるしかないじゃん!
あーだったらフューラ……被弾しても関係ない! リサさんは防壁を張りつつ強い魔法でやり返す。私にはムリ! ハイ次! モーリス? 防壁で堪えるよね。これも私には当てはまらない。だったらジリーは……モーリスと一心同体! 駄目じゃんっ!!
「あとはシア!」シアだったら魔法を全部撃ち落しそう。なんだ結局全部私に当てはまらないじゃん!
だったら残るは……私? 私の過去……って火の玉正面コース! しゃがむっ!
「んああああっ!!」
しゃがんだ拍子に前かがみに倒れそうになって、立て直せそうにないから前転して強引に戻した! 小人族だからこそ、小さい体がまたもや有利に働いたみたい。
でも今ので何か思い出せそう。確か以前もダンジョンで火の玉を正面から食らいそうになって……あっ! 思い出した! 分かった!
分かったから後は一瞬の隙を待つ!
……けど、さすが魔王、隙が無い。だったら作るまで! 明るさ最重視で「白き光よ我が力と成せ!」
光属性付与。魔力自体はそこまで込めてないから、追加の光弾一個だけ。でも明るさ重視にし過ぎちゃったせいでものすっごく光っちゃって、眩しさで目がくらんでシアがどこ行ったか見えなくなっちゃいました。あはは……。
だけどここから反撃のお時間だよ!
足を止めて、正面に剣を構え、シアの魔法を待つ。でもこんな攻撃の後に私が正対したものだから、シアは少し戸惑ってる。
「……気でも狂ったか?」
「カナタほどじゃないよ」
「ははは。聞かれていたら怒られるぞ?」「聞こえてるぞー!」
あ、やばっ!
カナタには後で怒られるとして、とりあえず試合再開。
おー、シアいきなり全力で来たよ。だけどー……んよっ!!
「おおっと!! アイシャ選手、シア選手の火炎弾を打ち返したぞ!?」
そういう事。確か百三話で同じ事やって成功してる。あっちはとっさで偶然だったけど、こっちは狙って出来た。だからもう体が覚えた!
シアを狙ってガンガン打ち返し中。この火の玉は宛先不明だよ!
「うわっち!」とシアが声をあげて、跳ね返した火の玉が大当たり! シアったら服が焦げそうになって大慌て。あれカナタのなんだから、どんどん怒られるぞーあはは!
おっと、シアが火の玉から黒い球体に魔法を変えた。これは当たっちゃいけない気がする! あの魔法が何なのか確認したいから今は回避するよ。
「いよっ!」と飛び越え回避して、あの魔法が地面に落ちた。すると黒い球体がこれまた黒い雷をまとって、一旦私の背丈くらいまで大きくなってから収縮。ほんの数秒の出来事だよ。
……うわー! がっつり地面が抉れた! あれ本当に当たっちゃいけない奴だ!
「あんた! それ人に向けちゃ駄目な魔法でしょうが!」
「だからこそではないか! はっはっはーっ!」
あの……っバカ!
あーぁあ、私が逃げるほどに地面がボコボコになっていく。さっきほど熾烈じゃないから近寄る余裕はあるんだけどね。
っとカナタの声。「それ以上やったらお前失格にするぞ」だって。そりゃーね、もうこれは破壊だもん、カナタが怒っても仕方ない。
ならば一気にお近付きになりましょ!
私が渦を巻きながら近付くと、シアはさっきの火の玉を連発! だけどそれは対処法が分かってるから弾きまくる!
っと一発がシアに飛んでいって……シアも器用だ。左手で防壁を張って、右手で火の玉を出した。まるで盾と弓を持ってるようなものだよ。
……あっ、これは行ける! 片手での攻撃になったせいで連射速度が明らかに落ちた! これならば、私の速さならば肉薄出来る!
そう判断出来ちゃったらもう一気に行くしかないよね!
正面を向いて一気にシアに接近。シアも攻撃してくるけど、全部跳ね返してますっ!
あと少し……よしっ! 正面から来た火の玉をスライディングで避け、立ち上がる勢いで前方宙返り、一気にシアの背後へ! 振り向きざまの一撃で決めるっ!
「……んっ……さ、さすがは勇者。だがまだ終わらんぞ」
「震え声でデカい口叩いてんじゃないの」
ほんの一瞬だけシアが早くて、私の斬撃は一シルバーの剣に防がれた。
はぁーあ。全くレイアったら、いい仕事するんだから。今も力は加えているけど、どうやら名匠が打てば一シルバーでも圧巻の出来になるみたい。
「だけど私はもう懐に入った。あんたは袋の鼠」
「なんの、ただで負けてなるものか!」
いいね。そう来ないと。
ここまで来れば、後はもうシアから離れないようにして連打を叩き込むのみ。
「おらおらおらああっ!」
「き、貴様っ! 手加減という」「知るかっ!!」
という感じで押しに押しまくってるんだけど、本当にあれ一シルバーの剣? なんかおかしい。だって、以前私とレイアが手合わせした時は、一シルバーの剣を真っ二つに出来たんだよ? 今回の剣も値段と見た目が同じだから、多分同じ既製品の剣。なのに異様に頑丈。
シアが全て受け流してるっていう事も考えられなくはないけど、こいつにそこまでの技量は無いし、それが出来てたら私よりも強い。だからそれは有り得ない。
という事は……外部からの介入?
……ちょっとだけ剣を止めて、周囲を探る。シアが重力を動かしてる以外の違和感を見つけられれば、誰かが不正している可能性が出る。
「どうした? さては息が上がったな?」
「馬鹿。……やっぱり。あんた、今だけ協力しなさい。外部から不正に介入されてる」
「……まさか」「だったらなんでその剣折れてないの? これでもその剣の急所を何度か突いてるんだけど?」
シアの顔色が変わった。という事はシアもこの違和感に薄々感付いていたんだ。
もう一度上段から切りかかる。でもこれは演技だし、シアも分かってるから、つばぜり合いをしつつ会話を進める。
「……やはりこの一撃は演技か。さてどうする? リサさんがいれば分かるであろうが……」
介入者をあぶり出す方法……ちょっと無茶しようかな。
「あんた、防壁で私をふっ飛ばしなさい。んで一旦離れて、観客席で剣を交える」
「危険過ぎる!」「だからだよ。それで普通じゃない反応をした奴が犯人」
溜め息をついて呆れ顔をされたけど、頷いてくれた。
「では行くぞ」「思いっきりでもいいよ」「ははは」
私が体を離した直後、シアが防壁を張って私を跳ね飛ばした。
痛くは無かったんだけどさ、反対側の壁まで一気に飛ばされて、少し地面を滑ったんですけど。……いやまーぁ? 思いっきりって言ったのは私だから文句は言わないけど……。
さて違和感の正体は……んー? シアから離れたらなくなった。という事はシアの周囲にだけ魔法が作用しているのかな? ……余計に観客席で暴れなきゃ! あはは!
――あ、そうそう。後で聞いたら、私たちと大体同じタイミングでカナタとトムも介入に気付いたんだって。だけどカナタが「あいつらはもう気付いてますよ」ってトムに進言してくれたから、トムも「ならば二人に任せましょう」って。さすがは分かってる二人。
早速対ジリー戦でもやったように、壁の縁に飛び乗ってシアを待ち、迎撃。その勢いで観客席に乱入したように見せかける。
「はあっ!」「よっと!」
シアの一撃をあっさりかわし、観客席に乱入開始!
なんだけどね、観客が逃げるどころかすんごく盛り上がってんですけど。
「うおー!」「いいぞー!」「やれやれー!」
ってこんな具合。あんたたち逃げなさいよ。
それでも普通の人には分からない程度に剣を交えつつ、周囲を探っています。
「どけ! あんた邪魔!」
足元が悪いったらありゃしない!
実況席から見て右側に来たところで「いた」とシア。
「誰?」「……すまないが、ここは任せてくれ」
シアの視線から、なんか理由がありそう。
仕方ないなーって感じで頷くと、シアが目線で私を誘導。チャンバラをしながらそっち方面に移動すると……はっはーん、そういう事ね。二十人くらいの魔族の一団がいる。
私たちの視線を感じたのかな? 他の観客が盛り上がる中、その一団だけ顔面蒼白。多分だけど、不正と知りながらも魔王様を応援しちゃったのね。
「私は先に下に戻ってる」「すまない」
一足先にコロシアム中央へ。振り向くとシアも用事を済ませてこっちに来た。
……だから一気にぶっ倒す! 突撃し上段一撃っ!
「おいっ!」「あはは、これは実力で止めたね。それで?」
「長話は出来ないので、睨んで剣先を向けただけだ」
「……さすがは魔王様」
違和感消滅。ようやく一対一だ。
でもまあ、ハンデがあっても私が勝ったけどね。あはは。
お互いちょっとだけ距離を取った。
「……そろそろ終わろう」
「ああ。次の一撃が勝負だ」
既に結構な時間が経過してる。これ以上やるとみんな明日の朝に起きられなくなるよ。
睨み合い、ここ一番に集中……。
周囲の声はもう聞こえない。髪の毛一本にまで神経を尖らせる。
……あいつ、やっぱりただのお飾り魔王じゃない。しっかりと闘気というか、殺気をまとってる。本物だからこそ出せるオーラって奴ね。
でも、私が勝つ!
走り出しは同時。
「たあっ!」「うるぁあっ!!」
シアは右上から左下への袈裟切り、私は得意の全身を使った捻り水平切り!
狙いは極一点。
レイアの仕事は素晴らしいけど、あの剣にも急所はある。つばの部分から五センチくらいの位置にある、ごくごく小さな黒い点。不純物かサビか、きっとあれがあるから一シルバーなんだ。
私がただ単に剣を振ってると思ったら大間違い、ずっとこの急所を探してた!
スローモーションに感じるほどに集中しているから、シアの剣がよく見える。……あった、黒点!
シアの袈裟切りの軌道は間違いなく私に当たる。そうすれば私の負けが決まる。だけどそれは私があの一点を外した場合の話だ。私にはしっかりと見えている。だから絶対に外さない!
静かに確実に進む私の剣は、空を切り、シアの剣にある急所をしっかりと捉えた!
まるでそのまま空振りしたかと思うくらいの、何の衝撃も手に伝わる事なく、私の剣がシアの剣にめり込んでいく。
勢いよく振り抜いた私はそのまま体が反転。驚き止まったシアの息を背中に感じ、その奥に落ちる剣先の音をしっかりと聞き届けた。
もうシアに戦意はない。これ以上やっても私には勝てないという事を、嫌というほど叩き込んだから。
私は終了の合図を聞くよりも先に、剣を満天の星空へと掲げた。私が勝者だと、輝く星々とお月様に宣言だ。
「……こっ……」
「オーバー100クラス、優勝はアイシャ・ロット!!」
あはは、実況が言葉を失ったから、トムが宣告してくれた。王様のジャッジメントならば誰も文句は言えないね。
一斉に上がる歓声と拍手。一方のシアはまだ驚いた顔をしてる。
「どう? 勇者に倒された感想は?」
「……全く、何も感じなかったぞ……? 本当にこの剣は折られたのか?」
「あっはははっ! あんたがそう言ってくれるなら、私は大満足! ほら、あんたも歓声に応えておきなさい」
私の言葉に、ようやく微笑み折れた剣を掲げるシア。
はぁー。これで本当に、勇者アイシャ・ロットは、魔王プロトシアに勝ったんだ。
「…………あはは……実感しちゃった……」
「ははは。おめでとう、勇者」
「やめてよーもぉー……私こんな涙もろくないんだけどなぁー……」
嬉し涙が頬を伝う。
ようやく私は本物の”勇者”になれたんだなって、自分で自分を勇者だと認めてあげられたんだなって、そう思った。
――試合終了……?
「おーい、アイシャ。どうせだからエキシビションマッチと行こうや」
「えっ!?」
「相手はアンダー60クラス優勝者のサイキちゃんだよ」
引き上げようとしたら、カナタからまさかの提案。
戸惑っているとシアは空気を読んでさっさと控え室に戻るし、まるで打ち合わせしていたかのようにすぐサイキが出てきちゃったし……。
っと、バジートフさんも来た。先に私から放送アーティファクトを要求。
「ちょっとカナタ! どういう事!?」
「試合の途中で思いついてな、関係者には了承を得てる。観客の皆さんも、この試合見たいですよねー?」
うわー、煽りやがった! もう大盛り上がりだよ!
「という事で、あとはお前が腹を括るだけだぞ。まー無理にとは言わんけど、その場合は逃げたっていう嫌な印象が付いちまうな」
なっ!? あぁーいぃーつぅーっ!
「あはは。わたしはアイシャ次第だから、無理だって思うなら遠慮しないで」
「……っていうか、怪我は?」
「リサさんが魔法をかけてくれたおかげで、全く問題ない。傷自体もそこまで深くなかったから。わたしはむしろアイシャの疲れのほうが気になるけど。……実はね、カナタさんには丁度いいハンデだって言われちゃったんだ」
「……だったらやってやろうじゃないの! 勇者ナメんな!」
この物語、主役は私だ!
――エキシビションマッチ、開始。
まさかみんなの前で師弟対決をするとは思ってなかった。体は……ちょっと動かしてみた感じ、大丈夫そう。
「サイキ、言っておくけど私が勝つよ」
「うん」
たった一言の返事。サイキの目は真剣そのもの。だったらこっちもマジで行かないと。
決勝戦と同じ手順で試合開始。
……へぇ、さすがは――。シアよりも隙がない。だけど私は甘くはないよ!
先に突っ込んだのはサイキ。素早い剣の振りだけど、私はしっかりと受け止める。
「さすがに一撃では無理か……」
「それでやられてたら、とっくに死んでる」
「だよね。それじゃあこれはどうかなっ!」
連打が来た! しかも一撃ずつが全て本気! さすがは私の師匠なだけはある。だけど私だって成長したんだ。その一撃一撃は、全て見切っている!
サイキの攻撃を見切り受け流しながら、その隙をうかがう。あの攻撃が来れば……。
……と思ってたら来た! 一瞬ほんの少しだけ体が沈み込み、素早く私の右横へと移動、剣を右手にだけ持ち、そのまま左へと体ごと捻る! 私の動きはこれを手本とした。だから弱点も知っている!
「うおりゃあっ!」「甘いッ!!」
この攻撃は体を捻る事で攻撃力と振りの速度を大幅に上げる事が出来る。だけど攻撃が始まると剣の重さに振り回されて、体の自由が利かなくなる。だから一撃必殺が確実な場面でしか使えない。
私は体を左に捻り、剣を右ひじの外側へと付け盾とした。サイキの剣は私の剣の中央に当たり火花を散らす。
そのままサイキの剣を力任せに弾く。そして勢いのまま左へと半周した私の目の前には、剣に体を持っていかれ無防備にならざるを得ないサイキ。
私が剣を止めた位置は、サイキの左首筋。剣を弾かれ、持ち手の右腕が広がってしまっているサイキには、この状況を打破する術がない。
「……あはは、やっぱり勇者様には敵わないかあ。はい! 私の負けです!」
真剣なせいで睨んでいた私。この言葉を聞いて、ようやく表情の筋肉が緩みました。
剣を仕舞って、お互い握手。
「アイシャ、強くなったね。びっくり」
「そう言って、最後のは私を試してたくせに」
「あはは……」
やっぱりね。サイキほどの腕ならば、あそこであの攻撃をするはずがない。
「サイキこそ随分と強くなったね。驚いた」
「えへへー。アイシャに触発されちゃったからね」
「あはは、そういう事ね」
たまにそういう話を聞くようになりました。小さな勇者様が世界を救うのに奮闘してるんだから、自分たちも頑張ろうって。これも勇者のお仕事だよね。
「そうだ。どう? 私に付けばレベル100以上になれるよ」
「あはは、お誘いはありがたいけどやめておく。エリスに言われたんだ。わたしは剣よりもフライパンが似合うって。だからそっちに進もうかなって思ってる」
「そっか。料理好きだもんね。頑張って」
もしも私が勇者に選ばれていなかったら……その時は、サイキが勇者になっていたかもしれない。サイキがこの世界を救っていたかもしれない。
だけど、選ばれたのは私。
「私ね、自分を誇ってるよ」
だから私は、みんなを誇る。
体調がぶっ壊れているので全速力を出したら、一万文字を一日で書き上げてしまったので、一日に二話投稿と相成りました。
意味不明でしょ? 俺もそう思う。




