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第百六十七話  蹂躙する化け物たち

 ――二回戦第一試合。の、前に。

 「すみません。カナタさんですよね?」

 「はい、そうですけど」

 何故か兵士さんが来た。……まさか?

 「よろしければ皆様で実況席での解説にお付き合いいただければと……」

 あ、俺の思ったまさかじゃなかった。てっきり緊急事態かと。


 「んー……」

 皆様どうぞと言われても、これだけの人数を連れて行く訳にもいかないし、モーリスひとり残して大人が居なくなるのは不安だ。……フューラひとりでも別の不安がある。

 という事で俺の結論はこれだ。

 「俺ひとりでもいいですか?」

 「勇者様方の事情と言いますか、実力を解説していただきたいので、その解説が可能ならばカナタさんだけでも大丈夫です」

 「よし、それじゃあフューラとモーリスはみんなと留守番。フューラ、しっかり守れよ。モーリスもな」

 「はい」「うん」

 これで大丈夫。多分。


 という事で実況席にお邪魔。俺の顔を見た実況者二名はすぐに気付いた様子。顔というか髪の色だな。こうやって場内をぐるりと見回してみても、ピンク色の髪は一人もいない。

 さて、ここ実況席では初代だ二代目だという事は考えず、折地彼方として話す事にしよう。……というか、もうその縛りは捨ててもいい段階なのかもしれない。

 「ここでひとつお知らせです。実況席にゲストさんが到着でーす。えーっと、カナタさんでしたよね」

 「はいどうも、アイシャの仲間のカナタです。最初にアイシャの仲間になったのが俺なので、詳しさで言えば一番ですよ」

 「おー! では早速ですが、この試合どう見ますか?」

 「本当に早速ですね」

 二回戦第一試合はアイシャ対ジークヴァルドさん。両者剣士でありお互い手は知っているはず。つまり……。

 「この試合こそ正面からの打ち合いでしょうね。まあ、アイシャが卑怯な手を使わなければ、ですけど」

 なんて言うと両者が控え室から出てきて、アイシャは俺になにやら文句を言っている。卑怯な手は使わない、という事だろう。


 「それでは両者にお話をうかがいましょう。まずはジークヴァルド選手。相手はあの勇者様ですが、どう攻めますか?」

 「二年前には邪魔が入りましたので、今度こそは腕で勝たせていただきます!」

 「これは自信があるようです。では勇者様はそれにどう対峙しますか?」

 「正面から来るならば正面から。……三年目の正直。この対戦は私にとっても待ち望んだものなので、全力を以って突破させていただきます!」

 「おおっ! 勇者様もやる気充分だ!」

 ジークさんは北方の砦を守る兵の長。対するは世界を救った農家の娘だ。さてアイシャの実力はいかがなものだろうかな?

 「あとカナタ! 私卑怯な手なんて使う気ないから!」

 ははは、怒ってらっしゃる。手を振って煽ってやろう。



 ――試合開始。

 魔法がはじけたが、まずはお互い様子見だな。

 「これは先に仕掛けたほうが負けるという」「事ではないですよ。単にお互いの手の内を探っているだけ」

 会場もだが、試合中の二人も笑ってる。

 さあ先に動いたのはアイシャだ。とはいえいきなり突っ込む訳ではなく、刃を相手に見せないようにして、軽く駆け足で距離を詰めただけ。

 ……なんか喋って笑ってる。「ようやくですねー」とかそういうレベルの会話だろうけど、それだけお互い余裕を持って対峙しているという事。こりゃー後が楽しみだ。


 バックステップで若干距離を取り、強く剣を握る両者。始まるぞ。

 スタートは両者同時!

 正面からかち合い、お互いの剣から一瞬の火花。その瞬間に会場中から割れんばかりの声援。たったの一瞬で全員がこの楽しいひと時に飲み込まれた。

 先攻はアイシャ。しっかりと狙いを定めて一撃を放ち、ジークさんもそれをしっかりと受け止める。……いや、これはお互い分かってやっている。

 やっぱり。ジークさんの番になれば、アイシャがしっかりと受け止め捌いていく。

 「まずは体を温める、という事でしょう。二人がもう一度引けば、本番開始ですよ」

 ジークさんがニヤリとこちらを見た。当たりだな。


 二人が距離を置いた。ここからはもう本気だ。

 一歩先に仕掛けたのは、またもやアイシャ。そして正面から互いの剣が当たり、派手な音を立てた。

 それを合図にジークさんが次々と攻撃を繰り出し、アイシャも防ぎつつ隙があれば狙っていく。

 「これは凄まじい剣技の応酬! 両者一歩も引かない!」

 「だけど不利なのはアイシャ。小人族というどう足掻いても返せないマイナスがありますから」

 「そ、そうですよね」

 俺の解説どおり、今のところ押しているのはジークさんだ。

 「……だから、あいつは考え方を変えた。マイナス要素が霞んで見えなくなるほどに、プラス要素を伸ばした。その結果、世界を救えた。だろう? アイシャ!」

 俺の言葉に呼応してアイシャが動いた。


 「これが、小人族だからこその戦い方ですよ」

 俺はアイシャの事を誇っている。俺だけじゃなく、アイシャのそばにいた全員が誇っている。それは俺に存在するみんなの記憶からも明らかだし、そんなものに頼らなくても分かりきっている。

 そんな期待を背負い、アイシャは化け物の本領を発揮する。

 「は……速いっ!!」

 レベルが100を超えるジークさんですらも目線で追えないほどの、人間の限界を超えていると言っても過言ではない速度で走るアイシャ。急激な方向転換も自在にこなす。

 「背が小さく小回りが効き、体が軽いので速度も出る。そしてアイシャには自身の重力を変えられるという特殊能力があり、これらがミスヒスという特徴と組み合わされると、その素質はとんでもない事になる。もちろんその素質をしっかり引き出す努力もしているからこそ、あんな速度で走り回る事が出来る」

 「……小人族の劣性を、長所に変えたんですね……」

 「それが出来たからこそ、アイシャは勇者になり、世界を救えた」

 俺の自慢話に、アイシャも笑っている。あの速度で走り回りながらも笑う余裕を持っているんだ。これぞ、化け物。



 さあ化け物が獲物を食らうぞ。

 アイシャはあえてジークさんの正面から突撃し、ジークさんも構える。が、アイシャはそれを素通り! と思ったら一瞬で切り返した!

 ジークさんも伊達にレベル100を超えてはいないので反応し防げたが、防いだ次の瞬間にはアイシャを見失っている。

 ギリギリで防ぎ、そのたびに見失うという完全に遊ばれている状態のジークさん。表情には焦りがこれでもかと見える。あとはいつアイシャが大口をあけて丸呑みにするかだ。


 「……ははは、そう来たか」

 実況席で納得しながらも笑ってしまった。

 アイシャはあの勢いのまま食らうのではなく、改めて正対した。これは次の一撃で決める、という宣言に他ならない。

 どこまでもアイシャらしい。

 静まり返った会場。走り出した二人は一直線に互いの元へ。

 勝負は一瞬だった。すれ違いざまに放たれた互いの斬撃は、アイシャの頬とジークさんの胸にヒット。膝を突き、静かに倒れるジークさん。


 「……試合終了っ! 剣士対決、勝ったのは小人族の勇者、アイシャ選手だあああっ!!」

 大きな歓声の中、深呼吸をひとつして、剣を収めるアイシャ。

 と、ジークヴァルドさんも目覚めた。アイシャが手を貸し立ち上がり、観衆に手を振る。

 ……ん? てっきりジークヴァルドさんの胸を斬ったと思ったんだが、傷ひとつ無い。

 「アイシャ、お前何やったんだ? 斬ったんじゃないのか?」

 と聞くと、アイシャが剣を取り出してジークヴァルドさんの胸へ当て……ははは、なーるほど。当たる寸前で剣を縦にして、剣の腹の部分で殴ったんだ。

 容赦ない速度を出したアイシャの一撃ならば、斬らずに殴るだけでも充分相手を気絶させられる訳だ。

 っと、アイシャが笑いながら手でメガホンを作り「斬ったら殺しちゃうじゃん!」だとさ。ごもっともでございます。



 ――二回戦第二試合。

 この試合は剣士のハーミットさん対、シードで一回戦をスルーしたジリーだ。

 「ではお二人にインタビューしてみましょう。まずはハーミット選手。一回戦は剣士同士の激しい叩き合いでしたが、今回はあのジリー選手が相手です。どう出ますか?」

 「まずは慎重に、そして状況にあわせて動くのみです」

 「なるほど。確かにジリー選手は類稀な身体能力を披露してきましたが、戦闘となると未知数ですからね」

 「はい。しかし格闘家という事ですので、懐に入られないようにするのが一番でしょうね。経験上モンクは距離を取ればこちらには手出しが出来ない」

 「しっかりと作戦は用意してあるという事ですか」

 まあアイシャたちは何だかんだで有名人だからな。


 「では次にジリー選手。ハーミット選手はこのように仰っていましたが、どう攻めましょうか?」

 「んー、まー自分なりに、やり過ぎないように。あ、そうだ。あたしって武器を破壊する特殊能力があるんだよ。だからその剣折っちまったらゴメン」

 「……もしかして三代前のトーマス王と同じ能力という事ですか?」

 「あーそれもあるか。あたしね、この時代の人間じゃないんだよ。フューラやリサさんと同じで、未来から飛ばされてきたんだ。だからその王様の事は知らない」

 「驚きました……という事は、アンダー60クラスに出ていた方もですか?」

 「いや、モーリスは正真正銘この時代の人だよ。この時代じゃないのは四人で……あそこ、実況席にいるピンク髪。あれもこの時代じゃない。昨日もアイシャが説明してたよね?」

 「そうでしたね。……失礼ながら、よく勇者様は皆様をまとめられましたね」

 「あっははは! それもあいつの仕業だよ。あいつが最初にアイシャと出会って、あたしらをまとめて面倒見てくれた。だからてめーら! あいつにもちゃんと感謝しとけよ!」

 ははは、嬉しい事言ってくれるねぇ。俺に来たのは指笛だけだったが……こりゃー初代も小躍りしてるだろうな。


 さあ試合開始だ。

 ジリーはパイルバンカーはさすがに装備せず……というかろくに構えもせずにいる。

 「カナタさん、ジリー選手はどのような戦いを見せてくれるのでしょうか?」

 「あいつ格闘家だなんて言ってますけど、便宜上なだけで実際は単なる喧嘩スタイルです。そんな基礎も何もあったもんじゃない攻撃と、あの驚異的な身体能力が組み合わされると、アイシャにも負けず劣らずの化け物へと変貌する。相手のハーミット選手には悪いですけど、次のアイシャの相手はジリーです」

 これには少々俺の願望も含まれている。速度で勝る化け物対一撃必殺の化け物。……よだれが出てくる。


 まず仕掛けたのはハーミットさん。ジリーはその攻撃を避けカウンターで回し蹴り! ……んーだが空を切った。ギリギリで避けられた。

 再度仕掛けるハーミットさん。今度は突き攻撃! も、ジリーは紙一重でかわしカウンター! あれ? これまたパンチが届かな……いはずがないんだよな、ジリーだもの。

 ジリーはパンチで衝撃波を出せる。観客に遠慮している可能性もあるが、これは手を隠していると見るべきだろう。ちなみにその表情はしっかりと真剣なので、誰かさんのように手を抜いて遊んでいる訳ではない。

 ……イタズラ心が発生。いやーしかしこれをやると怒られるぞ、俺。


 なんて事で迷っていると、ジリーは少しずつ壁際へと追いやられている。

 「ジリー選手、中々決定打が出ません」

 「ジリーは一撃必殺なので、決定打が出たらその時点で終わりですよ」

 「なるほど。という事はその隙をうかがい続けていると?」

 ……そうか。そういう手か。

 「あいつあれでも結構頭が切れるんですよ」

 ジリーは壁際へと追いやられた……ふりをしている。あれはわざとだ。それを悟られないように真剣な表情で、カウンターを出し、押されているように演出している。その理由は単純だ。

 「これで決まるか!?」

 ハーミットさんが右上から左下への袈裟切りに出た。だがジリーはそれを最小限の動きでしゃがみながら左へと避け、空振りしたハーミットさんには大きな隙が出来た。


 盛大にやってくれたぞ。

 ジリーの放った右アッパーがハーミットさんの腹に命中、コロシアム内に風が吹き込み、衝撃波と共にハーミットさんは反対の壁際まで吹っ飛ばされ、伸びた。

 「こ、これはっ……なんと、本当にたったの一撃で決まった! 見事、ジリー選手の勝利だ!!」

 どうだと言わんばかりに両腕を突き上げるジリー。さすがはカジノ都市にいただけに、エンタメというものをよくお分かりだ。乗せられた観客はもう大盛り上がり。ジリーはいつもの赤い帽子を脱ぎ、それを振って観客にアピールしている。

 「あの、カナタさん」「はいはい解説しますね。ジリーは規格外の一撃により衝撃波を発生させる事が出来るんですよ。でもその一撃はとてつもない威力なので、この狭いコロシアムの真ん中で衝撃波を放つと、観客を傷つけてしまいます。なので安全を確保するため、悟られないようにハーミットさんを壁際まで誘導し、隙を誘発させ一撃で沈めた。何よりも、観客席の惨状が証拠です」

 一瞬の突風に、ジリーのいる壁側には帽子や紙くず、カツラなどが散乱、ハーミットさんが伸びている逆側観客席でも飲み物やポップコーンやポテトが散乱。人的被害はなさそうだし、それはそれで盛り上がっているので叱るつもりは無いぞ。


 その後ハーミットさんはジリーが担いで控え室へ。

 後で聞いたのだが、あの一撃を食らっても気絶だけで済んだそうだ。さすがはオーバー100クラス。ついでにこの時代の人間が頑丈なのもあると思う。

 コロシアム内に物が散乱したので、お片づけ休憩が挟まった。まだ元気な選手も一緒にお片づけしたので、ものの数分で再会された。スケジュールに変更無しだ。

 ちなみにその間、俺はトム王と雑談。なにやら企んでいるご様子でした。



 ――二回戦第三試合。

 シード枠だった剣士ナツカミさん対暴走王女リサさんの一戦。

 ナツカミって日本名っぽいけど、当人はどう見てもワンコです。潰れた鼻に垂れ耳で茶色の毛並みから、多分ブルドッグ。愛嬌のある顔だ。

 「ナツカミ選手、相手は一回戦でトリッキーな動きを見せたリサ選手ですが、自信の程はいかがですか?」

 「オラは狐にゃ負けねーです。……でも、ベッピンさんですなー」

 思いっきり訛っているナツカミ選手から発せられた心底からの言葉に、会場中が大笑い。そして意外やリサさんも満更でもない様子。

 「はい。そのベッピンさんなリサ選手ですが、お見合い相手としてナツカミ選手はいかがですか?」

 この質問に会場はさらに大盛り上がり。

 「ふふっ。そうですね、一千年後にお会い出来たら考えて差し上げます」

 「おおっとこれは無理難題だ!」

 もう雰囲気が武術大会から”ねるとん”ですよ。


 「一千年はオラ生きてねーなー。んじゃ、これでオラが勝ったら考えてくれねーか?」

 「考えるだけならば、よろしいですよ。しかしわたくしの家系は代々血統を守ってきておりますので、実らぬ恋であるとご承知置きくださいませ」

 「んー……そっかー」

 凹むナツカミ選手。しっぽが下がるのはリサさんも同じだから、感情がすぐに分かる。

 「んでも、勝負には勝たせてもらうど!」

 「ふふっ、なればしっかりとお相手いたしましょう!」

 お互いしっぽフリフリ、こちらはそんな二人に癒されております。


 さて試合開始だ。剣士対魔法使いなので、本来の力関係ではリサさんが不利。まあ同じレベルならばという注釈が付くんだけど。

 おや、リサさんは何も持たずにいる。空は飛ばないという意思表示かな。

 「リサ選手はフェアプレーをするという事でしょうか?」との実況の声に、こちらを見てにっこり。やっぱりだな。

 リサさんのレベルならば、剣の届かない位置に飛んで魔法を連発すれば終わってしまう。それではあまりにも面白みが無い。

 先に仕掛けたのはリサさん。氷の弓矢を作り、しっかり引き絞って発射。真っ直ぐにナツカミさんへと飛んで行ったが、さすがのレベルで、しっかり剣で迎撃した。

 次は……またもやリサさん。しっかり狙ったのだが、これまたナツカミさんが叩き落とした。


 「リサ選手、魔力の温存か?」

 「温存なんてする必要ないんですけどね。リサさんは普通の人の百人分は魔力を持っていると思ってください」「えっ!?」「しかも魔法の天才」「えええっ!?」

 それなのに魔法を連発せず、むしろ魔法としては地味な氷の弓矢。

 んー……あっ、もしかしてナツカミさんを立てようと……? どちらにしろもう少し様子を見ようかな。

 ようやくナツカミさんからの攻撃開始。リサさんは片手で防壁を張りつつ、水の弾で牽制。相変わらずリサさんは器用だ。



 その後もリサさんは派手な魔法は使わず、まるで……というかほぼ確定だが、ナツカミさんが格好よく立ち回るようにしている。

 もうここまで来れば何も言う事はあるまい。

 「ナツカミ選手絶好調だ! あのリサ選手を追い詰めているぞ!」

 ナツカミさんは、がっつり訛っている事から地方出身者だろう。それがこんなオーバー100クラスに出場するまで腕を磨いた。そこにはどれほどの努力があったのか、考えるまでもない。そしてリサさんは、ローザクローフィを引き起こした自分を許してくれた庶民に憧れを持つ。

 ナツカミさんからの求愛に、リサさんは笑ってスルーしたように見せたが、恐らくは”ときめいちゃった”のだろう。だが叶わぬ恋なのは明白。せめてもと、ナツカミさんに良い人が見つかるようにと思うのは、不思議な事ではないんじゃなかろうか。

 それともうひとつ。ナツカミさんの動きを見ていると、どうもこの事に気が付いている節がある。

 最初のうちは最小限の地味な動きで確実に有効打を狙っていた。しかし今は逆で、派手に剣を振り回し、当ててはいるが、オーバー100クラスとは思えない乱雑な打撃だ。


 ……だけど、それと勝負とは別物だ。

 「リサさーん! 負け……勝ったらナデナデしてあげますよー!」

 ははは、しっぽがワサッとふくらんで耳もピンと立った。

 これは、俺の思う”強者のプライド”というもののためだ。

 レベルが三桁に突入した人たちは、その大半が自身のレベルに大きなプライドを持っている。このプライドはアイシャも同じく持っている。

 そのアイシャが、もしもさらに上の相手から手加減で勝たせてもらったとしたら? それはそれは大きくプライドを傷つけられてしまう。

 ……リサさんに悪気はない。ただ単純に、強さにプライドを持ち合わせていないから分かっていないだけだ。それがまたリサさんらしいのだが、ここではしっかりと勝たないと相手に失礼だ。


 リサさんはナツカミさんの剣をしっかり防壁で受け止め、……なんか喋ってる。軽く頭を下げ、ナツカミさんは笑っているから、手加減した事を謝ったんだろう。

 風魔法を使い、一気に距離を開けたリサさん。そしてその手には魔道書。さあて逃げる準備だ。

 「ホーリーレイ!」

 と俺の知らない魔法。リサさんが手を天をと向けて一瞬の静寂の後、空から光の柱が落ちてきてナツカミさんに直撃!

 光の柱は太く広がり、強烈な爆風と眩しさで目を閉じてしまった。

 「これ死んだだろ絶対……」と心の声が出て、しばらく経ってようやく目を開けてみると、コロシアムの床がナツカミさんの周囲だけ抉れており、ナツカミさん自身は正座した状態で天を向き口を開けて気絶していた。


 「ちょっ……生死の確認を行いますので、そのままお待ちください!」

 ですよねー。勝ちはしたけど、ナデナデは撤回かな……。

 お医者さんが走ってきて確認中。

 ――おっ、両手で大きくマルだとさ。それでも担架に乗せられて……ははは、ジリーが出てきて手伝ってる。

 少々してさっきのお医者さんが実況席へ。

 「えー、ナツカミ選手ですが、気絶をしただけでありまして、命には何ら別状がない事をご報告申し上げます」

 「ほっとひと息ですね……。はいっ! という事でこの試合、リサ選手の勝ちです!」

 ひとり残され、恥ずかしそうに頭を下げるリサさん。拍手や歓声も疎らでした。あ、あの穴だけど、魔法使いが数名出てきて、土属性の魔法で綺麗に整地したのでご心配なく。



 ――二回戦第四試合。

 「さあ! さあさあさあ! あの、六千年前の戦争を引き起こした張本人、魔王、プロトシア・マーレィ選手の登場だあああっ!!」

 大げさな、まるでプロレスの入場アナウンスのような実況。

 「対するは一回戦では安定した実力を見せた、槍使いのワイト選手だ!」

 ワイトさんは青い鎧の長身の青年。真紅の槍を使い、青と赤なのでかなりの目立ちたがりだと思われる。

 二人がコロシアムの中央へと進み、観客からは「魔王をぶっ倒せー」というような、シアに不利な空気が流れる。当のシアは落ち着いており、観客の言葉は予想通りといったところか。


 「まずはワイト選手。お相手があの魔王プロトシア選手です。どう攻めますか?」

 「何も、いつも通りに実力を発揮するまでですよ」

 「では自信お有りと?」

 「そうですね。勇者様や観客の方々も、決勝での勇者対魔王という構図に期待しているのでしょうが……くくくっ。別に、私が倒してしまっても構わないのでしょう?」

 「おおっと! これはすごい自信だ!」

 あっはっはっ! しかしこれくらい言いのけてくれないと、シアもやり甲斐を感じないだろうな。


 「では対する魔王様。ワイト選手は自信満々ですが、これにどう対峙しますか?」

 「その前にひとつ。私の事はシアと呼んでもらいたい。アイシャや仲間内からはそう呼ばれているし、もう魔王は引退したのでな」

 「そ、そうですか。ではシア選手、いかがですか?」

 「そうだな、彼の言うとおり、私ですらも決勝でアイシャと当たるのを楽しみにしている。なので、私も全力を以って勝ちに行こう」

 「手加減なしに行く、という事ですね」

 「ああ。……あ、そうだ。一応注意してもらいたいのだが、私は未だに数多の魔族から集めた膨大な魔力を有している。リサさん曰く、私が死ぬとこの魔力が暴走し、人類滅亡規模の大爆発を引き起こすらしいのだ。なので、くれぐれも私を殺さないようにしてもらいたい」

 笑うシアに、ドン引きの周囲。これもまた魔王様らしい、かな?


 シアは俺の銃を持っているが、大丈夫だろうか?

 試合開始、いきなりワイト選手が突っ込んできた!

 「カナタさん、勇者様と魔王様の仲間として、この試合どう見ますか?」

 「そうで」「おおっと決まったあああっ!」

 あはははは……。

 えー説明するとですね、ワイト選手が突っ込んできて、シアがそれを避けたんだけど、避ける際に丁度シアのヒジがワイト選手の顔面を直撃。これで一発ノックアウト。

 「一瞬の早業で、シア選手の勝利だあああっ!!」

 静まり返るかと思ったら、これが正反対の大盛り上がり! 何故か「プロトシアー! プロトシアー!」と大合唱で、むしろシアのほうが困惑してる。


 俺にはしっかりと見えていたんだが、ヒジが当たった瞬間、シアが明らかに「あっヤバっ!」という顔をした。つまりは偶然の勝利、棚ぼただ。

 しかし観客は盛り上がっているので、シアも魔王様らしく手を振り答えて、そしてワイト選手の頬を軽く叩いて目を覚ましている。

 「カナタさん、やはり魔王様はお強いのですね!」

 「あ、いやー……」

 どう反応しようかな……。と迷っていると、シアが調子に乗ってきている。ふっふっふっ、俺の取る手は決まった。

 「あれですね、偶然です。ギリギリ避けきれなかったシアのヒジが、ワイトさんの顔面を直撃しただけなんですよ。あいつ本当は見掛け倒しなんで。あっはっはっ!」

 歓声が一転笑い声へ。観衆に手を振って答えていたシアも、一気に顔が真っ赤になった。

 「シア、お前調子に乗るなよ。さもないとお前の恥ずかしい過去を公衆の面前でバラすからな」

 こちらに”やめてくれ!”と両手で止める仕草をしつつ、走ってご退場。さらに大きな笑いが起こったのだが、おかげであいつがどういう人なのか、よく分かってもらえただろう。


 ……狙ってないっすよ。本当にただのSっ気。



執筆時点であと数話で終わる予定なのですが、体調がすこぶる最悪なので、次回は来週になるかと思います。

死にはしないと思うので、そこはご安心を。

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