第十五話 進展と後退
「……それで、何でまた俺は巻き込まれてるんだ? まあ今回は俺だけじゃないけど」
「いいじゃん、カナタの武器完成したんでしょ? 私の剣も出来たし、シアのアーティファクトも試したいし、二人の実力もこの目で確かめたいから丁度いいんだよ」
「物は言いようだろ? 全く」
「あはは、僕は構いませんよ」
「わたくしも一向に構いません。それに攻撃魔法の練習にもなりますので」
(うん)
はあ、溜め息が漏れる。
今回はアイシャに連れられて魔物退治だ。場所は王国東の外れにある開拓農村のディ村。デイではなく、ディ。短過ぎる名前だと思ったら、どうやらアイシャも同じ事を思った様子。つまり現地世界の人からしても変な名前の村なのだ。
依頼書と村長の話を総合すると、偶然にも洞窟を掘り当ててしまい、そのせいで村の中にまでモンスターが現れるようになったと。成功報酬は百シルバーとかなり高額だが、未踏の洞窟にモンスターがわんさか。その危険度は言わずもがなだ。
そして今回からシアにアーティファクトの足輪を着けている。リサさんが翻訳魔法をかけてあるので、これで今までの、俺以外の言葉がシアには分からないという問題から完全に脱する事が出来る。実際俺以外の三人からの言葉にもしっかりと反応し、ふざけ半分の指示も聞き分けていた。
「先鋒は私。次にカナタで真ん中がリサさん。最後尾はフューラに任せるね」
「オーケー」「任せてください」「索敵もしておきますね」
各々返事をして、いざ突入。
――洞窟内。
いざ本物のダンジョン探索となると、やはり緊張する。死ぬ気で世界を渡ったとは言っても、今更玉砕覚悟の突撃など出来るはずもない。
探索中は基本的にリサさんが魔法で明かりを点けてくれるので不便はない。壁は青白い石で覆われ、どういう仕組みなのか所々の壁が淡い明かりを放っている。そういやフューラは白衣のままだ。戦闘する気なしかな。
「……早速だよ。カナタは弾数に制限があるんだよね? ここは私がやる」
「分かった、腕前拝見と行くよ」
暗闇に光る赤い瞳。現れたのはアイシャよりも小さいくらいの二足歩行をする獣。コボルト的な奴だな。
剣を構えたアイシャは、タイミングを取りつつ無言で駆け出した。コボルトもアイシャには気付いている様子で鼻息荒く突っ込んできた。
「遅いっ!」
と一言、体ごと振り回す豪快な水平切りであっさりとコボルトを真っ二つに。倒されたコボルトは黒い砂のようになり消滅。この世界のモンスターはああやって消えるのか。
「……まーこんなもんだよね。あいつならリサさんのナイフでも楽勝だよ」
「そんな奴を独り占めする極悪勇者」
「そういうのじゃなくて、いきなりカナタにやらせて下手打たれたら困るからだよ。話の出来る相手ならいいけれど、戦闘では相手がどんな小物であろうと命の危険があるんだ。カナタはまだそれを分かっていないでしょ」
明かりに照らされたアイシャの表情は、今までのどれよりも真剣そのものだ。そうか、命のやり取りである事を俺に分からせるために、あえて小物にも全力で突っ込んだのか。これは、気を引き締めなければいかんな。
「でも次同じのが出てきた時はやらせてもらうぞ」
「分かった。守ってやるよ」
心強い一言。さすがは本物の勇者様だ。
そしてその時はすぐにやってきた。数歩も歩かぬうちにまたコボルトが出てきたのだ。
「これは本当に敵だらけかも。カナタ、絶対に無理しないでよ」
「分かったよ」
アイシャは剣を構えつつも道を開けてくれた。さあて俺のトミーガンが火を噴くぜ!
俺の構えた銃が何なのか理解出来ていない様子のコボルト。これは好都合だ。安全装置を外し、しっかり狙いを定め引き金を引く!
ダダダッ! と三度の爆音と閃光。
「あっはっはっ! さすがタイプライターの名に違わない軽い銃声と、我ながらブレブレの狙いだな!」
我ながら笑ってしまったが、しかし驚いた事にフルオートではなく3点バーストになっていた。無駄弾を撃たずに済むのは助かる。
さて当のコボルトだが、運良くか脳天に一発食らわせており、見事に撃破していた。
「フューラ、3点バーストに変えたんだな」
「はい。勝手ながらフルオートは封印しました。今のを見ていると正解だったみたいですね」
「ああ、バッチリだ」
これでフューラも自分を大切にする事を覚えてくれたかな?
さて残りの二名と鳥一羽は……あーやっぱり固まってる。
「すごい音……と、すごい威力。これが技術の進化って奴なんだね」
「反響もあるが、アイシャの静かな戦闘とは大違いだろ。それじゃあ改めて注意するけれど、射線上には絶対に立つなよ。誤射してお前ごと撃ち殺すぞ」
「あはは、肝に銘じておく」
笑う余裕があるならば大丈夫だな。
敵がわんさかと言うからには某ローグライクゲームよろしくモンスターハウス状態なのかと思ったが、意外と敵が弱くすんなり進める。
「余裕だとか思ったでしょ」
ちらっと人の顔を見ただけで心情を言い当てやがった。いや、俺がそういう顔をしていたんだろう。
「新興のダンジョンってのは相手の強さが分からないから、突然強い敵が出てきたりするんだよ。だから一瞬でも気を抜いたら駄目だよ」
「……すまん」
怒られた。相手はまだ子供とはいえ専門家。俺が反論出来る余地はない。
出てくる敵はコボルト、ゴブリンというような、RPG序盤のお供と言える連中。そこにネズミやこうもりの化け物など。
「ひとついいか? スライムやスケルトン的なのはいないのか? 花の化け物とか魔法使う相手とか」
「いるよ。でもここにはいないみたい。注意しておくけど、見たいとか言わないでよ。それこそ余裕ぶってるっていう事だからね」
「分かったよ。だから前見ろ、次が来たぞ!」
来たのはまたもやゴブリン。手馴れたアイシャは俺が銃を構えるよりも早く倒していた。
――中腹辺り。
結構進んだところで道が二股に分かれている。
「どっちに行く? カナタが決めていいよ」
「うーん……詳細にクリアリングしたい身としてはどっちもなんだが……左右で分かれるってのは?」
「駄目。その先で更に枝分かれしていたらどうするつもり? 最後は一人になるよ? そんな中で強いのと出会ったら?」
さすがプロ。危険予知がしっかりしている。
「……それならば俺以外が決めるべきだ。そもそも俺は危険の少ない世界の住人だぞ」
「まあ、確かに。……リサさん決めて」
「えっ!? わ、わたくし? えっと……ちょ、ちょっと待ってくださいね。えーと……」
リサさんは判断を任されると弱いんだな。まーこのオロオロとした感じも可愛いんだが。っていうかこれでよく王女様やってたな。
「あ、そうでした。エアロサーチ!」
と魔法を一発。……かすかな風が吹いたものの、特に何があった訳でもない。
「えーっと、何?」
「この魔法は、風を送り込む事でこの先どうなっているのかを知る事が出来る魔法です。……吹き戻ってきましたね。まだ続いている様子ですが、この分かれ道は少し行ったらまた繋がります」
さすが魔法、便利だ。と思ったらアイシャはなにやらお気に召さない様子。歩きながら話を聞くか。俺たちはとりあえず左の道へ。
「……リサさんね、相反する魔法を同時に扱えるんだよ。つまりそれだけレベルが高いって事。私は今レベル18だけど、リサさんは王宮のコノサーに見てもらったら計測不可能って言われたんだから」
「えー……つまりレベル200以上だとの事でした」
「200っ!? おいおいレベルってカンストねーのかよ!」
と驚くと全員揃って不思議そうな顔。あーここの連中にはカンストの概念がないのね。一応説明したらフューラは苦い顔。
「僕はそのカンストしている状態ですね。なので成長はしません」
「それでも戦い方を覚える事は出来るでしょ。ちゃんと経験を積まないとだよ」
「あはは……肝に銘じておきます」
やはりアイシャは戦闘となれば達観している。さすがは勇者様。
その後もモンスターはかなりの頻度で出てくるが、しかしその面子は変わりなし。最初の洞窟だからぬるいのか?
「結構奥まで来たね。これならばリサさんやフューラの出番はなさそう」
「散々人に余裕を見せるなって言っておいて、自分がそれか?」
「私は色々経験してるから、これでも気を張ってるんだよ。……ほら」
見るとコボルト二匹とゴブリン一匹が仲良くしている。モンスター同士ならば仲がいいのか、と思った矢先に奥からデカいのが来て、その三匹を蹴散らしこちらへと向かってきた。オーク……とは少し違うか? あれよりも少し小さく見た目も人間寄りで、片手には錆びた幅広の剣を持っている。
「オーガはちょっと強いよ。リサさん足止めよろしく! カナタは下がって!」
言うが早いか早速突っ込んで行くアイシャ。はぐれオークの一件を思い起こしてしまうが、今のアイシャは成長している。俺は指示通りリサさんの後ろへと下がった。
「ウインドスピア!」
リサさが詠唱し、直訳どおり風の槍がオークならぬオーガへと突き刺さる。痛みでか動きを止めたオーガはアイシャの格好の獲物だ。
「赤き炎よ宿れ!」
アイシャも詠唱。するとアイシャの構える剣が赤く燃え上がった。本当に炎が剣に宿ったのか。
「うおるぁああああっ!」
可愛さなど微塵もないドスの利いた雄叫びを上げ切りかかるアイシャ。オーガも攻撃体勢には入るが、リサさんの的確な援護で狙いが外れ、アイシャの動きも素早いので一発も食らっていない。
小柄なアイシャならではの動きを見せ、まず左足を撃破。体勢が崩れ左手を地面につけそうになるオーガ。しかしアイシャはその小さな体ごと飛び掛り、その左手も切って捨てた。こうなればオーガはもう動く事など出来ず、順当にアイシャに倒され……え?
「カナタ!」
最後を俺にやらせるという事か。泣けてくるね。よし、先ほどからの経験も踏まえ狙いを修正、引き金を引く!
3点バーストの銃声が響き渡り、見事三発ともオーガを撃ち抜き撃破。気のせいかとも思うが、ちょっと強くなった気分。
「ふう……アイシャありがとう。格好よかったぞ」
「えへへ。でも感謝するのは私もだよ。カナタのおかげでレイアともリサさんとも出会えて、私は強くなれた。ありがとうございます」
素直に頭を下げてきたアイシャ。
「いよーし撫でてやろう」
「あっ! ん! やめっ!」
うりうりーと強めに撫でておく。ふと見るとリサさんとフューラが笑っていた。そしてシアは嫉妬している様子。お前散々撫でられているだろうに。
――洞窟最深部。
少しだけ広くなっている部屋に出たが、横道もなくこれ以上の通路もない。
「ここで終わり……かな?」
「……みたいだな。つまりさっきのオーガがボスだった訳だな」
とリサさんが明かりを強めた。
「うーん、アイシャさんが通れそうな穴はありますね。こことそことあっちとこっちと……」
一斉に青ざめる俺たち。それは通路と言うには狭く、そしてあまりにも人工的な穴なのだ。そしてそんなのが小部屋のあちこちに空いている。嫌な予感。
「……みんな、ここはまずい。静かに退散するよ」
「お、おう」
すごすごと退散し、部屋を出ようとした時、後方から明らかに嫌な音が。大量の虫がざわめく音だ。そしてみんな静かーに振り向く。
……ワサワサワサワサ!!
「ンギャアアアアーー!!」
もうそれはそれは大量の虫! しかもすげーデカいの! 一メートルサイズのアリやらクモやらムカデやらゴキやらが、もうそれは津波かと思う勢いで迫ってくるの!
わき目も振らず一目散とはこの事、我先にと全力疾走していると、フューラもリサさんも、そして一番小さいはずのアイシャもすげー足が速いの! 俺最後尾!
「いやあああああーーきてりゅううううう!!」
思わず噛みながら、涙目になりながら、そして道中数匹のコボルトやゴブリンを犠牲にしながら、二股通路を左右に分かれながらも気にせず突破、そして出口へと飛び出し、その勢いのままディ村まで到達。
――ディ村。
「ぜえ……ぜえ……やべえ、動けん……」
「私も……もう無理……死ぬう……」
「人生で……一番走りましたわ……」
三人は地面にへたり倒れ込んだ。一方機械のフューラは?
「いやあ、僕も驚きました。あんなのに襲われたら僕でも危ないかも。あはは」
こいつ、涼しい顔していやがる!
「あんたも少しは疲れなさいよ!」
アイシャの会心の一言。一方フューラは意に介さず笑っている。
どうにか息を整えたところで話し合い。
「んで、どうするよ? もう一度行くか?」
「やだ! ぜーったいに、いや!」
「わたくしももう勘弁です。もう……思い出すだけで鳥肌が立ってしまいますわ」
「僕ももう嫌ですね。ここは村長さんに状況を話して帰りましょう」
(帰る!)
シアもか。そういえば東京時代に部屋にゴキが出た時、思いっきりパニックになって逃げ回っていたっけ。
「それじゃ、村長に結果だけ伝えて帰ろう。依頼失敗だとしても仕方がないだろうし」
その後村長に話をすると、苦笑いを浮かべつつも状況を理解してくれた様子で、半額の五十シルバーを払ってくれる事になった。
――帰宅。
「あーすげー死ぬかと思ったー……って、何でみんないるんだよ」
まあ時間的に晩飯狙いだろうな。
「晩御飯ー」「やっぱりか!」
と思ったらポストに手紙が一通。えーとなになに? ”王宮まで来られたし”だそうな。手紙ごとみんなに見せると、一斉に溜め息が漏れた。考える事はみな同じ、だな。
――さっさと王宮、玉座へ。
「で、何! 私たちカナタにご飯作ってもらおうとしてたのに!」
開幕ブチ切れですかアイシャさん。
「あはは、ごめんね。マロードの領主の事で進展があったから、その報告だよ。まず領主は罪を認めて逮捕。十年間の監獄生活の後に国外追放にしたよ。ついでに港で違法取引をしていたチンピラも一網打尽」
お、これで道具屋の一人娘さんは帰ってこられるな。
「……だが、例の魔族の事は分からなかった。領主もついに吐かなかったからね。オレには反抗するのに、見上げた忠誠心だよ。おかげで最悪の可能性が残って、王都の警備は解除出来なくなった」
「とんでもない置き土産だ事」
「全くだね」
そして二人して溜め息。
「次の領主には、この事は話しておくから、安心してかくまっている方を戻してあげてください」
「分かりました。そうしたら娘さんに……あ、あそこで晩飯にしよう」
――魚のホネ焼き食堂へ。
「こんばんはー」
「いらっしゃいませー……って!」
丁度娘さんが店番をしていた。俺たちはとりあえず注文を済ませ席へ。リサさんは初めての食堂なので見てからにわくわくしております。
食事が運ばれてきて、本題の前に食べる事に。
「王女様のお眼鏡に適いますかな?」
「ええ、すごく美味しいです! あ、いえアイシャさんやカナタさんのご飯がおいしくないという意味ではありませんよ」
「あはは、分かってますって」
こちらとしては奢らなくて済むのですごく楽。
食事を終え、人も疎らな食堂内で娘さんを手招き。
「今大丈夫?」
「はい。……あの事ですよね?」
「うん。結果だけ話すとね、領主様と、ついでにチンピラ連中は逮捕されました。でも魔族の人は分からなくなった。一応次の領主さんには話が行くみたいなので、安心してお店に戻ってください」
笑顔の娘さん。だけどちょっと苦い顔。
「よかったー……んですけど、実はお店を畳む事にしちゃいました。借金があったのは本当でして、父は入院中に知り合った女性と王都で暮らす事にしたらしく、私もこのままここで働かせてもらおうかなと」
「船長は?」
「あ、今は港に行っていますよ。それで、私の事も……って帰ってきた」
話の途中で船長ご帰還。俺たちを一目見て全てを理解した様子。
「あの船長さん。私をこのままここに置かせてください」
「え? 帰るんじゃないのかい?」
後は俺たちに話してくれた事の繰り返し。
「それと――」
おっと、話には続きがあるのか。
「……好きな人、出来ちゃいました」
「あっはっはっ! そうかいそうか。分かったよ、このまま働いておくれ。カナタもそれでいいだろう?」
「俺からは異存なしですよ。ただ新しい領主様には話を通さないといけないから、それは許可してくださいね」
「はい、お願いします」
こうしてマロードでの一件は、魔族の男性貴族を逃しはしたものの、幕を閉じた。
――翌日。
俺はアイシャと一緒に王宮のコノサーの元へ。さてどうなるのかな?
「うーんと、まずは勇者さんね。レベル19だね。俊敏性がすごく上がっているから、回避もしやすくなっているはずだね。それ以外もきれいに強くなっているね」
「やった!」
小さく喜ぶアイシャ。見た目は子供のそれなので可愛い限りだが、その潜在能力はさすが勇者様である。
「次にお兄さんね。レベル0だね。でも強くはなっていて、普通の人ならばレベル2相当だね。どうしてレベルが0なのかは分からないけれど、強くなるのならばレベルは気にしなくてもいいと思うね」
「何か、システムが俺だけ違うみたいな感じだな」
「お兄さんは異世界人だよね? だったら僕達と同じ尺度では測れないよね。きっとそういう事だね」
なるほど、俺はこの世界にとって特殊という事だな。
「ただひとつ。お兄さんは魔力を持っていないみたいなんだよね。レベルが上がらないのはそれが原因かもしれないね。それがいいのか悪いのかは僕には判断出来ないね」
「いえ、それだけ分かれば充分ですよ。ありがとうございました」
リサさんに才能はないと言われた時点で魔法を使う事は諦めている。もちろんそれがレベルに影響しているのであれば、それは割り切るさ。




