第百六十四話 能力対才能
――謝肉祭延長最終日。
昨晩ロム村の幼馴染組は、同じく幼馴染のトム王に呼ばれて王宮にお泊り。積もる話もあるだろうという事で誰も反対はしなかった。
そして現在俺たちはアイシャが帰ってくるまで自宅待機。
「さてモーリス、意気込みは?」
「絶対優勝する!」
ジリーへの公開プロポーズもかかっているのだから、それはそれはすごい気合の入りよう。まるで数日前の迷い白兎が嘘のようだ。
「ただいまー」
お、帰ってきたな。
「おかえり。朝飯は?」
「食べてきた」
なにやらすっきりした表情のアイシャ。久々に幼馴染が集まれたので、心のお掃除も出来たのだろう。
「シア、王宮から伝言。あんたの故郷を調査したってさ」
「ああ! それで?」
シアは嬉しいのと不安なのとが交差してる表情。
「まずは洞窟で確定。そしてモンスターは上級レベルだから私たちならば充分攻略可能」「おお」「ただし!」
おっと、雲行きが怪しくなったぞ。
「ただし、狭い範囲に穴だらけで、それぞれが地中で複雑に絡まっていて、しかも地盤が弱くて崩落の危険性があるってさ。つまり私たちが暴れると地面が崩れる」
「……ならば調査は終了だ。私は皆の安全を冒してまで故郷を取り戻すつもりはない」
「あはは、だと思ってもう私から指示出しちゃった」
さすがは以心伝心の勇者魔王コンビ。
「しかし残念だったな。遠目に見れば俺とも関わりがあるんだし、ちょっとは期待してたんだが」
「……ふふふ、この魔王プロトシアがこの程度で諦めると?」
わざとらしい悪どい微笑。
「ほほう、さすがは魔王様。なにか腹案が?」
「ある! だが実行する事はないだろう。先ほども言ったが、あくまでも安全第一だ」
と言いつつその隙を探っているような気がする。
――コロシアム。
到着するとロム村組の幼馴染四人が待っていた。
「おはよう。眠れたかい?」
「ぐっすりでした」
赤い子は結構図太いのかな? と勘繰ってしまった。なにせ笑顔で本当にすっきりした表情なのだ。
「今日は私たちもそちらに合流していいかしら?」
「どうぞどうぞ。と言っても俺以外は全員出場するけどね」
「構わないです」「はい」
という事で三人は前半モーリス以外と、後半は俺とモーリスで警護だ。
そうそう、昨日の解散前、この幼馴染四人に小人族であるアイシャをどう思っているのか聞いてみた。
みんな小人族だからどうこうという感情は一切持たず、本当に親友としての付き合いだった。改めてそれを聞いたアイシャは顔を赤らめて喜んでおり、同時に劣等感を持っていた事を恥ずかしいとも言っていた。
そしてもうひとつ。黄色い髪の子はハーフエルフとの事だったので、失礼ながらこんな事を聞いてみたのだ。
「エルフ族って純血を重要視するっていうイメージがあるんだけど、ハーフだと疎まれたりはしないのかい?」
「昔はそういう事もあったらしいわ。今でも純血を重んじるのは変わってないけれど、でも差別なんてこれっぽっちもない。そういう過去があるから、エルフは小人族にも魔族にも寛容なのよ」
「リタはそもそも気にしてないです」「ぼくも気にしません」
つまりは本当に”人間族からの魔族と小人族への種族差別”に偏っていたという事。
そしてサイキという子の妹、エリスちゃんはぼくっ娘であり、物凄くしっかりしている。
「そういえば今日お前らは解説しないのか?」
「呼ばれてないから」「お客様のお呼び出しを申し上げます――」
まあね、いいタイミングでアイシャとシア呼び出されましたよ。
「あはは……ごめんね」
「気にしてないわ」「解説がんばです」「いってらっしゃーい」
「それじゃぼくも」「わたしも行くね」
手を振ってアイシャとシアは名残惜しそうに解説席へ、モーリスと、サイキという赤い子も控え室へ。
席に座り試合を待つ。場所は結構いい席が取れた。
急遽延長された大会だというのにコロシアムは超満員。こいつら仕事はどうした?
「皆さんはオーバー100よね? 正直どういう試合になるのか、想像が出来ないわ。戦いも私たちとは違うんでしょうね」
「一番特殊なのは僕でしょうね。僕は……こういうのを使います」
ナオちゃんの疑問にフューラがボールを一つ取り出して、手の上で浮かせた。
「投げるのかしら?」
「いえ、えー……」
どう言ったものかと俺に助けを求める視線。
「機械で魔法の弓矢を作り出す感じ。こいつの場合はそれを空中で自在に曲げる事が出来るっていうとんでもない能力付きだけど」
と言うと、あちらは三人とも訝しげ。後で実物が見られるだろうさ。
「皆様は武器の類は?」
というリサさんの質問。確かに気になる。
「私は槍、リタは弓矢、エリスはちょっと特殊で防御魔法が得意。とは言っても私たちは実戦レベルではなくて、あくまでも自衛手段としての範疇よ」
「リタたちの中ではサイキが一番強いです。でもアイシャも入れると圧倒的になるです。恐らく村の全員でかかっても数分と持たないですよ」
それは仕方がないだろう。アイシャは現在レベル141だったはずで、今大会だけで見てもブッチギリで最高レベルだ。ただしフューラ・リサさん・ジリーはレベル測定不能。
俺はフューラが優勝を掻っ攫うと予想している。不死身で遠距離攻撃、かつレーザーの軌道を変えられる。これで負けはないだろうよ。
――アンダー60、準決勝第一試合開始。
まずはサイキちゃんだな。
相手は見た目は屈強なオッサン戦士。グリーンさんと言うらしいが、どこにも緑要素がない。
「二回戦以降見てたけど、レベル以上の強さを持ってるよね」
「あの子は頑張り屋さんなのよ。才能もあるけれど、それを努力が上回っている。やり過ぎの部分もありますけれどね」
やり過ぎなほどの頑張り屋か。俺たちの中にいたら、きっと初代がうるさかっただろうな。と言っても、俺も負けず劣らずうるさいオッサンになりそうなんだが。
この試合からは花火ではなく魔法で試合の開始が告げられる。
天に放たれた魔法がはじけて、試合開始だ!
「サイキ選手いきなり仕掛けた!」
低く構え、刀の先端を地面に擦りながらの突撃だ。しかもかなり速い!
サイキちゃんは赤髪で長いツインテールなのだが、見事になびいており、まるで光跡のようで格好いい。
そしてそのまま下段から上へと刀を振り抜く! が、さすがにグリーンさんも止め、反撃の一振り。しかし空振り。
「まずは様子見ってところね。サイキの持ち味はあの素早さと、自分の体を考えない無謀とも思える動き。何処かの誰かさんもそうですよね? ふふっ」
「あー、だから既視感があるのか。納得」
一方リタちゃんとエリスちゃんはフューラ・リサさん・ジリーとイチャついている。
その後サイキちゃんは無事に決勝進出。
最後は漫画のコマが飛んだかと思うほどの急激な動きだった。あれ本当に体大丈夫なのかな?
「サイキの髪留めには魔力がこもっているです。才能との相乗効果です」
という緑髪の獣人族、リタちゃんからの解説。
「なるほど、アーティファクトで補助してるからこそのあの動きか」
「ぼくが作りました!」
これでもかと自慢げなエリスちゃん。仲良し姉妹の本領発揮か。
「ふふっ、ならば器となって当然でしょうね」とリサさんも納得のご様子。
――アンダー60、準決勝第二試合開始。
ここがモーリスの踏ん張りどころだな。
「さあ勇者様の仲間であり心が読めるモーリス選手対、ここまで全試合を一撃で勝ち上がってきた斧使いクーパー選手との一戦だ!」
相手のクーパー選手はヒゲモジャのおじさん。斧持っててヒゲモジャおじさんイコールこういう風体、というそのままの姿だ。戦士というよりは木こりだな。
「こりゃーモーリスの勝ち決定だね」
「ほう、婚約者さんのカンですかな?」
「あはは、カンじゃなくて確信。斧使いって一撃必殺だから振りが遅いんだよ。そんな攻撃、モーリスが食らうと思うか?」
「ねーな。あはは!」
相性抜群という事だ。
魔法がはじけ、試合が開始された。
「モーリス選手早速突っ込んだ!」
既視感がある。が、こちらはクーパー選手も動いた。
「おっとモーリス選手は魔法も使えるのか!?」
クーパー選手の一撃をあえて防壁で受けたモーリス。
「これはクーパー選手が一撃を狙ってきたのを読んで、動揺させるためにわざとそれを潰した」
というアイシャの解説。俺も同意見だ。事実クーパー選手は次の一手に若干の迷いが見える。
「クーパー選手が勝つにはどうすべきでしょうかね?」
「んー……最初の一撃を封じられた時点で絶対的な不利。だからあとは体力勝負しかない。でもモーリスがそんな手に乗るはずもない」
「……詰んだ、と?」
という実況の言葉には答えないアイシャ。もちろんそれ自体が答えでもある。
このアイシャの解説を聞いたからか、それとも自身の危機を肌で感じたからか、クーパー選手が再度の一撃へと突撃!
……俺には見えたぞ。モーリスの口元がニヤリとしたのを。
モーリスが「ミニマムバースト!」と魔法を使用。小規模な爆発が二人の間に起こり、煙幕になりクーパー選手が止まってしまった。
その煙幕に突入し、正面から……じゃなかった! 横から出てきた! そうか、クーパー選手も読んで構えていたのか。
完全にタイミングを外されたクーパー選手だが、それでも左から仕掛けるモーリスへ向けて斧を振る意地を見せる。しかしモーリスも身軽なのでギリギリでかわし背後へと回り、振り向き短剣をクーパー選手の横っ腹へと当てる。勝負あり。
「決まったあああ! 決勝進出はモーリス選手だあああ!!」
怒涛の歓声がコロシアムを包み、モーリスとクーパーさんは握手。お互い良い笑顔だ。
「あーぁあ」と意味深なジリー。
「ちょっと行ってきますね」とリサさんが控え室方面へ。
何事かと俺たちは頭にハテナマーク。
「モーリスの奴、最後に足捻ったんだよ。多分対抗心持っちまったんだろうね」
「……だからあの動きか。次は三位決定戦だが、その間に治せなけりゃ棄権だな」
「モーリスは棄権しねーよ。意地でも出てくる。だから”やっちまったな”って呆れてんの」
無理をして怪我して、ここからさらに無理をする訳だな。恐らくはリサさんに怒られるだろうし、本人も自覚しているはず。俺からは一言で済ませてやろう。
――三位決定戦……は飛ばして決勝戦。
ちなみに三位決定戦の勝者はモーリスと戦ったクーパー選手。今までの試合で一番熱い、本当に僅差での勝利だった。一瞬違えば勝者も違っていただろう。
リサさんが帰ってきた。座っていきなり溜め息。
「はぁ……。出来る限りの治癒はしましたが、完璧ではありません。棄権を進言したのですが頑として首を縦には振りませんでした」
「あたしとの約束があるからねー。失敗だったかな……」
「……僕から言わせてもらうと、それも含めての経験だと思いますよ。今モーリスさんに必要なのは、取り返しのつく失敗です。そしてどう取り戻せばいいのかを考える事」
三人の目線が俺に来た。しかし俺から言える事はない。
「さあお待たせいたしました! アンダー60クラス決勝戦! 選手入場です!」
二人が入場してきた。モーリスの表情は真剣そのもので、しかし怪我は見た目には分からない。無理をしているのか、それとも無理をすると痛むのか。
一方サイキちゃんはにこやかに手を振って登場。やっぱり神経図太いんだな。
「では両者にインタビューをしてみましょう。バジートフさんどうぞー」
「はいはーい。ではまずはサイキ選手から。クラス決勝戦ですが、意気込みはいかがですか?」
「勝ちしか見ていません」
余裕の表情でこの言葉。
「おっとーこれは強い言葉が飛び出しました。では相手のモーリス選手についてはいかがですか?」
「間違いなく強いですね。心を読まれる事への対処法が見つかっていないので、そこを切り崩せるかどうかだと思います」
「なるほど」
まるで歴戦の戦士のような回答。もしやアイシャ並に一人でダンジョンに潜っていたり?
「あれは格好付けたいだけよ。本当は一番の臆病で、一番の泣き虫ですもの。だからこそ強くなったとも言えますけれど」
なるほど、心を隠すという点ではモーリスといい勝負だ。
「では次にモーリス選手。相手はかなり強いと見えますが、いかがですか?」
「……嘘」と一言、ニヤニヤし始めたぞ。一方サイキちゃんは苦笑い。既に水面下での攻防は始まっている訳だ。
「ぼくには勝たなきゃいけない理由があるから、絶対に勝ちます」
「理由?」
「……秘密。勝ったら言います」
「これは楽しみな一戦となりそうですね。以上、実況にお返ししまーす」
お互い握手の後、距離を取って構えた。
「勇者様はどちらが勝つと思いますか?」
「……その前に。モーリス、足大丈夫?」
やっぱりアイシャの奴も気付いていたか。モーリスは手を振って答えたけど、中身三十ウン歳の実年齢ゼロ歳は心配でたまらんよ。
「どっちが勝つかっていうのは、私でも分からない。でもひとつ言えるのは、すごい試合になるって事。一瞬たりとも見逃しちゃ駄目だよ」
アイシャの言葉に会場が静まり返る。
――アンダー60クラス、決勝戦試合開始。
魔法が放たれ試合が開始された。
……だけど、お互い動かない。
「読み合ってる。でも、一撃で決まるような試合じゃない」
アイシャの静かな口調に、こちらも緊張してくる。
先に動いたのはモーリスだ。そして呼応するようにサイキちゃんも動いた。
お互いが一気に距離を詰め、モーリスの双剣をサイキちゃんが刀で受け止め、即座に切り返された刀をクロスさせた双剣で受け止める。これが瞬きほどの一瞬で行われた。
また二人は距離を取って睨み合い。
「私だったらもっと押しちゃうなぁー。隙を見せない攻撃は、相手の隙を作るのにも使える」
「私ならば一度回避しただろう。やはり性格が出るな」
「あんた臆病だもんねー」「なっ!?」
実況席では、緊迫した空気の試合とは全く合わない、ゆるーいトークが展開されている。
次はサイキちゃんが動いた。モーリスは動かず迎撃か。
動かないモーリスに、滑り込んだサイキちゃんが小さく跳ねて思い切り体を捻った水平切り! でもモーリスはキッチリ読んで右手へのサイドステップで回避。
「既視感のある攻撃でしたね」とフューラに言われたので、「見事にな」と返しておく。
こりゃー、モーリスからしたらアイシャと戦ってるような感覚なんじゃないかな。当然ながらサイキちゃんのほうが背は高いけど。それでもサイキちゃんは小柄なほうだ。
乱打戦へと移行。驚くべきはモーリスの判断力とサイキちゃんの身体能力だ。
身軽なモーリスはサイキちゃんの攻撃をしっかり読んで、回避と防御を選んでいる。
一方サイキちゃんは全ての攻撃を紙一重で回避している。という事はモーリスの読心よりも上の反応速度という事。
「あれで本当にレベル60以下かよ」という周囲の声。全くもって同意だ。
しばらく続く乱打戦。
「……動くよ」というアイシャの読み。するとモーリスの攻撃がヒット! サイキちゃんは距離を取る。
んが、モーリスが追撃した。しかもちょっと速くなっている。
「スピードエンチャントを使いましたね。焦っているのはモーリスさんです」
魔法といえばリサさん。これは魔法での身体能力強化か。
サイキちゃんは防御に徹し、モーリスは縦横に動き乱撃を食らわせている。
……だが、俺の目も慣れてきて、よく見えるようになってきた。モーリスの乱撃にはフェイントと本物が混ざっているが、サイキちゃんは本物をしっかりと捌いている。
「そろそろだな」と、無意識に言葉が漏れた。俺ではない、初代が見定めているんだろう。つまりこの言葉は真だ。
本当に動いた。サイキちゃんが一歩前へと進み、瞬間的に姿勢を低くしモーリスの足を狙った。モーリスは縄跳びのように跳ねたが、つまりそれは無防備な時間を作るという事に他ならない。
しかししかし、さすがにモーリスも読んでいた。跳ねた瞬間左手の短剣を投げつけた。投げナイフの要領だ。
だがサイキちゃんはさらにその上を行った。投げられたナイフを一切かわさず、右肩に刺さったのも気にせず左手を地面に突きながら体をねじ切らんばかりに捻り回し、右手で刀を振り抜いた。
モーリスも防御姿勢を取ろうとしたが、右手の短剣だけでは止め切れず、その短剣を弾かれ武器を失った。
「決まったああ!」「まだ!」
実況の叫びをかき消すアイシャ。
ああ、まだ終わってない。モーリスのあの顔は、意地でも負けないという決意の顔だ。
サイキちゃんも一瞬終わったと思ったのだろう、魔法で張られた煙幕に一瞬戸惑い、モーリスに弾いた短剣の回収を許してしまった。
「しかしサイキ選手は肩に」「あの程度で音を上げる子じゃない」
さすがと言うべきか、一旦刀を地面に刺し、短剣を抜いてモーリスへと投げ、自身は左手に刀を持った。
「あーぁあ」「あーぁあです」「あーぁあだね」
幼馴染三人が同じリアクション。という事は、サイキちゃん暴走モードか?
するとサイキちゃんがうつむき……なるほど。これは狂人の微笑だ。年頃の女の子がする表情じゃないぞ!
両者構え、先に動いたのはサイキちゃん。ああこういう意味なのかと一瞬で分かる、異様な動き。片手で刀を振り回しているのに、さっきの両手で扱っていた時よりも明らかに速度が上がっている。まるで腕と刀が一体となり、鞭のようにしなっているようにすら見える。
一方モーリスは完全に押されており、双剣と魔法防壁での二重防御体勢を解除出来なくなっている。
「あの子ね、あれが一番冷静なのよ。ぶっ壊れているでしょ?」
「友達が言っていい言葉じゃないぞ。しかしあの実力でなんで剣士にならないんだか」という俺の素朴な疑問に、ナオちゃんは少しだけ嬉しそうに頬を緩ませ、答えてくれた。
「あの子、怖いのよ。仲間を失うのが。逃げてると言ってしまえばそれまでだけど、あの子にそういう命のやり取りは向かないわ」
才能と性格との相性が合っていないのか。
決着の時だ。
状況を打破しようとモーリスがバックステップで引き離し、体勢を変えようとしたところで一瞬動きが止まった。恐らくは先ほどの怪我の影響。
その一瞬でサイキちゃんは一気に肉薄し、モーリスの首筋に刀の刃を当てた。
……あいつ、まだ足掻くつもりだ。
「モーリスそこまで!」
体に力を入れた瞬間、アイシャからの試合終了が告げられた。……少しだけ切ったな。
「アンダー60クラス優勝は、サイキ選手に決定だあああ!!」
モーリスは双剣を仕舞うと殊勝にもサイキちゃんの手をとり、天へと掲げた。歓声と拍手に耳が痛くなるほどだ。
そしてお互いが握手し……モーリスは泣いた。
――試合後。ジリー視点。
「……行ってくる」「わたくしも」
リサさんもか。……はぁ。
「私も行ってきます。すぐ戻ってきますね」
ナオちゃんもだね。
「……泣いているでしょうね」
「仕方がないさ。んだけど、これがあいつの実力だ。全力を出し切った結果がこれなんだから、あたしは素直に褒めるつもり」
「あの、モーリスさんの言っていた、勝たなきゃいけない理由って?」
それでもなんとなく空気を読んでいるナオちゃん。この子は頭がいいのかもね。
「追い追い」
「……はい」
控え室に到着。……あいつの泣き声はせず。意外と傷は浅かったか?
「迎えに来たぞー……っていないし」
「あはは……」
そこにいたのはアンダー100クラスの四人と、苦笑いのサイキちゃんだけ。
サイキちゃんの右肩は、包帯は巻いてあるけど血が滲んでる。んでやっぱりリサさんが治癒魔法をかけた。
「モーリスは?」
「控え室に戻ったら、そのまま外に。引き止められる雰囲気じゃなかったので……」
「そうかい。んじゃあたしは探してくる。後はリサさん頼んだよ」
「はい」
あいつ……あたしから逃げたんだろうね。はぁ。
だけどすぐに見つかった。なにせあっちからやってきたからね。
目を腫らしてふくれっ面だ。首からの出血は自分で止めたのかな。
「……あたしの言いたい事、分かってんだろ?」
(うん)
目は合わせずに頷くか。
「だったら泣くな。モーリスは全力をしっかり出し切ったんだからな」
(納得したくない)
光文字で一言。強情だねぇ。
……あたしは、まー……公衆の面前でってのは恥ずかしいけど、でも答えは決めてんだから。
(格好付けたかったんだもん)
「……ぶっははは!!」
いやーそうだとは思ったけど、そんな素直に言われちまったら、笑いを堪えられないよ。
「ははは。だったらもう一度チャンスがあんだろ。しかもデカいのが。何年後になるかは知らねーけど、あたしは待ってやるぞ。っても、その前だとしても構わねーぞ?」
「……うん……」
全く、真っ直ぐ過ぎんだよ、お前さんは。
――カナタ視点。
お、戻ってきた。……あっはっはっ! 思いっきりふくれてやがる! ジリーに頭をポンポン撫でられてるけど、ありゃー当分はご機嫌斜めだろうな。
こっちは既に全員揃っている。その中でも一番複雑そうな表情をしているサイキちゃん。モーリスの”理由”になんとなく気付いていて、それを台無しにしてしまったと思っている様子だ。
もちろんそんな心の中はモーリスにはお見通し。さて、モーリスのお手並み拝見だ。
「あ、あの……」「ううん。勝ちは勝ち。負けは負け。ぼくに悪く思う事はないし、ぼくもそういう事は思ってない」
いきなりのモーリスの言葉にサイキちゃん固まっちゃいました。
「ぼくは心が読めるから」
「あっ、そうだった。でも……」「いいの。ぼくも全力を出せた。勝てなかった事は悔しいけど、それで負けたんだから、満足」
モーリスめ、女の子相手に笑顔を見せやがったぞ。こりゃー女たらしの才能アリだな。
一方のサイキちゃんは、その笑顔にしっかり反応して強張っていた表情が柔らかくなった。
「満足、って言われちゃったら、自分を悪いだなんて思えないかな。えへへ」
「本当に悪くないよ。だから、優勝おめでとう」
「うん、ありがとう」
……さすがはモーリス。
この後、誰にも聞こえないように「強く」と呟く声がしたのだが、これは聞こえなかった事にする。
さてさて、お次はアンダー100クラスだ。
中々書き終わらない事に業を煮やし、唐突にクッキーを焼き始めた作者。
ババアを400人雇い入れ、毎秒ウン京枚のクッキーを焼き続けた先に見た光景とは?
次回「それでもクッキーは焼かれている」




