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第百五十九話  賭けたり駆けたり

 ――謝肉祭三日目。カナタ視点。

 さー、ようやく俺の視点に戻ってきたぞ。

 アイシャたちのおかげで初代に対する感情は落ち着いた。それでも”無理はするな”という言葉には複雑な感情を抱きはするが、無理して初代やみんなに合わせようとせず、俺なりで行こうと決めた。

 といっても俺と初代とはあくまでも別人。このスタンスを崩すと俺が俺でなくなるから、絶対に譲らない。


 朝食はシアが作った。味比べのつもりなんだろうが、パンにハムに目玉焼きとサラダボールなんだから、比べようがない……と思う。

 「今日は競馬だっけか? ジリーどうするんだ?」

 「あたしが走るとブッチギリ確定じゃん。自重するよ」

 「参加賞が出るんだから、いっそ本気でチギれよ。じゃねーと観衆も面白くねーぞ?」

 本音を言えば、俺が見たいだけ。

 「……っしゃーねーなぁ。んじゃ本気で馬ぶち抜いてやんよ」

 みんなにも応援されている。これは刮目しなけりゃいかんな。


 外を見れば早速魔法使いたちが空に上がって場所取り。まるで色とりどりの風船が浮かんでいるようだ。

 「私たちはどうする?」

 「ぼくはリサさんー」「はーい」

 あっさり一組目決定。

 「それじゃあ僕にはアイシャさん来ますか?」

 「えー……あ、うん。そうする」

 「気を遣わなくてもいいのだぞ? 大体あのスクーターに私とカナタでは重量過多だ。アイシャが乗れ」

 俺はアイシャに任せるつもりだったが、アイシャも俺に任せるつもりのようだ。

 「……俺はどっちでも」

 「そういう曖昧なの嫌われるよ? でもどっちでもって言うならシアが乗りなさい」

 「はぁ……勇者の命令ならば仕方がない。私は後部に立ち乗りさせてもらおう」

 という事で決定。



 ――それから。

 競馬の開始まではまだ時間があるので、先に出店をつまむ事にした。

 既に空には魔法使いがわんさか。もちろんフリフリスカートの女性もあちらこちらにいるので、さながらおパンツ博覧会である。白にピンクに水色、縞々。

 「リサさんが魔女服を買ったのもこの日でしたっけ」

 「ええ、そうでしたね。あれから砂まみれになったり破れたり穴が空いたり、色々ありました」

 「ははは」

 俺の知らない間の、でも知っている話だな。

 「戻る時はお土産として?」

 「そのつもりです。でもその前にポール・テーラーで再度仕立て直していただこうと思っています。今は穴を塞いだだけですからね」

 「だったらもう一着作ってもらえばいいじゃないですか」

 「それもいいですね」

 俺もコネで安く買えないかな。ポールさんじゃないから厳しいかな?


 なーんて考えていると、出会うものだね。

 「あ、ロベルトさん。おはようございまーす」

 「おはようございます。……そちらは?」

 やっぱり訝しがられた。

 「初めまして。折地彼方と言います」

 「ああ! お話はかねがね――」

 社交辞令も含めた挨拶を交わすと、どうやら俺の事はこいつらが話して知っているらしい。という事はコネありだ。


 「そうだ、マーレィ様にお見せしたいものが」

 と、魔法で布を取り出した。

 「いかがですか?」

 「んー……もう少し暗めの赤だった。柄とのコントラストがもっと、こう――」

 ……何やってんだ?

 「プロトシア様の旗だよ。魔族領で発掘されたから、復元しようって。剣も出てきたんだ」

 「なるほど」

 モーリスが答えてくれた。こういう時にはその能力便利だよなぁ。

 「……そのまま魔族領の国旗になりそうな予感」

 「それはいいな!」

 冗談だったのに地獄耳を発揮したシアが本気にしてしまった様子。あーぁあ、俺のせいだけど俺しーらないっ。


 ロベルトさんと別れたところで馬券を購入。

 「前もだったけど、妙な名前の馬ばっかりだな。そして下馬評は無意味と」

 「本気で儲けようだなんて誰も思ってないからね。私は……3-8にする」

 「んーっと、3番アスヘノトウソウと8番ゴールデンウィーク……ははは、何だこのよく聞いた名前」

 「ゴールデンウィーク?」

 「ああ。東京時代にあった大型連休の通称だよ。まさか今更こっちで出会うとは」

 恐らくは偶然だろうが、それもまたこの時代に生きる醍醐味かも。

 「さて俺は……5-12にするか。ファイブポイントとジュクレンコウショウ」

 熟練工匠って中々にやってくれそうじゃね?


 そして全員馬券を購入完了。

 まとめると、俺が5-12、アイシャが3-8、シアが5-8、フューラは4-5。リサさんは10-12でジリーは1-3、モーリスは4-10となった。

 もっと買っていいと言ったのだが、何故か全員一枚だけ。

 「相変わらず手堅いのか冒険してるのか全く分からんな。というか、なんでみんな一枚だけにした?」

 「いやぁ……ほら、ギャンブルで痛い目にあってるし、初代は無駄遣いすると怒ったから……」

 みんな頷きばつが悪そう。初代の話を出したから俺に対する引け目もあるんだろう。

 「ははは、なるほどな。まあ俺も無駄遣いには白い目で見る」


 あまりお金の話はしたくないが、どうしても気になる事が出てきてしまった。

 「下世話な話だが、みんな俺のいない間にどれくらい稼いだんだ?」

 「……わ」「やっぱりいいや。聞いたら凹むのが見える」

 俺の記憶上で考えても、みんなゴールド単位で持ってるはず。日本円で億単位な。

 「あはは。でも私は一回貯金を全部レイアに支払っちゃったから、そんなに持ってないよ。私たちの中で一番お金があるのはきっとジリー」

 「あー、かもしれねーな。よし、十ゴールド以上は手を上げろ」

 ジリーの掛け声で手が……上がらなかった! 確定っ!

 「……あっはっはっ! あたしが一番か! ちなみにあたし今、二十七ゴールドある」

 みんな絶句! ダブルスコアってレベルじゃねーぞ!

 っと、放送が入った。

 「競馬ランナーの皆様はスタート場所に集合してください」

 「……んじゃ行ってくる。馬ぶち抜いて一位掻っ攫ってやんよ!」

 大口を叩くジリーだが、あいつならば間違いなく行ける。


 ジリーと別れ、一部の出店は競馬のために撤収。そして続々と空に上がる魔法使い。

 「私たちもそろそろ空に上がろうか」

 「了解。……あ、今更だけどスクーターのフライトモードって俺運転した事ないんだよなぁ……」

 すんごく不安。

 「大丈夫ですよ。運動記憶も受け継がれるはずですから。僕たち六人分が全部です」

 「余計に不安だ……」

 と言ってもやるしかないか。


 ……だったんだけど!

 「重っ!」

 なれないフライトモードなのもあってバランスが取れない。つまりめっちゃ危険!

 「うぅ……アイシャ、交替……」

 「あはは。借りにしておくからそう気を落とさないで」

 「はうぅ……」

 本当にこいつは俺が好きなんだな。……まあ、女性に好かれる事に悪い気はしない。



 ――競馬のスタート時間。

 「お……あ、行ける」

 さすがに感覚は妙なものだけど、これならば練習無しでも大丈夫だ。

 「んじゃ揺らしてやるー」

 「むしろ振り落とすぞ」

 と、わざと急発進急停止を繰り返すと、人に抱き付いてきた。

 「ごめーん!」

 「はっはっはー!」

 俺の勝ち。まあシアが恨めしそうな目でアイシャを見ていたのは、この際忘れよう。


 空に上がると、方々から手を振られる。そりゃそうか、スクーターってだけでもすげー目立ってるもん。

 そろそろスタート。やっぱりというか、風属性の放送魔法がこだまする。

 「レディースエーンド、ジェントルメーン! 今年もやって参りましたグラティア王国謝肉祭名物、王都コロスを縦横に駆け回る王国公認の賭け競馬! 今年は十八頭の馬と、過去最高四十二名のランナーが参加です。実況は毎度のわたくしカミマクールと」「解説のバジートフ……とっ!」

 と?

 「皆さん初めまして。私はシオン・タイケと申しまして、王宮付きの教師をやっています。よろしくおねがしまーす!」

 まさかまさかのシオンさんが実況に参加。


 「まさかだね」

 「本当にな。あ、そういえばリサさんたちにも聞こえてるのか?」

 「聞こえていますよ」「こちらも聞こえている」

 リサさんとシアか。この二人に聞こえているのならば大丈夫だな。

 「それじゃあ私たちはあまり周囲の邪魔にならないように動くよー」

 「はーい」「分かった」

 アイシャの指示。もしもを想定しているんだろう。



 ――スタート前。

 「さてさてさーて、今回のランナーには、二年前にブッチギリで優勝を飾った、あのジリーさんが参加しています。インタビューしてみましょう」

 お、ジリーにマイクが渡るのか。さあどうするのかな?

 「ジリーさん、今回で二回目の出場ですが、去年は何故出場しなかったんですか?」

 「いきなりそれかい。今更隠す事じゃないから言っちまうけど、あたしは勇者様の仲間なんだよ。それで去年は忙しくて、それどころじゃなかったって訳」

 「なるほど! という事は、今年は勇者様も?」

 「空に浮いてるはずだよ。……あ、いたいた」

 手を振るジリーに、アイシャも答えてる。

 「カナタ、ちょっと高度下げて」

 「はいよ」

 「あ、本当ですね! ……というか、あの……なんですか? あれ」

 「未来の乗り物だよ」

 まあそうとしか言いようがないわな。


 「よーしお前ら! あたしは今回もブッチギリで、馬も全部ぶち抜いて一位を取りに行く! 四十……一対あたしじゃない。えっと……六十対あたし一人だ!」

 「六十じゃなくて五十九対一ですけど」

 「うっ……あたし計算苦手なんだよ……。ともかく! お前らせいぜい楽しませてくれよ!」

 ははは、煽りまくってるぞー。

 「こーれーはー面白い事になりました! と同時に参加者たちの目の色も変わりましたよ。みなさーん! 怪我はしないようにお願いしますねー!」

 「うおおおおおおっ!!」

 これぞお祭り。ちなみにランナー中、女性はジリーの他にもう一人。

 「あの人見た事ある」

 「お前が? どこで?」

 「カナタは知らない依頼で。多分だけどね」

 ほぉ。……記憶には無いな。



 ――レーススタート。

 今回も何故かリビル館長がスターター。空に魔法が放たれドンッ! といい音。

 スタートと同時に早速ぶっ飛ばす女性が一人。ジリーだ。

 実況を聞くに、今回の馬は猛者揃い。ジリーに喧嘩を売らなきゃいいんだが。……あ、逆か。

 「ジリーいっけええっ!」

 一方こちらの女子連中は黄色い声援。


 南西ブロックは道は広いが左右に振られるコースで、後半は道が狭まる。

 毎年落馬があるとの実況の声につられたかのように、早速二頭が落馬し、その横をジリーが通過。これでジリーは全体で七位だ。

 「本当に一位取っちゃいそう」

 「ははは。そういえば俺の持つジリーの記憶では、騎馬に足で勝ってるぞ」

 「ええ!?」

 と、無線からモーリスの声が。

 「シュンヒさんと出会った依頼で、シュンヒさんを背負ったまま馬に勝ってるよ」

 「えええっ!?」

 これには俺もびっくり。あいつ人を背負ったまま馬に勝つって……。


 北西ブロックに突入。ここは心臓破りの上り坂が続く。

 「あいつ本当に一位狙ってるな」

 「あはは……」

 どうしても速度の落ちる馬を尻目に、逆に速度を上げて登るジリー。

 「おぉっとジリー選手一気にトップを狙うつもりか!?」

 実況でも指名されてるし。

 「……あははは!」

 ほぁ!? っとモーリスの笑い声だ。

 「ジリーすごく楽しんでるよ! あはは!」

 お前もな。


 北東ブロックは前半が直線の続く高速コース。ジリーには厳しいだろう。

 ……ああやっぱり。ジリーに触発された馬が速度を上げて抜きにかかった。

 「おおっと危ない!」

 あーぁあ。一頭ジリーにちょっかいを出した。ジリーのお怒りモードが来るぞー。

 「なんという事か! ジリー選手がここに来てさらに加速した!」

 やっぱり。

 「あれで持つのか?」

 「持つよ。私が保証する」

 真剣な表情で言い切った。

 「おうおう勇者様も随分と肩入れするんだな」

 「あはは。だって仲間だもん」

 笑いはしたが目線は外さない。こいつも本気か。


 北東ブロック後半は一転して低速進行の五連ヘアピンが待つ。

 「ははは、こりゃ速えぇわ」

 「一気にだね」

 小回りの利かない馬は一旦停止したりオーバーランしそうになって焦ったりしているが、ジリーは人間なのでほぼ速度を落とさずに駆け下りている。

 「ジリー選手が遂に二位だ! 前方には一枠一番「スベテガイチバン」だけだぞ!」

 この「スベテガイチバン」という相変わらずな名前の馬だが、二年前に出場した「ナンデモイチバン」という馬の血縁だそうな。


 五連ヘアピンを下り、南東ブロックに突入。前半は高速ワインディング、後半は教習所よろしく狭い道でのクランクが待ち構える。

 「ここは抜かれるか」

 「仕方ないよ。でも勝負は後半」

 「だな」

 ジリーは四位に下がり、前方は三頭が団子を作った。

 「……あ、違う! これわざとだ!」

 「え?」

 「ジリーわざと二頭を行かせたんだよ! 最後で詰まって速度落ちたところを一気に抜く作戦!」

 ……あのジリーがそこまで考えるか?


 そしてその後半。アイシャの、いや、ジリーの読みが大当たりした。

 「おっと細道で三頭が詰まった! おおお!! ジリー選手が一気に大跳躍して馬を足蹴に一位を掻っ攫った!」

 「馬も俺を足蹴にしただと!? と驚いている様子ですよ!」

 「ジリーさんはこれを狙っていたんですね」

 シオンさんは気づいていたのか。さすがジリーとモーリスの教師役。ジーク・シオン!

 そしてこの三頭ごぼう抜きが効き、馬は残り二周あるのだが、ランナーは一周勝負なので、ジリーが馬も含めた全ての中で、本当に一位でゴール!



 「ジリーめ、本当にやりやがった!」

 「あはは。すごく喜んでるね」

 「そうだな」

 飛び跳ねて喜んでいる。こんなジリー初めて見たかも。

 「私が言ったのはカナタも含めてだよ?」

 「え? ……あー、あはは、確かに俺も喜んでる」


 「……それだけ?」

 人の顔を覗き込んで笑う子供の一言を、今の俺は理解出来なかった。

 「カナタは今、初めて自分自身じゃない、私たちの功績を嬉しいと思ったんだよ?」

 ……自分以外の功績を喜んだ……?

 「それって、私たちと繋がってる証拠でしょ? 記憶でじゃなくて、心で繋がってる」

 「心で……」

 「それをね、世間では仲間って言います」

 「……ふふっ、そういう意味か。当然だ!」

 今の俺はきっと悪どい笑顔を浮かべているだろう。この笑顔は初代へと向けている。この短期間で俺はお前に並んだぞと、自慢している。



 ――レース終了。

 結果から言うと、俺たちの買った馬券は全て紙くずになった。

 「さあ! 皆様お待ちかね、ジリー選手への優勝インタビューです!」

 大きな拍手と共にジリーにマイクが渡った。みんな一斉に静まり、耳に集中している。

 深呼吸をしたジリーがマイクを口元へ。

 「はぁ……みんなごめーん!!」


 まさかの謝罪に王都の全員が固まった。

 「あたしね、えーっと……分かりやすく言うと改造人間なんだよ。普通の人間じゃないの。本気で走ったのは事実だけど、そういう事だから……なんて言うかな……」

 「本気なら関係ないよ!」

 誰ともなく声が上がった。そしてその声につられるように方々から賞賛の声と拍手が、本気で走り抜いたジリーへと降り注ぐ。それは一緒に走った四十一人のランナーや、十八人の騎手からもだ。

 「はいはい解説のバジートフがこの状況を解説させていただきましょう! ランナーは参加する事に意義があります。その中で本気で走り抜き、馬に勝つなんてすごい事じゃないですか。例え普通の人間じゃなくても、これは誰の目から見ても賞賛されるべき偉業ですよ」

 簡素な解説に賛同の声。そしてジリーも笑顔になっていく。


 「そっか。んじゃ訂正! みんなありがとー!! あたしすっげー嬉しいっ!!」

 「うおおおお!」「おめでとー!」「最高だったぞー!」

 せきを切ったかのように再びの賞賛。そして一番の可愛い笑顔を見せ、帽子と手を振るジリー。

 「おめでとー!」

 もちろん俺の後ろで立ち乗りしている小さな勇者様も。

 「ジリーやったな!」

 ……ははは、俺も思わず口に出ている。



 ――合流。

 式典も終わったのでジリーと合流。ジリーは優勝の盾を誇らしげに抱えていた。

 「おめでとう名ランナー」

 「あっははは! 全く同じ言葉を初代カナタからも聞いたぞ?」

 「おっと……でも、この言葉に代えはないんだよ」

 「あはは、んだね。ありがとう」

 通り過ぎる人からも声を掛けられ、そのたびに手を振っている。大忙しだ。

 「二年前は途中で棄権するつもりだったけど、今回は何を言われようとも一位でゴールしてやるって決めてたから、それが達成出来て……それだけじゃなくて、みんなに褒められて……あー、褒められたんだね、あたし……」

 ようやく実感が沸いてきたんだろう、ジリーは笑顔で泣き始めた。

 「あたし……よかった……。アイシャが、カナタが、みんながあたしと居てくれて、本当に……生きてきてよかった……」

 出自の秘密を知り、死ぬために自ら警察を呼び、死ねずに捕まり死刑になり、執行されても死ぬ事を許されずにこの時代に飛ばされたジリー。

 そんなジリーが漏らした「生きてきてよかった」という言葉。

 生まれなければよかったと嘆いた俺とは対照的なその言葉を、俺が使えるのはいつになるのか……。



次回はロデオ大会です。

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