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第百五十七話  本当の気持ち、カナタの秘密

 ――王宮にて晩餐にお呼ばれ……の前に玉座へ。

 「トム来たよーっていない」

 「バックアタックに警戒だな」

 っていう事で後ろを見ると……あはは、カナタまたもや大正解。

 「いやいや、ちょっと用事がありまして席を外していました。晩餐の用意は……ちょっと待ってくださいね」


 衛兵さんがいるのに王様自ら聞きに行ったよ。

 「王ならば衛兵に行かせればよいのにな」

 「全く同じ事考えた。でもそれはそれで……」

 「トムらしい」「トム王らしい」

 はい、シアと声が合いました。

 「お前ら楽しそうだな」

 呆れ声のカナタ。

 「そりゃー、ねえ? 勇者と」「魔王だからな」

 「ははは、さすがだよ」

 ようやくちゃんした笑顔が見られた。いえーいってシアとハイタッチ。


 「お待たせ様です。あと三十分ほどかかるとの事だったので……世間話でもしますか?」

 「って、なんで王様なのにそんな暇そうなのさ? 大体今日からお祭りだよ? 普段だったら体がいくつあっても足りないでしょ?」

 「いや、まあ……」

 目を逸らした。なーんかあるぞー?

 「俺かな?」

 「カナタ?」って顔を見上げたらニヤニヤしてる。

 「王宮を間借りしてた事もあるから、兵士には顔が利く。事前に今日が俺の復活日だと知っていれば、こうなる事を見越して周囲が気を遣っていてもおかしくはない。グラティアはそういう国だ」

 あー、なるほど。

 「ははは、正解です。あともうひとつ付け加えるとすれば、今日が初日だからです。例年では、忙しくなるのが準備期間中と二日目以降なので、初日だけは楽なんですよ」

 準備は出店の許可とかで忙しくて、二日目以降は犯罪者の取締りで忙しくなるって事かな。



 ――食堂。

 あははは……やり過ぎ。

 鳥が丸焼きになっていたり、フルーツが塔みたいに盛られていたり、とにかく豪華豪華豪華!

 「……トム王様、これはちょっと張り切り過ぎじゃないかなと」

 「そうですか? いいじゃないですか」

 「ははは……」

 さすがのカナタも苦笑いだよっ!

 「それと、お持ち帰りオーケーです」

 そういう問題じゃないっ! けど家計には助かる!


 「カナタ、いきなりかき込んだらお腹壊すよ?」

 「ジリーじゃねーんだから」

 うん、まあ、ジリーとモーリスは競い合うように食べ物を口の中に押し込んでいます。あれじゃ絶対に味分かってないよ。

 「ハムッ! ハフハフ! ……なんか言った?」

 「もっとのんびり食べろって言った」

 「やだ! 冷めたらまずくなるじゃん!」

 ジリーらしいお答え。

 ……でも、カナタは笑ってる。これが恨みを持ってこっちを睨んできた人物だとは、本当に思えない。



 私は目線でトムに合図。

 「カナタさん、今の率直なお気持ちは、いかがですか?」

 「んー……」

 カナタはちらっと私を見て、少しだけ睨んだ。もうバレた。

 「死者を蘇らせてはならない。それは魂を愚弄し冒涜するのと同じだ」

 「……では、復活したくはなかったと?」

 「はい」

 即答。


 「ですが、こちらとしてはカナタさんが復活したおかげで国が救えるのですから、ありがたい事ですよ」

 カナタが一瞬えっ? って顔した。

 「フューラさん、もしもカナタさんが復活しなかった場合、グラティアに起こる厄災はどうなっていましたか?」

 「――あーそれわたし答えるー。んーっとね、おにーちゃんが復活しなかった場合、厄災の原因が不明なままになるでしょ。そーすると地震があっても、なんでかなー? で終わっちゃって、リサさんの知ってる歴史通りに大厄災が起こる。つーまーりっ、グラティアは近いうちに海の底に沈んでいたって事。おわかりぃー?」

 チカの解説を聞いたカナタは、「ふっ」って小さく笑った。

 「あー、なんだそういう事か。でも、たとえ俺がいなかったとしても、こいつらならばどうにか出来ていましたよ」

 そしてこの言葉に、トムも小さく笑った。


 「カナタさん、もう気付いておられると思いますけど、私は先にアイシャからお話を伺っていました。復活を望まず、アイシャたちの行為に恨む視線を送ったと」

 「やっぱり」

 そしてまた私を軽く睨んだ。

 「しかし、何かが吹っ切れたようですね」

 おっ、いきなりそれ行く?

 「最初にお会いした時には、私に対して余所余所しい社交辞令で接していましたが、今は違う。私の前で自分の事を俺と称しましたからね」

 「……ああ、確かに。さすがはトム王様、感服いたしました」

 「ははは、それわざとでしょう?」

 トムの指摘に笑って返すカナタ。


 「王様というのは人の相談に乗るのもお仕事なんです。カナタさんも遠慮せずにどうぞ」

 ……気付けば全員の手が止まって、カナタの次の言葉を聞き漏らさないようにしてる。

 「ってお前らこっち見んな!」

 気付かれた! とりあえず誤魔化します。

 「……えー?」「えーじゃねーよ! あ、それじゃあひとつ相談。こいつらどうにかしてください」

 「えー?」「王様もかよっ!」

 あはは。みんな昔みたいに笑った。


 「それじゃあ本気でひとつ。俺は誰ですか?」

 笑いが一転、みんな一瞬で静まった。

 「あなたは折地彼方。時を超えて過去からやってきた……オレの友達であり、アイシャたちの家族です」

 「……それだけ?」

 「それだけですよ。でも充分じゃないですか。それ以上でもそれ以下でもなく、そして誰もそれ以上を望んでいない。これは幸せな事ですよ」

 しばらくトムの目をじーっと見ていたカナタは、コップの水を一気に飲み干して、また普通に食べ始めた。納得したのかな?



 晩餐も終わり、そろそろ帰るかという話に。

 「そういえば俺の寝る場所ないな」

 「いざとなれば僕は工房に寝ますよ」

 「私が鳥の姿で寝るのもアリだ」

 「納戸も私が寝る分くらいは空いてるよ」

 しばらく考えた後の、カナタの答えがこれ。

 「……俺がソファで寝る」

 「あはは、気を遣う必要ないのに」

 「あのな? 女の子の寝ていたベッドを男が使えるか? 俺は嫌だ」

 みんな苦笑いしつつ納得。これもカナタらしいからね。


 っと、フューラとリサさんがなにやらヒソヒソしてる。

 「んんっ、えー皆様方にひとつご報告がございます」

 「妊娠でもしたか?」

 「ふふっ、まさか。というか皆様もうお気付きでしょう?」

 うん。カナタが戻ってきた今、みんな気付いてはいるけど言葉にはせずに止めてあった案件が、動くんだ。

 「わたくしとフューラさんとの合作で、時間転移装置が完成いたしました。これでわたくしとフューラさんは、今日明日にでも自分の時代へと帰る事が出来ます」

 遂に、別れの時……。


 「ふふっ、皆様早いですよ」

 リサさんもフューラも笑うけど、こっちにしてみれば気が気じゃない。

 「わたくしたちにはまだ、この時代でやらなければいけない事が残っているのです。そうですよね? カナタさん」

 「東京の秘密な。それ以外にもありそうだけど、俺はその事しか知らん」

 すぐさま答えが出てきたところを見ると、カナタはリサさんとフューラの記憶から読み取ったんだろうね。

 そして次はフューラ。

 「他には、まずはこの謝肉祭を楽しむという案件があります。僕たちが帰ってからも頑張れるように、今のうちに楽しい思い出を沢山作っておくんです。そして東京の秘密を解き明かし、大厄災の回避をこの目で確かめる。帰った時の変化が楽しめます」

 帰ってからのために、今出来る事を精一杯するって事。

 「これらが全て終わって、初めて僕たち自身に課した、帰るための条件を満たします。なのでそれまでは帰りませんよ。アイシャさん、分かりましたか?」

 「あはは、うん。安心した」

 全世界連合協議会の時、それを意識した私は完全に真っ白になっちゃったからね。


 「だったらぼくも」

 「腹括ったか?」

 「えへへー」

 モーリスはこれだけでもう丸分かり。……あ、待って。二つある。

 「ぼくは、本当に魔族領の王様を目指す事にしました。奴隷から始まった王様なんていないよね。でもいないは出来ないじゃない。それにぼくはみんなの声が聞ける。……うん、そう。ぼくならば口には出せない悩みも解決出来るんだ」

 そして一番喜んでいるのは、やっぱり魔王様。途中でモーリスが反応したのもきっとシアの心を読んだから。


 でもその話だけで終わっちゃった。

 「……あれ? それだけ? ジリーとの仲は?」

 「お前なー、野暮な事は聞くなっての」

 カナタに怒られましたー。

 「それはあたしから話そう。モーリスの声が出るようになってからすぐだったよ。たどたどしかったけど、確かにプロポーズを受けた」

 「おおおっ!」

 「だけど後回しにされましたー」

 ありゃー。……ん? 後回しならオーケーの意味だよね?

 「まずは全部終わってからって事にしたんだよ。そしたらこいつ、ずっと守ります、いつでも待ってますって。これに勝てるか? 無理だろ! あっははは!」

 大きく笑ってモーリスの頭を荒く撫でるジリー。すごく幸せそうだ。

 「だから、フューラとリサさんが帰る前に、もう一回プロポーズしまーす」

 「されまーす」

 もう決まってるって事だよね、これ。


 「んじゃー次、アイシャとトム!」

 「えっ!?」

 無茶振りされたー!

 トムと目を合わせて、どうするかを目で会話。

 「……こちらは追い追いで」

 「うん。今は誤魔化しまーす。っていう事でシア!」

 「なっ! わ、私は……カナタっ!」「落ち着け」

 即答!

 「起きてすぐに告白されたけど、俺と過去のあいつとは別人だし、過去では振るつもりだった。だからまずは友達から」

 「……うん。まずは友達からだ!」

 シアったら鼻息荒いなぁ。あはは。



 ――帰宅。

 ふわぁー、お腹一杯でもう眠い……。とりあえずソファに座ってひと息。

 「カナタさん早速これ飲みましょう?」

 「酔いどれ女狐め。晩餐でも飲んでたじゃないですか。駄目」

 「えーそう言わずにー」

 なんかリサさんがカナタに絡んでる。

 「ならば私と飲むか?」

 シアが参戦。あーこれは面倒になる奴だー。


 「はいはい。俺は体力付いてなくて疲れてるの。お前らのペースに合わせてたら過労死するぞ」

 「カロウシ?」

 「忙し過ぎて死ぬ事」

 あー、なるほど。

 「ならばこれは明日飲みましょう」

 「毎日飲むつもりかよ。肝臓壊すぞ?」

 「えへへ……」

 はぐらかしたリサさんだけど、カナタは結構本気の目してるよ。


 溜め息を吐きつつ、私の横に座ったカナタ。すぐさま反対側にモーリスが座って、二人でカナタを挟み込む形に。

 「何だ眠そうだな」

 「小人族だからねー」

 「それは関係ないだろ。……んふわあぁあ。俺も眠い」

 「ふわあぁあっと。アクビが伝染したー」

 時間は寝るには早いけど、気疲れもある。カナタも同じはず。


 って、モーリスがカナタの顔を覗き込んでる。

 「何か付いてるか?」

 「目と鼻と口ー」

 「はいはい」

 あはは。あまりにもあっさりとした反応に、逆に笑っちゃった。

 「お兄ちゃん、ぼくたちなら大丈夫だよ」

 おっと、目の覚めるような一言。みんなも一斉に注目。

 でもカナタはモーリスの頭を強めにグリグリしただけで、モーリスは痛がりながら笑ってるだけ。


 「さーて、俺は寝る。というかここで寝るんだから、お前らさっさと部屋に入れ」

 「えー」

 「命令」

 「はーい」

 という事で解散し、私はシアと部屋に戻り、シアよりも先に目を閉じました……。



 ――真夜中。

 ……んにゃっ……おトイレ……。


 お花を摘んで戻ってくると、居間がぼんやり明るい。またリサさんが飲んでるのかな?

 「リサさーん、いい加減に寝ないとー……って誰っ!?」

 「俺に決まってんだろ」

 「あっ……復活したの忘れてたなんて事はないよ。絶対にない。ないってば!」

 「……白状してるようなもんだろ、それ」

 はうぅ……。


 「……っていうか、それ……」

 「ああ。理由は知らん」

 明かりの正体だけど、カナタがホーリーライトの魔法を使ってたんだ。

 「それじゃあ」「待て」

 振り向いて部屋に戻ろうとしたら止められた。ちょっとだけ警戒。

 「……そこ座れ」

 また怒られるのかな? ……うん、従います。

 私はダイニングの椅子に座って、正面にカナタが座った。


 お互い何を話せばいいのかって感じで、気まずい空気。

 「ねえ」「なあ」

 かぶった!

 「レディファースト」

 「ずるいなぁ。でもカナタらしいかも」

 「無駄口叩いてるとその口縫い合わせるぞ」

 「あはは」

 そう言ってもカナタは笑ってるもん。さっきした警戒はもう解いてもいい。



 「……ごめんなさい。私はカナタの命を踏みにじった。絶交されても文句は言えないかな」

 カナタは静かに聞いている。

 「私の記憶も入ってるんだよね? 小さい時の記憶も?」

 「入ってる。あの三人娘と遊んで怪我したのも、親父さんが行商人から差別されたのも、トム王が立ち上がった時のもな」

 「全部知ってるんだ……」

 恥ずかしいのもあるけど、ちょっと嬉しかった。

 「だけど、記憶はあってもお前の心情までは知らん。そこは安心しろ」

 「あはは。よかった」

 私がカナタに対してどう思ってるのか、聞かれるのは嫌だもん。


 「だったら、あの時の記憶もあるんだよね?」

 「ある」

 「……ごめんなさい。あの時私が」「待った」

 頭を下げた私の言葉を、真剣な声で止められた。

 「お前の感情に俺を巻き込むな。昼間も言ったけど、あくまでも俺は二代目であり、それは初代に向けるべき言葉だ」

 「……うん。だけど私は本当に……」

 顔を上げた私の目に映ったカナタは、笑顔だった。

 それを見て、私は身勝手ながら許されたと感じた。


 「前のカナタの記憶もあるんだもんね。そのカナタが笑顔なんだから、私も一区切りを付ける」

 「そうだな。だがひとつ間違っているぞ。俺が持つあの時の記憶は、お前視点だけだ。初代視点の記憶は、チカとやり合ってる最中で一旦途切れてる。多分ウィルスの影響だろう」

 「えっ」「だが一区切り付けるのは正解だろう」

 「……うん。一区切り付ける。でも、だけど……最後の言葉……」

 一番聞きたかった言葉が、聞けない……。

 「無理はするな」

 ……うん。多分カナタならばそう言う。っていうか、カナタが言った。まさか?

 「ねえカナタ、モーリスみたいに心が読めるようになった?」

 「ははは、さすがにそれはない。お前の探し物が何なのかを知ってるだけだよ」

 そっか。でもちょっと軽くなった。


 「アイシャ。お前は相変わらず全部抱え込んで無茶をしている」

 あはは。カナタのお説教だ。

 「だけどこの三週間でね、私の命をみんなが背負ってるっていうのに気付いた。だから今までみたいな無茶はしないよ」

 「はぁ……まずはこの三週間の溝を埋めない事にはどうにもならないな」

 もちろん私たちだって手を貸しますとも。

 「でも、ありがとう。以前と変わらずに心配してくれるのは、本当に嬉しい」

 「……お前らは、いつになったら俺をその心配から解放してくれるんだ?」

 「あはははは! ごめーん、当分先だ」

 カナタは笑いながら首を垂れた。



 「じゃあ次、カナタの番だよ」

 「……お前らがいらん事をするのが見えるんだよなぁ」

 「あはは。でも大丈夫だよ。モーリスも言ってたでしょ?」

 大きく溜め息を吐いて、観念した様子のカナタ。

 「俺にはお前らの記憶が入っている。全部な」

 「うん。だから私たちの辛い過去も全部背負わせちゃってる」

 「……それだけじゃないんだよ」

 「ん? どういう事?」

 カナタは天を見上げて、よく思い出そうとしてるみたい。

 「俺の中には、お前ら以外にも二つの記憶が入ってる。ひとつはなんとなく分かるんだが、もうひとつが誰の記憶なのか見当も付かない、本当に全くの謎なんだよ」

 「……前のカナタの記憶とか、私たちが見た夢の記憶じゃなくて?」

 「んー……ではない……と思う」

 だったらフューラにあの機械を作ってもらう? 無理かな?


 姿勢を戻したカナタ。

 「そうだな、まずはひとつ目のなんとなく分かる記憶から話そう」

 なんとなくって事は、今まで同じような場面があったって事だよね、きっと。

 「先に言ってしまうと、これは多分折地彼方の記憶だ。だが俺でも初代でもない、第三の折地彼方の記憶」

 「カナタいつの間に分身出来るようになったの?」

 「ジャパニーズニンジャだからな。というか話の腰を折るな」

 「あはは、ごめん」


 「見た目は俺なんだよ。だけど容姿は二十代後半。髪の色はこんなピンクじゃなく、本来の黒だ。時代は東京と同じで、コンクリート製の建物とアスファルトの道路。場所は……分からんが、何処かの小さな下宿屋だろうな。六十くらいの爺さんとその娘か孫か、二人で切り盛りしていて、他の下宿人は学生が大半。そういう記憶だ」

 「抽象的。でも下宿した事があるなら記憶が混ざってるんじゃないの?」

 って聞いたら、首を横に振った。

 「残念ながら初代の俺は下宿した事がない。似たような年齢の時に長期出張があり、安く済ませるために下宿屋を探した事はある。だがタッチの差で取られ、結局は普通のアパートを借りた」


 「……分かったかも。東京でね……あ、その時の記憶ある?」

 少し考えて、カナタも”あー!”って顔。

 「なるほど、あの幻か!」

 「うん。確か、ぱら……ぱらそるわーど?」

 「パラレルワールドな。並行世界って表現したほうが分かりやすいか。簡単に言えば俺たちが選択しなかった側にある、別の世界だ」

 「別の世界って、異世界って事だよね」

 「……ははは、なるほど。異世界に渡ったのは俺だけじゃなかった、第三の俺も知らず知らずのうちに異世界に渡っていたのか。初代の奴め、今頃悔しがってるぞー」

 すごく楽しそうなカナタ。


 「それで?」

 「ん? ああ。その聞き方も久しぶりに聞いたな。もうひとつの謎の記憶なんだが、本当に謎でな、誰の記憶にもない光景なんだよ。さわやかな風の通る草原に、日の光も届かない深い海の底。かと思えば黒い雲の覆う都市に、スラム街のゴミ溜め。眩しいほどの青い日差しと見上げるほど高いビルの数々に、人と車の山。グラティア王宮よりもはるかに大きな機械の塊が宙に浮いて、そして地上は火の海だ」

 「……まるで整合性のない記憶だね。それ本当に一人の記憶?」

 「か、どうかも分からない。本当に何もかもが謎の記憶。徐々に薄れている事だけが救いだな」

 うーん………………?

 「あ。勇者のカンが働きました。それきっと、沈んだ街に行けば分かる」

 って言ったらカナタは半信半疑の苦笑い。

 「ははは……マジかよ」

 「んマジですっ。というか……なんていうのかな? この星の記憶かなって思った」

 次は固まった。


 「……はぁ。だったら重過ぎ。俺には背負えねーよ……」

 カナタが弱音を吐いたところ、ずっと見てなかったなぁ。

 「トムとも話したんだけど、私たちがカナタと同じ立場だったら、心が折れてる。そして今カナタは心が折れかけた。……だけどね、大丈夫だよ。だって私たちがいるもん。カナタが紡いでくれた絆で繋がった仲間が、家族がいる」

 私を睨むカナタの目は、助けを求める目だ。

 「私はね、本気で勇者やってるんだ。だから頼ってくれていいんだよ」

 「……ならば問う、俺はどうすればいい?」

 その時、私はすぐに答えが出た。この答えは、誰よりもカナタが知っている。


 「無理はするな、だよ」

 しばらくカナタは固まっていた。

 そして――。

 「ありがとう」

 その言葉と共に、カナタの瞳からは涙がこぼれた。

 私には、その言葉が初代カナタへと向けたものに聞こえて、その涙は崩れた心の壁に見えた。



第三の折地彼方とは誰なのか。前作を読んでいれば分かりますw

ちなみに連休のせいで執筆速度が予想以上に遅いので、次は来週になると思われます。ご了承をば。

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