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第十四話   想定の範囲内

 ――あれから数日。

 初めてフューラがひとりで俺の家に来た。

 「ご注文の品です」

 「お、出来たのか」

 俺はフューラに銃の製造を注文していた。なにせ今の俺は何も武器を持っていない。なのでアイシャの仕事を手伝う事が出来ないのだ。


 さてどんなものかと、フューラが差し出したのは……トミーガンじゃねーかな?

 「どうしようか迷ったんですけど、カナタさんのパソコンデータを解析して、ゲームで一番使われている種類を参考にしました。ただしいきなり先進的デザインだと世界観に馴染めないかと思いまして、製造も容易そうで、なるべく古めかしいデザインにしました」

 「あーだからか。……モンスターどもに効くかどうかは置いておくとして、対人武器としては充分以上だな」

 トミーガン。正式名トンプソン・サブマガジン。またの名をシカゴ・タイプライター。禁酒法時代のアメリカギャング映画で出てくるサブマシンガンがこれだ。もちろん本物ではなくフューラが見よう見まねで作ったものなので、色々と異なっている部分はある。


 「五十発入るマガジンを四つ、合計二百発用意しました。現時点での追加製造は資材的に厳しいので、すみませんが当分は節約して使ってください」

 「分かったよ。しっかし本当に作れちゃうものなんだな……」

 と、見回している時に悲劇が発生。引き金に指をかけると、バンッ! と一発、天井に向けて撃ってしまったのだ。

 「なっ……」

 見事に天井には穴。音に驚きもしたが、別の部分への驚きのほうが大きい。

 「威力は申し分なしですね」

 「冷静に言ってんじゃねーよ! 引き金軽過ぎ! 触ったくらいで発砲するとかどんだけ早漏なんだよ! あと安全装置付いてねーじゃねーか! 街中で暴発したらどうすんだよ! もっと安全に気を配れ! やり直し!」

 「ご、ごめんなさい」

 落ち込んですごすごと退散するフューラ。あいつ本当に分かってんのか? あー……屋根どうしよ。不動産屋に聞いてみるか……。



 ――そんなフューラ視点。

 はい、怒られちゃいました。

 性能面では問題ない事が証明されたものの、やはり実際に触ってもらわないと分からない事は多いですね。

 「おや、フューラさんではないですか。ごきげんよう」

 「あーリサさん。こんにちは」

 リサさんとは最初の一件以来、たまに二人だけで会っていたりします。といってもこんな街中で偶然に出会う事は初めてですが。

 「んー、心なしか元気がありませんね。どうかされましたか?」

 「あー……ちょっとミスをしてしまいまして、カナタさんに怒られました」

 リサさんはいつものように可愛く驚くかと思ったのですが、そうではありませんでした。

 「……フューラさんは、本気で怒られた事はどれくらいおありですか?」

 「本気で、ですか――」

 僕は答えが出せませんでした。怒られた事は幾度もあるものの、本気でと言われてしまうと……。

 「そうだ、このまま工房にお邪魔いたしますね」

 「えっ? あー……」

 「お邪魔、いたしますね」

 一文字ずつぶつけるように発するリサさんのその笑顔、正直怖いです。……仕方ありませんね。



 ――僕の工房。

 工房に到着。リサさんは本当にそのまま入ってきました。

 「ちなみに何故あそこに?」

 「気にするほどの用事ではありませんよ」

 笑顔で返してくれるものの、話の続きを催促されている気がして落ち着きません。ここは……お付き合いしましょう。僕の予測では、話さない限りリサさんは泊まる選択すら持ち出しますから。

 「負けました。お話しします」

 目の力が抜けたリサさん。これでは僕は勝てませんよ。


 「えーとですね、カナタさんからの注文を受けて武器をひとつ作ったんです。それをお渡ししたところ欠陥が見つかりまして、それでもっと安全に気を配れと、そう怒られた訳です」

 カナタさんに作った銃をリサさんにもお見せしました。もちろん弾は抜いてあります。

 「まあ! お父様が購入なされたものとそっくり!」

 「あ、そういえばリサさんは自動車のある世界でしたね。ならば銃を知っていてもおかしくはない訳ですか」

 「……でもわたくしはご協力は出来ませんよ。触った事はあっても、実際に動かした事は一度もありませんので」

 「それは全く構いません。銃に関する知識は持っていますから」

 実際に動かした事はない、と言いつつもしっかりと引き金に指をかけて、まるで子供のように乱射の真似をしているリサさん。すごく楽しそうです。

 「ダダダダダダダダーン! という感じですよね。わたくしは発砲しませんでしたが、お父様が実際に撃っている光景は拝見しておりましたから」

 王女様とサブマシンガン……結構似合っている気が。

 「はい、お返ししますね」


 「フューラさんとしては、安全性に欠陥があると怒られ、どう思ったのですか?」

 さらっと尋問再開のようです。

 「僕は機械ですし、蜂の巣にされたところですぐ回復出来ますから、安全性というステータスが抜け落ちてしまったのは不思議ではないかと思います。しかし怒られたのは事実ですから、厳粛に受け止め、改良を施すつもりですよ」

 「……やはり、分かっていないのですね」

 呆れたように放たれた一言に、僕は内心大きく焦ってしまいました。リサさんの用意した答えは、僕の想定の範囲内には存在しないからです。

 「カナタさんが怒ったのは、銃の性能などではなく、フューラさん自身の危うさに怒ったのですよ?」

 「……僕自身の、ですか」

 「フューラさん自身の言葉ですよ? ”僕は機械だから”。それはつまり、自分で自分の価値を否定しているという事です。自分にある無限の可能性を否定しているのですよ。自分で自分を大切に扱っていない。それが安全性の欠如という形で表面化したのです」

 「で、でも僕はき……き……」

 反論出来ない。僕が間違っていたと認めるしかない。でも、僕は反論しなければいけないんだ。でなければ、僕の過去が価値を持ってしまう。

 「……すみませんが、この話はここで終わらせてください。ここから先の情報開示は不可能です」

 逃げた。逃げてしまった。それこそが自分の価値を否定しているのだという事も分かっているけれど、僕にはこの選択肢しか見えなかったんです。

 リサさんは大きく溜め息を吐くものの、それ以上は一言もその事に触れる事はありませんでした。


 リサさんはその後三十分ほどでしょうか、世間話をしつつも僕の様子を少しずつうかがっていました。

 「それではわたくしはそろをろお暇させていただきますね」

 「あ、すみません、何のお構いも出来ませんで」

 「ふふっ、こちらこそ」

 自分の存在を恨んでしまいたくなりますが、きっとリサさんはそんな僕の心情は全く気にしないのだろうと思います。もちろんそれは悪い意味ではなく、今後僕が気を遣わないようにという優しさから。


 「……ひとつ忘れていました。フューラさんは、アーティファクトの製造は可能でしょうか?」

 玄関口まで送ると、先ほどまでの厳しい雰囲気とは一転、ほんわかしたいつものリサさんに戻りました。

 「アーティファクト……とは?」

 「あ、これは失礼いたしました。アーティファクトとは魔力を内包したアクセサリや工芸品の事です。身につけているだけで特定の魔法が発動し続けると言えば分かりやすいでしょうか。魔力を込めるのはわたくしでも出来ますが、その器となる工芸品は製造が難しいのです。……例えばわたくしの指輪ですが、これもアーティファクトなのですよ」

 指輪は一見して普通の金の指輪。そこに小さな緑の宝石がはまっています。恐らくはエメラルドでしょう。

 「うーん、一応は考えてみますが、期待はしないでください。僕はその分野においては素人ですから」

 「ええ、それは承知しておりますよ。無理強いはいたしませんので、ゆっくり考えていただければ、それで構いません」

 魔力を持った工芸品……僕もひとつのアーティファクトかもしれませんね。といっても僕の回復力が魔法であれば、ですけど。



 ――工房を後にしたリサさん視点

 フューラさんが逃げの手を使うだろう事は想定内でした。落胆というほどではありませんが、少し残念に思ったのも事実です。わたくしの事を頼りはしてくれなかったのですから。

 しかし、だからこそフューラさん自身から話してくれるまで待つ事にしました。これ以上はきっと何を言っても、例え相談に乗ると説得しても、人に頼る事をせずに機械として拒否してしまうでしょうから。


 わたくしはフューラさんの工房周辺のお店めぐりへ。アーティファクトのような特殊なものがそうそう簡単に売られているとは思いませんが、詳しいお店は存じ上げないので。

 「……古美術商さんですか」

 アーティファクトには、工芸品や美術品としての価値もあり、器となるものに関してはむしろその方面で扱われる事が大半です。したがってこのような古美術商が、知らずのうちに手に入れている事もあるのです。

 「ごめんください」

 「はい、いらっしゃいませ」

 「こちらにはアーティファクトはございますか?」

 「あーち……? 爪楊枝的な?」

 やはりご主人は疎い様子。仕方がありません。私自身の目で見て決めましょう。……といっても普通の美術品ばかりですね。

 自慢ではありませんが、わたくしは王女でしたので美術品に関する目利きには自信があります。このお店にあるものは、高くても二百シルバー程度ですね。中には贋作に高い値札がついているものもありますが、今は気にしないでおきましょう。


 「これは……」

 商品棚の一番奥に、銀製と思われる指輪がありました。

 「お客さんお目が高いね。それは五百年ほど前の指輪だよ。複雑な紋様のオパールが特徴でね、持ち主に活力を与えると言われているんだ」

 これならばアーティファクトの器としても文句はありませんね。活力を与えるという事は、力の向上に使えるでしょう。

 「おいくらですか?」

 「……六百シルバーだよ」

 嘘ですね。明らかに足元を見られました。……きっとわたくしの言動のせいでしょう。未だに王女様気分が抜けていないのですね、わたくしは。

 「そうですか。ならば諦めます。それでは失礼いたしました」

 必須という訳でもありませんから。


 「はあ……」

 お店を出たところで、自分でも気付かずに溜め息を漏らしていました。これはきっと自分に対する落胆。

 「あ、リサさん奇遇ー!」

 「アイシャさん、どうしてこんなところに? 昨日からお仕事では?」

 「さっき終わって、これから友達の武器屋さんに行くんだ。一緒に来ます?」

 「……そうですね。お邪魔でなければお供させていただきます」

 今日は偶然に色々な方と出会いますね。

 「じゃあその前に、溜め息の理由を聞かせてください」

 「うっ、見られていましたか。……お店のご主人に足元を見られたのですよ。アーティファクトになる器を探していたのですが、さすがにあの指輪に六百シルバーはありえませんから」

 わたくしが説明し終わると、アイシャさんはすぐさまお店へ。これは止めるべきですね。


 「アイシャさん、そういう事はしなくていいですから」

 「うーんと、これ? だよね。これに六百シルバーも吹っかけたんだって? 中々悪どいね、おじさん」

 「何だいきなり失礼な子供だな!」

 あっさりと目標物を見つけ、そしておじさんに食って掛かるアイシャさん。もう……。

 「いいから行きますよ!」

 「いやいや、こういうところはちゃんとした値段で交渉しないとだよ、本物の王女様」

 驚いた様子のご主人。フューラさんとは別の意味でアイシャさんも大変な方です。

 「え、王女様って? あっ! っていうかあんた勇者さんじゃないか!」

 「えへへ。さあ、どうします?」

 もうやめてください……。

 ご主人は、悩んだ結果、大きく溜め息を吐いて軽く両手を上げました。

 「はあ、降参だよ。でも貴重な品なのは本当だ。値段は――」「五十シルバーでいいよね?」

 ご主人が答える前にアイシャさんが値段を決めてしまいました。そして問答無用でお支払い。

 お店を出たところでその指輪をわたくしに渡したアイシャさん。

 「丁度今回の報酬が五十シルバーなんだ。リサさんには留守番してもらったりもあるから、お礼代わりです」

 「あ、ありがとうございます。……でも本来もっと安いですよ、これ」

 「げっ」

 とはいえその気持分を加味すれば五十シルバーでも安いですよ。



 ――そしてアイシャ視点へ。

 リサさんから聞いた話では、実際は三十シルバーほどの価値だって。二十シルバーは痛いなー……でもリサさんがすごく嬉しそうだからいいかな。

 「到着。ここが私の友達で鍛冶職人のレイアがいるお店」

 「へえー。わたくし武器屋さんは初めてです」

 さすが王女様! という訳でもなくて、普通の生活をしていると中々武器屋さんになんて来ないもの。それこそ剣士や冒険家でもなければね。


 「お邪魔しまーす」「お邪魔いたします」

 「おおアイシャちゃんか、いらっしゃい。レイアは工房だよ」

 「はあーい」

 あれ以来もう何度も来ているから、私はまるで家族の一員みたいな扱いを受けています。そんな気の置けないやり取りにリサさんは驚くかなと思ったら、商品にしか目が行っていませんでした。

 「リサさん、ちょっとここで待っていてくださいね」

 「はーい」

 ご家族にもリサさんの事は何度か話した事があるので大丈夫だよね。私はお店の裏手にある工房へ。


 工房内は火を扱うのですごく暑く、集中力を途切れさせるのもまずいので、いつも私は静か見守り、気付かれるのを待ちます。

 「……」

 ガラス越しには真剣に作業に打ち込むレイア。自分の道を歩む彼女に影響を受けて、私も自分でこの道を進むと決めた。おかげで嫉妬する事はなくなったけれど、でも一心不乱に鉄と対峙するあの格好よさは羨ましいな。

 「アイシャさん」

 「あれ、もういいんですか?」

 「ふふっ、あれから既に三十分以上経っていますよ」

 「え……」

 全然気付かなかった!

 一方リサさんは、レイアをじっと見つめています。まるで憧れの人を見るような、そんな感じ。


 「わたくしが」

 「ん?」

 「わたくしが庶民の生活に憧れているのはですね、ローザクローフィとあだ名されてもなお、民はわたくしを見捨てなかったからなのです。過激な意見を言うものもおりましたが、しかしわたくしを禁錮刑に処する事はあっても、それ以上はなかった。刑期を終えれば民はまたわたくしを王女として迎え入れてくれたのです」

 そしてリサさんは私を見やり、すごく優しく笑いました。

 「そんな方々に感謝と憧れを抱いても、何もおかしくはありませんよね?」

 そうか、リサさんは王女様という上の立場からではなくて、横並びの目線で普通の人になりたいんだ。そしてレイアに向ける目線の意味は、本当に憧れなんだ。


 刃を打ち終わったレイアがこっちに気付いた。リサさんは満面の笑顔で会釈。レイアが手招きするので私とリサさんは工房内へ。

 「お疲れー」

 「あはは、全然気付かなかった。そちらは?」

 「アイシャさんと同居しております、リサといいます」

 「あ! これはこれは、お話はかねがね――」

 挨拶もそこそこに、リサさんは工房を色々と見て回り始めました。

 「あ、リサさんしっぽ気を付けないと!」

 「おっと、これは失礼」

 相変わらずどこか抜けている。


 「それで、今打ってたのがアイシャの注文の品だよ。あとは柄を作れば完成。今のうちに何か装飾のリクエストがあれば聞くよ」

 「うーん……」

 「あ、それならばわたくしからひとつ」

 私の剣なのにリサさんから? と思ったらさっきの指輪を出してきた。

 「これをどこかに埋め込めませんか? 元はアイシャさんの魔法の安定化を促すために購入したアーティファクトの器でして、剣のどこかに埋め込めば、剣自体にも効果が現れるはずですよ」

 「……面白そう。乗った!」

 「あはは……私の剣なのに……」

 しかし後に、これが大正解なのを身をもって体験する事になります。


 その後リサさんは護身用にとナイフを一本購入し、またお店めぐりへ。私はすこしレイアと世間話。

 「アイシャも大変だよね。知り合い三人も異世界の人でしょ? 文化の衝突とかないの?」

 「うーん、ないかな。三人とも郷に入っては郷に従えって感じで、それに文句を言う事はないよ。みんな自分なりにこっちの世界を楽しんでる。……まあ問題が何もないって言うと嘘になっちゃうけれどね」

 カナタもフューラもリサさんも、みんなどこか無理してる気がするんだよね。もちろんそんな事を本人には言えないし、言ったとしてもきっと否定される。


 レイアの話ではあと一週間で出来上がるっていう事だから、今日は帰る事にした。……あ、ついでだからカナタの家にちょっと寄ろうかな。用事? 何もないよ。

 カナタの家の近くにもテレポーターが派遣されて、これで往来が便利になった。時間的にご飯前だから、リサさんがお腹をすかせる前には帰ろう。

 「カナター」

 「んおっ!? お前も来たのかよ!」

 「……え?」

 お邪魔すると、それは見事に全員集合していました。

 「どーしてみんないるのさ!?」

 「僕は武器の調整の確認です」「わたくしはシアさんに良さそうなアーティファクトを見つけたので」

 「俺とシアはもちろん自宅だからだ。っていうか、アイシャは何で来たんだ?」

 「えー……えへへ、なんとなく。でも丁度いいや。カナタ、ご飯奢って!」



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