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裏百五十四話  帰還

 ――シア視点。夜。

 うー……眠れない。目は閉じるのだが、どうしても今後の事を考えてしまう。

 こういう時には諦めて語らうべき……か?

 「……アイシャ、起きているか?」

 …………全くの無反応。

 「寝てるのか。……図太いな」

 それもまたアイシャらしいといえばらしいのだが、このような時くらいは眠れないと弱音を吐いてくれないと、可愛げがない。


 あ、もしや寝ている振りではないか? 最近は特に一心同体のような頻度で考えている事が合うので、この私のカンは当たっているに違いない。

 ならばひとつ、絶対に引っかかるネタを入れてやろう。くっくっくっ。

 「こんな事、起きている貴様には絶対に言えないが……エシャロット」

 さあっ……っんー、反応なし。

 エシャロットと言えば反射的に言葉が返ってくるはずなのだが、これは本当に寝てるのか。



 私の今後……。カナタをこの手に取り戻し、大厄災を回避し、全てが終わった後。

 「……私がアイシャの身内に、かぁ」

 カナタの事も当然あるのだが、現状において私の終着駅がこれだ。私はアイシャのご両親から娘にならないかとお誘いを受けている。

 これは私にとって、とても嬉しい申し出だった。地獄に拾う神ありといったところだ。

 今は答えが出せないが、私の中ではその答えは九分九厘決まっている。

 そして願わくば、全員で楽しく、時にはうるさく過ごしたい。

 ……理想が過ぎるであろうか?


 ふと、アイシャの寝顔が気になった。

 起こさないように静かにベッドから降り、アイシャの寝顔を覗く。姿勢正しく気持ち良さそうに寝息を立てているぞ。

 「ふっ、可愛い寝顔だ事。もし私が本当に魔王だったら、どうするのだか」

 「殺す」

 「ひぃっ……って寝言か? こわっ!」

 まさかの殺害宣言に背筋が凍った。と同時に、その勇ましさに頼り甲斐も感じた。やはりアイシャはこうでなくては。


 私は出来損ないのお飾り魔王であったが、恐らくは私自身が一番、魔王という名に縛られている。魔族の王という地位に恥じぬように、人生の半分以上で肩肘張って生きてきたのだ。

 この何事においても王という立場を汚さないようにという、いわば格好付けの精神は、私の根本に深く絡み付いてしまっている。それがこの口調であったり、態度であったり、思想にも表れているのだ。

 ……カナタが帰ってくるのだから、私も変わりたい。そう簡単には行かないのが、また自身を窮屈にさせてくるのだが。

 ベッドに戻り、目を閉じる。アイシャを起こすのも悪いので、あとは一人でじっくりと考えるか――。



 ――翌朝。

 ドンッ!

 「うぐっ……お、重い……」

 結局一睡も出来ず、太陽が出てきてようやくウトウトし始めたと思ったらこれだ!

 「重くて悪かったな。んじゃくすぐってやる! うりゃっ!」

 「やっ、やめろぉーっ! うひゃははははっ!!」

 ってアイシャの奴どこに手を突っ込んでいるのだっ!?

 「この胸なし魔王!」「胸の事は言うな!」

 「揉んでやるぅ!」「やめいっ!」

 ってそこは胸じゃなくてお腹だ!


 ようやく引き剥がしてひと息。

 「はぁ、朝から何をやっているのだ、全く」

 「いいじゃん、図太い勇者様相手には魔王の理想論なんて語れないでしょ?」

 図太い……あっ!

 「アイシャ貴様、起きていたな!?」

 「今頃気付くとか、おっそーい」

 「全くもう、どういう教育をしたらこうなるのだ?」

 「どういう教育したらこんな魔王になるんだろうね?」

 ああ言えばこう言う。これは別の誰かを巻き込まないと終わりそうにない。


 居間に行けばリサさんが起きていた。さすがは早起き王女様。

 「聞いてくれ! アイシャがいきなり腹に飛び込んできたのだ! おまけにくすぐるわ胸を揉まれるわ、何なのだ? 全く」

 「……揉む胸があったのですね!」

 「コラあっ!!」

 この王女様もそっち方面だったか! そして騒いだせいでモーリスを起こしてしまった。

 「……胸?」「おいっ!」

 何故にこうも私は四面楚歌になるのだっ!?

 「あはは、モーリスにも遊ばれてやんのー」

 「ぐぬぬぅ……」

 いつか仕返しをしてやるぅ……。


 その後はジリーも起きてきたが、私やアイシャと同様の状態であった。いや、もっとひどいか。しかしモーリスに膝枕されて二度寝出来ている辺り、さすがの図太さだ。

 フューラも一時的に帰ってきて、今後の予定を聞かせてくれた。

 カナタは正午に目を覚ますとの事。

 朝食を終え、祭りの下見に行けば引く手あまたになり、どうにか王宮にて武術大会への参加申請をする。

 ここはアイシャ視点でも語っているので省略だ。



 ――王立図書館、地下施設。

 入り口をくぐるところからして皆緊張気味だ。もちろん私も。

 「あれから一年近くか。随分と待ったものだ」

 「……そう? 私は違うけど」

 「どう違う?」

 「私は……さ、目の前で、だったから。目の前にいるのに、掴めなかった。だから色々無茶して、無理して、もう一度掴もうと必死だった。……未だに夢に見るからね」

 未だに夢に見る、か。私もイリクスからの嘲笑は夢に見る事があるし、ジリーも殺した父親が追いかけてくる夢を見ると言っていた。恐らくはリサさんも過去の光景にうなされる事はあるだろう。フューラ……は、どうだろうな? モーリスは……。

 「ぼくはそういうの無い。奴隷の時は辛い事もあったけど、全部忘れるくらい今が楽しいから」

 ははは。やはり我々の中で一番の大人はモーリスなのだな。


 「アイシャは自分から掴みに行って、シアは掴める距離に来るまで待ったんだね」

 とジリー。

 確かに私はただ待っていただけかもしれない。……誰よりも逢いたい人を、自身では努力せず周囲が連れてくるのをただ待っていただけ。最悪だな、私は。

 「んーん、違う。プロトシア様もちゃんと努力してるよ。手を引きに行った人が迷わないように、ちゃんと照らしてた」

 モーリスの慰めに、私は当人に確認を取ってしまう。

 「……ちゃんと照らせていたのか?」

 「だから私がここにいるんじゃん」

 ……そうか。


 そしてアイシャが質問。

 「ジリーはどうなの?」

 「あたしは……祈ってた、かな。あたしに出来る事なんて精々力仕事だけだから、あとは祈るしかない。っつっても何に祈ってたのかは知らねーけど。リサさんは?」

 「わたくしは……正直なところ自分の事で手一杯で、カナタさんの復活という話は二の次になっていました」

 二人とも沈んでしまった。だがその雰囲気を切って捨てたのは何を隠そう勇者様だ。

 「ちっちっちっ。二人とも分かってないなぁ。私は手を掴みに行って、シアはそんな私の進む道を照らしてくれた。道中に岩があればジリーがどけて、リサさんが鍵を見つけて、フューラとチカちゃんが扉を開けて、モーリスが帰り道を示した。みんなちゃんと仕事してるんだよ」

 しっかりチカも換算に入れているとは、あやつ今頃小躍りして喜んでいるぞ。

 そしてこれは、アイシャにとっては気にも留めない当然の事であるようだ。さすがは勇者と言うべきか、息をするように人の心を救ってくれる。



 中央制御室に到着するとチカからアイシャに指示が飛んだ。

 そしてアイシャに呼ばれた。

 「ねえ、これどうやるんだっけ?」

 覗くと、フューラの時と同じようだ。

 「そこを触って、自分の使う言語を選択だ」

 「んー……あった」

 おや、フューラの時には青い円がぐるぐる回って待たされたのだが、アイシャの時にはすぐさま出てきた。

 「それで?」

 「それを選択するだけで終わりのはずだ」

 「分かった。ポチっとな」

 ははは、やはり我々の読める文字へと変わったぞ。


 あとはチカの指示でアイシャが一人で操作。

 ……これ……アイシャは理解して……いないのか? チカの奴……いや、フューラの指示か。

 ともかくこれで事前にやるべき事は全てやり終えた。

 「アイシャ、行くぞ」

 「あ、うん……んー……」

 チカはあえて隠したが、アイシャはチカが何かを隠した事は察している様子だな。


 カナタのいる場所に着くまでにも他愛のない会話はしているが、もうここまで来てしまっては話半分で生返事。皆ただ沈黙をかき消すためだけに言葉を並べているに過ぎない。

 ……そして気付けば皆一歩が大きく速くなっている。

 「走るなよ」

 「………………」

 遂に返事もなくなった。

 エレベーター内でも皆無言。皆考える事は同じで、皆それしか見えていない。私も。



 「フューラ」

 「来ましたね。あと……三分ですよ」

 「うー、人生で一番長い三分だよきっと」

 あと三分……。


 あと……三分で……。


 ……どうしよう。どう挨拶を? どう会話を? ……どうしよう??

 まず、まずは……まずは挨拶。挨拶は大事だ。……ふ、普通でいいのか? いや、その前にあれだ、何だ? えーっと……。

 「は、はじめまして……プロトシア……」

 おかしいな。だって私の分身も同じなカナタに、鳥の頃から知っているカナタにはじめましてはおかしいだろう。……いや、このカナタにははじめましてか?

 いやいやそれよりも……私の、私の心を……こ、こく……。

 こういうのは……ストレートに行くべきか? ロマンチックには……いやいやいやいや恥ずかしいから! やっぱりストレートに、ストレートにぃ……。

 「ストレートに……あなたが、好きです……」

 小声で呟いても恥ずかしいぞ! いかん! というか泣きたくなってきた。


 「おりゃっ!」「んがあっ!?」

 左足のスネに一撃を食らい、とんでもない声と共に考えていた事が全て吹っ飛んでしまった。

 「アイシャ!」「緊張取れた?」

 こっ、この極悪勇者めぇっ!

 「……はぁ」

 こやつはやはり変わらないのだな。


 「私だって緊張してるけど、最初にカナタに見せる表情は、笑顔じゃないとだよ」

 という事は、私は人に見せられないほどのとんでもなく恥ずかしい顔をしていたという事か。危ない危ない。

 「……そうだな。とはいえいきなりの回し蹴りは無いぞ?」

 「あっははは! いいじゃねーか、何よりもアイシャらしいやり方だ」

 「でしょ? あはは」

 くそぅ、ジリーの擁護にどう足掻いても否定が出来ない!

 「残り30秒切りましたよーっと」

 ならば……そうだ、王に恥じない姿勢で迎えよう。よし、それならば出来る……はずっ!


 アイシャが小声でカウントダウンをしている。そしてゼロを宣告したと同時にブザーが鳴り、装置の培養液が流れ出てきた。

 フューラが唯一の男であるモーリスに指示を送り、モーリスは見事に嫌そうな顔をしながら床に広がる培養液の中を装置の元へ。

 ……最初にカナタと相対するのは弟であるモーリスという事か。

 い、いや、羨ましいという訳ではないぞ! 断じてないっ!



 ――医務室。

 しかしカナタは目を覚まさなかった。嫌な予感だけが積もり、我々に存在した表情が今はない。

 ベッドに移動させると口が少し動いた……かもしれない。アイシャは反応したが、我々は動く事が出来ない。

 その後チカから全員に呼び出しがあり、全員で一斉に猛ダッシュ。


 「……え? これだけ?」

 「そーだよー。ってーかさぁ? わたしだけのけ者ってヒドくなぁーい?」

 カナタの入っていた培養装置を制御するコンソールに、チカを忘れていたのだ。

 「ははは、確かに。チカも我々の仲間であり、今回の功労者でもある」

 「そうだね。ごめん」

 「よし、許すっ!」

 精神的に尖っていたので、怪我の功名か皆に笑顔が戻った。

 これもひとつのチカの功績だな。


 医務室に戻る頃には何気ない会話が出来る程度まで精神が回復。

 「ふえぇ、変な汗かいちゃっ……た!!!」

 ん? アイシャが突然止まって……んあっ!!!

 カ……カナタが……立ってる……。

 全員が固まり、まばたきもしていない。……私に至っては幻影ではないかと勘繰ってさえいる。

 それでもアイシャは一歩ずつ近付いて行き……手が握られている。


 それを見た途端、私は冷静になった。

 アイシャはあのカナタを疑っているのだと、戦闘態勢なのだと。

 「皆、攻撃する心構えをしておけ」

 「え?」

 「アイシャはもしもの可能性を考えている。なれば我々も疑うべきだ」

 「はい」「分かりました」「わーった」「うん」

 横目で、モーリスも含め全員が頷いたのを確認。


 カナタは、近付き声をかけたアイシャを睨んでいる。あれは相当に怒っている表情だ。

 「えっと……折地彼方……さん、私の名前、分かり……ます……か?」

 カナタの口は一度も開かれないが、こればかりは答えるしかなかろう。

 「…………――」

 おっ! しかし聞こえなかった。

 「え? も、もう一回、もう一回お願い!」

 全員が生唾を飲み込む。いざとなれば、あの折地彼方を倒さなければいけないのだ。



 「……エシャロット」「エシャロット言うな!」

 「っておいっ!」

 と思わずツッコミを入れた。なにせアイシャが条件反射的にカナタを蹴り飛ばしてしまったのだから。帰ってきて間もないカナタが、備え付けの棚に倒れかかり手を突くほどだ。

 「……チッ」

 舌打ち! 余計に怒ってる!

 思わずアイシャの服の襟を掴んで部屋の外へ引っ張り出した。


 「アイシャ!」「ごめん!」

 涙目になっていた。

 「だって、いきなり来るとは思ってなかったんだもん!」

 「だからといって蹴る事はないだろう!」

 「だからごめんって!」

 「私に謝るな!」

 「ごーめーんーっ!」

 もう我々はパニックだ。


 「とりあえずこういう時は……フューラ、なんかいい案ない?」

 「………………」

 駄目だー! フューラがフリーズしてるー!

 「リサさんならば王女なのだから何かあるであろう?」

 「夕御飯のワインは白にいたしましょうかーあははー」

 暴走王女がぶっ壊れてるー!

 「ジリー!」

 「男の人怖い男の人怖い男の人怖い……」

 トラウマ再燃ー!

 「モ、モーリスは?」

 ……っていないし!


 「あれ? モーリスどこ行った??」

 皆で見回すがどこにもいない。

 「って事は……」

 アイシャは思わず閉めてしまったドアの向こうを見据える。

 「――――。あはは」

 中にいる! というか楽しく会話してるし!


 思わず円陣を組み相談。

 「ど、どうする?」

 「どうすると言われても困るぞ」

 「怒られますよね。全力で」

 「うぅーやはり赤ワインに……」

 「リサさんしつこい! はぁー処刑台に上がるより嫌だ……」

 つまり行くしかないという結果に。


 「……みんな、色んな意味で死ぬ覚悟決めていくよ」

 さすがというか、最初に腹を括ったのはアイシャだ。

 「恥ずか死という奴だな……よし」

 私も腹を括ろう。

 「こんな場所で死ぬとは思いませんでした」

 そう言うフューラは笑っている。

 「やはりロゼにいたしましょう。さあ楽しいパーティを始めますよ」

 リサさんは天邪鬼な部分があるが、決めてしまえば強いからな。

 「ブレねーな……んじゃ、行くぞー」

 一番ブレていないのはジリーだと思うぞ。

 「――――? ――」

 モーリスには負けていられない。


 さあ、存分に怒られよう。



本来の予定では表と裏を同時に出すつもりだったんですが、ちょっとした事情により一日置いての投稿となりました。


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