第百四十六話 夢を作る機械
――マシンワナダンジョン、謎の扉の向こう。
一緒に来た人たちにも全てを知ってもらい、私たちは扉をくぐった。
「何だこれ?」「鉄の壁?」「光ってるのなんだ?」
私たちは地下施設を見慣れてるから警戒心が勝ってるけど、他の人たちは恐怖よりも興味が勝ってる感じ。
見た目は本当に地下施設と瓜二つ。多分同じ素材なんだと思う。
「……皆さん止まってください」
フューラの指示で全員ピタッと停止。
「そこにいてくださいね。僕がいいと言うまで一切動かないように」
あの時と同じだ。
フューラは慎重に歩き出して、壁にある小さな窪みに手を突っ込んだ。
……うん、やっぱりだ。地下施設と同じガラスに文字の書いてあるようなのが出てきて、フューラはそれを操作してる。
「……――――」
操作中フューラがなにか呟いたけど、私たちの耳には聞こえなかった。
「……ウェポンキラーシステムが生きています」
「あの時と同じ?」
「同じです」
だったら私でも説明出来る。
「みんな、何があっても攻撃しようとするのは駄目。見慣れないものが近付いてきても、まずは止まって様子を見る。じゃないと死ぬからね」
「……分かった」
「それと、もしもの時は水と雷。相手はきっと機械だから、水かけて雷落とすのが一番効く。魔法チームいい?」
「はい!」
みんな真剣。慣れてるはずの私たちもだよ。
見取り図を見つけたフューラが先頭で私たちを誘導。
進んでいくと、今までで一番大きな扉。その奥からはガチャガチャっていう金属の擦れるような、嫌な音。
「この先に制御室があって、それを操作すれば警備システムを止められるはずです。行きましょう」
慎重に扉を開けた。
その先の光景に、全員が息を呑んだ。
真っ直ぐに続く廊下は左手側が全面ガラス張り。そこから見えるのは地上のような明るさの、とても広い、白くて清潔そうな部屋。そこに何本も平行して銀色の機械が置いてあって、奥からその上を赤いビー玉のような何かが流れてきてる。
所々でその何かがふるい落とされて、下の穴に吸い込まれて消えていく。ふるい落とされなかった何かも、壁に開く穴に吸い込まれて消えていく。
「……吐き気をもよおす光景だ……」
オヴィリオさんが一言。そしてその一言は、ここにいる全員の総意。
「これがモンスターの生産機械です。ふるい落とされているのは異物の混入しているものでしょう」
「……あんたはいつでも冷静だね」というジリーだけど、実際フューラは無表情を貫いてはいるけど、私には到底冷静には見えない。
「正直僕だってあんなものを見てしまったら……」
あんなもの。きっとフューラは流れている何かの正体に気付いてる。
さらに進むと、制御室に到着。
妙に暗い部屋によく分からない機械、壁に映されてる画面には色々な図形とか文字が浮かんでる。
早速フューラが機械を操作。
「ねえフューラ、操作出来るって事は言葉を読めてるんだよね?」
「はい。付け焼刃ながら覚えましたから」
「……だったらあの機械、何?」
フューラの手が止まった。
「ドリームジェネレーター。夢を作る機械。……今はそれだけです」
そしてまた手を動かす。
……フューラは全部知ってるんだって、そう感じた。知った上で何も語らない。語りたくない理由がある。
「……よし。モンスターの生産と出荷を停止しました。これで恐らく地震は……収まりませんね」
言ってるそばから地震。
「……って結構大きくない!?」「うおぁっ!?」「ひえぇぇ」「しゃがめ!」「神よお助けをー」
フューラは平気そうな顔だけど、私たちは全員地面に這いつくばってます。
「……おさま……ったね」
「はい。収まりました。んー……震度3といったところですか。僕は慣れていますけど、やはり皆さんからしたら怖いものですか?」
「あたりまえですっ!!」
誰よりも先に怒鳴ったのはリサさん。
「っていうか、もしかして止めたのが原因なんじゃないの?」
「それは……ここだけではなんとも。この制御室はあくまでもあの部屋にある機械の制御を行っているだけで警備システムの停止も一部だけ。ほかに中央管制室があり、そこで全てを停止させないといけないようなので」
「だったらさっさと行くよ」
地震はこりごり。
止まった機械を横目に左手がガラス張りの通路を進んでいく。……と、嫌なニオイ。ちょっと鉄臭くて、なにか……例えるならば、髪の毛を焦がしたような、すごく不快なニオイ。
「何、この……ニオイ?」
「……あの扉を開けば分かりますよ」
扉の前まで来て、フューラは立ち止まり私たちに振り返った。
「皆さん、覚悟してください。僕の言う覚悟とは、一生涯この先の光景が脳裏にこびり付いて離れなくなるという、そういう覚悟です」
すごく厳しい表情のフューラ。そして言葉の内容からして、この先を見るのは後悔に繋がる。……だけど、勇者のカンとしては行かないと駄目。
「後悔をする覚悟……」
「はい」
質問ではない私の言葉に、一切表情を変えず、ただ口元だけを動かして返事をしたフューラ。
――私の中で、この先の光景を想像してみる。
きっとこのニオイから、なにかを燃やしてるんだ。
何を? ……生き物。
どんな生き物? ……まさか、ダンジョンで死んだ人たち? それを燃やして……ここはモンスターの生産工場だ。
つまりこの先にある光景は――。
「……覚悟、した」
みんなも頷いたけど、きっと一番覚悟が出来てないのはフューラだ。証拠に、その手が震えてる。
「フューラ。手、出して」
無言で差し出された手を、私は上下から挟み込むように包んだ。
「フューラ。あんたは人間なんだよ。だから怖かったら怖いって言ってもいい。ここで怖気づいて止まってもいい」
「………………励ましてくださいよ」
沈黙の後、泣きそうな声。
「フューラだったら命令に取っちゃうじゃん。それは駄目。ちゃんと自分の力で決めなさい」
私の手の甲に、小さな水滴が落ちてきた。
「……怖い……です。この先の光景は、きっと僕が見た事のある光景。あの頃を思い出してしまう光景。……僕の心があの頃に戻ってしまわないか、怖いんです……」
「じゃあフューラは、私たちだけを見てなさい。私たちがいる限り、フューラが過去の心に戻る事はない。断言してあげる」
ゆっくりと、ほんの少しだけ頷いたフューラ。
「……はい」
その声はまだ震えてる。
だけど、私たちには止まっていられる時間はない。
手前の部屋はうるさかったのに、奥の部屋からは何も音が聞こえてこない。
「……行くよ」
ゆっくりと扉を開き、その先へと踏み出す。
また左手だけが全面ガラス張り。だけどこっちの機械は動いたままだ。赤いまだら模様の機械の上を、ビー球くらいの小さな何かが流れては壁の穴に消えていく。
「……うわっ」
思わず声に出た。私の視線の先にあるのは、赤い、間違いなく何か生き物の一部。
「フューラ……」
「答えは自分で。……行きましょう」
一度分かってしまったら、もう足が動かない。どうにか進みはするけど、まるで鉛の塊のようにすごく重い。
何よりも、私がカナタにしてしまった事の、本当の意味を知ってしまった……。
「マジかよ……」「もうやだ……」「うなされるどころじゃねーよ……」
大の大人たちが泣き言を吐いている。だけど、進まなくちゃ。私にはその義務がある。……そう言い聞かせないと、逃げちゃう。
「みんな。私たちは、助けるために進むんだよ。ここで引き返したら助けられたはずの人たちの命、無駄にする事になる」
私だってもう泣きたい。でも生きてる限りは進まないと。
……だけど、次の光景で私たちは吐いた。
そこにあったのは、人の頭。目の前で、機械で皮が剥がされて、真っ二つにされて、赤いナニカが取り出されてる。奥の列にはそれ以外の、腕や足や、多分内臓もある。
「何だよこれ……何だよ……」「おえぇぇ……」「帰りたい……」
もちろん私も同じ。もう帰りたい。目の前の光景を全部否定して、青い空の下で畑でも弄っていたい。
「……でも……進まないと……」
現実逃避なんて私が私を許さない。強がりでも何でもいい。そうやって自分に暗示をかける。
最後に現れた光景は、私の予想通りのものだった。
天井の穴から人間が落ちてきて、機械の上を流れていく。
音もなく、淡々と。
大きな機械に入れば最後、出てきた時にはもう体は引き裂かれ切り刻まれている。
そんな光景が、淡々と、黙々と続く。
「これが……夢を作る機械だと? ふざけんじゃねーよ……」
「ワイら……悪い夢でも見とるんとちゃうか……」
「……夢なら……覚めて……」
「作り物です……そうに決まっています……」
………………。
「あっ!」と合流組みの一人が指を差した。
「あいつ、昨日のやつだ!」
昨日の……あっ、第十階層でいなくなった九人の一人だ。顔に見覚えがある。
みんなの視線が一点に集まる。そして私たちは、言葉を失った。
……遺体かと思っていた彼の目が動いた。体はピクリともしないけど、間違いなく彼は私を睨んだ。
死を受け入れられず、まるで全ての恨みをぶつけてくるような目――。
気づいた時には私は駆け出していた。大声で怒鳴りフューラを呼びつけ、道案内をさせていた。
「フューラ!!」「右!」
――私、泣いてるんじゃないかな。
私はきっと、自分のこの行動を、あの場から逃げたと感じちゃったんだと思う。だけどそれを意識する余裕すらなくて、とにかくあの機械を止める事だけ、あの人を助ける事だけしか頭になかった。
「この先真っ直ぐ!」というフューラの声とほぼ同じく、廊下の明かりが赤く点滅して嫌な音が断続的に流れ始め、女性の声でアナウンスが始まった。
「何!?」「警報です! 僕たちを侵入者と認識したようです!」
「今更! 突っ込むよ!」
壁が天井から降りてきて通路を塞ぎ、四足の機械が現れて私たちを阻む。だけどこっちの勢いは止められない!
「全員戦闘態勢!! 全部ぶっ壊す!!」
「うおおおおお!!」
みんな思ってる事は同じなんだ。一秒でも早くこの悪夢を終わらせたい。その一心。
廊下を駆け抜け、立ち塞がる機械は私たちが、壁はジリーが殴り飛ばし、最深部と思われる場所まであと一歩!
壁をぶち破り進むと、今までよりも広い部屋に出た。白い壁で、正面には……画面でいいのかな? 黒くて四角い大きな機械がある。
「ここ?」
「いえ。……出てきましたよ。あれがここの最終防衛システム、つまり親玉でしょう」
画面に白髪女性の顔が映し出されると、天井に穴が開いて、浮遊してる銀色機械の手が出てきた。手首から先だけの、私くらいならば簡単に握り潰せそうなくらいの大きな手。
「エーテツソウィクブィ、アッサニスォクォータ。アブカノマソ、オジャーヒエスォーク、ウサミィス」
……何だって?
「恐らくは大人しく捕まれと言っているんでしょう。……ご丁寧に字幕が付きましたよ」
画面に現れた顔の下に、私たちが使ってる文字が出てきた。”武器を捨てて投降しなさい。さもなくば強制排除します”だって。
「そんなの当然願い下げ! みんな、行くよ!」
――戦闘開始。
本当ならば相手の出方をうかがいたいところなんだけど、あれを見てしまったらもう、一刻の猶予もない。
「みんな、焦らず急がず注意深くで迅速に!」
「無茶言ってくれるぜ!」「ホンマやな!」「でも、やる!」「当然ですっ!」
「重剣士の本領お見せしましょう!」「私だって優勝者の実力を発揮しますよ!」
無茶はやってもいい。無理はしちゃいけない。改めてカナタの言葉を噛み締める。
初手は私。
「閃光よ我が剣となれ!」
機械には雷。安直だけど、今はこれしか考えられない。
相手は手なんだから掴まれないように。とにかくそれをしっかりと意識して切り込む!
まずは右手!
「切れろっ!」と切り込んだけど跳ね返され、急ぎ体勢を立て直す。
「固い」「ならばわたくしが! ウォーターポンプ! サンダーストライク!」
切れ間無しほぼ同時に別属性の、しかも片方が複合属性っていうとんでもない芸当。リサさんの雷撃は確実に命中!
「……チッ」
だけど見た目に効いてる様子がない。それどころか人差し指を上げて左右に振ってる。まるで「チッチッ、そんな攻撃効かないぜ」って馬鹿にしてるみたい。
……と思ったら画面に”その程度ですか”って。完全に馬鹿にしてる。
「何だよ、こいつ……」
私の剣が返されたのを見て、他のみんなも戸惑ってる。
「こういうのは僕が相手します」
フューラならば……でも私には一つ不安がある。
「フューラ、絶対に倒れないでよ。あんたがいなくなるとここを止められなくなる」
「……難しい命令ですね。保証しかねます」
フューラがそう言うって事は、こいつは本当にまずい相手なんだ。
「んじゃ一人よりも二人だ。あたしは撃ち殺さないようにね」
「それはお任せを」
ジリーとフューラの共闘。
二人は一切示し合わせる事なくスタート。だけどしっかり息が合ってる。
っとこっちも暇してる場合じゃない。さっき廊下に湧いてた四足機械が追ってきた!
「こっちはオレらが持つ! そっちはあれに専念してくれ!」
「……死んだらぶち殺すからね!」
そして、感謝してる。
ジリーの一撃があれの右手の平に命中。……だけどやっぱり効いてるとは言いがたい。フューラの援護射撃も効果は有って無いようなもの。
「リサさん、ありったけの補助お願い」
「しかし」「勝たなきゃ何もないんだよ!」
焦るなって言った私が焦ってる。でもそれを認識出来る私はまだ冷静でいられてる。
「……もう、仕方がありませんね。クリティカルエンチャント・ハード! の、二倍掛け! 体が壊れても知りませんよ!」
「ありがとう」
この言葉が最後ってのは絶対に嫌だ!
構え、走り出してから属性付与魔法を使う。
「白き光よ我が力と成せ!」
これは私のカン。あれの弱点は雷じゃないかも。だったら一番強い光属性!
右手にはジリーがいるから、私は左手を狙う。
相変わらず余裕たっぷりの画面の顔。その顔を真っ青にしてやる!
「んだるあぁっ!」
なるべく力の入るように、なるべく一点に集中するように、軽く飛び垂直に剣を振り下ろす!
剣と手との間には火花が散り、追加攻撃の光弾も命中。
……よし、切れはしなかったけど傷は付いた!
すると左手は反転して画面を向いた。まるで……”傷が付くとは、計算外”っていう字幕。やっぱり傷を確認したんだ。つまりあの画面を壊せば?
「みんな! 画面狙って!」
って言ったらすぐさまフューラが画面を撃ち抜いた。……だけど、無意味だった。代わりに例の浮いてるガラス画面が出てきただけ。
だったら少しずつ傷を付けていくしかないって事……。
「……やってやろうじゃねーか! 勇者なめんな!」
迅速にだなんて言っていられる相手じゃない。とにかく勝つ事だけに執着しないと。
相手も傷を付けられたからか、やる気になったみたい。手を何度か握って開いて、親指から小指まで順々に動かしてる。まるで準備運動。
「勇者様、後ろ片付けたぜ!」
「来るな! あんたらじゃ邪魔なだけ!」
って少し気を取られたら手が私の上に!
叩き潰すつもりだと分かってバックステップで逃げたけど、指先が頬をかすめて血が出た。だけどこれくらい痛くも痒くもない!
って、もうっ……合流組が私の盾になろうとしてる。
「邪魔!」
「へへっ、囮くらいにはなるって」
「じゃなくて!」って言おうとしたら左手が張り手のように動き、一人吹っ飛ばされた。
「だから言わんこっちゃない!」
この一発が効いたのか、レベルの心もとない合流組は後ろに下がった。
と、次はジークヴァルドさんが私の横に。
「勇者様、その属性付与魔法、私の剣にもかけられますかね?」
「……無理だと思うし、その剣じゃどっちにしろ無理。分かったら大人しく下がって」「危ないっ!」
話のせいでまた集中の途切れた私を突き飛ばして、ジークヴァルドさんが左手に捕まった!
「ジークさん!」「離せこの野郎!」
すぐさま切りかかって助けようとはするけど、焦ってるせいで一撃が入らない! 分かってはいるんだけど、目の前で人が死ぬのはもう見たくない!
次の瞬間天井に穴が開いて、ジークさんが捕まれたまま天井に消えた! と思ったら床に穴が開いて手が出てきた!
「ジークさんをどこにやった!」って叫んでから気付いた。手にさっき付けた傷がなくなってる。つまりこの手はさっきのとは別で、そしてこの手は複数あるって事!
「こいつまだ手を隠してる!」
「どっちの意味だ?」
「どっちも!」
だってこいつ、払う・潰す・握るの三つの行動しかしてないんだもん。
って思ったらやっぱり来た! 手の平中央が渦を巻くように開いて、青い大きな目が出てきた!
「アイシャさん!」「分かってる!」
当然。この時代の普通の人ならば意味が分からないだろうけど、私は散々色々見てきて、これが遠距離攻撃のレーザーライフルだって事くらい理解出来る。そしてこんな大きいと鏡では反射なんて出来なくて、逃げないと死ぬって事も分かってる。
手の平をこちらに見せてきて、やっぱりそこから赤い光線が放たれた。だけどよく見れば手の平が光ってから実際に撃つまで、ほんの少しだけ余裕がある。
そう思ったら次に、私はしっかりと冷静なんだって事に気付いた。焦りがあるのは事実だけど、余裕がなくなってる訳じゃない。
だったら、しっかりと見定めるまで!
他の仲間や合流組もそれぞれ攻撃はしてるけど、やっぱり有効打は奪えてない。
……何だろう、違和感がある。ただ固いだけでここまで苦戦する?
「アイシャ後ろ!」
私を呼び捨てにしたリサさんの声で振り向くと、左手がもうひとつ出てきた! ……傷有りだ!
って右手ももうひとつ出てきて、これであっちは手が四つ! やっぱり手を隠し持ってたんだ。
「捕まるんじゃねーぞ!」「そっちこそ!」
多分捕まったあの機械行き。ジークさんの事は、どうにか時間稼ぎしてくれるのを期待するだけ。
さあ、どう切り抜ける……。
???「いいえ。私は遠慮しておきます。」
これが実質的なラスボス戦……かなぁ?




