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第百四十二話  揺れて初体験

 ――あれから一週間。

 私たちは何事にも慎重に行動するようになっています。

 というのも、何かがあると思ってるから。それこそ命に関わる重大な事案。

 「だけど依頼は来ちゃうんだよねー。はぁ……」

 私は現在王宮にいます。内容はいつもの呼び出し。

 「ははは。詳細は聞いてるから気持ちは分かるけどね。でもこちらは待ったなしだ」

 「……緊急なんだ」

 「ああ、結構な緊急だよ。しかも国外、ラフリエからの依頼だ」

 グラティアの南東にあるラフリエ共和国は、砂漠とジャングルとエルフ族の国。ジリーの友達、シュンヒさんの出身国だね。


 「ラフリエ南端でここ一週間ほど、小規模な地震が頻発している。その原因究明が依頼だよ」

 「……あのさー、それって学者さんの領域でしょうに。私に言われたってどうしようもないよ?」

 って言ったらトムは溜め息。

 「私だってこれは学者の仕事だと依頼を拒否しようとした。しかし原因がダンジョン内にあるという話になって、それでどうしてもと」

 「……ナマズの怪物でもいるんじゃないの?」

 「ナマズで済めばいいんだけどね。そのダンジョンだけど、最深部に謎の扉を擁しているらしい。一週間前からという時期、謎の扉があるダンジョン、そしてこの地震が大厄災の前兆という可能性もある。もしもこれが”終わりの始まり”だったならば、次は間違いなくグラティアだ。つまり他人事じゃないんだよ」

 リサさんが言っていた大厄災……メセルスタンの事件じゃなかった? こっちが本物? そして一週間前……まさか……。


 たとえこれが偶然だったとしても、……いや、偶然じゃない。勇者のカンがそう言ってる。これは受けなきゃいけない重大な依頼だ。

 「分かった。これは多分私のせいだ。……だけど今フューラは動かせないんだよね」

 「相談ならば出来るでしょ? 監視だけならばこちらで要員の準備も出来るから、まずは話を通してみて」

 「……うん。一回フューラに相談してみる」


 「それと!」っていきなり強く言われた。

 「たとえカナタさんの復活とこの件とが繋がっていたとしても、アイシャはそれを知らなかったんだ。重荷を背負う必要は無いからね」

 「それは無理。じゃあ行ってくる」

 だってリサさんから大厄災の事を聞いた時、その原因が私にあるって勇者のカンが言ったんだもん。そして今回もカンが働いた。今までの的中率から考えて、間違いない。



 ――地下施設。最深部。

 私は今日で三回目。なんていうか、あまり入り浸るとカナタに影響しちゃいそうで、ちょっとだけ遠慮しています。

 そして”折地彼方(仮)”の様子だけど、三日前に見た時はイモムシみたいなのがピンクダイヤに張り付いている状態だった。

 最初虫が入ってる! って驚いて、あれがカナタだって言われて驚いて、私もお母さんのおなかの中ではこんな形から始まったんだって聞かされて、合計三回驚いた。


 「フューラ、ちょっと話がー……って何これ?」

 ガラス瓶に白い布がカーテン状にかけられていて、中が見えない。

 「これですか? もう見た目では赤ん坊なので、カナタさんのプライバシーを考えて目隠しをしておきました」

 「……え?」

 「中では当然ながら裸なんですよ? 男性の大事な部分がモロ見えです」

 「あっ……あはは。それじゃあ仕方ないね」

 カナタの事だから後で絶対に怒られる。


 「そちらの用件は?」

 「あ、うん。ラフリエから依頼が来て、フューラも連れて行きたいんだ。王宮で監視はつけてくれるみたいなんだけど、どう?」

 フューラは相変わらず無表情。

 「……全員で移動ですか?」

 「ダンジョンに潜るから、なるべくならば。今のところ私の中ではフューラとリサさんとジリーは確定」

 「ならばここはシアさんとモーリスさんに任せます。正直、我々家族以外には触れてほしくないんです」

 「……ほっほーぅ、フューラも結構嫉妬焼きなんだー」

 なんて冗談で言ってみたら、ようやく笑った。

 「あはは、まあ嫉妬焼きでしょうね。正直に言えば、カナタさんの一番になりたかったですから。あー恋愛という意味ではないんですけどね」

 気持ちは分かる。特に私たちは全員……モーリスは例外として、みんな女だもん。

 「しかしどちらにせよこの先、カナタさんの成長にシアさんの魔力が必要になるんですよ。なので丁度いいタイミングなんです。チカ、いいか?」

 「魔王様が言う事聞いてくれるならだいじょーぶ」

 シアも馬鹿じゃないから言う事聞いてくれると思うよ。



 ――翌日。ラフリエ共和国、首都ネコート。

 予定通り到着。メンバーは私、フューラ、リサさん、ジリー。残り二名だけど、地下施設には仮眠室もあるから泊まるつもりみたいだったよ。

 到着して迎えてくれた転送屋さんは、かなりナイスバディなエルフのお姉さん。

 「ラフリエの首都、ネコートへようこそ。……あれ? もしかして勇者様?」

 「あはは、正解です」

 いい感じに驚いてもらえました。


 「ダート・ミップ首相に会いたいんですけど、どこに行けばいいですか?」

 「政府機関ならばどこでも話を通せると思います。こちらがネコートの地図なので、どうぞお持ちください」

 と、机から折りたたまれた地図を持ってきた。

 「え、でも」「これは無料の観光パンフレットですから、ご遠慮なさらずにどうぞ」

 「あはは。ならばありがたくいただきます」

 そっか、見れば観光案内も書いてある。


 ……へぇ。パンフレットによると、ネコートは元は海賊の町だったんだって。それを追い出して都市に成長させたのが、ラフリエの前身に当たる北マスカ国。その後は大国……この場合は侵略を繰り返していた頃のグラティア王国に対抗するために、エルフ族が陣頭指揮を執る形で周囲の小国と団結して、ラフリエ共和国になったと。

 そんな関係でもグラティア嫌いになっていない理由は、どちらも小国家の集まりだったという点と、正式にラフリエ共和国が建国される前に、グラティアが侵略行為を止めて土地を整理、譲渡したから。

 ちょっとした入れ違いではあるけど、おかげで現在までも関係は良好。

 そしてここネコートは、ラフリエの南西に位置するラフリエ最大の都市で、大きな港が自慢みたい。さすがは元海賊の町。

 建物はどれも赤茶けたレンガ造りで、逆に屋根は真っ白。道は綺麗な石畳で歩きやすい。

 人種は人間族とエルフ族が半々くらいで、そこに他の種族がちらほら。ただし小人族はいませんっ。


 早速出発すると、ジリーが不安顔。

 「アイシャ地図読めんの?」

 「ふっふーん。これでも地図読める系女子なのだ! 地図によればこの道を真っ直ぐ!」

 勇者が地図を読めなくてどうしますか。えっへん!

 「……逆ですよ、これ」っていうリサさんからのツッコミ。

 「えっ……あっ、あー……あははははーわざとだよー」

 「えー」「えー」「えー」

 はうぅ。


 しっかし、ほんっと……あぢぃー。

 「フューラ、何度あるか分かる?」

 「気温ですよね。えー……三十六度です」

 「うえぇ……」「うえぇ……」

 私と一緒に嘆いたのはリサさん。モフモフだから連れてくるの失敗したかな……。

 「……だと思いまして、しっかり対策は講じてきております。わたくしだって成長するのです。えっへん!」

 くっそ、可愛いから許すっ! っていうか私も対策しておけばよかった。



 その後は無事に政府機関の建物を発見。海運水産省って事は海関係だね。

 入り口のドアは開け放たれたまま。誰でもウェルカムって事かな?

 「すみませーん」

 「はい、どういたしましたか?」

 受付はまたもやナイスバディなエルフのお姉さん。

 「私たち……こういう者なんですけど、ダート・ミップ首相に連絡してもらっていいですか?」

 私が出したのは依頼書。王宮のだからしっかりと私の名前も書いてあるんだ。

 「……あっ、承知致しました。少々お待ちください」


 「胸でかかったなー。リサさん並か?」

 「わたくしよりも大きかったように思えますが、どうでしょうね? さすがに訊ねる訳には行きませんよね」

 「当然でしょう。僕でも遠慮しますよ」

 なんていうヒドいヒソヒソ話をしながら待っていると、さっきのお姉さんともう一人、男性エルフさんが来た。

 「お待たせいたしました。私は海運水産大臣のミクラ・エルと申します。ダート・ミップ首相は現在こちらへ向かっておりますので、奥の部屋でお待ちください」

 あ、来るんだ。こっちから行ったのに。



 ――会議室。

 談話室みたいなのじゃなくて、ちゃんとした会議室だよ。

 「あたしこういうの弱いんだよなー。緊張する」

 「このような場面はわたくしにお任せを。なにせ王女様ですからー」

 ジリーの言葉にしっぽを振るリサさんだけど、正しくは暴走王女だからね。油断出来ないよ。

 「僕は弱いという意味ではなく、苦手です。過去色々ありましたから」

 「フューラはね」

 みんな納得。


 少しして見た事のある顔が登場。

 「いやあ突然お呼び立てして申し訳ありません」

 「いえいえ」

 ここで文句を言うのもおかしいからね。

 「本題の前に、そちらの進展はいかがですか?」

 「順調です」

 ……ちょっと言い争いはあったけど。あはは。

 「そうですか。こちらとしても成功を祈っておりますよ」

 にっこり優しい笑顔のダート・ミップ首相。いい人成分が漏れ出ています。

 あ、念のためだけど、ダート・ミップ首相は人間族の男性です。エルフじゃありませんので。


 「それでは本題なのですが、ここから国を挟んだ反対側にあるマシンワナという町で、小規模な地震が頻発しているのです。今日だけでも既に三度小さな揺れがありました。そしていずれの震源もマシンワナの上級ダンジョンでした」

 「え、待って! 上級ダンジョン!?」

 「はい。上級です。なのでこちらとしても対処が難しいのです」

 上級だなんてトムは一言も言ってなかったし、依頼書にも書いてない!

 ちなみに、前も説明したけどダンジョンには四種類の難易度がある。初級・中級・上級・指定。ルシェイメダンジョンが初級、コロス北西ダンジョンが中級で、私の村にあったのが難攻不落の国家指定難易度。

 「……だったらこの面子じゃ駄目だ。レベル60が十人以上っていうのが上級の基準だよ? レベルはクリアしても四人では手が足りない。何よりも今の私たちは慎重に行動する必要がある」

 やっぱり”何か”が待ち受けていた。


 「ラフリエの問題なのでラフリエから増援を出したいところなのですが、既に有力な者は潜ってしまっていまして、少人数で進み道中での合流、というのも難しいかと。すみません」

 っていう事はグラティアからスカウトするしかないかな。

 「んー、知り合いで誰かいたかなぁ……」

 「四人なら追加のアテがあるだろ。北西ダンジョンで助けた……名前忘れた」

 「リックさんたちですね。他にはバザードさん、エルリアさん、アキさん。それでもあと二人足りませんよ」

 あの四人ならば……でもまずは声をかけてみてだね。


 「どのような方なので?」

 「中級ダンジョンで出会った人たちです。レベルも60以上だし、私は一度家にもお邪魔しています」

 「ならば身元は問題なさそうですね。しかしあと二人ですか……」

 んー、あと二人、あと二人……シアとモーリスは出せないからなぁ……。

 四人して唸っていたら、ダート・ミップ首相の表情が見事に困り顔に。

 「……勇者様、この件はやはり我々ラフリエだけで解決する事にしますので、今回の依頼はキャンセルという事で。グラティアではそろそろ謝肉祭ですよね。そのような時期に他国の問題に付き合わせてしまい、本当に申し訳ございません」

 言葉の通り本当に申し訳なさそうに頭を下げるダート・ミップ首相。


 そういえば謝肉祭かぁ。最近色々あって日にちの感覚が危うい。謝肉祭まで……あと二週間かな。

 ……あれっ!? カナタの復活予定日と謝肉祭開催日同じだ! っていう事はようやく武術大会を見せられるんだ。二年前は怒られた後に謝れずにカナタがさらわれちゃったからね。

 ……あっ! 武術大会で思い出した!

 「レベル60以上ある二人、いた!」

 「誰? あたしらの知ってる人?」

 「謝肉祭の武術大会覚えてる? あれで私と当たった二人。オヴィリオさんとジークヴァルドさん。あの二人ならば実力は申し分ない。って事でキャンセルをキャンセルです」

 よく分かってない様子のダート・ミップ首相。


 「えーっと、今回の依頼を整理すると、マシンワナ上級ダンジョンで起きてる地震の原因究明と、その原因の排除でいいんですよね?」

 「はい。間違いありません」

 ……多分最下層のボスを倒すか、謎の扉の向こうだよね。

 と、フューラが手を上げた。

 「もしもなんですが、原因を排除するとダンジョンが使用不可能、例えばモンスターが一切出てこなくなったり、ダンジョン自体が崩壊する場合は、どうしますか?」

 「ダンジョンが消滅するという事ですか? ……何かあるのですね?」

 さすがは一国の主、鋭い。

 「実はですね、この地震が原因でラフリエの大半が海に沈む可能性が高いんです」

 「……あ、例の大厄災ですか」

 あれ? 言ったっけ?

 「であるのならば、致し方ありませんね。なるべくならばダンジョンの機能は維持したい所ですが、多数の人命がかかっているのですから、背に腹は変えられません。許可致します」

 あっさりというか、それだけ大厄災について危機意識を持ってるんだね。


 「それでは……僕たちはどうすれば?」

 「私が方々に声かけに戻る。三人は先に現地に入ってもらおうかな」

 「承知しました。ではわたくしたちはダンジョンのある町まで先に向かっています」

 「うん。お願い」

 オヴィリオさんとジークヴァルドさんは王宮で手配してもらうとして、私はリックさんたちを呼びに行くほうがよさそう。

 ワーニールに家があるから、ちょっと時間が掛かるかも。


 「あの」っとダート・ミップ首相からまだ何かあるみたい。

 「転送で向かいますよね?」

 「はい。何か不都合でも?」

 「不都合というほどではないのですが、ネコートの郊外は道が迷路状に入り組んでいまして、地元の者でも自宅を見失うほどなのです。なので徒歩ではやめておくべきだと進言いたします」

 パンフレットの地図を確認。三人も覗いてる。

 「……これはひどい。あ、すみません」

 「ははは、私も同じ感想を持ちますから大丈夫ですよ」

 思わず心の声が口に出ちゃった。だって本当にぐっちゃぐちゃなんだもん。中央は整理されているから、見事に二面性のある町だ。

 これスラム街なのかな? それともわざと迷路状にして外敵の侵入を防いだ? んー……まあいいや。

 「うん、それじゃあ転送で向かいます。私はみんなを呼んでから行くね」



 ――ラフリエ共和国、マシンワナ。フューラ視点。

 一時的にアイシャさんと別れ、僕たちはマシンワナへ。

 「これまた綺麗な町並みですね」

 「そうですね。ラフリエ自体が新しい国なので、この町も若いのでしょう」

 建物の外観は先ほどのネコートと同じ。そして道の石畳が何重にも弧を描いたデザインになっていて綺麗ですよ。

 「見とれてる暇があんなら、まずは聞き込み」

 「はぁーい」「はぁーい」

 最近特になんですが、アイシャさんがいない時のジリーさんの先導ぶりが見事になってきました。船頭だったからでしょうかね、なんちゃって。


 しかし地震とは言っても本当に小規模なようで、建物には亀裂もなくダメージが入った痕跡はありません。

 おっ、丁度いい所で井戸端会議が開催中ですよ。恰幅のいいおばちゃんエルフが二人と、同じような体型の人間族のおばちゃんが一人。

 「すみません、お話うかがってもよろしいですか?」

 「はい? あーかまわないよ。……その格好、地震の事かい?」

 「あはは、正解です。まずはどれほどの揺れなんですか?」

 五人のおばちゃんたちは顔を見合わせ、僕に聞こえないようにヒソヒソ。まあ聞こえているんですけど。

 内容は震度の意見合わせで、僕たちを怪しむという話ではありません。


 「……そうだねぇ、幅はあるんだけど、あたしらのお腹は揺れない程度さね。あっはっはっ!」

 「ははは。えーと、そうしたら生活に支障は無い程度ですよね。頻度はどれくらいですか?」

 「結構あるねぇー。二時間にいっぺんくらいは揺れるんじゃないかね?」

 他の方も頷いたので、おおよそ一日十二回ほどですね。

 「……ほら、揺れてる」

 「え? ……あっ」

 丁度地震です。しかし本当に意識していないと気付かない程度の揺れですよ。


 「ひやぁっ!」「うおぉっ」

 意識した途端悲鳴を上げてうずくまるリサさんとジリーさん。

 「……おやおや、お二人は地震が苦手ですか。そうですかそうですか」

 「ふ、フューラさんは何故平気なのですかっ!」「そーだそーだっ!」

 「えっと、まあ……長年生きていますから」

 実際のところは、僕の生まれた場所がよく地震のある土地でして、メタな話、震度3程度は月に一度は来ていました。あはは。

 「はい、収まりました」



 ――ダンジョンへ向け移動中。

 「フューラ、顔の締まりが悪いぞー?」

 「だって、あの程度であんな反応なんですもん。もう……ぷふっ」

 あの二人のリアクションを思い出すと、笑いが止まりません。

 「言い訳をさせていただきますと、わたくしは地震というものが初めてなのです。魔法も何もないのに地面が揺れるのですよ? この恐怖分かりますか!?」

 「そーだそーだ。あたしだって初体験だったんだからな!」

 「あはは、僕は慣れっこですよ。もっと大きな、それこそ地面が割れるほどの地震の経験もありますから」

 なんて言うと二人とも絶句。


 「……これ止めても未来じゃ大厄災あるんじゃねーか……」

 あ、そう取りましたか。ではお勉強タイムと行きましょう。

 「それは当然なんですよ。というのも、この星は生き物で、この大地は言わば一枚の薄皮なんです。そして星の新陳代謝によって古い皮はいつか剥がれる。この場合は海に没しますが。そうするとまた新しい皮が作られ、その上にまた人は世界を作り上げます。せいぜい生きて百年の人類ではその変化を感じる事など出来ませんし、この星からしたら僕たちの生涯は、まばたきの一瞬程度なんです」

 なんて、ここで言っても仕方がありませんよね。


 「……はぁ、その話を理解出来ちまうのが嫌になるよ」

 「おや、ジリーさんはいける口ですか」

 「一応ね。あたしの父親の書斎に、そういう種類の本もあったから」

 なるほど。しかしこの話題を出したのは失敗でしたね。ジリーさんが少しうつむいてしまいましたから。

 「いっそ、アイシャみたいに何も知らない時代の人間になりたかった……」

 空気を変えるチャンスがあちらからやってきました。

 「記憶を消去する装置はありますから、出来ますよ?」

 「……殴るぞ?」

 「あはは」

 当然ながらジリーさんにとっては今の、それこそモーリスさんと一緒の日々を忘れるなんて、絶対にしたくないでしょうからね。



 ――マシンワナダンジョンの事務所。

 に、到着です。

 驚いた事に市街地にある事務所の中に、ダンジョンの入り口がありました。縦穴を螺旋階段で下っていく事で地下一階に到着するようですよ。

 「ふっ……かいなー」

 「おおよそ十五メートルといったところですか。六階建てビルが入るくらいですね」

 「あら? んだったらそんなでもないね。あたし六階建てマンションの屋上に日よけ作って住んでたんだよ。もち無断で! いやーヒドかったなー」


 「屋根あったんですね」と先ほどの調子のまま何も考えず言ってから、自分の不躾さに寒気がしてしまいました。

 「屋根はね」

 「ごめんなさい。さすがに今の発言は無礼が過ぎました」

 「あはは、あたしにとっちゃもうただの懐かしい思い出だから気にしてねーよ」

 笑って流してくれたジリーさんですが、これは僕が僕自身に減点をつけます。親しき仲にも礼儀ありですから。

 「あれはまだ言葉を覚え切る前だった。近所の工事現場から鉄板鉄パイプと針金盗んできて、それで屋根をこしらえたんだよ。まあ、壁が無いからあんま意味なかったけど。あはは」

 そう笑うジリーさんの表情は、本当にただ懐かしいというだけで、本当にただの思い出なんだと言いたげ。そこには僕への気遣いは見えず、だからこそ僕はこの失礼な発言をしっかりと反省します。



 「そういやリサさんは?」

 「……おや? そういえば。……いました」

 事務所の奥で、暑さでへばっていまして、事務員の方から水をもらっていました。

 「リサさん、大丈夫かい?」

 「ええ、なんとか。対策はしていたのですが、予想の上でした。はうぅ……」

 耳もしっぽも垂れてしまっています。

 「こういうところでは地下のほうが涼しいものです。アイシャさんと合流するまでの辛抱ですよ」

 「承知しましたあぁー……つぅー……いぃー……」

 そう言って長椅子にゴロリ。


 これは早くアイシャさんが来てくれないと、茹で狐になっちゃいますね。



盆休みを挟むので、次回かなり間が空きます。

二十日ごろまで止まる事も考えられます。ご了承ください。

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