裏十二話 資質+努力=?
――アイシャ視点。
カナタからシアを預かったこの日、私はリサさんから魔法を習う約束をしていた。
「という事でリサさん、よろしくお願いします」
「はーい。といってもわたくしも、自分の魔法がこちらの世界で通用するのか分からないのですけれどね」
私たち三人は現在、何もない荒野にいる。リサさんもカナタやフューラと同じく異世界人なので、私と同じ魔法が使えるかどうか分からないし、それに私が魔法を暴発させる事も考えられるからだ。……自分でこう言わなくちゃならないのって、悔しいな。
「では最初に、情報のすり合わせを行いましょう」
「はあーい。で、それってなんですか」
「単純に、わたくしの魔法がこちらでどれほど使えるのかを試すだけですよ。念の為少し離れていてくださいね」
つまりリサさんが魔法をとにかく色々試してみるという事かな。私は少し大袈裟に、家一軒分くらい離れた。
「では行きますよー。……ファイアボール!」
いつものほんわかした喋り方が一転、迫力のある強い口調。そしてリサさんの手からは小さな火球が飛び出し、地面を焼いた。私の炎系魔法は地面に点火して敵を焼くイメージなので、全然違う。
「ウォーターポンプ!」「ウインドスピア!」「アースグレイブ!」
連続して四大属性の魔法を四つとも成功させたリサさん。この時点で私は完全に追い抜かれました。ちょっとショック。
「ホーリーアロー!」「ダークウィップ!」
この二つは私が知らない魔法だ。それぞれ光の矢と黒い鞭が出現。
「うん、基本的な魔法はそのまま使える様子ですね。複合魔法は危険性が増すので今はやめておきましょう」
次に私。正直自信ないなぁ……。
「炎よっ!」「風よっ!」
「……ってーこんな感じ。一応暴発はしてませんよ」
顎に手を当て考えている様子のリサさん。何を言われるのか気が気でないよー。
「えーと、こうでしたよね。炎よっ!」
リサさんは私と同じ動作と詠唱、そして私と同じ魔法を成功。これが才能の差か。どんどん気持ちが落ち込んできちゃった。
「はあ……私才能ないな……」
「いいえ、アイシャさんは理解が及んでいないだけだと思いますよ」
「それは……否定出来ない。だって私学校では普通科だったし、剣も魔法も勇者認定の後に一夜漬けで覚えたようなものですから」
するとリサさんは少し驚いた後、小さく笑った。
「ふふっ、一夜漬けで二つの魔法を操れるならば充分資質がありますよ。そうですね、まずは基礎から覚え直しましょう。わたくしと一緒に、ね?」
――王立図書館。
私たちは王立図書館の館長、元大臣のリビルさんを尋ねました。はい、私を勇者に仕立て上げた元凶です。
リサさんとリビルさんは挨拶とある程度の情報交換で、お互いの立場を理解した様子。
「――つまり、わしから魔法の基礎を学びたいと。……それは構わんが、何故今更? 勇者様は既に魔法が使えるはずでは?」
「使える事は使えるんですけど……実は、すごく下手なんです。暴発ばっかりで、しかもレベル13にもなって未だに二つしか使えない」
少々驚いた様子のリビルさん。まさかあの時の事を忘れている訳じゃないでしょうね?
「そもそも私は魔法をろくに習わずに使っているんですよ? 勇者認定されるまで剣も魔法も触った事がなかったんですから。それを誰かさんが強引に推し進めたせいで!」
私の言いたい事が伝わったようで、リビルさんは思いっきり目を背けました。
「……分かった。と言ってもわしもあくまで初級魔法しか使えん。教えられる範囲も基礎だけだぞ」
「その基礎すらまともに習っていませんけどね、私」
また目を背けられた。
私としてはもう割り切っている。レイアに剣を渡され、はぐれオークを討伐したあの時に、今度は私自らが勇者をしようと決めた。……それでも、恨みはありますから。
その後私たちは図書館内にある、小さな一室へ。多分会議室なんじゃないかな?
「それではまず、魔法という存在が何物なのかについて。これについては正直なところ、ほとんど解明出来ていないのだ。自然に起こりうる様々な現象を、神秘の力で引き出し再現する。それしか分かってはおらん」
私とリビルさんは、リサさんにも意見を求めた。
「そうですね。わたくしの世界において知りうる限りでは、魔法という存在は有史以前から存在し、生命の神秘の力を以って自然界に存在する力を引き出すと、そういう解釈になっております」
ほとんど同じだ。でもそれ自体はよくある話なのかも。
「では次に、その力をどう引き出すのか、その方法について。これについては四つの発動方法がある。……勇者様、分かりますかな?」
「えっ!? えっと……あー……えー」
唐突に振られたので軽くパニック! というか、私よく知らない!
「はーい」
そんな私を尻目に、リサさんが手を挙げた。
「わたくしの世界と同じであるのならば、記述・詠唱・動作・空想の四つの発動方法があります。それぞれ刺青、物音、ダンス、視認でも代用が利きますので、例えば声の出せない方は楽器を詠唱魔法の発動要因とする事も可能です」
「素晴らしい。文句の付けようがない模範解答です。しかし興味深いですなあ。異世界でも全く同じ魔法の発動方法とは。もしかしたら何か繋がりが――」
「考えるよりも先に進んでいただけますか?」
「おっと、これは失礼致しました」
リサさん、結構やり手?
「さてこの四つの発動方法にはそれぞれ特徴があります。記述魔法は常に特定の魔法しか発動出来ない代わりに、どのような魔法でも発動可能。したがって魔道書が必須になり、片手または両手が塞がる事になりますな。また大型の魔法になると、一人では唱えられないほどの魔力と、膨大な記述が必要。したがって魔道書に記載出来る以上の魔法となると、即座に発動など不可能ですな」
剣を持つ私には難しい。あくまで魔法使い専用かな。
「次に詠唱魔法。これはある程度の法則はあるものの、どのような詠唱を当てはめても大丈夫であるという、自由度の広さが特徴ですな。例えば”燃えろ”という詠唱でも”紅蓮の炎よ我が眼前の敵を焼き尽くせ”という長ったらしい詠唱でも、出てくる魔法は同じ。まあある程度の長さがないと別の魔法と詠唱がかぶってしまい、暴発する要因となってしまいますが」
ちらっとリビルさんが私を見た。そうか、リサさんに言われた理解が及んでいないって、こういう事だったのか。
「動作魔法は、他の魔法の強化や補助的な役割で持つ方もおりますな。事前に特定の行動を魔法と結び付ける事で、その動作のみで瞬時に魔法を発動させられる。詠唱魔法と連動させる事が出来る代わりに、よく考えて組み合わせないと事故の元となってしまう」
私も動作魔法は使える。
「初心者がよく陥る失敗は、組み合わせの意味を履き違えてしまい、詠唱と動作のどちらにも同じ魔法を結び付けてしまう事ですな。それは単なる並列に過ぎず、どちらかの力が大きいともう片側を邪魔してしまい、喧嘩して暴発してしまう」
……まずい、心当たりがある!
「最後に空想魔法。頭に魔法を思い描く事で発動する、少々特殊な発動方法ですな。思い描きさえすればいいので発動速度は一番ですが、しっかりとしたイメージがないとすぐ不発になる。上級魔法師であっても初歩の魔法を発動させるのが精々の、とても高難易度な発動方法ですな」
「私はいつも発動した時のイメージを頭に作るんだけど、それだけじゃ駄目なんですか?」
「そのイメージが、現実との区別がつかないほどに強くしっかりとしたものでなければ、それはただの予測に過ぎんのです。なので勇者様のようなレベル13のひよっこが発動出来るほど甘くは……あ」
「ひよっこ……ねえ」
本音と脂汗が出てるぞ、じじい。
リビルさんは咳払いをひとつ。何事もなかったかのように話を進めた。
「んんっ、次に魔法には四つの属性というものがありますな。これは分かりやすいので答えられるのでは?」
「うん。火・水・風・土ですよね。でもリサさんは私の見た事ない魔法も使っていましたよね。あれは何の属性なんですか?」
「あれは光と闇の属性ですね。お話を聞く限りでは元々存在していない属性のようですが、使えたのだからまだ発見されていなかったと考えるのが妥当かと思いますよ」
「我々の知らない魔法の属性……申し訳ありませんが」「ホーリーライト!」
リビルさんが言い終わる前に魔法を発動させたリサさん。明るい光の球が現れた……けれど、何もならない。
「これは聖なる光で傷を癒す魔法です。わたくしはあの失敗以来、人を傷つける魔法はずっと封印してきました。そして魔法研究家として人を助け癒す魔法の研究に心血を注いできたのです。その成果のひとつがこのホーリーライト」
そうか、これがリサさんの努力の成果なんだ。何というか、心が落ち着く、不思議な光。
「ちなみに普通の明かりにもなりますし、弱いながらも闇の存在を退ける効果もあります。なので洞窟内では今や必須の魔法となっておりまして、ほとんどの魔法使いが最初に覚える魔法のひとつとなっております」
「……リサさん、私もこれ覚えたい。いいですか?」
「ええ。わたくしもアイシャさんが使えるのかどうかという興味があります」
ある意味で人体実験だけど、でも実験道具になる価値はあると、そう感じた。それは勇者のカンとしてよりも、私の欲がそう感じさせたんだと思う。
「もうひとつわたくしの知る属性、闇の属性についてですが、危険を伴う魔法がほとんどなのでこの場では使えません。悪しき闇の力を扱いますし、何よりも使用者に対して魔法力とは別に代価を要求するとても危険な属性なのです」
さすが闇だ。私は触れたくないな。あ、でもリサさんはさっき……。
「それじゃあさっき黒い鞭を出したのって……」
「あれの代価は闇の魔法の中でも一番軽いものですよ。半日食事が出来なくなるだけですから」
「食事が出来ないって……どういう意味なんですか? 明日まで食事が出来ないんですか?」
止める間もなかったとはいえ、私のためにそんな魔法を使ったんだ。それは私にも少し責任がある。
「正確には、半日間味覚が狂うのです。どれを食べても何を飲んでも血の味しかしなくなるのです。といっても、金輪際闇属性は扱う気はありませんので、ご安心を」
笑って言ってのけるリサさん。
「わしらの知らない属性が存在する事は、可能性としては知られておりますが、実際にそれを扱える魔法使いが、まさか異世界からやってくるとは。もしよろしければ……」
「リビル館長、それフューラも王様から同じ事言われて、拒否したんですよ。世界の歴史を変えかねないって。同じ事をリサさんにも言わせるつもり?」
「おっと。確かに世界の歴史に干渉しかねない事ですな。慎重さと配慮に欠けた発言、お詫び申し上げます」
私には未だに一度も謝らないじじいがリサさんにはあっさりと頭を下げた。私はきっと、リサさんに嫉妬している。才能と地位のどちらにも。
――再び原野へ。
「なんか、リサさんもフューラと同じ種類の人間なんだなって感じちゃった。自分を省みない感じ。……でもね、残された人の事くらいは考えてくださいね」
「ふふっ、アイシャさんは賢明ですね。そう感じたのは正しいですよ。わたくしは省みない魔法実験の結果、こちらの世界に飛ばされてしまいましたから。今頃家族は、民は、果たしてどうしているのか……。今になって思います。わたくしは皆の上に立っていたのではなく、皆に支えられ、立たせてもらっていたのだと」
優しい笑顔のリサさんの瞳からは一筋の涙。それはきっと、後悔しているんだと思う。でもそれは至極当然の感情であって、多分魔王プロトシアも同じ感情を持っている。ならば私は、勇者としての私は、どういう答えを出せばいいんだろう――。
「さて、気を取り直しましょう」
服を軽く叩き気持ちを切り替えたリサさん。トムもそうだけど、人の上に立つ人には何か少し違いがある。前を向いているというか、真摯に向き合っているというか。
「それでは基礎を学んだので、実践と参りましょう。アイシャさん自身、何が悪かったのかという点はもう見つけていますよね?」
「はい。私がよく暴発させていた原因はふたつ。ひとつは面倒がって詠唱を短くし過ぎたせい。実は使えている別の魔法と詠唱が重なっちゃったせいでおかしくなっていたんだ。そしてもうひとつが動作。私考え方が間違っていたんだ。リビル館長も言っていたけれど、詠唱と動作に同じ呪文を結び付けて暴発させるって、まるっきり私の事だもん。……理解が及んでいないって、こういう意味だったんですね」
私の答えに、笑顔を見せたリサさん。
「ふふっ、正解です。ならばどうすればいいのか、分かっていますよね?」
「はい」
ならば私は、その笑顔に答えようと思う。
……けれど、どうしよう?
「え、えっとー……あははー」
最悪だ私! すごく恥ずかしいぞ私!
「まずは詠唱と動作とを切り離してください。動作魔法では口を開かず、詠唱魔法では動かない。詠唱の重複は結び付きを解除しなければいけないので今は置いておきましょう」
優しい笑顔なのが更に私の焦りを加速させるのだが、きっとリサさんは分かっていない。
「あ、あのー、発動方法は分かっているんですけど、じゃあいざとなると……」
するとリサさんは自分の口に指をやり、そして無言のまま最初にしたように私の動きの真似。するとあっさりと火の魔法に成功。
「んーん? んんんーん……ん?」
「いやもう喋っても……」
「あ、そうでした。動作魔法は結び付けてさえいれば、あとは少し力を込めるだけですよ。わたくしの場合は……例えばこうなります」
リサさんは両手をぱっと力強く開き、そして大きく屈み、跳ねる勢いで立ち上がると両手を空へと突き出した。すると左手からは炎の柱が、右手からは水の柱が大きく立ち上りました。
「……嘘だぁ……」
思わず声に出てしまったその理由は単純明快。本来、火と水の魔法を同時に発動させる事は不可能なんです。反作用だったかな? でもリサさんはあっさりとそれをやってのけてしまった。もう私、追いつける気がしません。
「ね? 簡単でしょう?」
「……どこがー!」
決めた。私この人を怒る。
「リサさん、自分があっさり出来るからって他人も出来るだなんてはずないですから! 大体なんですか火と水を同時に使うって! そんなの聞いた事ありませんから! っていうか不可能なはずですから! それをこんなあっさりと。それに人を傷つける魔法は使わないと言っておきながらバンバン使ってるじゃないですか! どういう事ですか、全く!」
「ご、ごめんなさい……」
「フューラも説明下手だけど、リサさんも並ぶほど説明下手ですから!」
気付けばリサ王女は耳もしっぽも下がって小さくなっていた。……それでも私よりも大きいけれど。
「……今日はもう終わり! 日も傾き出しちゃいましたからね。帰ったら人への教え方をみっちり教え込んであげますから!」
「はい……」
……あれ? 何か違うような……ま、いっか。
――その後。
カナタが帰還するまでの一週間、私はリサさんを引きずり込んで毎日朝から晩まで魔法の練習に明け暮れました。
結果、要領の分かった三日目からは暴発は一度もなく、さらに別の幾つかの魔法も使えるようになっていて、さらにさらに隠し玉まで手に入れちゃいました。
「わたくしはですね、例え資質があっても努力がなければそれはただの石ころに過ぎないと思うのですよ。そしてアイシャさんは、わたくしが見ても資質があります。この一週間努力もしました。結果、それが実力として現れたに過ぎないのです」
その実力を引き出してくれたのがリサさんだ。私は感謝しかないな。
「……魔法研究家として断言いたします。アイシャさんは今後ますます力を付けますよ」
「うん。ありがとう。でもやっぱりリサさんはすごいね。人の実力を見定められるっていう事は、自分も実力を持っているっていう事だもん」
いつかどこかで聞いた言葉。使うならばここだと思った。リサさんにこそ相応しい言葉だと思った。
「……私はね、カナタとシアとフューラとで、いつか世界を見て回ろうって約束しているんだ。その時は、リサさんも一緒に来てもらえるかな?」
「ええ、喜んで」
満面の笑顔でフサフサのしっぽを振ってくれるリサさん。
私の旅の仲間は強いぞ! なんちゃって。




