第百三十六話 試される力
――ジリー視点。
「モーリス! 生きてるか!?」
「大丈夫ー! 傷一つないよー!」
……参った。
引き上げて脱出ようとしたところで天井が崩れた。
幸いあたしとモーリスは無事だったけど、最悪な事にモーリスは崩れた土砂の向こう側。そしてこっちは明かりがなくて身動きが出来ない。
もう一度天井が崩れる可能性もあるから、移動したほうがいいかもしれない。なんだけど、明かりがなくちゃそれも出来ない。
一か八か、それとも救助を待つか……。
「……モーリス! そっちから明かりこっちにくれないか?」
「ムリー! 離れすぎー!」
はぁ……って事はこっちは真っ暗なままか。
「みんないるかい?」
「います」「無事ですよ」「こちらも」「問題ありません」
よし、兵士は全員無事だね。
「モーリス!」「待って!」
ん?
………………。
シーンと静まり返った真っ暗な坑道の中、壁の向こうからかすかにモーリス以外の……唸り声だ。
つまりモーリスの側に敵が出たって事で……こっちにも出るって事だね。
「それじゃあってなんか踏んだ!」「僕の足です!」「あっ、ごめ痛っ!」「ごめんなさい、俺の頭です」
「石頭めーって兜かぶってるからか。みんなとりあえずしゃがんで、壁際に寄って。手探りだから気を付けなよ」
「はい」
ほんとに何の明かりもなく真っ暗なせいで、目の前に何があっても「あ痛っ!」って壁だよ。
本当に目を閉じてるのか開いてるのかも分からない。
「こちらジャン、壁に到着」
「ジーンも到着です」
「同じくジョーイも到着」
「こちらジャックも到着です」
「よし、あたしも到着だ。……ってあんたらそんな名前だったんだね」
思わず笑いが漏れる。まだ余裕がある証拠。
「それじゃあ誰か明かりになるようなの持ってないかい?」
「……クリフとクリスが持っていましたが、俺たちは持ってません」
なんかややこしい名前ばっかり集まってるなー。
「しゃーない。あたしが一番暗闇には慣れてるから、敵が出たらあたしが対処する。みんなは何があっても動かないように」
「……この暗闇でも動けるんですか?」
「一応はね。相手が動いた時に一緒に空気も動くから、それで相手の位置を割り出す。伊達に十三年間も地下に監禁されてねーって」
と強がりを言ってみたものの、正直うまく行く気がしない……。
「ジリー!」
っとモーリスだね。
「聞こえてるよ!」
「助けに行くからー、動かないで待っててー!」
「助けにって……ちょっと待て!」
………………。
「おーい! ……駄目だ」
あいつ、やってくれたねー……。
「ったくもう。……仕方ない。今はモーリスが辿り着いてくれる事を祈ろう」
――モーリス視点。
さっきはコボルトリーダー二体が相手でした。だけど僕でも苦労はしなかったよ。
だったら守るために動かないと、だよね。
ここが本当に宝石を掘る坑道だったら、ぐるっと回ってあっち側に出られるかもだし、モンスターがいるっていう事は、入ってきたのとは別の出口があるかもしれないし。
少し進んだら丁字路。確か目印を壁に……見っけ。だから次は別の方向行ってみよう。
……ちょっと進んだらね、見える範囲でも十字路が三つも続いてる場所に出ちゃった。どうしよう……ってまたコボルトリーダーだ!
「ンー……ンアッ!? ワ……」
「あ、待って。出口どっちか知らない?」
モンスターの中にはこっちの言葉がある程度分かるのもいるんだ。だけどそれを知ってるのは多分僕だけ。
「……ンーンゥオオオオンッ!」(テキシュウダ!)
うわっ、これは逃げよう! とりあえず右の道!
後ろから声が追ってきてるけど、これなら逃げ切れそう。
……って、余裕は見せちゃダメだね。すごく広い場所に出ちゃった。多分ここが中心の採掘場所。松明が一杯あって明るくて、木で組んだ足場が張り巡らされていて、上にも横にも道があって……ゴブリンさんたちが驚いた表情でこっち見てる。
「あ、あの、出口どっち?」
「ンア? アー……ン??」
ですよねー。
って追いつかれた! それを見て方々からコボルトが出てきたよ!
……これは……これはっ……泣いちゃ、ダメっ……。
「ングラッシャーッ!」「ひいいっ!!」
唐突に響いた叫び声は、コボルトのものじゃない。それもそうだよね、ここにはゴブリンもいるんだし。
それで周りを見ると、とても長い大剣を持った、ブラッドゴブリンよりも大きい、見た事のないゴブリンがこっちに来た。髪の色が白いから、多分ホブゴブリンだ。ブラッドゴブリンよりも一段上の奴。
だったらあれは僕にはムリだ。……だからって、あっさり諦める気はないよ!
ホブゴブリンが出てきたからかな? コボルトも他のゴブリンも様子をうかがうだけでこっちには来ない。
「ンー……ンオマエ、ダレ」
「えっ!?」
あ、このゴブリンは喋れるんだ。だったら……ムリかなぁ……でもっ!
「ぼくは勇者アイシャの仲間、モーリス。ぼくは他の仲間を救い出して帰りたい。帰れるなら攻撃はしないよ」
「アイシャ……コビト?」
「うん」
アイシャって、モンスターにも名前が知れ渡ってるんだね。
(アイシャノ、ナカマ……)
ホブゴブリンは何かを考え中。
「……アイシャ、スクウノカ?」
「ううん。アイシャは多分もう地上に戻ってる。ぼくが助けたいのは、別の仲間」
(ベツノナカマ……)
ホブゴブリンが剣を下げた。
「ンゥオオオオンッ!」
次の瞬間コボルトリーダーの雄叫びがこだまして、一斉にコボルトが向かってきた!
体の使い方はルシェイメのモンスターパニックでよく理解した。アイシャの動きならずっと見てきた、アイシャの考えならずっと聞いてきた。だから僕もそれを実践する!
ホブゴブリンには勝てないけど、普通のコボルトならば勝てるっ!
――戦闘開始!
止まったら一気に来ちゃうから、とにかく動いて的を絞らせない!
(イマダ!)聞こえてるよっ!
後ろから襲ってきたコボルトを、振り向きざまに左右左って切り刻んで、まずは一体!
次は左! 前からも! これじゃ攻撃魔法を使う暇もないから、この双剣に僕の命を賭けるしかない!
「スピードエンチャント!」
リサさんから教えてもらってた素早さ強化の魔法。抵抗をナントカして50%アップらしい。ジリーには使った事あるけど、自分に使うとは思わなかった。
「こんなに変わるんだ」って声に出るくらい、違いがある。
相手の動きが遅く見えるっていう事はないんだけど、自分の思ったとおり以上に体が動く。相手を見た次の瞬間にはもう構え終わっていて、走り回るのも体が軽く感じて楽。素早さ以外にも効果がある感じ。
心の声は聞こえてる。姿は目で追えてる。目で追えば体が付いてくる。双剣の切れ味は最高。
「うおおああっ!!」
そういえば声が出てからこんなに叫んだ事なんてなかった。
ううん、僕は今まで一度も、自分から決めて、自分だけで行動した事がないんだ。
……これは、僕に対する試練だ。
僕が一歩動くたびにコボルトが一体襲ってくるくらいの忙しさ!
あれっ? 攻撃中にあのホブゴブリンが視界に入ったんだけど、攻撃してこないで、逆に他のゴブリンを制止してる。
(コチラニハ、クルナヨ……)
……だったら今はコボルトだけに集中しよう!
確実に一体ずつ、かつ周りをしっかり見て、引く時は躊躇なく引く!
左手、右手、飛び掛ってきたら下を通って背中から!
二体同時に来た!
……足場! 木組みの足場に登る! 登れば一体ずつ叩き落とせばいいだけ!
と思った僕の目論見はハズレ。登った足場は別の穴と繋がっていて、狭い足場の上で挟み撃ちになっちゃった。
……慣れない事はしちゃ駄目だね。
(イクゾ)(オウ)
コボルトがお互い目で合図。でもぼくにも聞こえてるから、そのタイミングはつかめる。後は……飛び降りるっ!
「フライング! ミニマムバースト!」
空を飛んで、足場めがけて爆発魔法!
「ンウォオオッ!」「よしっ!」
足場が崩れて、登りかけていたコボルトもろとも一気に落下、下敷きになった。
地面に降りて、残りのコボルトを倒すよ!
って、いきなりすごく体が重い。あっ、魔力切れ! まずいっ!
気付けば息も上がってるし、体は重いし、崩れた音につられて逆にコボルトが集まってきちゃってるし……もう、ダメかな……。
「ンアオオオオゥン!!」
大きく雄叫びを上げて、コボルトリーダーがこっちに突っ込んできた。けど僕はもう、構えるので精一杯。
振り下ろされた剣がよく見える。もう、終わりっ……。
「キャゥン!」
………………あれ?
目を開けてみると、コボルトリーダーが倒されてる。
「アイシャ?」
って見回しても、いない。いるのはゴブリンとコボルトだけ。
「オマエ、アイシャノナカマ。オレ、カリガアル」
「……助けてくれるの?」
「ンニッ」
あはは、親指を立ててニヤって笑った。心でも頷いてるから、これは嘘じゃない。
ホブゴブリンは持っている大きな剣を、頭上に掲げた。
「キースンジャゴブリンマヒト! アイダクッヒエルト、コボルトワックザルフ!」
「ンオオオオオッ!!」
え、なになになに? って混乱してたら、ホブゴブリンが剣をコボルトに向けた。
「ンダグァー!!」
一斉にゴブリンがコボルトを攻撃! え、え? ええっ!?
「ワレラ、ヤツラ、キライ。ナワバリハ、ワレラガテニスル」
ああー! そういう事か! ここではゴブリンとコボルトが縄張り争いしてるんだ!
……分かった! 全部繋がった!
探索中もコボルトはよく見たのにゴブリンはあまり見なかった。きっとコボルトのほうが多いから、ゴブリンは縄張りを奪われてたんだ。
そこで僕が数を減らしたから、勝てると考えて攻勢に出たんだ。……うん、合ってる。あのホブゴブリンもそう考えてるもん。
いい勝負……でもないかな。ゴブリンのほうが押されてる。でもこれはコボルトが圧倒的に多いからだ。これじゃあ難しいんじゃないかな……。
って、通路から魔法が飛んで来た! ファイアボールかな? どっちにしても当たる前に消滅したよ。
「アックアンゴブリンマヒト!」
声がしたと思ったら、ブラッドゴブリンの援軍! 数は四体だけど、魔法が使えるから有利だよね。
「オマエ、オレガタスケル。カンシャ、シテイル」
ホブゴブリンが本当に僕を守るように、僕に向かってきたコボルトを倒してる。
……感謝するのは僕の側だよ。
――戦闘終了。
採掘場所での戦闘は終わって、コボルトは相当数倒されました。
「ふぅ……」
安心したら力が抜けて、座り込んじゃいました。
「ケガシタカ?」
「ううん。ちょっと疲れただけ。……あの、ありがとう。あのままだったらぼくはコボルトに殺されてた。あなたはぼくの命の恩人です」
しっかりと頭を下げると、ホブゴブリンは驚き目を丸くしてる。
「カンシャハ、ワレラダ。ヤツラヲタオセタノハ、オマエノオカゲ」
「あはは、そう言われるとちょっと嬉しい」
ちょっとふらつくけど、でも次に進まないと。
「ぼくはさっきも言ったとおり、仲間を救い出したい。道に詳しい人、いますか?」
ゴブリンって人でいいのかな?
ホブゴブリンは、普通のゴブリンさんを一人手招きして、何か命令。
「オウッ! アー……ンッ!」
僕を見て手を上げたから、このゴブリンさんが道案内してくれるんだね。
「ありがとう」
「オウッ!」
あはは、手を上げたまま答えてくれた。ノリのいいゴブリンさんみたい。
「それじゃあ……あ、待って。実はぼくたち、宝石を探してるんだ。ピンク色の宝石。見た事ない?」
ここを住処にしてるなら、知ってるかもしれない。
「ホウセキ?」
「うーん……綺麗な石。それのピンク色で透き通ってる石がほしいの。これくらいの大きさ」
なんとなく、それっぽい大きさを示してみました。
「……ワレラノタカラ。ウー……マモリガミ? ダカラ、ワタサナイ」
「って、あるの!?」
「アル。ダガ、ワタサナイ」
睨まれちゃいました。
「……どうにかならない?」
「ナラナイッ!」
拗ねられた。うーん……ダメっぽい。
「分かりました。だけどアイシャたちもここに来るよ。王宮の兵士さんも」
「……トリヒキ?」
今度は心配そう。宝石をくれなきゃ倒すって言うと思ったんだね。
「あはは、そうじゃない。ぼくたち自身で探すから、ここにそういう人を連れてきてもいいかな? って事」
「ワレラ、アラソウキハ、ナイ」
「うん。ぼくの恩人だもん。任せて」
それにアイシャなら信じてくれるし、手を打ってもくれるよ。
「……オマエ、スゴイナ。ワレラトニンゲン、ハナシ、ナカッタ」
「でもお互いがお互いを攻撃しないって決めれば、大丈夫だよね。世界中に一ヶ所くらい、そういう場所があってもいいと思うよ」
「ンアッハッハッハッ! カリガカエセナクナル! ンアッハッハッハッ!」
ホブゴブリンさん大笑い。そうだよね、普通こんな事考えないよ。
――ジリー視点。
なんか遠くで音がするんだよ。これ絶対モーリスが戦ってる音だろ。
「はぁ……」
「心配ですか?」
「ん? うん。あいつ死んだらあたしが困るんだよ。誰に守ってもらえばいいんだよ? ったく」
「……いえ、落盤や敵襲の事を言っていたんですが」
「あっ……」
やばっ、顔真っ赤になるよ……見るなっ! って真っ暗だから見えないんだけどっ!
「――――!」
……ん? 今の声って、モーリスじゃねーか?
「モーリス!」
「――――!」
やっぱり。でも結構遠いなぁ。こりゃー時間かかりそうだ。
「ジリー!」
うおっ、油断してたら結構近くから聞こえた。
「ここだー!」「みんな無事だぞー!」「助けてくれー!」「おーい!」
せきを切ったように一斉に兵士が叫び始めた。
「モーリス! ここだー!」
気付けばあたしもだった。それだけ心細かったんだ。ははは、自覚しちまった。
声が近付くと同時に明かりも見えてきて、あたしらは全員立ち上がってその明かりに向かっていた。
「ジリー!」「モーリス!」
走り寄り、抱きつくと同時に抱き上げてクルクル回っちまった!
……あれ? 視界に入っちゃいけないのが入ったような。
「うわっ!?」「オウッ!?」
モーリスの横にはゴブリンがいた!
「モーリス!」「あー待って待って! 大丈夫だから!!」
「だ、大丈夫って」「オウッ!」「うおっ!?」
ゴブリンは元気に右手を上げ、そのまま頭だけコクリとお辞儀。
「――なぁーんだ、そういう事かよ。脅かすなよなー」
「オウ。ウハハ」
笑っていやがる。
「だから、ここのゴブリンさんたちは安全です。でもコボルトは敵」
「わーった。みんなもトム王にそう言ってくれよ」
「はい」「大丈夫です」「分かりました」「おうっ! なんちゃって」
しっかし、相変わらずとんでもない奴だなーモーリスは。
「……えへへ」
「勝手に聞くなっての」
「えっへへー」
その後、あたしらはゴブリンの誘導で無事に脱出。
アイシャたちもレオ村長も、そしてトム王に王宮も、この話を信じてくれて、ここのゴブリンとは非戦闘協定ってのが結ばれた。簡単に言えばここのゴブリンとは戦わないって事だね。
まーなんていうか、トム王も言ってたんだけどさ、何でもありのグラティアらしい話だよ。
「ねえジリー」
「ん?」
「ぼく、自信付いた。今度からは、しっかり戦闘に参加するよ」
「それはアイシャに言いな」
「あはは。いいんじゃない? だってモーリス、表情が大人の男だよ」
「えへへ」
「あー間違った。女の子に間違えそうな可愛い表情」
「えええーっ!?」
ま、一皮むけたのは間違いないね。
モーリスの読心能力はモンスター相手にも効くのでした。




