第百三十五話 埋まってます
――地下施設最深部。フューラ視点。
あの会議以来、アイシャさんはまるで僕を監視するかのように、毎日くっついてくるようになってしまいました。
正直鬱陶しいです。
……そして、正直僕は反対です。
さて、この施設の全容を九割以上解明出来た今、何故何度もこの施設に来ているのかですが、僕が行っているのは技術の解明です。もしかしたら別の手段が見つかるかもしれませんからね。
そういう意味では僕も諦めてはいません。
「……だからってこの距離での監視は感心しません」
「ダジャレ?」
「こちらは本気で嫌がっているんですけど」
「あはは。まーいいじゃん。静かにしておくんだからさ」
こちらがコンソールを操作する、その真横で無言でジーっと見続けられているんですよ? 誰だって嫌になりますよね?
「あ、いたいたー」
次はジリーさんですか。
……ここはひとつ。
「ジリーさん、アイシャさんが邪魔してきて困っているんですよ」
「えー?」「えー?」
「……えー?」
はあ……。ジリーさんの目的も覗きのようです。
「あのー、僕にだって堪忍袋の緒というものがありますからね? それに」と言いつつボールを取り出して、装置へと向け一発。
「僕はこれを壊せますから」
弾はギリギリで空中静止させましたのでご安心を。
「アイシャ、これ本気みたいだぞ?」
「っぽいね。うん、それじゃあ今日のところは引き上げまーす」
「呼ぶまで来ないでください」
こういう強引な部分がアイシャさんの悪い部分なんですけど、本人はどうとも思ってないんですよね……。
――数時間後。
「フューラさーん」
……リサさんですね。
「また監視ですか?」
「ふふっ、お昼です。アイシャさんは残りの三人を連れて、故郷にあるダンジョンに向かいました。視察だけで日帰りとの事ですけど」
「それはつまり、明日にはまた監視されるという事ですか」
「でしょうね。ご苦労様です。ふふっ」
「はぁ……」
リサさんには笑われてしまっています。
一旦手を止め、僕の作った簡易テーブルとパイプ椅子に座り食事です。見た目は皆さんが想像した現代のもので正解ですよ。なんたって僕ですから。
「その後はどうですか?」
「どうと言われても、なんとも言えません。相変わらず一部は観覧不可能ですし、人工生命体の生成技術は謎だらけです」
……ん? このお弁当、いつもと味が違います。えー……味が散らかってるといいますか、大味と言いますか。シアさんもジリーさんも料理は上手ですし、これは……。
「……これ、誰が作ったんですか?」
「ふふっ、気付きましたね。アイシャさんですよ」
やっぱり。恩を売る作戦ですか……。
僕が食べ終わる前に、リサさんはコンソールの元へ。
「触らないでくださいねー」
「分かってまーす」
まあチカもいますし、大丈夫でしょう。
食事を終え、またコンソールへ。
「フューラさん」
「はい?」
「……これは偶然なのでしょうかね?」
「何がですか?」
よいしょっと。齢三百歳を数える老婆なので座る時には声が出そうになっちゃいます。なんちゃって。ちなみに約三百歳であって実際には二百八十ウン歳のはずです。……多分。
「この施設の事です。この時代にあり、わたくしたちに発見され、そしてカナタさんを取り戻す鍵でもある」
「全て解明出来れば分かりますよ、多分。さあ、僕は集中しますので大人しくお帰りください」
「えー?」
と言いつつ尻尾振ってますよ。
「えーはこっちですよ。朝のお二人といいリサさんといい……そんなに僕の邪魔がしたいんですか?」
「アイシャさんはどうか分かりませんけれど、わたくしたちはこれでも応援しているつもりなのですよ?」
「応援……どこがですか」
呆れ声も出ますって。
「ふふっ。だってフューラさんも諦めてはいないのでしょう? その証拠に、わたくしたちを追い返すほどに熱心なのですから。ならば、気負い過ぎないようにちょっかいを出すというのも、応援のひとつですよ」
「理屈は分かりますけど、どちらにせよ迷惑です」
「まあっ! ふふっ。では本日は大人しく引き下がりますね」
本日は、という事は、また来るつもりですね。困った方々ですよ。
――リサさんは帰宅。
しかし本当に、この観覧出来ない部分には何が埋まっているんでしょうね?
現状そちらはチカに任せてあります。
「チカ、そっちは?」
「進展ぜーろー。何さこのセキュリティ、ミリ秒単位でパスコードと乱数表の生成方法ランダムで変えるって。正直わたしには突破出来る自信がナノもないよー」
「ピコでも弱音を吐く暇があるならまだ頑張れる証拠」
「うっわ、きっついブラック発言だー!」
というような会話をしているので、気負ってはいないんですよ。
「だけど王女様も言ってたけど、偶然で済ませられるレベル超えてるよね」
「それは否定出来ない。何よりも僕らがこれを操作出来ている時点で、偶然で済ませるには無理がある」
「だーよーねー。あ、そうそう。コメントアウトにこんな記述見つけたよー」
プログラム言語は未知の物ですが、そこにコメントアウトでメモされている文字は、僕たちにも分かるように変換されているんです。その部分ですね。
「えーと……」
”あほーが、見ィーるゥー”
「……チカお前!」「違う違う! わたしじゃないって! ってかそこじゃないって!!」
思わず裏の顔が出ましたが、これを皆さんに見られていたら引かれるでしょうね。
「全く。えーと……ロットファミリー著作!?」
「うん。あの勇者って、アイシャ・ロットだよね? そしてここのアクセス権限を持ってる。考え過ぎかな?」
……今僕は、小さな怒りを覚えています。
僕たちのやってきた事が、全て何者かの手の平の上だった? ……そんなの、認めたくありません。では認めないためにはどうすればいいか……。
「チカ、僕たちの時代でもロット姓の人はいた?」
「いた。わたしを作ったチームにも一人いたもん。ミリーヤ・ロットって」
「……ありふれた姓ならば偶然も充分あり得る」
「うん。だから偶然以上の価値はないと思うよ」
忘れましょう。これはただの偶然です。
――それから数日後。ペロ村、アイシャ視点。
私たちは現在、ペロ村にピンクダイヤ探しに来ています。フューラはまた施設ね。
「一日で見つかったら苦労はしないけどね」
「そうだな。そもそもここに埋まっているという確証もない。という事でレオ村長、あれ以来なにか変わった事は?」
魔族はシアに尋ねられたら恐縮するけど、レオ村長はそこまでじゃないよ。
「大きな変化というものは特にありません。それでも兵舎が出来たおかげで人の流れが出来て、お金の流れも発生し始めました。兵長さんも優しい方ですし、村からの不満は一切ありませんよ」
「あはは、カナタも喜ぶね」
「そうですね」
尻尾がよく揺れるから感情が分かりやすい。
さて始めようかなと思っていると、兵士さんが一人、急いだ様子でこっちへ。
「あー村長さん! 探しましたよ!」
っていう事は緊急かな。
「どうしましたか?」
「って勇者様もご一緒でしたか!」
気付くの遅っ!
「それでですね、調査部隊が森の中で洞窟を発見、モンスターと交戦中との連絡が入りました!」
「我々の出番だな。レオ村長は怪我人の受け入れ準備を」
「はいっ!」
顔を見合わせたり相談したりする間もなくシアが決定。もちろん私たちみんなも同じ事考えてるのでご心配なく。
――ペロ村西の洞窟。
何もない森の中にちょっとした岩山があって、そこにポッカリと洞窟の入り口があった。
既に兵士さんが数名怪我をして外で休んでるけど、幸い命に別状はない感じ。早速リサさんとシアが看護を開始。
「どういう按配ですか?」
「ああ……って勇者様!」
はい勇者です。
「モンスターの数は多くはないのですが、第二種族が多く、我々には少々……」
第二種族ってのはゴブリンに対してのブラッドゴブリンや、コボルトに対してのコボルトリーダーみたいな、基本種族よりも一段上の連中の事。
ただこれは兵士さんたちでの呼び方で、私たちは適当に、強いのとか二段目とかで済ませてます。
っともう一人兵士さんが出てきた。この人は怪我してない様子。
「あっ! 勇者様!」
はいはい勇者ですよ。
「ご報告申し上げます! 洞窟の奥に人の手で掘られたと思われる坑道を発見しました! しかし調査をするには我々は末端の兵であり装備も心もとないので、王宮に応援を要請したいと思います」
「坑道……もしかして。モーリス、ちょっと頼める?」
「うん、任せて。すぐ戻ってくるね」
モーリスが自前で転送。
帰ってくるまでの間に、兵士さんたちは全員洞窟から脱出してもらって、村で治療を受けてもらう事に。
「アイシャさん、わたくしはどうしましょう?」
心配そうな顔のリサさん。
「なんで?」
「まだ抜糸から一ヶ月経っていませんので。たまに自分で回復魔法をかけているのでもう痛みはないのですが、最終判断はアイシャさんに委ねます」
うーん……見た目はもう何も問題ないんだけど……勇者のカンが発動しません。
「なるべく戦力は欲しいところだけど、これは約束して。病み上がりなのを自覚して、あんまり派手に動くような事はしないで」
「はい、了解いたしました」
そもそも遠距離からの魔法職だから大丈夫だとは思うけどね。
しばらくしてモーリスと、そして増員の兵が……十二人。一人だけちょっといい装備を持ってるから、あの人が隊長さんだね。
「状況は先に聞きましたが、ダンジョン、という認識でよいのでしょうか?」
「入ってみてからです。分かっているとは思いますけど、こういう新発見の洞窟は何が起こってもおかしくない。みんなもだけど、細心の注意と命の覚悟をするように!」
「はい!」
とは言ってもペロ村駐在兵の装備は、言っちゃえば初期装備レベル。それでも怪我だけで済んでるから、そこまで熾烈ではないと思うよ。
もちろん一切の油断はしないけどね。
――早速洞窟に潜入。
見た目は普通の洞窟。ただ大人数での移動には少し窮屈かな。
私、ジリー、モーリスが先頭で、シアとリサさんが後方。真ん中に兵士さんたち。これはモーリスと後方の二人が照明役になれるから。
警戒はしながらだけど、モンスターの気配はない。という事は兵士さんたちが全部掃除した後なのかな。
奥へと進んで行くと、本当に人の手で掘られたような穴と繋がった。
自然の穴とは違って、すごく綺麗に掘られてるよ。さすがに木材とかは残ってないみたい。
「……モンスターに出会う前に坑道に到着かぁ。リサさん」
「分かっています。エアロサーチ!」
風を送り込んで道を調べる魔法ね。
しばらーくして、ようやく風が戻ってきた。
「これは中々に骨の折れる坑道のようですね。三班に分かれての行動を提案いたします」
「そんなになんだ。……照明役から考えて、シア班・リサ班・モーリス班だね」
とは言っても兵士さんたちには分からないよね。
「簡単に説明すると、シアはあの魔王様ね。リサさんは魔法専門だけど、ちょっと行動が危なっかしい。モーリスは読心能力があるし、きっとジリーも付くだろうから安定性は一番」
「アイシャさん、ちょっとひどくないですか?」
「あはは。でも反論出来る?」
「うっ……」
見事に尻尾が下がった。
「という感じなので、私は今回リサさんに付きます」
結果は四名ずつ均等に分かれました。隊長さんはシア班。
「三時間後、なにかがあってもなくても地上に帰還するように。それじゃあ出発!」
「おーう!」
――リサ班。引き続きアイシャ視点。
とりあえずはね。
進んで行くと、一人兵士さんが紙に何かを書いてる。
「何してるんですか?」
「ああ、地図です。何度も来るようでしたら必要でしょう?」
「あはは、なるほど」
ちなみに私は地図読める系女子です。えっへん。
「……十字路。リサさん」
「ええ。しかしその前にお出迎えですよ」
見ると、左からコボルトリーダーが二匹仲良く……右からも来た。挟まれちゃった。
「どうしよっかな」
「わたくしは左を。アイシャさんは右をどうぞ」
「おっけー。気を抜かないようにね」
「分かっています」
兵士さんたちはどうしたものかと間誤付いてる。けどこれだったらすぐ終わるもん。
あっちは前衛と後衛に分かれてる。役割分担が出来てるって事は、社会構造が出来てるって事。
「ンァオオォンッ!」
ひとつ吠えて前衛のコボルトリーダーが突っ込んできた! ので私も突っ込むよ!
フェイント代わりに軽く跳んでから一気に姿勢を下げる!
そこからカエル跳びの要領で飛び跳ねると同時に、剣を下から上に切り上げ、振り下ろされた相手の剣を弾き飛ばした。
コボルトリーダーの剣はそのまま天井に刺さり、後は唖然としてるコボルトリーダーを、右上から左下へと袈裟切りして撃破!
そのまま間髪入れず飛び上がり、前方宙返りで一気に後衛コボルトリーダーの背中を取った。あとは体ごと時計回りに半回転し、何もさせずに二匹とも撃破!
「よしっ! 絶好調!」
さてリサさんは……光の矢を飛ばして攻撃してる。あ、当たった。で、終わった。
「これくらいならば苦労しないね」
「そうですね。とはいえ」「油断大敵ね」
ちなみに兵士さんたちは目を丸くしてます。
「私たちに守られてるようじゃ駄目ですよー?」
「ははは……」
苦笑いをいただきました。
モンスターを倒しつつ順調に進んで数十分。ほとんどがコボルト種で、たまーにゴブリン種もいるって感じ。だけど二種族同時には一度もない。もしかして……って、あれ?
「あれ? どっちから来たっけ?」
考えてたら迷いました。あはははは……はぁ。
「大丈夫ですよ。こういう時のための地図ですから」
とさっきの兵士さん。
「あ、そうだった。それで、どっちですか?」
「えー………………どっちでしょう?」
「おいいいっ!」
別の兵士さんが目印を付けてたから、大丈夫だったんですけどね。
そんなこんなで進んで行くと、遂に行き止まり。
時間は……まだ半分。
「どうせだから横道も全部見て行こうか」
「そうですね。皆様もそれでよろしいですか?」
「はーい」「よろしいでーす」「おまかせしまーす」「おーけーべいべー」
なんか変なのが一人いたけど、まーいいや。
「っと、アイシャさん、これ!」
「ん?」
通路の端っこ足元を指差したリサさん。どれどれ……。
「……あっ! 宝石っ! ちょっと、掘ろう掘ろう!!」
もしかしたらもしかするかも!?
「……もしかしなかったね。あはは……」
光るものが見えてたんだけど、掘り起こしてみたら砂粒みたいな小ささでした。
「それでも一応は持って帰りましょう。ピンクダイヤならば、ここからでも順を追えばどうにかなりますから」
「分かった。……はぁ」
思わず出た溜め息に、自分自身でも期待してたんだなーって気付かされる。偶然はそうそう起こらないのにね。
その後は来た道を引き返しつつ、分かれ道があればそっちに行ってみる、という事の繰り返し。地図がないと迷うよ、絶対。
「地図見せてもらえますか?」
「はい、どうぞ」
そして兵士さんの書いた地図なんだけど、ちゃんと階層に分かれて整頓されてる。すんごく見やすい。
ただ地図に書かれた坑道に関しては、何ていうかな……。
「んー……なんか脈略なく掘ってるよね。もしかしたら人が掘ったんじゃなくて、モンスターが掘ってたりして」
って気付けばみんなで地図を覗いてるし。
「確かに違和感のある掘り方してますね。ほら、こことここ」
一人の兵士さんが指差した場所を見ると……うん、直角以上の角度でカクン! って感じに曲がってるから、思わずその先に道を書きたく……あっ。
「もしもここが六千年前の坑道だったらさ、落盤で道が塞がってるんじゃない? んで時間が経って、見分けが付かなくなっちゃった」
「……さらに広大だと? これは本格的に国に調査依頼を出すべきでしょうね」
「だね。えーっと時間は……そろそろだから、どちらにしろ一旦地上に戻ろう」
ちなみに地下渓谷や溶岩溜まりなんかないし、毒グモの巣もありませんでした。
――地上。
戻ったら丁度シア班が転送で帰ってきた。
「おつかれー。こっちは特に収穫なし。そっちは?」
「皆怪我一つない。それから妙な通路が幾つかあった。唐突に細くなっていたり、突然急角度で折れていたり。だがそれ以外は何もなかった」
「あー、こっちも変な道はあったよ。それで、ここが六千年前の坑道だとしたらさ、落盤で道が塞がってるんじゃないのかなって」
「こちらも同じ結論だ。なので隊長さんの提案で、国に調査を依頼しようという話になった」
「あはは、こっちも同じ」
という事で決定だね。あとはモーリス班を待つのみ。
……だったんだけど、そこから三十分以上待っても、モーリス班は戻ってきませんでした。
緊急事態です。
終盤突入かなー、と思いつつ、身のまわりに色々ありまして、中々筆が進んでいません。
一週間以上止まったらごめんなさい。




