第十二話 猫かぶり人かぶり
この日俺は、王様の依頼により内定調査の真似事をする事になった。ターゲットはマロードという港町の領主様。一人では心配なのでフューラも同行させた。一方シアはお留守番でアイシャに預けた。
フューラは最初、工房の事もあり嫌がる素振りだったが、「じゃあオーナー辞める」と言った途端に涙目ですがりつかれてしまった。どうやらこの一言は、フューラにとってはとんでもない禁句のようだ。
俺は参謀大臣カキアから渡されたガイドブックを確認。
「えーっと、港町マロード。王国東側に位置した海外貿易の拠点のひとつ。最近ここの領主様が悪巧みをしている様子なので、その確認をお願いします。確認さえ取れればいいので、それが終わったらさっさとオサラバしましょ……って実際書いてある」
「あはは、でも僕がいれば大丈夫ですよ。オーナーの身に危険が及ばないようにし、かつそうなれば全力を以って脅威を排除しますから」
「お前の全力は町を滅ぼしそうなんだが。言っておくが、人に危害を加えるような真似だけはやめろよ」
「分かっていますって」
大丈夫かな……フューラは結構抜けているところがあるから不安だ。
――宿へ。
俺たちはまず宿を探した。一応経費は王宮持ちだが、しかしなるべく安く済ませたい。貧乏性だな。
大通りから一本入った場所に良さげな安宿があったので、そこにした。一泊五百ブロンズ。食事は出ないが、それでもかなりお安い。聞けばこの世界の宿は総じて安く、この五百ブロンズは平均やや高めらしい。それでも日本円で一人一泊五百円だぞ? 安いファミレスならば充分腹を満たせる額だ。
「フューラは機械とはいえ女性だから別に部屋を取るか」
「いえいえ同室で構いませんよ。新婚旅行みたいじゃないですか」
「その気もないくせに何言ってるんだか」
「あはは……」
どうせ俺もこいつを襲う気はないし、経費削減という事で同室にした。
「さて、作戦会議と行きますか。と言ってもまずは聞き込みだけど」
「ですね。でもあまり大きく動くと悟られる可能性もあります。最初は別の理由をつけて話を聞き出すべきかと」
「別の理由か。……領主って男だよな? あ、いかんな」
俺の頭に浮かんだのはフューラを女性として潜入させる事。しかしいくら機械とはいっても俺の倫理観が許さん。
「僕としては全然」「俺が嫌なんだよ」
言葉を遮ると、フューラは少し嬉しそうな表情をした。それが答えだ。
「そういうものは無しで、しかし取り入ろうとしているという話で行こう。もしもの時は逃げていいからな」
「はい、分かりました」
――町をうろちょろ。
聞き込みついでに地形も把握しておきたいので、町を散策する事にした。
「町の規模に比べて人が多いな。活気があるというか、雑踏が広がっているというか」
「うーん、僕があの格好じゃなくても飛べるのならば、上空から偵察も出来るんですけどね。……シアさんを置いてきたのは失敗じゃないですか?」
「かもなー。とは言っても悪い連中がうろつく町で高値の鳥を持っていたら、それこそ危険に近くなる。足でゆっくり探すさ」
捜査の基本は足だと刑事ドラマでも言っていたからな。しかし俺は武器も持っていないし移動手段も脆弱だ。どうにかしないとなー。
道中の市場や酒場で聞き込みをしてみるが、当たりなし。隠している感じはしないので、単に知らないだけなのだろう。
しかし領主様についでの情報は手に入った。猫耳の種族であり、やはり男性。結構モテるらしく、王宮の晩餐会では人気者で有名らしい。そんな人が悪事に手を染めていたとなれば、国の恥であり王の恥だ。なるほど、これはアイシャや国が動く訳には行かないのも頷ける。
「ふぇっくしょん! ……ちょっと冷えてきましたかね?」
「フューラでもくしゃみするのか。うーん確かに日も傾いてきたし、とりあえずは一旦引き上げるか。焦ってもいいようにはならないだろうし」
焦らず急がず。といっても資金面からあまり長居は出来ないけれども。
――翌日。
今日は港方面で聞き込みをする事にした。
「賑わってるなー。これじゃあさすがに昼間の取引は無理だな。……っと、バカ発見」
まさかの真昼間から倉庫脇でなにやらやっている連中がいる。
「フューラ、心の準備しておけよ」
「はい。いつでもどうぞ」
さて、それでは連中にちょっかいを出しますか。
「ちょっといいですかー?」
あくまでひょうひょうと。
「あん? なんだてめー」
「いやー俺たち最近こっちに来ましてね、何か面白い事ないかなーと思ってるんですよ。意味分かりますよね? なんかありませんかねー?」
あえてそれが何かを言わない戦法。当たりでも外れでも相手のいいように考えられる、とても便利な言葉なのだ。これがはまったようで、連中はひそひそ話をしている。
リーダー格と思われる男が奥から出てきた。厳つい風貌に似合わない可愛い猫耳。いかん、ここで笑うと台無しだ。
「何が出来る?」
「さあ? 一応これでも元山賊ですよ。それに偉い人にも顔が利きます。とある国の王女様とも顔見知りだったりします。当然刃物も扱えますよ」
一言も嘘は言っていない。ペロ村の山賊、トム王、リサさん、そして料理が出来る。何もおかしくはないな。
「……そっちのは?」
「相棒みたいなもんです。物覚えがいい奴なんですよ」
緊張した面持ちで軽く頭を下げたフューラ。ウィークポイントにならなければいいが。
「へへっ、それじゃーテストさせてもらうぜ。東の道具屋が金を返さねぇんだ。そいつの一人娘をさらって殺せ」
いきなり殺人依頼とは、こいつら慎重さの欠片もないな。
「俺たちのやり方は人に見られたくないんで、事後報告だけでも? でなければ、人殺しは勘弁」
「うーん……」
と唸りつつ小物がひそひそ。
「分かったよ。ただし何か証拠品を持ってこい。二日後の夜二時にここで待つ」
「承りましたー」
――行動開始。
とりあえずは釣れたな。さて早速東の道具屋にお邪魔しますか。
「……んはぁー、僕ああいうの苦手です」
まるでずっと息を止めていたかのように大きく息を吐くフューラ。やっぱり緊張していたんだな。
「お前は基本的に喋らないキャラでいろ。袖引っ張って指差して手招きする程度でも会話は成立するもんだ。いっそ感情を殺してもいいんだぞ?」
「感情を……はい、その時は感情システムを遮断します」
出来るのかよ!?
さて東の道具屋に到着。さらっと中へ。
「いらっしゃいませー」
お、早速ターゲット発見……なのか? 借金こしらえた道具屋の一人娘というから、てっきり薄幸の美少女かと思ったら全然違った。道具屋なだけに売れ残りだこれ。我ながら夢見過ぎたな。一方フューラは普通にお買い物の勢い。
「ここお姉さんのお店?」
「はい。あ、いえ、父の店です。でも父は体を壊して王都で入院中。今は一人娘の私が店を守っている状態です」
ありがとう説明台詞。
「へえ。俺たち領主様の事で色々聞いているんだけどさ、何かいい話知らない?」
「え……い、いえ、何も」
知ってると顔に書いてありますぜ。ならばターゲットになったのは借金のせいではなく、口封じである可能性が高いな。そもそも借金を徴収するならば殺すよりも生かしておくべきだ。
買い物が終わったので店を後に。
「あのー」とフューラ。
「一旦持ち物を置きに工房に帰りたいんですけど、いいですか?」
「考えて買えよ、全く」
あ、いい事思いついた。
「フューラ、ついでだからおつかいだ」
――二日後の夜。
俺とフューラは道具屋の売れ残り娘を待ち構える。
「いるか?」
「……いますね」
やはりか。
「……出てきた。挟むぞ」
俺は前から、フューラは後ろから。
「どうもーお嬢さん、こんばんはー」
「こ、こんばんは……」
ナイス警戒心。カンテラの明かりで俺の悪どい笑顔を判別すると、途端に振り向き逃げようとする娘さん。もちろんそこにはフューラがいる。
「な、なんですか。人を呼びますよ!」
「呼んだらどうなるか、分かっていらっしゃるでしょうに。ここは大人しく捕まるのが賢明ですよ。なぁーにその服ひん剥いて悪い事をしようって訳じゃーないんですよ?」
我ながら全身全霊の悪い演技。
「俺はあなたの手を引きませんから、どうぞご自分でお選びくださいな」
半泣きの彼女は素直に従ってくれた。という事で俺たちは転送屋からとある場所へ。
――夜二時の港。
昼は倉庫に隠れるようにコソコソしていた連中も、闇夜の歓迎を受け港のど真ん中で猫の集会よろしくニャンニャンしている。
「お待たせ致しました」
「時間ぴったりだな。それで?」
俺の手には、彼女の身に着けていたペンダント。
「これが証拠です。正しくはこれしか残らなかったと言えますね」
「確かにあの娘のものだな」
と手を伸ばしてきたのでこちらは手を引っ込めた。
「あーこれは少ないながらの報酬として俺がもらいます。それくらいは融通を利かせてくださいね」
「……分かった」
意外と素直な子たちだ事……と思ったらそうでもない様子。
「口封じした奴を口封じと」
「そういう事だ」
ナイフやら斧やらをジャラジャラさせた連中に囲まれております。
「……ふふっ、あっはっはっ! あんたら馬鹿か? 俺たちがこうなる事を予想していないとでも思ったのか?」
「あん?」
「あんたらがずっとこっちらを監視していたのはとっくにお見通し。そもそもあんたらは前提から間違えている。誰が俺とこいつの二人だけだと言った? それくらい考えておけよ」
さて……どうしよ? 啖呵を切ったはいいが、この先ぜんっぜん考えてなかったぜ!
「面白いね、君」
うん? と声の主を見ると、いい身なりの猫耳男性。
「領主様! 今日は来ないんじゃ……」
「うん、そのつもりだったんだけど、そこの二人の話が僕の耳にも届いてね」
領主様直々のご登場だ。年齢は三十代後半か。優しい声、柔らかい笑顔とは裏腹に、その目は一切笑っていない。
「僕は人に興味はない。ただ僕のためだけに動く駒でいてくれれば、それでいい」
「――つまり。何も考えずに次の依頼を受けろと」
「話が早いね」
払うように手を振り、後ろの連中を退かせた領主様。つまり連中にも聞かれたくないという事か。
「僕からの依頼は単純だ。荷を受け取り、僕に直接届けてほしい。それだけだ」
「一応聞いておきますが、俺たちに危険なものではありませんよね?」
「はっはっはっ、それはないよ。ただのスパイスだからね。人生のスパイスさ」
口角だけ上がる嫌な笑い方。しかし餌に食いついてくれたのならば、それは些細な事だ。
「……いいでしょう。覚えるのはこいつがやるんで、口頭で全て話してください。それが一番証拠が残らない」
「慣れているんだね。それじゃあ――」
こうして俺とフューラは、領主の依頼を受けた。
――二日後の夜。
現在俺は一人だけでとある裏通りにいる。フューラは戦闘服になり、上空千メートルほどの場所で監視及び狙撃体勢にある。
フューラが言うには、自身にはレーダーもあり、百万人規模までならば常時監視および一斉精密射撃可能だという。さすが未来の戦闘アンドロイドだ。
時刻はまたもや午前二時。足音が聞こえた。
「あんたが運び屋か?」
「そうですよ」
月の明かりしかない真っ暗な裏通りだ。相手の容姿など一切判別不可能。唯一分かるのは帽子をかぶっている事と、声から男性であるという事だけだな。
「荷物だ」
「どうも」
受け取った荷物は、よくある茶色い紙の小包のようだ。見た目にしては重い。しかしそれ以外は判別不可能。俺に小包を渡した男は、さっさといなくなった。
俺はその足で領主の屋敷へ。フューラは最後まで上空監視。
事前に裏口から入れと指示があったのでそちらへ。鍵が開いており、そのまま中に入れた。ここは炊事場の裏口だな。
「ご苦労様です。小包はわたくしが預かります。あなたはどうぞこちらへ」
ピアノ線で戦いそうな執事の爺さんだ。小包を渡せば終わりかと思ったら、そのまま屋敷内に通された。
二階の一室。入ると領主ともう一人、魔族の男性。
「やあご苦労様」
執事が領主に小包を渡し、執事は部屋から去った。すると領主は俺の目の前でその小包を開封し始めた。
「いいんですか? 俺は外の人間だ。信用するには早過ぎるでしょうに」
「外の人間だから信用出来るんじゃないか」
小包から出てきたのは……木だ。てっきり白い粉や葉っぱかと思ったが、木が出てきた。
「うーん、いい香りだ。これはマタタビだよ。失礼ながら君を試させてもらったんだ」
するとドアが開き、帽子をかぶった若い執事さん登場。
「なるほどね」
確認だけ済ませると、さっさといなくなった。やはりさっきの男だな。
「ところで、もう一人女性がいましたが、彼女は?」
「念の為に俺たちを監視していますよ。この町の何処かから領主様の脳天を狙っています。もしも俺に何かがあれば、領主様の脳天には大穴が空き、そしてこの町は燃え落ちる事になります」
この猫耳領主が文字通りの猫をかぶっているのならば、フューラも文字通り人をかぶった機械だ。
「なるほど、彼女は魔法使いだったか。……僕は君に危害は加えない。約束しよう。僕も命は惜しいし、これでも領主だからね。町の人々を命の危険に晒す訳には行かない」
猫かぶりでも、一応は領主という体面は保つのか。
「君たちは合格だ。いいですよね?」
領主の向かいに座る魔族の男性が頷く。さてつまりは次の依頼だな。
「ここからは本当に口外禁止だ。港の連中にすらも言ってはいけない。ここにいる僕と、彼と、そして君しか知らない。いいね?」
「分かりましたよ」
――領主から告げられた次の依頼は、俺の想像をはるかに超えるものだった。俺はてっきりこの魔族の男性は奴隷商人か何かだと思っていたのだが、違った。
「彼は魔族の中でも貴族出身の方でね、これは僕からと言うよりも、彼からの依頼なんだ。どうだい?」
「……つまり使い捨てという事ですか」
「正しくは、生きていたらまた会おう、かな。と言っても聞いてしまったからには、逃がさないけどね。成功報酬は五十ゴールドだ。前金として五ゴールドをあげよう。ただしこの五十ゴールドが、成功後も今の価値を保っているかどうかは、保証しないけれどね」
全く、とんでもない事に巻き込まれてしまった。これをもしたった一人で聞いてしまったと思うと、ぞっとする。
「期限は?」
「今すぐという訳ではないよ。一ヶ月で準備を整え、君からの連絡が来ればこちらも動く。もしも五ゴールドで足りなければその都度連絡を寄越してくれ」
つまりこの五ゴールドは一ヶ月間の準備資金か。
「分かりました。それじゃあ明朝から準備を始めます」
「ああ、頼んだよ」
その夜は寝られなかった。そして俺の様子がおかしい事を察してか、フューラもずっと起きていた様子だった。
それほどまでに、領主とあの魔族の話はとんでもないものだったのだ――。




