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第百二十五話  資質

 三つの魔力増殖炉を破壊し、現在は中央府へと向かっています。

 しかしやはりと言いますか、魔術兵がわらわらと集まってきました。五十名近くはいますかね。しかし先ほどのエリートクラスとは違い、有象無象です。

 「さてモーリスさん、どうしますか?」

 「これも!?」

 「もちろんだ」

 「えぇー……」

 そして現在わたくしとシアさんは、指示をモーリスさんに委ねています。これが正解だと、わたくしの王女としてのカンがそう呟くのですよ。

 ……ちょっとだけ、イジワルも入っていますけどね。ふふっ。


 「貴様ら! 自らの罪を認め即刻投降しろ!」

 「まあまあ落ち着け。こちらはモーリスの判断待ちなのだ。答えが出るまで少々待ってくれたまえ」

 ふふっ、シアさんのこの余裕ぶり。殺気を隠さない相手に対して笑顔で落ち着かせようとするなんて、さすがの度胸ですね。とはいえ、わたくしとシアさんならばこの街を丸ごと吹き飛ばす事も可能なのですけど。

 ……というか、相手もしっかり待ってくれていますよ?

 「あのー、何故に皆様方も馬鹿正直に待っていらっしゃるのですか?」

 「経典にそうあるからだ!」

 ……つまりは経典からして馬鹿なのですね。

 「ぶふっ」

 そしてモーリスさんがふき出し笑い。今のはわたくしの考えを読んでしまったのでしょう。


 「でもわかった。みんな……さん。なんでみなさんは、ここにいるの?」

 なるほど、力ではなく言葉で諭そうという訳ですね。なんともモーリスさんらしい。

 「……えーっと、そこのひと」

 とモーリスさんが兵の一人を指差しました。年齢は五十代ほどでしょうか、鋭い眼光をお持ちの方です。

 「何だ小僧!」

 「ほんとうのあなたは、いまここにはいないですよね? ……まご? びょういんで、うまれそう? えーっと、となりのまちの、スミーヤびょういん、21ごうしつ」

 鋭く睨んでいた彼の表情に、明らかに大きな動揺が走りました。

 「つぎにあなた。およめさんが、ここの……ひがい? それで、おかあさんにたのんで、かぞくでいなかに、おひっこし」

 次は若い男性でしたが、これまた大当たりのようです。


 その後もモーリスさんに次々に内情を言い当てられる兵の方々。

 「ねえ、みんなのたいせつなひと、じぶんでまもらないの? モーリスはじぶんで、たいせつなひとをまもるよ」

 動揺という言葉では収まりきらないほど、皆さん目が泳いでこちらを見られなくなってしまっています。

 「え、えええーいっ! うろたえるなっ! そのガキも我らカルメルの教えとアクビ教皇の敵だぞ!」

 カルメル……はてどこかで? 聞き覚えがあるという事はメセルスタン内、恐らくはズー教団関連での時でしょう。


 ……あ、思い出しましたよ。ズー教団事件で本部に潜入していた、例の諜報員が「カルメル派に属している」と。

 「そうですかそうですか、そういう事ですか。アクビはカルメル派ですか。……余計にここを潰す理由が出来てしまいました」

 そしてそれを思い出した事で、全てがつながり、そしてわたくし自身の甘さも痛感いたしました。


 「なっ!? や、やるかぁ!?」

 「ふふっ、いいえ。皆様方には用はありません。モーリスさんに言われたように、自分の真に守るべきもののところへお行きなさい。ただし、こちらに牙を向けるというのでしたら話は別。しっかりと噛み殺して差し上げます」

 既にわたくしは臨戦態勢。しかし懸命な方も居られるようで、離脱者もちらほら。一人抜ければもう一人そしてまた一人と、連鎖的に減るものです。


 五十名近くいた兵は今は六名のみ。

 動揺の止まらないあちらを見て、モーリスさんが光文字でメッセージを送ってきました。

 (あの六人は同じ孤児院出身。どうすればいい?)

 ふむ。ならばここは「なるほど貴様らは死んでもいいと思っているようだな」っとシアさんに先を越されました。

 「もとより我らは一度死んだ身! なればこの命、アクビ様に捧げようとも惜しくはない!」

 「ほほう、言ったな? ではその命、刈り取らせていただく」


 「ちょっとまーった!」

 お? ……あー来てしまいましたか。眼下にアイシャさんとジリーさんを発見です。

 「何だ?」

 「あれがうちの勇者だよ。すまないがまた少々待ってくれ」

 「……仕方がない」

 お馬鹿経典万歳ですね。



 ――地上へ。

 こちらが降りるとあちらも降りてきました。まあ地上戦になろうとも力関係は変わりませんが。

 「何人殺した?」

 いきなりあっさりとこれです。しかし今怒られるのはわたくしのみ。

 「わたくしが十四名。モーリスさんとシアさんはゼロです」

 ……顔色を変えないアイシャさんに、剣を向けられてしまいました。

 「何で?」

 「モーリスさんが瓦礫に埋もれ重傷を負い、こちらが治療をする間に囲まれたからです」

 「どうやって?」

 「ローザクローフィを再び」

 自らの口でそれを言った事で、自らそれを再認識しまして、やはりもう少し何か別の方法があったのではないかと……。


 「……そう」

 と一言、アイシャさんは剣を鞘に収めました。

 「斬って来ないのですね」

 「だって、そのナントカってのをやったって事は、もう覚悟決めてるんでしょ? それにリサさんとシアがいて、なのに余裕なくて命を奪ったって事を考えれば、こっちが生き残るためには仕方のない部分もある。それと、もう反省してる尻尾だから」

 ……そうでしたね。わたくしの感情は顔では隠せても尻尾や耳に出てしまいますもの。


 次にアイシャさんの視線はモーリスさんへ。

 「モーリス、なんでそんな怪我したの?」

 と、モーリスさんが喋る前にシアさんが口を開きました。

 「私が代弁しよう。我々はモンスターパニックを起こす原因となっている魔力増殖炉というものを破壊するため、三方に別れ水路を進んだ。水路の中でリサさんは一体、モーリスは三体同時に大型の魔物に襲われたのだ。退路をふさがれたモーリスは、魔力増殖炉が近かった事もあり、魔力の限り爆発魔法を使用し、その影響で落ちてきた瓦礫に埋まったのだ」

 アイシャさんはモーリスさんに視線を送り、モーリスさんも頷きました。

 「分かった。……あとで三人ともジリーに怒られなさい」

 「みっちり絞ってやるからな」

 考えるだけでも恐ろしくて、声も出ません……。


 「はい、お待たせ。五対六でいいならば相手するけど?」

 あっさりとしているアイシャさん。ですが、今までから考えれば、相当に怒っているでしょう。

 「その前にこちらから一つ確認したい事がある。水路の中に魔物がいたのか?」

 「うん。おっきいイモムシと、しかくいさかなと、ひらべったいの」

 「わたくしは巨大なイカに遭遇いたしました。明らかな攻撃行動を示しましたので……この通り」

 巨大焼きイカをお披露目。

 すると最後の兵士六名が困惑した表情で、なにやら相談を始めました。

 「うん。そうだよ」

 そしてモーリスさんが謎の一言。


 六名が頷き、なにやら合意があったようです。

 「……我々はパトロール中、不審な輩三名に遭遇した。しかし爆発事故により人々が混乱をきたし始め、そちらに注力するあまりその三名をとり逃してしまった。……さて、まずはこの混乱を収めなければ」

 六名のうちの一人が棒読みでこの解説。つまるところ、我々は”逃げてどこに行ったのか分からない”という事です。

 その心変わりの理由をお聞きしたいところではありますが、しかしそれはモーリスさんからでも聞けますから、ここはこれで終わりです。

 「では我々は逃げ果せる事といたします。……人々の避難誘導をお願いいたします」

 「あーあー何も聞こえんなー。さーて人々を安心出来る場所まで誘導してやらねば」

 ふふっ、棒読みも中々に面白いものですね。



 ――ようやく中央府へ。

 道中こちらが質問する前に、モーリスさんがあの方々の心変わりの理由を話してくれました。

 「あのひとたち、すいろにまものいるの、しらなかった。きっとみんなしらない。……しってるのは、ひとりだけ」

 「あいつだけって事だね」

 「うん。それをきいて、まもるひとはだれか、かんがえて、こころがかわった。……かえられた」

 ちょっとだけ嬉しそうなモーリスさん。自分の言葉で人の心が変わり、その手を正しく差し伸べる事が出来たのですから、それは嬉しくて当然ですね。


 「アイシャ、もうひとつ話がある。我々はこの街を破壊する事にした。この街は道路が魔法陣を描いており、計画的に作られた、住民を糧として魔力を増幅する巨大な装置なのだ。元は防衛のためであると推測出来るのだが、それが悪しき者の手へと渡ればこの惨事なのだ」

 「……許可しろって?」「黙認しろ」

 即答のシアさん。ただでさえメセルスタンは小人族に厳しいとの話ですから、アイシャさんを巻き込みたくないのですね。

 と、アイシャさんは足を止めました。そして……ニヤリと笑っています。

 「みんなぁ、まだまだ私を分かってないなぁ。何で小人族の私が、わざわざメセルスタンまで来てると思ってるの?」

 何故って、やはりわたくしたちの手綱を引くためでしょうけど……。

 「……国ごと潰すために決まってんじゃん」

 あーこれは悪い顔です! 勇者様にあるまじき悪人の笑みです!


 「だーめ」

 と、冷静なモーリスさんの声。

 「みんなで、モーリスのことをきいて。プロトシアさまとリサさんは、そうするって。だから、アイシャもジリーも、モーリスのことをきいて」

 「え?」「モーリスの?」

 お二人してポカーンとしてしまいました。

 「私もリサさんも、モーリスの計画に乗ったのだ。街を破壊しアクビを退位させ、あとはこの国の人々に任せる。モーリスは人々の心が変わり、フィノスと同様の事が起こると予想したのだ」

 じっくり考えているアイシャさんですが、答えが出る前に外苑まで来てしまいました。


 毎度おなじみの組に分かれ、無線を使い会話しつつ中央府へ。

 「……分かった。私も今回はモーリスに任せる。モーリス、勇者と魔王と王女と囚人に指示出すんだからね」

 「うん。……まずは、アクビのところ」

 「了解。みんな、戦闘は最小限、命は取らないようにね」

 細かなところは結局アイシャさんが指示を出しましたね。しかし命は取るなと、やはり少々落ち込んでしまいます。

 「……ところで今更なのだが、フューラはどうした?」

 「戦力過剰だろうから、モーリスの調査を優先させた」

 なるほど。



 ――メセルスタン中央府。モーリス視点。

 まずは受付の人がいるんだね。驚かしてくるみたいだけど、もう分かってるもん。

 「いらっしゃいませ」「うおっ」「わっ」

 アイシャとジリー驚いたー。あはは。

 「職務中すまないが」プロトシア様が、銃を壁に向けて一発撃った。

 「用件はこれなのだ」

 あはは、受付のお姉さんが驚いたー。

 「あ、あの……えー……」

 「私はグラティアで勇者やってます。こっちが元魔王ね。悪いんですけど、これからここいら一帯をぶっ壊すんで、みんな退避してください」

 いきなりですっごく困ってるよ。

 「死にたくなければお逃げなさい、という事です。それを全館にアナウンスお願いいたします」

 「……は、はいっ!」


 リサさんの指示で放送が始まって、みんな一斉に逃げ始めた。僕たちは人の波をかき分けて、教皇のシツム室まで到着。

 「んと、ここはモーリスとリサさんだけでいい。みんなは、したからくるの、おねがいします」

 「お客さんね。分かった」

 「あと、すこしたったら、まちこわすのはじめて。ここはさいご」

 「おっけー。っしゃ、あたしも腕が鳴るぞー」

 みんな鬱憤が溜まってるみたいで、うずうずしてるんだもん。


 ジリーたちは先に街に行きました。

 「じゃーあけるよ」「あっ、モーリスさんすみませんが、わたくしに扉を開けさせてください」

 あはは、読まなくてもリサさんの考えが分かる。

 「うん。どうぞー」



 ――中央府、教皇執務室。

 バアアアン! ドスンッ!

 「おわっ!? こ、今度は何だ!?」

 「ふふふっ、わたくしたちですよ。アクビ教皇様」

 やっぱりやったー。前はただ開いちゃったけど、今回はちゃんと蹴り倒すのに成功してて、リサさんも大満足してる。

 「我々が来た、という事は、もうお分かりですね?」

 普通分かるよね。ドア蹴飛ばしているんだし。


 「……くくく、ふははは、あーはっはっはっはっ!」

 おーこれが噂に聞く三段笑い! 本当にやる人なんているんだー。

 「貴様らが来る事など、とっくに予想済み! そしてもちろんその対策もな!」

 (くくく、銀の魔女め、まさか自分の使った魔法で自らの魔法を封じられているとは思うまい)

 だってさ。

 「リサさんのふういんまほう、つかってるんだって」

 「なっ!?」「ほほう」

 すーぐバラしちゃうんだもーん。あははー。


 「本当にこの国のご当主様はお馬鹿な方たちばかりなのですね。自分で自分の封印魔法を破れないと、本気でそう思っていらっしゃるのですから」

 (全く、まるでわたくし自身を馬鹿にされているようで腹立たしい限りです!)

 うわーリサさん本気で怒ってる……。

 「くくく、ならば破ってみせるがいいさ!」

 「もうとっくに破り終わっていますよ?」

 (まさかそれすらも気付かないとは、哀れ)

 「……は?」

 (え、嘘だろ? そうだ、嘘だ。私を煙に巻こうという魂胆だな!)

 このすれ違いよう。僕はずーっとこういうのを聞いてきたんだよ? 面白くもあるけど、もうすっかり飽きちゃってる。


 「それ、ほんとだから。えーっと、ほーりーらいと」

 見せるのが早いよね。

 「なっ!? ……くくく、だがもう一度かければいいだけの話!」

 「お馬鹿っ! あなたは本当に馬鹿一直線なのですね! 一度あっさりと破られた封印魔法が二度効くはずがないでしょうに! こんな事、魔法を扱うものとして最低限度の常識です! あなたは入門書を一から読み直しなさい!」

 リサさんの怒号が炸裂。これは僕でもそう思うよ。だって一瞬で解かれちゃう封印魔法なんて意味ないもん。



 僕はリサさんの手を握って止めて、話し合いのために一歩前に出ました。

 「ねえ、きょうこうさん。あなたはなんでそこにいるんですか? なんでこういうことしたんですか?」

 「ふんっ、子供には分かるまい」

 (私の野望は大きいのだ。我らカルメル派こそが真であると世に知らしめ、その実権を私が握るのだ!)

 ……なーんだ、残念。もう少し人のためっていうならよかったんだけど、全部自分のためなんだもん。

 「じゃあ、それでだれがよろこぶんですか? あなたがカルメルは? をひろめて、じっけんをにぎって、だれかがしあわせになるんですか?」

 「何故私の……まあいい(どうせ子供のカンだろう)カルメル派こそが十三聖教の原初にして正統な宗派。他の宗派など解釈の後付に過ぎないのだ。つまりカルメル派を広める事こそが全ての十三聖教徒に救いを与え、世界に幸福をもたらすのだ」


 「ふーん。そのカルメルはってのになれば、しあわせになるんだ」

 「ああそうだ」

 (ふっ、所詮は子供だな。あっさりと騙されたぞ。あとは銀の魔女)

 ……いいよ。騙せたと思わせておこう。

 リサさんに目配せして……(分かっています)だって。

 「そもそもわたくしたちは十三聖教なるものを知りません。その上で宗派対立など言われてもどうしようもありませんよ」

 「……これも布教の一環か。十三聖教とは、この世界には十三の聖なる神がおり、それぞれが人間の行動理念というものを司る。そして神と共に正しく行動する者には十三神が救いの手を差し伸べ、そしてその者は幸福に満ちる。これが概要だ」

 (やけにスラスラと出てきましたね。教皇という役職名は本物のようです)

 うん。でも、だからこそ僕は、その全てを否定する。


 「つまり、そのかみさまは、じぶんかってなんだ。モーリスはまぞくだし、アイシャはこびとぞく。ずっとさべつをうけてきた。どれだけただしくこうどうしても、かみさまはてをさしのべなんて、してくれない」

 僕に手を差し伸べてくれたのは、お兄ちゃんだもん。人間のオリチカナタだもん!

 「だれかしかすくえないなら、そのうちだれもすくえなくなる。だれかすくえるっていうなら、みんなすくえないと。なのに、じぶんにいいこというひとだけ、すくうかみさまなんて、いらない。さべつするかみさまなんて、いらない。そんなかみさまなんて……そんなかみなんて! クソくらえ!」

 もう少し言葉がちゃんと使えれば説得力も出るんだけど、そこが悔しい。もっと勉強しないと。

 ……あれ? リサさんもアクビ教皇も固まってる。

 「ど、どうしたの?」

 「いえ、その……ねえ?」「ああ。正直驚いてしまった」

 (侮れませんっ!)(侮れない!)

 「ぷふっ、あははは」

 敵と味方でかみ合ってるよ。



 「しかし、だからと言っていまさら我が計画は止められん!」

 (そもそも止める気もないし、聞いた限りでは三人だったが、今は二人。たとえあとの一人がどう足掻こうとも、この街さえ無事であれば計画に支障はない!)

 ドゴオオオオオンッ!!

 「なっ、なんだ!?」

 あーぁあ。計画に支障はないなんて考えちゃうからだよ。


 「あちらも始めたようですね」「うん」

 「き、貴様ら! 何をした!」

 あーこのアクビ教皇、本当に分かってない。

 「りささん、ぜんぶいっていいよ」

 「分かりました。ふふふふふ……――」

 そしてリサさんから、僕たちの計画や兵士さん、街の人たちの考えが暴露されました。


 「――と、既にあなた様の地位は崩壊しておられるのですよ」

 「そん……まさか……」

 (私が裏切られただとっ!? カルメルのために身も心もささげた、この私が!?)

 「そのまさか。みんなね、カルメルはってひとたちも、いわないけどぜんぶわかってたよ。モーリスたちがこなくても、あなたはだめでした。モーリスたちがきてかわったのは、こころがはやくうごいたのと、つぎのひとになっても、まちがつかえなくなったこと。これって、うらぎりじゃないよ。……なんていったっけ?」

 「自滅ですね」

 あー自滅。覚えておこうっと。

 「あなたの計画は元より破綻しており、そしてこれで次へと繋ぐその手すらも切り落とされました。しかしわたくしたちは、あなたの命までは頂戴しようとは思っておりません」

 (あとはモーリスさん、どうぞ)

 「はい。アクビきょうこうには、そくじのたいい、を、ようきゅうします」

 (ふふっ)

 ……リサさんに笑われた。やっぱり今のままじゃ格好が付かないし、ジリーにも恥ずかしい思いさせちゃう。帰ったら今まで以上に頑張るぞ。



 アクビ教皇は、僕たちに背を向けて、手を後ろで組んで、呆然と窓の外を眺め始めた。街はあちこちで炎や土煙が上がってて、もう再起は出来そうにない。

 「……殺せ。私はこの地位のまま死にたい」

 声に覇気がないけど、本心だ。

 「……私が……私がどれほど努力したと思っているっ!! 田舎貴族であるこの私が、どれほどの犠牲を払ったと思っているっ!! どれほどの身銭を投げ打ったと思っているっ!! 土地も屋敷も全て売り払い、その金でようやく買えた地位がただの書記だ!! 裏金の横領もした。裏の仕事も何度もした! あのシャックリが死んで、ようやく……ようやく私はこの高みに到達したのだ!! ……だが何だ、これは……。教皇となってから、たったの三ヶ月だぞ? 一年はおろか半年すら経っていないんだぞ! こんな馬鹿げた話があってたまるかっ!!」

 泣いてる。顔には出さないけど、心ではすごく泣いてる。本当に悔しいんだ。


 ……だったら、心が動くかも。

 「もういちど、おなじしつもんします。なんでこんなこと、したんですか?」

 「そんなの……」

 動いた。

 「……何故だろうな。ああ、確かにこれは自滅だ。ははは……我ながらひどい教皇だ……」

 自分の過去を振り返って反省し始めた。これなら……。


 「こたえはききません。なんで、きょうこうになろうとおもったんですか?」

 この質問に、アクビ教皇がようやくこっちに振り向いた。

 「……逆に聞きたいのだが、子供、貴様は何なのだ?」

 「モーリスは、ひとのこころがきこえます。だからいま、あなたのこころがうごいたのも、きこえました。あとのこたえは、じぶんでだしてください」

 「人の心が読める!? はっはっはっ、ならば私はどう足掻いても勝てない訳だ。はぁー……その能力、私にも分けて欲しかったなぁ」

 「いいことばかりじゃない。かなしいこえだって、くるしいこえだって、ぜんぶきこえちゃう。だから、あなたがこころでは、ないてるのも、きこえています」

 アクビ教皇は、後ろで組んでた手をだらんと下げたと思ったら、そのまま全身の力が抜けたように膝から崩れ落ちた。

 「……死にはしない。約束する。だが、少々一人にさせてくれ」

 「うん。わかりました」

 もう心の涙が溢れそうで、だけど人前では泣きたくないんだ。



 僕とリサさんは一旦部屋を出て、階段に腰掛けた。

 「モーリスさん、本当に一人にして大丈夫なのですか?」

 「……びみょう。だけど、だいじょうぶだったら、このくにももうだいじょうぶ」

 リサさんは大きく溜め息。

 「はあ……本当に、モーリスさんは恐ろしい方ですね。わたくしたちの誰よりも敵に回したくない人物ですよ」

 「あはは。でもモーリスは、アイシャはてきにしたくない。アイシャは、ほんものだから」

 「それはわたくしも同意します。アイシャさん自身は勇者に選ばれたのをトム王様の無理強いだと思っているようですが、しかし間違いなく資質があって選ばれたのですよ。でなければここまで来られてはいません」

 「うん。だけどそれは、みんなおなじだよ。リサさんもえらばれてここにいる」

 「ふふっ、それはフィノスの一件で強く感じました。わたくしたちは何かの見えざる力によってこの時代に集められたのであると、そしてその力は我々に未来を変えさせたがっているのだと。……大げさですかね?」

 「あはは、おおげさ」

 アイシャはともかく、僕は偶然この時代にいて、偶然お兄ちゃんと出会って、偶然お兄ちゃんが助けてくれただけ。そんな大きな何かに選ばれるなんてありえない。


 「……自分は偶然いるだけだと思っている顔をしていますよ?」

 「やー、リサさんもこころよんでるー」

 「ふふっ、当たりましたか。……ここだけの話、モーリスさん自身では、シアさんの仰る魔族領次期当主という地位、どうお考えなのですか?」「むり。むーりー」

 即答しちゃえるよ。

 「だってモーリスはどれいだもん。どれだけおかしいことかは、わかってる。だから、かんがえてもいない」

 それに、僕はジリーと出会えて声が出たってだけでも、十分に満足してるから。これ以上を望んだらきっとバチが当たっちゃうよ。

 「……では王女たるわたくしの見解を正直にお伝えいたします。モーリスさんには、十分にその資質があります。わたくしも最近まではシアさんの過ぎた冗談であると受け取っていた部分があります。しかし先ほどのお話でその考えを改めました」

 (聞こえていたでしょうけれど、わたくしは本当にモーリスさんの事を、王女たる目線から侮れないと、そう思ったのです。なのでモーリスさん、奴隷出身だからなどと自身を卑下せず、素直に邁進してもよろしいのではありませんか?)

 リサさんは人の目をじっと見つめて、心の中で推してきた。


 「でも、これいじょうのぞむのが……」「怖い?」

 うん。

 「その恐怖はですね、誰しもが感じるものです。これから先、自分はこれ以上を望んでもよいのだろうか? その反動が来るのではないか? 全てを失ってしまうのではないか? ……ふふっ、だから何なのですか? それを乗り越えてこそではありませんか。人の上に立つものならば、望みは高く果てしなくです」

 「しかし道は踏み外す事なかれ」

 声に振り返ると、袖で鼻を拭いてるアクビ教皇が来た。


 「この中央府は塔になっている。そして上層階ほど役職が上がり、私のいる教皇執務室が最上階だ。ここはな、風が来ると結構揺れるのだ。いつ折れるかと不安で不安で仕方がない。上層階に来るほどに、その不安は増すのだ。……そして今回、私の悪しき野望という塔は、聖なる風を受けて折れた。……私の心が分かるか?」

 「……うん。すっきりしてる。くものないあおぞら」

 「そうだ。まあ……思うところはあるのだが、しかしすっきりした。すっきりと、反省した。そして……しかし慣れるとこの揺れも楽しいものなのだ。もう少しこの揺れを楽しみたくて仕方がなくなってしまった。君と民衆が許すのであれば、私はもう少々だけ、自らの尻を拭いきる分だけ、この塔にしがみついていたい」

 アクビ教皇は、本当に反省してる。野望に狂ってたのを認めて、その清算をしたら退位しようと考えてる。何か色々なオプションをつけて。

 「モーリスのきょかはいらないです。こくみんにきいてください」

 「承知した」

 「あと、ちゅうおうふは、ぶっこわします」

 「なっ!? ぶっはははは!! あー確かにそういう話だったな。私の次の塔は小さくなりそうだ。あっはははは!!」



 ――その後。

 メセルスタンの首府バルサレツカと中央府は、完全に使えなくなりました。

 そして実は、アイシャたちは道や空き家を中心に壊していて、住民の私物はほとんど無事でした。だから中央府を壊し終わったあと、みんな戻ってきてお引越ししたらしい。


 アクビ教皇だけど、元は本当にカルメル派を広めたいが一心だったみたい。だけどそのためには腐った中央府に大金を積まないといけなくて、そこで道を踏み外しちゃった。

 人一倍の努力家で人一倍の一直線。それが悪い心になると、野心家で強硬派になっちゃう。

 これからメセルスタンはどうなるんだろうね? それは、僕にも読めない。

 ただ一つ分かるのは、アクビ教皇はまた正しい道に戻ってこられたって事。


 「モーリスー、すげー手柄上げたじゃねーか! うりうりー」

 「あはは。だけどモーリスは、そのきっかけ。ちょっとてをひいて、みちをおしえてあげただけだよ」

 「それが出来るんだから、モーリスには資質があるんだよ」

 ……恐怖や不安は乗り越えてこそ……。

 「ジリー、もしもモーリスがまおうになったら」「あたしは女王様だね。あっははは!」

 (モーリス自身で道を見つけな。あたしはモーリスを信じてるから)

 ……うん。



モンパニ事件はこれにて終了。

のんびり回を挟んで次は、アレに挑みます。

んが! 次回以降ちょっとペースが落ちると思いますので、よろしくお願いします。

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