第百二十一話 終戦記念祭
「いよぉーし! お祭りだぁー!!」
という事でもうとっくに国中でどんちゃん騒ぎです。
さーてとー、って玄関ドアを開けたらすぐ。
「おっ! 勇者様! おめでとう! と、ありがとう!」
「あはは、そのどっちもそっくりそのままお返しします」
やっぱりこうなっちゃうかぁ。
話しかけてきた男性が軽くキョロキョロ。
「そういや魔王様は?」
「まだ王宮。これから迎えに行って、お祭りに参加です」
「そかそか! んじゃお互い楽しみましょうや!」
「はいっ!」
昨日は実感が沸くまで時間が掛かるだろうなって思ってたけど、もう実感が沸いてる。これだけみんな笑顔なんだもん。……この笑顔、私たちが作ったんだもんっ!
――王宮の広間。
「おっ、来たな」
もう皆さんお待ちかねでしたー。
「アイシャ、パレードをしたら乗るかい?」
唐突なトムからの提案。
「……あー……」「やりましょう!」「是非に!」「目立ってやるぜ!」「おまつりだもーん!」
予想はしてたけど、みんなノリノリ。うーん……この際だもんね。
「うん。分かった」
「よし、では早速出発!」
「早速って……えっ? 今から!?」
今からでした。
――パレード。
馬車の一台目にはトムと私とシアの三人。二台目にはフューラたち。三台目は四大貴族さん。他の貴族さんたちはグループに分かれて、もうお祭りに繰り出してる。
「ねえ、どうしていればいいの?」
「笑顔で皆に手を振って、知り合いがいれば指を差して確認をアピールした後、手を振るなり頭を下げればいい。それだけだ」
「って事はあんたは経験あるんだ」
「これでも元魔王なのでな!」
……妙に自信満々なところが、なーんとなく怪しい。
「というのは嘘で、実はこのようなパレードを行った事はないし、私自身出不精であった。なので余計に私の存在が神秘性を帯びてしまったのだな」
やっぱり。
「でもそれで正解ですよ。指は差さなくてもいいですけどね」
こういう時頼れるのはトムだねー。
パレードスタート。ルートは中央の大通を軽く一周で、大体一時間だって。
歩くような速度で進む馬車に、沿道のみんなが笑顔で手を振ってくれてる。
そこには種族がどうこうっていうのは全然見えなくて、そして背の小さい小人族は周りの人に肩車してもらっていたり、魔族の中には角に国旗を括りつけてる人もいたりで――。
「変わるんだ……」
無意識にポロッと口から出ちゃった。
「どれ、アイシャ」
「ん? って!?」
シアが立ち上がって無理矢理私を肩車!
……角が持ち手になって意外と安定。そして歓声も上がった。トムは一瞬焦った表情をしたけど、笑ってる。
「アイシャ、これは貴様が作り出した光景だ。確かに私やフューラたちの力もあるが、しかしアイシャ自身が進もうとしなければ、この光景はなかったのだ」
「私自身が……私、本当にやったんだね」
「ああ」
実感した。戦争が終わったっていう実感じゃなくて、それを私が成し遂げたんだっていう実感。
「……私ね、今でも小人族って部分が枷になってるんじゃないかって、思う時がある。もちろんそれも含めて自分なんだって飲み込んではいるんだけど」
「それは私も同じだ。魔族という部分がマイナスになっているのではないかと考える時もある。しかし答えは出ない」
「うん。答えは出ない。……だから、答えない。そんな問題は踏み潰してやればいい。だよね?」
「ははは、さすがは極悪勇者様だ。そして、その通りだな。踏み潰して、蹴飛ばして、捨ててやればいい。だから改めて言わせてもらう。私も貴様に助けられた一人だ。感謝している。ありがとう」
「私もだよ。ありがとう」
そしてこんな私たちをめぐり合わせて、支えてくれた人へ。人たちへ。ありがとう。
パレードは進んでいく。途中やっぱり見た顔を発見。
リビル館長に赤色帽子便の社長さんにポール・ヴァロさん、斡旋所のユジーアさんに、家探しでお世話になった不動産屋さん、魚のホネ焼き食堂の船長さんと娘さんもわざわざ王都まで来てくれていたし、ノルベルトさんにカジノのオーナーさんもいた。
「あっ! シアあれ!!」
「ん? おおっ! レオ村長にプリムちゃん! そうか、無事戻ってきたのだな!」
「落ち着いたら行こう!」「当然だ!」
そうか、亜人族の人たちもようやく戻ってこられたんだ。あはは、手よりも尻尾のほうが大きく振れてる!
「アイシャ!」
「ん? あっ!! みんなだ!!」
ロム村のみんな! 私の両親にワイロさんに、そして幼馴染の四人までいる!!
「おおーーーい!!」
「アイシャー! お父さんは信じてたぞー!」
「ありがとおーー!!」
あはは! お母さん泣いちゃってる!
「アイシャ、こっちにも見た顔がいるぞ」
「あっ、リックさんたちに……タキさんたちもいる! あはは、ミルトも元気そう」
北西ダンジョンで出会った人たちだね。まさかまた会えるとは思ってなかった。
「アイシャ」
トムが指を差した。その先には……黒ぶちまん丸メガネ!
「レイアああーー!! おおおーーーい!!」
「アイシャー! やったねー! おめでとうー!」
「私もーー!! ありがとうーー!!」
これでもかと大きく両手で手を振ってくれた。
……レイアがいなかったら、きっと私は”小人族だから”で終わってた。そうすると私はここまでやって来られなかっただろうから……あはは、間接的にレイアも世界を救った事になるね。もちろん剣の事もあるから、貢献度で言ったら一番じゃないかな?
――パレード終了。王宮。
馬車から降りて、私たちは一旦王宮内へ。
「いやーすごかったね」
「ああ。すごかった。……ってアイシャ?」
……うん、泣いてます。
今までの事が全部思い出されて、楽しかった事も辛かった事も、一杯あって、すごく、頑張ったなぁって……。
そんな私を抱きしめてくれたのは……まだみんなに見せるのは早いよ……。
「おめでとう。ねえアイシャ。オレは、いつでもいいからね。オレの目標は達成出来たから」
「……駄目。トムは、もっと王様やらないと。せめて、本当に全部が終わるまでは、私が許さない」
「ははは、分かったよ。ならばその時まで、オレは国民みんなのトム王でいるよ」
「うん」
私は、すぐに涙を止めた。自分の言葉にハッとさせられちゃったから。
「……はあ。そうだった。まだ全部終わってなかった。あはは、流されちゃうところだったぁー」
溜め息交じりなのは、全部終わってない事が残念だから。
「だけど、今日は遊ぶよ。コロスだから全員別行動でも大丈夫だよね? んじゃ、かいさーん!」
「リサさん」「フューラさん」「モーリス行くぞー」「わーい!」
「……ははは、結局いつも通りだな。アイシャ、我々も行くぞ!」
これも絆の強さなのかな? なーんちゃって。
――お祭り。
当然私とシアの勇者魔王コンビは注目の的。
「勇者様ー!」「はーい」
「魔王様ー!」「私はもう魔王ではないぞー」
あはは。
「ねえシア、魔王って呼ばれるの嫌?」
「嫌というか、もう退いたのだから、いつまでもそう呼ばれるのは分別が付かないというか……」
「だったらさ、魔王っていうあだ名だと思えばいいんじゃない? だってさ、プロトシア様だったら長いでしょ? 名字でマーレィ様ってのもちょっと似合わないし、シア様ってのもおかしいよね。だったらもう魔王様をあだ名にするのが一番だよ」
「……あだ名、かぁ。なるほど」
魔王様、ご納得。
「それにしてもこれだけの出店、いつの間に用意したのだろうな?」
「んー……だったら」
手近な出店へ。皮まで食べられる赤い果実を、飴でコーティングした食べ物のお店。
「すみません、これいつの間に用意したんですか?」
「これ? ああお店の事? あと一ヶ月で謝肉祭だからね、食べ物以外の資材は搬入されてたんだよ。食べ物も用意が始まってたし、その流用だね。って事で、はい。勇者様に魔王様。お代はいただきません」
「あはは、すみません」
これを狙った訳じゃないよ? 本当だよ?
そんな食べ物を持ちながら歩く勇者様と魔王様なんだから、あっちこっちから投げ銭のように食べ物をもらっちゃう訳です。
「も、持ちきれにゃい……」
「幾つか私が持つ。魔法で仕舞えばいいからな」
「あはは、頼むー」
ふひぃー……。
「……アイシャ、以前に……すごく以前だが、フューラがカナタに幸せを感じたと、そう言った事があるのだ」
「んー……あ、もしかして工房完成して、カナタがオーナーになった時?」
「ああ、その時だ。……あの時の私は、フューラの言った幸せを感じるという感覚が分からなかった。カナタもフューラを羨ましいと感じていたようだがな。それでだ、……私は今、この人生の中で、間違いなく一番幸せを感じている。これもアイシャが与えてくれたものだ」
「そう言ってくれたならば、私も幸せを感じるよ。……ただ、ちょっと欠けた幸せだけどね。これからこれを完璧にしなきゃいけないんだから、あんたも気合入れなさいよ?」
「はっはっはっ、これは参った。アイシャは既に先を見据えているのだな。よし、ならば私もそれに続こう。仲間として、友人として、そして家族として」
満面の笑顔のシア。私も笑顔、みんなも笑顔。
この幸せ、忘れないから。
「あっ! いたぁ!」
「んっ? あ、レイア!」
合流でーす。
「へっへーん……と行きたいところではあるんだけど、その前にっ! レイア、ありがとう。レイアのおかげで私は小人族としてやって来られた。感謝しています」
「えっへへ-んっ! でもね、それはアイシャ自身が掴み取った功績だよ。そこを忘れちゃ駄目だからねー?」
「はぁーいっ! ……あっははは!」「あははは!」
一通り笑った後、レイアは次にシアへ。
「シアさん、魔王様ご勇退、おめでとうございまーす」
「ありがとうございまーす」
ひょうきんな口調のレイアに、シアもひょうきんに返した。
「シアさん、本当にほっとした表情してる。あの会見は私も聞いてたけど、これで心から肩の力を抜けるね」
「ああ。……未だに口調は変えられないのだがな」
「アイシャと足して二で割ったら丁度いいかもね。あはは」
笑われたー。
「えー? 私そんなに言葉乱れてる?」
「今はそんなんでもないけど、学生時代はジリーさんよりも悪かったでしょ」
「そうなのか!?」
シアが本気で驚いてるし。
「てめーとか、どけーとか、消えろとか」
「ほほう。これは勇者の弱点を見つけたかもしれない」
「あぁん!?」「いやいやいやいや」
こういうところは変わってないなぁって自分でも思う。
レイアは一旦家に帰って、ご両親とお祭りに出るって。
私の両親は今頃どこにいるのかな?
「アイシャ、ご両親がいたぞ」
「ナイスタイミング」
オープンカフェで昼食中でした。
「やっほー」
「おっ、我らが勇者様じゃないか」「あいしゃあぁあぁ」
あはは、お母さんに抱きつかれた。ってかまだ泣いてたんだ。
「他のは?」
「みんなそれぞれで楽しむって。何か注文するかい?」
「ううん。シア」
もらった食べ物を出してもらった。
「お飲み物をどうぞ。サービスですのでお代はいただきません」
丁度ウエイトレスさんがジュースを持ってきてくれた。そしてお代はタダ。
「こういう事ー」
「あはは、さすがは世界を救った人物だね」「あいしゃあぁあぁ」
お母さんこんなに泣き上戸だったかなぁ?
私とシアも席に着いて、まったりモード。
「アイシャ、実感は沸いたかい?」
「うん。みんなの笑顔を見ればね。……ねえ、私が勇者認定受けるって時、二人はどう思った?」
実は私もあまり深くは聞いてないんだ。
「……今だからだけど、パパもママも、アイシャとは死に別れるだろうと覚悟したよ。――あの後ママは三日三晩泣いてたし、パパも眠れなくなった。まるで自分が一人娘を殺してしまったような、そんな気分だった」
「実はね、私も。もう実家には帰れないだろうなって、もうお父さんお母さんの顔は見られないだろうなって、泣いた。本当に、人ってこんなに涙が出るんだって驚くほどに、泣いた。自分の中ではもう死ぬ事が確定事項になってたから」
「だが、アイシャはやり遂げた」
シアが笑顔でそう付け足した。
「うん。みんなのおかげでどうにかなった」
顔を見合わせ笑い合う私とシアを見てか、お父さんがなにやら神妙な表情に。
「……ママ、いいよね?」
何かあるのかな? お母さんは泣いたまま頷いた。
「シアさん。もしよろしければ……僕たちの娘になりませんか?」
「えっ!? ……っと、話が見えないのですが」
驚きつつ困惑してるシアだけど、私も同じ気持ち。シアがお父さんの娘って……え?
「昨日の会見で、シアさんが農家の娘であるという話をしていましたよね? ならば第二の人生として、村に来て、のんびり畑を弄りながら暮らしませんか?」
私もシアもポカーンとしちゃった。まさかの申し出だもん。
しばらく沈黙した後、ガタンッ! ってすごい勢いでシアが立ち上がった。……そしてまたガタッ! って座った。表情は固まったまま。
「あ、え……驚き過ぎて、訳の分からない行動を取ってしまった。……その提案は、とても嬉しいです」
お父さんもお母さんも笑顔になった。
「……ですが、我々にはまだやらなければいけない事があります。恐らくは、今まで以上に危険を伴います。なので、答えは出せません。申し訳ない」
笑顔だった二人も意気消沈。
「そうですか。いえ、こちらとしても無理強いをするつもりはないですし、これで全部が終わった訳でもないんですね」
「はい」
「……でも、僕たちは本気です。いつでも待っていますよ」
最後はシアに笑顔を見せたお父さん。これは本当に本気だ。シアが私の姉妹になっちゃうのかぁ。……すごいね。
「おっ、アイシャー」「ん? あっ」
ジリー・モーリス組が来た。あ、そうだ。
「二人にはまだ紹介してないよね。こっちが私の両親。んでそっちがジリーに、あっちがモーリス」
「あーこれどうも」「こちらこそご挨拶が遅くなりまして」
実はちょっとだけ、ほんの一瞬だけ不安が過ぎりました。ジリーは父親恐怖症だったからね。でも普通に私の両親と挨拶して、ジリーの側から握手を求めて、笑顔。もう本当にその不安は不要なんだ。
「お二人もどうぞ」
「それじゃーお言葉に甘えます」
まあこの二人に遠慮って言葉はないよね。あはは。
「おや、アイシャさん発見」「え、そっちも?」
はい、偶然は重なるもので、フューラ・リサさん組も合流。
「えーっと、そちらはフューラさんでしたよね。という事はそちらは……リサさん、でよろしかったでしょうか?」
「はい、正解です」
にっこり尻尾を振るリサさん。
「んじゃこっちも」「あ、待ってください。……アイシャさんのご両親様でよろしいでしょうか?」
「ははは、はい、そうです」
リサさんは自分で当てたかったのね。
とは言っても、選択肢なんてあってないようなものでしょ? 私と親しそうに話す小人族なんて限られてるもん。
みんなの挨拶も終わって、一休みも終わり。
「これからどうする?」
「アイシャはご両親と回るといい。私はジリー組と合流する」
「んー……いい?」
一応みんなの承諾を得る。
「はい」「ええ、どうぞ」「遠慮はいらねーよ」「おやすみどうぞー」
みんな頷いてくれたから、今日は甘えさせてもらいます。
「それじゃあ」「どうせだから帰省すればいいじゃないですか」
というフューラの提案。うーん……そこまで気を遣わせるのは……。
「あしたかえってきてねー」
「だなー。んじゃあたしらは続きだー!」「おー!」
気を遣わせちゃった!
「ははは。まあこれはモーリスでなくても読める。アイシャ、最近は色々と疲れも溜まっているであろう? こちらに気を遣う事はないから、家族水入らずで羽根を伸ばしてこい」
「……あはは。全部お見通しなんだね。それじゃあお言葉に甘えます。明日、遅くならないうちに帰ってくるね」
「ああ、分かった」
以前シアに、気を遣われると迷惑だって言ったけど、私も同じだったね。
「いい仲間を持ったね」
「うん。私の一番の自慢だもん」
だからこそ、進めるんだもん。
――シア視点。
ジリー組と合流した私だが、フューラたちも一緒になって、結局は五人で行動する事に。
「モーリスどっち行くー?」
「んー……あっちー」「んじゃあっちー」
こんな感じで、モーリスが主導権を握っている。
「甘いでしょうかね? わたくしたち」
「甘くてもいいではないか。モーリスなのだぞ?」
「ふふっ、そうですね。モーリスさんですものね」
「ちょっと羨ましいですけどね」
私とリサさんとの会話に、フューラも入ってきた。
「自分で言うのもなんですけど、僕って不幸の塊じゃないですか。こちらに来てようやく掴んだ幸福も、こいつに壊されちゃいましたし。んー……僻みですかね?」
「ははは。フューラならば僻んでも文句は出ないと思うぞ。それに僻んだところでそれを行動に移すような馬鹿をしないのは、皆分かっている」
「何度もした話ですものね。わたくしたちはそれぞれなのですよ」
「あはは、そうですね」
我々に同一の種族はいない。私とモーリスは魔族ではあるが、モーリスは獣人族とのハーフであるし、時代も六千年離れている。
と、こちらの心情を読んだか、モーリスが来た。
「みんなちがって、みんないい。だから、みんないる」
……これに勝てるか? 否だ。大いに否なのだ。だからこそ私は、この小さな大物を魔族領の次期当主へと推したいのだ。
「モーリスは、みんなといっしょがいちばん」
「王になる気はさらさら無いと?」
「うん」
「……ははは、これは大変な根比べになりそうだ」
するとまたイタズラそうに笑って、ジリーと手をつなぎに戻った。
「……もしかして」
リサさんが思慮深い声を出した。
「フューラさん、今度モーリスさんの精密検査をお願い出来ますか?」
「僕は構いませんよ。後はモーリスさんに聞いてくださいね」
「承知しました」
と、リサさんは早速モーリスの元へ。そしてモーリスはこちらに振り返り、力強く親指を掲げた。
リサさんがあのような声を出して訝しむと言えば……もしかして?
フューラを見ると、目が合った。今の私と同じ表情だ。つまり……。
「第九種族」「ですよね」
やっぱり。
考える事は色々あるが、こうして終戦記念祭の第一日目は終了した。
……そういえばこの祭り、いつまでやるのだろうか?
終戦の余韻に浸るまったりタイム。
各国の国賓方が出てこないのは、本当に急遽決まったお祭り&パレードだから、という事になっています。別の理由がある国もある様子ですけど。




