第百三話 ダンジョンの八人
――現在は第十八階層。
セーフスペースで一泊を決め込んで、相席した四人グループにご挨拶したところ、こっちの用事が済むまで即席パーティーを組む事になりました。
相手方のメンバーは男性剣士のリックさんとバザードさん、エルフの女性魔法使いのエルリアさんとウサギ獣人族で女性弓使いのアキさん。
「シアとレイア、あっちと一緒にいる限りは絶対にシアの正体を気付かれないように。動揺させたら死ぬ可能性が増えるよ」
「分かった」「ああ」
若干不安そうな二人を抱えて、私たち八人は、最後のセーフスペースである二十四階を目指します。
――第十九階層
余裕を持てる最後の階層がここ。
「アイシャ」
「はいはい解説ね。ここでの新しい敵はいない。代わりに十階層からここまでの全部の種類が出てくるから、組み合わせ次第では中々に凶悪になるよ」
なんて話してると、弓使いのアキさんが振り返ってこっちに。
「ふふっ、私たちもそれほど弱くはありませんよ。なのでここで倒れるという事はないはずです」
……なんかすごく気品あるんだけど。もしかしてご令嬢? なんてさすがに聞けないから、とりあえずレベルだけでも聞いておこうかな。
「んーっと、私はレベル80超えてるんですけど、みなさんは?」
「私たちは全員60台です。私は現在67ですね」
「だったら充分ですね。数の暴力で蹂躙していきましょうか」
「ふふふっ! 勇者様は面白い方なのですね。私のお気に入りに登録です」
そういうアキさんも中々面白い方なのでは?
そしてこの十九階層では有言実行、出てくるモンスターを片っ端から倒していき、なんとも特記する事がないほどにあっさりと下り階段まで到着。
「っしゃ、順調順調!」
「あ、でもちょっと。第二十階層からはグラスワームが出てくるんですけど、私あれすごく苦手なんですよ。何たって背が小さいので。なので、出てきたら私は戦力外だと思ってください」
「あー確かにあいつらはツルで捕縛して一飲みだからな。おっけーその分俺らが稼がせてもらうよ」
「すみませんがお願いします」
これで私の不安は一つ解消。
グラスワームっていうのはピグミー村に出たローズワームの親戚で、あいつらの基本種族。見た目はピンク色の花が咲いた頭を持つ白いイモムシ。基本種族といっても環境が違うから、強さは多分こっちのほうが上。実はルシェイメのダンジョンで一回出てきています。
私は……口には出せないけど、以前にスカートだけじゃなくてパンツにまで触手を突っ込まれた事があって、それ以来大の苦手です。
あ、そいつ? 全力で燃やしてやりました。あはは。
――第二十階層
「んでいきなり出てくるのな。ははは」
苦笑いのリックさん。だって階段を下りたらグラスワームが出待ち状態なんだもん。
「私たちもいいところをお見せしたいですし、ここはこちらだけでやらせていただきます。行きますよ!」
「っしゃ!」「いくでー!」「……っ!」
あちら四人が対峙。こっち四人は……シアが混ざりたそうだけど、手を引っ張って止めておいた。
「花を持たせるつもりか? グラスワームなだけに」
「突っ込まないよ。あの即席四人も結構やりそうだから、実力の確認が一番」
「なるほど。ならば大人しくしていよう」
さて、お手並み拝見。
「すっ、すぴきゅーるっ!」
エルリアさん初めての台詞です。火属性の中級魔法かな? グラスワームは草と虫だから効果はテキメン。
「うおおおあちいいいい!!」「火力つえええ!!」「あっつっ!!」
あはは、周りの三人にまで影響出ちゃってるよ。
「モーリス、かるーく冷やしてあげて」
(うん)
足元にうっすら霧が出て、いい感じにひんやり。
その後は四人とも持ち直して、しっかりとグラスワームを撃破。
「おつかれさまー」
「ふひー熱かったー」
手で顔を扇ぎながらリックさんが戻ってきた。
「……ごめんなさい……」
「あはは、責めてる訳ちゃうで。ただちーっとばかし強火だったっちゅーだけやから」
バザードさんのフォローに、無言で頷くエルリアさん。
「さて、勇者様から見て、私たちはいかがでしたか? 率直なご意見をどうぞ!」
次はアキさん。なんか目が爛々としてますけど。
「うーん……少なくとも私たちよりは連携が取れていましたね。即席でこれだったら、いっそ正式にチーム組んじゃえばいいんじゃないかな?」
四人顔を見合わせて考え中。
「……まあ、確かに結構いけてるんじゃねーかなーとは思う」
「せやな。なんやかんやで息合うしな」
「……うん……」
「私も賛成です。まあ正直に言いますと、最初から”おっ”とは思っていました。うふふ」
なんだ、私に聞くまでもなく四人ともその気なんじゃん。
(うん)
モーリスからの確証も出たと。
「男女二人ずつだし丁度いいかもね」
「レイア、そういう事を言うからお互いが意識してしまうのだぞ?」
「えへへー」
(……ううん)
あーそういう気で即席パーティー組んでるんじゃないんだ。なんか面白い。
歩いている最中、バザードさんから質問。
「せや、ワイらは60台やけど、そっちのレベルはなんぼなん?」
「私は80台。……あ、そういえばみんなずっと確認してないね」
入る前に確認するべきだったなぁ。うかつだった。
「私は本気を出せばアイシャと張り合えるぞ」
「……じゃあ後で本気の殺し合いしよっか?」
「いやいやいやいや!!」
大焦りで手を振って否定するシア。うん、こういう反応をしてくれると弄り甲斐が出てくる。
「……じゃああれ、勇者様に任せてもいい?」
えーっと、ゴールドアーマーが一体とプアリッチが一体、オークリーダーが一体の合計三体。
「うん、分かりましたー。んじゃシ……マーレィ行くよ」
「承知した」
危ない危ない。私がやらかすところだった。
「私はゴールド。残りはあんた」
「分かった。バレットタイタン!」
まずはオークリーダーから始末するつもりだね。だったら負けてられない!
「お先!」
突っ込む私に向かってプアリッチが火の玉を投げてきた。ならば打ち返すまで!
「うりゃっ!」
剣の腹で打ち返してやったら、偶然にも真っ直ぐプアリッチに飛んでいって直撃! 自分でも驚いたけど、こんな事出来るんだね。
「黒き風よ我が剣となせ!」
風属性付与。黒い竜巻が刃を回っていて、風を投げつけて遠距離攻撃したり相手を吹っ飛ばしたり可能。見た目が黒いから闇属性っぽいかなーって。実際はもちろん風属性です。
金の剣を垂直に振り下ろしてきたゴールドアーマー。だったらその剣ごとあんたを吹っ飛ばす!
かち上げるように下から上へと振って相手の剣を抑え、同時に一気に吹っ飛ばしてやった。これが本当に綺麗に入って、ゴールドアーマーは頭から天井に突き刺さった。
「モーリス、これ処理しといて!」
んで私は倒しきれてないプアリッチを掠め取ります!
「骨になれ!」
と一撃しようとしたら、プアリッチの頭を光の弾が直撃。もう止まらないから私も振り抜いたけど、ちょっとの差でシアが倒した。
「ふう」
「アイシャ、来るならばそう言ってもらわないと」
シアがちょっとだけ語気を強めてきた。
「あはは、ごめん。なんかあんたに取られるのが癪に障って」
「……やはりまだ私とアイシャとの関係は変わらないのか?」
「あんたが魔王を辞めない限りはね」
残念がるシア。でもいわゆる勇者と魔王の関係じゃないんだから、気を落とす必要はないんだけどね。
(――――――――、――――)
「うん、ありがとう」
ゴールドアーマーはしっかりとモーリスが倒してくれていました。
「まー私たちはこんなもの。バラバラだったでしょ? あはは」
って笑ってから気付いた。私シアの事を魔王って呼んじゃってる!
「そうだなー、なんか俺らのほうが強い気がしてきた」
「あかんでーそういうの。っちゅーてもワイもやけど。あはは」
剣士二人に笑われました。っていう事は気付かれて?
(……はあ)
モーリスが溜め息交じりに首を振った。あ、そうなの……。
「んー……うん、白状します。こいつ、魔王プロトシアです」
「あ、アイシャ!?」
「仕方ないでしょ。モーリス曰く全員気付いてるらしいし。ですよね?」
四人ともホゲーっとしたなんとも言えない、空気のような表情。
「……知らんかった」「初耳や」「……驚きました……」「貴女があの……」
あ、あれ? モーリス??
(―――――――、――――)
気付かれてないって意味!? うわーやらかしたー!!
「はあ。えー、そういう事で、私が六千年前に色々やらかした魔王プロトシアです」
「本人?」
「本人です」
その後はいつものように今までの事を話した。
「――ほへぇーなーんだ。んじゃー警戒する必要はないな」
「せやな。っちゅーか、結構なベッピンさんやん。勿体ないわ。……胸もないわ」「胸の事は言うな!」
「……ぺったんこ……」「だから胸の事は!」
「あははっ、そうなのですか! 魔王様も色々と大変なのですね。うふふっ!」
「うぅー……」
何だかんだであっさりと打ち解けてくれました。
するとシアから四人への質問。内容はやっぱりあれ。
「現代に生きる皆からして、六千年前の出来事と魔王プロトシアとは、どういったものなのだ?」
四人はそれぞれで考えてるみたい。
「……伝説……かな……」
最初はエルリアさん。
「んー、せやろな。っちゅーか、今更やな。この前の戦争かてあんたが指示した訳ちゃうんやろ? せやったらそれはただの”一つの戦争”や」
「ええ、私もそう思います。あれはあれで一つの戦争で、六千年前の戦争とは関係ありません」
「そうだなー。ま、驚きはしたさ。でも俺ら一般市民からしたらあれはただの伝説で、魔王様もただの伝説上の人物。だから本物だったとしても、勇者様の話があればみんな納得すると思うぜ」
きょとんとしてるのはシアだけ。私もモーリスもレイアも、にやけ顔。
――第二十一階層。
「ここは狭い。階層全体がね。その分大変でもあるんだけど」
「そうみたいだ。早速のご来客!」
うわっ、グラスワームだ……。
「勇者様は周りよろしくね」
「あ、はい」
うーん、私が足引っ張っちゃってるなー……。
(――――)
適材適所だって。まあそうなんだけど、戦力外っていうのは結構もどかしいっていうか何ていうか……。
(――――――、――――――――)
カナタも今の私と同じ事考えてた? あはは、だったら私はやれる事をしっかりこなさないとだね。
あっちの四人はグラスワームと戦闘中。こっちは周囲の警戒だけど……あーやっぱり追加だ。
「ガイコツだな」
「スカルリベンジャー。見た目はスカルヘッドとほとんど変わらないけど、明らかに強いよ。魔法も使うし動きも素早いから警戒して」
スカルヘッドとの違いは……ちょっとだけ浅黒くなってる程度かな? でも出てくる階層を考えたら危険さは言わなくても分かるでしょ?
「白き光よ我が力と成せ! 一気に行くよ!」
「ヘヴィロード! これで動きが遅くなるはずだ!」「さんきゅー!」
例え動きが遅くても、その分魔法を使う。こいつは結構頭いいんだよね、頭蓋骨だけの癖に。といっても近付かないとこっちが攻撃出来ないんだから、一気に距離を詰めるよ!
来た! 氷を連射してきた!
(――――!)
モーリスが私の妨げにならない程度に防壁を張って魔法を防いでくれた。さすが分かってらっしゃる!
さあ充分接近!
さっきのシアの魔法はしっかり効いてる。これならば一撃でいける。あとはパッカーンと割ってやるだけ!
「もらったあっ!」
下から上へと跳ね上げてやった。これは跳んで上からでは隙が出来て、こいつには愚策だから。
私の一撃はきっちり頭蓋骨の中央を捉え、顎から鼻筋を通って頂点へと抜けた。撃破!
「よしっ! 二人ともいい仕事してたよー」
パチンパチンと二人とハイタッチ。シアもモーリスも嬉しそう。
「ははは、やはり褒められるというのは嬉しいものだな」
(うん。――――――――)
一人前になった気分だって。
「こっちも終わったぞ。……なんか落ちてるよ?」
「え? あ、ほんとだ」
向こうの四人も無傷で切り抜けたみたい。それでスカルリベンジャーの落し物だけど、白い指輪。今のところ価値は分からないね。
進行再開。シアはあっちの四人と世間話。
「そっちは稼げているのか?」
「ボチボチ。今もこんな花の髪飾りをドロップしたぜ?」
白い花が綺麗な髪飾り。フューラにはいいかも。シアもまじまじと見てる。
「ほぉ……ってそれ! 着けるのは絶対にやめておけ!」
「あはは、分かってるよ。こいつは呪われてる。俺らだって素人じゃねーんだぜ?」
「そ、そうか。ははは、すまない」
何も知らずに着けたら呪われていて外せなくなりましたー、ってのがある。だからダンジョンでの戦利品は使う前に必ずコノサーに見てもらう。冒険者の常識です。
狭い二十一階層は敵も多いけど、でも下り階段もすぐ見つかる。
「次が”あの”二十二階層か……」
「うん。”あの”二十二階層」
知ってる四人と私には緊張感が漂っていて、知らない三人はそんな私たちの緊張を察して緊張してる。
――第二十二階層。
「……すごいな、これは……」
第二十二階層は到着してすぐ崖になっていて、そのはるか眼下には青白く輝く巨大な地底湖が鎮座している。
「ここが王都北西ダンジョンで一番綺麗で、一番怖い階層。もちろん落ちたら死ぬよ」
この階層は地底湖を囲む下り坂を、湖岸まで反時計回りに一周、延々と下っていかないといけない。しかも他に道はない、完全な一本道。
一応いつの時代のか分からない鉄の柵はあるけど、もうボロボロで役割を果たしてるとは言えない。つまり戦闘中にこの柵に触るっていう事は、イコール死を意味する。
もちろん一本道だから出会った敵は片っ端から倒さないといけないし、二十二階層なんていう深い階層にいる敵がそうそう簡単に倒れてくれるはずもない。そして何より、常に高低差のある挟み撃ちの危険性をはらむ。
これが、この二十二階層が有名な理由。
「いい? 遠距離攻撃の出来る人は対岸の敵も視野に入れて」
「……私か?」」「シアじゃなくて視野! ってかあんたも遠距離なんだから仕事しなさいよ。あんたの頑張り次第でここの難易度は大きく変わるんだから」
シアは気の抜けた表情から、しっかりとした真剣な表情に変わった。
「分かった。私とて勇者の仲間、誰一人として欠けさせはしない」
「へへ、頼んだぜ魔王様」「ワイの命預けたで」「……うんっ」「がんばりましょうっ!」
いつの間にかあっちの四人とも信頼関係が出来てる。これならば私の心配は不要かな?
下り始めて早々に一体目。
「でかっ!」
スレイブオーガ。オーガの癖にオークよりもでかい奴で、それだけ力も強い。頭脳は到底あるとは思えないほどだけど、この一本道では”後先考えない”っていう事も充分な武器になる。
外見の特徴としては、これくらいの上位種族の例に漏れず、体全体が青い。
「モーリス、タイミングがあったら崖に突き落としてやって」
(うん!)
こっちが落ちるっていう事はあっちも落ちる。これも重要な作戦の一つだよ。
「よし、行くぞ!」
リックさんの号令で私たち剣士が一斉に飛びかかる!
前衛のリックさんとバザードさんが動きを抑えて、私が回りこんで右足に一撃!
これでスレイブオーガは右に傾いて崖を落ちやすくなる。
後はモーリスが、ってさすが! 防壁で押し出して崖っぷちへ。
「まかしとき!」
最後はバザードさんが切り捨て、勢いでスレイブオーガは崖下へ。
「……うん、落ちた」
レイアが覗き込んで確認。これでまずは一勝。
「あっさりやな」
「俺らだけじゃねーからだよ。ったく、運がいいぜ」
「あはは。でもそれはお互い様ですよ」
人数がいるからこそ押し通せる。窮屈なのは仕方ないけどね。
「なんて言ってる間にもう一戦追加だ」
「うげー、っておい! 後ろからも来てるで!」
「序盤で挟み撃ちかよ! ったく、運がいいぜ!」
前にはオークリーダーが三体、後ろはさっきと同じスレイブオーガ。でかいのに挟まれた。
「……突破、するべき」(うん)
エルリアさんの提案に、間を置かず頷いたモーリス。これは決定だね。
「勇者様、俺らの命全部預けた!」
「重いなぁ。でも預かった。それじゃあまずシアは前走って少しでも敵減らして」「承知した」
「その後ろを私とリックさんとエルリアさん。道をさらに開ける」「っしゃ!」「がんばる!」
「弱いモーリスとレイアは中央で全方位警戒」(まかせとけ!)「役割は果たすよ!」
「アキさんとバザードさんは最後尾。だけど追いつかれない限り後ろの敵は無視!」「やったるで!」「本気で行きます!」
「よし、突っ込むよ!」
各々返事をして、一気に駆け出す私たち。
スタートしてまずはシアが乱射を開始。いい感じにオークリーダーを一体撃破したけど、弾最後まで持つのかな?
「そにっくぶーむっ!」
エルリアさんが風の刃を飛ばして中距離攻撃でもう一体撃破! 言いたい事はあるけどそっちに思考を回す余裕はないよ。
「うおるあああっ!!」
リックさんの雄叫び。その力強い声に相応しく残りの一体も撃破して、前方がクリアになった。
「後方は遅いので、さっさと進みましょう!」
「了解!」
後は本当にがむしゃらだった。自分の安全を確保するので精々だった。だから半分を超えても余裕はなくて、あんな事になっていただなんて――。
Q.暗い洞窟の地底湖が青白いのは何故?
A.フィクションだから。
そういえば何故かいきなり伸びましたね。どっかで晒されたのかな? 怖い怖い……。




