第九十八話 一難去ってまた一難
――グラティア王宮、玉座。
「――って感じだから、よろしく」
色々あった今回の事を、しっかりとトムに報告。
トムは一見して平静を装ってるけど、ああいう顔する時って大抵本気で心配してるんだ。それできっとシアが自分のせいだって事にしちゃう。
「はあ……分かった。でもアイシャ、俺が本当にどれだけ心配したか」「あートム王、それは私が聞き受ける。最初に行くと言い出したのは私なのだからな」
ほらね?
「二人とも心読みやすいんだから。はっきり言いますけどね、私たちは帰ってきたの。それ以外に何か必要? ないでしょ? じゃあこの話は終わり」
「終わりって……はあ、アイシャには敵わないか」
トムが溜め息をついて、心配のするしないって話は終了。
そしてトムの目線はリサさんへ。
「しかしリサさん、いやリサ王女。おめでとうございます」
「ふふっ、ありがとうございます。今回の事で、やはり我々は集うべくして集ったのだと確信いたしました。もしも一人でも欠けていれば、我々は今ここにはいないでしょう」
「ううん、唯一あんまり仕事してないのがいるよ?」
みんな誰だ誰だって疑う表情。面白い。
「正解は、私。実質的には何もしてないのと同じだもん」
「アイシャは私を」「それも。だって夢なんだから」
驚いた顔のシアだけど、すぐ笑った。
「分かった。どう取るかは任せる。しかし私としては夢であっても命を救われたのだと信じるからな」
「うん」
トムが顎に手を当てて考えてる。何か来るよ、これ。
「……未来を知るというのは、ある種の劇物であるとは思うんですが、個人的にどうしても一つ聞いてみたい事があります。リサさん、一千年後の未来には、この国は、この大陸はどうなっているのですか?」
やっぱり来た。私も興味はあったけど、ずっと聞かないようにしてたから。
リサさんの表情は、真剣そのもの。
「覚悟はおありで?」
「……はい」
トム、緊張してる。
「皆様も覚悟はよろしいですか?」
「私たちも? ……うん。今更引き下がる気はない」
みんな頷いた。でも、後悔する事になった。
「ではお答えいたします。まず既存の七勢力は一つも残ってはおりません。フィノスからチェリノスへと変わったように、領土はあまり変わりない国もあれば、跡形もなくなっている国家もあります。……ラフリエ、メセルスタン、そしてグラティアが該当します。そして現在の魔族領ですが……シアさん、改めて確認いたしますが、本当によろしいですか?」
「ああ、構わない」
一層厳しい目になった。怖い。
「一千年後の未来には、魔族領という名の場所は存在しておりません。国家体系という話ではなく、土地そのものの話です」
「土地そのもの……おいおい待て! あの広大な土地がそのまま消滅したとでも言うのか!?」
「正確にはその大半が海の底に没しております。およそ一千年ほど前に、原因不明の世界規模の巨大な地殻変動が発生し、大陸も、魔族領も、そして広大な海すらもが姿を変えたのです。ですから先ほど申しました”跡形もなくなっている国家”とは、土地そのものの話なのです」
突然のあまりの話にみんな固まっちゃった。そして、それが起こるのがリサさんの時代から約一千年前の、この時代……。
「……ねえ、トム」「ああ、分かってる。オレも同じ気持ち」
後悔した。本当に未来は劇物だった。それが、この時代で起こる。
……引き金を引くのは……私!? ……嘘。嫌だ。勇者のカンを、否定したい……。
「ふふっ、でもご安心なさいませ。この大厄災による直接の死者は、一万にも満たないのです。なぜならば、その地殻変動は十年以上の歳月をかけてゆっくりと起こった。皆が逃げる時間があったのです。そして、その逃げた先こそがチェリノス。わたくしがレオニート様に、両手の指では収まらない数の戦争が起こると申し上げていたのは、難民の受け入れによる戦争の事なのです」
「……だからって笑わないで。そんな事実、受け入れられない。……なんで……」
「何故かは不明です。さあ、どういたしますか? 未来を受け入れるか、変えてみせるか」
「……やめてよぉもう……」
その言葉の意味を理解して、私は空気が抜けたように座り込んた。
なんか、色んなところの力が抜けて、立つ気力がなくなっちゃった。だから出た声は、呆れ声。
――帰宅。
帰ってきたーって喜ぶ間もなく、ソファに倒れ込むように座って、私もシアもぐったり。ただでさえ体力が回復してない状態で無理をしたから、もう動く気力もありませーん。
「悪いんだけど、今日は私下で寝る。モーリスと交代ね。もう階段上がる気にもならない……」
(うん。――――――)
モーリスがお疲れ様って。そして私とシアの頭をナデナデ。
……モーリスってさ、女たらしの素質があるよね。
(!? ――――――!)
あはは、ジリー一筋だって。
「そういえば夢では……って、シア寝てるし」
仕方がないから、ジリーがお姫様抱っこでシアを部屋のベッドまで連れて行ってくれた
まあ、間違いなく今回一番活躍したのはシアなんだから、これくらいは何とも思いません。むしろお疲れ様って思ってる。あとありがとうって。
「んで、夢ではって?」
ジリーが戻ってきたら即これ。
「夢ではモーリスは喋れてて、しかも双剣使いでかなり強かったんだ。そしてそれをジリーに褒められて、返しが「それじゃあ結婚してください」って」
「へえ。……えっ!? けっ、結婚っ!?」
飛びのけるように驚いたジリー。
「それで? ジリーはそれに対してどう返しますかー?」
「ばっ、馬鹿野郎っ! あ、あ、あたしが、そそそそそんな、けっ、結婚とか、そんなそんな……」
大焦り! 可愛いんだからーっ!
「それじゃあモーリスは?」
って聞いたら、十秒以上の長い沈黙のあと、笑顔で首を横に振った。
……なんか聞いてごめん。
――その日の夜中、リビングにて。リサさん視点。
皆さんが寝静まった後、わたくしは少々月を見上げる事にいたしました。
思う事は様々あります。言えない事もありますし、聞けない事もあります。
……しかし、わたくしの出自が完全に固まった現在、わたくしは次の段階へと進む覚悟をしております。
それは、ジリーさんの出自を決定付ける事。
我々の中で唯一いつの時代から来たのかが分からないのがジリーさん。それだけではありませんね。ジリーさんの出生には謎が多々あります。
「んああぁぁあ……あんれ? リサさんじゃねーか。なぁーに月を見上げて感傷に浸ってんだい?」
噂をすればなんとやら、ですね。ジリーさんが体を伸ばしながら登場です。
……この際です、一つだけでも確定させておきましょう。
「ジリーさん、月はご存知ですか?」
「刃物を真っ直ぐ?」「それは突きです」
「女には必ずある」「それは違うツキです」
「従者の事」「お付きですか」
「運の?」「尽き」
「幽霊?」「憑き。そろそろいいですか?」
冷めた視線を送らざるを得ません。
「あはは、ごめん。えーっと、あそこで光ってる、あれの事?」
「ええ。ジリーさんが最初に月を見たのは、いつですか?」
「心理テストならやらねーよ? あたしあーいうの信じないタイプだから」
「いいえ、わたくしは本気で聞いているのです」
ジリーさんがわたくしを煙に巻こうとするのは、なんとなく予想していました。
「はあ……分かった。えーっと、最初はあたしが父親を殺して地下室から脱出した日だね。訳も分からず何かから逃げ回ってるうちに空が暗くなって、あたしは自分を閉じ込めるために周りが暗くなったと思った。けど、あいつだけは光ってくれてたから、どうにか壊れずに済んだ」
「……すみません」
「あはは、謝る必要なんてねーよ。あたしはもう過去の事は……」
ジリーさんがうつむいて止まってしまいました。
恐らくはロステレポをした際に、何かがあったのでしょう。各々どうやって集まったのかという話はまだしていないので、明日改めてすべきですね。
「ジリーさん、その時の月は、あの月と同じですか?」
「……だと思うよ。よーく見ると柄があんだろ? それが同じだから」
確定ですね。
「ジリーさんはこの世界の、この星の人ではないかもしれないという不安を持っておられますよね?」
「まあ、正直に言えば」
「ならば、それは杞憂です。夜空に浮かぶあの月は、唯一無二なのですよ。この世界のこの星からしか、あの柄のあの月は望む事が出来ないのです」
月をじーっと見つめるジリーさん。
「……そっか」
表情は変わりませんが、喜んでいます。そういう雰囲気が漂っているのです。
わたくしも並び、月を見上げます。
「月が綺麗ですね」
「……ぷっははは! リサさんさー、その言葉の意味分かってる?」
「え?」
面白がっているジリーさん。何なんですかね?
「まあ知らなくて当然なんだけど、あたしのところではね、女性に「月が綺麗ですね」って言うのは、愛の告白の常套句なんだよ」
「……つまりわたくしがジリーさんに愛の告白をしたと。……ふふっ、それならば笑われても仕方がありませんね。あ、わたくしはそのような気は一切持ち合わせておりませんので悪しからず」
「あたしだって。んじゃー普通の意味で、月が綺麗ですね」
「ええ、わたくしもそう思います」
話も一段落したところで、別の不安を打ち明けられてしまいました。
「愛の告白でちょっと一つあんだけど……えーっとさ、さっきシアの夢の話で、モーリスと……結婚がどうこうって」
「決めたのですか?」
「ちっ、ちがうって!」
ジリーさんは、焦る姿が可愛いのです。
「……モーリス、さ。……首振っただろ? あれって、どういう意味なのかなって。あたし恋愛とか全然分からないからさ、……嫌われちゃったのかなーなんて、思ったり……」
「なるほど。ジリーさんとしてはあの場面、モーリスさんは茶化された後、ジリーさんの手の甲にキスをして、結婚してくださいと、そうなると思ったのですね」
「そんな感じ。我ながら恥ずかしい想像だけどね。でも実際は否定されて終わり。んで、考えようにもさ、部屋同じになったじゃん? だから、ちょっと逃げてきちゃったんだよ」
難しい話ですね。
「わたくしからは何とも言いがたいですね」
「……はあ、リサさんもか。王女様なんだから、あたしよりも恋愛経験あるかと思ったんだけどなー」
「ああなるほど、それで今打ち明けたのですか。……残念ながら、わたくしには未だ男性の影はございません」
「え、処女なの?」
「………………」
直接言うのはいくらわたくしでも恥ずかしいです!
「お呼びですか?」「わっ!?」「うおっ!?」
「……んもう、フューラさんったら……」「心臓止まるかと思った」
「あはは、すみません。それで、処女という言葉が聞こえたんですが?」
わたくしとジリーさんは顔を見合わせ、そして間違いなくややこしい事になると確信。
「いや、フューラには関係ないから」
「ええ、フューラさんとは無関係の話です」
「……なるほど、四十八手の指南ですね分かります」
「しじゅーはって?」「しじゅーはって?」
ジリーさんと声がかぶりました。
「セックスでの体位の事です」
「せっ!?」「くす!?」
あーもう最悪です。もうさっさと引き上げましょう。
「ジリーさん寝ますよ。フューラさんも何故この時間に起きるのですか、全くもうっ」
……い、いえいえ。興味があるだなんて、ないですから! 絶対絶対ぜぇーったいに! ないですからっ!!
――翌朝。再びアイシャ視点。
「ふああぁぁあ。おはよー……って、珍しい事になってる」
起きてリビングに行ったら、ジリーとフューラ、リサさんとモーリスの組み合わせになってた。というか、リサさんとフューラが二人を会わせないようにしてる?
「……はっはーん。さてはジリーとモーリス、夫婦喧嘩したんだー」
「……」(……)
うわっ、冗談のつもりが……。
「んふわぁぁんっと、おはよう。私も過度な運動でなければ動けるようになったぞーって、何だ珍しい空気感だな。さては」「ちょっとこっち来い!」
「な、なんだ!?」
シアを引きずって部屋に逆戻り。
「どうやらジリーとモーリスが喧嘩したみたい。答えは聞いてないっていうか、聞ける雰囲気じゃないよね。……どうしよう?」
「夫婦喧嘩は犬も食わぬとは言うが……ここは我々はノータッチで行こう。でなければ巻き込まれて諸共ジリーに花火にされてしまうぞ」
「……こわっ!」
「誰が怖いって?」
って言ってるとジリーが来るんだもん。二人してとんでもない顔しちゃった。
――シア視点。
とりあえず動揺は収まったが、心臓の鼓動が早い。
「はあ……シアの夢であたしはどう答えたんだい?」
「へっ?」
「結婚の話をモーリスは否定しただろ? その事」
「あー」「あー」
アイシャと二人して、納得の声。
「私は先に、アイシャの視点で聞いておきたいのだが」
私の後にアイシャの答えでは、私の言葉に影響を受けかねないとの判断だ。
「分かった。えーっと、確かジリーは答えを出さなかった。はぐらかして、終わり」
「そうだな。答えを出す前に恥ずかしがって、はぐらかすように私に向かって怒った。なので夢の中のジリーは答えを出していない」
「そうそう。だから私もシアも結局答えは知らない」
という事はこのような些細な部分でさえも、アイシャは私と夢を同期していたのか。勇者としてか友人としてか、どちらにせよ本気で私を救ってくれたのだな。
しかしジリーの表情は悪化。苦々しいというか、苦虫を噛み潰したというか、とにかく何かしらを悔いているように見える。
「……今回は逆。モーリスが答えを出してくれねーんだよ。モーリス自身がどう思ってるのかがわかんねー。あたしとしては……まあ、候補に入れてもいいかなって感じ。でもそれについてもモーリスは無反応っていうか……冷めて避けられ始めてんじゃねーかと」
これまたアイシャと顔を見合わせた。
「私の命令でモーリスから話を聞き出す事は可能であろうが、しかしそれは個人的にやりたくないぞ」
「うん。余計にこじれるのが見えるもん。ねえジリー、それをモーリスには言った?」
「いや、どうにか隠してる。だって、それこそもっと悪くなっちまうだろ?」
「うーん」「うーん」
ことごとく息が合うな、私とアイシャは。
と唸っていると、玄関ドアを叩く音。
「すみませーん、王宮の者ですけどー」
最悪のタイミングだ。
「私が出る。アイシャは勇者なりに考えていてくれ」
「ひどい無茶振り!」
仕方があるまい。
――王宮、玉座。
用件は私にのみであったので、私一人で来た。
「すみません、病み上がりなのにご足労頂いて」
「いえ気にせず。こちらも体力作りの散歩代わりに丁度いいのですよ。それで、私への用件とは?」
と、カキア大臣が書簡を私に。差出人は……ほう。
「ミダルからとは驚いた。このような物を渡せる程度には交流が出来ているのか」
「ええ、おかげさまで良好な関係を築き上げられています。それで書簡なのですが、一応こちらで検閲させていただきまして、問題はありませんでした。しかし肝心の内容がですね……まあ、どうぞ」
歯切れが悪いという事は、よろしくない内容なのだろう。
書簡は三枚あり、一枚目はティトナで流行った謎の奇病に関しての報告だ。
その正体がペスト菌であるとフューラが一発で見抜き、対処法も伝授した。
その方法とは患者の隔離と病気を運ぶネズミの一斉駆除だ。
報告によれば、これを実施して以来ピタリと患者の増加が止まり、死者は多く出たものの、現在は落ち着きを取り戻したとの事。これはフューラも喜ぶであろう。
……二枚目を見てすぐに、トム王が微妙な表情をしている理由が分かった。我々を招いて貴族一同を集め、パーティーを開催しようとしているのだ。
「我々に懐疑的な貴族の存在と、そして先日のフィノスの件。なるほど、トム王が心配するのも頷けます」
「そうなんです。魔族領はフィノス以上に読めないので、どうしたものか……」
「しかし残念ながら、あの勇者には言っても仕方がない領域というものがあります。トム王もご存知ですよね?」
「……だから余計に困っているんですよ」
「はっはっはっ、なぁーるほど」
つまりトム王はアイシャの出席を止められない事を承知しており、その上で心配をしているという事だ。
「トム王には申し訳ないが、どちらにせよ私はこれに出席します。これは大陸と魔族領との間にある大きな溝を埋める、またとないチャンス。そして、それが出来るのは魔族の王であり、勇者の友人である私のみ。失敗したら呪っていただいても構いませんよ」
「……はあ、失敗したらあなたを呪うどころの騒ぎじゃなくなっちゃうじゃないですか。それこそアイシャに剣を向けられかねない。それだけは勘弁ですからね?」
「ははは、承知致しました」
つまり、行くからには成功以外は許さないと。
さて三枚目は……お!
「ついにか! ならば余計に魔族領へと出向かなければいけないな」
「私も嬉しいですよ。用件はそれだけなので、是非それを見せてあげてください」
「ああ。……あ、そうだ。ひとつトム王に質問があるのだが、よろしいか?」
「ええ」
思えば我々にはモーリス以外に男性がいない。つまり男心というものが分からないのだ。
「実は――」
――帰宅。
相変わらずの重苦しい空気である。
「アイシャ、ちょっと」「ん?」
そしてまた自室へ。
「これを」
「書類? うーん……あ、よかったぁ!」
一枚目がこのリアクション。そして二枚目。
「こっちも」
「……うわぁ……でも行くよ」
「だろうな。既にトム王にはそう伝えてある」
無言で頷いた。
「最後に」
「へっ!? ま、マジ!? だよね? ……あーでもこの空気、うーん難しい……」
頭を抱えてしまった。
「トム王に無理を言ってどうすべきか聞いてみた。男心というものは我々では分からないからな。その結果だが、このパーティーの場で聞くのはどうか、となった」
「でも結構先延ばしになっちゃうよね。レイアと潜る約束もあるし……って、パーティーいつ?」
「こちらの返答次第。まあ私次第という事であろう。あちらの都合もあるので……一ヵ月後ではどうかな?」
「一ヶ月か……待ってて」
そう言い残してアイシャはリビングへ。すぐにフューラとジリーを連れてきた。
書簡を見せるのはアイシャの役割。
「フューラ、まずはこれ」
「……やりましたね」
短い一言だが、表情はこれ以上なく笑顔である。
「ジリーにはこれ」
「……えっ、モーリスの両親見つかったのか!」
「しーっ! それでね、シアと相談して……こっち」
最後に例の招待状。
「ここで話そうかって。でも一ヶ月くらいは堪える必要があるよ」
「いっ……無理無理! ぜぇーったい無理っ! 戻ったらそれだけでモーリスに聞かれる自信あるもん」
皆で顔を見合わせてしまったのだが、思えば我々も同じ事である。
「……分かりました。僕が行きます」
「フューラが? それで呼んだんじゃないんだけど」
「先ほどモーリスさんから、不仲の理由を聞いてしまったんですよ。だから、大丈夫です」
不安しかないのだが……。
――それから数分。
「もう大丈夫ですよー」
とリビングから声がしたので、覚悟を決めて突入。
(……)
モーリスはやっぱりジリーと目を合わせない。
「大丈夫じゃないじゃん!」
涙声のジリー。
「いいえ。モーリスさん、後は自分でどうぞ」
(………………うん)
モーリスも覚悟を決めた様子だ。
(――――――、――――、……――――)
夢では喋っていたが、現実では喋れないと。
(――――――――、――)
今の状態で告白するのは嫌だと。
……ん? あーあはは、そういう事か。
「つまり自分の声で告白をしたいと」
(うん)
みんな納得し、ジリーへと目線を移す。これは怒った表情だ。
「……じゃあ、何でそう言ってくれねーんだよ……」
(――――――、――――――。――……)
それがいつになるのか分からないので、言わなかったと。
(……――――、――――――。……――、――――――……――――……)
期待を裏切りたくない。でもどうすればいいのか、分からなくなったと。
つまり声が出たら告白すると宣言しジリーに期待を持たせておいて、実はもう声は戻らないとなってしまった時の事を考えてしまい、期待を裏切る事になるのならば、期待を持たせないほうがいいと考えてしまったのだな。
結果、余計にジリーの不安を煽ってしまい、どうすればいいのか分からなくなってしまったと。
「……ばぁーか。ばぁーかばぁーか。そうなりゃそれで改めて告ればいいだけじゃん。人の心配する暇があったら自分の心配しろよ。……ばぁーか」
裏の感情を押し殺し、呆れ声で吐いたこの言葉。
もしもリサさんにこの台詞を言わせた場合、ずーっと尻尾が大きく振り続けられていただろう。そういう事だ。
「あーぁあー。おなかすいたー。私たち、朝ごはんまだなんですけどー?」
「はーぁ、私もおなかがすいたぞー。ごはんまだー?」
全く、呆れておなかの虫が鳴くではないか。




