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第九十七話  雪降って地固まる

 ――アイシャ視点。

 シアが目を覚まして、何か私もすっきりした。

 今までは……ほら、私の”勇者としてのプライド”みたいなのが邪魔してたんだけど、さすがに命懸けで私を救ってくれた恩人にそんな失礼は出来ないし、夢の中ではあるけど、しっかりとこいつとの決着もつけたから。

 だからこそ、一歩踏み込んでみる事にした。

 「シア。ひとついい?」

 「なんだ?」

 何も探っていない表情。本当に心を許してるんだ。


 「……あんた兵士の裏切りに”またか”って言ったよね? やっぱり引きずってる?」

 「あー……」

 やっぱり言いたくないのかな? 天を仰いじゃった。

 「言いたくないならいいよ。無理に聞く気はないから」

 「……いや、この際だから私の心中もしっかりと話しておこう」

 真剣に、一点に私を見つめてきた。本音だね。


 「私はな、正直に言うと怖いのだ。いや、怖かったと言うべきか。なにせ歴史に名を残す凶悪な魔王なのだぞ? 人からの恨みなど、どれほど背負い込んでいるのか私ですらも分からない。もちろんそれはアイシャにすらも当てはまったのだ」

 「つまり私が裏切ってあんたを背中からバッサリ?」

 「そういう事」

 「あっははは! ないない! 言っちゃ悪いけど私そこまで薄情じゃないもん」

 思わず大笑い。するとシアも笑った。

 「ははは、ああ分かっている。だからこそ、過去形なのだ。アイシャがいれば私は何も怖くない」

 「うん」

 笑顔で返すと、シアはちょっと申し訳なさそうになった。


 「……ただ、あれは夢であり、私は感覚が逆転していた。つまりカナタやアイシャや皆とのこの関係が、単なる楽しい夢であったと思っていたのだ。なので、またかと漏れてしまったのだな。……兵が一斉に引いて行くあの光景、私としては相当に気落ちしたのだぞ?」

 「あはは。でもおかげであんたの素顔が見えた。あんたさ、ずーっと私たちに遠慮してきたでしょ? 自分は世界を変えてしまった魔王だから、色んな恨みを背負い込んでいるから、私たちに迷惑が掛かるんじゃないかって」

 「まあ、正直に言えば。……今回も大きな迷惑を」「あーいいって!」

 頭を下げようとしたから止めた。

 「こっちに来るって決めたのは私。風邪引いた原因も私。夜会をさっさと切り上げなかったのも私。改めて言うけど、今回の事であんたが謝る事は何一つ無いよ。それに、それこそが私たちに遠慮してるって事だからね?」

 笑顔でそう言った私の顔を、言葉が出ずにずーっと見つめてくるシア。んで、ちょっと涙ぐんでるの。

 「……この恩、どう返せばいい?」

 「恩を売ったつもりはないから、返さなくてもいいよ。っていうか、むしろ私が恩を返す側だからね? 私は少なくとも三回シアに命を救われてる。リビル元大臣に捕まった時、偽魔王討伐の時、そして今回。だから、今度は私が恩を返す番」

 うつむいて、無言で一つ頷いたシア。

 「よかった」

 小さく小さく呟いたこれが私の感想。そして多分、シアを含めたみんなの感想。



 体調だけど、私はまだ元気に歩き回れる状態じゃない。そしてシアも立つのが精一杯って感じ。

 フューラは上空から偵察中、リサさんは窓から外を監視、ジリーとモーリスは相変わらず仲良くしてる。

 「……おやおや、どうやら我々の事が見つかったようです」

 なのに問題は転がり込んで来るんだよなぁ。

 「……あー確かに。この宿屋、包囲されてるね」

 「どれどれ……」(っ! ――――!)「あはは、ごめん」

 立ち上がろうとしたら足に力が入らなくて、モーリスが支えてくれた。普段ならば逆なんだけど、こういう時は仕方がないよね。

 それで窓から外を見てみると、本当にぐるっと包囲されてる。

 「はあ……結局こうなるのではないか。私はどこまでも疫病神だ……」

 「やーいやーい疫病神ー」

 あえての茶化す。

 でもここからは真剣に。これが本音だと、はっきりと分かるように。

 「シア、前も言ったけど、諦めなさい。諦めて私たちに頼りなさい。私たちは答えてやるから」

 「……め」「いわく掛けるだなんて言わない事。そういう遠慮が余計に迷惑を運んでくるんだから。だから今は次を考える。それだけ」

 シアは大きく溜め息を吐いて、頷いた。


 フューラが戻ってきた。玄関からじゃなくてベランダから直接だけど。

 「いやー囲まれていますね。一見して百人以上でしょうか。どうしましょう?」

 「そうあっさりどうしましょうて言われてもね。……とりあえずは話し合いかな。私が行くから、リサさんとジリー一緒に。フューラとモーリスは部屋にいて、いざとなったらシア連れて空から逃走よろしく」

 説得に長けてるリサさんと、いざとなったら私とリサさんとを守りつつ衆人をぶっ飛ばせるジリー。あっちもモーリスが逃げるタイミングを計って、フューラが二人を空から脱出させられる。

 「私が行くのが一番早くはないか?」

 「駄目。あんたは蛮勇を振りかざす馬鹿の格好の獲物だよ? そういう奴に姿を見せるってのは、暴れてくださいって言ってるようなもの」

 「……分かった。従おう」

 不満顔ではなくて、少し微笑んできた。私もしっかりと認められたのかな。



 ――玄関ホール。

 まずは壁からチラ見。

 宿屋のご主人に食ってかかってるのは二人。他は後方待機だけど、各々物騒なものを持ち歩いてる。

 「ジリー、分かってると思うけど、私がいいって言うまで手を出しちゃ駄目だからね」

 「わーってる。あたしだって穏便に済ませたいっての」

 「リサさんもいざとなったら、ね?」

 「ええ、心得ています」

 ……よし。


 「おい来たぞ!」「なんだちっこいのだけか」「うわっ、あの女!」「狐も一緒かよ」

 うん、大歓迎されてるね。

 「まずは自己紹介かな。私はグラティアから来たアイシャ・ロットです。一応これでも勇者やってます。えーっと、私たちがどういう手段を取るのかは、皆さん次第です。この意味分かりますよね? それじゃあ代表者っていますか?」

 「オレサマが代表だ!」

 人を掻き分けて出てきた代表者は、一言で言えばガキ大将がそのまま大人になった感じ。ガム噛んでるし、それを床に吐き捨てるし、ヘラヘラしてて既に自分が勝った気でいるし。


 「本当にあんたが代表者かい?」

 っと、私よりも先にジリーが出てきた。意外。

 「そうだ。何か文句あるかい? 怪力おじょーさん」

 嫌味な言い方。だけどジリーは顔色一つ変えない。

 「あんた、もしも自分が目立ちたいからだとか、そーいう理由でこんな事してんなら、やめときな。あんたにあたしらの相手は務まらない。いいかい? こっちは本物の勇者だ。そして本物の魔王もいる。勇者と魔王のコンビに勝てると思ってんのか?」

 「はーっはっはっはっ! 死にかけの魔王なんざ怖かねーんですよ? おじょーさん」

 うわー嫌な奴。ジリーに顔を近づけてるし、ジリーもちょっと引いてるし。

 「そうか。ならば元気な魔王であればどうだ?」

 あーぁあ、来ちゃったよ。ま、いいんだけどね。

 「私が本気を出せば周囲一キロは一瞬で灰と化す。そんな私を止める力を勇者は持っている。これがどのような意味を示すのか、貴様のような者でも分かるであろう?」

 あはは、やっぱりこういうのはシアが上手だ。


 「皆の者、本当にこやつが代表者でよいのだな? 本当にこやつに万の命を預けるのだな? それでいいのだな!?」

 私はこの代表者を言い負かそうとしてたんだけど、シアは違って、周囲を一瞬で支配した。年季の差が出るね。

 「うろたえんじゃねー! ただのハッタリだ!」

 振り返ってそう周囲に放ったこの代表者の頬を、黒い矢が掠めた。代表者の頬からはうっすら血が滲んでる。

 「今の一撃がハッタリであると言うのであれば、そのハッタリで僕は皆さんを殺します。今の僕は、そういう事が出来るんですよ」

 「ひいっ」

 相変わらずフューラの本気の目は怖い。でもこれ以上は駄目。

 「はいはいそこまで。シアもフューラも、ちゃんと部屋に戻って」

 「はぁーい」「はぁーい」

 気だるそうな返事で私の指示を聞いた二人。

 あ、もしかしてシアとフューラの狙いって、魔王が私の指示を素直に聞くのを見せるってところにあったのかも。


 「はい、という事でどうしますか? 皆さんも。本当にこのままでもいいんですか?」

 ざわざわしてる。シアの脅しのおかげだね。これでもう少し話の出来る人が出てきてくれれば、こっちが有利に働く。

 「ちょっとすまないねー」

 お、奥から一人、ご老人の登場。年齢的には六十代かな。

 「僕はこいつの父親でね、馬鹿息子を引取りに来ました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 「あ、いえいえ」

 実直そうな人で、しっかりと頭を下げて謝ってくれた。

 「それではこれで失礼します。……おい! 後でたっぷり叱ってやる!」

 「ひ、ひええぇぇぇ……」

 漫画みたいに首根っこを掴まえて、引きずって行っちゃった。


 「えーっと……なんかグダグダなんですけど、どうしますか?」

 「質問! あの魔王は何なんだ?」

 後ろのほうから声がして、皆もそうだそうだってざわついた。

 「静かにー! んじゃ説明します。あれは確かに六千年前の魔王プロトシア本人です」

 「マジかよ」「怖っ!」「やべぇよやべぇよ」「マジっべーな」

 「だから静かにっつってんだろ!」

 はい、今怒ったのはジリーでーす。

 「えーとですね、あいつは元々普通の農家の娘だったんですよ。それが当時の黒幕に騙されて魔王に仕立て上げられちゃったんです。んで、英雄イリクスに負けてからはもう魔王なんてすぐにやめて、普通の生活に戻りたいって事なんです」

 「証拠は?」

 「本人からの証言が一番でしょ? それともさっき私の指示に素直に従ったのを見てなかったの?」

 「見てたけど……演技じゃないのか?」

 「あはは! あいつも私もそんなに演技上手くないから!」

 思わず笑っちゃった。


 「アイシャさん、後はわたくしが」

 「うん。じゃあ私は後ろで見てるね」

 リサさんが私の顔色を見て交代を申し出て、ジリーが気付かれないように私を支えてくれた。うん、結構無理しちゃった。でもシアも無理してたからおあいこかな。

 「さて皆様、ここで素直に帰っていただけるのでしたら、私どもはそれが一番であると考えます。しかし疑問はおありでしょうから、わたくしが回答させていただきます。発言の前には、どうぞ挙手をお願いいたします」

 あはは、これ完全に記者会見だ。

 その後はリサさんの記者会見が粛々と進んで、今日のところはお引取り願った。

 やっぱりあの代表者とそのグループ数人が、事を大きく吹聴してただけみたい。



 ――部屋に戻って。

 「アイシャ、すまない」

 「いきなり何? さっき無理して出てきた事なら謝る必要はないよ。いい援護だったし、私もちょっと無理してたからね」

 そう言ってベッドに戻って、ひと息。シアも黙ったから私の予想通りだったんだね。


 ……でも、いつまでもここにいる訳にはいかない。

 「ねえ、そろそろ帰ろうと思うんだ。宿屋のご主人にも迷惑かけ通しだからね。みんな持ち合わせはどれくらい? 私は十シルバー」

 「僕は二十シルバーほど」「わたくしはあまり持ち歩かないので三シルバー」「あたしは四百シルバー」(聞かないで)

 「シアはどうせゼロでしょ? だから悪いんだけど、みんなで少し出してくれる?」

 みんなで顔を見合わせて、みんなで溜め息。

 「はあ、しゃーねーな」

 ジリーが一言、部屋を出て行った。


 それから数分。

 「全員分立て替えてきたぞー」

 「えっ!? 全員分!? 金額聞いてから相談すればよかったのに!」

 「まーね。でも一泊一人千ブロンズが六人で三日間、迷惑料その他諸々もつけて十シルバーで済んだから」

 この世界にある宿屋の単価としては、一泊一人千ブロンズは結構高いほう。本当の安宿だったら一泊五十ブロンズからあるんだ。まあそこまで行くと、ベッドは藁敷きだったり、食事なしだったりなんだけど。

 「それじゃあ」「あ、よろしいですか?」

 リサさんだ。

 「私事で申し訳ないのですが、最後にレオニート様にご挨拶をしておきたいのです。なので少々お時間をよろしいですか?」

 「うん。自分のご先祖様だもんね、それは挨拶しておかないとだよ。こっちはリサさんが戻ってきたら出発するよ」



 ――それから一時間ほど。

 「ただ今戻りました」

 「失礼致します」

 リサさんがレオニートさんを連れて戻ってきた。そして部屋に入ったと思ったらすぐに頭を下げた。

 「この度は、本当に多大なるご迷惑をおかけしてしまい、深く深くお詫び申し上げます」

 ここは一番大変だったシアに任せる事にした。

 目線を送ったらシアも頷いた。


 「当人からの直接の謝罪がないのはいささか不満ではあるが、まあこれは言っても仕方が無かろう。しかし後のチェリノス三王家のうち、一名だけとはいかがなものかと思うのだが?」

 「それは……現在も夜通し国民との会議が続いておりまして……」

 頭を下げたまま固まって、耳も尻尾も垂れるレオニートさん。一方のシアは、口元がちょっとだけにやけてる。

 「そうか、まあ国が大きく変わる時であるのだから、私もそれくらいは大目に見る」

 こっちを見てまたにやっと笑った。

 「私は魔王だ。魔王とは凶悪な魔物の王というものではなく、魔族、それ自体も魔法に長けた種族という意味しかないので、私は魔法に長けた種族の王という事なのだ。分かるか?」

 「……いわゆる魔王というのとは違うという事でしょうか?」

 「そういう事。しかしそれでも曲りなりには王だ。つまりあのアレクス皇帝が行ってきた事のように、魔族を統率し、この混乱に乗じてこの地に戦火を降らせる事は容易い。だがそのような事は誰も望まないであろう? で、あるからして、ここはひとつ、政治的な取引と行こうではないか」

 あはは、そういう事するんだ。意味を理解した私たちもみんなニヤニヤしちゃった。


 「私の提示は簡単だ。今回の我々への行為を謝罪一つで帳消しにする。さあ、そちらはそれに見合う提示を出せるかな?」

 レオニートさん、脂汗がすごくて目が泳ぎまくってる。ちょーっと可哀想かな。だから、ほんの少しだけ、ね。

 「そういえば、フィノスって昔は小人狩りなんてしてたんですよねー」

 「え、ええ……」

 あれ? 分かってない? シアは……分かってるよね。うーん?

 ……あっ、気付いた。耳と尻尾が立った。あはは、本当に分かりやすい。

 「えー、私だけでこの提案を出すのは少々……なので、確約という形には出来ず、努力目標という形になってしまうのですが……」

 「まずは内容をうかがおうか」

 「はい。……小人族への偏見や小人狩りのような蛮行の永劫撤廃を、……魔族へもですね。二種族への差別の撤廃を目指します。んー、だけでは正直こちらとしても実感が薄いので、確約として、今後は皆様方への支援をお約束いたします」

 やったっ! シアに手を差し出して、シアも私の手を軽く叩いた。


 その後レオニートさんは、忙しくなると一言言い残して、すぐ城に戻っていきました。

 「はあ、雨降って地固まるといったところだな」

 「雪降っての間違いでしょ? なんちゃって」

 「ははは。さあ、帰ろうか」

 こうしてフィノスへの遠征は終わり、転送屋さんから無事にグラティア王宮へと帰ってくる事が出来ました。



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