第八話 あなたのおうちはどこですか?
「っしゃあ! 全員さばいたぞー!」
「お疲れさん! いやあ本当に助かったよ」
現在俺はとある漁村にある「魚のホネ焼き食堂」という店にいる。そこの依頼を受け、そして今、一週間の臨時料理人を完遂したところだ。
「いやー一週間お世話になりました。久々に充実して仕事が出来ましたよ」
「あはは、あたしも楽しかったよ。カナタの作ったタツタアゲもすごい人気だったからね。おかげで人気メニューが増えたよ」
初日にいきなりタイに似た白身魚を漁師からもらったので、それを餡かけ竜田揚げにして夕飯に出した。そうしたらすっかり気に入られてしまい、翌日から正式メニューになったのだ。その時に俺が異世界人だという事も話したのだが。船長は笑い飛ばした。そう信じられないものな。
最初こそ、よく分からん新人の考案したよく分からん料理に戦々恐々の漁師たちだったが、さすが小さな村に大量の漁師。話が回るのも早く、気付けば昼の分だけで在庫切れを起こしてしまった。晩に来た客にそれを言うと、十分とせず一箱分の魚が届き、追加オーダーをせがまれたのだった。
その後も朝昼晩と怒涛の客ラッシュが続き、朝の客をさばき皿を片付け終わると昼の客が押し寄せ、それが終わり遅い昼食を取る頃にはもう夜の客が……という、見事に休憩時間のほとんどない長時間労働が続いた。
……元世界での七十二時間連続労働、しかもサビ残で半分以上タダ働きの地獄が、まさかこんな所で役に立つとは。
「すみませーんまだやってますかー?」
「はーいいらっしゃーい」
愛想よく振り返ると、そこにいたのは剣を背負った小さな女の子と白衣に黒革ズボンの女性。あー既視感がすごい。
「えへへ、来ちゃった」
「何故か僕も引っ張り込まれました」
「あはは、いいぞー食っていけ」
材料はまだあるので、魚のホネ焼き食堂一番人気、骨まで食べれる白身魚の葉包み、それと俺の作った餡かけ竜田揚げを食らわせてやる。
厨房に入ると、二人の相手は船長がしてくれた。どうやら俺の勤務態度を聞き出している様子。
「はいお待たせ」
俺と船長も晩飯がまだなので一緒に食べる事にした。
「カナタが考えたのってこれ?」
「そう。三番人気だったかな」
きっと今の俺はドヤ顔してるぞ。ついでだから軽く説明しておくか。
「こっちの葉に包まれたのが一番人気。骨を別に焼いているから、葉を取ればそのまま全部食べられるよ。二番人気は材料切れてるし酒蒸しだから、未成年のアイシャには早いかもな」
「あはは、この国ではお酒の年齢制限なんてないよ」
そうだった。タバコには十五歳からという制限があるのだが、お酒には制限がないのだ。
さてお味はどうかな? ……と、二人とも聞くまでもない表情。
「それで、そっちは一週間で何か変わったか?」
すると二人目を合わせてニヤニヤ。
「私、レベル10到達したよ。それとペロ村のはぐれオーク、あれ私一人で倒してやったんだから。どう? 私だって一人前の勇者らしくなったでしょ」
「ああ、すごいな。一発で伸されていた新米とは違うし、ちゃんと勇者をやっているんだな」
誇るような表情で頷いたアイシャ。勇者をしている自分に対する、確立された自信を持っているのだな。大きな進歩が見て取れる。
「それとこの剣。カナタが教えてくれた武器屋リコールに行って友達と会ったらね、友達が鍛冶職人になってたんだ。これ、その子の作品。すごくいいよ」
軽く構えて見せてくれたが、アイシャと同じ年齢の鍛冶職人が打ったとは思えないほど綺麗だ。これは間違いなくアイシャの一生の宝物になるな。……そうか、アイシャが誇っていたのは自分だけではなく、その剣を打った友達も誇っているのか。だからこそ他人に押し付けられて嫌々やるのではなく、自分の意思で勇者をやっていこうと決めたのか。
「はい、次は僕」
フューラは相変わらず裏の見え隠れする作り笑顔だな。
「僕の工房が稼動を開始しました。まだ出来る事はほんの少しだけですけどね。帰ったら遊びに来てください」
「お、という事はフューラの体の心配も不要か」
「あー……いえ、そうではないんです。出来る事が少ないというのは、まだ練成技術が低いという意味なんですよ。まだ階段の一段目です」
「なーるほど。つまり高度な設備を作ろうにも、その前段階がまだ未熟という事か」
「そういう事です」
俺とフューラの会話に、相変わらず意味が分かっていない様子のアイシャ。
「ちょっと一ついいかい? あんたがミスヒスの勇者アイシャなのかい?」
「え……っと、そうです」
一瞬戸惑ったアイシャ。恐らくは評判の悪さを気にしたのだろうな。船長は少し考えた後、アイシャの側へと回り込み、そしてなんとひざまずいた。これにはアイシャ含め皆驚いた。
「例え人類が忘れようとも、あたしら魔族は覚えている。魔王プロトシアと英雄イリクス、この二人に救われた事をね。風の噂で勇者様は英雄イリクスの生まれ変わりと聞いたよ。だからね、あたしは勇者様の味方だ。勇者様のためならば……」
「ちょっと待って。その先は言わないで」
アイシャ自らが話を止めた。
「私は確かに英雄イリクスの生まれ変わりだって王宮の占い師に言われた。それで勇者に選ばれた。でも、イリクスと私は別の人。だから私にかしづくような真似はやめてください。……私の後ろにいるイリクスじゃなくて、私自身を見てください」
さて船長は? と、ゆっくり立ち上がった。
「……ふふっ……あっはっはっ!」
腰に手をあて大笑いの船長。
「これは一本取られた! 確かにそうだね。あたしは勇者様を見ているつもりで、英雄イリクスを見てしまった。いやー、そうかー……。でも今の勇者様の一言で、あたしは勇者様自身を気に入ったよ。あたしはやっぱり勇者様の味方になるよ! あっはっはっ!」
笑いながら厨房の奥へと消える船長。アイシャはぽかーんとしていたが、事態を理解して少し嬉しそうに微笑んだ。
そうだ、この際だからシアの事も教えてあげよう。シアを軽く指差しアイシャに確認すると頷いた。勇者様からの許可が出ました。
「船長、お世話になったお礼に、最後に一つ面白い話をしてあげますよ」
厨房から出てきた船長は、ここのポストキーを三枚持ってきた。俺とアイシャとフューラ用。フューラは使わないだろうけど。
「先にこれ。いつでも遊びに来なさいね。……それで?」
興味津々な船長。そしてシアの本名とその秘密を話す。
「……こぁ……んえええっ!?」
今まで見た事のない驚き方を見せ、そして物凄い勢いでかしこまりひれ伏した店長。
「こ、これはえっと、あー、その……」
まあ当然か。まさか六千年前に自分たちの種族を率いた王が、鳥の姿で目の前にいて、しかも一週間ずーっと一緒に仕事場にいたとは、誰が思うものか。
当の元魔王プロトシアさんはというと、頭を垂れる船長を、どうにかこうにか抱きしめる、ふり? をしている。
「えーっと、実際には六千年間ずっと生きている訳じゃなくて、鳥になった後に俺のいた世界に渡り、そこを経由して六千年後に到着してしまったという感じなんですよ。だから当人からすればまだそんなに年月は経っていないんじゃないかな?」
(うん)
俺の言葉にはしっかり頷くシア。
「ただこれは口外禁止です。こいつの命が狙われかねないですからね」
「あ、ああ。約束するよ。……あー……」
茫然自失の船長。
こうして俺たちは、驚き過ぎて魂が抜けかけたような表情の船長と「魚のホネ焼き食堂」を後にした。
――王都コロス。
俺たちは斡旋所の転送屋から出てきた。なるほど、元に戻るのか。担当のユジーアに聞いたら、報酬が出るのは二日後だと。
斡旋所を出たところでアイシャが恥ずかしそうに口を開いた。
「ね、カナタ。一つお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「……私、世界を見て回りたい。今は無理だけど、いつか一緒に世界を回って」
本気で勇者をやろうという事か? それとも?
「……告白か?」
「バカっ! 違う。仲間として一緒に世界を見て回ってほしいなって、そういう事。大体カナタは私の好みじゃないもん」
「あはは、あっさり振られたな。まー……いつかな」
そんな俺とアイシャを恨めしく眺める瞳が四つ。
「その時は一緒に来るか?」
(うん!)「はい。面白そうですから」
旅のメンバーは決まったな。サラリーマン異世界人、元魔王の鳥、女の子勇者、アンドロイド。とんでもない組み合わせだ。
――翌朝の玉座。
昨日の今日でまた全員集合。今日は王様に招集をかけられたのだ。
「リビルが抜けて参謀大臣の座が空席のままだったからね、新しい人を呼んだんだ。その顔合わせだよ」
王様が手招きし前室から現れたのは……おー、魔族の女性だ。船長と比べて角が大きく、すらっとした長身の美人。これモテるぞ。というか、俺がお手合わせ願いたいくらいだ。
「カキア・フレティッヒと申します。以後お見知りおきを」
俺とフューラは何とも思わないが、アイシャは若干訝しげ。シアは……っと新大臣がこっちに来た。
「皆様方のお話は既に王様より伺っております。……本当、なのですか?」
新大臣の目線は俺とシアを交互に見やる。まあ当然か。
シアは何を思ったか突然新大臣のカキアさんの頭の上に乗った。
「お前さすがにいきなりは失礼だろ」
すると頭の上で跳ねた。どういうこっちゃ?
「撫でているつもりなのかもしれませんね」
「いやいや撫でてるつもりで跳ねるか?」
しかしシア無反応。フューラの予想は外れだな。今回のこいつの行動は本当に意味が分からん。
すると頭の上にシアを乗せたままカキアさん自身が説明してくれた。
「これですね、魔族の古いしきたりで、自分のほうが上だぞと誇示する意味で、相手の頭に足を置くというものがありまして、それだと思います」
「あはは、そういう事か。つまり俺がカキアさんを好いたと思って、妬いたんだな」
すると更に激しく飛び跳ねた。当たりだな。
さすがに痛そうなので一旦シアを引き離した。するとカキアさんは軽く髪形を直し、船長がやったようにひざまずいた。
「時代は変わり、私たち魔族はもう魔王様の支配下にはございません。私も現在はトム王に仕える身。されど、私たちはいつまでも貴女様の味方であり続けます」
さてシアはどうするのかなと手を離すと、やっぱり頭の上に乗った。そして今度は翼で頭をポンポン。これこそ撫でているつもりだな。
さて先ほどはあまりよろしくない表情をしていた勇者様はどうかな? と思ったら笑いを堪えていた。後で聞くと、あの表情は女性がトム王の側近になる事を心配していたせいだという。
……ん? それって?
――更に翌日。
報酬の十シルバー、日本円でおよそ十万円を手に入れたので、格安の借家を探す事に。一週間で十万円だ、結構いい収入。
「で、なんでお前までいるんだよ?」
「保護者だもん」
「どこがだよ。まー付いて来るのはいいけど、俺の家なんだから横から口出しするのはやめてくれよ」
「二人の新居探しだねー」
聞いちゃいねーし、こいつと同棲なんて絶対しねーよ。
ちなみにシアは留守番だが、窓を開けて空を飛べるようにしてある。そしてフューラは工房を我が家として使っているそうな。噂では二十四時間稼動。自分が機械なのをいい事に、不眠不休で働き続けているらしい。
俺たちはまず不動産屋へ。「犬の不動産屋」とある。アイシャもここで探したそうな。
お店に入ると驚いたのは、全員が犬関係の種族だった事。ペロ村のようにほぼ犬の人から、逆に犬耳が付いている程度の人まで様々。さすが犬の不動産屋だ。担当になったのはアイシャ繋がりで同じ犬……人だった。この人はどう見ても黒い柴犬。あーなんか犬なのか人なのか分からなくなってきたぞ。
「どのような物件をお探しで?」
「とりあえずは安い家ですね。無一文でこっちに来て、今十シルバーなので……アイシャの家は?」
「私は一ヶ月五シルバー。カナタならば二か三シルバーだと思うよ。お金が入ったらまた動けばいいんだし」
至極真っ当な意見で肩透かしを食らった気分だ。
「それじゃあ最初は一番安い価格帯の家を数軒見せてもらおうかな。その後に二から三シルバーの家で」
「承知致しました」
ワンルーム一軒家が五シルバーの世界だ。ユジーアさんは最安値は廃屋同然と言っていたが、でも結構いけそうな気がする。
――そんな感じで物件めぐりスタート。
「あー駄目だ」
一軒目をひと目見てそう思った。何故ならば屋根がない。望遠鏡を担がなくても天体観測出来てしまう。
「えー……盗賊が屋根伝いに逃げ、こちらに飛び乗った際に突き抜け、弾みで丸ごと崩落ですね。まあ治安もそれほどいい場所ではありませんから」
一方悪戯娘は大笑い。
「お?」
二軒目。見た目は問題ない。さて中は?
「あ、駄目だな」
見事に床に大穴。軽自動車くらいのサイズかな? しかし床下は綺麗なもので、シロアリはいない様子。
「えーと、本を溜め込んでいたら床が大崩落ですね。さすが築二百三十年は伊達じゃない」
「なにがだよ」
一方極悪勇者はまたも大笑い。
「……こ、これが五千ブロンズの威力」
三軒目。壁崩落して穴空いてますやん!
「えっと、暴走した荷車に突っ込まれたそうです。六回ほど」
「それ別の意味での事故物件じゃねーか! 次!」
アイシャ? 笑ってるよ。
「これはまあ見た感じ普通」
四軒目。しかし中に入ってみなければ。
「うっ……駄目……」
ナイスボートで見せられないよー状態。思わず吐きそうになる。
「えーと……一家三人が」「説明するんじゃねーよ!」
これにはさすがの勇者さんも参った様子。
――次からは価格が上がり二シルバーの物件。
一軒目は二階建ての結構いいお宅。
「いわゆるシェアハウスですね。二階が物件となっています」
そういうのもあるのか。しかし一階の住人を見た瞬間心臓が止まりそうになり、即刻キャンセルした。
「私結構いいと思ったよ? 同居人さんも優しそうだったし」
「いや……俺のトラウマが抉られるんだよ。……元上司に瓜二つなんだ」
「あー、それは同情する」「私も同情します」
アイシャに不動産屋までも同情してくれた。という事はこの不動産屋さんも結構苦労をしているのだな。
二軒目以降は省略。そして七軒目。
「お、中々にいい感じ。何で安いんだ?」
「えーと、立地的なものですね。主要施設まで遠く、何かあった場合には逃げ場がなくなるという物件はかなり値段が下がります。でもそれ以外は問題のない物件ですよ。日当たりもありますし、家が傷んでいる形跡もありません。もちろん元住人に不幸があった訳でもありません」
大通りまで十分ほど歩く本当に端の家であり、隣は分厚い壁である。しかし小さいながらも庭まであり、平屋だがワンルームではなく寝室があり、よっぽどアイシャの家よりも広い。
家の中も痛みは見受けられず、壁に亀裂もなければ窓が歪んでいる訳でもない。炊事場に水回りも完璧であり、築四十年と資料にはあったが、もっと若い年数に思える。元世界の東京で借りれば、十万円近くするんじゃなかろうか。
「私にはちょっと難しい家だけど、カナタにはいいかもね」
「うん? なんでアイシャには難しいんだ?」
「王宮まで一時間くらい掛かっちゃうでしょ? その時間が惜しいの」
なるほどな。確かに緊急出動する事を考えたら、アイシャには難しい。しかしその心配のない俺にはいいかもしれない。なによりも、ここはアイシャの家とフューラの工房のほぼ中間地点なのだ。
「再確認だけど、本当に二シルバーですよね? 桁一つ間違えていませんよね?」
「はい、本当に二シルバーです。契約書にもこの通り」
確かに二シルバーと書いてある。これが日本円にして約二万円だと? 信じられん。
「つまり、アイシャの家は立地がいいからあのサイズでも五シルバーだという事か?」
「うん。王宮まで一直線だし、災害があっても逃げやすいから。本当はあと一シルバーくらい安いのが良かったんだけど、値段と立地とが合わなかったんだ」
なーるほど。つまりこの物件は立地に関して低評価なので安い。
「ペット可だよね? 契約は何ヶ月ごと?」
「ペットは隣家に迷惑をかけなければです。まあ当然ですね。契約は四ヶ月ごとですが、二年一括ならば一か月分お安くなります」
「さすがにそんな先までは見えないから、四ヵ月ごとの契約にしようかな。……よし、決定」
契約書にサインをして、これで契約成立。今日からここが我が家だ。
「ありがとうございます。ちなみに契約が成立いたしますと、無料サービスとして遠吠えいたしますが、いかが致しますか?」
「……え?」
いきなり遠吠えと言われても何の事やら?
「この地方での迷信でね、犬が遠吠えした家は安全だっていうのがあるの。だから不動産屋さんはみんな犬に近い種族なんだよ」
「あ、なるほど。遠吠えは自分の位置を知らせる役割もあるから、それを知らせてもいいほど安全な家という事か」
「そんな感じ。私もやってもらったよ」
ならばと頼むと、それはそれは見事な遠吠えを披露してくれ、更に近隣の普通に飼われている犬も一緒に遠吠えしていた。
犬の不動産屋、侮りがたし。




