プロローグ 変な鳥、助けました
残業から帰宅したら我が家の目の前で鳥が倒れています。どうも、折地彼方三十六歳、冴えない独身サラリーマンとは俺の事です。
俺は孤児院出身のいわゆる天涯孤独である。ちなみに名前は名札があったので本名のはず。といっても出身の孤児院はもうないので誰に確認も取れないが。
そんな俺の根城はボロアパートの二階最奥なのだが、その玄関ドアの目の前に、カラスよりも少し大きい感じの黒っぽい鳥が、翼を広げた状態で腹ばいにペタンと倒れているのだ。中々の恐怖映像である。
「えーっと……そこ俺の家だから、どけてくれない?」
我ながら見事な混乱ぶり! 鳥にそんな事言っても、どけてくれないだろうに。
「……」
と、その鳥が俺に気付いて顔を上げ、じーっと人の事を見つめた後、体を引きずりつつ本当に玄関ドアの前からどけてくれた。聞き分けのいい子なんだな。
しかし突然に飛び掛られる可能性もあるので、慎重に慎重に、壁沿いに這うように近付き玄関ドアを開け、ササッとただいまー。
とりあえずコンビニ弁当を食べて、シャワーを浴びて、後は寝るだけ……とも行かない。やはり気になるのだ。
玄関ドアの覗き窓から確認してみると……まだいる。まだあのペタンと死にそうな姿勢のままそこに居座っている。
動物に対しての保護欲というものは一切ないのだが、あのまま家の前で死なれては俺が困るのは明白。うーん……と考えた結果、犬を飼っている同僚に聞いてみる事にした。
「え? 鳥? 知らねぇよ。病原菌持ってるかもしれないから保健所だろうよ。鳥インフルとか俺に移すんじゃねぇぞ」
「うーん、保健所に行ったら安楽死か?」
「だろうな。それが嫌なら動物病院だな」
どうしようかな……と小一時間考えた結果、あの鳥に恨まれるのは嫌なので動物病院を探す事にした。
ネットで近場の動物病院を探すと……あ、たった一丁先にあるじゃないか。早速電話をしてみると”診療時間は終了しました”との事。ですよねー。
さーどうしようかな……と思ったが、よく調べれば夜間救急は行っている様子。
……仕方がない、もう着ない適当な服に包んで持っていこう。諸手で掴むよりはなんとなくいいだろう。
ドアを開けるとやはり死にそうな格好のまま。それでもこちらをちらっと見るだけの元気はある様子。
「助けてほしければ暴れるなよー……」
昔、動物番組で鳥は目を隠すと大人しくなるというの思い出し、まずは目を隠した。そしてゆっくり翼を畳んで体を包み持ち上げた。見事に一切暴れない。さすがは俺だな。
そしてそのまま動物病院へ。
動物病院はマンションの一階に併設されていた。名前は「しろひげアニマルクリニック」だそうな。そして”誰もいない場合は203号室まで”との事。このマンションに獣医がそのまま住んでいるのかな?
「すみませーん」
「……はーい」
お、反応あり。奥から眠そうに白い髭の爺さん獣医が出てきた。一気に不安になるが、とりあえずは診てもらえればいいかな。
「野鳥かペットか分からないんですけど、家の前で倒れていたんで念の為持ってきました。診てもらえますか?」
「うーん……うちは犬猫中心だからなー。まー診る事は診るよ。でも期待しないでね」
不安過ぎるぞ! とりあえずは診察台へ。
明るい所で見ると、羽根の色は真っ黒ではない事が分かった。黒に近い紺色の羽根、その先端に白い羽根がぐるり一周。くちばしと瞳の色は綺麗な金色である。
「コノハズクまでならば診た事はあるんだけど、大型の猛禽類はさすがになー」
相変わらず自信なさげな爺さん獣医。しかしこの鳥も不思議なもので、嫌とも言わずに黙って診察を受けている。やっぱり聞き分けのいい子なんだな。
「カラスにやられたのかな? ちょっと傷があるから消毒しておくよ。それ以外では、ちょっと痩せてるね。もしかして空腹で動けないのかも」
消毒して薬を塗り塗り。ずーっと大人しくしており、まるで置物だ。
消毒が終わると爺さん獣医が奥から魚肉ソーセージを一本持ってきた。剥いて小さくちぎって、ピンセットに挟みつつ鳥の目の前へ。
「ほれ、食べな」
首をかしげた鳥。そして振り返り俺を見てきた。まるで俺に食べていいかどうか確認しているようだな。
「遠慮せずに食べな」
すると鳥は魚肉ソーセージを慎重に口の中へ。
「本当に聞き分けのいい子だなー。もしかしたら鷹匠が飼っていたのかも。お兄さんがその人に似ていて、主人と勘違いしている可能性もあるね。獣医仲間に聞いてみるよ」
「お願いします」
爺さん獣医は魚肉ソーセージとピンセットを俺に渡すと、すぐ近くにあったノートPCで何やらやり始めた。つまり俺がこれを食べさせろという事か。
「しかしお前本当に聞き分けがいいな」
食べさせなら一言。すると鳥はまるでこちらの言葉が分かっているかのように頷いた。まー偶然偶然。
「もしかして、本当にお腹が空いていただけなのか?」
一瞬固まり、うつむきつつ小さく頷く鳥。まるで恥ずかしがっているようだ。
「……この子、本当に人の言葉が分かっているみたいだね。どれ、痛い所はない?」
獣医が聞くが、首を傾げるだけで反応が薄い。
「痛い所はないか、だって」
すると頷いた。俺には素直なのか、はたまた俺の言葉しか理解出来ないのか。
「あ、すみません俺明日も仕事なんですよ。アパート暮らしだから飼う訳にもいかないんで、このまま置いて帰ってもいいですか?」
「うん? あー……うん。それじゃ後の事は任せてもらうよ。後日診療代を払ってもらうけれど、一万円くらいは覚悟してね」
高っ! まー仕方がないか。
――それから数日後。
今日も今日とて残業である。疲れて帰宅したのは夜の二十五時。日が変わってしまったではないか。
すると家の電話に留守電が。
「……あもしもし、しろひげアニマルクリニックです。折地さんから預かったあの鳥ですけど、まず病原菌は持っていませんでした。なので素手で触っても大丈夫です。なんですけど……どうやったのか脱走しちゃったんですよ。ケージに鍵はかかっているし、そもそも建物の外には出られないはずなんですけどね。それでも診療代は支払っていただかないといけないんで、すみませんが一万円持っていらしてください」
脱走させた上に金払えとなっ!?
とりあえず今から行く時間も元気もないので、残業のない日か休日まで待ってもらおう。
――と、思ったら!
翌日これまた日を跨ぐ残業を終えて帰ってくると、家の目の前にあいつがいるじゃーありませんか。完全に懐かれたな、俺。
「ちょっとなー……まー今日だけだぞ」
我ながら甘い。玄関ドアを開けて家の中へ。
「本当はペット禁止なんだから、懐かれても俺が困るんだよ。朝になったら出て行けよ」
するとまあ何とも寂しそうにうつむくのだ。こいつ演技派だな。
仕方なく古い服を出してそれっぽいベッドを作ってやり、就寝。
そして翌日、朝食を食べ終え、鳥にも何となくのご飯を与えると、自分から玄関ドアを開けろとせがみ、そのまま飛んで行った。どこまで聞き分けのいい子なんだよ。
――休日になり、動物病院に支払いへ。
「あー来た来た。ちょっとこちらへ」
と、いきなり奥に通された。
「実はね、あれから知り合いの鳥類専門の獣医に聞いて、そこからネットワークを広げて飼い主を探してみたんだけど、該当無し。それどころか誰もあんな鳥を見た事がないって、新種じゃないかって大騒ぎ。で、逃げたって言うとみんなしょんぼり」
「はあ、そうですか」
何故かあまり興味を惹かれなかったので生返事が出てしまった。
「でも数日前にまたうちに来ましたよ。ペット禁止だから翌日には出て行かせましたけど。あの大きさで新種だったんですか」
「うーん、確定ではないけれどね」
すると爺さん獣医、悪い顔をした。
「……もしも新種だったら、すごい事だよね」
「あー、まー、言いたい事は分かりますけれど、俺あんまり興味ないんで。というか、そういう欲丸出しの表情は人に見せちゃいかんと思いますよ?」
思わず本音がポロリ。
「あっはっはっ、確かにそうだね。でもやっぱりもっと詳しく調べるべきだよ。次もしも見かけたら、連れてきてくれないかな?」
「今回の診療代がタダになるならば」
「そういう欲を出すのはよくないと思うよ? なんてね。どちらにしろ保険が効いていれば数百円だからね、今回はオマケしておくよ」
ラッキー。
――それから一週間後。
本日は休日なり。のんびり寝ていられるーと思ったら窓を叩く音。来た。
「何だまた来たのか。お前新種じゃないかって騒がれているぞ」
首をかしげた。人の言葉は分かっている様子だし、これは自分が新種かどうかなんて自分では分からないという事だろう。
「とりあえず入れ。昼飯食ったらまた動物病院に行くぞ。詳しく調べさせろって言われているからな」
次は首を大きく横に振った。
「動物病院に行くのは嫌だってか?」
頷いた。うーん……仕方がない。本人……人じゃないな。本鳥の意思で行きたくないと言っている事を伝えよう。
「……そうか。うーん、無理に来させて傷付けるのもなんだからね。逆にこちらからお邪魔してもいいかな? といっても診療後で夜になっちゃうんだけど」
「ええ、それは構いませんよ」
とりあえず鳥は俺の部屋で一時預かり。止まり木がないなーと思ったら普通に地面を歩いている。それでいいのか?
という事でその夜、爺さん獣医登場。
「夜分すみませんね」
「いえいえ、どうぞ」
と招いたものの、鳥は獣医の顔を見た途端、カーテンの裏へと逃げた。
「……凄く嫌われてますけど?」
爺さん獣医苦笑い。
「あはは……病原菌がないか調べるのに血を抜いたんだけど、それが嫌だったらしく、噛み付くふりをされちゃったんだよ。本当に噛み付かない辺り、しっかりしているなーと感心はしたものの、やっぱり私の言葉は聞いてくれないみたいだね」
なるほど、痛い思いをしたから警戒しているのか。ちなみに俺は注射など全然気にしない派だ。
「とりあえず触診だけでもさせてもらえないかな」
との事なのでとっ捕まえて引っ張り出した。
「うーん……はい、問題なし」
あっさり終わったので手を離すと、やはりカーテンの裏へと逃げた。
「それで、これ以上は私の専門外なので、知り合いの専門医に打診しようかと。折地さんもこのまま飼う訳には行かないよね? なのでそれが一番ベストなんじゃないかな」
「まー……そうですね。でも今は繁忙期なので、当分は日曜日にしか家にいませんよ」
「それは大丈夫。来週引取りに来てもいいかな?」
「いいですよ」
――そして一週間後。
あの鳥は無事に専門の医師に引き渡され一件落着。しかし夕方過ぎに電話。
「あーしろひげアニマルクリニックです。ごめんね、またあの子逃げたんだって。しかも走行中の車内から。もしもそっちに行ったら捕まえておいてくれるかな?」
「いいですけど、それって何としても捕まりたくないっていう事なんじゃないですか?」
「うーん、そうだよね。でもこればかりはどうにも……」
仕方がない、また来た時に改めて考えよう。
と思ったらその夜、来た。
今度はきっちり玄関をノックするという礼儀正しさ。お前なんか間違ってないか?
「はあ……」
と溜め息を吐きつつ家の中へ。
「お前これで脱走二度目だぞ? しかも走行中の車内からなんて、お前どうなってるんだよ?」
すごく申し訳なさそうにしている。
「……捕まりたくない事情でもあるのか?」
頷いた。という事は、恐らくこいつはまた預けたとしても脱走するに違いない。そしてまた俺の所へと戻ってくる。とんでもない奴に懐かれたものだな。
「どっちにしろ動物病院に連絡は入れないと」
と電話を取ろうとしたら邪魔された。受話器に乗ってきたのだ。これは連絡もしないでくれという事だな。さー困った。
「動物病院は嫌、専門医に診てもらうのも嫌。連絡する事すらも嫌。でもこの部屋はペット禁止だ。お前詰んでるぞ?」
うつむきつつも首を横に振る鳥。
俺の中では小さく、この鳥を飼ってもいいのではないかという気持ちが芽生えた。妥協とも言うか。しかしそれもいいかな、とも思っている。三十六歳の独身だぞ? 人肌恋しくなるのも当然だろう? ……鳥肌だけれどな。
「……仕方がない、折れてやるよ。だがな、二つ約束しろ。一つ目に部屋では音を立てない。二つ目に勝手に出歩かない。いいか?」
すると潤んだ瞳で人の顔を凝視しつつ頷く。
この鳥は何故だか知らんが、とんでもなく人の言葉が分かっている。正確には俺の言葉が分かっている。この約束もしっかり遵守するだろう。
こうして俺はこのよく分からない新種かもしれない鳥を、獣医や大家には内緒で飼う事に決めた。
――それから数日。毎日のように日が変わる頃までの残業が続き疲労困ぱい。今日は家でも残業である。いわゆるサビ残。
テーブルの上でパソコンを弄っていると、鳥が画面を覗きに来た。画面が見えないようで、ちょんちょん跳ねて頑張る様子が可愛い。仕方がなく膝に乗せると、満足したように画面を凝視。
残業が終わった所で真夜中の謎テンションに引きずられた謎発想が発動。こいつに自ら名乗ってもらえないか実験してみる事にした。やり方は単純。五十音表を突付いてもらうだけ。
「分かったかな?」
と確認すると頷く。さーどうなるか。
ネットから適当な五十音表を拾ってきて、突付いた通りに俺が文字を入力。すると出てきた名前が”ふろとしあ”だ。
「ふろとしあ……なのか?」
しかし首をかしげた。何か足りないのだな。濁点を組み合わせて全部書き出してみた。そして鳥自身が選んだのが”ぷろとしあ”だった。ふに半濁音、他は濁音なし。
「カタカナのほうが格好が付くな。んで由来はあるかな……?」
と探してみたものの、よく分からん。まーいいか。言い辛いので本人の了承の下、この謎の鳥プロトシアの愛称は”シア”となった。
そしてもう一つ、名前が付いた所で、俺の頭の中でシアの反応に勝手に声を付ける事にした。
「いいよな?」
(うん)
と、こんな感じにである。
以降、シアは俺がパソコンを弄っていると、まるで特等席とでも言いたげに膝に乗るようになった。
――ある日、調べ物をしていた所でシアが反応、画面を突付いた。
「何だ? ……シューベルトの魔王?」
すると嬉しそうに人の膝の上で跳ねた。
「シューベルト?」
(ちがう)
「魔王か」
(うん! うん!)
いままでで一番喜んでいる。
「……まさかとは思うが、自分は魔王だとか言い出さないだろうな?」
(うん)
申し訳なさそうに頷いた。
「マジか。お前魔王なのか」
(……うん)
そうか、ならば人の言葉が分かるのも……いやいや納得出来るはずねーだろーが! と自分でツッコミつつ、より詳しく聞いてみた。
結果、シアは異世界の女性魔王であり、勇者に負けてこの姿になり、こちらの世界に流れ着いたとの事であった。
「それ、大の大人が信じると思うか?」
(……思わない)
「でも本当なんだな?」
(うん)
困った末の薄い笑い出るばかり。だがこれだけ俺とのコミュニケーションが取れるのだ。信じない訳にもいかない気がする。
――それから三ヶ月。
魔王プロトシアが正式に俺に飼われてからというもの、アンラッキー続きになってしまった。
俺は普段スクーターで買い物に行くのだが、出先で壊れ、直したと思ったら盗まれてしまった。更にはスマホがトイレに水没し死亡。仕事もよろしくない状況であり、三日連続残業で缶詰、しかも丸ごとサビ残にさせられるという憂き目にも遭った。
そして今日、ついに会社が倒産した。正確には夜逃げだ。出勤してみたらオフィスはもぬけの殻。考えれば最近の異様な仕事量とサビ残の連続、上は稼げるだけ稼いで逃げる気だったのだろうな。
どうしようもないので暗い顔で帰宅した俺。普段と全く違う俺の様子に、シアは驚いたように寄ってきた。
「……明日から仕事がなくなった。路頭に迷うぞ」
これでもかと申し訳なさそうにしょぼくれるシア。こいつは全て魔王である自分のせいだと思ってしまっているようだ。
「お前のせいじゃない。偶然が重なっただけだよ」
(……うん)
しかしどうしようかな……と思っているとピンポーンとチャイムが鳴った。誰だ?
「折地さん、上がらせてもらいますよ」
「え? あ、いや、大家さんなんで!?」
やばい、シアが見つかる!
「なんでもなにも、折地さんが鳥を飼っているのは分かっているんですよ!」
シアは相変わらず聞き分けがよく、トイレもしっかりしているし臭いもない。今の所一度も鳴き声を聞いてもいない。それなのにバレていたのか。さすが大家さん。
「……今日中に出て行ってもらいます!」
部屋を一睨み、シアを確認した大家さんは、何を言う間もなく突然の最後通告。そして取りつく島もなくさっさと帰ってしまった。
仕事を失い、家も失う事になった。両親もいなければ育った施設もとっくに閉鎖。帰る場所など一つもない俺は、本当に何処へも行けなくなってしまった。
「あーもう人生嫌になってきたぞおー! いっそ死ぬぞこのやろう!」
自棄である。しかしそんな俺の自棄を見ていたシアが、パソコンを突付いて必死に何かを訴えている。
「……なんだよ」
そのあまりの必死な姿に、苛立ちながらも冷静になった俺は、パソコンを開き、シアの導く通りに操作。すると文字入力欄にシア自らがこう書いた。
「ごめんなさいわたしのせい」
「……いや、シアのせいじゃないよ。偶然だ。全部偶然だ。……そう思わないとやってられん」
するともう一文。
「いっしょにせかいわたってほしい」
「一緒に世界……俺を異世界に連れて行くと? これ以上俺を引きずり回すと?」
(……うん)
「しぬよりはいい」
あまりにも冷静な、そしてネガティブな希望。しかしそれはそれで懸念材料が存在してしまう。
「それはつまり、俺を利用してまた世界征服するつもりなんじゃないのか?」
(ちがう)
「俺に不幸をばら撒いて、異世界に戻る口実を作ったんじゃないのか?」
(ちがう!)
今までになく大きく否定し、翼をバタつかせるシアに、ああこいつは本当にもうその気はないのだと、世界征服などこれっぽっちも考えていないのだと、そしてこの不幸は本当にただの偶然であると確信した。不思議と今のシアは信じても構わないと、そう思えたのだ。
「……よし、乗った。この際だから何処へでも行ってやろうじゃねーか。どうせ死ぬなら無茶やってから死んでやらあ!」
自棄の暴走である。それは自分自身も分かっているが、しかし今見える道はそれだけ。ならば飛び込んでやろうじゃないの!
「んで、どうやって渡るんだ?」
(……?)
「おい待て。澄ました顔で首傾げてるんじゃねーよ。自分で誘っておいて分かんないのかよ」
と思ったら若干事情が違った。まずいわゆる魔方陣が必要であり、それを描くのには俺の協力が必要。そして世界を渡るためには代価が必要だが、俺はその代価を持っていないので、何かしら別の代価が必要だという事だった。
「何でもいいんだよな? ならば家財道具一式でどうよ?」
(……うん)
「といっても運び出す方法が……」
(うん!)
とシアがなにやら自信ありげに飛び跳ねた。するとドアも窓も閉めているはずの部屋に真っ黒い風が舞い、渦を巻いた。
「な、なんだ!?」
狼狽する俺をよそに、次々と家電が消滅していく。まるで魔法だ。……いや、こいつは異世界の魔王だったな。あり得る。
気付いた時には大型の家具や家電は消滅。残りは服にパソコンにスマホに財布……そんな感じ。
「……うーん、正直高い物もあったんだけどなー。でもいいや。よし! それじゃー世界を渡りますか!」
(ううん)
「え、まだなんかあるのかよ」
パソコンにシアが一言「ばしょがだめ」との事。ならば移動だな。一応は小奇麗な格好に着替えた。そしてやはり残りはシアが回収。スクーターは盗まれたが、その後ママチャリを買ったので、そのカゴにシアを乗せ、大家に鍵を返し、文字通りの失踪開始だ。
時刻は夕方。着いたのは河川敷の橋脚の下。奥まった場所なのでまず人には見つからないな。そこでシアは魔方陣の大まかなデザインを示した。そして俺はそれを地面に拡大して描く。
六方星に二重の円、その外側に六つの三角と円を均等に並べる。細かい記号は全てシアが担当してくれた。しかし所々にローマ字として読める部分があるのがなんとも面白い。
全て書き終わったシアは、俺を魔方陣の中心へと誘導。本人は俺の肩に乗った。意外と軽いな、異世界ではこの移動方法がいいかも。
「さて、俺はいつでもいいぞ」
(うん)
そして一瞬の風が吹くと、俺たちは黒いもやに包まれた。
「さあどうなるかな……って底が抜けるのかよ!」
こうして俺は、助けた変な鳥に連れられ、異世界へと足を踏み入れる事になった。
……訂正。異世界へと落下する事になったのだ。
主人公は前作に登場した人物とは、同名で別人です。