現実になったそれ
翌日から、クラウスさんやメルティナさんを始めとした、領主館にいる皆さんが何やら日々慌ただしく動き回り、忙しい印象を受けた。
そんな皆さんを見て、館にいて私という存在に気を回させるのも悪いかな、と思った私は、日中は街へ出ている事にした。
けれど特にやることもない私は、街をあちこちぶらぶらしつつ、水害の後始末をしている人を見かけては、その手伝いをして毎日を過ごしていた。
そんなある日、メルティナさんからクラウスさんが呼んでいると言われ、何故か舘の玄関先に案内された。
また何処か視察に付き合わされるのかな? と思いつつ玄関の扉をくぐると、目に飛び込んできたのは大勢の人の壁。
数えるのも面倒になるくらいのその人波の正面に、クラウスさんはいた。
メルティナさんに連れられてきた私を見ると、にこりと笑みを深める。
「おはようございます、マシロ様。突然お呼び立てして申し訳ありません。ようやく全ての準備が整いましたので、作業を始める前に皆さんに一言お言葉を賜ろうと思いまして、来て戴きました」
「へっ? お、お言葉? 準備とか作業って……何の?」
「勿論、水路と溜め池を作る為のものです。王城への嘆願書が認められ、要請額よりは少ないですが、資金援助がなされて、必要な人材も貸して戴けました。ご紹介します、こちら、王都からいらした地質学者と測量士の方々、そして近隣の街からいらして下さった石工職人さんと冒険者ギルドの力自慢の冒険者の方々です。勿論、我がウォーリスの男衆もおりますが」
「え? す、水路と溜め池……?」
そ、それって、以前クラウスさんと街を視察した時に思いついた、私が口走ったあれのこと?
え、ほ、本気であれ、作る事になったの?
嘘ぉ!?
「さあマシロ様、これよりこのウォーリスの為に働いて下さる方々に、一言お言葉をお願い致します」
「えっ!?」
小娘が思いつきで軽く口走ったものが実行に移されるという事態に衝撃を受けていた私に、クラウスさんはにこにこと笑顔でとんでもない事を強制してきた。
お、お言葉って、何を言えばいいんでしょうか……。
ただの思いつきで言った言葉に付き合わせる事になって申し訳ありませんと、地面に頭を擦り付けて謝ればいいんでしょうか?
突然襲ってきたとんでもない現実に、動悸が激しくなり、顔から血の気が引いていくのがわかる。
地面にある人の壁から、たくさんの目が私に向かっている。
それらの視線は私を責めているように感じられて、この場から逃げ出したくてたまらない。
そんな私の肩に、ポン、と手が置かれた。
それは軽く、そして優しいものだったけれど、精神的に追い詰められていた私は、びくりと大きく体を震わせた。
「マシロ様、そう緊張なさる事はございません。一言、ウォーリスの為に集って下さった事に対するお礼と、どうか力を貸して欲しいと、そう仰れば良いのですわ」
「えっ……あ、え、えっと……っ。ウォ、ウォーリスの為に来てくだしゃって、ありがとうございます!ど、どうか力を貸して下さひ……っ!!」
背後のメルティナさんからそっと告げられた言葉が頭の中で咀嚼されると、私はなんとかそれを口に出す事ができた。
声が裏返り、途中噛んだ事には是非スルーして貰いたい。
「はい、ご領主様。喜んで力を貸させて戴きますよ」
「聞けば、ご領主様自ら、街の者に混ざり日々被害の後始末に着手されておられるとか。いや、その若さで、ご立派です」
「昨日、街に着いて早々、水路を作る為に街を見回らせて戴きましたが、そこで実際に働く貴女様の姿を拝見致しました。とても真剣に取り組んでおられて、感心致しました」
「……へっ?」
"お言葉"のあんまりな有り様に、羞恥に顔を赤くして俯いた私に、次の瞬間、そんな優しい言葉がかけられた。
その内容に目を見張り、間抜けな声が口から漏れる。
ひ、被害の後始末に自ら着手?
ご立派……感心?
な、何か凄い誤解をされている……!?
だって私、やることなくて暇だったし、小さな子供まで働いてて大変そうだったから、つい『手伝いましょうか』って言葉が口から出て、翌日からはなんとなく惰性で手伝ってただけなのに……。
ど、どうしよう、訂正して誤解を解くべき?
「ありがとうございます。では、事前に打ち合わせした通り、各自分担場所へ行って、作業を始めて下さい! 皆さん、よろしくお願い致します!」
「「「「「 はい!! 」」」」」
「あっ……!」
どうしたものかと決めかねて私が一人オロオロしている間にも事態は進み、クラウスさんの締めの一声で、その場に建設されていた人の壁は解体され、小分けになって移動していく。
クラウスさんは私に一礼すると、その中のひとつについていった。
「ではマシロ様、私も失礼致しますわ。彼らが使用した舘の客間を急ぎ整え直して、各々の場所へ昼食等を差し入れる仕事がありますので」
そう言うと、メルティナさんもいそいそと舘の中へと消えていってしまった。
「………………」
その後ろ姿を見送り、閉まった扉を見つめながら、私はしばらくの間放心した。
そしてやがてノロノロと体を動かし、移動を開始する。
「…………手伝わなきゃ……私の軽い……無責任な思いつき……現実になった責任、取らなきゃ……穴堀でも何でも、とにかく手伝わなきゃ…………」
繰り返しそうブツブツと呟きながら、あの場にいた人達を探して、その日私は街をさまよい歩いたのだった。
そう、差し入れを届けに行くメルティナさん達メイドさんに発見されて、作業場へときちんと案内されるまで。