攻防と視察 2
玄関前に行きクラウスさんと合流した私は、そのまま街をあちこち案内してもらった。
大通りに建ち並ぶ立派な造りの商店、そこを外れた通りにある細やかな、けれどきちんとした造りの商店、人々が暮らす住宅地、子供達やお年寄りが遊び憩う広場、自然の中を散歩し、時にはその恵みを得られる、街外れの森。
それなりに広いこの街を、説明を受けながら歩いて見回るだけでかなりの時間を要した。
朝食を食べてすぐに領主館を出たのに、もう陽が沈みかかっている。
「この森で、案内は最後です。いかがですか、マシロ様、このウォーリスは?」
「え、い、いかがって……そうですね、思っていたよりは、広い街だったです。ただ……それにしては、イマイチ、活気がなかったような……?」
クラウスさんの唐突の質問に戸惑いながらも、私は感じていた事を素直に口にした。
大通りにも、他の通りにも、住宅地にも、広場にも、人はいた。
けれど皆どこか沈んだ表情で、場所によっては、人々が協力し、手分けして、掃除をしていたのだ。
地面には何故か萎びた草花や小さな木片、紙や布の切れ端などが散乱している場所が少なくなく、人々は皆、子供までも手伝って、それを除去していたのだ。
「……お気づきになられましたか。ここは今、雨期が終わったばかりなので、皆少し沈んでいるのですよ。街の至る所に水溜まりや、鋪装されていない道には、ぬかるみがありましたでしょう? このウォーリスには、すぐ近くに大きな河がございまして、毎年雨期になると高確率で氾濫してしまうのです。防ぐにも、堤を築くのも容易ではなく、昔から代々の領主様が対策に手を尽くして下さいましたが、どれも失敗し……水が引き、街が落ち着くまでのこの時期は、どうしても活気が失われてしまうのです」
率直な私の言葉に、クラウスさんは苦しげに顔を歪めてそう答えた。
なるほど、あの散乱したゴミや水溜まりは、氾濫した河の置き土産だったんだ。
毎年雨期になると高確率で氾濫、って、大変だなぁ、それ。
街の人達もそりゃ気持ちが沈むよねぇ。
……って、他人事のように考えてる場合じゃないや!
これから私はここに住むんだから、これは自分の身に降りかかる問題でもあるんだ!!
「……う~ん……防ぐのが無理なら、いっそ受け入れちゃうとか? 水路作って河から水引いて、街に水が流れる水の街にするとか……あ、水路少し大きめにしてゴンドラ浮かべて街一周できるとかいいよね! 河以外に水を流して河の水の量を減らせれば、雨期になっても氾濫の確率って減らせません? あとは、溜め池とか作って乾期に備えるとか……あ、雨期あるなら、乾期もあります、よね? ……って、クラウスさんっ?」
自分の問題でもある事に気づいた私は、顎に手を当て、少ない知識の中から対策を考え、思いついたそれを口に出した。
そしてクラウスさんを見上げると、クラウスさんは口を軽く開き、何故かポカンとした顔をして私を見つめていた。
「……防ぐのではなく、受け入れる……」
「え?」
「……帰りましょう、マシロ様。領主館に、今すぐに。……帰って、皆と話し合わなくては……!」
「え、え? あの、クラウスさん……!?」
クラウスさんは呆然としたまま短く何かを呟くと、直後、競歩とも言えるスピードでもと来た道を歩き出した。
私は慌てて駆け出しそれについて行く。
昨日来たばかりで、今日案内されたばかりの街だ。
しかも今いるのは大通りとかではなく、街外れの森。
万一置いていかれたら、確実に迷子になる。
なのにクラウスさんは振り返る事なく前へ向かって突き進んで行く。
うぅ……クラウスさんは、優秀だけど、一度何かに集中すると周りが見えなくなるタイプの人なのかもしれない……。
ああ、だから、メイド長のメルティナさんがフォローしているんだろうか。
昨日メルティナさんが『あの人に代わって』と私にしてきたあの質問は、そう考えれば納得がいく。
ウォーリスに限っては、世の中、上手く回ってるみたいだなぁ。
そんな事を考えながら、私はスピードを全く落とさないクラウスさんに、大通りに出るまで必死でついて行った。
大通りにさえつけば、あとは領主館まで真っ直ぐ一本道だから迷う心配もなく、自分のペースでゆっくり歩いて行っても、問題ないからね。
そうして私が領主館に辿りつくと、玄関先のエントランスでは、床に座り込んだクラウスさんが、仁王立ちのメルティナさんに見下ろされていた。
私に気づき出迎えたメイドさんによると、案内していたはずの私を置いて帰って来たクラウスさんをメルティナさんが叱っている最中らしい。
帰って来た私を見て、他のメイドさんが二人、外へと出ていった。
メルティナさんの指示で私を探しに出た人達がいるから、その人達に私の帰宅を知らせに行ったらしい。
「あ、あの、迷惑かけて、ごめんなさい。クラウスさんにも悪い事を……私がちゃんと最後まで追いかけていれば、叱られなかったのに……」
「ああ、いいえ。お気になさる事はございません。メルティナさんとクラウス様のあれは、一種の夫婦のコミュニケーションのようなものでございますから。それよりも、お疲れでございましょうマシロ様? お部屋に戻られておくつろぎ下さいませ。メルティナさんに代わり、私がお茶をご用意させて頂きますから」
「あ、はい、ありがとうございます……」
クラウスさんに助け船を出さなくていいのかな、という思いが一瞬過ったが、二人と共にここで働いているメイドさんが一種の夫婦のコミュニケーションであると言うのなら、このまま立ち去っても問題はないんだろうと思い直して、私はそのままメイドさんと部屋に戻る事にした。
けれど部屋に戻る途中、何かが引っ掛かってその原因を探す。
そして。
「……あっ! え、ふ、夫婦……!? クラウスさんとメルティナさんが!?」
「え? はい。あら、お聞きにならなかったんですか? お二人、同じ名字でございましょう?」
原因にたどり着いた私が声を上げると、メイドさんがそう返してくる。
い、言われてみれば確かに、二人の名字は同じ"セバスティン"だった……!!
夫婦……そっか、二人は夫婦だったんだ。
クラウスさんとメルティナさんの関係という新たな情報を胸に刻みながら、私は自室でメイドさんが淹れてくれたお茶を堪能した。
うん、凄く美味しい。
幸せだ。