攻防と視察 1
「おはようございます、領主様。よくお眠りになられましたか?」
広々としたダイニングルームの、やけに長~いテーブルの片隅で一人ぽつんと座って朝食を取っていると、補佐官さんが現れ、私の隣に立ってそう言った。
一晩経ってショックから立ち直ったのかな、と思いその顔を見れば、薄く笑みを浮かべている。
そしてその目には、何故か憐憫の色が映し出されていた。
「……おはようございます。私は眠れました……けど、補佐官さんこそ、大丈夫でした?」
「そうですか、ならば良うございました。私も……眠りについたのは深夜になりましたが、問題はございません」
補佐官さんが私に向ける表情をどこか不思議に思いながら尋ねると、補佐官さんは途中気まずそうに一度視線をさまよわせ、そう答えた。
ああ、やっぱり昨日のショックでなかなか眠れなかったんだね。
でも今日はもうそんなに引きずってるようには見えないし、無事にふっ切る事ができた……んだよね?
「それよりも、領主様。遅くなりましたが、自己紹介させて戴きます。私はクラウス・セバスティンと申します。このウォーリスの地にて、領主補佐官を務めさせて戴いております」
「あ、はい。私は久下真白……マシロ・クゲといいます。……あの、昨日の話ですが」
「はい、それに関してはメルに……メルティナに聞きました。王子殿下の身勝手な企みにより異世界から召喚され、処遇に困った末にこの地に領主として送られたとか。見知らぬ世界でどこにも行き場のない貴女には、それを受けるしかなかったのでしょう。お痛わしい事です」
「え……」
補佐官さん、クラウスさんは笑みを消すと、今度は明らかに憐れみの表情を浮かべ、私を見つめた。
……えっと、受けるしかというか、流されるしかなかったっていうのは確かにそうなんだけど、でもそんなふうに可哀想なものを見る目を向けられると……なんというか、居心地が悪いんだけど……。
「……しかしそれならば、このウォーリスをしかと貴女の居場所とする為にも、やはり領主としての責務は貴女が負われるべきかと存じます。私が精一杯助力致しますので、どうかお飾りでない、本当の領主とおなり下さい」
「へっっ!? い、いやいやいや!! 何を言うんですか!? そんなの無理です!! 無理無理無理!! 私が領主の仕事なんかしたら三日ともたず廃れ荒れ果てますよ、この土地!?」
「いえ、大丈夫です。そんな事にはならぬよう、私がしっかり支えますので何も心配なさら」
「心配だらけです!! 支えなくていいですから、貴方自身が領主の仕事をやって下さい!!」
「しかし、領主様」
「嫌です、断固拒否します!! ……それに、貴方が領主の仕事をするのは、宰相様の命令のようなものですよ!! それも王様が許可を出した、命令です!!」
「!」
続いてとんでもない事を言い出したクラウスさんに、私は全力で拒否の言葉を紡いだ。
本当は、宰相様は命令とまでは言ってないけど……まあ、嘘も方便だよね!!
私が領主の仕事をするなんて、冗談としても笑えない。
「…………。……わかりました。命令であるならば、仕方がありません。ですが、領主様……いえ、メルティナのように、マシロ様とお呼びしましょうか。……マシロ様。それでもこのウォーリスは貴女の第二の故郷で、この領主館はもう貴女の家でございます。どうか遠慮なく、そのようにお過ごし下さいませ」
「あ……はい。ありがとうございます」
良かった、引き下がってくれた。
やっぱり命令っていう言葉が効いたのかな、ふぅ。
それにしても、真面目な人なんだなぁ、クラウスさんて。
今日もきっちりとした服を身に纏って背筋もピンと伸ばしていて……こういうのを、隙のない佇まいっていうんだよね、きっと。
「さて、それではマシロ様。お食事が済みましたら、私にお付き合い下さい。領地の視察に参りましょう」
「へっ……?」
領地の……しさつ?
しさつって、何……あ、刺殺?
クラウスさん、領主補佐官のくせに領地を刺し殺すんですか!?
でも一体どうやって!?
あ、そういえばこの世界には魔法があるんだった……もしや魔法でドカンと消滅させるの!?
「領主の仕事はなさらないとしても、ご自分の住む土地なのですから、どんな所か、興味はおありでございましょう? 視察しながら、ご案内致します」
「あ……そう、そういう事でしたか! わかりました、ありがとうございます!」
何だ、良かった……。
引いたふりして安心させて、結局視察に連れ出してなし崩し的に領主の仕事させるのかと思って現実逃避しちゃったよ……もう、紛らわしいんだから。
「どういたしまして。ではマシロ様、三十分後に玄関前でお待ちしております」
クラウスさんはちらりとテーブルの上のお皿を見るとそう言って、一礼した後、扉へ向かって歩き出した。
む、今のは、朝食の残量を確認したんだね?
三十分で食べられるだろうって事か……確かにそうだけど、私としてはもう少し余裕が欲しいんだけどね?
とっても美味しいから、一口一口ゆっくり味わって食べてたのに……はあ、仕方ない、いつものペースで食べよう。
扉の向こうに消えるクラウスさんを見送ってひとつ溜め息を吐くと、私は食事を再開した。