メイドさんは侮れない
「領主様、私はメルティナ・セバスティンと申します。この領主館にてメイド長を務めさせて戴いております。これより、領主様の身の回りのお世話をさせて戴きます。心を込めてお仕えさせて戴きますので、どうかよろしくお願い致します」
部屋まで案内してくれたメイドさんは、『お疲れでございましょう。お茶をお飲みになって、おくつろぎください。すぐにお淹れ致します』と言って、ほぅっと見惚れるような優雅な動きでお茶を淹れ、それが終わると、一歩下がってそう自己紹介した。
その一連の動きを眺め、告げられた言葉をぼんやりと聞く。
メルティナ・セバスティンさんか。
落ち着いたキャロットオレンジの髪にパールピンクの瞳をした、優しげな風貌の癒し系美人さんだね。
けれど、身の回りのお世話っていうのは……ちょっとなぁ。
「あの。そういうの、いいです。自分の事は自分でできますから、身の回りのお世話とか、しなくていいです。さっきの話、聞こえていたでしょう? 私はお飾りの領主ですから、メイドさんに仕えて貰えるほど偉くないですし。私は放っておいていいですから、その分あの補佐官さんを支えてあげて下さい」
私はこれから領主なんて名ばかりで何もしない、タダ飯喰らいになるんだ。
そんな人間のお世話なんてする必要ないだろう。
ご飯さえ用意してくれれば……いや、材料さえくれるなら自分で作ってもいい。
とにかく、私の事は放置の方向で構わない。
「まあ……。……領主様、よろしければ、お名前を教えて戴けますか? それと、差し支えがなければ、その"お飾りの領主"となる事になった経緯もお聞かせ戴けますでしょうか? ……本来ならばそれは、先程あの人が聞いておくべき事なのですけれど……ずっと待ち望んでいた領主様のお姿とお言葉に、ご覧の通りの状態になってしまいましたから。代わりに、私が」
「ああ……そうですね、わかりました。いいですよ。あまり大っぴらに話す事ではないでしょうけど、特に口止めされなかったし。私は、久下真白といいます。……こっちだと、マシロ・クゲかな? 『異世界から花嫁を』なんて企んだ王子様に、この世界に召喚されました」
私は名前を名乗ると、お城であった事を全て話した。
召喚され、雑草と言われ、王様達に謝罪され、宰相さんに領主にと言われた、あの顛末を全部である。
話終わると、メイドさん、メルティナさんは、それは痛ましい表情で、私を見ていた。
「……そうでしたか……他の世界から。帰る方法もなく、処遇に困った末に、ここに領主として……。……わかりました。そういう事ならば、領主様……いえ、マシロ様。やはり身の回りのお世話は、させて戴きます。見知らぬ世界にいらしたばかりで心細い思いをされている方を、放ってなどおけませんから」
「えっ……!? い、いえ、あの」
「勿論、マシロ様が気後れして困惑なさらない範囲でやらせて戴きます。それならば、よろしいでしょう? マシロ様のお世話をする事が、既に私の仕事となっております。その仕事がなくなると、私が困ってしまいますわ」
「へっ!? い、いや、なくなると困るって、困らないでしょう!? 私が来る前にやってた仕事に戻ればいいだけじゃないですか!?」
「あら……。けれどその仕事は、もう他の者が担当しております。それをまた私が担当するという事になると、今回担当を動かした者達を全員、元の担当に戻さねばならなくなりますわね。皆、混乱しないかしら……」
「えっ、こ、混乱!? 全員……」
そっか……前してた仕事に戻るなら、新たにその仕事をする事になった人も前の仕事に戻さなきゃいけないわけで。
当然、その仕事も既に担ってる人がいる。
一人元に戻すなら、そういう、担当を変わった人達を全員また元の担当に戻していかなきゃいけないんだ……。
頬に手を当て、どこか困ったように呟かれたメルティナさんの最後の言葉に、私は視線を落として俯いた。
「……あの……もし、もしですよ? もし、私がやっぱりお世話をお願いしますと言ったとして。……本当に、私が困惑しない範囲で、やって貰えるんですか……?」
「ええ、勿論です。それはお約束しますわ、マシロ様」
「……。……わ、わかりました。なら、お願いします……」
「はい、かしこまりました」
私のせいで、この館のメイドさん全員に迷惑はかけられない。
メイドさんに身の回りのお世話をされる程偉くはないし、正直必要もないけど、仕方ない。
私はひとつ溜め息を吐くと、カップを手に取り、お茶を飲んだ。
えっ、な、何これ、美味しい……物凄く美味しい……!!
「それで、マシロ様。最初に確認しておきたいのですが、"マシロ様が困惑なさらない範囲"とは、どの程度でございましょう? 普段のお召しかえのお手伝いなどは、範囲内でしょうか?」
「えっっ!? いや、が、外です、範囲外! 着替えくらい自分でやります! え、えっと、とりあえず、お茶を淹れるのは、お願いしたいです!」
私がお茶の味に感動していると、メルティナさんからとんでもない言葉がかけられた。
着替えの手伝いなんて範囲外もいいところだ。
ファンタジー世界にありがちなドレスなんかはさすがに一人では着れないけど、そもそもそんなものを着る予定も必要もないんだから、手伝いを断っても問題ない。
それよりも、お茶の用意をお願いしたい。
こんなに美味しいお茶を淹れるのは、私には無理だ。
「お茶の支度、でございますね。かしこまりました。お気に召して戴けたようで光栄です。他には何を任せて戴けますか?」
「ほ、他に!? えぇっと……!」
「私の希望と致しましては、お部屋のお掃除にお召しになる衣服のお洗濯、寝具のお取り替えとベッドメイク、お食事の配膳に入浴のお手伝い、などをお任せ戴きたいのですが」
「え。……えっ、と~……。な、なら……にゅ、入浴の手伝いだけ除いて、あとはお任せで……」
「あら、残念。……かしこまりました。けれどマシロ様? 入浴後のお手入れは、させて下さいませね?」
「え!?」
「では、お世話の範囲はそのように。これから、よろしくお願い致します、マシロ様」
「え、あ、は、はい……?」
最後ににっこりと笑って丁寧に頭を下げたメルティナさんに、私は頷きを返した。
……あれ?
入浴後の手伝いっていう項目も、お世話内容に追加されちゃった?