雑草と言われました
窓のない薄暗い部屋に、私は呆然と立ち尽くしていた。
周りには、私達をぐるりと囲むように立っている、フード付きの異様に裾の長い服を着た人達。
フードを目深に被っていて顔が見えない上、そのおかしな服装のせいで性別もわからないけれど、その人達はなんだかオロオロとしていて、戸惑っているのだけはわかった。
「何をしている、成功したのだろう? そこをどけ!」
その人達をただ呆然と見つめていると、どこからかそんな声が聞こえ、正面にいる人達が数歩左右に移動した。
その隙間から、金髪碧眼の、やたらキラキラした顔立ちの青年が現れる。
「ようこそ、我が花嫁殿」
青年は眩しい程の笑顔でそう言い、こちらに近づいて来た。
そして私達の姿をその視界に映すと、ぴたりと歩みを止める。
次いで、首だけを動かし、背後の人達を振り返った。
「……おい、どういう事だ? 何故二人いる?」
「は……恐らくどちらかは、召喚する際に花嫁様の近くにいた為、巻き込まれたものと……」
「……巻き込まれた?」
その中の一人とそう短く言葉を交わすと、青年は再び私達に視線を戻した。
そして、私と隣の女の子を見比べると。
「……ようこそ、我が花嫁殿!」
またも眩しい程の笑顔を作って同じ台詞を繰り返し、歩みを進めて、恭しく手を取った。
私の、隣の女の子の手を。
「えっ? わ、私?」
「そうです、我が花嫁殿! 私の妃には、貴女のような可憐で愛らしい女性がふさわしい! 隣の雑草のような娘ではなく!」
「……は?」
混乱と戸惑いの表情を浮かべる少女に、青年は笑顔のまま言葉を重ねたが、その内容に私は僅かに眉を寄せた。
"可憐で愛らしい"に比べ、"雑草のような"って、何それ?
容姿か、容姿の事を言っているのか?
確かに隣の女の子は可愛いよ、十人並みの私とは大違いだよ。
だけど、だからって私の例えが雑草って酷くない?
せめて野の花くらい言ってよ。
★ ☆ ★ ☆ ★
「申し訳ない。我が息子と若き魔術師達がとんでもない事をいたした。私達の留守中にこんな事をしでかすとは……! 本当に、申し訳ない!」
そう言って深々と頭を下げているのは、この国の王様と王妃様らしい。
あの金髪碧眼の青年は王子様なのだそうだ。
この国にはその昔、初代国王様が異界から舞い降りた女性を妻にし、その女性に支えられながら国を築いた、という有名な話が伝わっているらしく、それに憧れた王子様が『自分の花嫁は異界から迎える!』と言って年若い魔術師をたきつけ協力させ、王様達の留守中にそれを実行したのだそうな。
……そんな無茶苦茶な事を許可なく実行するような人が王子様で、この国は大丈夫なのか?とちょっと思ったけど、次期国王となる王太子様は別の人で、そちらはまともな人だそうなので、たぶん大丈夫なんだろう。
それはともかく、今重要なのは、元の世界に帰る術がないという事だ。
王子様が『花嫁』と言ったあの女の子はこのままこのお城で暮らして貰い、あの子自身が花嫁となる事を同意したら、王子様の妃にするらしい。
今は勝手をした罰を受け、自室に閉じこめられているあの王子様に、王様は『自分の力のみで少女の愛を見事勝ち取ってみせよ、この馬鹿息子が!』と怒鳴り、少女の同意を得るまで一切の権力の行使を禁じていた。
それでもあの王子様は、『何年かかっても彼女の同意を得てみせます!』とやる気を見せていたから、少なくてもあの女の子は今後の生活についての心配はいらないだろう。
問題は、私だ。
「あの、それで、私はどうなるんでしょう? まさか、私には用がないからと放り出されるんでしょうか?」
もしそうなら、あの王子様共々この王様達も呪ってやる。
のたれ死んだら悪霊になって祟ってやる。
覚悟するといい。
「いや、そんな心配はいらんよ、娘。そのような非道な事は決してせん」
「そうですわ。どうか安心なさって。……けれど、どうするのが一番良いかしら……?」
「うぅむ……そうだのぅ……」
私の問いかけに否との返事を返すと、王様と王妃様は顔を見合わせ考え込んでしまった。
すると、それまで後ろに控えていたキリリとした理知的な雰囲気の男性が、王様の隣に進み出た。
男性は身を屈め、真っ赤な椅子に座る王様にその体を寄せた。
「恐れながら、陛下。ウォーリスの地を、この少女に与えてみてはいかがでしょうか?」
「何、ウォーリスを? ……しかし宰相、この少女には荷が重いのではないか? どう見ても……」
「いえ、だからこそ、与えるのです。ウォーリスの補佐官はとても有能な人物です。こう言っては何ですが、下手に知識と才覚のある者を派遣するより、無能な者を飾りとして立てたほうが上手く回るやもしれません。どのみち、あの地は不人気で後任が決まらないのですから、この際、この少女をウォーリスに送るのも良いかと」
「むぅ……確かに、かの地の後任は打診しても辞退ばかりで一向に決まらんが……。……本当にそれで回ると思うのだな、宰相?」
「はい、まず問題はないかと」
「……そうか、あいわかった。……娘、そなたには、ウォーリスという地へ行き、領主をして貰いたい」
「…………へっ?」
男性と王様が何やらボソボソと話すのをとりあえず黙って見ていた私は、話を終え、再び私に視線を戻した王様が告げた言葉を聞いて、目を点にした。
「領主って……無理でしょ。私、ただの平凡な女子高生ですよ?」
「……女子高生というのが何かはわかりませんが、問題はありません。ウォーリスの地は街がひとつあるだけであとは川と草原と森で、そんなに広くはない。それに、ウォーリスの領主補佐官は大変有能な人物です。領主の仕事はその者に任せ、貴女はただのんびりと日々をお過ごし下さって構いません」
「! ……なるほど、お飾りの領主ってわけですか。でもそれなら、飾りなんて作らなくても、その補佐官さんを領主にすればいいんじゃありません?」
「……彼は平民ですので、それは難しいのですよ。しかし貴女ならば少なくとも名目がある。初代王妃殿下と同じ髪と目の色は、同じ国の出身の証と言えます。もう一人の少女共々、初代王妃殿下の伝説の再来という事にしてしまえば、その才を国に縛りつける為だと爵位を与える口実になる。初代王妃殿下は、初代国王陛下と共に、偉大な功績を残した方だったのですから。情報操作は得意ですので、お任せを」
「へ……? ちょ、ちょっと待って? 難しい事はよくわかんないけど……私がその功績とやらをいつまで経っても出せなかったら、不満の声が上がるんじゃないですか?」
「ああ、それはご心配なく。ウォーリスの地が発展すれば、それが貴女の功績となりますから」
「え」
「という事で、陛下。どうか彼女に爵位を」
「うむ。男爵位を授ける。ウォーリスの地へは、馬車で送らせよう。健やかにな、娘」
「息子が、本当にごめんなさいね。この王都から、貴女の幸せを祈っているわ。そんな事くらいしかできないけれど……。どうか、ウォーリスで幸せになってちょうだいね」
「……………………」
……ま、まあ……いいか。
この人達が、それでいいんなら。
住む場所を貰えるなら、流されよう、うん。
にっこりと黒い笑みを浮かべる宰相さんと、どこか私を気遣うような表情をしている王様と王妃様を前に、私はそれ以上の反論をやめる事にした。