母の趣味
私、山野 絵里は小説家を目指している。好きなジャンルはファンタジーと学園物。そして
『恋愛』だ。
私は一度も恋というものを実感したことはなかった。小説では恋愛といっても色々な種類があるが、私的には一つの恋しか思い浮かばない。
恋などとても面白くないものだ。
私は小、中学生時代を読書のみで終えた。
朝、学校についたらかばんから600ページくらいの小説を取りだし、チャイムがなるまでずっと読んでいた。
昼休みはすぐに給食を食べ終え、小説を開く。周りがうるさいときは、耳栓をしていたくらいだ。
帰りは行きつけの図書館に寄り、本を読んでいた。
高校にくるまでちゃんとした会話を家族以外でしたのは指折り二往復くらいで数えられる数程度だ。
「山野は本が好きなのかー」
と、先生が声をかける。
「・・・・・・・・・」
無視だ。先生の声など目障りで仕方がない。
「あの子、いつも本読んでて。暗いよねぇ」
なんて悪口が聞こえるときもあった。
だがその程度の悪口で私は読書をやめない。どんなに悪口を言われても、何をされても
私は読書をやめない。・・・母の愛した本を
※
私の母はいつも本を読んでいた。部屋にはたくさんの本棚とそこから溢れんばかり本があった。そしてその全ての本の内容を母は覚えていた。
「この本はどんなんだった?」
なんて聞くと、大量の文章が飛んでくるくらいだ。
ある日、私は母に本を読む理由を聞いた。
「理由か・・・」
と言い、少し考えて一言、
「好きなことに理由なんてないわ」
と言って、そして少し笑った。
「何にしても、理由ってのは意味ないの。理由ってのはその題の飾りにすぎないから、私的にはいらない。・・・いずれそれがわかるわ」
あのとき母が何を言いたかったのかもわからなかった。
ある日、母が病院に運ばれたと中学校に電話が入った。救急車を呼んだ人によると店で買い物をしている途中にいきなり倒れたらしい。
私は涙を我慢しながら、病室に入った。
病室には母の姿があり、今は寝ていた。
私はそこにいた医者に涙をこらえながら尋ねた。
「母は大丈夫なんですか?」
「今は少し寝ているだけだよ。安静に寝ていればすぐに家に帰れるから」
医者はそう言い残し、病室から出ていった。
私は母の顔を見て「頑張って」と言い、病室前で父の迎えが来るのを待った。
病気は悪化していく一方だった。
母の頭からは薬のせいで私と同じ色の長い髪の毛が抜け、今は帽子をかぶっていた。
だがどんなに病気が悪化しても母は本を読み続けていた。かけたことのない眼鏡をかけて・・・
私は毎日のように母のいる病室に通っていた。そして何日かに一度、少ないお小遣いで本を買ったりした。そのたびに母の笑顔が見れた。母が誕生日のときはたくさんの本を買った。そのうちに貯金していたお金も消え、本を買えなくなった。
それは母の死も意味していたのかもしれない。
それと同時くらいに母は本を読みながら死んだ。
最後まで母は本を読んでいた。
私はその姿を見て、それまで我慢していた涙が流れた。
母は笑顔だった。
私はそれまでいつもの日常がまた繰り返し来ると思っていた。だがそれ以来、何かがぽっかりと空いている。 世界が変わったかのような感覚もしばしば
感じることもあった。
本を読んでいると文が変わるたびに母の顔が思い浮かぶ。あのとき読んでいた本は母が死ぬ前に読んでいた本だからかな・・・
あの病室に残った大量の小説。中には感動のあまりに涙が出て、少し涙の跡がある物やあまりにも面白かったのか少しページか折れている物もあった。
私はそれを見ながら、母のことを一つずつ、一つずつ思い出している。
小さい頃の私に本を読むのは面白いと教えたときの顔。
本を読んで感動していたときの顔。
一個の本について私と話しているときの顔。
たくさんの表情を思い出す。
ある日、私は本を読んでいてページの間に挟まった紙を見つけた。
母が私に書いた物だ。
絵里へ
私はもうすぐこの世を去ると思います。
この紙を読んでいる間も私の中の病気はどんどん悪化して、私を死に追い込んでいます。
私は生涯、人と話したことは本当に数少ないです。学生時代は一人も友達はいませんでした。
父と出会ったのも休日に、通っていた図書館で本を読んでいたときです。
私は生涯を本だけにつぎ込んでしまいました。もっと周りを見ればもっと広く世界を見れば、人生変わっていたかもしれません。絵里にはもっと優しくできたと思います。
いつも本を買ってきてくれてありがとう。私は買ってきてくれた本よりもあのときの絵里の顔の方が楽しみでした。そしていつも泣いていました。
私が死んだら絵里はとても悲しむだろう。もうあの笑顔は見れないんだって思い、いつも夜は泣きました。
本ごめんね。最後まで読み切れなかっ
そこで文字はきれていた。
※
私は今、母の小さい頃の夢を引き継ぎ小説を書いている。
今もここに書いているのだ。